企画力で読者とお客をコントロールする
広告業って「悪魔の業」だって思うことがある。
だって、その気になれば、そこらに落ちてる石ころを「これはスゴいモノなんだ」って売りつけることもできるだもん。
例え、いいコトのためにやっていても、使っている力は悪魔の力。
だからこそボクらは『デビルマン』でなきゃいけない。
そして悪魔の力を悪用されない(しない)ためにも、企画の根本から自分自身でしっかり見直して「オレ悪いことに加担してないだろうな」って確認することが大事だと思うの。
お客は「企画」もまとめられないのが普通
いやいや、そんなコトはないでしょ、いくら何でも「どんなモノを描いて欲しいか」くらいは考えてるでしょ。
そうじゃないと動機すらアヤしくなって、そもそも広告漫画を作ろうとか企画自体が発生しなくなっちゃうじゃないか。
そう思う人は多いだろう。
でも、ほとんどの場合は違う。
いや「企画らしきもの」ならあるよ。
でもソレはものすごく曖昧でボンヤリしたものでしかなくて、企画というより単なる思いつきレベル、漠然とした期待といった程度のモノなのだ。
そんなアヤフヤなものに乗っかって作品を作っていたら、すぐに足元から崩れて仕事にならなくなる。
優雅に見える白鳥も水面下では必死に水を掻いていて……という例えはよく聞くと思うのだけど、そうとわかっていても見えてる範囲でモノゴトを図ってしまうのが人間というものだ。
アイデア一発に見える企画が、どれほどの論理や戦略に支えられているかは、あまり考えてないケースがすごく多い……というか、ソコは考えることができないものなのだ。
専門性の高いジャンルというのは想像の外側にあって、その道の人間にしか見えないらしい。
そして「広報企画を考える」ということ自体が、専門ジャンルなのだ。
だからプランナーという職業がある。
汗水流して歩き回る営業現場の実態を分かってない奴が考えた営業企画が机上の空論になりがちなのと同じで、広告・広報の世界がわかってない人が考えたものも、大抵はそのままでは使えないのだ(アイデア自体はよかったとしてもだ)。
だから、その企画を整えるところからやることが多いんだ。
実は、広告漫画を描く仕事というのは「なぜ、その広告を漫画で作らなければならないのか」というアイデンティティをまとめるところから取り組むのである。
自分で自分の寄って立つ地面を作って、ソレをお客に納得させなきゃならないのだ。
「ええええっ、そんなの面倒すぎる!」と思うかもしれない。
でも、この面倒をやるのとやらないのとでは、その後の仕事のしやすさも、出来上がる作品の質も、大きく違ってくるんだ。
広告(広告漫画も)の仕事はサイコダイブみたいなモン
ボクが漫画の案件を引き受けるときは、とにかく企画をしっかり見直すところから手を付ける。
漫画そのものを考えるより先に「その内容を漫画で伝える意義」みたいな部分から、よ~く考え直してみるんだ。
何のために広告するのか、どういう結果を出したいのかをわかってないと、どんな漫画にすればいいのかもわからないからね。
広告の弱点は、広告だというだけで無視されやすいことだ。
そのジャンルに興味のある人しか反応しないことが多い。
だからボクが広告を手掛けるときは「元々興味ある人」に反応してもらうことを第一に考えることが多い。
購入してくれる可能性が最も高い相手だから、その人たちをオトすことができれば「わかりやすい成果」になるでしょ。
でも一方で、今は興味ないけど将来的には興味を持つ可能性のある人もいる。
そういう部分も刺激しないと新規顧客を増やせないから、第二課題として、そうした層への対処も盛り込まなきゃならない。
そして広告漫画は、主にこの第二のターゲット向けの戦法だと思っている。
そのジャンルに興味があって購入意欲もある相手なら、漫画でクドクド説明する必要はないからね。
直球では届かない「隠れた需要」を呼び覚ますために、漫画という語り口で宣伝するのだ。
こうやって漫画の役目を明確にしていくと「その内容を漫画で伝える意義」みたいな部分が見えてくる。
つまり、広告としてアピールしたい客たちの顔が見えるようになるんだ。
