カソクキッズ前夜:8年もの長期人気連載はどのようにして始まったか

最初はキッズサイトのリニューアルから
カソクキッズは、元々は漫画作品じゃない。
いや、ボク自身は最初から漫画にすることを狙っていたのだけど、それは密かな企てというヤツ。
最初はKEKのキッズ・コンテンツ『キッズ・サイエンティスト』というWEBページのイメージキャラに過ぎなかったんだ。
あくまでも「漫画的なカットやキャラを使って科学解説を補足する」というだけのものだった。
KEKと初めて出会ったのは2007年11月。
漫画で科学解説をしてみたいと考えているので相談に乗ってくれないか、というメールをもらったのが最初。
ええっと……KEKってアレだよな。
つくばの東大通りをずっと先のほうまで行って、焼却場の手前辺りにある研究所。
下妻方面に行くときに通るトコ。
確か、大手空調会社に勤めている友だちが工事のために出入りしてたはず。
同じ会社に勤めていたことがあるウチのカミサンも、その研究所のCADを担当してたはず。
でも、何をやってるかなんて気にしたことなかったな~。
メールには「素粒子」「国際リニアコライダー」などの言葉が書かれていたけど、当時のボクにはチンプンカンプン。
「コライダーって、ちっこい仮面ライダーのことか?」とか妄想するだけで、全然わからない。
それでも、とにかく会ってみようということになった。
この段階では、漫画の話は「いつかやってみたい」というだけのことで、具体的な話ではなかった。
しかも作りたいのは「国際リニアコライダー」というヤツの漫画であって、後のカソクキッズとは全然別物。
それも今は予算がないから、いつかやってみたいというだけ。
だから本当に会ってみただけだった。
ボクのほうも、素粒子のことも、物理学のことも、加速器のことも、何もわからないままなんで、漫画を広報にどう活かすべきかなどといった、基本的なコトしか話せなかった。
それでも、翌2008年1月にKEKのキッズ・コンテンツ『キッズ・サイエンティスト』というWEBサイトのリニューアルを担当させてもらうことになった。
あ、リニューアルっていうのは「今あるWEBサイトを新しいデザインやコンセプトで作り直す」ことだよ。
で、その仕事を担当することになってから、既存のWEBサイトを見てみたんだけど……
……キッズ向けのはずなのに難しくて全然わからん。
専門用語が説明なしにポンポン出てくるし、文章も大人向けの科学書みたいな堅苦しいモノが多い。
ボクに科学知識がないのはわかってるけど、これキッズ・コンテンツなんだから、そういう人向けのハズでしょ。
なのに、全然ピンと来ないって問題じゃないの?
どう考えても「キッズ」向けの読み物とは思えないぞ。
これのリニューアルを担当するってことは、そういう問題を解決することを考えるべきだと思った。
デザインやレイアウトをいじくることは本質じゃない。
そこも大事だけど、一番やらなきゃいけないことは、知識のない人でも抵抗なく読めるように整え直すことのはずだ。
でも、専門の研究者が書いた文章を添削し直すなんてコトができるわけもない。
仮に出来たとしても、それだけの時間と予算はない。
つまり一番の問題は解決できないままになるってことだ。
でも、何の手も打たないってのはなぁ……。
そこでボクは、漫画を使うことにした。
この仕事はホームページのリニューアルであって漫画の案件ではないのだけど、ボクは自分が得意なことを使って、少しでも分かりやすくなるように工夫しようと思ったんだ。
4人の少年少女のキャラクター(誰でもいずれかのキャラに感情移入できるように)を作って、それをホームページのガイド役にして、親しみを持ってもらおうと考えた。
そういうキャラ絵を配置したって難しい文章が簡単になるわけじゃないんだけど、キャラたちが登場する解説イラストやちょっとしたセリフなどで本文の要点を補えば「難しそうで最初から読む気になれない」だったのを「難しそうだけど読んでみようか」程度に感じさせることはできるかも、って思ったの。
ちなみに、最初にキャラデザインをしたときには、全然違うタッチのものもあったんだ。
絵本風のもの、いかにもな説明用イラスト的なもの、アイコンやマークのような記号っぽいもの、そして実際のカソクキッズと同じ漫画タッチのもの。
