メール商談ライブについての序文
この『メール商談ライブ』のシリーズは、他の『広告まんが道の歩き方』とは、ちょっと……いや、だいぶ違う。
ボクが実際にお客とやり取りしたメールを披露して、1つの仕事の受注から納品完了までを一気に「体験」してもらおうという構成なのだ。
いや、アレコレ色々言ってもね「本当にそんなコトまでやってんの?」「クチだけじゃないの?」とか思われそうだから、実際の商談をそのまま見てもらうほうがいいだろうと。
もっとも、元々のメールそのまんまじゃないんだけど。
一部を除いて、クライアントの企業名、個人名、案件の具体的内容などに関わる部分は伏せさせていただいている。
さすがに、そのへんは伏せざるを得ないからね。
それでも、ある程度は現場の臨場感を感じてもらえると思うんだ。
本当に「やり取りしたそのまんま」だからね(笑)。
知らない人とナニをどう話せばいいんだろ?
ボクも最初はナニをどうしていいか、全く分からなかったの。
見ず知らずの海千山千な人たちと会って、何を話せばいいのやら。
相手は漫画のコトなんか何も知らない。
趣味も嗜好も全然ちがう。
こんな仕事をしてなければ、接点がない人たち。
共通の話題なんか、まるでなさそう。
そういうのって、すっげぇストレスなんだよね。
そんなところへ一人で乗り込んでいって、その場を仕切って仕事を進行させなきゃならない。
しかも彼らは、お客様。
立場的にもコッチのほうが圧倒的に弱い。
そんな状態なのに、イニシアチブはコッチで握らなきゃならない。
だって相手は何も知らないんだから。
中には、知ってると思い込んでいる人もいる。
ナメている人も少なくない。
漫画なんてチャラい。
その気になれば自分にもできる。
オレは客だぞ、言うことを聞け。
そういう人もいる。
でも、その手の意見に従ったら、十中八九は失敗作になる。
そして失敗すれば、オマエの腕が悪いからだと言われる。
自分がひっかき回したせいでオカしくなったとは、決して思わないんだ。
あんなに「客の言うことを聞け」と言ってたくせに、いざ、その通りにしてダメになると「プロなんだから何とかするもんだろ」と言い出す。
やってられない。やりたくない。
けど、誰にも頼れない。誰も代わってくれない。
「やってくれる人たち」がやってくれることは違ってた
いや、代わってやるよ、という人はいくらでもいるんだよね。
キミがニガテな折衝をやってあげるよ、と言ってくれる人とは何度も出会った。
その度に「うわぁあ、ありがたい~~、ぜひお願いします~~、マージン3~4割くらい抜かれても、そのほうがずっといい~~」とお任せしちゃったのだけど、すぐに大失敗に気付く。
その人も「アッチ側」なのよ。
何も変わらない。むしろヒドくなる。
無茶苦茶なハナシを平気で引き受けてくる。
台無しになっちゃうようなコトでも気にせず、OKしてくる。
営業代行してマージンを抜きたいだけなんだ。
作品をつくりたいなんて思ってない。
ボクが営業から逃げ回りたいのを利用して稼ぎたいだけなの。
まぁ、そういう人はボクよりも顔は広かったり、ゴリゴリと売り込んでくるのは上手かったりするから、数は取ってきてくれる。
おかげで食いっぱぐれることは滅多になくなる。
でも、その代わりに仕事はつまらなくなる。
マージン抜かれた上に仕事はメチャクチャになってしまい、キッツイことだけを続けるような状態になっちゃうんだ。
なんで、こんなの描いてんだろ。
好きだから今の仕事をしてるはずなのに、全然やりがいを感じない。
金のためだけなら、全然別な仕事したほうがマシじゃないのか?
