小説版イバライガー/第40話:グランド・ゼロ(前半)
OP(アバンオープニング)
街は、闇に包まれつつあった。すでに、明かりが灯っているエリアはわずかだ。
その暗闇の中に、無数の触手が踊っていた。アスファルトを引き裂き、ビルを砕き、黒い触手はどこまでも伸びていく。
これ以上、犠牲を出すわけにはいかない。イバライガーRは、触手の1つをエモーション・ブレイドで断ち切った。悲鳴が衝撃となって跳ね返ってくる。まさかこれは……行方不明になった人たちの成れの果てなのか。
「R、あれを!!」
イバガールの声に振り返った。円周3キロにおよぶ粒子加速器。その内側のあらゆる場所から、瘴気が吹き出していた。無数の嘆きが、絶望が、怨念が渦巻いて、とてつもない濃度になっている。普通の人間が触れれば一瞬で汚染され、ジャークに取り込まれてしまうだろう。
瘴気の中に、いくつもの光が見えた。ゴーストの群れ。あれもまた犠牲者たちの命を吸って生み出されたものだろう。くっ、ジャーク。よくも。よくも!!
「R! ボケっと見てる場合じゃね~だろ!! ゴーストを一匹残らずぶっ潰そうぜ!!」
「待て、ミニブラック。ここは私たちに任せて、お前とミニRは触手を倒せ。他のミニライガーたちとミニガールは市民の救助と避難誘導を頼む」
「わかりました! ミニブラ、行きますよ!!」
「ちっ、しゃあねぇな。ミニガール、オレからあんまり離れんなよ!」
ミニライガーたち全員が飛び去った。戦力を分散させるのは得策とは言えないが、今は仕方がない。
「さぁて、そんじゃR、初代。私たちもそろそろ……」
『……甘いな、イバライガーども。サポートロイドを遠ざけて、お前たち3人だけで俺に勝てると思っているのか? 舐められたものだな』
瘴気に向かって突っ込もうとしたイバガールの動きが止まった。この思念。間違いなくダマクラカスンだ。どこにいる?
『慌てるな、ヒューマロイド。じっくりと遊んでやる。あの人間たち……ポジティブの使徒が出てくるまでな』
やはり、狙いはシンとワカナか。あの二人を取り込んで莫大な対消滅エネルギーを生み出し、宇宙規模のネガティブ・ネットワークへとアクセスする特異点を開く。そして最大最強のジャーク……ダーク・リディーマーと呼ばれるものを喚び出す。
そうはさせない。絶対に止めてみせる。
『ついに、この日が来た。我らは時をかけ、ポジティブの使徒となる者たちを育て上げた。お前たちが我らと拮抗し得る力を蓄えられるように導いてきた。全てはこの日のためだ。収穫の刻は来た。使ってみせよ、その力を。貴様らと我ら。光と闇。ポジティブとネガティブ。無限の消滅と生成の果てにある新たな宇宙への扉を開くために』
ダマクラカスンとは別な思念が割り込んできた。もう1体の、ジャーク最後の四天王、アザムクイド。
以前にナツミが言った通りだ。私たちにオーバーブーストを使わせ、そのまま対消滅へと持ち込もうとしている。その策には乗れない。シンたちの力に頼らずに、こいつらを抑え込むしかない。厳しい戦いになりそうだ。
「うっさい! ラスボスぶってソレっぽい厨二トークしてんじゃないわよ! あんたらの企みなんかこっちもわかってんの!! しかも、そんなのど~でもいいの!! 私はあんたらをぶっ飛ばす。別な宇宙だか次元だか知らないけど、お望みのトコまで吹っ飛ばしてやるわよ!!」
イバガールが言い返した。ものすごく雑な言いようだが、その通りだ。
瘴気の渦を睨む初代イバライガーのエキスポ・ダイナモが輝き始めた。イバガールも、私もだ。
そうだ。オーバーブーストが使えるかどうかなど関係ない。勝敗も関係ない。ジャークを倒すことは目的じゃない。私たちは、命を守るために戦ってきたのだ。どれほど不利な状況だろうと引けない。諦めない。
行くぞ、ジャーク。お前たちの企みは、必ず打ち砕いてやる。
Aパート
「ひひゃいひひゅうへんひひゃ~ふはふほふ! へはひふははふはふへひひ……」
早くも食い物でマトモに喋れなくなったカオリの声が響いた。ものすごく間抜けだが、笑っている者は誰もいない。カオリだってそれなりの場数は踏んでいる。それでも初手からストレスで食わずにいられなくなるほど緊迫した状況だということなのだ。