ボクは最初から漫画タッチでやりたかったんだけど、相手は世界的な研究機関だからねぇ。
漫画でオフザケなんてけしからんと言われるかもしれないと思って、無難なモノも考えて4案にしたの。
そして全部をKEKに見せて「できれば漫画タッチでやりたい」と伝えたら、すんなりOKが出た。
このときに、後の『カソクキッズ』の種が蒔かれたんだ。
中学生だった頃のボクが出会いたかった作品を描きたい
こうしてキッズサイトのリニューアル制作が始まった。
ウチでは、漫画制作もホームページ制作も共同作業だ。
みんなで描くから、キャラごとの呼び名がないと指示しにくい。
それでテキトーに仮の名前を付けた。
主人公だから「じん」。
メガネをかけているから「めが」。
ポニーテールだから「ぽに」。
地球のヌイグルミ(球体)を持っているから「たま」。
実際の「ぽに」はポニーテールじゃないのだけど、初期デザインではそうだったんだ。
『ウルトラセブン』の必殺技がアイスラッガーなのと同じだよ(ウルトラセブンは元々は「ウルトラアイ」という名前で、だから「アイ」スラッガーと命名され、それがタイトルがセブンに変わった後も残ってしまったのだ)。
本当に、その場限りのテキトーネーミングなんだけど、ずっと呼んでいると愛着が湧いてくる。
結局、その名前をそのままKEKに提案して、これまたOKをもらって、公式な名前になった。
最初の仕事だったキッズサイトは2008年3月に完成し、翌4月から公開された。
これで一件落着。
後は、今後改めて何かのオーダーが出たら、そのときに考えればいいやと思っていた。
今は、ここで終わり。
最初の出会いが漫画の話だったとはいえ、それはまた別なお話。
今は予定も予算もないんだから何もできない。
そう思っていた。
でもそれは、終わりどころか、長い道のりの始まりだったんだ。
ボクはキッズサイトを作りながら
「このキッズサイトは全然キッズ向けじゃない。もっとキッズでもわかるものを作りたい」
と思い続けていた。
漫画家ってのは、とにかく妄想する。
この時点ではイラストカットだけで漫画そのものを描くわけじゃないにしても、それでも漫画のキャラを生み出した以上、色々考えちゃう。
個々の性格や基本的なストーリー、世界観、ちょっとしたエピソード。
そういうことを考えずにはいられないのが漫画家の性分ってヤツなんだ。
そんなものを描かせてもらえる予定がなくても考えちゃうのよ。
今の自分には、素粒子物理学をきちんと解説できるような知識はない。
けれど、漫画にして、主人公たちが学んでいく様を描くのであれば、むしろ自分のような「何も知らない奴」のほうがいいはずだ。
自分自身の学び、気付き、驚きを、そのまま漫画にすればいいのだから。
同じように知らない人たちが楽しみながら学べて、科学への興味を育んでいく作品にできるはずだ。
そう思っていたから、漫画を描く予定はなくとも、かなり本気で漫画のシナリオを考えていた。
思春期を迎えて、それぞれに迷いや悩みを抱え始めた子供たち。
将来の夢と現実、勉強の意義などについて、最初の壁に出会う頃。
そういう子たちが、素粒子物理学と出会い、宇宙の謎を解き明かすという巨大すぎる夢と向きあい、それぞれが成長していく物語。
主人公たちをそういう年齢にしたのは、物理と本格的に出会う頃だというのと、ボク自身が、その年齢の頃に勉強が嫌いになっちゃったからだ。
大人になってみると「あのとき勉強しておけばよかったなぁ」と思うことが少なくないのだけど、当時は「学校の勉強なんてつまらない。何の役に立つのかもわからない。周囲の大人だって関数とか方程式とかロクに覚えちゃいないじゃないか。どうせ忘れちゃうようなコトを勉強して何になるんだ?」と思ってた。
でも、それが間違いだったことが、今ではわかる。
いつ役に立つのかわからないことが、人生では大きく影響するんだ。
何が役に立つのかは、自分にも、周囲にもわからない。
「そのとき」がくるまでは誰にもわからない。
世の中は何でも可能性なんだ。
勉強にも、クダラないことにも、等しく可能性はある。
子供時代というのは、いつか芽吹くかもしれない様々な可能性の種を仕込んでおく時代なんだ。
何が育って、どんな花が咲くのかは誰も予測できないから、アレもコレも仕込んでおくわけ。
種を蒔かないと、けっして芽が出なくなっちゃうからね。
