小説版イバライガー/第18話:ショートサーキット(前半)

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Aパート

「時空旋風! エターナル・ウインド・フレアァアアッ!!」
 イバガールの風が、ジャーク化した者たちを包み込んで封じた。

 サイレンが鳴り響き、駆けつけた警官たちが、逃げる人々を誘導している。
 ワカナは周囲を索敵しつつ、背後でベビーカーから子供を抱き上げようとしている母親に近づいていった。

 何が起こるかわからない。ガールから目を離せない。

 赤ちゃんの泣き声。母親も震えているようだ。悲鳴にもならない声が漏れる。
 それでも我が子を守ろうと必死になっている。

 大声で呼びかけてはダメだ。急に近づくのもダメ。驚かせたら一気にパニックに陥ってしまう。
 焦る気持ちを抑えて、ワカナはガールのほうを向いたまま、ゆっくりと近づき、できるだけ優しく、けれどしっかりした口調で話しかけた。

「お母さん、落ち着いて。慌てて赤ちゃんを抱っこして、もしも転んだら大変よ。ゆっくりでいいから、そのままベビーカーを押して行って。大丈夫。あいつらにはイバガールの風は破れない。私も必ずあなたを守る。だからあなたは赤ちゃんを守ってあげて」

 母親は数秒、ワカナの背中を見つめ、すぐにうなずいて移動し始めた。
 赤ん坊の泣き声が遠ざかっていく。

 その声で、ワカナは距離を測った。
 警官がいる場所に達するまで、あと数メートル。

 母娘には大丈夫と言ったが、ガールの風で封じていられるのは、それほど長い時間じゃないはずだ。

 街路樹がへし折られている。
 コンクリートの壁にも穴が開き、亀裂が走っている。

 ただの戦闘員じゃない。ジャークに憑依されただけの人間とは違う。
 動きが早い。力も強い。戦闘力だけを見れば、ちょっとしたゴースト並みだ。

 「さぁ、こちらへ!」という警官の声が聞こえると同時に、ワカナはダッシュした。
 MCBグローブをかざして、風の中に飛び込む。

 10体ほどのジャーク戦闘員とイバガールが対峙していた。
「ワカナ、気をつけて! 例の強化タイプよ!」
「わかってる! いくよっ、ガール!!」

 両手の銃からMCB弾を撃ち込む。普通ならこれで終わりだが、こいつらは止まらない。
 動きは鈍るものの、そのまま襲ってくる。
 外見は、いつも通りのジャークに憑依された人間だが、パワーも、耐久力も、凶暴性も、桁違いなのだ。

 この数日に出くわした奴らと同じだった。並みの攻撃では抑えきれない。
 だが、全力で撃ち込むわけにもいかない。自我を失って暴れているとはいえ、彼らも被害者なのだ。

 ワカナは、手を振った。
 ゾンビのように迫ってくる戦闘員たちの眼前に、蒼い煌めきが走る。
 撃ち込んだMCB弾の有線ケーブルを操るエモーション・ストリングス。ワカナが独自に編み出した技だ。

 それを応用してイバガールと有線接続すれば、自分の感情エネルギーをダイレクトに伝えることができる。
 一時的にエモーションのパワーを大きく引き上げることができるはずだ。
 直接の衝撃はギリギリに抑えつつ、通常の何倍ものエモーション・ポジティブを送り込める。
 昨日、ガールと一緒に練習した合体技だった。

 幾条もの煌めきが、ガールの身体を覆う。
 エキスポ・ダイナモが強く輝き出す。

「エターナル……!!」
「……ストリングスッ!!」

 二人の声が重なり、光に包まれたガールが飛び込む。
 連続蹴り。打ち込まれた戦闘員が、次々と倒れていく。

 すべての戦闘員が倒れた。死んではいない。

「まだよ、ワカナ」
「うん」

 二人が身構えると同時に、倒れた戦闘員たちから、黒い霧が吹き出した。

 やはり、出てきた。
 Rと初代に取り憑いていた霧。こいつこそが元凶。

 霧は、渦巻きながら向かってくる。
 ガールとワカナは、両手を前に突き出した。同時に叫ぶ。

「エモーション・シールドッ!!」

 感情エネルギーのパワーで、霧を押し返す。互いのエネルギーが接触した空間に煌めきが起こる。
 これでいい。アイツが対消滅で消えるまで、耐え切れば。

 だが霧は、周囲を包むイバガールの風の中に流れ込んだ。
 激しい煌めきとともに、風が黒く変色していく。

「うぁああああああっ!!」
 ガールが膝をついた。

「ガール!?」
「だ、大丈夫……でも……とんでもない悪意の塊よ、アレ……。ウインドフレアでも相殺しきれない……!!」

 やがて黒い竜巻は上昇し、虚空へと消えていった。ガールの風も消滅し、周囲の喧騒が聞こえてくる。

「また……逃げられちゃったか……」
「ううん、たぶん違うよ」
 ようやく立ち上がったイバガールが、頭を振りながら答えた。

「あれは逃げたというよりも、用は済んだから帰った、というのに近いと思うの。人間をジャークにして暴れさせるのが目的じゃなくて、取り憑いて怖がらせて、エモーション・ネガティブを集めているんだと思う……」

