小説版イバライガー/第41話:世界が燃え尽きる日(後半)
Bパート
イバライガーブラックは、沸騰した大地に降り立った。ギリギリで直撃は回避したが、鱗粉までは躱せなかった。左腕が腐食している。機能が再生するまでに数分はかかる。しかも失ったエネルギーは回復できない。
ダマクラカスンが放ったビームは、夜空を切り裂いて市街にまで到達していた。被害は相当だろう。シンたちを動揺させないためにも死傷者は可能な限り抑えたかったが、アレを受け止めるのは無理だった。
それでも、犠牲は見た目ほどではないはずだ。ミニライガーはシンたちの援護に回ったようだが、市街にはまだミニブラたちがいる。イバガールの結界も消えてはいない。ビームそのものは防げなくとも、それによって引き起こされる爆砕には対応できる。直撃でさえなければ、凌ぐことは可能だ。事実、人間たちのネガティブは、予想ほどには増加していない。
再びブラックは、炎に照らされた青黒い巨体に向かって歩き出した。赤い目がゆっくりと振り返る。
「どうした、ダマクラカスン。今のが切り札か。大した威力だが、俺はまだ戦えるぞ。Rやガールやミニたちもだ」
「当然だ。この程度で終わってもらっては期待はずれというものだ。アザムクイドはダーク・リディーマー召喚にこだわっているようだが、俺は違う。俺は貴様らを、人間どもを蹂躙したいだけだ。俺の姿も、意思も、所詮はエネルギーの一形態にすぎん。生も、死も、在りようの違いだけで意味などはない。故に俺はどこまでも殺す。破壊する。その愉悦を味わうことのみが俺の望みだ」
「正直な奴だ。綺麗事や世迷言ばかり言っている人間よりも、よほどわかりやすい。同意は……しないがな!」
跳んだ。振り下ろされる爪をかいくぐる。右腕は健在だ。剣も、まだ使える。全身からショットアローを一斉に放ち、群がる鱗粉を吹っ飛ばす。首筋……には届かない。脇へと抜けながら背中までを斬り裂いた。切断面が歪み、光を放っている。シュレディンガーソードが極小規模の時空突破を連続して引き起こしているのだ。間違いなく周囲の細胞は消滅している。しかし。
ダマクラカスンの体表のあらゆる部分から、無数の黒い腕が伸びてくる。奴の細胞1つ1つがゴーストなのだ。その全てを断ち斬りながら離脱する。正面に牙を持った奴が回り込んでくる。直前で躱し、長く伸びた首を口部のクラッシャーを開いて噛み千切った。着地。すぐにスタンプがくる。疾走し、再び跳ぶ。
これまでに十分なダメージは与えている。以前のダマクラカスンなら10回は殺している。だが、今の奴は大勢の人間から吸収したネガティブと触手が吸い上げた電力によって桁違いのエネルギーを有している。オーバーブーストが使えたとしても、あの質量を相殺するには恐らく足りない。奴らを倒すには、力そのものを、無数の命を、奪い取るしかない。
撃ち込もうとした連撃を跳ね返された。全方位からゴーストと鱗粉が集中してくる。全部は躱せない。ブラックは瞬時に左腕を捨てると決めた。どうせ動かない。他の致命傷を受けるよりはマシだ。
身体を捻り、きり揉みさせながら地上へと突っ込む。瘴気がまとわりついてくる。実体化し、無数の爪と牙が空間に現出した。そういうことか。切り裂いた奴の肉片も生きている。それを自在に操っている。この巨体は奴の本体が立てこもる要塞で、細胞や肉片、鱗粉といった兵力を率いているわけか。