恥ずかしながらボクは、そういうことに大人になってから気付いた。
できることなら中学生から勉強し直したいくらい。
けど、大人になるとそういう時間もないし、子供時代のボクに可能性の話なんかしたって聞いてくれるとは思えなかった。
「けっ、勝手なことを言いやがって」と反発するだけだったと思うんだ。
だから理屈じゃなくて、勉強そのものを楽しくさせてあげたいと思ったの。
当時のボクが「そういう作品」と出会っていたら、きっと勉強を楽しめたと思えるモノを描きたい。
将来のためとかじゃなく、今楽しいから学んでしまう。
その楽しんだことが、何十年後かに何かの芽になる。
子供だった頃のボクの机に、何も言わずにそっと置いてきたい漫画。
そういうものを描きたいって思ったんだ。
このKEKを舞台に漫画を描かせてもらえたら、それが出来るかもしれない。
キッズサイトを作りながら、ボクはずっとそう思っていた。
だから、ついつい、描く予定もないのにガチで漫画の構想を考えちゃって、そういう気持ちを込めてキッズサイトを作っていたんだ。
フェルミ研究所からのインタビュー
その「考えちゃったこと」を告白できるチャンスが訪れた。
キッズサイトが公開されてすぐに、アメリカの「フェルミ研究所」から、ボク個人に取材申し込みがあったんだ。
KEKがキッズサイトをリニューアルして、漫画を活用したものを立ち上げたということに興味を持ってくれたらしく、制作者のボクにメール・インタビューを申し込んできたんだ。
漫画で素粒子物理学を紹介するなんて、いかにも日本らしい取り組みだと思ったのかもしれないね。
フェルミ研っていうのは本当にスゴい研究所なんだけど、当時のボクは科学に疎いから「ふ~ん」ってなモンだった。
っていうか、この時点のボクはKEKのすごさもピンと来てなかったんだよね。
でも、せっかく取材してくれるというのだから、自分の気持ちを全部答えたい。
先方の質問項目も、ボクの思いを引き出すようなものだったしね。
だからボクは、このインタビューの中で、密かに思っていたことの全てを語った。
ボクは英語ができない(話せない、読めない)から、インタビュアーからの質問は、KEKの博士が和訳してくださって、ボクの回答も英訳して送ってくれることになっていた。
インタビューは海外の研究所からだけど、ボクの思いはKEKの目にも必ず止まることになる。
なので、顔も知らないアメリカの研究所よりも、KEKからインタビューを受けたんだと思って答えていたの。
ボクの回答文は、いかにもインタビューへの答えって感じではあったのだけど、それでも実際にはKEKへのプレゼンテーションだったと思うんだ。
明確にそれを意識していたわけじゃないんだけど、漫画を描きたいっていう気持ちが強かったから「描かせてくれ!こんなに色々考えてるんだ!やれる、きっとやれる!イイモノができる!ボクにはそれが見えるんだ、チャンスをくれ!!」っていうKEKへのメッセージ、いや熱烈なラブレターになっちゃってたんだよね(笑)。
それがKEKの方々の心を動かした……かどうかは知らないけれど、2008年6月頃には、本当に漫画にしてみようという声が上がり、連載を前提とした漫画の企画がスタートした。
一番最初の「国際リニアコライダー」の漫画じゃなくて、KEKが取り組んでいる科学研究全般を紹介する漫画だ。
いやぁ、人生って本当に先が読めないもんだよなぁ。
この半年前までは、考えてもみなかった。
KEKなんていう研究所のこともロクに知らなかった。
物理学なんか今でもわからない。
それなのに、世界有数の研究機関を舞台に、初歩どころか最先端の素粒子物理学の世界を漫画にする。
物理オンチの、このボクが。
絶対にあり得ないっぽいことが、本当になってしまった。
読めないよ、そんな展開(笑)。
追記:symmetry掲載の思い出
このときのインタビューは2009年7月のフェルミ研機関誌「symmetry」に掲載された。
何千文字も書いたうちの10分の1も使われなかったんだけど、それでも40ページ程度しかない薄い本に8ページもカソクキッズ特集を組んでくれた。
しかもボクの記事の後が「皇居で小林誠博士のノーベル賞受賞を祝う式典が開かれた」っていう半ページほどの記事だったの。
天皇陛下の記事よりボクの方が扱いが大きい!?