 つまり、どんどん強くなっていくということだ。

 それを止められない。取り憑かれた者を倒しても、他の者に取り憑くだけなのだ。
 ワカナは、唇を噛み締めた。

 さっき感じた禍々しさ。あれはダマクラカスン以上だった。今は霧のようだけど、アレは本当は……。

「新たな、ジャーク四天王……」
「たぶんね……」

 空を見上げた。
 あのとき。イバライガーRが、時空の狭間から初代イバライガーを救出したとき。

 アレも、そこに潜んでいたのだろう。そしてRと初代と一緒に、こちら側に出てきた。
 そして今、ネガティブのエネルギーを集めて実体を生み出そうとしている。
 たぶん、それで間違いない。

 なんとかしなきゃ。
 アレが本当の力を取り戻す前にやっつけないと、取り返しがつかないことになるかも知れない。
 でも今は……。

 イバガールに、肩を叩かれた。

 微笑んでいる。
 ガールの顔は変わらないが、ワカナには微笑んでいることがはっきりとわかった。

 ガールの視線を追った。
 遠巻きにしている群衆。恐る恐る近づいてくる警官たち。
 その向こうに、さっきの母娘が見えた。
 目が合った瞬間、赤ちゃんを抱いた母親がぺこりと頭を下げた。

 そうだった。
 私たちは倒すために戦っているんじゃない。
 守るために戦っているんだ。
 あの人たちを。仲間たちを。そして自分自身を。
 今回は守れた。今は、それでいいんだ。

 そう思うしかない。
 不安や恐怖にとらわれていたら、ジャークには決して勝てない。

 それに、基地でも今、シンとイバライガーRが『新しい力』を生み出すために頑張っているはず。

 希望はある。あきらめない限り、いつだって未来はあるんだ。

 私たちは負けない。負けられない。
 次も、その次も、ずっと守り抜いてみせるんだ。

 あの母娘のためにも、私自身のためにも。

 


「……で、取り逃がしちゃったというわけか……」
『だって、アイツ霧なんだよ? 何をやっても通じないんだもん~~』
「わかったわかった、とにかく帰ってこい。対策を考えよう」
『じゃ、買い出しを済ませたら帰る』
「買い物? いや、おい、それは……」

 そこまでで通信が切れた。
 もっとも、出動中は常に接続しているので、単に無視されただけとも言える。

 買い物だと。
 くそ、絶対に自分に都合のいいものを買ってくる気だ。それも大量に。
 シンは毒づきながらスマホをポケットにしまい、室内に戻った。

 新基地の地下フロアだ。
 別に他の者に聞かれたくないとか、地下だから電波が届きにくいといった理由で部屋を出たわけじゃない。
 この室内では、自分の声が反響気味になって落ち着かなかったからだ。
 そう、銭湯の中にいるような感じで。

 実際、室内の半分は銭湯の浴槽ほどのプールだ。
 壁に、下手くそな富士山まで描かれている。

 言うまでもなく、マーゴンのいたずらだ。
 珍しく搬入を手伝うと言い出したら、コレだった。

 その風呂……いやプールサイドで、イバライガーRが水面を見つめていた。

 水面というのは正しくない。
 中を満たしているのは水ではない。もちろん、お湯でもない。

 NPLだ。
 元々は資材置き場だった地下倉庫内に、PIAS施設にあったのと同じNPLプールを設置したのだ。

 NPLは、元々イバライガーのデータから生まれたもので、液体に見えるが、その中にはイバライガーの体細胞とも言えるナノパーツが大量に含まれている。
 このプールがあれば、イバライガーたちがダメージを受けたとしても、素早く回復させられるのだ。

 そう考えると、このプールはイバライガー専用の湯治場みたいなもので、銭湯っぽい演出も意外にマッチしてるのかも……と一瞬だけ思ったが、やはりコレはやりすぎだ。
 壁際に置いてあるファンシーなカエルがプリントされた風呂桶とか、水面に浮いているアヒルちゃんのソフビとか、どう考えてもいらねぇだろ。