「市街地全域にジャーク警報。ネガティブが爆発的に増大して、ゴーストも多数出現。あと数分でここにも来ると予想される……だってさ」
ワカナがカオリのセリフを翻訳して伝えると、研究室の中は騒然となった。博士たちは書類やデータをかき集め、カオリとマーゴンはお菓子を片っ端から段ボールに詰め込んでいる。イバライガーたちが出動している今、この基地の防衛力は著しく低くなっている。放棄して脱出するしかないかもしれないのだ。
だが、シンは、まだモニタを見つめ続けていた。
画面には、NOシグナルのサインだけが点滅している。先ほどまではTDFの観測班が送ってきたリアルタイム映像に全員が釘付けだったが、今は途絶えて何も映らない。受信できていたときもノイズがひどく、状況は断片的にしか掴めなかった。
それでもシンの脳裏には、その全てが焼き付いている。
市街地で蠢く触手。凄まじい瘴気。ゴーストの大群。かつてない規模の大攻勢だ。しかも、まだダマクラカスンとアザムクイドは姿を見せていない。いくらRたちでも、その全てを押さえるのは難しいだろう。対抗するにはオーバーブーストしかない。強力な力で敵の中枢を一気に叩く短期決戦。
けれど、奴らはそれを待っている。恐らく、何もかもが俺たちにオーバーブーストを使わせるための罠だ。俺たちとぶつかりあって、莫大な対消滅エネルギーを生み出すことがジャークの狙いなのだから。
その力は、日本を丸ごと消し去るほどだという。奴らはそれほどの力を空間の一点に注ぎ込み、時空に穴を開け、究極のジャーク=ダークリディーマーを喚び出そうとしている。
それだけは絶対に阻止しなくてはならない。だが、オーバーブーストを封じて勝てる相手でもない。
ナッちゃんの話を聞いたときから、こういう状況を予想して必死に考え続けてきた。かろうじて思いついた対策は2つ。
1つは、奴らが対消滅を仕掛けてくる前に一気呵成に倒してしまうことだが、これはあまりにも甘い。オーバーブーストの力は奴らも知っている。知った上で仕掛けてきているということは、こちらと同等以上の力があるということだ。
もう1つの方法なら、ジャークの裏を突ける可能性はある。成功すれば、必ず勝てる確信もある。しかし、ぶっつけ本番で仕切り直しもできない。失敗すれば俺たちがどうにかなるというレベルじゃ済まない。日本が、いや地球が終わってしまうかもしれない。
ダメだ。そんな賭けはできない。だが何もしなければジャークの蹂躙は止められず、とんでもない数の犠牲が出続けることになる。
くそ。どうすりゃいい。Rたちは今も戦っている。一刻も早く駆けつけなければならないのに、俺は……。
「シン……」
ワカナに肩を叩かれた。うつむいて、唇を噛み締めている。俺と同じことを気にしている。策はある。覚悟もある。それでも自分たちの覚悟だけで動いていいことじゃない。Rが、ガールが、初代がピンチだというのに、俺たちはまだ迷っている。
「……なるほどね~。やれることはあるけどやっていいかどうかわからない、というわけね~。そんじゃアタシが決められるようにしてあげよ~かな~~」
ドアが開き、アケノが入ってきた。いつも通りソフトクリームを舐めている姿を見て、シンは違和感を覚えた。
なぜ、ここにいる? TDFはすでに出動したのではなかったか? 後方で指示を出しているということなのか? だが、この状況で陣頭指揮に立たないというのはアケノらしくない。
「出がけにちょっと政府からの連絡が入っちゃってね~。お偉方との話に手間取っちゃったんだよね~~」
「政府の指示? 何を……言ってきたんだ?」
「君たち全員を拘束して、さっさとここから逃げろってさ。余計なことはするなって。後はアッチでやるって」
やはり、そういうことになったか。予想はしていた。俺たちの事情は報告されているはずだ。無謀な賭けなど認めるわけがないよな。
「アッチで……って……政府は何をする気なの?」
「空爆するって。もう決定事項だって。あと1時間ちょいで、この街全域が消し飛ぶ」
なん……だと……!?