地上まで0.3秒。頭から落ちる。受け身を取ろうとすれば、左腕どころか全身を持っていかれる。何もしなければ頚椎を損傷する。ヒッグスコントロールで衝撃を受け止めるしかない。体内のエネルギーの流れをシフトした。パワーが減少した左腕に牙が接触する。すでに捨てた場所だ。好きにしろ。
そう思った瞬間、牙が霧散した。高エネルギーの奔流が、ブラックを包んで駆け抜けていく。ほぼ同時に凄まじい量の土砂と瓦礫が舞い上がり、視界を覆った。地上に激突する瞬間のみ頸部の質量を変化させたため、見た目の質量は数十倍に跳ね上がっている。ダメージはほとんどない。
立ち上がった。左腕はまだ残っているが、腹部にわずかな傷がある。かわしきれなかったか。修復で失われるナノパーツは数億というところだろう。予定より少し多いが、まだ致命的ではない。それよりも、頭の中で騒ぐイバガールの思念のほうがうるさい。
『ブラック、大丈夫!? 無茶しないでよね。こっちからは瘴気でほとんど見えないんだから』
「ふん、余計な手出しはするんじゃねぇ。てめぇこそエネルギーの使い過ぎだ。今の段階で消耗してどうする。自分の相手に集中しろ」
『助けてあげたのに何よ! とにかくワカナたちがアザムクイドのコアを何とかするまでは自重し#◯%⭐︎※@:□$&¥▽♪……』
まだ何かわめいているようだったが、通信はそこで途切れた。向こうもギリギリのはずだ。それでも周囲に気を配ってしまうのがイバガールというバカだ。落ち着きがないというか集中できないというか……無理しやがって。てめぇこそ死ぬんじゃねぇぞ。
剣を掲げ、切っ先をダマクラカスンの眉間に向けた。
傷の修復は行なっているが、受けるダメージのほうが多い。左腕が治る頃には右腕がなくなっているかもしれない。やがては修復が追いつかなくなり、手も足も奪われるだろう。
それでも、俺は死なん。いや、生死など関係ない。今の俺はガイスト……亡霊だ。ダマクラカスンの言った通り、生と死は状態の変化に過ぎない。命の定義など、解釈次第でどうにでも変わる。命とは、それ自体が1つの宇宙なのだ。ジャークが、そして人間たちが宇宙として認識している全てを敵に回そうと、俺には俺の宇宙がある。
俺は死なん。例え細胞の一片になろうとも、素粒子の1つだろうと、俺は俺であり続ける。
イバライガーブラックとの通信が途切れた。
元々、感度がかなり落ちているし、ブラックが憎まれ口を叩くのも予想通りだったからショックなどはない。
とはいえ、かなり苦戦しているらしいことは間違いない。ブラックが負けるとは思わないけど、勝てるかどうかはわからない。
あの瘴気の中にいるブラックを察知できたのは奇跡のようなものだと、イバガールは思った。クロノ・スケイルで周囲を覆っているものの、かなり押されてもいる。研究所周辺は瘴気が濃すぎるし、市街地もカバーしなければならない。加速器が化けた4体のゴーストも相手しなきゃならない。やることが多すぎる。負荷が大きすぎて、演算が追いつかない。ブラックが危険だと感じて一時的に出力を集中させたことで、思った以上に力を使ってしまった。たった一撃を防いだだけで、あれほどのエネルギーを持っていかれるなんて。
あんな化け物と、ブラックは一人でやりあっているの?
