失敗社長編01:イントロダクション

2018年3月28日

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 ……というわけで、お客とのメールでのやり取りを赤裸々に披露しちゃう「メール商談ライブ」の第一弾は、1話10ページずつの5話連載となった、とある事業紹介漫画だ。

 この作品『失敗社長』は、明らかに広告漫画そのものなんだけど、ボクのオリジナル色が強く出た作品でもあって、かなり自由に描かせていただいた。
 実在の人物を、名前もそのまんまで主人公にしているのだけど、あくまでもモデルであって、劇中のキャラとしてはボクのオリジナルだし、エピソードやストーリーも、当人への取材に基づいているとはいえ、全部ボクの創作だ。もちろんギャグなども好きなようにやらせてもらった。

 この第一弾シリーズでは、そういう案件の、着手から納品までのやり取りの全部を披露していくのだけど、最初にね、広告漫画の依頼を受ける以前の、一番最初の出会いの部分について紹介しておきたい。

 だって、そこがとても面白いから。

 出会いからしてフツーじゃなくて、最初の仕事(漫画案件ではない)の引き受け方もフツーじゃなくて、でも、そのフツーじゃないことがあったから漫画の仕事にも結びついて、その後も末長くお付き合いさせていただけるようになったんだよ。

 なので、メールのやり取りの前に、インロダクションを是非読んでいただきたいのだ。

午前4時の出会い

 このお客様は、漫画とは関係ない案件から取引が始まった。

 この作品を手掛けるより5~6年前に、ボクが営業パートナーと一緒に、茨城県水戸市の喫茶店を借り切って開催した「24時間ぶっ通しWEB相談会」に訪ねてこられて、そのときからのお付き合いなんだ。

 え、24時間ぶっ通しってナンダ?

 いや、そういう企画なのよ。
 ボクらが徹夜で相談会やったの。

 ほら、夜のお仕事の人とか、昼間のイベントには来にくい人もいるでしょ。
 だから徹夜で24時間ぶっ通しで開催したの。
 そういうアホ企画なの。
 そのくらい無茶しないと話題性ないでしょ。

 ただ、企画はアホだけど内容はアホじゃないよ。
 ガチにやったの。

 アホな広告漫画いっぱい描いてるけど、広告プランナー、広告プロデューサーとしてのボクまでアホなわけじゃないんだぜ。
 いや、アホだからこそフツーの人には思いつかないコトがやれるってことなのかも知れんけど、一応ね、そこそこの評価は得てるんだぜ。

 で、そういう企画を開催しておきながら何だけど、どうせ夜中には誰も来ないだろうって思ってたの。
 深夜にWEBの相談会に来るなんて、あるわけない。
 チラシを見た人だって、どうせネタに過ぎないと思ってるに決まってる。
 こっちも、注目されるためにインパクトあることを謳ってみただけなんだから。
 本気で24時間も相談会することになるとは思ってなかったのよね。

 なので、寝袋出して寝ちゃおうと思ってた。
 深夜2時くらいまでは、夜に強い同業者たちが集まって盛り上がってたんだけど、その連中が帰ったらオシマイのつもりだった。

 ところが……。

 寝袋でウトウトし始めた午前4時に、本当に客が訪ねてきた!

 始発の電車で出張するので、早起きして立ち寄ったんだって。
 そ、そうか、そういう展開もあり得たか。

 でも予想してなかったのでスゴく慌てたよ。
 まさに寝込みを襲われるってヤツ(笑)。

 そういう出会いから始まるのが、これから披露する会社の物語なんだ。

 

魅力的な案件だけど予算はない

 訪ねてきたのは、社長の息子さんだった。
 まだ若いけれど、専務だったか副社長だったか、そういう役職に付いている。
 従業員は3~4人。家族経営みたいな小さな会社らしい。

 眠い目をこすりながらの相談会だったけど、事業内容や現状の問題・課題を伺ってみると、眠気は吹っ飛んだ。

 お客様は、思うようにお客が獲得できなくて悩んでいらっしゃったのだけど、ボクらには、この会社のサービスはとても魅力的でわかりやすく、料金的にもリーズナブルで時代にも合っていると思えた。

 そう思えるのにお客が集まらないということは、そのサービスに適した人たち(潜在客)に認知されていないからだと思った。
 なんせWEBサイトは持ってないというんだから。

