小説版イバライガー/第42話:崩壊領域(ディケイ・ボリューム)(前半)

2020年4月4日

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OP(アバンオープニング)

 巨大な粒子加速器が唸りを上げていた。ワカナがこちらを見上げて、叫んでいる。
 声は、聞こえない。でも、わかる。
 逃げて。
 弾かれたように俺は走り出す。加速器へ。その中枢の測定器へ。
 ワカナとナッちゃんのいる場所へ。
 そして、戦いの日々が始まった。

 今、俺たちは、あの日に戻ってきた。始まったことを終わらせるために。
 静かだ。階段を降りて行く自分たちの乾いた足音以外の音はない。
 あのときの記憶にも、音がない。
 激しく振動する測定器。鳴り響くアラーム。
 でも、音はない。音が多過ぎて何も聞こえなかった。
 音は外にある。ジャークの大群が溢れ、人々は逃げ惑っていた。
 今もそうだ。街で奴らが暴れている。大勢の人たちが襲われている。

 けれど、あのときとは違うこともある。
 Rがいる。ガールやブラックもいる。初代も、ミニたちも、ソウマやTDFも。
 カオリ。マーゴン。博士たち。そして、俺たちを信じてくれた人たち。
 みんなが戦っている。あのときとは違う。
 最後の扉が見えた。地下4階。ドアノブに手を伸ばす。ワカナが、手を重ねてきた。
 二人でドアを開けた。躊躇などはない。
 行くぞ、アザムクイド。お前が知らない人間の怖さを教えてやる。

 

Aパート

 イバライガーRは赤い闇を突き破って、大きく跳躍した。真下から殺気が追ってくる。牽制に放ったショットアローが弾き返される。電磁フィールド、肉食獣タイプの奴か。さらに後方にドリルもいる。身を翻し、自由落下状態で拳にパワーを集中した。
「時空爆裂……マキシマム・インパクト!!」
 大技で一気に吹き飛ばした。着地し、そのまま駆け抜ける。手応えはあったが、あれで倒せたとは思えない。
 正面に女子高生が回り込んできた。両手をかざし空間に干渉している。あいつの能力は超伝導。サポートタイプのはず。だとすると。奥の植え込み。残りの1体、パワーアーム=リニアックタイプはあそこか。狙撃される。超伝導で加速された高密度ビームが来る。回避は……間に合わない。
 咄嗟にエモーション・ブレイドを展開した。眼前が白熱化する。高圧の粒子ビームとの接触でブレイドが融解していく。だが直撃は防いだ。回転して、建物の裏に身を隠す。あのビームなら一瞬で貫通するだろうが、次のチャージまで数十秒はかかるはずだ。

 すでにエネルギーの7割以上を消費している。胸部と左腕に傷を受けていたが、修復の余力はなかった。残った力の全てを注ぎ込んでも、4体の連携攻撃を崩すのは厳しい。イバガールと連携すればもう少し抗えるだろうが、ガールのクロノ・スケイルによる広域サポートがなければ自分以外まで含めた全体が崩壊する。
 やはり奴らを圧倒するには、オーバーブーストが必要だ。それも、今までよりも強力な。

 それは必ず来る。
 先ほど、ほんの一瞬だけ感じた。シン。ワカナ。
 私は信じている。全員が信じている。見せてやれ。正義にも悪にもできないことを。イバライガーにもジャークにもできないことを。人間にしかできないことを。

 不意に頭上の空間が歪んだ。跳ぶ。プラズマを帯びたビームが弧を描いて撃ち込まれ、クロノスラスターから背中にかけての表皮が一瞬で蒸発した。超伝導、高周波システム、電磁誘導、そして高出力ビーム。ゴースト4体の能力を結集した渾身の一撃。いくつものビルが爆砕して崩れ落ちる。瘴気と粉塵が入り混じり、炎が夜空を焦がす。それを囲み、サバトのように奇声を上げる異形の者たち。

 その真っ正面へと、歩み出ていった。最終局面が近い。隠れるのは終わりだ。
 声が、止む。炎に照らされ長く伸びた自分の影が、身構えるゴーストたちを覆っていく。来い、ジャーク。闇が常にお前たちのものだと思うな。光と闇は一体だ。強い光は濃い影を併せ持つ。それを教えてやる。