なんて恐れ多い!!
その上、このときは表紙もジャックしちゃったんだ。
せっかくだから表紙もカソクキッズにしようと言ってくれて、フルカラーで描き下ろした。
それがカソクキッズ単行本1巻の表紙に使われている絵。
あの絵はキッズ単行本用じゃなくて、元々は「symmetry」のために描き下ろした絵だったのよ。
この後の2009年10月に、東京の科学技術館で『宙博(そらはく)」が開催されたとき、KEKも出展することになり、その際カソクキッズも大きく展示され、ボクも特別講演(当時のKEK広報室長だった森田洋平博士とのトークセッション)をすることになり、それで急遽、それまでに描いたカソクキッズを冊子化して配布することになったの。それでsymmetry用に描いた絵を第1巻表紙として流用したわけ。
symmetry用に描いたときは、最初に10案くらい、ラフを送ったの。
普段はニューヨーク近代美術館に展示されていそうなオシャレでカッコいいデザインの機関誌なんで、普通に漫画絵じゃあまりにも場違いなんじゃないかと思って、ソレっぽくデザインしたやつとかね、そういうアイデア(提案段階ではそっちのほうが多かった)も見せたんだ。
けど、先方編集部が選んだのは、一番漫画そのものな案だったの。
ええっ! これでいいの!? マジ!?
って思いながら仕上げて、恐る恐る送ったら、返信に「excellent !!」って。
嬉しかったなぁ。
日本の企業の広告漫画をたくさん手がけてきたけど、表紙までモロに漫画っていうアイデアはなかなか採用されないのよね。
それなのにアメリカの人たちは、カソクキッズの漫画を、今までに表紙を飾った近代アーティストたちと同列と評価してくれたんだ。
1ヶ月ほど経ってから見本誌が届いた。
海外の雑誌って、タイトルとメインビジュアルだけって感じのすごくシンプルな表紙のものが多くて、この本もそうだった。
キッズたちがど〜〜ん。ちっちゃくタイトル。
まんま「薄い本」にしか見えない(笑)。
それでも、こうやって海外からも評価されたっていうのは本当に嬉しく誇らしいことだったんだ。このときだけでなく、そういう経験を何度も味わえたから自信を持ってカソクキッズを続けられたんだと思う。

※カソクキッズ本編は「KEK:カソクキッズ特設サイト」でフツーにお読みいただけます!
でも電子書籍版の単行本は絵の修正もちょっとしてるし、たくさんのおまけマンガやイラスト、各章ごとの描き下ろしエピローグ、特別コラムなどを山盛りにした「完全版」になってるので、できればソッチをお読みいただけると幸いです……(笑)
※このブログに掲載されているほとんどのことは、電子書籍の拙著『カソクキッズ』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。KEKのサイトでも無料で読めますが、電子書籍版にはオマケ漫画、追加コラム、イラスト、さらに本編作画も一部バージョンアップさせた「完全版」になっているのでオススメですよ~~(笑)。









うるの拓也












