漫画は創作物だと気付いてもらおう(気付いてない人意外に多いのよ)

2018年1月8日

 漫画は「創作物」だ。

 いや、そんなコトわざわざ言わなくても誰でも知ってるよ、と思うかもしれないけど、実はコレ、全然知られてないんだよ。

 正しくは知らないのではなくて「知ってるけど言われるまでは、そういう風に考えたことなかった」という感じなんだけど、いずれにしても漫画=創作物と考えずに、広告・広報漫画を依頼してくる人は、ものすごく多いんだ。

 そして、その勘違いを是正せずに仕事を進めていくと、後々トンデモないことになるケースが少なくない。

 だから広告漫画を引き受けるときは、まず最初に「漫画=創作物」だと気付かせておく(あるいは、ちゃんと認識していることを確かめておく)ことが、とても重要になるんだ。

漫画=創作だと思っていないオーダーはヤバイ

 依頼者たちの勘違いをほっとくと、どんなコトになるのかは後にして、まず、どうして「漫画=創作物」なんてアタリマエのことに気付かないのかについて触れておこう。

 依頼者がみんなバカだからじゃないよ。

 立場や目的が違うからだ。

 広告用だろうが何だろうが、漫画を依頼されれば、当然依頼者は漫画を求めていると思うだろうけど、実はそこが違う。

 漫画出版社なら、漫画は商品そのもの。だから漫画を求める。
 読者も漫画を読むことが目的なんだから、やっぱり漫画を求める。

 けれど広告漫画の場合は、依頼者は漫画出版社ではない一般企業。
 漫画を売る気なんか全くない。
 売りたいモノは漫画の中で描かれている商品やサービスであって、漫画そのものじゃない。

 広告漫画を利用する一般企業にとっての漫画は、手段であって目的じゃない。「広告の一部」に過ぎないんだ。

 読者のほうも広告として見ているのであって、漫画を読みたかったわけじゃない。
 CMなんだから。ソレを見たくて待ってたわけじゃない。

 そういうわけで、漫画家は漫画を創っているつもりで、実際その通りではあるんだけど、それでも依頼者は「広告」を作っている意識であって、漫画を創ってるとは思ってないことが多いんだよ。

 だから「広告=制作物(オペレーション)」であって「漫画=創作物(クリエイション)」とは、なかなか思わないんだよね。

創作と制作を誤解しているままではヤバイ

 もちろん、普通の広告物だって創作物だ。
 オペレーションじゃなくてクリエイションなんだ。
 それは依頼者だって(大抵は)わかっている。

 でも広告制作は、漫画のクリエイションとは、かなりに違うモノでもあるんだ。

 広告デザイナーの仕事のほとんどは、絵やカタチを生み出すことじゃないんだよ。
 絵はイラストレーターの、写真はカメラマンの、文章はコピーライターの、漫画は漫画家の仕事だから。

 広告デザイナーの仕事のメインは、そうやって作られた絵や写真や文章などの「素材」を、ある意図に沿って組み合わせていくことなんだ
 創作物を組みあわせて作られるモノもまた創作物ではあるんだけど、元になるオリジナルを生み出すのとは、かなり違う。

 なんていうか二次創作っぽい?
 あるいは漫画家よりも編集者っぽいというか。

 しかも自分で描かないで、オリジナルの絵を切り貼りしてコラージュしてるような。
 そんなニュアンスなんだよね。

 ボクの場合は、そんな広告デザインと漫画の両方をやっているので、全部兼任することが多いんだけど、一人で何役もこなしているだけで役自体が同じなわけじゃない。
 複数の役を同時に演じ分けているだけ。

 広告デザイナーである自分にとっては、漫画家である自分が創ったモノは「素材」なんだ。
 漫画家のボクが創った特選素材を、デザイナーのボクがソレらしくパッケージして陳列するって感じかな。

 設計図があるわけじゃないから創造性は問われるけれど、漫画家として感じている創作とは、決定的に違う。
 創作の方向性が全然違う。

 創作っていうのは、自分がどう思うか、どう感じるかを創るものだけど、広告制作のときは、自分じゃなくて、誰かの頭の中にあるイメージにどう近づけるか、みたいなところがあるように思う。
 デザイナーがお客に代わって、お客にはボンヤリとしかイメージできないモノを明確でスッキリしたモノ整えてあげる、的な。

