小説版イバライガー/第34話:クリスマスだからじゃない(前半)

2018年12月15日

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■OP(オープニング)

 屋外に出た。息が白い。それでもカオリは、冷たい空気が気持ち良いと感じた。
 自分の仕事は博士たちの手伝いで、それは大事な仕事だし自分でもやりがいを感じている。でも今は、外に出てみんなと一緒に働いていたい気持ちが強い。昨日は飾り付けをちょっとしか手伝えなかった。あの箇所はもう、他の誰かが済ませてしまっているだろう。
 それでも、できることはいくらでもある。手が足りているところなんて、ほとんどないのだ。
 カオリは何か手伝えることを探して、仮設プレハブやテントの間を歩き出した。一見ごちゃごちゃしているようだけど、意外に区画整理されていて、案内板なども立ててあるから迷ったりすることはない。

 とりあえず、シンさんやワカナさんの小屋まで行ってみよっか。
 二人やマーゴンさんは、避難民キャンプの一番端っこ近くにいる。その先はTDFの駐屯地になっていて、そのエリアには民間人は立ち入れない。基地の中の部屋は、研究室などを除いて子連れの家族などに譲ってしまったので、みんなキャンプみたいな暮らしをしているのだ。小屋もテントも、TDFとイバライガーたちがNPLを使って作った特製で、寒さも完全にシャットアウトできるらしい。

 かなり歩いて、丘になってるところで振り返った。
 大勢の人たちがいる。たくさんのイルミネーションが見える。

 あの戦いから、1ヶ月。
 最初に駆けつけて来てくれた人たちだけでなく、そのご家族、友人・知人、噂を聞きつけてきた人、ボランティアなどが集まって、今では数千人が敷地内にいる。もっとマシな避難所もあるのだけど、みんな帰らないのだ。
 イバライガーを手伝いたい。助けたい。そう思ってくれている。

 カオリは、それが嬉しかった。お尋ね者になったり正体を隠したりして暮らしてきたけれど、ようやくみんなに認めてもらえた気がする。イバライガーと一緒に頑張ってきたことを誇らしく思える。

 でも……そろそろ、この人たちも帰宅の許可が出るだろうと言われているから、この暮らしもあと少しだなぁ。
 クリスマスと年末年始はここで迎えることになるだろうけど、壊された市街地には放射能とかの残留物質もないようだし、寸断されていたライフラインもかなり復旧して、壊れた建物の再建なども進んでいるらしいから、成人式くらいの頃には、みんな自分の家に帰れるかもしれない。

 自分の家。それは、カオリの心を少しだけ締め付ける。
 辛い気持ちは、だいぶ薄らいだ。決して忘れることはないけれど、今はここが私の家だ。
 お父さん、お母さん。私、元気だよ。頑張ってるよ。ゴハンもいっぱい食べてるよ。
 だから安心してね。私たちみたいな目には、もう誰も遭わせない。

 この人たちを、きっと、きっと守ってみせるから。

 

Aパート

「あ~~、寒かったぁあ~~」
 ワカナが仮設指揮所に入ってきた。いつもなら、この中にまでは入ってこない。よほど寒かったのだろう。近くにいた隊員に買い物袋を手渡すと、そのままエアコンの吹き出し口まで行ってホエ~~っとしている。

 立ち去ろうとする隊員を呼び止めて、アケノは袋の中を覗いた。うん、ちゃんとソフトクリームがある。5個しかないのが残念だが、まだ開店している店は少ないから仕方ない。1つ取り出して、残りは冷蔵ボックスに入れさせた。
「……で、どうだった?」
「……ちょっと食べ過ぎって言われた……」
「あ~、それはあるかもね~。二人とも人気者だから、あっちこっちのテントでご馳走になってるでしょ? でもまぁ、他に異常がなかったんだからダイエットくらいは我慢してもらわないとね」
「わかってるよぉ……」
 ようやく暖房の吹き出し口から離れたワカナがボヤいた。