絶句した。そんなバカな。街にはまだ人が大勢残ってる。1時間で避難させられるわけがない。見捨てるというのか。何万もの人たちを犠牲にするっていうのか。
「ちょ……ちょっと待ってよ!? 何言ってんのよ!? そんなことでジャークを倒せないのはわかってるでしょ!? 初代が言ってた未来の歴史、覚えてないの? 核ミサイルでもダメだったんだよ? むしろネガティブを拡散させてしまって世界滅亡の引き金になったんだよ!? あんたら同じことを繰り返す気!?」
「お~~、ようやくワカナらしくなってきたね~。まぁ、わかってるよ。アタシやウチの連中はね~。でも、お偉方はもう我慢できないんだよ。尋常じゃない瘴気に、街を襲うバカデカイ触手、さらにゴーストの大量発生。アレを見ちゃったらビビって当然。前のルイングロウスのときもギリギリだったのが、とうとう抑えられなくなったわけ。もう1つの歴史がどうだったとか言っても、そんなのはいまいち信用できない謎のヒューマロイドの戯言にしか聞こえないの。もう我慢できないの。でも本当に対消滅が起こって日本が吹っ飛んだら大変だから、君たちを拘束して遠ざけるわけ。街ごと死なせちゃってもヤバイかもしれないからね」
……なんてこった。最悪だ。空爆なんかしたらワカナの言う通り、おしまいだ。エモーション・ネガティブはエモーション・ポジティブでしか打ち消せない。むしろ空爆のエネルギーを吸収し、俺たちを使わなくても目的を達成してしまうかもしれない。
「……というわけだけど、どうする、シン君? アタシたちと一緒に逃げる? それとも……」
そういうことか。ワカナを見た。先ほどの表情とはまるで違う。目が、燃えている。たぶん、俺もだ。確かに決めてもらったよ。
「……聞くまでもねぇよ……もう、やるしかねぇ。俺たちが奴らを止める! 空爆もだ!! 政府にもジャークにも何もさせねぇ!! アケノ、アンタらが俺たちを拘束するっていうならアンタも倒す!!」
「うん、それでオッケー。期待通り。じゃあ、ちょっと行こうか。何をする気なのか大体は想像ついてるけど、一応は細部を詰めておかないとコッチも困るし……他にも話をしたいって言ってる人がいるからね~~」
腕を引っ張られた。たった今までアケノはドアの前にいたはずだ。5メートルは離れていた。目を離した覚えもない。なのに腕を掴まれている。振りほどくこともできない。相変わらずの化け物っぷりかよ。倒すどころじゃねぇ。どうやらアケノは政府に従う気はないようだが、もし指示通りに行動していたら本当にオシマイだった。
「い、いや、おい……話って……っていうか時間ないだろ、話なんかしてる場合じゃ……!!」
「時間がないときこそ、最初にキチッと打ち合わせしておくのは大事なんだよ~。あ、他のみんなは出動と戦闘の準備しておいてね。話はすぐに終わると思うけど、ジャークが来ちゃうかもしれないから、そんときはよろしく~。一応、外でソウマがガードしてるから何とかなるとは思うけどね~~」
「……わかった。シン、行ってきて。こっちは出動態勢で待ってるから」
ワカナに親指を立てて、アケノは俺を引っ張っていく。戸惑いながらも、シンは自分が落ち着き始めていることに気づいた。
やってやる。やるしかねぇならやってやる。
「時空旋風! エターナル・ウインド……フレアッ!!」
イバガールが風の壁を作り出した。これで瘴気の拡散を少しは押さえられる。Rはウインドフレアの手前に陣取り、すり抜けてくるゴーストを迎え撃つ構えだ。ならば私は。
初代イバライガーはスラスターを全開にして突っ込んだ。ゴーストは無数に湧いてくる。すでに数百体は切り裂いたが、倒したゴーストは瘴気に吸収されて再構築される。多少はエネルギーを削っているはずだが、焼け石に水だ。キリがない。
『どうした、ヒューマロイドども。もっと足掻け。抗え。その程度では俺には届かんぞ』
全方位からダマクラカスンの哄笑が聞こえた。そういうことか。この瘴気それ自体が奴の身体なのだ。瘴気の中の空間は奴の体内のようなもの。ゴーストは抗体というところか。
