広告(広告漫画も含む)の取材って、ナニをど~してる?

 広告漫画に限らず、広告のオーダーでは、大抵は自分の知らない世界を扱うことになる。

 ボクは漫画家で広告屋なんだから、不動産だろうが金融だろうが科学研究だろうがラーメン屋だろうが、やったことない仕事のコトはわからない。
 やったことがあっても1社1店ごとの違いはあるんだから、知らないコトは知らないに決まってる。

 だから、取材する。

 漫画でも、会社パンフレットでも、WEBページでも、対象のコトを知らないままでは作れないから。

 そして相手がどんなモノを望んでいたとしても、ソレはソレとして押さえた上で、ボクがどう作りたいか、どう演出したいかっていう目線でも取材する。

 ……ていうか、お客が何もイメージしてないケースって多いのよ。
 出来上がったモノが欲しいってだけで、どういうモノが欲しいかは考えてなかったりするの。

 だから、ソコから考えるのがクセになっちゃってるんだ。

お客が用意する資料に頼るのは危険すぎる

 広告業界的には、お客から「こういう内容を盛り込んでくれ」と、原稿なり資料なりをお預かりするケースが多いのだけど、ボクの場合は基本的に何ももらわないことが少なくない。
 資料を用意してくれてる場合は受け取るけど、それはいったん忘れて、ゼロから自分の目で取材し直すことにしているんだ。

 例え、その資料だけで十分作れる状態だったとしても、ね。

 ボクは中小零細企業の仕事をたくさんやってきたので、そういうクセが付いちゃったんだよ。

 というのも、一般企業の普通の人って広報の専門家じゃないから、自分の会社を宣伝するにしても何をどうしていいかわからないってコトが多いんだ。
 だから何かを用意してくれていても、あまりにも足りなさすぎたり、いまいちツボを外してたり、使い物にならなかったり、関係ないモノだったりするんだ。

 例えば足りなすぎる例では、パンフレットとホームページを作るのに、資料が本人の名刺1枚だけとか。

 いや、マジだってば。
 本当にそういうのあるの。

 それも1件だけじゃないの。
 何度もそういうのに出くわしてるの。

 これじゃどうにもならないよって言うと、今度は会社の封筒出してきたりして。

 いやソレ、書いてあるのは名刺と一緒じゃん!
 本人の名前がない分だけ、情報量も名刺以下じゃね~か!

 ……けど、そこで落ち込んでいても一歩も進まない。

 とはいえ、名刺1枚だけを原稿に何画面ものホームページや漫画を描くことも出来ない。

 そういうわけで、ボクは必ず自分自身で取材するんだ。

 

お客自身には気付けない物語を探す

 最初から依頼者が持ってくる資料を当てにしてないから、名刺1枚でもオタつかなくなった。

 あ~ハイハイ、○○さんですね、じゃ会社の中見せていただけます? って感じ。

 まぁ、よほど特殊なお仕事でない限り、見れば大体のコトはわかる。
 そして見ながらお客と話をすれば、色々なコトが見えてくる。


 何にもウリはないって言ってたけど、あの職人の、汗だらけの横顔は十分に魅力的じゃないか。

 え、そんなコトがあったの?
 それ素敵な話だよ。そのネタ、しまっとかないで使おうよ。

 あ、ソレ捨てないで。
 確かにゴミなんだろうけど、ソレを見れば1つのモノを作るのにどれだけの苦労があるかが伝わるじゃないか。
 写真撮るまで捨てないで。


 こういう感じで取材していくんだ。

 そして自分が感じたこと、自分にとって、こうであってほしい会社のイメージを考える。
 取材しながら、歩みを進めるごとに、ボクの中でストーリーがいくつも生まれていく。