 シンとワカナは、身体検査を受けてきたのだ。
 あの戦い以降、シンとワカナは3日も倒れていた。寝ている間に簡単な検査は施したが、二人とも極度の疲労だけで外傷はなかった。目覚めた後も特に変わりはなく、健康そのものに見えた。
 だが、それでも徹底的な検査を受けてもらった。今回で5回目だ。CTスキャン、MRI、血液はもちろん遺伝子まで、1ミクロンの異変さえ見逃さないように入念に調べさせた。二人は面倒がっていたが、それが重要だということは理解している。
 そして今日が、最後の検査だった。今日のデータはまだ分析が終わっていないが、これまでのデータでは何の異常もなかったらしい。

「まぁ、報告はこっちにも来てるから特に異常がないのは知ってるけどね。イバライガーたちもすでに分かってると思うよ。初代なんか検査データをハッキングしそうなくらいに心配してたんだから」
「うん、後で集まったときにちゃんと話しておくよ。他のみんなにもね」
「台本はもうできたの?」
「うん、マーゴン渾身の書き下ろし。まだ読んでないけど、力作らしいよ~~」
「ほぉ、意外な才能があったもんだね。ま、TDFは周囲の警戒などがあるから参加できないけど、楽しみにしてるよ」

 ワカナが手を振って出て行った。
 これからイバライガーショーの練習なのだ。実際のショーの会場はこの敷地内で、ステージの設営はTDFの隊員たちが交代でやっているが、今は練習のために近くのショッピングモールの屋外ステージを借りてある。練習を見られたくないというので、周囲から見えないように天幕で覆ってやったのもTDFだ。

 集まった人々とのお別れ会を兼ねたクリスマス・イベント。
 騒がしいのは好きではないが、異を唱えるほどではなかった。警戒は解いてないし、イバライガーたちも常時パトロールを続けているが、今はジャークの動きはない。あれだけの戦いだったのだ。ルメージョとルイングロウスという四天王2人も失っている。その上、R、ガール、ブラックは究極とも言えるほどのパワーアップを果たした。
 ジャーク側も、今すぐには動けないはずだ。いつ何が起こるかはわからないが、それでも他の時期よりは危険は少ないと考えて良さそうだった。

 それに、訓練されていない一般人は我慢だけでは暮らせない。人間には心がある。身体的な安全だけを守っていればいいというものではない。水や空気と同じように、楽しむこともまた、生きるためには欠かせない。エモーション・ポジティブを多く生み出し、ジャークとの戦いに勝利するためにも、こうした取り組みは必要なことなのだ。

 ワカナは、すでにショッピングモールへ向かったはずだ。シンはすでに現地にいるらしい。他のイバライガーたちや元ジャークだった連中も、すぐに集まるだろう。恐らくは数時間、何かの事情で中止になったとしても1時間以上は戻ってこないはずだ。

 今のうちに、話し合っておくべきか。

 アケノは、ソフトクリームの最後のかけらを口に放り込んで立ち上がった。電子機器を外すのを見た隊員が、怪訝そうな顔をしている。
「気にするな。通信機器は全て置いていくが敷地内にはいる。もしものことがあったら照明弾でも上げろ」

 

「カオリさん!」
 周囲を回って基地に入ろうとしたとき、声をかけられた。
「ユウタ……くん……?」
「嬉しいなぁ、名前覚えててくれたんですね。イバライガーチームの人に覚えてもらうなんて光栄っす!」
「そりゃ覚えるよ、もう何度も会ってるんだもん」
「そっか。今日はお腹空いてないっすっか?」
「だ、だ、だ、大丈夫! いくら私だってお腹空いてないときもあるよっ!!」