 ドリルと格闘タイプが突っ込んできた。パワーアームも、こちらに照準を合わせている。それでいい。どうせ、もう長くは動けない。ならば私がやるべきことは……。

「クロノ……チャァアアアアアジッ!!」」
「クロノ……ブレェエエイクッ!!……もどきっ!!」

 ドリルと格闘が吹き飛んだ。パワーアームと女子高生もだ。どちらも直撃。かなりのダメージを叩き込めた。
「よくやった、R。お前のおかげで奇襲できた」
「俺のクロノブレイクは見様見真似……というよりも見た目だけなんだがな。さすがに時空突破はPIASじゃ無理だ」
 初代イバライガーとPIAS。シンたちを感じた時に、こちらに向かっていることに気づいた。その後は瘴気に遮られて感知できなかったが、ずっと到着までの時間を計っていた。そして予測したタイミングで例の擬態を使って、二人の気配を隠したのだ。
「初代、シンたちは……」
「行った。逆転の鍵は、すでに差し込まれている。あとは回すだけだ。それまで踏ん張れ」
「ナツミさんも行ったよ。彼女の場所にな」
「ソウマ……いいのか?」
「何のことだ? 俺はTDF……ジャークを倒すために生まれた部隊の古株だぜ。倒れていった仲間も多い。あいつらのためにもジャークは倒す。俺の望みはそれだけだ。他は関係ない。それに……つまらないことを気にしているときじゃねぇだろう?」
 小さくつぶやいてから、ソウマ=PIASは身構えた。
 そうか、ナツミさんはやる気なのか。可能性はあると思っていた。自分やガールでは無理だが、相手がブラックならあり得る。
 最初に大きく動くのは向こうかもしれないな。

 再び動き始めたゴーストたちと向き合いながら、イバライガーRはその先の闇を見つめていた。

 


 測定器棟から、黒い柱のような瘴気が吹き上がっている。あの人間たちがアザムクイドの元に着いたらしい。
 では、そろそろ遊びは終わりか。
 ダマクラカスンは翅を大きく広げ、押し寄せてくる波動を吸収した。ネガティブの力が、全身に流れ込んでくる。十分だ。これで奴を完全に破壊できる。

「よく耐えた、イバライガーブラック。だが、これまでだ。お前たちの希望はまもなく消える。俺たちも消える。この島国も消える。ネガティブとポジティブの対消滅によってな」
 ブラックは刀を構えたまま、応えない。動じた気配もない。
 いいぞ。それでこそ最後の獲物にふさわしい。

 消えることに抵抗はない。消えたところで元の状態に戻るだけだ。個体へのこだわりはほとんどない。滅びこそがジャークの望みなのだ。
 にも関わらず、この身体は、まだ楽しみたいと感じている。
 本来エネルギー体でしかないジャークには、個という概念がない。だが、剥き出しのエネルギー状態のままでは物質世界で活動するには非効率だ。そのため、ネガティブな感情を有する生物=人間を素体として利用する。その素体となった人間によって個体差が生まれるのだ。
 この身体のベースは研究者のボディだった。もう名前も覚えてはいないが、何かを知りたがり見たがる者たちだ。その欲求がジャークの破壊衝動へと転換されているのかもしれない。
 ジャークにとって生命とは、単体で物質界に干渉することができるエネルギー形態でしかないが、その影響は興味深かった。
 どれほど破壊しても殺しても、満足することはない。さらなる渇望が生じるだけで、人間の欲望は果てしない。だからこそエモーションを生み出しやすいとも言える。この生き物たちは、ネガティブとポジティブの相克のために生まれ、進化してきたのだとしか思えない。
 その1つを、まもなく刈り取る。アザムクイドの計画通りだ。それまでに、こちらの決着もつくだろう。

