小説版イバライガー/第39話:博士の異常な愛情(前半)

2019年9月11日

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■OP(アバンオープニング)

 夕食の支度に取り掛かろうとしてから、ユミコは義父の姿が見えないことに気づいた。

 まだ夕方だが、大抵この時間には戻っている。時には、すでに風呂上がりなことさえある。今日は、パートから戻ってきたときにも見かけなかった。
 義父は半月ほど前に転んで、左足を痛めている。無理をしないようにと夫も注意していたが、大したことはないと言って、畑に出続けている。
 自分が嫁いでくる前からずっと農家だが、今は収穫も少なく半分以上は義父の趣味のようなものだ。夫も、今は農協勤務のサラリーマン。家族で食べる分が節約できるのはありがたいが、無理をしてまで農家を続けることもないのに、とユミコは思っていた。

「ナオちゃん、ちょっと畑を見てきて。おじいちゃん、また転んじゃってるかもしれないから」
 は~い、という声が聞こえたが、出かけて行く気配はない。いつものパターン。すぐにゲームが止められない。無理やり取り上げて揉めるのも億劫だし、自分もゲームはするから多少は気持ちがわかる。仕方ないと諦めてエプロンを外し、土間へ出て行こうとしたとき、カラカラと玄関の引き戸を開ける音がした。

「ユミコさん、水をくれ」
 義父が、立っていた。息切れしている。どうしたんだろう?
 とにかく冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、コップに注いだ。まだ外は肌寒いからお茶のほうがいいかもと思ったが、義父は一気に飲み干した。
「ユミコさん、すぐに荷物をまとめてナオを連れて実家に行きなさい。タツヒコにも連絡して、ここには帰ってくるなと言いなさい。組合や町会長、警察にも言ってきたが、どれだけ信じてもらえたかはわからん。とにかく急ぐんだ」

 何を言ってるのか、わからなかった。まさかボケ始めた? でも義父はまだ60代だ。これまでボケの兆候もなかった。けど、今の顔は普通じゃない。
 戸惑っていると、義父はズボンのポケットに手を突っ込んで、くしゃくしゃになった紙切れを差し出した。新聞の切り抜き。つくば市の中央付近で起こった大規模なジャーク事件を報じたものだ。ハッとした。まさか。まさか、アレが……。

「そうだ。たぶんアレだ。俺は、この大穂でずっと畑を耕してきた。この辺りのことはよくわかる。しばらく前から空気が変わった。そして今日のは尋常じゃない。思い込みでも勘違いでもない。前にも俺は言い当てただろう?」
 数年前のことだ。すぐ近くの大きな研究所で大きな火事があったとき。火事が起こるよりも早く、義父は異変を言い当てた。昔から妙に勘がよかったのだという。研究所はそのとき以来、閉鎖されている。それがジャークが引き起こした事件だったと知ったのは、つい最近のことだ。
「わ、わかりました。でも、お義父さんは?」
「俺はまだ他にも知らせなきゃならん。信じてくれんかもしれないが、やるだけのことはせんと」

 そう言って、義父は出て行った。呆然として見送っていたユミコは、やがて聞こえてきた軽トラックのエンジン音に叱咤されて、我に返った。義父の勘は当たる。アレが始まる。いや、違う。義父の慌てぶりは、今までにないものだ。急がなければ。
「ナオ! 手伝って!!」
 ユミコは大慌てで居間に飛び込み、ゲームコントローラをひったくった。

 

■Aパート

 ソウマは、民家の軒先から顔を覗かせている薄ピンクの花を見て、立ち止まった。
 梅は、もう終わりだろう。すぐに桜が咲き始め、それもすぐに散って、春らしい春を感じる間もなく夏が来る。
 ……本当に夏は来るのだろうか。
 昔の特撮映画を思い出した。「春は来るだろう。けれど夏はわからない。秋はもっとわからない」というようなセリフを聞いた覚えがある。言ったのは無精髭を生やしたナントカ博士だったか、人気ヒーロー番組で主役を演じていた男だったか。
 いずれにせよ、まさに今の状態そのものだ。
 ジャークが消えて、2ヶ月が経っている。
 これまでの戦いで破壊された中心街の復興も、少しずつ始まっている。時は流れ、季節は移り変わる。
 だが、去年と同じなどということは、もう信じられない。