Rもだ。私の負荷を抑えるために、4分の3を相手にしている。いや、事実上は4体全部と同じだ。あいつらはコンビネーションがすごい。パワーアームが発したビームをドリルが強化し、格闘バカが加速させ、女子高生が自在に曲げる。どこにいても追尾してくるホーミングビームの嵐。それでいて1体1体の戦闘力も高い。ヤバすぎる。
援軍に行きたい。でも、できない。自分がクロノ・スケイルの結界を解いたら全体が崩壊する。戦っているのはRだけじゃない。ミニブラやミニR、ミニガールたちもいる。TDFの人たちもだ。個別に全部をフォローするのは無理。さっきのように遠隔で、ギリギリのサポートをするのでさえ何回もできることじゃない。
いや、それどころじゃないかもしれない。
ダマクラカスン。さっきのあいつのビーム、あれはブラックだけを狙ったものじゃない。街も狙ってた。ブラックと戦いながら、こっちにまでちょっかい出してくるなんて。どんだけ化け物なのよ。
いくらクロノ・スケイルでも、あれはキツイ。でも次が来たら……それが誰かを直撃しそうだったら……止めるしかない。できるかどうかじゃない。やるしかないんだ。私が。たとえ手足がなくなっても意識さえ失わなければ、結界は維持できる。それにワカナたちは研究所の中に入れたはずだ。あと少し。少しなんだ。耐えてみせる。ガールちゃんを甘く見ないでよね。女は男が思ってる以上に痛みに強いんだから。
『そうか、耐えられるというのなら、それも一興。試してやろう』
うわ、何!? 突然、瘴気が膨らんだ。ダマクラカスン? マジでこっちを狙ってる!? ヤバい。ヤバい。ヤバい。でも逃げない。もぉいい。やるならやりなさいよ。みんな頑張ってるんだ。私だって絶対に負けない。
気配が急激に膨張した。禍々しい光が来る。食らったら、かなり痛そう。ううっ、我慢。我慢するんだよ、私。意識だけは失っちゃダメ。
「エモーショォオオオン・フィールドォオオオ!! アァアアンドォオオ……ブレイブゥウウ……キィイイイイックッ!!」
突然、小さな光が立ちはだかり、ビームを跳ね返した。何これ、すごい! でも誰が!? こんなこと並みのエモーションじゃできない。まるでエモーションそれ自体が意思を持って動いてるみたい。
『大丈夫か、ガール!? 護衛はボクに任せろ!!』
この声……イモライガー? どこにいるの!?
『ここだぁ!!』
腰のあたりで、モゾモゾと何かが動いてた。あれはナツミがくれたフィギュア……。え? ま、まさか……アレが……。
『そうだぁああああ!! これこそ我が分身! ここ一番の決戦兵器! ボクの思う通りに動く人型ファンネル!! 名付けてイメージ・モーション・オペレーティングシステム……IMOだぁあああああっ!!』
イバライガーの姿だったフィギュアは、小さなイモライガーに姿を変えていた。それが自分の体を這い上ってくる。
「いやぁああ、気持ち悪いぃいいい!! 本物じゃなくても触られるの嫌ぁあああっ!!」
『むふふ、そうは言っても離れないぞぉおお。男には興味ないが女子キャラの動きは全てのボクの脳内に焼き付いているっ!! どんな動きをしようとぴったりくっついて全身あらゆるところを舐めるように守ってやる。安心したまえ~~、ふひひひ」
「いやぁああああああ、すっごい嫌ぁあああああ!! セクハラだぁああああ!! サイテーの防御システムだよぉおおお!! ナツミのバカァアアアアアアアア!!」
『ほらほら、そんなこと言ってる場合じゃないだろ。ボクはまだ2体しか完成してないんだから、自分でもちゃんと避けてくれよ』
「2体しかって……アンタ、まさか量産するつもりじゃないでしょ~ね!?」
『うわっははは! IMO量産のあかつきには連邦なぞ、あっという間に叩いてくれるわぁあ!!』
「連邦って何のハナシだよ!? っていうかもう1体はどこよ!? 他の子にまで手出ししたらマジ怒るからね!?」
『ダイジョーブだよぉお。そんなことしないよぉ。まぁワカナが攻撃されちゃったら別だけど』
「ワカナにまでセクハラする気かぁああああ!? アンタの存在そのものが攻撃だよ! とにかくエロ禁止!! 変なモゾモゾも禁止!! わかった!?」
……ったく、こんなシステムだったなんて。トンデモないもの持たされちゃったよ。
