カソクキッズ3話:開き直って自分で加速しちゃうことに!
小林誠博士の講演会
2009年2月1日、つくば国際会議場・大ホールで小林誠博士のノーベル賞受賞記念講演会が開催された。
入場無料で、なんて太っ腹と思ったんだけど、広報室の皆さんは、もしも席が埋まらなかったらど~しようってドキドキだったみたい。
いや、当日は、キャンセル待ちの人が列をなすほどの盛況ぶりだったんだけど。
ボクも普通にネット予約で申し込んで、講演を聞きに行った。
この頃、漫画の連載は第3話にかかっていて、劇中に小林博士に登場していただこうと思っていたのだ。
この第3話の題材は「加速器」。
知らない人もいるだろうから、解説しておこう。
あ、知らなくても全然問題ないからね。
ボクも漫画を描くまでは知らない人だったんだから、知らないのが当たり前だと思ってね。
加速器というのは、素粒子っていうトンデモなく小さなものを加速する機械。
KEKでは「電子」と「陽電子」っていう素粒子を、ほぼ光速まで加速して、互いに正面衝突させるという実験をやっている。
その、ぶつかって崩壊して、別な粒子が生まれて……という過程(ほんの一瞬のこと)を詳細に調べて、宇宙がどんなふうに生まれたのかを突き止めるんだ。
超ミクロなビッグバンを起こして、その爆発の粒子を1つ1つ同時にロックオンするようなもん。
そういうトンデモないことをやってるのだ。
そして加速器というのは、デカイ。
いや、なんでもデカイわけじゃない。
例えば病院にあるMRIなんかも加速器の一種だし、がん治療などにも加速器は使われている。
そうした身近で使われている加速器の仲間は、それほど大きくない。
小さくもないけど、普通の建物や室内に入るんだから。
でも、KEKなどでの宇宙や素粒子実験に使われる加速器は、本当にデカイのだ。
KEKにある加速器はKEKB(現在は改造されてスーパーKEKBに生まれ変わっている)という円形の加速器。
その直径は1キロ。円周は3キロ。
敷地面積は、ほぼ東京ディズニーリゾートと同じ(偶然だけど敷地の形も似ている)。
ようするに一周3キロのドーナツ状のトンネルなのだ。
そんな巨大な施設が、つくば市郊外の地下に作られているのだ。
ちなみに世界最大の加速器は、ジュネーブの「CERN(セルン:欧州原子核研究機構)」にある「LHC(大型ハドロン衝突型加速器:Large Hadron Collider)」というやつで、これは一周が山手線くらいある。
とにかく、そういうスゴい施設を使ってスゴい実験をやってるのだ。
とりあえず今は、そう思っていてくんねぇ。
そして、その実験で、小林博士と増川博士が発表した「CP対称性の破れ」という論文の正しさが証明され、2008年にノーベル賞を受賞したわけ。
なので、そういう加速器を漫画で紹介する以上、ぜひ小林博士ご本人も漫画に出したいと思ったんだ。
当時はノーベル賞受賞直後で、旬のネタでもあったしね。
そこで、小林博士の登場シーンを先行して仕上げ、プリントした原稿を持って会場に行った。
ご本人に見てもらい、了解を得なければならないからね。
人でごった返す会場で、運良く藤本博士をみつけることができた。
原稿を持ってきたんです、と言ったら、広報室長の森田博士を呼び出してくれて手渡すことができた。
さて、どうなるのか?
一応、ギャグ漫画だからバカバカしいシーンもいっぱいある。
「けしからん!」とか怒られちゃったらどうしよう?
いや、今後も、まさに切り札のように登場していただきたいと思ってるんだけど……。
もしもダメって言われたら、構想を全部考え直さなきゃならない。
うわぁああ、エライことを考えちゃったよ。
余計な色気を出さなきゃよかったのかも……。
とかモンモンとしていたら、森田博士が戻ってきて「ご快諾」と。
やったぁああああああ!
これで安心して講演も聞ける。
あのままだったら、何も頭に入らなかったよ。
翌日、改めて森田博士からメールをいただいた。
「昨日はありがとうございました。
小林先生には了承をいただきましたので、予定どおり進めます。
よろしくお願いします。」
ああ、よかった。
都合良く聞き間違いしてたわけじゃないんだよな。
よし、描くぞ!(ニヤリ)
実はボクが全部やってるんです……
この3話目は、その後のカソクキッズを決定づける分岐点にもなった。
それは、この漫画をどういうふうに描いていくか、どんな制作体制でやっていくか、といったことが、ここでようやく固まったということなんだ。
そのへんのことを、ちょっと書いておきたい。
何度も言うけど、ボクは物理赤点だ。
宇宙の謎とか好きだけど、だからって詳しいわけじゃない。
基礎知識ですらアヤしいくらい。
ましてや本物の科学者たちの最先端の研究なんてのは、まったく分からない。
そんなコトは言うまでもなく、ボクの知人たちも知っている。
だから、みんなに言われる。
「専門の科学者が書いた原稿を漫画にしてるんだってね。大変だろう?」
「あの漫画分かりやすいよ。さすが科学者だなぁ」
「科学者の人たちって、漫画の原作も書けるんだね」
…………。
あ、あのですね、実は、原作もらってないんですけど?