どういう人が読者なのかがわかるってコト。
すると、漫画のことも考えられるようになる。
漫画って「これがオレの漫画だ。オレの世界だ」的に描かれることが多いけど、広告ではそういうわけにはいかないのよ。
いや「オレの漫画、オレの世界」でいいんだけど、ソレを「オレのじゃない世界」に飛び込んでやらなきゃいけないっていうのかな。
『インセプション』っていう映画で、相手の意識内に飛び込んで記憶や考えを書き換えるっていうのがあったけど、アレに似ている。
自分の世界じゃないんだから、いきなりアレを買え、コレをやれと押し付けても反発されてダメになる。
さりげなく、自然に、本人が自分から買おう、やろうと思うように変えていかなきゃならない。
価値観の違う人、興味なかった人が、自主的にこちら側に来るように仕向けていく。
それが広告漫画なんだ。
我々がやってるコトは、消費者のアタマの中にサイコダイブして、様々抵抗をかわしつつ進んで、広告主の望む方向に価値観を書き換えるようなモンなんだよ。
もちろん、フィクションに登場するサイコダイバーほどにコントロールできるわけじゃないんだけど、それでもね「漫画のストーリーやギャグを使って消費者の意識をこちら側に向けようとする仕事」には違いないのよね。
そういうことができるから普通の広告じゃなくて広告漫画なんだから。
我ながらヤベぇ仕事だよなぁ(笑)。
企画から担当すればイニシアチブを握りやすい
さて、そうやって色々考えていくと、普通の広告ならこうするだろうけど漫画でやるならこんな切り口が……といったモノが見えてくる。
それが見えたら、次に予算や納期、使えるページ数などに照らし合わせてみる。
自分が「こういう方針で描けば」と思ったモノは、いくらくらいで実現できるのか。
どのくらいの期間でやれるのか。
お客が予算枠を提示しているなら、その範囲内に収まるのか。
それでイケそうだと思ったときは、あらすじめいたモノを考える。
漫画を読むはずの読者(サイコダイブする対象者)が具体的にイメージできていればいるほど、ストーリーを考えるのはラクだな。
この辺りまで考えが固まれば、あとは企画書にまとめるだけだ。
出来上がった漫画を読んだ人にどういう行動を取らせようと意図しているのか、それが広告主にどう貢献するのか。
そのためのストーリーイメージや作劇方法、そして予算とスケジュール。
それらを企画案として提案する。
この初期イメージがそのままの形で作品になることもあれば、途中でガラっと変わることもある。
でも、こうやって提案し、それにお客が食いついてくると、いつの間にか、この企画方針が最初からあったかのように思い始めるんだよね。
つまり、ここでも心理コントロールなの。
「正に我々のイメージ通りです、どうぞよろしくお願いします」とか返事が来る。
いやアナタ、絶対にここまで考えてなかったでしょ、
コロンブスの卵みたいなモンで、こうやって見せられたから「ああ、そうだ」と思っただけでしょ。
でも、そうは言わない。
「イメージ通りでよかったです。では、細部を煮詰めていきましょう」という感じで答える。
こうしてようやく広告漫画の仕事が始まるのだけど、この場合、相手はこっちのアイデアに乗っかっちゃっている。
土台を押さえているから、その後の流れも基本的にボクがイニシアチブを握ることになる。
相手も意見を聞いてもらいやすい心理状態になってるから、仕事を進めやすくもなってることが多い。
(なお、そうであるからこそ、できるだけ相手を立てるようにしている。ボクが偉そうにしてたり、何でもかんでも自分の意見優先にしてたら、例えそれが正しくても癪に触るものだからね)
こうしたことは、すげぇ面倒に思えるかもしれない。
でも実際には、ここからやるのが一番てっとり早いのである。
経験上、これは間違いない。
作家なら、例え誰かに持ち込まれた題材でも、自分で取材し、勉強し、自分なりの切り口を見出して描くのがアタリマエのはず。
広告だから門外漢と思考停止してると、結局は自分が一番苦しくなるもんだよ。
※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。