でも、確かに威力はすごい。原理的にはイバライガーXと同じで、イモライガー=マーゴンのエモーションをダイレクトに使ってるから、出力は桁違いだ。マーゴンって妄想力が強いから、エモーション自体はかなり強いんだよね。イモライガーはただのコスプレに近いけど、このシステムにはイバライガーたちの戦闘記録を基にした動作サポートもあるようだから、本人の身体能力とは関係なく、妄想通りの動きができる。技も劣化版だけど機能するみたいだし、小さくてもかなり強力な援軍には違いない。
『むわぁあああかせろぉおおおお!! 今こそ秘められてきたイモライガーの力を見せつけてくれるわぁああああ!!』
ヤダぁあああ。任せたくない、見たくない~~。でも任せるしかない~~~。
感謝するけど恨むよ、ナツミぃいい。
赤提灯が揺れている。いい感じのプランターが並び、その上には、焼き鳥とか漬物とかホッピーありますとか書かれた張り紙が並んでいる。今風のカウンターには厚化粧のママさんがいて徳利を並べているが、注いでいるのはカフェラテだ。
「おい、ワカナ! ど~なってんだ、コレ!?」
「私のせいじゃないでしょ! 急に誘ったシンが悪いんじゃない!!」
アホな言い争いをしている二人を、ナツミは呆然と眺めていた。ソウマとアケノ隊長と初代イバライガーもだ。
さっきまでは研究所の測定器棟にいた。でも今は、わけのわからない謎の居酒屋にいる。そして自分も、ソウマやアケノ隊長も、普段の姿に戻っている。驚いたけど、すぐにここがどこか、わかった。
シンとワカナが作り出した白い世界………インナースペースだ。私たちは今も測定器棟にいる。意識だけが、この世界にいるのだ。ヘンテコなのは、慌てたせいで二人のイメージがごちゃ混ぜになって、カオスな世界になってしまったということらしい。
「とにかく座ってくれ。この世界では時間は流れない。いや、流れてるのかもしれないけど、どっちにしても現実では一瞬でしかないから問題にはならないはずだ」
シンが、全員を席に促した。テーブルの上には、コインを入れると星占いが出てくる球形のルーレット式おみくじ器がある。昭和の食堂や喫茶店にはよく置いてあったらしい。間違いなくシンのイメージだ。ど~でもいい細部にこだわってるなぁ。でもシン、その世代じゃないはずだけど……このマニアックさはマーゴンの影響かな?
「……こんなトコに連れ込んでごめんね、ナツミ。でも外ではジャークに聞かれちゃうし、エモーションで防壁を張っても、聞かれたくない話をしていることは悟られちゃうからね。ここなら落ち着いて話ができるでしょ?」
「いや……待て、ワカナ。言っとくが、こんな落ち着かない店、初めてだぞ……」
「仕方ないでしょ。文句はシンに言ってよ!」
「いや、だから俺のせいにすんなよ!」
「何言ってんのよ! 私は女子が3人もいるのにガード下の赤提灯なんかイメージしないわよ! 気配りも想像力も足りない! なぁにがエモーションの使い手よぉ!?」
「うっせぇ! 今はそこを気にしてる場合じゃね~だろ!!」
「いい加減にしろ、バカップル!! お前らごときを護衛していたかと思うと泣けてくるぞ!!」
現実世界では大変な状況が続いているというのに、ものすごくアホらしい掛け合いが続いている。
「はいはい、二人ともそこまで~~。ワカナも諦めなよ。いくら付き合っててもインナースペースの中……内心の自由までは縛れないんだから。ほら、一杯飲んで落ち着いたらどう?」
アケノが苦笑しながら、徳利を傾けた。自分もいつの間にか御猪口を持っている。注いでくれたが……この色は……キャラメル・ラテ?
とにかく飲んだ。御猪口で飲んでいるせいか、本当にキャラメル・ラテなのかどうかもわからない。
それでも、少しは落ち着いた。そういえば以前は毎日がこんな感じだった。シンとマーゴンがバカやって、ワカナがツッコむ。私はそれを笑いながら見ていて、暴走しそうになったら諌める。今はマーゴンの代わりがソウマかな。懐かしい。あの頃は、戦いなんか考えてもいなかった。
「……それでシン。話とはなんだ?」
一人冷静な初代イバライガーが、御猪口を置いて話を切り出した。中身は空だ。初代もラテを飲んだのかしら?