恐らくアザムクイドも同じだろう。研究所全体がアザムクイドと一体化しているはずだ。これほどのものを隠していたのか。
いや、隠してはいなかったからこそ、見つけられなかったのだ。
この研究所は『全ての始まりの場所』だ。ジャークは、ここで生まれた。私が時空転移してきたのもここだ。故に、何度も入念な調査が行われてきた。だが、見えていても見えなかった。アザムクイドはイバライガーRに取り憑いて、この世界に現出したジャークだ。ネガティブを隠し、ポジティブに偽装できる。しかも奴は、エネルギー体のまま実体を持たなかった。人間の感覚を欺き、観測機器のデータを改竄するなど造作もなかっただろう。
我々イバライガーならば、見破れたはずだ。だが、立ち入りは許されなかった。
TDFと和解したとはいえ、我々は信用されてはいない。現場レベルでは黙認されていても、上層部は違う。公式には今でも得体の知れないヒューマロイドとその一味なのだ。彼らの意向を無視して行動すれば、TDFと対立せざるを得なくなる。それは避けたかった。アケノやソウマたちと和解し共闘できるようになったのは大きな進展なのだ。そうでなければ、我々はここまで戦い続けられなかった。
それでも、ここにいると確信できたならば、強行突入しただろう。だが、外部からでは何の反応も確認できなかった。加速器施設には厳重な放射線対策が施されている。そこに気配を殺して潜まれていては、我々のセンサーでも察知できない。
『……気づいたようだな、イバライガー。そうだ。我らはここにいた。お前たちがルイングロウスと戦っていたときからだ。奴やルメージョがどうなろうが、我らにはどうでもよかった。ここを占拠し、人間を貪り、エネルギーを蓄えることさえできれば、お前たちが何をしようと無意味となるからだ。
エモーション・ポジティブを操るヒューマロイド。お前ならばわかるはずだ。
勝負はすでに決した。ポジティブの使徒では、ネガティブにはもう勝てん。だが、それでも抗え。戦え。もはやお前たちにできるのは我らの闘争本能を満たすことだけだ。最後の一瞬まで、我らを楽しませてみせろ』
思念とともに気配が殺到してきた。
いいだろう。付き合ってやるぞ、ダマクラカスン。
確かに我々は、すでに負けている。だが、それも作戦の内だ。見ていろ。私たちは……いや、シンとワカナは必ずお前たちを打ち破る。
拳を固めた。ブレイブ・インパクト。一気に突き抜け、瘴気から飛び出した。視界が開け、夜空が見えた。瘴気の中では断線していたネットワークが回復する。
同時にRとガールからデータが転送されてきた。
空爆。範囲はジャークの影響を受けた地域全域。
つまり市街のほとんどが対象。
またか。やはり人間は感情の生き物だ。我々は見た目の大きさではなくエネルギー量、データ量を見ることができるが、人間は違う。視覚の影響は大きい。理屈ではわかっている者でも、この巨大な瘴気には脅威を感じるだろう。知識のない者はなおさらだ。
しかも今回は市街地にも触手が多数出現している。国民の、そして世界の不安を払拭するためにも、この国の指導者たちは行動せずにはいられない。実在さえ信じられないヒューマロイドに運命を託すなどということはできないのだ。
『くくく……どうする、イバライガーども。もうすぐ、この地は灰と化す。お前たちが守ろうとしている人間の手によってな。ふははは! アザムクイドの読み通りだ。人間は素晴らしい! 期待以上に愚かな生き物だ!!』
初代イバライガーは、ダマクラカスンの嗤いが響き渡る虚空を睨んだ。
確かに、人間は愚かだ。人の歴史は争いで彩られている。まるでDNAに破滅願望がプログラムされているかのように、次から次へと愚かな争いを繰り返す。我々がジャークから守ることができたとしても、それは変わらないだろう。
だが……それでも私は、この世界を守る。
あの日、ワカナは言った。
人間はいつだって、新しい可能性を生み出すために生きているのよ。
最初から限りある命。どこかの誰かに受け継いでもらうために、人は生きるの。
命がつながる。想いがつながる。
それこそが、人が生きるということなのよ。