 ルメージョ事件を最後に、奴らの動きはピタリと止まった。街中にエモーション・ネガティブを感知するセンサーを設置し、警官もTDFも総動員してジャークを探し続けているが、戦闘員すら発見できない。イバライガーたちの定期パトロールにも引っかからない。ナツミによると、ジャーク側もNPLと似た技術を使っているらしい。エモーションを完全に遮断して潜んでいるのだろう。
 他のエリアに移動した可能性も検討され、実際かなり広域な捜査も行われているが、隊長も、シンたちも、ジャークは必ず近くにいると考えている。
 俺も同意見だ。奴らがその気なら、今頃は日本中、いや世界中にジャークが拡散しているはずだ。そうなっていないのは、俺たちがジャークを食い止めているからではない。奴ら自身が、この状況を選んだからだ。

 奴らはイバライガーとの対峙を望んでいる。争いを欲している。供物としてのシンとワカナを必要としている。ここを離れるはずがない。

 それに、何かが進行していることは明白なのだ。
 ソウマは、数メートル先のマンションに目をやった。入居者募集中と書かれた仲介会社の看板が出ているが、張り紙で覆われてほとんどが隠れている。
 人探しの張り紙だ。街のどこに行っても同じような張り紙を目にする。
 ルイングロウス事件の後、1000人以上が消えているのだ。あの混乱に乗じて誘拐された可能性が高い。これまでなら消えた人間の多くはジャーク汚染された状態で発見されていたが、今回は一人も現れない。異常だ。今までとは違う。
 ソウマは、再び歩き出した。
 何も見つからないだろうことは、わかっている。奴らは力を蓄え、何か決定的なことを企んでいる。それが始まれば、あとはもう決戦だ。
 勝てるかどうかは、もう考えない。勝つしかないのだ。

 路地を抜けて、表通りに出た。つくばの中央警察署のすぐそばだ。自分やアケノ隊長を含めてTDF全員の表向きの配属はそこだが、もう何ヶ月も戻ってはいない。戻る日が来るかどうかさえ、わからない。
 小さなショッピングセンターの前を通り過ぎようとして、見慣れた顔と車を見つけた。
 カオリだ。両手にパンパンに膨れたエコバッグを2つずつ。その後ろにいくつものカートに山積みの荷物。あれ全部買ったのか?
 ソウマはため息をついて歩き出し、やがて小走りになり、すぐに全力疾走になった。ギリギリで山崩れを押さえられた。

「はぁふへ? ひょうははふ?」
 女が振り返った。頰がぷくっと膨れている。冬眠前のリスか、お前は。
「はふへ? じゃない。というか何を言ってるかわからん。それと、もうちょっと段取り考えて積み込め。そもそも買い過ぎだ。それも俺たちの経費なんだぞ」
 カオリは黙ったまま、しばらく口をもぐもぐさせ、ようやく飲み込んでから微笑んだ。
「すいませ~ん。でも食べ物がないと悲しいじゃないですか。ストレス溜まっちゃうじゃないですか。ネガティブになっちゃったらマズイじゃないですか。だから見逃してくださいよぉ」
「ったく、人の金だと思って食いたい放題しやがって。まぁお前らはともかく、シンやワカナには食わせ過ぎるなよ。いざってときに動けないと困る」
「……そうなんですけど……でも……」
 やっぱり、あいつらに食わせるつもりだったか。気落ちはわかるがな。

 あの二人は、今は外出禁止だ。ナツミの話を聞いて以来、一歩も基地の敷地を出ていない。当人たちは何とか理由をつけて外に出たがるが、アケノは一度も許可していない。今日も、俺の定期パトロールに同行しようとするシンを振り切ってきたのだ。
 本気で付いてくる気ではないのは、わかっている。あいつらも自分たちの立場は承知している。