シンとワカナが一度顔を見合わせてから、全員に向き直った。二人とも表情は穏やかだが、もうボケてはいない。
「……みんなとは、ここで別れよう。この先は俺たちだけで行く」
予想通りだ。ここに来る前……シンが話があると言ったときから、そういうことだろうと思っていた。
ブラックに気を取られたのは失敗だった。それに気づけば、シンも、ワカナも、こういうことを言い出すだろうことは予測できたのに。
「シン、ダメよ。二人がやろうとしていることを教えたのは私。無謀な行為だとわかっていながら、それを教えた。他に方法がなかったから。私が自分でやれれば成功率はもっと高いけど、私では二人が目指す領域には届かない。本当はやめさせたい。でも……止められない。だから絶対に離れない。最後まで傍にいる。もしものときに、二人を救える可能性があるのは私だけなのだから」
はっきりと拒絶した。今まで自分は、できるだけシンやワカナに合わせてきた。いつも二人が行きたいところに付き合ってきた。それで十分満足だった。けれど今回は従えない。二人だけで行かせるわけにはいかない。他の人はともかく、私だけは最後まで一緒にいなくちゃならない。
ワカナが、微笑んだ。ダメ。絶対にダメ。私は力づくでも、ここに残る。
「……うん、ナツミの言う通りだよ。私たちを救えるのはナツミだけ。だからこそ……ナツミ自身が行くべき場所に行って欲しいの。ナツミにしかできない、もう1つのことのために」
「もう1つの……こと……?」
「ナッちゃん、君が教えてくれたことが俺たちにできるのなら、俺たちにできることもナッちゃんにはできる。俺にはわかる。アイツは必ずナッちゃんを受け入れる。他の誰でもダメだ。それができるのは俺たちとナッちゃん。同じ要素を持つ3人だけだ」
「行ってあげて、ナツミ。ナツミだけがシンの中のアイツに気づいていた。たぶん、今のアイツを救えるのはナツミだけ。あなたの中のルメージョも、そう思ってるはずよ」
アイツ。受け入れる。同じ要素。ルメージョの思い。まさか。
あり得ない。そんなことが……。
「なるほど……そういうことか……」
ソウマがつぶやいた。徳利を掴み、御猪口に注ぎ、一気に吞み干し、たぁんと勢いよくテーブルに置いた。
「……わかった。シンに同意するのはムカつくが……確かにナツミさんは行くべきだ。俺が送り届けよう。必ず、アイツのところに連れていく」
ソウマは、私をまっすぐに見つめながら強くうなずいた。他の全員は黙って見守っている。そんな……。私はシンとワカナを守ると約束したんだよ? 二人をサポートできるのは私だけなんだよ? それなのに一番大事なときに離れるなんて。どうしてみんな反対しないの?
「ナツミ。私はさっき、君の心に触れた。君がいるべき場所はここじゃない。君のエモーションが導く場所にいるべきなんだ」
初代イバライガーが優しく語りかけてきた。
私のエモーションが導く場所。本当にそこが私の居場所なの?
シンとワカナから離れてまで?
「おい、ソウマ。ナッちゃんをエスコートしてくれるのはありがたいが、お前の仕事はその先にあるんだからな。ソウマとアケノ、それに初代はRとガールの援軍を頼む。あっちもかなりヤバそうだからな。俺たちが上手く行ったとしてもRやガールやブラックがやられちまったら、作戦は結局失敗だ。みんなが生き延びていてくれないと意味がない」
「いや、援軍はソウマと初代だけ。アタシは君たちにくっついて行くよ。なんせブラックに引率の先生を頼まれちゃってるからね。反故にしたらヤバすぎでしょ。それに……シンはTDFを舐めすぎ。アタシほどじゃないにしても、あっちにもそれなりの隠し球があるよ。通信してきた研究員の言葉、覚えてるでしょ? ここの片がついてアタシが駆けつける間くらいは凌いでくれると思うよ~~」
その通信は、自分も傍受している。廃棄されたPIAS開発施設から運び込んだものが、つくば警察署の地下にあると言っていた。四天王や強力なゴーストに対抗できるとは思えないが、触手や低レベルのゴーストとなら戦えるのかもしれない。
「……わかった。最後の騙し合いはアンタに任せることになってるしな。じゃあ、行こうか。本当の決戦にな」
全員が立ち上がった。私は……まだ迷っている。
でも……心の奥底で声がする。
私の行くべき場所。私のエモーションが導く場所。
地上を走るクロノ・ダイヴァーが見える。ソウマと初代イバライガーだ。彼らは飛翔するライトニング・モラクルを見守りつつ、市街地へと向かっている。
ナツミはモラクル自身に制御を任せ、意識だけの自分と向き合っていた。
シンもワカナも、もういない。あの日、3人で駆け上った階段を降りていった。地下4階にある測定器に向かって。あの日のように、私だけを残して。
意識の奥底から、声が聞こえた。
別れの握手も抱擁もなしかい? あっさりしたもんだねぇ。本当にいいのかえ? このまま別れて?