 う~ん、この会社のサービスって、ものすごくネット向きだと思うんだけどなぁ。

 イケル。これはまさに狙っていた案件だ。
 WEB活用で、会社の状況を大きく変えてやることができるハズだ。
 ボクらにとっても、今後につながる魅力的な実績になるハズだ。
 これはやりたい。引き受けたい。

 そういうわけで、このときは大雑把なアドバイスと、本格的に取り組んでみたいという熱意だけを示しておいて、後日改めて伺うということにした。

 日を改めてマトモな時間に訪ねて、社長さんも交えて話し合った。

 が、息子さんはともかく、社長のほうは不安そうな顔をしたままで、イマイチ話が弾んでいるという感じにならない。
 ネット活用というのがピンと来てないのもあったのだろうけど、それよりも代金の心配をしていたようだ。

 本格的な広報を展開するには、それなりの予算がかかる。

 費用を惜しんで雑なコトをやっていては結果が出ない。
 やるのであれば、最低限やらなきゃならないことはやるしかない。
 そうでないと、どんなに安く済んでも無駄金になってしまう。

 社長さんに、どれくらいの予算を用意できるかを聞いてみた。

 提示された額面は、必要だと思われる額の半分程度。
 それも数ヶ月に分割しての支払いがやっとだと言う。

 パッと見でン十万円かかっていそうなWEBサイトでも、実は数万円で作れる。
 見た目だけソレっぽくする程度なら、チョチョイとやれちゃうんだよ。

 本当に予算が必要なのは中身……内容なんだ。

 その会社の魅力をしっかりと引き出す内容に整える企画部分。
 そこに予算を割かないと、実際に売れるサイトは作れない。
 店舗がどんなにキレイでレジが最新システムだったとしても、商品やサービスがスッカスカでは客は買わないのよ。

 この会社の仕事はしたい。
 だけど、それは本当に結果を出せるカタチで、だ。

 想定費用の半額で請け負って、その金額でやれることをやったところで意味はない。
 ボクらが小金を稼ぐだけで終わっちゃう。
 そんな役立たずなモノを作るくらいならお断りしたほうが親切というものだ。

 なお、値引きしてあげるというのは、全く考えていない。

 今は中小企業はドコも厳しい。
 ボクはそういう会社の仕事をたくさんやっているから、一所懸命に働いていても苦しんでいる人に出会うことは多い。

 ボク自身も苦労しているから、ついつい共感してしまう。
 思わず手を差し伸べたくなる。
 無償でもやってあげたいと思ってしまう。

 でも、そういうわけにはいかない。
 こっちも商売なんだ。
 誰かが裕福になるために、ボクが貧乏になるという選択はできない。

 それに、見積りがコロコロと変わるようでは信用されない。
 簡単に値引きできちゃうってコトは、元々の額面がそれだけアマイってことだもんね。

 ボクらは吹っかけたり荒稼ぎしたりはしていない。
 ちゃんと根拠のある良心的な見積りを算出しているつもりだ。

 額面は、ボクらの誇りと覚悟と責任感を示すものなんだ。
 値引きするっていうのは、自分自身の品質を引き下げるようなモノなんだ。

 

お金がないなら払えるようにしてみせます

 値引きはできない。質も落とせない。資金はない。
 八方塞がりだった。

 社長さんが打ち合わせに身が入らないのも、わかる。
 何をどう話したって実現不可能なら無駄だもんね。

 でもボクらは、この会社の仕事をしたかった。

 資金がないのは今だけのことだ。
 ボクらがしっかり広報できれば、この会社はきっと成長する。

 お金が足りないなら、増やしちゃえばいいんだ。
 ボクらが受け取るお金はボクらが作る。
 そうすりゃ問題ないじゃないか。

 そこでボクは、こんなことを言った。

「お金が払えないのであれば払えるようにしてみせますから、このままの企画でやらせてください」

 いや、我ながら大言壮語だと思うんだけど、このときはそう言っちゃったの。

 だって、勝てる、やれると思ったんだもん。

 これは「成功したらいくら払え」といった話じゃないよ。

 今回の仕事は社長が払える半額のみでけっこう。
 それで後腐れなし、キレイサッパリ。
 半額しかない予算で全額分を全力でやる。

 値引きじゃなくて「投資」と考えたんだ。

 業績が良くなってボクらにしっかり払えるようになったら、そのときに改めて、今度こそ真っ当な額面で次の仕事を発注してもらうための投資。

 ボクは仕事を請け負うときに、この「投資」をやることがあるの。

 お金そのものを投資したことはない(というか、そんなことが出来るようなお金はない)けど、労力とか知識とかね、そういう部分で投資をするの。

 どのくらい投資するかはお客によって違うけど、そうやってお客を引き上げるように支援して、将来の仕事を生み出すの。

 フツーの営業は苦手だから、そういう方法で「次の仕事」を生み出していくの。
 ボクにとっては「営業経費」みたいなモンだな。

 ボクはほとんどの仕事で「投資」をしているつもりだけど、どれだけの投資をするか(営業経費を使うか)は相手によって違う。
 後々につながりそうにない相手に、知恵や労力を注ぎ込んでも損するだけだからね。