 ナツミの話によると、シンとワカナはジャークにとって「火種」だという。
 あの二人のエモーション・ポジティブとジャークのネガティブを対消滅させて、莫大な高エネルギー状態を生み出す。そのエネルギーで、究極のジャーク=リディーマーを喚び出す。以前にシンたちは、時空の特異点に囚われた初代イバライガーをサルベージした。恐らく、あのときと同じことをずっと大規模にやるようなものなのだろう。
 それが起これば、日本を丸ごと消し飛ばすほどのエネルギーが生じるとナツミは言った。あのバカップルにそれほどの力があるとはとても思えないが、奴らがアクセスしているエモーションの世界は、宇宙より大きいかもしれないほどに広大だという。超巨大知性体うんぬんは信じられないが、俺も今は多少はエモーションを感じ取れるようになっている。何が起こっても不思議じゃないことはわかる。シンたちをジャークに渡すわけにはいかない。基地への軟禁もやむを得ない。

 カオリは、そんな二人を励まそうとしている。それは悪くない。
 外に出られないのはナツミも同じだ。前回のモラクル捕獲作戦での外出は、特例中の特例。ミニRとミニブラの護衛は解除されているが、奴らはすっかりナツミに懐いてしまい、今でも周辺をウロチョロし続けている。くっそぉ、目障りなチビどもめ。ナツミもナツミだ。拘束スーツのスイッチはあのとき以来オフになったままなのだから、いつでも脱げるはずなのに着たままだ。ひょっとして気に入ってるのか? いや、あのボディラインぴっちりの姿はそれはそれで乙だし、ある意味で俺のPIASのボディスーツとお揃いっぽくて悪くないというか……。

 ……カオリがじぃ~~っと見ていることに気づいた。
 な、なんだ、その顔は。何でもない、いちいち気にするな。こっち見んな。

「ま、まぁいい。確かに食事くらいしか楽しめないだろうしな。今日は何を買ったんだ?」
「高級ステーキ50キロ分です。あと伊勢海老も10尾。野菜が3箱、それとパスタとソーセージとお菓子とアイスと飲み物と……」
「いちいち見せんでいい! つ~か何日分買ってんだ!?」
「3日分です」
「どんだけ食うんだよ!? お前らライオンか何かなのか!?」
「さっきブックオンで漫画も大人買いしました!! 一気に300冊!!」
「無駄遣いしすぎだっ!!」
「仕方ないじゃないですかぁ。外出できないんだったら、せめて基地内を超充実させておかなきゃ。シンさんもワカナさんも、もちろんナツミさんも、今は超重要人物なんでしょ。VIPでしょ、セレブでしょ。このくらいオッケーでしょ」
「あいつらのドコがセレブだ! もぉいい。さっさと帰れ。車が重くなってるからな、事故るなよ」
「は~い」

 ヨタヨタとワゴンが動き出した。料金所のゲートが開き、通りに出ると、路上で停車していた車が3台、走り出す。TDFのガードだ。周囲を走っている車の中にもガード役が相当数混じっているはずだ。シンたちほどではないにせよ、イバライガー関係者は全員が重要人物なのだ。俺にも尾行が付いているだろう。

 ソウマは、カオリのワゴンが見えなくなった後も駐車場に佇んで、周囲を眺めていた。
 平日の日中だから、ショッピングセンターへの出入りはそれほど多くない。園服を着た女の子と父親らしき男が、手をつないで店内に入っていく。幼稚園が終わるにはまだ少し早い。何かの都合で早退したのかもしれない。老夫婦とすれ違った。妻のほうは2階にあるフィットネスクラブのロゴ入りバッグを持っている。夫は少し前を歩き、段差では妻の手を取り、サポートしている。リハビリで通っているのかもしれない。すぐ後ろに会社員風の女性たちが続いている。中の一人が老妻の動きに気づき、他の者を促して歩行を邪魔しないルートに回った。
 見える。様々なエモーションが。
 父親に微笑みかける少女の、妻を労わる夫の、老夫婦を気遣う女性のエモーションが、空へと溶けていく。そのいくつかは、イバライガーに届くかもしれない。そうした感情のひとかけらが世界を救うのかもしれない。

 PIASのエキスポ・ダイナモが動くようになって以来、俺にもこうしたものを感じられるようになった。シンたちは、もっと前から感じていたのだろう。ど素人のはずの奴らがジャークと戦ってこられたのは、これを感じていたからか。
 シンやイバライガーたちの言う「負けられない」がどういうものか、ようやくわかった気がする。
 あいつらが見ているのは、ポジティブとかネガティブといったエネルギーではないのだ。そんなものは、ただの理屈。どうでもいいものなのだ。
 何でもない日常。それが生み出す力。今まで気に留めていなかった当たり前の日常こそが、本当の力を秘めている。
 シンたちは、最初からそれを見ていた。感じ取っていた。敵わないはずだ。今頃になってそれに気づくとは、俺も間が抜けている。
 まぁいい。気づかないよりはマシだ。決戦にも間に合った。