いいのよ。それは「向こう側」で済ませてきたわ。そういえば、あなたと離れ離れになったのは初めてね。さすがにシンやワカナのエモーションが作った世界にはあなたは入れないものね。
ふん、そんな辛気臭い場所はこっちも願い下げだよ。それより、お前が戻ってきたのが意外だよ。なぜ付いていかなかったのさ?
それもいいの。ワカナとシンは、必ず帰ると迷わず答えた。そんな二人を私は信じる。あの二人には私にはない強さがあるもの。あなたも、それを思い知ったでしょ。
まぁ、しぶといのは認めるさ。アザムクイドも苦労するだろうよ。私も見落としていた人間の本質ってやつにね。
それは私にもある。だからこそ私はあなたに勝てた。そして今も戦うことができる。
言ってくれるじゃないか。なら見せてごらんよ。私の力は好きに使うがいいさ。どうせ、すでに私はいない。残っているのは力のかけらだけ。それがどれほどのものに化けるか、どこまでお前が使いこなせるか、ぜひ見たい。
ワカナは言った。私だけがシンの中の彼に気づいていたと。今の彼を救えるのは私だけだと。ルメージョもそう思っていると。
私は泣いた。インナースペースでは心がむき出しになる。隠せない。ずっと冷静を装ってきたのに、感情が溢れてしまった。彼のそばに行きたい想い。ワカナたちのそばにいたい想い。全てが混じり合い、ぶつかって、制御できなかった。
準備もしてきた。覚悟も。それなのに、最後の最後で揺れている。
あの日から私たちは引き裂かれた。それまでの日常の全部がなくなった。それでも戻ってこれた。あと少しで本当の日常を取り返せるかもしれない。今日さえ乗り越えれば……そんなときに……今度も私を置いていくというの? そんな……そんなのって……。もし、二度と会えなくなったら……私は……私は……。
『心配ない。必ず戻る!!』
シンとワカナの声が重なって聞こえた。両手を、それぞれ別の手が握っていた。
いつものセリフだ。自分を鼓舞するための言葉だと思っていた。
でも違う。両手から伝わってくる想いは本物だった。諦めていない。自己犠牲でもない。二人とも本気で戻ると言っていた。
「ごめんな、ナッちゃん。あのとき俺はナッちゃんを救えなかった。今度もだ。情けねぇよな。それでも頼む。俺たちのためじゃなく自分のためにさ。ていうか、それが俺たちのためってことなんだけどな」
「そうそう、さっさと片付けて一緒に迎えに来てよ。私が呼んでもアイツきっと来ないからさ、ナツミが引っ張ってきてよ」
二人とも笑っていた。自分も微笑んだ。涙は、結局止まらなかった。
そうかい。あの二人は、そんなことを言ったのかい。相変わらず甘いねぇ。
けれど、その甘さに私はやられた。あの二人が正義の味方だったら、私は負けるはずがなかった。
行こうじゃないか、ナツミ。二人に託されたことを、お前と私でやってみようじゃないか。
ええ、ルメージョ。やれるわ、私たちにも。
夜空を見上げた。真っ暗だ。本当は晴れているはずだけど瘴気に覆われて、モラクルの光学センサーでも星は見えない。
それでも、あの向こうに星はある。隠れているだけで、たくさんの輝きは確かにあるのだ。きっとワカナたちにも見えたはずだ。目で見えなくても、それがあることを私たちは知っている。
行ってくる、ワカナ。あの人のところへ。そして必ずあなたを迎えに行く。
見せてあげる、ルメージョ。私の力を。あなたの力を。
ED(エンディング)
銃声がひっきりなしに聞こえてくる。本当にここは市街地なのか。見慣れた建物や街路樹はあるが、それが一層、異界を感じさせる。
頭を振った。今は自分も普通じゃない。ビルの窓に自分が映っている。いつもの装備ではない異形の姿……PIAS。
