カソクキッズ12話:ガマの油と反物質

ガマの油と反物質
ダン・ブラウンの『天使と悪魔』で、イルミナティがジュネーブの研究機関「CERN」から盗み出した反物質。
でも、イルミナティさん、実は反物質を一番沢山作ってるのは日本のKEKなんだよ。
電子の反物質、陽電子。
ソレをぶつける実験をするために作られたのがKEKの加速器。
だから、そりゃもう、日常的に反物質を作ってるんだ。
KEKでの連載を始めるまでは、まさか自宅からクルマで30分の場所で反物質を量産しているなんて考えたこともなかった。
ボクらにとってはSFのガジェットでしかない反物質も、KEKの研究者にとっては、ごく普通の日常なんだよね。
もっともKEKで作った陽電子はすぐに使っちゃうので、貯蔵してるわけじゃない。
一方CERNでは数週間くらいの貯蔵に成功したってことだから、やはり盗むならCERNなんだろうなぁ。
それでも、世界一の反物質生産地が日本のつくばであることは間違いないのだ。
それを物語るフレーズがある。
カソクキッズのミーティングで、博士が放った一言だ。
「筑波の名物は、ガマの油と反物質だよ」
すげぇえええ名言だ!
色んな意味で!
この2つを並列で語る博士もスゴイ。まさかのコラボレーションって、こういうのだよな。
いや、まさかすぎて誰も思い付かないけど、本物の博士が、ごく自然に口にした本当の名ゼリフなんだよ。
あんまり気に入ったから、カソクキッズ単行本の第2巻に収録した特別描き下ろしエンディングで使わせてもらった他、ボクがサイエンスカフェ等を開催する時のタイトルにも使わせてもらっている。
いいですか、皆さん。
筑波の名物は、ガマの油と反物質ですからね!
このガマの油発言のシーンは単行本だけの描き下ろしエピローグなので、KEKのカソクキッズサイトには掲載されていません。
昨日の常識は今日の常識じゃない
12話からカソクキッズ・ファーストシーズンは第3章に突入した。
1章でKEKの研究テーマ全体を俯瞰し、2章で素粒子の世界を紹介し、3章になってようやく「加速器」について語る段階になったのだ。
加速器研究機構なんだから、もっと早く加速器の解説をしたいところだったんだけど、基礎的なことを理解してもらっていないと何を見せてもピンと来ないと思うので、ここまで我慢するしかなかったんだ。
さて……。
電子が光速の99.9999998%、陽電子が光速の99.9999989%というトンデモない速度で衝突する加速器での実験。
その衝突エネルギーとは、どれほどのものなのか。