 次にシンとワカナが、基地から出る日。
 その日で、全てが決まる。
 本当の総力戦になるだろう。ここまでの流れは、互いに準備を整えて全力ギリギリでぶつかり合うといった感じだ。まるでゲームやスポーツのようだが、ジャークはそれを望んでいる。奴らの目的は地球を支配することでも人類を絶滅させることでもない。俺たちに勝つためですらない。
 奴らの目的は、滅びることなのだという。
 ジャークにとって生命とは、エモーション・ネガティブを生み出すための一時的な形態に過ぎないらしい。生命も物質も本質はエネルギーであり、人類がこれまでに観測できた範囲では、地球以外に生命は見つかっていない。宇宙というシステムの中では、生命という形態自体がエラーなのかもしれない。ジャークから見れば、生命という形にこだわる俺たちのほうがバグっているようなものなのだろう。
 だから滅びを目指す。なるべく多くを、ネガティブに傾かせて滅ぼす。再生のために破壊する。生まれ出るために死に続ける。それが奴らにとっての「進化」なのだそうだ。

 何を言ってるのか、まるでわからん。エドサキ博士は「ポジティブとネガティブの対称性を崩す」という言い方をしていたが、かえってわかりにくい。
 だが、決定的に相容れないことだけは理解できる。
 宇宙の真理などというものがあってジャークのほうが正常だったとしても、知ったことじゃない。エゴでも何でも構わん。滅びたい奴は勝手に滅びろ。俺たちは生きる。生き続ける。

 空を見上げた。光の中に一瞬、エキスポ・ダイナモの蒼い輝きが見えたような気がした。
 やってやるさ。シンたちだけに格好つけさせるつもりはない。今の俺は守るべきものがある。掴みたい未来もある。
 踵を返した。夜まで見回りを続けるつもりだったが、さっきの高級ステーキを思い出したのだ。あいつらだけに食わせる手はない。予算もTDFから出ているのだ。俺も食ってやる。伊勢海老もだ。
 絶対に負けられないからこそ、クソ真面目にならないほうがいい。それも、あのバカたちに学ばせてもらったことだ。
 食って、バカ話して、笑いあう。
 そういう日常の力ってやつを、俺も取り込ませてもらうぞ。

 


 玄関ホールの中で軽く柔軟してから、ワカナは外に出た。警護のTDF隊員たちに軽く会釈して、そばを駆け抜ける。外に出てから準備運動してると、あの全員の目がこっちに集中しちゃって気まずいのよね。
 博士たちにはジョギングしてくると言ってきた。今夜の食事はステーキらしいから、お腹を減らしておきたいと。
 我ながら上手い口実だ。実際、外周に沿って2周くらいは走るつもりだった。合計で約10キロ。もう2ヶ月以上も敷地内から出られない日々を送っているせいで運動不足気味でもあるのだ。
 もっとも、本当に聞こえていたかどうかはわからない。作業に集中していて、振り返ってもくれなかった。
 最近シンと私は、博士たちに避けられてるような気がする。何か、よそよそしい。話しかけても用件だけのやり取りで終わってしまい、会話が続かない。

 思い当たるフシは……ある。
 たぶん、博士たちじゃなくて私のほうに。

 マーゴンやカオリ相手なら普通にしていられるのだけど、博士たちだと少し身構えてしまうのだ。「アレ」に気づかれてしまうのではないか。いや、とっくに気づいてるのではないか。そういうふうに警戒してしまう。
 覚悟はとっくに決めてる。気にしないようにもしてきた。それでも自分で気づかないうちに態度に出てしまっているのかもしれない。
 同じような警戒心は、ナツミに対してもある。博士たちのように避けられてる感じはないけれど、やはり「アレ」のことは気づかれたくない。やっとジャークから解放されたのだ。私たちのことで、余計な心配をかけたくない……と思っていた。