 ユウタは、被災者ではなく、他の仲間と一緒にボランティアでやってきたのだという。。まだ学生で、たぶん自分より1~2歳年下。
 初めて出会ったのは、ヨリコちゃんと一緒にクリスマスの飾りつけをしているときだった。3メートルほどのツリーを立てて、でも天辺に星をくっつけるのを忘れて、梯子をかけて登ったら、足を滑らせてしまったのだ。
 落ちると思ったときに、抱きかかえられた。そして、お腹がぐぅと鳴った。
 若者はくすっと微笑んで、自分たちのキャンプに招待してくれて、暖かいスープを振舞ってくれた。つい、いつものようにゴクゴク飲んじゃって、またくすっと笑われて、でもユウタと名乗った若者は、おかわりをくれた。
 それから一緒にあちこちの手伝いなどをすることが多くなった。特に彼らとだけ親しいわけじゃないけど、単身でやってきたユウタたちは顔見知りが少ないせいか、カオリを見かけると寄ってくるのだ。作業は真面目で、一所懸命やってくれる。ボランティアを楽しんでいるという感じで、そうしたことはカオリ的には多少の違和感もあるものの、元気でテキパキと働いてくれているので特に文句はない。

「今日はどうしたの? 基地に何か用?」
「あ、ああ……その……中で暮らしてるお子さんが風邪っぽいというので、例の特製スープを差し入れに来たんすよ」
 立ち話をしているカオリとユウタの脇を、いつものボランティア仲間たちが軽く会釈しながら通り過ぎていった。それぞれに段ボールを抱えている。そんなにいっぱい差し入れたの? 豪勢だなぁ。

「そうなんだ。私、博士の手伝いで大体はここにいるから後で様子を見ておいてあげようか?」
「いや、もう大丈夫らしいっす。そんじゃカオリさんも風邪引かないでくださいね!」
 そう言って、ユウタは走り去った。いつもの仲間が待っていたようだ。集まって笑いながら歩いていく。

 なんだろ。ちょっと慌ててたみたいだったけど。それにスープの匂いがしなかった。私、一度食べたものの匂いは絶対忘れないんだけどなぁ。ユウタくんも言ってたけど、風邪気味なのかな。何ともないんだけどなぁ。

 振り返った。ユウタたちは雑踏に紛れて、もう見えない。
 彼らと親しくなったのは、あの学生らしい若々しさが懐かしかったからかもしれない。
 自分も、イバライガーと出会う前は、学生だった。普通の学生だった。
 あのことが起こるまでは。

 ジャークと戦って勝てたとしても、私にはあの日々は帰ってこない。
 それでいいと思ったことは、一度もない。平和だった日々は、今も胸の中で輝いている。
 その輝きは、それに包まれている時には見えにくいものだ。とても貴重なものなのに、大抵は失うまで気づけない。

 自分も、そうだった。だからこそ、もう二度と失わせたくない。例えばヨリコちゃん。あの家族を同じ目には決して遭わせない。そのために私はイバライガーやワカナさんたちと一緒に戦っている。私に笑顔を取り戻してくれた人たちを信じて、みんなが気づかない輝きを守るために戦っている。
 絶対に負けられない。私にだって、負けられない理由はあるんだから。

「何ボ~~っとしてんの?」
 エドサキ博士とゴゼンヤマ博士が立っていた。二人ともコートを羽織っている。ちょっと外の空気を吸いに来たというのとは違うっぽい。
「あ、いや、その……何でもないっす。ていうか、お二人でお出かけですか? 珍しい。もしかしてデートですかぁ?」
「そうね、そんなもんよ。通信機忘れてきちゃったから、しばらく連絡がつかないかもだけど、敷地内からは出ないから心配しないで」
 うわ、冗談言ったのに軽く返された。大人ってふてぶてしいなぁ。ゴゼンヤマ博士のほうは、ちょっと照れてるっぽいけど。
「な、何がデートだ。何を言っとるんだ。というよりデートしてたのはカオリくんのほうだろ?」
 え、デート? 私が? あ、さっきの……。
「ち、違いますって! アレはそんなんじゃないですって!!」
「そうなの? カオリが彼氏見つけたらしいって、ミニライガーが言ってたわよ?」
「あ、あのチビたちぃいい……!! 違います! 全然違います!! そういうのじゃないですっ!! ……ま、まぁ仲良くはなったけど……でも単なる知り合いってだけですよ! そもそも特定の人じゃなくて複数だし……」
「ほぉ、同時に大量ゲットかぁ。カオリくんもなかなかやるなぁ」
「だから! そういうのじゃないんですってば!!」
「わかったわかった。でも、こんなトコにいていいの? ショーの練習に行かないの?」