でも他の仕事なんかしたくない。
自分がやりたいコトで生きていきたい。
今やってることはやりたいことだったはずだけど、やりたくないことになってしまっている。
あそこをこうしておけば。
あのときのアレを断っておけば。
ソレをやってはダメだと、ちゃんと説明しておけば。
こんなことにはならなかったはずだ。
説明を聞いてもらえないとは思えない。
そういう頑固な人もいるだろうけど、そういう人ばかりではないはずだ。
それなのに、いつもメチャクチャになっちゃうのは説明できていないからだ。
先方の要望を聞いてくるだけで、コッチから意見や提案をしていないからだ。
そしてそれは「代わりに売ってくれる人」には、できない。
その人は営業のプロではあっても、漫画家ではないから。
作家の考えなんか語れないから。
結局、嫌でも面倒でも、自分でやらなきゃダメなんだ。
そうでないと、ボクが考える「広告漫画」は生まれない。
ボクは「見た目が漫画に見えるだけのキワモノ広告」を作りたいわけじゃない。
ちゃんと作品になっていて、それでいて広告にも寄与する漫画を描きたいんだ。
また、そうであってこそ、広告漫画の本当の力が発揮できる。
自分のキャリアとして誇れるものにもなる。
そう思ってボクは「代わりにやってくれる人たち」と決別した。
このシリーズはクソゲーのプレイ実況みたいなもん
お客を見つけるだけでも大変だし、見つけたところで赤の他人をコントロールして導いていくなんてのは、もっと大変だ。
それでも、自分でやるしかない。
自分以外の考えに振り回されて消耗し続けるのは、もう嫌だ。
ボクの話を聞いてくれる人、聞く耳を持ってる人だけを相手にやっていくしかない。
そういう人と、どれだけ出会えるかはわからないけど、きっといる。いるはずだ。
もしもいないのなら、そのときこそ辞める。
そうやって開き直って、十数年。
ボクは今、「自分の仕事」をしている。
話を聞いてくれる人はいた。
営業が得意なわけではないから、大勢と出会えたわけじゃない。
それでも、ボクと家族と仲間が食っていける程度には、いてくれた。
以前に、営業を代わってもらっていたお客とも再会した。
当時はメチャクチャで困った客だったけど、自分でやってみると、ちゃんと話を聞いてくれた。
そういう体験を繰り返して、ボクはボクなりの営業を身に付けた。
そして、知らない誰かと会うのが怖くなくなった。
むしろ、ワクワクしている。
どんなタイプかわからない。何を考えているのかも分からない。
ものすごい勘違いをしてるかもしれないし、トンデモない思い込みをしてるかもしれない。
そういう相手を、自分の知識と経験と腕で攻略する。
まるでゲームみたいだ。
最初はクソゲーに思えた(実際そうだとは思う)けど、自分のレベルが上がって引き出しも増えてくると、難物だと思ってた相手にも攻略する道があることに気付く。
力では決して勝てない。
ボクに力は全くないから。
そもそも倒しちゃダメなんだ。
あの手この手で味方につけるゲームなんだから。
マニュアルや攻略本もない。
ぶっちゃけ自分のステータスすら分からない。
それでも延々とプレイしてると、色々わかるようになるんだ。
そこから意外な攻略法が見つかったりもする。
そういうふうに営業を楽しめるようになってきたんだよね。
そしてクリアした回数が多ければ多いほど、多少の自信もつく。
その自信がお客にも伝わって、自分ペースで話せることが多くなっていくと、余裕も出てきて、ますます面白くなる。
しかも、このゲームはマルチエンディングで、その中にはクソゲーだったことを忘れちゃうほど感動的なエンディングを迎えるケースもある。
ボクはそれを幾度か体験したから、ハマっちゃったんだよな。
まぁ、それでもクソゲーはクソゲーなんだけど(笑)。
とにかくクソゲーでも楽しみようはあるってことなのよ。
『アトランチスの謎』も『たけしの挑戦状』も『ミシシッピー殺人事件』もクリアできなかったボクでも、何とかプレイし続けてんだから(笑)。
これから紹介していく様々な「商談」は、そういうクソゲーのプレイ実況みたいなモンだ。
プレイする気のある人もない人も、笑って読んでくれていい。
そして、いつかプレイせざるを得なくなったときの参考になればいいなぁと。
※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。