つくば警察署の地下から引っ張り出したものだ。全員に支給されたわけではない。量産化計画は凍結されたままになっているため、そもそもスーツを使える者は少ないのだ。自分も、実際に装備するのは初めてだった。基本的な訓練はシミュレーションで行なっているが、着用しているものは大分違う。試作機以前……というよりもパーツの寄せ集めだ。不足部分はNPLで補填しているが、ソウマが使っているものには遠く及ばない。
それでも通常装備よりはマシだった。MCB弾だけでは触手を破壊するには効率が悪すぎるのだ。この装備ならエモーション・ブレイドが使える。点ではなく面で断ち斬ることができる。
ただし、こちらにもダメージが来る。遠距離からの射撃と違い、ブレイドは格闘武装だ。触手に接近しなければならない。近づくこと自体は難しくないが、切り裂いた後のエモーション輻射をかわしきれない。触手に取り込まれ変貌させられた人々の悲鳴が吹き出すのだ。夢を、未来を、愛する家族を奪われた悲しみが、物理衝撃となってぶつかってくる。
この触手は被害者なのだ。すでに人ではなくなっているとはいえ、我々が守るべき市民なのだ。それを切り裂かなければならない。ジャークめ。悪魔め。俺に、俺たちに、こんなことをさせやがって。
イバライガーたちは、こんな戦いに耐え続けていたのか。シンやワカナ、エモーションを感じることができる者たちもか。
所詮は素人だと思っていたが、とんでもない。わかっていなかったのは我々のほうだ。ジャークとの戦いは地獄だ。彼らはそれに耐えていた。本当に頭が下がる。尊敬する。
ミニガールを思い出した。イバライガーRがルイングロウスに取り込まれて暴走した時に、あの子に付き添った。自分の娘のように感じたものだ。
あの時のあの子も、これを感じていたのか。こんな痛みに耐えていたのか。くそぉ。貴様ら。ジャーク。子供になんてことを。
通常装備の隊員が2名、銃撃で触手を押しとどめようとしている。無理だ、それでは止められない。俺に任せて下がれ。
そう言おうとして、ビルの陰に親子がうずくまっているのに気づいた。父親と娘らしい。逃げ遅れたのか。
PIASを通じて仲間の恐怖が伝わってくる。それでも銃撃を止めようとはしない。親子に近づく小型の触手を撃ち払っている。その後ろに巨大な影が見えた。10階建のビルより大きい。
駆け込んだ。だが打つ手が無い。ブレイドで斬るには大きすぎる。受け止めることもできそうにない。せめて、あの父娘だけでも俺の身体で庇うしかないか。
それもダメだ。触手から発せられるネガティブの放射に、生身では耐えられない。何もできないのか。一緒に死んでやることしかできないのか。ミニガールならば救えたのか。
何を考えている。あんな小さな子に頼ってどうする。娘を守るのは親の役目だろう。ヒューマロイドなど関係ない。娘は娘だ。やってやる。受け止めてやる。エモーションは俺にだってあるはずだ。俺たちはいい。だが、あの父娘だけは死んでも守る。
「時空旋風! エターナル・ウインドフレアァアアアッ!!」
背後からのエネルギー流が、触手を押し返した。
「時空鉄拳……! ブレイブ・インパクト……ファイヤーッ!!」
「時空ぅううっ! 雷! 撃! 拳んんんっ!!」
雄叫びとともに、凄まじい衝撃が駆け抜けていった。巨大な触手が、光に包まれて分解していく。その光の中に、オレンジ、赤、黒の3つの小さな影が立っていた。来た。来てくれたのか。あの子が。また俺を助けに来てくれたのか。
「おじさん、もう大丈夫だよ」
「ええ、あとは私たちに任せてください!」
「根性あるじゃね~か、オッサン! なかなかオイシイ感情エネルギーだったぜ!!」