「え? 練習?」
「そうよ。だってカオリ、主役なんでしょ?」
「ふぁっ?」
「だから、今度のクリスマスショー。カオリが主役なんでしょ?」
「え? えええっ!? なんで!? だってイバライガーショーでしょ!? 主役はイバライガーに決まってるじゃないですか? いや、シンさんやワカナさんならアリかもだけど、私は全然フツーなんですよ!?」
「そんなの知らないわよ。でも台本読んだ限りは、どう見てもアレはカオリを主役に決め打ちで書かれてたわよ」

 な、何がどうなってんの!? 今回も監督&シナリオ担当はマーゴンさんだったけど……また余計なことしたのぉおお!? イバライガーショーなのに私が主役ってあり得ないじゃん!!
 誤解だ、きっと誤解だ。とにかく早く行って止めないと。
「い、行ってきます、私も!!」

 


 カオリが猛ダッシュで駆け去っていくのを見送ってから、ゴゼンヤマはエドサキと並んで歩き始めた。意味もなく気晴らしに散策しているような感じで集団から離れていき、木立が並ぶ一角に向かう。

「来てくれて助かる。今回のことは、誰にも聞かせたくなかった。イバライガーにも」
 どこからともなくアケノの声が聞こえた。姿は全く見えない。どこにいるのかも特定できない。
「……シンとワカナのことね。検査結果はどうだったの? 問題ないと聞いてるけど?」
「そうだ。何の問題もなかった。それが問題だ」

 姿は、相変わらず見えない。隠れたまま話をするつもりなのだろう。ゴゼンヤマはエドサキを促して再び歩き始めた。ただの散歩に見せておく。歩き続けていても、アケノは会話を維持してくれるはずだ。
「……そうか。何の問題もなかったのか……」
 ため息が出た。アケノが何を危惧しているかは、すぐにわかった。

 何もないはずがないのだ。
 かつてない激しい戦いだった。いかにイバライガーたちがカバーしていたとはえ、あの戦場の真ん中にいたシンとワカナが、擦り傷さえ負っていないなどということはあり得ない。ワカナなどは刺された腹部の傷さえ消えているのだ。エモーション……特にハイパーの力によるものと考えられているが、傷が治ったと喜んでいられるようなことではない。
「やはり……エモーションに取り込まれつつある……ということね……」
「アタシもそう思う。未来でのシンがイバライガーに変異したように、今の二人にも同じことが起こっているんじゃないか?」
 そのことは、前にもこの3人で話し合った。だからこそ、入念な検査を依頼したのだ。
「……検査結果のレポートは後で回すけど、基本的には健康そのもの。多少、栄養バランスなどに課題はあったらしいけど、それは一般人でも同様のレベル。しかも平均よりも数値的には良好なんだってさ。報告してきた検査医は笑ってたよ。理想的な若者たちだ、ってさ……」
 ゴゼンヤマも苦笑した。確かに、あの二人は健康に見える。

 でも、あり得ないのだ。
 アケノやソウマも検査は受けている。特にアケノは、PIASとのシンクロに加えて、前回の戦いではイバライガーXまで使っている。シンたちほどではないものの、多少はエモーションの影響を受けているはずだった。
 そして、アケノにはわずかな兆候が見つかっている。
 普通なら検査を行っても異常と気づくことさえできない程度の、ミトコンドリアの異常だ。

 ミトコンドリアは、ほとんど全ての真核生物(動物、植物、菌類、原生生物など)の細胞内に含まれている約5マイクロメートル(0.005ミリ)ほどの器官だ。細胞が活動するためのエネルギー変換を受け持っており、ミトコンドリアに異常が起こるとエネルギー生産機能が低下し、様々な障害を引き起こす。
 だが今回は、実際に障害が出るほどのものではない。放置しておいても代謝によって問題のある細胞は淘汰され、正常な細胞に置き換わっていくはずで、問題とも言えない。
 それでも、わずかとはいえ影響はあった。そして他の細胞器官などには何も異常はなかったらしい。
 なぜ、ミトコンドリアだけに影響が出たのか。他の器官との違いは何か。