 だが今は、そんなことを気にしている場合じゃない。

 Rの隣りに立って、水面を睨んで……アヒルちゃんを掬い上げた。
 別に浮いていても困らないが、ダメだ。どうしても気が散る。

「シン、ガールとワカナは……」
「大丈夫だ、無事だよ」

 そんなことは言うまでもない。イバライガーたちは、常に情報を共有している。

 それでも、シンは口に出した。
 無事には済まなかったかもしれないのだ。

 あの黒い霧はヤバイ。
 アレがRと初代から吹き出したとき、Rはとっさにブレイブ・インパクトのモーションに入っていた。
 つまり必殺技でしか対抗できないと判断したのだ。それほどに危険な何かだったということだ。
 ワカナは逃げられたと言ったが、実際は逆だろう。逃がしてくれた……いや、遊んでいただけというべきかも知れない。

 あのときから数回、アレと接触している。そして出会う度に少しずつ強くなっている。

「……やがては『本当の姿』を見せる……か……」
「ああ。アレは恐らく、いや、間違いなくジャーク四天王の一人だろう……」

 Rの言葉に、シンは拳を握りしめ、持っていたアヒルちゃんがキュウと鳴いた。

 そうだ。その予測は当たっているだろう。
 だからこそ今、自分たちは、この場所にいる。
 ジャークに対抗するための、新たな力を生み出すために。

「さぁ、やろうぜ、R」
 シンはRの肩を叩いて、富士山とは反対側の壁面に目を移した。

 隣室との壁をくり抜いて窓を付け、こちらが見えるようにしてある。
 ウインドウの向こうは、コントロール室だ。待機していたゴゼンヤマ博士が、シンの視線に気づいて手を振った。
 天井から吊り下げた作業用アームが動き出す。

 いよいよ、始まる。

 この時代で、オレたちの手で造られる最初のイバライガーが生まれるのだ。

 


「あ~~、窮屈だった~~~~っ!」
 到着と同時にイバガールは、後席のドアから飛び出した。

「ごめんね~~、買い物につき合わせちゃって……」
「ま、仕方ないよね、いちいち基地に戻るの面倒だし。でもワカナ、いくらTDFのお金でも色々買いすぎ! 最近ちょっと重くなってるよ?」
「ええええっ!?」

 イバガールが、ワカナを抱っこするのはしょっちゅうだ。
 ついさっきも。

 ジャークを撃退して現場を撤収するときは、いつもガールはワカナを抱っこする。そのままジャンプして、その場を離れるのだ。
 歩いたり走ったりしていると、人々に追いかけられる。クルマに乗ってもマスコミは追ってくる。
 だから、普通の人間には追跡できない方法で撤収するのだ。

 跳躍してビルのてっぺんへ。そのまま遠くへ移動し、その後、周辺をサーチしながらクルマを停めた場所に戻る。
 意外に人通りがある場所にクルマを停めても、見つかったことはない。
 感情エネルギーの流れを読んで、人々の意識の死角へと躱すことができるからだ。

 今回も、そうやって戻ってきて、それからワカナの買い出しに付き合った。
 付き合うといってもクルマの中で待っているだけだ。

 イバライガーのことは公表されているから自分も買い物してもいいのだけど、そうすると目立っちゃって、またまたワカナと買い物袋(しかも大量)を抱っこして逃げなきゃならなくなる。そういうのキリがないから、クルマに隠れてワカナを待つのだ。

 別行動で帰っちゃうほうが効率いいのだけど、今日はなんとなく待つことにした。

 今、Rとシンは、地下のNPLプールにいる。

 本当に上手くいくのか。期待と不安でドキドキする。
 ワカナもたぶん同じ。一緒にいて、話していたほうがお互いに気が紛れる。

 初代イバライガーは、未だに目覚めない。
 博士たちとミニライガーたちは、付きっきりだ。

 ダメージは想像以上で、自己修復機能が働かないらしい。
 自力で感情エネルギーを補給できないので、NPLプールで修復することができない。
 そのため、ミニライガーたちとケーブルで直接接続してエネルギーを送り込んでいる。
 その効果はあるみたいで、少しずつ回復してきているという。
 でも、完全に元どおりになるかどうかはわからない。

 それでも、彼は立ち上がる。
 どんな姿になったとしても、この世界を守ろうとする。それだけは間違いない。

 その初代イバライガーのサポートに、ミニライガーたちは必要だ。
 というよりも、3体のミニライガーは、元々が初代専用のバックアップ・システムなのだ。
 初代が復帰する以上、ミニライガーたちが本来の役目に立ち返るのは当然のことだ。

 だからこそ、Rやガール専用のバックアップが必須だった。
 そのための大事な実験が、今、行われている。

 ガタゴトと、やかましい音が聞こえた。

「おかえりなさ~~い!」
「ご苦労!」
 台車を押しながら、カオリとマーゴンが出迎えに出てきた。
 いや、出迎えじゃなくて、大量の買い物袋を受け取りに来ただけだと思うけど。