2008年、スイス・ジュネーブ郊外にある欧州原子核研究機構「CERN(セルン)」の大型ハドロン衝突型加速器「LHC(Large Hadron Collider)」が稼動した際には「ブラックホールが生まれるかもしれない」との噂が飛び交い、地球滅亡を悲観して自殺者まで出たという。
確かに、LHC実験で極小ブラックホールが生成される可能性はないとは言い切れないようだ。
ただし、可能性はあるけれど極めて低い可能性に過ぎないし、もし出来たとしても、あまりにも小さすぎて一瞬で消滅してしまうはず。
それにLHCでブラックホールが作れるとしたら、同様の現象は、地球の大気圏ではいつも起こっているはずなのだ。
LHCで扱っている高エネルギーなんか比較ならない程の、遥かに高いエネルギーで降り注ぐ宇宙線によって。
つまり、地球の大気圏では毎日、ごくアタリマエに起こっていることなのだけど、大気圏ではその現象を詳しく観測することは難しいから、加速器で再現して観測しようというだけのこと。
それも大気圏よりもずっと小さな規模なんだから、地球滅亡なんてあり得ない。
LHCでブラックホールが作れようが作れまいが、それを上回る高エネルギー衝突は、常に大気圏外で起こっている日常そのもの。
だけど地球は何ともないまま数十億年が経っているのだ。
だからLHCごときで、どうにかなるようなコトはあり得ないのだ。
地球のどこかでマッチを1本点しただけで、世界が燃えてしまうと思い込むようなモンだ。
セルンでの実験が行われる際には、こうした科学知識がない人々(厳密に言えば、一般人よりは中途半端に科学知識があって、しかも勘違いしている人々)が、実験反対の訴訟を起こしたり、実験阻止のために実力行使に出ようとしたりして、騒ぎになった。
そうした人々を鎮めるためにセルンでは
「衝突エネルギーは、蚊が正面衝突する程度のモノ。全然心配するようなコトじゃない」
と語った。
このコメントに対しても「蚊がぶつかる程度なんて世間をバカにしてる」と批判するブログをボクは読んだ事があるのだけど、バカにするも何も、それが事実なんだから仕方ないんだけどなぁ。
でもボクは彼等を笑う事はできない。
ボクだって1年前までは知らなかった。
カソクキッズの連載をしなかったら、こんな説明なんか書けるハズもなかったのだ。
科学の最先端が、ボクらの日常と直接関係する事は滅多にない。
しかも日々進歩していて、かつて教科書で習ったことが、今では全く別のことになっていたりする。
だからトンデモないことを言う人は、間違ってるというよりも「ただ知らない」だけのことなんだ。
問題なのは、知らないことについて論じるのに、調べ直したりしないことなんだよね。
知らないのはアタリマエで、恥じゃない。
でも、漫画でも、料理でも、遊びでも、科学でも、どんなコトでも進歩していく。
昨日の常識は今日の常識じゃない。
知らない世界にちょっかい出すときには(ちょっかいの度合いに応じられる程度に)ちゃんと勉強しような。
蚊とハエとクリオネ
さて、セルンでの衝突エネルギーは「蚊が正面衝突する程度」なら、KEKではどうなのか。
セルンよりもエネルギーは小さいんだから、ショウジョウバエくらいかな?
そんなコトを話していたら、藤本先生が「クリオネ」と言い出した。
クリオネ!?
あのオホーツク海とかにいて、天使のようでカワイイくて、でも獲物を襲うときはけっこうエグい、ハダカカメガイ科の生き物?
意外だけどいいなぁ、クリオネ。
カソクキッズらしい例え話になりそうだなぁ。
藤本先生のメールを読んでみよう。
「KEKBは衝突エネルギー約10GeVですので、LHCの有効衝突エネルギー約1TeVの100分の1です。蚊はおよそ2ミリグラム、時速2km程度の飛行速度で、ショウジョウバエは時速7km程度、むしろ速いようです。
クリオネは分速1m~2mくらい(どこかのWEBページに載っていた)なので、時速にすると50~100m程度。大きさは1cmから3cm(これもどこかのHPより)。
重さがわからないのですが、30ミリグラムくらい(これは全くの仮定)で、時速50m程度と仮定すると、クリオネの衝突で、やっと蚊の100分の1くらいになります。」
おおっ、重さの根拠がちと問題(ボクもネットでちょっとだけ調べたけど、体重の情報は見つけられなかった)だが、全長3キロにも及ぶ加速リングを使って、ほとんど光速で粒子が衝突するってのに、それがクリオネ同士の衝突くらいってのは面白い例え方だ。
藤本先生は、劇中では表記しなくてもいいけれど、と前置きしつつ、科学者らしく根拠についても補足してくれている。
「運動エネルギーは質量に比例し、速度の二乗に比例するので、質量が15倍になっても速度が40分の1になっているので、15/40/40=15/1600=約1/100との勘定です。つまり、クリオネが30ミリグラムの分速1m程度ならKEKBの衝突エネルギーになるというわけです。(というか、むしろ逆算して30ミリグラムなのですが……)
あと、素粒子が何グラムかなのですが、電子や、Bクォークの質量のグラム表記はもちろんできるのですが、加速されているので、そのものの固有の質量は関係なくなっています。関係するのは、物質と反物質が消滅して得られるエネルギーそのものなので、上記の説明文では、「衝突エネルギー」と表現しています。
ですので、とてつもなく小さい素粒子のぶつかりが、クリオネのように目に見える大きさの衝突の衝撃と同じ、という、うるのさんの表現で十分です。」
う~ん、完璧じゃないか!
……と思ったけれど、結局、このアイディアは劇中で使われなかった。
重さの根拠が曖昧なままだってのもあるんだけど、それ以上に、もっと優先するべき他の情報があって、ボリュームオーバーになっちゃったからなんだ。
そういうわけで、このクリオネ話は、お蔵入りになってしまったんだけど、やっぱりモッタイナイから、ここで披露するわけだ。
なお、ここで論じているのは、あくまでも衝突エネルギーに限った話で、熱量などは含んでいない。
だから実際の威力が、蚊やハエやクリオネ程度というわけじゃない。
ビームの熱量も含めて威力を考えれば、機関車を一瞬で貫くくらいにはなる。
ビームの直径はナノサイズにすぎないけど、逆に言えば、それだけピンポイントにエネルギーが集中しているのだ。
機関車どころか、その先にある客車も一瞬で溶かして貫いていくだろう。
でも……KEKのビームはあくまでも実験用であって武器じゃない。
っていうか、武器のように描写するのは禁止なの。
なので、この話はここだけ。
これもカソクキッズでは描けなかった理由の1つなのよね(笑)。

※カソクキッズ本編は「KEK:カソクキッズ特設サイト」でフツーにお読みいただけます!
でも電子書籍版の単行本は絵の修正もちょっとしてるし、たくさんのおまけマンガやイラスト、各章ごとの描き下ろしエピローグ、特別コラムなどを山盛りにした「完全版」になってるので、できればソッチをお読みいただけると幸いです……(笑)
※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『カソクキッズ』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。KEKのサイトでも無料で読めますが、電子書籍版にはオマケ漫画、追加コラム、イラスト、さらに本編作画も一部バージョンアップさせた「完全版」になっているのでオススメですよ~~(笑)。

このガマの油発言のシーンは単行本だけの描き下ろしエピローグなので、KEKのカソクキッズサイトには掲載されていません。







うるの拓也












