小説版イバライガー/第14話:サウンド・オブ・サンダー(後半)

2018年3月12日

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Bパート

 観光バスやトレーラーに偽装した特殊車両20台で、すべての道をふさぐ。
 周囲をシートで覆って、内側が見えないようにもしてある。

 だが、今さら目隠しも偽装も意味はなさそうだった。
 ソウマは、空を見上げた。浮かんでいるアレは、隠しようがない。

 何をしやがった?
 アレはジャークなのか?

 よりによって、この場所。
 シンたちが絡んでいることは間違いない。

 野放しにしすぎたか。

 シンやワカナ、それに、あのヒューマロイドたちが人々を救おうとしていることは信じられた。
 下手に手出しして敵対されたら、こちらの装備では彼らを抑えきれないことが明白というのが第一の理由だが、実際、彼らがいなかったら、ジャークに冒された人間は遥かに多かったはずだ。

 彼らは非合法ではあるが、敵ではない。
 だからこそ自分も上層部も、様子を見てきた。

 が、それも今日までだろう。
 今回は本気で、あのヒューマロイドたちを接収するしかない。
 まずシンたちを拘束し、それを人質にして奴等を封じる。

 ただしそれは、当面の問題を解決できたらの話だ。

 サイレンが鳴り響いている。緊急警報のメッセージも聞こえる。
 周囲では、近隣の人々の避難誘導が始まっている。ソウマの位置からはシートに遮られて見えないが、その光景は想像できた。

 空に向けてスマホをかざす群衆。急き立てる警官たち。その警官も、人々も、恐らくは緊張感を欠いた困惑した表情だろう。
 自分たちの日常で大規模テロが起こるなどということを、人はにわかに受け入れられない。現実感の無さにとまどいながら、ダラダラと誘導に従っているのだろう。
 避難指示を無視して、家やオフィスに閉じこもっている者もいるはずだ。

 さっさと逃げろ。
 ソウマは脳内の、しかし実際とさほど変わらないだろう光景に向かって毒づいた。

 あの黒い球体の正体は不明だが、爆発物である可能性は十分にある。
 もしそうだった場合、その破壊力の規模はどれほどのものなのか。

 以前に郊外で、イバライガーブラックによるものとされる爆発が起こった。
 あのときは住民のいない地域だったため、被害は周辺の建物の窓が割れる程度で済んだが、後日、爆心地を確認しに行った際に見た直径100メートルはありそうなクレーターは忘れられない。

 あれと同規模、あるいはそれ以上の爆発がこの中心街で起こったら、被害規模はとんでもないものになる。

「まずは、状況確認だな」
 つぶやいて地下駐車場に向かおうとしたとき、シンとワカナが飛び出してきた。
「やっと出てきたか。アレはなんだ? 何が起こっている?」
「説明は後! とりあえず下がって!!」

 ワカナが怒鳴った。シンは身構えている。
 周辺の気温が下がり始めている。冷気が近付いてくる。この冷気は知っている。

 ソウマは、拘束や接収など考えている場合ではないと判断した。
 トレーラーに向かって走りながら叫ぶ。

「ジャークが出てくる! 対エモーション装備の無い者は近付くな! ヤツの精神操作に操られるぞ!!」

 


 ゆっくりと、こちらに向かって歩いてきた女が、立ち止まった。
 風が強くなる。シンの頬が切れた。氷の粒が混じっている。思わずワカナを振り返った。
 ワカナは黙ったまま、女を睨んでいる。

 ナツミの姿。だが、ルメージョだ。

「始めるわよ、シン、ワカナ」
 ナツミの声が、静かに告げた。

「ルメージョ、あんた……!」
「……いよいよ本気で、オレたちをぶっ潰そうってわけか?」

「そうね。あなたたちと会うのは今日でおしまい。思った通りにTDFの連中もここに集まっている。アレを使って一気に殲滅させてもらうわ」

 ルメージョが、空を見上げた。
 球体は膨張を続けている。じっと見ていると気付かない程度の膨張速度だが、それでも最初に見たときの倍ほどになっている。

「アレは爆弾なのか?」
「ちょっとニュアンスが違うけど、まぁ、そう思ってくれてもいいわ。アレは自爆用のゴーストなの。蓄えてきたエモーション・ネガティブをたっぷりと吸わせたから、かなりの威力よ。ここを消滅させるには十分すぎるわね」
「そうはさせないわよ!」
「どうする気? 下手に刺激すると、その場で爆発するわよ。それとも何か手だてがあるの? それに……」