 でも。
 今、私は、そのナツミと密会するために走っている。

「午後3時、シンの小屋で」
 今朝、朝食の後片付けをしているときに、そう耳打ちされた。
 シンの小屋というのは、ここが避難所になっていたときに建てたものだ。シンと私とマーゴンの3つの小屋を、Rや初代に手伝ってもらって建てた。あくまでも一時的なものだったから私の小屋はすでに取り壊してしまったが、シンたちは男の隠れ家とか何とか言い張って残したのだ。
 もっとも今はシンもマーゴンも使っていない。それぞれ自室があるし、小屋はあっても暖房設備などは撤去されてるので、暮らすには辛すぎる。バカだね、男って。いくつになっても秘密基地を欲しがるんだから。
 小屋は丘を越えた向こう側にあって、基地の建物からは見えない。ナツミがそういう場所を指定して呼び出したということは……やっぱ「アレ」かなぁ。バレちゃってたかなぁ。マズいなぁ。
 とにかく会って……もしアレだったら……謝ろう。黙っててごめん、って。

 そう思って足を早めようとしたとき、前を行く人影が見えた。シン?
「よぉ、ワカナ。ジョギングか?」
「ま、まぁね。シンこそ、なんでこんなトコ散歩してんのよ?」
「ああ、俺の小屋までちょっとな」
 小屋だとぉおおおお!? 放ったらかしにしてたくせに、なんでこんなタイミングでぇええええええ!!
 え~っと……とにかくシンより先に行って……ナツミに隠れるように言わないと。
「じゃ私、先に行くから!!」
 一気にダッシュ。これなら1分くらいは時間が稼げ……って、なぜ走って付いてくるぅうううううううっ!?
「ワ、ワカナ、待て! 先に行くな!!」
「うるさいっ、シンこそ付いてこないでよ!!」
「こっちも事情があるんだよ! とにかく止まれ、そっち行くな!!」
「じゃあアンタも止まりなさいよ? 私より先にゴールとか騙したらぶっ飛ばすからね?」
 丘の手前で、足を止めた。この反対側にナツミが待っているはず。
「な、なぁ……お前もしかして、誰かに呼び出されてねぇ?」
「え? それって……まさかシンも……?」
「……やっぱりそうか。初代も人が悪いな。ワカナも呼んでたなら言ってくれりゃいいのに……」
「へ? 初代? 違うよ。私は……」
 答えようとしたとき、ただ事ではない気配が伝わってきて息を呑んだ。弾かれたようにシンが駆け出す。一瞬遅れて、ワカナも丘を駆け上った。

 丘の向こう側で、初代イバライガーとナツミが対峙していた。すごい緊張感。これ……まさかガチでやり合ってる!?
「シン、ワカナ。少し待っていてくれ。先にこっちの要件を片付ける。ナツミさん、行きます。いいですか?」
「はい、構いません。遠慮しないで」

 ナツミが応えると同時に、初代が跳躍した。二人の気が一気に膨れ上がり、それだけで周囲の木々がしなる。空中からショットアローを放った。それもブラック式の10本同時発射だ。ナツミは表情1つ変えずに、その全てをフィールドで跳ね返した。
 初代が着地する。すでに拳にパワーを集中させている。あの構えは……ブレイブ・インパクト!? 本気で打ち込む気!?
 クロノ・スラスターが拡張し、唸りを上げ始める。右拳を引き絞ってパワーを高めていく。マジだ。初代はマジで必殺技を放つ気だ。初代はナツミを疑ってるの? 今でもルメージョだと思っているの? 違うよ。止めなきゃ。ワカナは丘を駆け下りようとしたが、それより早く二本の光の筋が迸った。
「時空鉄拳……! ブレイブッ……インパクトッ!!」
 初代イバライガーが、右拳に全エネルギーを集中させて突っ込んでいく。ダメだ、間に合わない。
 プラズマをまとった拳が、ナツミのフィールドに接触した。瞬間、接点が青黒く歪む。
 止めた? いや、押さえ込んだ? 本気のブレイブ・インパクトを? あの反応は……エモーション・ネガティブ!? まさか本当にルメージョが? いや違う。フィールド自体はポジティブのままだ。局所的にネガティブを発動させて、初代の力を相殺している?
 モラクル捕獲作戦のときにも同じような技を使ってたけど、直に見るのは初めてだ。
 すごい。これが、ナツミの力!?

