企画スタート&連載準備、そして公開へ
企画スタート。でも……
いざ企画が動き出すと、その後は意外に早い。
6~7月にかけて幾度か打ち合わせを重ね、8月にはパイロット版を描くことになった。
でもね、この段階ではボクも狐に鼻をつままれたような気分なのよ。
本当にやるの? 結局は中止とかになるんじゃないの?
いや、そういうことを何度も経験しているから、半信半疑なのよ。
うたぐり深くなってんの。
けど、KEKの人たちは、ボクが思っている以上に「ガチ」だった。
後で知ったことなんだけど、ボクたちがパイロット版を描いている期間中に、彼らは合宿までして漫画の企画を練っていたんだ。
そこまで本気な依頼者なんて、そうそういないよ。
少なくともボクは初めて。長年、色々な人の依頼を受けて、たくさんの漫画を描いてきたけど、こんなに本気で取り組んでいる例はなかったんだ。
研究者ってスゴい。
研究がスゴいのは当然だけど、研究以外のことでも本気でやるんだなぁ。
そうだからこそ研究もできるのかもしれないなぁ。
そういう姿を見て、ボクはワクワクし始めた。
もしかしてボクも本気出していいんじゃないのか?
思っていた以上に面白い仕事になりそうな気がする。
仕事以上のものになる可能性を感じる。
採算とか考えてる場合じゃないのかも。
目先のお金のことなんかに囚われていられない、滅多にないチャンスなのかも。
いやいや、落ち着け。
そう簡単に盛り上がるんじゃない。
お前の勘違い、あるいは単なる思い込みかもしれないだろ。
軽率に盛り上がって周囲を巻き込んじゃダメって、さっき言ってただろ。
それに、お前は物理ニガテだろうが。
チャンスが舞い込んだとしても、それを掴むだけの力はないんじゃねぇの?
そもそもチャンスは、ただのチャンスだ。
それ自体が「何か」じゃない。
チャンスを何かにつなげるのは、お前自身の力でやることだぞ。
その力、あるの?
ちゃんとビジョンとか考えてるの?
それに、想定された予算も、漫画の連載企画として十分とは言えないものだった。
予算内で描けるのは、せいぜい4ページ程度。
それでギリギリ。それ以上のページ数だと無理が出る。
漫画は描きたいけど、これは仕事だからね。
自分や家族や仲間の生活もかかっているんだ。
稼げないことに夢中になって周囲を巻き込むなんてことは許されないんだよ。
自分のことでも、自分勝手じゃダメなんだ。
たった4ページじゃ、大したことは描けそうにない。
もっと描きたい。ちゃんと描きたい。
それでも無理はダメ。無茶もダメ。
4ページでやれることをやるんだ。
与えられた予算の中で仕事をこなしてこそプロってもんだ。
自分にそう言い聞かせた。
そうして8月には4ページのパイロット版を描き、さらに9月には同じく4ページの第1話テスト版も描いた。
けど、ここで約2ヶ月ちょい、仕事は中断する。
KEKの小林誠博士と名古屋大学の益川敏英博士が共同で研究・発見した「CP対称性の破れ」が、ノーベル物理学賞を受賞しちゃったんだ。
そうなるとKEKの広報室は大忙し。
漫画どころじゃないのだ。
いや、びっくりしたよ。
KEKがノーベル賞クラスの研究をしているっていうのは最初から分かっていたんだけど、まさか本当に受賞しちゃうとは!
しかも、ボクらが連載漫画をはじめようって年に!
すごいことが起こった、すごい事に関わってる、と感じた。
小林誠特別栄誉教授との面識は(この時点では)ないんだけど、KEKの人たちとは親しくなっていたから、身内が受賞したみたいに嬉しかった。
実際、受賞した研究「CP対称性の破れ」を解説するためのイラストなんていうオファーも来て、たぶん、自分の人生でノーベル賞なんてものにニアミスするのは、これが最初で最後だろうな~って思ったもんだ(この時点では漫画が8年もつづくなんて考えてもいなかったから、その後何度もニアミスするようになるなんて思いもしなかったんだよ)。
ただ……。
あのぉ……漫画はど~なるんでしょうか……?