 上空で音が聞こえた。
 球体の一部から、真っ黒な液体のようなモノが吹き出した。黒い雨はビルを汚しつつ、シンたちの周囲にも降り注いでくる。
 シンとワカナは後方に飛んで躱した。

 雨を頭から浴びたナツミの全身が、黒くコーティングされていく。
 冷気が渦を巻き、ナツミがルメージョへと変貌していく。

 飛び散った液体のあちこちで、赤い点が光りだした。
 目だ。

 液体は、やや粘着質になり、ドロリと固まり、盛り上がり、立ち上がる。
 黒く塗りつぶされた全ての場所から、大量のジャーク・ゴーストが溢れ出そうとしていた。

「言ったでしょ、終わりにするって。この場所にいる者は誰一人、生きては帰れないのよ」

 


 地上を蠢く者。ビルの壁を這いずる者。

 それらが一斉に襲いかかってきた。TDF隊員たちはパニックを起こして、銃を撃ちまくっている。
 突然出現した怪物の群れに即応できず、指揮系統もズタズタになっているようだ。

 砕けたコンクリートブロックやガラスの破片が降り注ぐ中を、シンとワカナは走った。

「キサマら、どこへ行く!?」
 隊員の一人がこちらに銃口を向けようとしたが、シンは素早く回り込んで飛びついた。「何を……!?」と叫ぼうとした隊員を突き飛ばす。
 背後から襲いかかろうとしていたジャーク・ゴーストの爪をぎりぎりでかわした。

 バスの上に、ゴーストたちが這い登ってきていた。隊員たちが慌てて銃を撃ち始める。だが通常弾だ。効果はない。
 TDFはPIASと共に開発されたMCB弾を持っているはずだが、パニックで冷静さを失っている。
 ゴーストたちはバスを乗り越えて集まってくる。

 舌打ちしてシンが前に出ようとしたとき、ワカナが叫んだ。
「みんな、伏せてっ!!」

 ワカナの声とほぼ同時に、蒼い光跡が地面が貫いた。衝撃がゴーストたちを吹き飛ばす。
 粉塵の中から、イバライガーRとイバガールが飛び出してきた。

「シン、ワカナ! ここは私たちに任せて下がるんだ!!」
「R、ガール! あの球体は!?」
「今も膨らんでるわ。でも今は手出しできないし、こっちをほっとけないでしょ。ていうか、あっちはワカナたちに任せるわ!」
「ま、任せるって……」
「キミたちは基地に戻ってくれ。このタイミング……恐らくジャークの狙いは……」

 Rが振り返った。
 基地に眠るミニライガーたち。その体内に宿るエネルギー。

 それはシンも気づいていた。

 ルメージョは間違いなく、こちらの状況を読んで仕掛けてきている。やみくもに襲ってくるなどということはないはずだ。
 ミニライガーがエネルギーを蓄えていることを察知し、恐らくは、その力を使わせようと仕向けている。

 あの自爆ゴーストを、ミニライガーたちのエネルギーを使って時空の彼方へと吹き飛ばす。それしか対抗策はない。

 そうさせようとしている。
 それに気付いても、そうするしかない状況に追い込もうとしている。

 だからこそ、初代イバライガーのサルベージを決行する直前を狙ってきた。
 オレたちが初代をあきらめてでも街を救おうとすることを、読み切っているのだ。

「じゃあ、このゴーストたちは……」
「私とガールの足止めだ。それだけのためにゴーストの群れを放った」

 振り返った。TDFの隊員たちが、戦っている。だが、混乱したままだ。弾丸も通常弾のままらしい。ゴーストには通じない。
 それでもTDFは、現場に踏みとどまる。ジャークと戦うための部隊なのだ。

 だからこそ危機は去らない。PIASを開発したとはいえ、大半のTDF隊員はこれまでと大差ない。
 今のままではゴーストの大軍には勝てない。つまり人間の命が危険にさらされ続けるのだ。

「……そうなれば私たちはほっとけない。こうやって助けに来るしかないの。ルメージョは、私たちを釘付けにするためにTDFを利用しているのよ。ホンット、毎回毎回、悪知恵が働く女よね~」