 イバライガーとの戦いは、魅力的だった。奴らはエモーション・ポジティブを操る。我らとは正反対の力だ。倒されればエネルギー体に戻ることはできず、この時空から永遠に消滅させられる。素晴らしい。甘美と言ってもいい。
 中でもイバライガーブラックは、最高の相手だ。イバライガーどもの能力を十分に計算した上で現在の身体を作り上げたつもりだったが、このヒューマロイドの実力は予測を遥かに超えていた。
 ガイストという能力拡張だけではない。回避、攻撃、間合いの取り方。戦闘センスがずば抜けているのだ。
 さらに、あの刀。シュレディンガーソード。
 イバライガーRのクロノ・ブレイク同様、時空突破の能力を応用した武器だ。斬れ味が鋭いなどという次元ではない。時空それ自体を、可能性ごと断ち斬る。避ける、受けるといった選択肢まで含めて斬る回避不能の刃。直撃を受ければ、この時空から消滅させられる。この最終形態でなければ凌ぎきれなかっただろう。実際、全質量の30%近くを失っている。クロノ・ブレイクのほうが一撃の威力は大きいが、ソードは連続して使用できる。より実戦的な武装なのだ。

 それでも決着は目前だ。
 奴のエネルギーは、もうほとんど残っていない。瘴気の中では、エモーション・ポジティブはほとんど補給できないのだ。
 勝負はついた。もはや、ソードを振り上げることもできまい。
「よくぞ、ここまで俺を楽しませてくれた。礼を言うぞ、ブラック。だが、そろそろ終わりだ。まだ獲物が残っている。まだ楽しめる。イバライガーR、イバガール。他にもいるな。くくく……消えるまでに何体破壊できるか試してやろう」
「……消えるのはお前だ、ダマクラカスン」
「ふ、すでに破壊された部位を修復することもできない身体で最後まで吠えるか。見上げたものだ、と言いたいところだが、すでに見苦しい。せめて最大の技で屠ってやろう。消えろ、イバライガーブラック!!」
 空間に散らばる細胞の全てに命令を下した。無数の爪が奴を包み込む。逃げ場はない。防ぐ手もない。動くことすら出来まい。

『フリージング……ウェイヴ!!』

 ブラックの周囲が、一瞬で凍りついた。氷の壁に爪が阻まれている。この冷気には覚えがある。振り返った。何かが突っ込んでくる。避けたはずだが、わずかに翅を抉られた。この動き……俺の癖を知っている。やはり、そうか。
「下がりなさい、ダマクラカスン!! それ以上ブラックを傷つけさせはしないっ!!」
 ヒューマロイドはウイングを広げ、ブラックの上空で静止した。氷壁はさらに広がり、ブラックを守る城塞のようになっている。

 ふん、王を守る氷の城か。そんなモノでは俺の爪は防げない。ただの時間稼ぎにしかならん。
「女……確か、ナツミといったな。なるほど、遠隔操縦、いやシンクロか。ルメージョの記憶と力を宿している貴様なら、この瘴気の中でもヒューマロイドを操れるというわけか。だが、その程度のガラクタで俺とやりあえるとでも思っているのか?」
「そうね、どれだけ改造してもライトニング・モラクルではジャーク四天王には対抗できないわね。でも、ここに来れれば十分。あなたを倒すのはイバライガーブラック。私はそれをサポートするだけよ」
「バカめ。もう遅いわ。すでに奴は死にかけだ。ザコが増えたところで何1つ変わらん!!」
「そうかしら? あなたはブラックの本当の力を知らない。私が知っている彼の強さを知らない。それを見せてあげるわ!!」

 


 測定器は、大きく変貌していた。
 中心のディティクター部分は半生体化し、まるで膣口のようだ。脈動しながら蠢き、ぬるぬるとした液体を吐き出す。そこから立ち上る瘴気が室内に充満し、数階建てのビルほどもある粒子測定器全体を覆っている。接続されていたケーブルも無数の触手に変異し、絡み合い、のたうっている。

 似たものは前にも見た。ルイングロウス事件の後、乗っ取られていたPIAS基地を検分したときだ。腐り、萎びていたが、これとほぼ同じものだった。規模はこちらのほうが遥かに大きい。
 測定器へとつながる加速空洞も、大きく変貌しているようだ。全長約3キロの地下トンネル内部は、腸の内壁そのものだ。壁からはディティクター同様に液体が染み出し、湯気のように瘴気を吹き上げている。
 グロテスク、そして淫靡。まさに胎内としか言えない光景だ。