みなさぁ~~ん、お元気ですかぁ? 大丈夫かなぁ? 漫画の締めきり、間に合うかなぁ?
そんな気持ちでヤキモキしてたのも本音。
ついつい「おのれ、小林博士!」とか思ったりもして。
いや、ごめんなさい。
でも、この時点ではまだ連載は始まっていなくて、いわば連載開始前の描きためをしている段階だったんだよね。
だから、むしろタイミングはよかったんだと思う。
連載がすでに始まってたとしたら、1~2回休載になったかもしれない。
その後、定期ミーティングが再開されて広報室を訪ねると、壁に小林博士が書いた色紙が貼ってあった。
たった1文字「素」と。
らしいなぁと思いつつも、ボクのように浮き世でフツーに暮らしている人間には、「素=うどん?」とか「味の=素」とか連想しちゃう。
いつか「素」を見たら第一に「素=粒子」と連想するようになるんだろうか、と思ったもんだ。
(最近はそうなってしまった)
気づいたからには描かずにいられない
さて、そういうゴタゴタはあったものの、11月中旬には漫画の打ち合わせが再開された。
連載開始は12月末。
パイロット版と第1話はすでに仕上げてあるし、特設ホームページのデザインも終わっている。
本当なら余裕を持っていられるはずだ。
けど。
やっぱり、何か違う気がするんだ。
ていうか不完全燃焼なんだ。描いた満足感が得られない。
色々と足りないとしか思えない。
4ページしかないんだから当然といえば当然だ。
もっと「色々」が出てきたとしても、それを盛り込む余地はない。
けど。
それでも、一応訊いてみた。
もっとネタはないですか?
あるのなら一応は教えてもらえませんか?
そうしたら……
いや出てくるわ出てくるわ!
パイロット版は、これからどんな話を描いていくのか、どんなキャラクターが出てくるのかなどの紹介だけだから、それほどでもないんだけど、本格的な科学紹介が始まる第1話に関しては、描いた分を遥かに上回る「美味しいネタ」が次々と出てくる。
これは仕事。
採算の中でやるのが仕事。
10万円のモノを持っていても、お客の予算が1万円なら1万円分のモノしか売れない。
そんなのは当たり前。
でも。
ボクは漫画家でもあるんだ。
明らかにもっとよくなる、もっと面白くなると気づいちゃったら、それをやらずにはいられなくなる。
もっとイイモノが描けるとわかっているのに、ダメと思っている作品を出すなんて耐えられない。
なので、踏み込んでしまった。
禁断の場所に。
今回だけは特別。
連載開始のご祝儀ってことで、やっちゃおう。
4ページなんて縛りはクソクラエだ。
やれるギリギリまではやっちゃおう。
そう思っちゃったんだ。
そうして出来上がっていた原稿データを大幅に改定した。
4ページどころか、倍の8ページに。
構成も、全部変えた。
元々の構成では、前半2ページでキッズたちが課題に取り組んで色々考えて、後半の2ページが回答編という形だった。
毎回、その形でやっていく予定だったの。
決まったパターンで、特にストーリーはなく、簡単な質問と回答があるだけ。
ツッコんだ質問とかはなし。
ボケやギャグも少なめ。
ページが足りないんだから、そういう遊びに使える余力がないもんね。
でも、そういう縛りを全部捨てた。
限られた予算でやっていくために考えたことだったけど、今回だけは特別。
記念すべき第1話なんだから、遠慮したり我慢したりするより、とにかくイイモノを目指したい。
そういわけで、予算度外視なモノに描き直して、それをKEKで披露した。
追加予算が出ないことは承知しているから、これは特別扱いってことで納得してほしいと頼んだ。
それを了承してもらって、翌12月。
1月末公開予定の、第2話、さらに12月公開予定の3話の打ち合わせが始まる。
2話での話題は「ビッグバン」。
3話のテーマは「加速器」だ。
実は、この時点で2話もほぼ完成していて、3話もネームは終わっていて、一部はペン入れも始まっていた。
どちらも、当初の予定通りの4ページ版でだ。
だけど、やっぱり物足りない。
先の増ページ版の1話と比べると、やはり情報量が少なすぎて読み応えが全然ない。
いやいや、ダメだよ。
そう何度も特例をやっちゃダメ。
そんなことしてたら仕事にならないじゃないか。
商売なんだぞ、プロなんだぞ。
でも。
増ページはしないにしても、もうちょっとさ、何とかしたいじゃん。
少しでも面白くしたいじゃん。
で、また聞いてしまった。
もうちょい、詳しく教えてもらえます?