 さっきより遥かに大きな衝撃波が伝わってきて、すぐに静かになった。
 初代が構えを解き、ナツミもフィールドを解除する。両者の気も、消えていた。
 何? いったい何だったの?
「すげ~な、ナッちゃん。あれがポジティブとネガティブの同時発動か。まさかあんな真似ができるとはなぁ」
 声が聞こえて、ようやくシンも一緒にいたことを思い出した。いや、感心してる場合か? もしナツミが怪我してたらどうすんだ? ていうか、そもそもなんでお前がここにいて、初代がナツミと戦ってんだ? どれもこれも予定外すぎるぞ。
「ごめんね、ワカナ。声をかけたときにはこういう段取りじゃなかったんだけど……」
「すまん。私が気づいて予定を変更してもらったんだ。今の実戦テストは二人に見てもらうために、ナツミさんにやってもらったことだ」
 シンと顔を見合わせた。シンも、ポカンとした顔をしている。
 どういうこと? ナツミの力を私たちに見せる? 話をするんじゃなかったの? 何が何だか全然わからない。

「初代イバライガーとは、二人が来る前に話をしたわ。現状についての認識は共有できた。対策も提案し、了承してもらってる。今のテストはその証明。納得してくれたようだから心配はいらないわ」
 現状認識? 対策? 初代は納得してもコッチはますますわからないよ。
「話をしよう。シン、ワカナ。とても大事な話だ。君たちの状態……いや、今後についての話だ」

 そう言われて全身が硬直した。
 やはり「アレ」のことだ。

 考えてみればバレて当然だ。当事者は私とシンだけど、エモーションのことについては初代やナツミ、博士たちのほうがずっと詳しい。精密検査を受けたときの臨床データも持っているはずだ。隠してたというより、今まで話を振られなかったからコッチも気づかないフリをしてたという感じに近い。
 でも、確かに大事なことだ。聞かれないから黙ってたなどという言い訳が通るものでもない。シンも、バツが悪そうに頭を掻いている。

「気にしないで。誰も咎めてはいないわ。言いづらかったのも当然よ。でもね、たぶん二人とも気づいてないことがある。私も伝えるかどうか迷った。でも、やっぱり理解しておいてもらいたいの。みんなのためにも、二人のためにも」

 


『シン、ワカナ、ナツミ、それと初代イバライガー。4人が接触しました。ここからでは音声までは聞き取れません。介入しますか?』
「いや、いい。どのみち拘束は不可能だ。通常の警護態勢に戻って待機しろ」
 そう命じて、アケノは通信を切った。

 とうとう動いたか。だが、間に合った。
 ルイングロウス戦の直後……シンとワカナの身体検査の結果が出たときから徹底した監視を続けてきたが、こちらが危惧したようなことは起こらなかった。最初からわかっていたことだ。あの二人が途中で逃げ出すとは思えない。わかっていてもなお、念には念を入れるしかなかったというだけだ。
 むしろ心配は、周囲の者たちだった。特に初代イバライガーとナツミ。彼らはシン・ワカナを案じて作戦そのものを崩壊させかねないと危惧していた。だからエドサキ・ゴゼンヤマ二人の博士を巻き込んだ。彼らに非情な決断ができるとは考えていない。懸念を伝え、対策を講じるように仕向けたのだ。
 上手く誘導できた……かどうかはわからない。「アレ」への対策もいくつか用意できたようだが、効果は未知数だ。

 それでも、やれることはやれたようだ。これまでシンとワカナに「アレ」について話そうとした者はいなかった。話しても止められない、止めるわけにいかないことがわかっているというのが第一の理由だろうが、それだけではない。未知数でも不確定でも、運命に抗う方法を見出せたからこそ彼らはそちらに打ち込んだ。希望があれば人は前に進めるのだ。

 今、あの4人は「アレ」について語り合っているはずだ。それでいい。間に合った。この先は、当人たちにもわかっていてもらったほうがいい。
 どのみち、残り時間はそうはあるまい。案じる段階は過ぎたのだ。

 


(後半へつづく)

 


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