 写真もたくさん撮るよ。

 依頼者がコレは売りだよって思うようなモノは、あまり重視してない。

 もちろんソレを掲載しないことはあり得ないので撮影するけど、ボクはボクの物語で撮影しているんだよね。

 ちょっとしたドアのへこみとか、すり減った何かとか、そういう依頼者にしてみたらどうでもいいモノを見つけて、撮影して、話を聞く。
 従業員さんにも話しかけさせてもらって、やはりどうでもいい世間話をしておく。

 依頼者自身には見えないこと。
 日常すぎて気付けないこと。

 それを見つけていくわけ。

 そういうところに、オンリーワンの何かが眠ってるからね。

 そしてボクなりの切り口を見つける。
 依頼者が言った「こうしてほしい」じゃなくて、ボクが「こうだと思う」「こうであるべきだ」と思う内容。

 それを見た人がどう感じて、どういう行動をするか。
 その行動に、この会社は応えられるのか。
 応えていくことで、何が変わり、何が生まれるのか。
 そのストーリーの行き着く先はハッピーなのか。

 そういうコトをまとめていくんだ。

 もちろん、お客の要望は組み入れた上でね。

 

広告は「フィクションに基づいた事実」

 こういう取材は、漫画にするときも、普通の広告を作るときも、いつも同じ。

 広告ってね、フィクションなんだよ。
 嘘を書いてはいけないけれど、それでもフィクションなんだ。

 元が事実で、事実しか書いてなくても、その伝え方、語る順番、デザインや演出によって、フィクションな部分が必ず生じてくるものなんだ。


 ただ暑くて汗かいてただけかもしれないけど、それを拭いもせず、ボクらが近付いても振り返りもせずに仕事に打ち込んでたんだから、きっと一所懸命なんだ。
 お金がなくてオートマ化できないって言ってたけど、むしろ手作りの良さを売りにできるんじゃないのか?

 社長と社員がタメグチだったなぁ。
 お客さんとも親しそうだった。
 きっと家族みたいに仲の良い会社で、お客にもそういう風に接しているんだろう。
 そういう馴れ馴れしさが苦手な人もいるけど、それを心地よく感じる人だっているはずだ。
 この店がそういう店だってことが周囲に伝わってないんじゃないのかなぁ。


 こういう感じでボクが感じたこと、こういう可能性があるんじゃないかって思ったこと、つまりフィクションが生まれる。

 その可能性を物語にしていく。

 ボクは、広告を考えるってのを「事実に基づいたフィクション」じゃなくて「フィクションに基づいた事実」を作っていくことのように思ってるんだよ。
 つまり「事実になり得るフィクション」を探すような視点で取材しているんだ。

 そういうコトって、お客自身にはできないことなんだよ。
 だから、取材が大事なんだ。

 それなりにしっかりした資料がある場合は、最終的にまとめる際には、結局は用意してもらった資料のほうが役立つことが多いんだけど、それでも取材して自分で見て感じておくことは、すごく大事。

 制作材料を集めるというよりも、感じるために取材するようなモンだから。

 どんなに特長がないように見える会社でも、本当に何もなかったら存在していられないとボクは思っている。

 そこで働く人たち、来店するお客の1人ひとりには、必ず物語が隠れてる。
 それを見つけるのが取材。

 中小零細企業じゃ、どう頑張っても大企業には勝てないんだ。
 普通に勝負したら負けるのは確実。今どきは細々とやっていても、その細くて狭いトコにさえ、大手の力が及んでくる。
 逃げても逃げても追ってくる。
 どんどん追いつめられて力を失っていく。

 だから戦わざるを得ないんだけど、普通には戦えない。
 その企業なりの魅力を探して、大企業には真似できない戦い方を考えなきゃならない。

 そういうものを探すのが取材なんだ。

 大企業が出店してきて、お客を取られちゃったお店。
 誠心誠意いい商品を作っていても、大手の大量販売、格安販売の勢いには及ばず、どんどん苦しくなっている地元のお店。

 でも、小学校のときに毎朝旗持ちしてくれてたオジサンが今もガンバってるコトを知ったら、ちょっとだけ嬉しくなったりしない?
 そのオジサンのところでも妥当な値段で妥当なモノが買えると知ったら、買ってあげたくならない?