 それでもシンとワカナは怯まずに、前へと踏み出そうとしていた。覚悟は本物か。ならば、自分も自分の仕事をするとしよう。
「待て、シン。少しそいつと話がしたい」

 二人を呼び止めて、アケノは測定器へと歩み寄った。ケーブルが伸びてきた。反射的な防衛機構だろう。1本1本は細いが、壁も床も斬り裂くほどの速度と威力だ。モロに食らえばイバライガーXを装備していても致命傷を免れない。
 それでも避けなかった。直撃は1つもない。数本がわずかにかすめただけだ。
 さらに前に出た。動きはない。いける。奴は勝利を確信している。

「落ち着け、アザムクイド。言っただろう、話をしたいだけだ。お前は我々を招き入れた。他の連中も殺さずに嬲り続けた。ならば、もう少し付き合ってもよかろう。交渉したい。すでに最重要ゲストはお前の手の内だ。今さら焦ることもあるまい?」

『人間……女……個体名アケノ。我には交渉など必要ない。だが余興としては面白い。話を聞こう』

 余興か。確かにその通りだ。すでに勝負は決している。
 ここまでの全ては奴の思惑通りに進んだ。ジャークの作戦だけでなく、政府の空爆も読んでいたはずだ。むしろ、そうした行動を引き出すために市街地への無差別攻撃を仕掛けたと考えたほうがいい。イバライガーたち、そしてシンとワカナの性格と行動を予測し、アザムクイドを倒す以外の選択肢を塞いで、ここへと導いた。まさにチェックメイトだ。
 私の役目は、それを肯定してやることだ。奴がこちらの王を、シンたちを倒すその瞬間まで、疑念を抱かせないこと。

「では提案する。この宇宙に惑星は少ない。まして感情を有するほどの知的生命体が存在する星となれば希少なはずだ。ネガティブの供給源として生かしておいたほうが良くないか? むろんポジティブも発生し続けるだろうが、人間の多くは脆弱だ。人が存在する限り、妬みや不満は尽きない。エモーション・ネガティブを搾取し続けられるとは思わないか?」

『この星を……ネガティブの贄として差し出すか。お前にそれができるか』

 ワカナから、動揺する気配が伝わってきた。まだ動くな。シン、お前ならわかるはずだ。ワカナを落ち着かせておけ。私に任せろ。
 ワカナの気が静まるのを確認してから、話を続けた。

「私が何かしなくても人類はジャークに傾くさ。駆逐されるのはイバライガーたちのほうだ。歴史がそれを証明している。まぁ、説得はするさ。ジャークとイバライガーの戦いを世界は目の当たりにしている。人間の力では抗えないことはわかっている。イバライガーから得た技術で、戦争や犯罪から生じるエモーション・ネガティブを集積してジャークに渡す程度のことはできるだろう。ポジティブは放置だ。今と何も変わらない。恐らくは承認されるはずだ」

『我らは滅びを目指す者。お前たちが我らに尽くそうとも我らは滅びを求め続ける。故に、人もまた滅ぶ。それは止められぬ』

「構わん。永遠に存続し得るものはない。いつかは滅ぶ。所詮全ての命は、生まれた瞬間から滅びへの奈落を落ちていくだけのものだ。宇宙がネガティブに支配されようと知ったことではない。ただ……私にもエゴがあるのでな。自分がそれを見る当事者にはなりたくない。私が消えるまで、せいぜい数十年。その間、この世界が続けばいい。お前らにとっては一瞬と同じようなものだ」

 静寂が流れた。言葉の真偽を探っているのか。構わない。全て本当に本音だ。嘘は言っていない。人とはそういうものだ。ジャークを倒そうが、いつかは滅ぶ。その滅びが次の何かにつながることはあっても、滅びそのものを回避することはできない。
 人は、そのときまでを、ただ生きるだけだ。ポジティブが勝とうがネガティブが勝とうが、どうでもいい。そんなことのために戦ってきたわけではない。せいぜい数十年。いや、わずか数年、あるいは数刻の休息のために、血を流し、涙を堪え、理不尽に苛まれながら働く。誰でもそんなものだ。人などは、そんなものなのだ。

『よかろう。だが、その者たちは手放せぬ。我らに差し出せ。爆災は止まらぬ。リディーマーも現出する。だが、個体名アケノは生き延びさせてやろう。その後はリディーマーに仕えよ。人の歴史が途絶えるまで、ネガティブを貢ぎ続けよ。されば我らにとっての一瞬、人にとっての数十年あるいは数百年ほどは種を存続できるやも知れぬ』