ミニガールは素早く父娘に駆け寄って、子供の頭を撫でている。父親は腰を抜かしているようだが、それでも娘を抱きしめ続けている。
「じゃあオッサン。その人間たちを頼むぜ。オレたちはもうちょっと暴れてくるからよ! おい、ミニR、付いてこいっ!!」
「相変わらず無礼な人ですね。でも、暴れることには賛成です。これ以上、犠牲は出させませんっ!!」
ミニライガーブラック。ミニライガーR。ミニガールより少し大きいだけの少年の体型。
だが、なんと雄々しいのか。赤と黒、2つの気が激しく立ち上っているのを感じる。彼らの戦いは何度も見てきたはずだが、PIASを使って初めて本当の凄さがわかった気がする。これが……これがイバライガーか。
「待ってくれ、俺も行く」
「おいおい、無理すんなよ。こっからは人間には向かね~ぜ」
「わかっている。それでも俺は大人で君たちは子供だ。子供を守るのは大人の役目なんだよ」
力を込めた。情けないことに、今まで座り込んでいたことにさえ気づいていなかった。大丈夫だ。まだ立てる。戦える。気力さえあれば、彼らの手伝いくらいはできるのだ。俺のエモーションならいくらでもくれてやる。
「……わかりました、一緒に行きましょう。正直ありがたいんです。ここでは感情エネルギーがあまり補給できないんで……」
「ま、いいだろ。さっきのセリフを言われちゃ仕方ねぇしな。同じことを言った姉ちゃんがいるんだよ。その姉ちゃんも戦ってるはずだからよ、さっさとこっちを片付けて助けに行ってやんねぇとな。頼むぜオッサン。遠慮はしねぇ。ギリギリまでエモーション使わせてもらうぜ」
二つの手が、目の前に差し出された。苦笑して、その両方を掴んで立ち上がった。何かが伝わっていく。ああ、そうだ。あの時もミニガールと手をつないだ。小さな手に想いを注ぎ込んだが、あの時は途中まで見送っただけだった。
今日は違う。こいつらと最後まで付き合ってやる。
「お兄ちゃん、やりすぎはダメだからね?」
ミニガールが手を振っている。隊員たちに支えられて、父娘も立ち上がった。安全圏に出るまでには、まだ危険があるだろう。
だが心配はいらない。あの子がいる。俺よりもずっと強い娘がいる。あの子は決して負けない。俺も負けない。勝てなくとも負けはしない。イバライガーがいる限り、人類は負けない。
ミニブラックとミニRが、蠢く触手に向かって走り出した。小さいものは無視している。俺に任せるということだ。わかってる。お前らは先に行け。どこまでも行け。
拳を握って、エモーション・ブレイドにパワーを注ぎ込んだ。やれる。やってやる。
ビルの窓に自分の姿が映った。いつもの姿じゃない。だがPIASでもない。
今の俺は……俺も、イバライガーなのだ。
次回予告
■第42話:崩壊領域(ディケイ・ボリューム)
アザムクイド最終形態、ブラック・アンレイテッド、Rリヴォルト、ガールドリーマー発動
アザムクイドのコアに飲み込まれるシンとワカナ。膨らむ闇、消えていく光。夜空を覆う破滅の魔法陣。だが、全てが失われたその先で世界は反転する。闇は光に、光は闇に。飛翔するライトニング・モラクルがブラックに新たな力を与える。エキスポ・ダイナモの輝きに導かれて、ついに発動する究極のオーバーブースト。全ての仲間がパワーアップするジャークとの最終決戦クライマックス!!
※このブログで公開している『小説版イバライガー』シリーズは電子書籍でも販売しています。スマホでもタブレットでも、ブログ版よりずっと読みやすいですので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです(笑)。