 作家なら、様々な登場人物の立場になってモノを考えることは、お手の物のハズ。
 つまり依頼者にも、その従業員にも、お客にも、ライバル会社にもなってみることができるハズ。

 そうやって色んな角度から見てみて、依頼者と、そのお客たちに良い結果をもたらすことができる物語(構成)を考えてみるんだ。

 そういう視点に、会社にもお客にも気付いてもらって、中小零細企業がやっていけるハートフルストーリーを生み出す。
 それを漫画に描けば広告漫画に、テキストや写真でまとめていけばパンフやWEBサイトになる。

 何を作るにしても、やってることは同じ。
 漫画家の考え方でアレもコレもやってるの。

 そういうのがボクのやり方なんだ。

 

フィクションと現実が入り交じって生まれる可能性

 ボクのフィクションを下敷きに「取材した事実」を打ち出していく。

 それがツボにハマると、事実のほうがフィクションに近付いてきてくれたりするんだよ。

 つまり、依頼者たちのほうがボクがイメージした姿に変わっていく。
 大した志なんか持ってないと思っていても、漫画や広告で表現されると「そういえば、そうだったかも」と感じたりする。

 意識していなかっただけで、きっとそうだったんだ。
 うん、そうだった、そうだった。あれは自分だ。自分たちの姿だ。

 そういうふうにね、変わっていくことがあるの。

 ボクはそれを何度も経験している。
「ボクの物語」を受け入れてくれて、会社が変わっていくのよ。

 ボクのフィクション(過去や未来にそういう物語があった可能性)はあくまでも下敷きだから、それ自体が表に出ているわけじゃない。
 だから読者や閲覧者に嘘を見せているわけじゃない。

 だけど、会社がそのフィクションを受け入れていくと、フィクションと現実が入り交じって、新しい可能性が生まれるんだ。
 そしていつしか、ボクが思い描いていた「こういう会社だったらいいなぁ」になっていくの。

 ね、まさに漫画家的なやり口でしょ。

 ストーリーありきの情報なんかオカシイと思う人もいるかもしれない。
 確かに報道などで、そういうコトをやるのにはボクも反対だ。

 でも、これは特定の企業の広報だから。

 その企業のお客さんがいいなぁと思うイメージを作り出すのが仕事なのよ。
 ありもしないことを表現するわけにはいかないけど「こういう見方もできる」というのはアリだと思っているの。

 すでにある物語。
 でも企業もお客も気付いてない物語。

 それを見つけ出す。

 ボクにとっては、それが取材で、だからこそ大事なんだ。

 

 漫画やイラストの仕事をしている人の多くは、マスコミ各社など、それなりにしっかりしている(ハズの)企業と取引してるケースが多いから、ボクみたいなコトはあまりやってないように思うけど、しっかりしている(ハズの)企業と、家族経営でやってる小さな会社では色々と違う。
 大手と同じスタンスで中小企業を相手にすると、トンデモないトラブルになっちゃうコトもある。
 トンデモなくなるのは漫画家やイラストレーターのせいではないのだけど、結果的にそうなりやすいんだ。

 だから相手によって仕事の中身も、やらなきゃいけないことも全然違うモノになると思ったほうがいい。

 多くの場合、大企業よりも中小企業を相手にするときのほうが、何倍も手間がかかる。
 予算的にも厳しいことが多い(今どきは大企業だって厳しいけどね)。

 でも、やり遂げたときに感謝してもらえる度合いや、自分自身の達成感は、中小のほうがずっと大きく感じることが多いんだ。

 だからボクは、苦労しようが手間がかかろうが、中小の仕事が好きだ。

 大企業の仕事も喜んでやるけど、それでも中小企業の皆さんと一緒に汗水流してコンテンツを作っていく充実感は捨てがたいんだよなぁ。

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。

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