 だから広告は、創作じゃなくて制作って言うことが多いんだろうなって。

 そして、お客がイメージできる広告制作は、そういう普通の広告制作なんだ。
 それしか知らないからね。
 だから広告漫画も「制作物」だと思って依頼してくるんだ。

 けど、漫画は「創作物」。

 タダの広告は制作でも作れるけど、漫画はそうはいかない。

 創作に依存する部分が遥かにデカイんだ。

 でも、それを指摘してあげるまでは、依頼者たちは創作だと認識してないんだよ。
 モノが漫画だというだけで、いつも通りの制作物だと思ってるの。

 この制作と創作のズレを放置したまま仕事に取りかかると、とても困ったことになりやすい。
 漫画について何も知らないのに、ストーリーにも、コマ割にも、タッチにも口出ししてくることがあるから。

 依頼者にしてみれば、自分たちの広告なんだから自分たちがいいように制御したいんだろうね。
 口出ししたせいでデキが悪くなったとしても、それも自己責任なんだから好きに言わせろ、こっちは客なんだから言うことを聞け、と。
 普通の広告制作ではそれがまかり通るから、漫画でも同じだと思っているわけ。

 けど「う~ん、このシーンの表情がちょっとねぇ……」とか「このコマはもっとこういうアングルで……」とか言われても困るんだよ。
 漫画編集者が意見するのとは全然違うんだから。

 漫画編集者にもムチャクチャな人はいるようだけど、彼らは本質的には担当漫画家のいいところを見出して伸ばしてあげるのが仕事だろう。自分のビジョンを押し付けるのではなく、その作家が秘めているモノを引き出す。そういうもんだと思うのね。

 でも一般の人は、違う。
 漫画家を育てる気なんかないからね。

 単に自分の好みを言ってくるだけ。
 それも前後のつながりとか、あまり考えない。
 逆光で「待てぃ!!」ってシーンを描いたら、逆光で見にくいから順光にしろって言い出すようなモン。
 わざと逆光にしてるんだとか理解しないんだよね。

 そういう客だと本当に困る。

 アナタにはソレがお好みで、そういうのが「イイ感じ」に思えるのだろうけど、ボクはアナタじゃない。
 ボクはボクがいいと思えるものしか描けないのよ。
 アナタの頭の中のイメージ通りに描けたら、エスパーだよ。
 そんなコト、あり得ないんだから。

 それに、広告漫画の依頼者には、具体的なイメージすらなかったりする。

 せいぜい野球漫画が読みたいという程度のモノで『ドカベン』も『巨人の星』も『メジャー』もイメージしてなかったりする。
 それでいて描かれたモノが『ドカベン』だったら『メジャー』がよかったんだと言い出す。
 しかも『メジャー』に直したら、やっぱり『巨人の星』だと言い出す。

 元々のビジョンがないから、そういうことが延々と続くことがあるんだ。

 そして最後には、ドレでもないシロモノになる。
 同じ飲み物だからってビールとコーヒーとウーロン茶を混ぜちゃったような、ゲロゲロなモノになっちゃうんだ。

 そして文句を言われる。
 こんなモノ飲めるか! と。

 まったく理不尽。

 だけど理不尽なのは、元々が理不尽な人たちだったからではないんだ。

 創作を制作と勘違いしたままになってるから、そうなるんだ。

最後は「オレを信じて身を委ねろ」と言うしかない

 創作をしたことがない人は、創作がどういうことかピンと来てない。
 理不尽になってしまっていることに気付けない。

 だから、最初に釘を刺す必要があるんだ。
 気付いていないことに気付かせておかなきゃ。

 この仕事は、いつもの制作ではなく「創作」ですよ、と。

 あなた方の意見や要望はできるだけ反映させるようにしますけど、ボクはボクのイメージでしか描けません。
 ボクに依頼するのであれば、ボクのイメージを受け入れていただくしかないのです。
 ボクに身を委ねていただくしかないのです。
 それができないのなら、発注をお止めください。