 恐らくはDNAだ。
 ミトコンドリアは、他の細胞器官とは異なる独自のDNAを持っている。細胞内の重要器官には違いないが、実はミトコンドリアは生物の細胞内で生きる独自の生物とも言えるのだ。
 約30億年前、我々の先祖である原始生物にとって、酸素は強力な毒だった。そこで、その酸素をエネルギーに変換できる生物=ミトコンドリアを自らの内部に取り込み、閉じ込め、共生することにしたのだ。いや、共生というよりも事実上の奴隷として。
 ミトコンドリアを取り込んだことで生命は酸素という大きなエネルギーを使えるようになり爆発的な発展を遂げたが、その裏でミトコンドリアは30億年にも及ぶ隷属を強いられてきた。独自の生物でありながら全ての制御を母体細胞に支配され、ミトコンドリア自身は永久に母体のために働き続けるしかない。そしてそれは今も続いている。
 我々の体内では、そのようなえげつないことが続けられている。ミトコンドリアに意思はないはずだが、もしも意識があったら真核生物の全てがジャークに見えることだろう。生物とは、そういうものなのだ。ジャークの侵略も、より大きなスケールで見れば、同じことかもしれない。

 いずれにせよ、独自のDNAを持つ、ある意味で別の生物とも言えるミトコンドリアにだけ異常が見られたというのは、何かを示唆しているはずだ。
「……私たちは、欺かれているのかもしれないな。エモーションに」
「どういうこと?」
 思わずつぶやいた言葉に、すぐ耳元からアケノのささやくような声が返ってきた。姿は見えなくても、すぐ近くにいるようだ。
「君たちの検査で他に問題がなかったのではなく、軽度な問題は全ての細胞に起こっていたのではないのか、ということよ。問題がないように見えたのは、エモーションがそれを隠しているから。そして、そのトリックが、別の生物=ミトコンドリアの存在によって暴かれた。そういうことかもしれないということ……」
「なるほど……やっぱりエモーションはクロってことかな?」
「それはまだわからない。仮にミトコンドリアと同程度の異変が他の細胞にも起こっているとしても、そのくらいなら体に問題がないのは確かだ。DNA異常などというと恐ろしく感じるが、実際にはDNAの制御および防衛機構は非常に強固であり柔軟だ。バグのあるDNAが生まれること自体は珍しくない。そして、そうしたものは新陳代謝で排除され、正常なDNAに置き換わる。後代にまで遺伝するような変異など、そう簡単には引き起こせないんだ。生命というのは、我々には及びもつかない機構を持っている。君が今後出産するとしても、何の問題もないはずだから安心したまえ」
「ありがとう。その気も相手もないけどね。でもシンたちは……」
「もう一度聞くが……本当に何の問題もなかったんだな?」
「ああ、本当に、だ」

 つまり、アケノには見つかったミトコンドリアの異常すらなかったということだ。
 そんなはずはない。アケノにさえ影響があったというのに、シンとワカナに何もないはずがない。安心など、できない。むしろ背中に冷水をかけられたような気分だ。
「……電子機器の全部を遠ざけてまで話さなきゃならなかったわけがわかったわ。これは本人はもちろん、イバライガーたちにも聞かせられないものね」
「そうだ。特に初代イバライガーには。シンやワカナに何かの問題があるなどと知ったら、あの男は力づくでも二人を止めるだろう。だが、それではジャークには勝てない。前回見せた、あの力。真のオーバーブースト。あれは我々には真似できない。仮にシンとワカナが重病人だとしても、戦ってもらうしかない。我ながら非情だとは思うけど、ね……」
「辛いところだけど……我々3人で隠し通すしかない……か……」
「解き明かすしかないよ。エモーションの正体を。私も初代と同じだ。あの二人を生贄にはできない。だが、世界を諦めることもできない。全てを救うために私たちは全力でエモーションの謎を解明するしかないんだ」
「頼むよ。必要なものは何でも用意する。どこにでも行けるように手配する。こっちはアタシが引き受ける」
「……わかったわ。行きましょう、ゴゼンヤマ博士……」
 エドサキが顔を上げ、基地へと戻り始めた。ゴゼンヤマも、後を追った。アケノの声は、もう聞こえない。

 エモーションは、あの二人に何をした?
 これから、どうするつもりなのだ?