ほとんどの場合、解説コラムまでひっくるめてボクが書いてるんですけど?
ええええええええええええ~~~~~っ!!!!
みんな吃驚する。
そんなハズないだろ、と本気にしない人も多い。
そりゃそ~だよなぁ。
ド素人以下のボクが、ノーベル賞の研究内容を、科学的に間違いないように注意しつつ分かりやすくまとめる、なんてことをやってるとは、誰も思わないもんな。
でも、やってるんです。毎月。
いや、もちろん博士たちとは、定期ミーティングをしているから、そこで教えてもらったり、どうしても分からないときはメールで尋ねたりするよ。
難しい論文なんかは、資料をもらったりもする。
でも、それらはボク個人へのレクチャーであって、漫画の原作とか解説コラムをもらっているわけではないんだよね。
主に、今月はどんなテーマを取り上げるかとか、そういう方針の話し合いであり、作品内容は任せてもらっているの。
そもそも締め切りと作画ペースの関係上、打ち合わせのときには、もうネーム(漫画の設計図とも言える絵コンテ)が出来てないとダメなことが多くて、ボクが自力で内容を決めて描くしかないんだよね。
もっとも元々は、読者や知人の言う通り、原案や解説をもらって、漫画にまとめるだけのつもりだった。
だって、ボクに科学コラムなんか書けるわけがないじゃないか!
ボクはフツー人だっての!
でも……。
……科学者の皆さんって、忙しいらしいんだ。
テーマに沿ったレポートなり漫画の原作なりを、毎月きちんと仕上げるなんてのは、無理だったんだ。
連載開始前の描き溜めの段階……最初の3話くらいまでは原稿(原作ではなく原案や科学的解説など)をもらえたんだけど、その後は、原稿が来るのを待っていたら絶対に間に合わないことが分かってきた。
ていうか、そうなる可能性が高いことに、ボクは連載開始前に気付いてしまった。
だって、最初の2話だけで半年かかっていたんだもん。
スタート前の準備段階だったから当然ではあるんだけど、それだけじゃないニオイをボクは感じていた。
ヤバそうだ……と。
それで、実際に公開スタートのときに、タイトル画面に「毎月更新……のハズ」と書いた。
アブナくて断言できなかったんだよね。
そして、案の定、3話目で、そうなった。
このままでは間に合わない。
どうしよう。
いや、間に合わなくてもボクのせいじゃないよな。
でもさ、自分のせいじゃないからって、ほっといていいのか?
だってコレ、オレの連載だぜ?
編集者が手伝わないから今月はオチました、なんて言い訳を読者にできるか?
………………。
え~い、自分でやっちゃえ!!
間違ってたらツッコミしてくれるだろうし、ボツになろうがなんだろうが、何もしないで待っているよりはマシだ!
というわけで、自分で全部勝手に描いちゃうようになったのである。
漫画である以上、主に会話形式で登場人物に語らせなきゃならないから、要点だけを要約して語れないと漫画にならない。
そして要約したり例え話にしたりするっていうのは、ちゃんと理解していないとできない。
つまり、まずボクが勉強して、それなりに理解しなくちゃならない。
というわけで、毎月、必死の一夜漬けがスタートする。
テーマに沿ってウィキペディアで調べ、専門書や資料を山ほど読む。
もちろん最初はチンプンカンプン。
専門書を読んでも、何を言っているのかも分からない。
それでも読む。
分かるまで色々な本を読み、関係ありそうなウェブページを片っ端からチェックする。
そうしてボクなりに理解する。
あるいは理解できた範囲に絞って、シナリオに盛り込んでいく。
そうやって自分なりに理解できたとしても、まだスタートラインですらない。
どこまで語るか、盛り込むかの判断も重要だ。
現代科学は「あれ」や「これ」や「それ」が、相互に関係していて、あることを理解するには、こっちのことも知らなきゃならないといったことが多い。
宇宙の謎を知るには、ミクロな素粒子の世界を知らなきゃならない、とかね。
だけど、それをそのままぶつけても、子供たちは混乱する。
あまりの情報量の多さにボクだって混乱してるんだから。
読者である子供たちにはどこまで説明するのが適当か。
ページや予算の範囲内で、どこまで説明が可能か。
そういう検討をして、あらすじを決めなきゃならない。
その全ての決断を一人でやって(いいのか、オレで!?)