 うなずいて、振り返った。シンとワカナが閉じていた目を開いた。そう睨むなよ。これで私の役目は終わりだ。あとは任せる。抗おうと従おうと、お前たちが望むようにしろ。誰も止めない。

 壁際に下がった。二人は手をつないで、コアへと向かっていく。
 声が、響いた。

「アザムクイド。ここからは俺たちの勝負だ。アケノの話は関係ねぇ。てめぇらか、俺たちか。ケリをつけようぜ」

 二人が、拳にエモーションを集中させて走り出した。それを迎えるようにコアの中心が開き、粘膜に覆われた内部がむき出しになる。二人は止まらない。エネルギーの塊となってコアの中に飛び込んでいく。

「行ってやるぞアザムクイド! てめぇの望み通りになぁああああっ!!」
「私たちを……人間を……思い通りにできるっていうなら……やってみなさいよぉおおっ!!」

 測定器全体から光が溢れた。その光は徐々に弱くなり、やがて消えた。コアは二人を飲み込んだまま閉じ、再び瘴気を放ち始める。
 いや、再びなんてものではない。凄まじい圧力だ。瘴気に押されて動きが制限される。水の中にいるようだ。急激にエモーション・ネガティブが膨れ上がっていく。

『ふふふ……計画通りだ。我は勝った。お前たちの策は読めていた。個体名アケノ、お前の企みもだ』

 闇の圧力が押し寄せてくる。予想を遥かに超えている。イバライガーXどころかRやブラックであっても抗えるとは思えない。

『我が二人を取り込むように仕向けたのであろう? あの二人……シンとワカナが、我を逆に取り込む。我らが蓄えたネガティブを飲み込み、ポジティブへと転じさせる。それがお前たちの狙いだ。それを悟らせないためにお前は我を欺こうとした。だが無駄だ。お前たちの望みは叶わぬ。あの個体たちは人間としては飛び抜けたポジティブの使い手だが、外界と遮断された我が胎内ではエモーションも断絶される。ポジティブの力は届かぬ。個体が持っているエネルギーだけでは我に抗うには脆弱すぎる。見よ』

 また瘴気が吐き出された。アケノは受け身すら取れずに壁に叩きつけられた。口の中がネバつく。血を吐いたか。しかも動けない。倒れることすらできない。これでも奴は、小指を動かしたほどにも感じていないのだろう。

『まもなく二人は抵抗できなくなるだろう。最後のエモーションを解放するしかなくなる。そして火種となって砕け散る。対消滅によって巨大な特異点が開かれ、リディーマーが降臨し、この星の全てがネガティブと化すだろう。全ては決まっていたことだ。個体名アケノ。お前が言った通り、全ての命は滅びへの奈落を落ち続けるだけのものでしかない。ポジティブの使徒が何を成そうと滅びには逆らえぬ。純粋なネガティブである我らに、不純なポジティブしか持たぬ人間が勝てる道理はない』

 アザムクイドの嗤いが響く中で、アケノは耐え続けた。
 そうだ。これは決まっていたことだ。私の仕掛けが読まれることも、外で戦う者たちが勝てないことも、最初から決まっていた。
 物語はここで終わりだ。
 そして……。

 


 イバガールは、ゾッとして空を見上げた。
 研究所の加速器。そのあらゆる場所から赤い光が夜空に向かって伸びている。その光が空間に巨大なサークルを現出させていた。
 まるでゲームに出てくる積層型魔法陣みたいだ。いや、本当に魔法陣なのかもしれない。ジャークの神とさえ言われるダークリディーマーを喚び出すための起動プログラムそのもの。

 急激にエモーション・ネガティブが膨れ上がっていく。しかもこれは……ワカナ、シン!?
 二人のエモーションが、ネガティブに変異している。アザムクイドやダマクラカスンの瘴気さえ取り込んで、凄まじいエネルギーを生み出そうとしている。そんな……何が起こってるの!? こんなの……こんなの、どうしようもない。まさか終わってしまったの? 何もかも無駄だったの? 未来からの祈りに応えるんじゃなかったの? どうして……ワカナ。どうして……シン!?

 また、腰のあたりでモゾモゾを感じた。
 こんな大事なときにイモライガー、あんたねぇえ!!