あのときのワカナの想いは、今も私の中にある。決して薄らぐことはない。
愚かだろうが、構わない。ここは未来のワカナが、シンが……私にとって一番大切だった二人が求めた世界なのだ。彼らに託された命を、可能性を、断ち切らせはしない。人間は愚かなだけじゃない。それを示してみせる。私はそのために時空戦士となったのだ。
「うん、さすがは初代。私も同感だよ。ジャークも許さないし空爆もさせない。ワカナたちも同じことを言ってるはず。だから引かないし逃げない。実際にどうするかはイマイチわかってないんだけどさ」
イバガールが笑いかけてきた。声には出していないが、思考の一部が伝わってしまったらしい。
「……大丈夫だ。空爆はむしろ好都合……と言うわけじゃないが、これで作戦は確定した。シンとワカナが動くぞ」
「どういうことです、初代?」
ゴーストを蹴散らしながら、Rが訊いてきた。シンとワカナが何をしようとしているかを知っているのは、私とナツミだけなのだ。
「今は言えん。だが信じろ。何が起こったとしてもだ。あの二人は必ずやり遂げる。もっとも……サポートは必要だろう。R、ガール、少しの間、ここを任せてもいいか? 私は……」
「わかった! いや、わかってないけど、とにかくわかった!! 行って、初代。何が何でもこいつらを止め続けてやるわ! その何かが起こるまでね!!」
無茶なことを言ったつもりだが、イバガールは一瞬の躊躇もなく応えた。Rもうなずいている。
3人がかりでもギリギリだ。自分が抜ければ、さらに厳しい状態になるだろう。それでも行くしかない。シンとワカナの作戦が成功しなければ、ここを守り抜いても全てが無駄になる。
本当は、やめさせたかった。
例え成功しても二人が無事に戻ってこれる保証はないのだ。戻れたとしても、二人を蝕むエモーション汚染は間違いなく進行する。人でいられなくなるかもしれない。
それでも二人は止まらないだろう。自己犠牲などではい。世界が滅んでしまえば誰も生きられない。彼ら自身が生きるために、命を捨ててでも挑むしかないのだ。
だからこそ私は行く。守ってみせる。
世界のためではなく、二人のために。私自身が生きるために。
「頼むぞ、R、ガール。当分は凌ぐことに専念して攻撃は控えろ。逆転のときは必ずくる。それまで何としても耐え抜いてくれ。そして……絶対に死ぬな。シンたちだけじゃない。お前たちも生き延びてくれないと作戦は成り立たない」
「わかりました、初代。決して死にません。ガール、初代が撤退する道をつくるぞ!!」
「オッケー!! いくわよ、R!!」
Rのサイド・スライサーが拡張し、組み合わせた両腕が弓と化した。イバガールが光の矢をつがえる。そうか、これがルイングロウスを撃ち砕いた合体技か。今はオーバーブースト状態ではないが、それでも凄まじい威力を感じる。
「行ってくれ、初代!! みんなの未来を掴むために!!」
矢が放たれた。エネルギー流が瘴気を貫き、光のトンネルが生まれる。周囲の時空が歪み、ゴーストたちを捻じ曲げ、消滅させていく。
そのトンネルの中心に、初代イバライガーはまっすぐに飛び込んでいった。
「……こ、ここは……」
アケノに手を引っ張られて連れてこられた場所は、基地の屋上だった。
つまり、ブラックの部屋だ。
シンは自分が引きつっているのを感じた。やべぇぞ。ここはやべぇ。
「さ、入って入って。時間ないからテキパキしないとね~~」
「お、おい、いいのかよ!?」
「いいのいいの。先客もいるはずだし、そもそも本人が呼んで来いって言ったんだから」
アケノはフツーにドアを開き、ズカズカと入っていった。ビクビクしながら後に続く。
靴は……脱がなくていいのか? うわ、なんだ、このゴージャスなシャンデリアは!? 壁の棚には高そうな酒がズラッと並んでいる。ブラック飲むのかよ? あ、ねぎが寝てる。くそぉ、犬用ベッドのほうが俺のより立派だ。
「ジロジロ見てんじゃねぇ。さっさとこっちへ来て座れ」
部屋の奥から声がした。イバライガーブラックは、ふかふかのソファーに偉そうに座っている。ミニブラックはもう出動してるはずだから、他には誰もいないはずだ。