コラムにまとめたほうが分かりやすい部分はコラムとして執筆し(ほんとにいいのか!?)
適度なボケや例え話も考えて(あってるのか、コレ!?)
ストーリーをまとめていくわけだ。
そうして描いたネーム(コンテ)をKEKで見てもらう。
最初の頃は、さすがにボツも多かった。
所詮は素人、それも物理オンチの付け焼き刃だもんな。
描いたページの7割くらいがボツなんてことも珍しくなかった。
でもねぇ、人間、続けていると何とかなるもんなのよ。
だんだんと修正が少なくなっていくんだ。
10話くらいになると、修正箇所がほとんどゼロだったりすることもあった。
ほんのちょっと、数値のゼロが多かったとか、一文字誤植があったとか、そんな程度になってくるの。
話はどんどん専門性の高いテーマになっていくのだけど、こっちの理解力も深まってきて、対抗できるようになってくるんだ。
いや、本当に分かってるわけじゃないんだよね。
でも難しいテーマのときでも「ココがポイントくせぇな」と見抜く目が養われてきて、突破口が見えるようになってくるんだよ。
それと、連載が進むごとにキャラの個性が立ってきて、考えるより速く「キャラが勝手に動く」ようになり、そのおかげで要点を見つけやすくもなったんだ。
すげえよな。
いや、ボクじゃなくて、KEKがね。
ボクは素人だ。
ほとんど全部自分で調べて描いているとはいえ、それはバックにKEKの専門家たちがいてくれて、ちゃんとチェックしてくれると分かっているから出来ること。
間違いを恐れずに突っ走っても、正しい道を指し示してくれる人たちがいるからなんだ。
仕事を任せるのって、とても怖い。
失敗されたらどうしようと不安になるから、ついついクチや手を出しちゃう。
それを我慢して、任せる度量。
それも、よりによってボクに任せるんだぜ?
ボクのようなヤツに任せて、それを支えてやろうと覚悟を決めてくれたなんて、本当にすごい。
ボクも努力はしている(同じギャラでボク以上にやれるヤツは、まずいないだろうと思えるくらいには)と思うけれど、KEKの人々が辛抱強くボクと付き合ってくれたから、カソクキッズは生まれ出ることができたと断言できる。
人を育てるって、こういうことなんだな。
まぁ、そういうふうに感慨深く思えるようになったのは連載がだいぶ進んでからで、この時点では単に無謀に突っ走っただけだったんだけどね。
予算もない。時間もない。
でも踏み込むと決めた。
決めたからには、イイモノを描きたい。
納得できないものは描きたくない。
資料がもらえないからテキトーでいいや、なんて思えない。
なくても、やる。
足りないのならテメーで埋めてやる。
自分で調べて、自分なりに解釈して、自分なりの意見をぶつけてやる。
それが作品をつくるってことだ。
このときにブチ切れて暴走したおかげで、ボクはそういう部分でも腹を決めたんだ。
だから劇中でも主人公に、それを言わせた。
よりによって小林博士に向かって「いつか、お前を超えてやる!」的なことを言わせちゃったんだ。
それをKEKも、小林博士も、快諾してくれた。
科学解説じゃなくて、ボク自身の思いを受け止めてくれたんだ。
それを感じることができて、やっとボクは「ボクのカソクキッズ」が、はっきりと見えた。
単に科学解説をネタに毎回ギャグをやっていくというだけじゃなくて、物語としてのカソクキッズがようやく見えたんだ。
だから、この3話は大きなターニングポイントだったと思う。
このときから、キッズの全部が本当に自分の作品になったんだから。
何もかもボクに任せてくれて、そういうボクをKEKが支えてくれる。
そういう体制になったんだ。
あ、でもド素人が描いていると分かっても、心配しないでね。
内容は、ちゃんとしてるんだから。
これ以上ない最高のメンバーが、ちゃんとチェックしてくれているんだから。
カソクキッズは「世界一科学的に正しいギャグ漫画」なんだ。
どんなに無茶でバカっぽいことが書いてあっても、大勢の本物の科学者がチェックした上で「アリ!」と判断してくれたものなんだから(笑)。
※カソクキッズ本編は「KEK:カソクキッズ特設サイト」でフツーにお読みいただけます!
でも電子書籍版の単行本は絵の修正もちょっとしてるし、たくさんのおまけマンガやイラスト、各章ごとの描き下ろしエピローグ、特別コラムなどを山盛りにした「完全版」になってるので、できればソッチをお読みいただけると幸いです……(笑)
※このブログに掲載されているほとんどのことは、電子書籍の拙著『カソクキッズ』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。KEKのサイトでも無料で読めますが、電子書籍版にはオマケ漫画、追加コラム、イラスト、さらに本編作画も一部バージョンアップさせた「完全版」になっているのでオススメですよ~~(笑)。