『呼んでる……ボク行かなきゃ……』
 イモライガーの気配が消えた。フィギュアは元の2頭身イバライガーに戻っている。
 ハッとした。

 ……まだ……終わってない。
 ううん、始まったんだ。

 感じる。ネガティブではあっても、ワカナとシンの心は消えていない。諦めてないんだ。あの二人はまだ消えていない。
 状況は掴めない。ジャークにやられちゃったようにも思える。けど、そうじゃない。これはきっと必要なことなんだ。

 頑張って、ワカナ。負けないで、シン。
 私もそこにいる。いつでもそばにいる。覚えてるよね。私たちは無敵。どんな奴にも負けはしない。
 もういいよ。ネガティブでも何でもいいから……ぶっとばせ、ワカナ、シン。

 


 魔法陣の赤い光が瘴気を照らし、まるで赤い霧の中にいるようだ。
 そして吹き付けてくる凄まじい波動。10キロ近く離れた市街地でさえ、影響を受けている。あの中心にいたら身動きすらできなかったに違いない。

「始まりましたね、初代」

 イバライガーRの声。これほどのネガティブに覆われていても、動揺はしていないようだ。
「あいつら、かなりヤバいことをやったみたいだな。あの魔法陣が特異点ってのを作るものなんだろう? 本当にジャークの思惑通りにコトが進んだってわけか」
 ソウマだ。こちらも思ったより落ち着いている。ゴーストたちとの戦闘が続いているから、余計なことを考えている余裕がないというのもあるだろうが、それ以上に信じているのだ。いつも喧嘩ばかりしていながらも、ソウマはシンを信じている。

 あとは待つだけだ。初代イバライガーは、赤い闇の中を走り抜けながら周囲を探った。
 ゴーストたちのパワーは上がっている。膨張したネガティブが力を与えている。先ほど与えたダメージなど、一瞬で回復されてしまっただろう。逆にこちらは力を奪われ、ただ動くだけでもエネルギーをかなり消費してしまう。
 勝利を確信した不気味な嗤い声が近づいてくる。初代は移動をやめて、吹き付けてくるネガティブに身を晒した。

 シン。闇に抗う君の姿がはっきり見える。
 ワカナ。君の祈りは、今も私の中で輝いている。

 ナツミが教えたこと。アケノが狙っていたこと。ブラックが読んでいたこと。そしてガールやRが信じていたことが始まるのだ。
 ジャーク。お前たちが受け止めている力は、シンとワカナのものだ。たとえネガティブであろうと、あの二人の心が宿っている。お前たちは、それを吸収した。それがどういうことか、もうすぐわかる。

 


 この感じ。シン。ワカナ。
 ついにやったのね。

 でも大事なのはここから。思い出して。私が教えたことを。見せたことを。中から外へ。外から中へ。光を闇に、闇に光を。どちらも二人の中にある。人は光にも闇にもなれる。その相克で揺らぎ続けるのが人の弱さであり、強さでもある。
 両方を受け入れて。どちらにも飲み込まれないで。あなたたちなら出来る。
 そして私も。

 ダマクラカスンと対峙しながら、ナツミはブラックに呼びかけた。

 聞こえる、ブラック? ワカナとシンは言った。あなたを助けろと。あなたの元へ行けと。ようやく来れた。私が愛したシンは、あなたの中にいる。私はずっとあなたを見ていた。幼い頃から、あなたに気づいていた。

 知っている。だが、いいのか。俺はお前には応えられん。俺はイバライガーブラックだ。シンではない。

 それでもいいわ。あなたのそばにいる。一緒に戦う。今なら出来る。シンやワカナのそれとは違うかもしれないけれど、私をあなたの心に触れさせて。引き出してみせる。私が知っている、あなたの本当の強さを。

 お前の知っている俺、か。面白い。やってみろ、ナツミ。俺のリミッターを外してみせろ。

 ブラックが、氷の城を砕いて飛び出した。
 氷片の煌めきの中に、彼の心が見える。溶け合う。私が彼の中に、彼が私の中に。
 やっと会えた。ずっと秘めていた想いを渡すことができた。ありがとう、ブラック。受け取ってくれた。それだけで私は満たされている。もう何も怖くない。

「やるわ、ブラック!! 私とあなたの……オーバーブーストッ!!」

 

(後半へつづく)


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