「はい、これ。みんなの分なんだから勝手に食べちゃダメよ」
 ガールはワゴンから荷物を降ろして、台車に積んでやった。

「それで……シンとRは?」
 ワカナが、ポニーテールをほどきながらカオリに尋ねた。
 買い物中は髪型を変えているのだ。いや、その程度じゃ変装になってないと思うんだけど。

「ええっと……ちょうど今、実験が始まったくらいですね。今すぐ行けば間に合うと思いますよ」
「ううん、ここでいいわ。ここでもわかるから」
 ワカナが、こちらを見た。うなずき返す。

 カオリの言う通り、実験は始まっている。
 Rの視界を通して、手に取るようにわかる。不安な気持ちも、伝わってくる。
 Rは、真面目すぎるからなぁ。自分がやったほうがよかったかなぁ。
 イバガールは、なんとなく自分の傍を見つめた。

 そこに立つはずの自分の分身は、まだいない。
 


 コントロール室下の壁面が開き、ケースがせり出してきた。
 作業用アームはケースの中から、拳大の球形ユニットを掴み出した。
 シンは、ユニットの側面に刻印された『MLR-P01』の文字を見つめた。

 ミニライガーR・プロトタイプ01。

 イバライガーR専用のバックアップ・システムとなるはずの、新しいミニライガー。

 球形ユニットは、その『擬似コア』なのだ。
 ゴゼンヤマ・エドサキ両博士が造った人工知能で、イバライガーR自身の人格、意思などを可能な限り移植してある。

 それがコアとして機能するかどうかは、わからない。
 やってみるしかない。これからの戦いに、ミニライガーRは必要なのだ。

 室内の中央まで移動したアームがゆっくりと下がり、擬似コアが水中に沈められる。

『……お願いします、イバライガーR』
 スピーカーから、音声が響いた。コアの声。ミニRの声だ。

 Rは、しばらくコアを見つめていたが、意を決したように進み出てプールに手を浸した。
 エキスポ・ダイナモが輝き出す。プールが波打ち始める。NPL内のナノパーツに、Rの意思が伝わって動き出したのだ。
 このプールの中の全てが、Rの身体の一部となったようなものだ。

 コアに、蒼い光の粒子が集まっていく。
 それは徐々に実体化し、身体が、手が、足が、形作られていく。

 キュウ。

 握ったままになっていたアヒルちゃんが鳴いた。思わず力を込めてしまったようだ。

 苦笑した。
 緊張しすぎるな。不安に囚われるな。
 できるだけリラックスして、ポジティブな感情を維持するんだ。
 心を落ち着かせて、シンは再びプールを見つめた。

 イバライガーRとそっくりな姿が、NPLの中に生まれようとしている。

 イバライガーの体細胞とも言えるナノパーツ。
 それを満たしたNPLを使って擬似コアにボディを与え、新たなイバライガーを生み出す。
 シンが提案した方法だった。

 水面が、静まった。
 プールの中には、ミニライガーRがゆらいでいる。
 Rは、NPLに手を浸したままだ。

「どうだ、R?」
「ボディの生成は完了した……はずだが……」
「不安なのはわかる。けど、やってみるしかないだろ?」
「……わかった」

 Rは、プールからそっと手を離した。このまま安定してくれれば。

 だが、ダメだ。
 Rの制御を失ったボディが崩れ始める。

「くっ!!」
 慌ててRが手を入れる。再び再生されるが、手を離すとナノパーツはバラバラになってしまう。

「やはり、ダメか……」
 ゴゼンヤマ博士が、残念そうに呟いた。

「すみません……」
「お前のせいじゃないさ、R。擬似コアがまだ正常に動いてないんだ。たぶん、まだ身体ってものを認識できてないんだよ」
『はい、まだ私の理解が足りないようです……』
 擬似コアが応えた。スピーカーからの声で、NPLの中のミニRは動かないままだ。

「少し休もう、R。そして、もう一度やり方を検討し直してみよう」
「ああ、そう……だな……」
 イバライガーRは、少しためらいながら、再び水面から手を離した。

 ミニライガーRの姿が、粒子となって消えていく。
 Rは、それから目を逸らすように歩き出した。

 その背中を追って歩き出そうとしたシンは、手の中のアヒルちゃんを思い出し、そっとプールに浮かべた。
 ミニRの姿はすでになく、アヒルは水底に沈むミニRのコアを見守るように漂っている。

 ミニRを、頼むぜ。
 つぶやいたシンの耳に、キュウの鳴き声が聞こえたような気がした。

(後半へつづく→)

 


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