「いらっしゃい」
へ? ナッちゃん? なんでココにいる!? いや姿が見えないとは思ってたけど、てっきりモラクルの最終調整とかやってるんだろうと思ってたんだが……。
とにかく座った。座り心地が良すぎて全然落ち着かない。
「シャキッとしろ。てめぇは俺のオリジナルだろうが。この程度でボケっとしてんじゃねぇ」
「わ、わかってるよ。くそ、お前だけこんな部屋作りやがって……けど……なんでココに呼び出したんだ?」
「アタシが頼んだの~。この部屋が基地の中で一番セキュリティレベルが高い場所だからね~。外壁自体がNPL、しかも戦車の装甲より頑丈で窓もない。ここでの会話は誰にも聞かれないってわけ」
アケノがキョロキョロしながら答えた。う~ん、やっぱりアケノも入ってみたかったんだな。
「誰にもって……盗聴対策ってことか? けど……誰が聞いてるってんだ?」
「瘴気だ。人間には見えねぇだろうが、ここにもわずかながら届いている。あれはダマクラカスンの細胞のようなもんだ。つまり奴はすでにここにいる。盗聴はたやすい。エモーションを使った接触テレパスなら聞かれねぇが、俺はてめぇらとお手手をつなぐ気はねぇ。ここに入れてやるほうがマシだ」
うげっ。じゃあ外に出たらダマクラカスンを吸い込んじゃうかも知れないのかよ? キモッ!! ていうか、さっき屋上で俺も吸っちゃったんじゃないのか? やべ~~!?
「心配ないよ、シン。影響を及ぼすほどの濃度じゃないし、よほどネガティブな人じゃない限りポジティブと反応して消えちゃうし。空気中を漂ってる分も、このへんでは花粉症と似たような程度だから」
ナッちゃんがなだめてくれた。ならいいけど……でも花粉症は十分に邪悪だぞ。
「いつまでもクダらねぇことを言ってんじゃねぇ。作戦を決める。てめぇらは俺の言う通りに動け。反論は認めねぇ」
……いきなりコレだ。まぁブラックだからなぁ……。
「てめぇらが何をしようとしているかはナツミに確認した。ソレ自体は悪くねぇ。だが、甘すぎる。お前らじゃダマクラカスンを騙し、アザムクイドを欺くには足りねぇ。奴のコアまで辿り着くのも無理だ。つまり、グダグダすぎて成り立ってねぇんだよ」
ううっ。何か持ち込み作品にボロボロのダメ出し食らってる気分。でも実際その通りだ。
俺の作戦が成功すれば、必ず勝てるとは思っている。
でも、そのためには一度負けなきゃならない。
今の俺たちはジャークが仕掛けたゲームに乗せられている。しかもこっちはプレイヤーで、あっちはゲームマスター。何をどうしようがプレイヤーじゃゲームマスターに勝てるわけがない。
だから勝つためには、一度ゲームを終わらせなきゃならない。いや、本当に終わってはダメだが、チェックではなくチェックメイトになるところまで行かなくてはならないのだ。ジャークが勝利を確信して最後の一手を打ち込んだときにHPが1だけ残って、それが次に始まるこっちのゲームでは決定的な差になる……みたいな展開にしなきゃならない。
そこまではわかっている。けど、どうやったらソレをやれる状況に持ち込めるかとなると読みきれない。ワカナとも何度も話し合ったが、これだと思える策は思いつかなかったのだ。
「……わかった。指示をくれ。ズル賢い駆け引きは俺よりブラックやアケノのほうが上だしな。ただし……市民や仲間を犠牲にする作戦には従えない。もっとも、俺がそう答えることも読んでいるんだろうけどさ」
「やはり甘いな。この後に及んでまだ仲間などと抜かすか。まぁいい。てめぇらの目標は、研究所の測定器だ。加速器の中枢、エネルギーが集中する場所にアザムのコアがあるはずだからな。ただし、直球バカじゃアザムとは張り合えねぇ。アケノが引率しろ。バカでもやれるように仕込んでやれ」
「バカバカ言うな!! っていうか仕込みって?」
「切り札をいきなり出したらバレちゃうかも、ってことね。私たちの作戦は大規模な対消滅を起こさずにダマクラカスンとアザムクイドのコアをピンポイントで破壊すること……と思わせておきたい、ということよ」