 ホンのちょっとしかやらないコトもあるし、大きく踏み込むこともある。
 それはボク自身のギャンブルだから、お客に約束として押し付けたりはしない。

 覚えていたら、返してくれればいいってだけ。
 忘れちゃっても、他の都合のいい業者に乗り換えちゃったとしても文句は言わない。
 そうなってしまったときは、ボクに人を見る目がなかったというだけのことだ。

 このときは、大きく踏み込んだ。
 せっかく大きく勝てそうな勝負に出会ったんだから、それを見逃す気にはなれなかったもん。

 社長は、最初きょとんとしていたけど、半信半疑でボクたちに任せてくれた。
 事業という、自分にとって大事なものを預けてくれたんだ。

 

ついに動き出した「真っ当な値段でお願いしたい仕事」

 そして5年後。

 会社は大きく成長していた。

 社長は大喜びしてくれて「これは第2の創業だ!」と言ってくれた。

 ボクらも嬉しかった。
 思った通りの結果が出たことで、自分たちの仕事に自信を持てたし、こうした成果は今後の営業でも大きな武器になる。

 いやまぁ、そう思ったから無理してまでやったんだけど。
 こういう華々しい実績ってのは、そうそう手に入らないからね。

 この5年間、ボクは同社のWEB更新をときどき手伝ったり、ちょっとしたチラシを作ったりしたくらいで、投資のリターンになるほどの仕事は請け負っていなかった。
 パートナーのほうは主業務がコンサルだから、けっこうアレコレとやっているようだったけど、ボクは制作者だからね。

 そこそこコンサルもやれるけど、ボクはあくまでも制作者。
 制作がしたいから今の仕事を選んだわけで、他のコトで稼げても仕方ない。

 だから、お呼びがかかるまでほっといたんだ。
 だって「あんだけやったんだから恩返ししろ」って、コッチから言うのは恰好悪いじゃん。

 そうやって5年を経て、ついに社長から電話がかかってきた。

「ようやく、真っ当な値段でお願いしたい仕事ができました」

 それが、これから紹介していく漫画の短期連載の案件だ。

 社長はボクのことを、一度も忘れたことはなかったそうだ。
 いつか必ず、うるのさんに仕事を頼む。
 うるのさんが全力出して、やりがいも感じる仕事を任せる。
 ずっと、そう思っていてくれたんだ。

 人を信じて裏切られたことは何度もあるけど、それでもボクは人を信じたい。

 信じて想いが通じたときの嬉しさって、たまらないものがあるんだよ。
 あの嬉しさには抗えない。
 どうしても、もう一度味わいたいって思ってしまう。

 だからボクは信じる。信じて投資し続ける。
 実らなかった経験の3分の1くらいは信じてよかった経験をしているから、そう悪くない勝率だとも思ってるんだ。

 これは、そういう想いを背負った仕事なんだ。
 ボクも、本気で仕事を楽しませてもらったよ。

 その仕事がどんなふうに進んでいったかは、この後のブログシリーズで見てもらおう。

 この「失敗社長編」では、10記事に分割して2008年の夏から翌年2月頃までの、メールのやり取りの全部を掲載していく。

 お客とどんな話をしたか。
 漫画が完成するまでに、どんなやり取りがあったか。
 そして、完成した後に、どんなことをしたのか。

 そういうのを最初からフィニッシュまで、全部、実際に見てもらおうと。

 まぁ、この案件では、最初からお客にかなりの信用を得ていたから、非常にスムーズに進んで厄介ごとはほとんどなかったんで、あんまり「商談の参考」にはならないかもしれないんだけど、ま、新規のお客との案件は、この「失敗社長編」が終わった後に用意してるんで、まずは気楽な肩慣らしってことで勘弁してね。
 それでも、かなり興味深いだろうとは思うのよ。
 他人の商談なんて、実際に見聞きする機会は滅多にないしさ(笑)。

 

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