すると……
うわぁあああああああ!
やっぱり出てくるよ、面白ネタが山ほどぉおおおおおおっ!!
博士たちの話を聞きながら、リアルタイムでネームが頭に浮かんでしまう。
そのネタはこうしよう、あのネタはこうだ。
またしても気づいてしまった。
そして、気づいた以上は描かずにいられない。
ボクは、ついに観念した。
ダメだ。
仕事とか採算とか考えてたら、この作品は描けない。
そういうものを忘れて、やれる限りのことをやるべきだ。
本当の本気でやるべきだ。
それが出来ないなら、描いても仕方ない。
ただし、そこまで踏み込むからには、この作品がKEKの広報というだけで終わってしまっては困る。
広報の役目も兼ねているけれど、本質的には自分のオリジナル作品。
KEKだけでなく、科学の未来のために描かれる作品。
そうでないと、踏み込めない。
そういう気持ちをKEKに伝えた。
そして理解してくれた。
「これはKEKの広報というだけじゃない。未来の、21世紀の新しい科学の教科書をつくるプロジェクトだと思っている」
そういう答えをいただいた。
著作権的なことも、ボクに委ねてくれた。
KEKの広報のために使う範囲に関しては、営利目的でない限りは自由。
でも、ボク自身が自分の作品として出版したり販売したりするのも自由。
そういうことになったんだ。
それなら、やれる。
毎回の制作コストは予算を大幅に上回ることになるけど、後々作品を販売して回収できる可能性があるもんね。
つまり、普通の漫画連載と何も変わらない。
それなら、ひたすらイイモノを目指すだけだ。
どこまで突っ走れるかはわからないけど、やれるトコまで……
いや、走り抜いてみせる。
世界有数の科学研究機関を舞台に、がっぷり四つで作品を描ける。
こんな凄い体験のチャンスは、滅多にない。
目先のギャラなんかで計れない大きなモノがあるんだ。
ちっぽけなことで、それをフイにするなんてバカすぎる。
ボクは、そう覚悟を決めた。
そうして、2008年12月末。
実際には年末年始のお休みがあるから、たぶん12月27日くらいだったと思うけど、ついに『カソクキッズ』の連載が始まったんだ。
でも、まさかそれが足掛け8年にも及ぶ連載になるなんて、このときは想像もしてなかったよ(笑)。
※カソクキッズ本編は「KEK:カソクキッズ特設サイト」でフツーにお読みいただけます!
でも電子書籍版の単行本は絵の修正もちょっとしてるし、たくさんのおまけマンガやイラスト、各章ごとの描き下ろしエピローグ、特別コラムなどを山盛りにした「完全版」になってるので、できればソッチをお読みいただけると幸いです……(笑)
※このブログに掲載されているほとんどのことは、電子書籍の拙著『カソクキッズ』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。KEKのサイトでも無料で読めますが、電子書籍版にはオマケ漫画、追加コラム、イラスト、さらに本編作画も一部バージョンアップさせた「完全版」になっているのでオススメですよ~~(笑)。