ナツミが説明してくれた。確かにそれもワカナと一緒に考えた作戦候補の1つだったな。でも間違いなく読まれてるだろうからって没にした案だ。ようするに俺たちがそこまで読めないバカだと思わせようってことか。ちっ、なんかビミョーだけど仕方ない。
「アケノがアザムをかき回してからがシンとワカナの出番だ。それまではエモーションを温存しとけ。体力もだ。やることがね~からってエロいことはするな」
「だ、誰がこんな状況でそんなことするか!!」
「いやぁ、わかんないよ~。人間、命の危機が迫ると種族維持本能が強くなるからね~~」
「うるせぇ! つ~かアケノはそれでいいのか? 本当は俺たちを拘束して退避しろって命令が出てるんだろ。命令違反になっちまうんじゃないのか?」
「ううん、そ~でもないよ~~。君たちが逃げ出す。アタシやソウマはそれを追いかけなきゃならない。逃げた先がたまたま研究所の中枢だったからジャークともやりあうしかないってだけ。万事命令通り。問題ないでしょ~~」
うわぁああ、悪どい。いや、頼もしい。
「とはいえ他の部下にまで命令するわけにはいかないよ。アタシの指示より政府の命令のほうが優先するし。まぁTDFなんて仕事はソウマに負けず劣らずのバカにしか勤まらないから……たぶん、なるようになると思うけどね~~」
うなずいた。俺もアケノやソウマはともかく、他の隊員たちまで巻き込みたくはない。それに相手は桁外れに強化されたジャーク四天王2体だ。正直、TDFの戦力では歯が立たない。俺たちだけでジャークを突破してみせるしかない。
「心配するな。初代はすでにこっちに向かっている。アザムは次の手を打ってくるだろうが、それはRやガールに任せる。それで何とかなるはずだ」
「え? ちょっと待て。初代もRやガールも、って……それじゃあダマクラカスンはどうすんだ? まさか……?」
「俺が相手をする」
「一人でアレを止めようってのかよ!? Rとガールと初代、3人がかりでもヤバイんだぞ? いくらブラックでも無茶すぎるだろ!!」
「ふん、俺をあいつらと一緒にするな。時間がねぇ。お前らがやろうとしていることが成功しなけりゃ、どのみち終わりだ。てめぇはアザムのコアに辿り着くことだけ考えてろ」
ブラックが立ち上がり、ドアを開けた。
基地には自家発電があるが、外は停電で真っ暗だ。晴れているはずの夜空だが、瘴気の影響なのか星も見えない。その闇の中に、何かを感じる。蠢くものが押し寄せてくる。間違いなくゴーストの群れだ。ガールの結界をすり抜けて、ここに殺到しようとしているのか。
「ありゃ~、やっぱり来ちゃったか~。ま、しばらくはソウマが押さえてくれると思うけど……長くは持たないかな~~」
「……俺たちを捕まえるつもりなんだろうな。オーバーブーストさえできれば五体満足でなくてもいいんだ。こっちから出向くように仕向けつつ、こういう手も打ってくるというわけか」
「そういうことだ。さっさと行け。他の連中も脱出させろ。ここの防衛などは考えるな」
うなずいてブラックの部屋を出た。急がないと脱出さえ厄介になる。ナッちゃんが手を振って駆け出していった。ねぎを抱いている。ブラックに託されたのだろう。
自分も後に続こうとしたとき、アケノにマイクを手渡された。なんだ? 今度は何をさせる気だ?
「館内放送につないであるからさ、一発、檄ってやつを頼むね。ま、状況説明と今後の所信表明みたいなもん。アタシがやると命令だと思っちゃう人が多いだろうし、ここはシン君でしょ。あ、ジャークに聞かれるとマズイことは伏せてね。そんで、ウチの部隊もソッチの仲間も熱くなって盛り上がるよ~なカッコいいトークを簡潔によろしく」
「無茶言うな!!」
と言ったときには、アケノはもう消えていた。くそ、面倒を押し付けやがって。
マイクを握って、屋上を走った。蒼い光が、蠢く闇に向かって突っ込んでいくのが見えた。ソウマのPIAS。ここでも戦いが始まった。いや、ここからは全ての場所が戦場なのだ。
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