 仮説はある。前回の戦いで見た様々な現象から、予想できるものはいくつもある。
 だが、相手は感情なのだ。理屈で感情を制御できるものなのか。
 それでも、やらねばならない。
 彼らはすでに私にとって息子であり、娘でもある。エモーションに差し出すわけにはいかない。
 負けられない理由は誰にでもあるのだ。

 


 ショッピングモールに着いたときには、もう陽が落ち始めていた。
 ステージは屋外で駐車場の端にあるから、建物に近づく必要はない。警備しているTDFの人に挨拶をし、覆われた天幕をめくって中に入った。

 ……誰もいない。

「あれ? カオリ、どうしたの?」
 声のほうに振り返ると、イバガールが裏から出てきた。
「あ、いや……その……ショーの練習に……」
「あ、そうだよね、カオリ主役だもんね~」
 やっぱりそうなんだ……。ガールがそう言うってことは、もうすでに既成事実? 確定事項? うわぁあ、困るよぉ~~。
 でも……なんでみんないないの? もう練習終わっちゃったの? そりゃ私、遅れてきたけど終わるには早すぎるんじゃないの?

「ごめんね~~、今日は中止になっちゃって、みんな帰っちゃったのよ。私は片付けで残ってたけど、もう帰るとこで……」
「なんかあったんですか?」
「いや、その……シンがバカだったというだけ」
「え?」
「最初は、台本をみんなで読んでたのよ。そしたらシンがさ『この主役の女の子っての、カオリに決まりだな。ワカナじゃ女の子は無理があるもんな~』って口走っちゃってさぁ……そしたらワカナがカンカン。もうね、バックにゴゴゴ……って描き文字が出るか、気で空間がグニャ~~っと歪んでも不思議じゃないっていうか……」

 ……そのまんま映像で思い浮かんだ。あちゃ~~。シンさん、バカだ。デリカシーが足りないとは思ってたけど、大バカだぁああ。なんで余計なこと言うかなぁ。こないだの戦いでは超カッコイイと思ったのに……。

「まぁ、あの二人は痴話喧嘩だから心配しなくてもいいよ。それに私も今回主役の『女の子』はカオリが適任だと思うよ。マーゴンもその気で書いたんだと思うし、たぶんワカナもね、怒ってたけどシンが余計なこと言わなきゃ同じ意見だったと思うな」
「……エドサキ博士もそんなこと言ってましたけど……でも、イバライガーショーなのに私がメインっておかしくないですか? お客さんもガッカリするんじゃないかなぁ?」
「あ、そうか。まだ台本読んでないんだね。けっこうイイ感じだよ。フツーの人が頑張る姿を見せてあげるショーなの。私たちの戦いは、いつも普通の人たちの勇気や応援に支えられてきたんだもの。今回だって、基地に集まってくれた人たちがいなかったら、どうなっていたかわからない。その感謝を込めてね、フツーの女の子が奇跡を起こすお話にしたんだって。マーゴンってアホだけど、時々いいトコ見てんのよね~~」

 イバガールが台本を手渡してくれた。表紙にイバライガーのロゴがプリントされている。へ~、こんなの作ったんだ。
 見つめているうちに、自分もちょっと興味が湧いてきていることに気づいた。主役をやりたいわけじゃないけど、みんなが納得した台本なら読んでみたい。

「わかりました……自信ないけど、とにかく台本読んでみます……」
「持って帰ってもいいんだよ。私たちは暗記しちゃってるし、何冊もあるみたいだし……」
「いいんです、ここで一人で読んでみたいんです」
「わかった。TDFの人が近くにいるから、終わったら声をかけてあげてね。頑張ってね。私たちも出来るだけフォローするからさ」

 イバガールが飛び去ると、誰もいないステージに座って、カオリは台本を開いた。

(後半へつづく)

 


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