 作家は作家だからこそ、物語を作れるのです。
 そして作家である以上、作家自身のイメージで描くしかないのです。
 漫画で広告を創るというのは、いつもの広告と見た目が違うというだけのことではありません。
 あなた方とは異なる切り口=作家のアングルで創るということなのです。
 だからこそ、いつもとは違う視点になり、特長ある広告物にもなるのです。

 ですから、漫画広告をお望みで、ボクを起用していただけるのでしたら、漫画そのものはボクを信用して任せてください。

 ……と、まぁ、こんなコトを最初に言うの。

 とはいえ、これだけのコトを受け入れてもらうのは大変。

 出来上がったゲンブツはまだないのだから「オレの目を見て信じろ」と言っているのに等しいんだから。
 よく知らない人に身体を預けるようなモン。

 不安がられるのは仕方ない。
 ボクも、なかなかイエスと言ってもらえない時期があったしね。

 けど、言わないままだと困ったことになりやすいから、言うしかないのよ。

 受け入れられなくても、言うだけは言っておく。

 そうしておけば、何かあったときに「だから最初に言ったでしょ」と言えるから。
 困ったことが起きてから言い出すと「今さら何を言うんだ」と、かえって火に油を注ぐようなコトになりかねないから。

 そして少しずつ、漫画のキャリアを積み重ねていくと、いつかどこかで受け入れてもらえるようになるの。

 今までこれだけの数をやってきた。成果も上げてきた。
 あの人や、この人が、ボクを信じてくれたおかげだ。
 だからアナタも信じて任せてくれ。信じるという勝負をしてくれ。
 他のときと同じように、ボクは全力でアナタの期待に応えるつもりだ。
 勝つと断言はできないけど、勝つと信じて戦う。
 負けるつもりで引き受けたりはしない。

 キャリアを積めば、そういう気持ちを伝えやすくなっていくの。

 もちろん、今でも伝わらないことはあるよ。
 客の言うことを聞けないような奴に頼めるかと断られちゃうこともある。

 けど、そういう意識のままの人の仕事を引き受けても、ゲロゲロなシロモノが出来上がるだけで、結局はモメて、お互いに嫌な思いをすることになるんだよ。
 だから断られる覚悟をして、言うしかないことは言っておくんだ。

 あ、言っとくけど、自分の言い分が通らない相手は全部断るっていう意味じゃないよ。
 そんなコト言ってたら仕事なんかなくなっちゃう。

 言うだけ言って、それで受け入れてもらえなくても、仕事自体はやらせてもらえるなら、割り切って引き受けることのほうが多い。
 どうしても譲れないことだってあるけど、よほどヒドイ相手でない限り、基本的には引き受ける方向で考える。
 もちろん「オカシくなってしまった場合でもコッチでは責任取りませんよ」と断った上でだけど(そういう場合にはこれは必ず釘を刺しておくことにしている。それも口頭ではなく記録が残るメールなどで)。

 そうやってゲロゲロを作っているうちに、その中からキレイなモノが生まれることもあるって感じなの。
 そんで、それがいくつか生まれてくると、だんだんとゲロゲロを作らないで済むようになるの。

 とにかく、普通の人には「創作」がナニか、見えてない。

 創作者にとってアタリマエのことは、世間一般ではアタリマエじゃない。
 本当はドコでもアタリマエはアタリマエなんだけど、それに気付いていない。
 だから、そのズレが後々トラブルの種になりやすいんだ。

 けど、話せば大抵はわかってくれるはず。

 ハズレを引いちゃうこともあるけど、それは多数派じゃないよ。

 自分の言い分を全部飲んでもらうのは難しいけれど、多くの場合は、ある程度まではわかってもらえるよ。
 少なくとも、そうでないと、こんな商売は成り立たない。

 この仕事をやっていくのなら、理解してくれることを信じるしかないんだ。

 甘すぎると思う人もいるだろうけど、ボクには裏切られるかもしれないって思いながら創作なんかできないよ。
 誰かのために創作するには、その誰かを良く思わないと無理だもん。

 だからアタリマエをアタリマエだと思って放置しないで、ちゃんと説明することが大事と思っている。
 そうすれば、ほっといたら敵になっちゃうような取引相手を、強力な味方にすることもできるはず。

 ボク、そういう味方、けっこういるよ。

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。