 ルメージョは誰一人生かして帰さないなどと言っていたが、本当はそんなことはどうでもいいのだろう。
 皆殺しのつもりで暴れさせる。そうすることでイバライガーを釘付けにする。
 それだけで十分なのだ。

「そういうことか……、ちくしょう、考えてやがる……」
「感心してる場合じゃないって!」
 ワカナが怒鳴った。

「わかった。ルメージョの策に乗せられちゃうのは悔しいけど、今は行くしかないわ。シン、行くわよ。R! ガール! ここは任せたわ!!」

 ワカナが走り出した。
 シンも後を追おうとして、先ほど突き飛ばした隊員に気づいた。
 隊員は、銃口をこちらに向けようとして、降ろした。どう対処するか迷っているようだ。
 シンたちを拘束する命令もあったのだろう。
 その脇を駆け抜けてから、シンは立ち止まり、振り返らずに声をかけた。

「……オレたちは行かなきゃならない。あの黒いヤツを止めなきゃならない。だから頼む。Rとガール。あいつらを手伝ってやってくれ。あの二人は敵じゃない。あんたらの力が必要なんだ」

 ゴーストが、再び集まり始めていた。
 黙ってシンを見つめていた隊員は、やがて弾倉を外して投げ捨てた。
 代わりにMCB弾の弾倉を差し込む。パチンと叩く音があちこちから聞こえてきた。

 隊長らしき者が、手でサインを出す。ビルを背に、素早く陣形が組まれる。
 先程のパニックとは、まるで違う動きだった。なにより一人ひとりの目が違う。全員がプロの戦闘集団の目になっている。
 呆気にとられているシンに、隊員が言った。

「行けよ。民間人は好きなところに行けばいい」
 立ち止まっているシンに、別の声が聞えた。さっきの隊長だ。
「さっきは助かった。まだ化け物相手に慣れていなくてな。だが、もう目が覚めた。お土産も置いていってくれるらしいしな」

 ゴーストが蠢く。
 隊長がゴーストに照準を合わせたまま叫んだ。
「行けっ! お前はお前の仕事をしろ!!」

 一斉に銃が火を吹く。Rとガールが飛び出していく。

 シンは全力で駆け出した。
「すまん、みんな! 頼む!!」

 

ED(エンディング)

 トレーラーの中で、ソウマは周囲の気配を探っていた。

 冷たい風が吹いている。濃厚な気配は全ての方向から感じる。
 これが全部ジャークの気配なら、とんでもない数だ。

 隊員たちが戦っている。イバライガーたちと共闘しているらしい。

 あのショッピングモールを思い出した。
 倒れていく仲間たち。何も出来なかった。

 周囲からパーツが装着されていく。数百に分割されたボディパーツ。
 コンバットブーツ、甲冑、手甲、バックパック、各種武装。最後にフェイス・ガードがかぶせられ、ソウマは、つかの間の暗闇と静寂に包まれた。
 NPLが注ぎ込まれるのを感じる。全神経が接続されていく。

 意識を集中した。
 オレは、人ではなくなる。

 あいつらと同じ力を手に入れなければ、戦えない。何度も出動して、それを思い知った。
 倒れていった仲間たちのことは忘れない。必ずこの手で敵を討つ。世界も未来も知ったことか。守りたいものなどない。
 だが、ジャークは滅ぼす。仲間の復讐を果たす。
 オレにとっては、ジャークもイバライガーも他所者だ。どちらも排除すべき者。
 こいつはそのための力だ。今度こそ、奴等を倒す。

 視界が開けた。音も、戻ってきた。手足の感覚もある。
 踏み出した。戦う。この時代を取り返す。

「チャージアップ完了! PIAS出るぞ!!」

 

次回予告

第15話 悪夢、再び
自爆ゴーストとミニライガーたちのエネルギーで時空崩壊を企むルメージョ。このままでは街が丸ごと吹き飛んじゃう。いや、ルメージョの狙い通りになったら、一気に世界が滅亡しちゃう! 惨事を食い止め、初代イバライガーを救おうと戦うイバライガーたち。だけど、ジャークゴーストの大軍団に阻まれて……誰か、誰か爆発を止めてぇええええ!!
さぁ、みんな! 次回もイバライガーを応援しよう!! せぇ~~の…………!!

(次回へつづく→)

(第13〜14話/作者コメンタリーへ)

 


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