小説版イバライガー/第41話:世界が燃え尽きる日(前半)
OP(アバンオープニング)
市街地が近づいてきた。停電で灯りは1つも見えないけれど、ビルなどのシルエットははっきりと見える。燃えている。私たちの街が燃えている。
炎の中で、何本もの触手が踊っているのが見えた。時折、光がそれを断ち切っている。ミニライガーたちだ。戦っている。
ワカナは思わず目を逸らした。被害はどれほどだろう。いくらイバライガーでも、全ての人を救えたとは思えない。顔が熱くなった。炎の熱はここまでは届かない。それでも熱い。許せない。許せない、ジャーク!!
「ワカナ!!」
シンの声に、ハッとした。運転はできている。けど、気づいた。周囲の瘴気が増えている。私だ。私の怒りと悲しみに引き寄せられたんだ。私のネガティブに反応したんだ。
「……ごめん」
「まぁ、いいさ。俺だって同じだ。人間がポジティブだけでいられるもんか。奴らは許せねぇ。必ずぶっ潰す。そのためにも……」
「わかってる。私たちは止まれない。私たちがやるべきことをやらなきゃ、もっと酷いことになる。街のことは……みんなのことは、ミニライガーやTDFの人たちに任せるしかない。わかってるの。でも……」
クラクションが聞こえた。並走していたTDFのヴィークルが、市街地のほうへと右折していく。基地を出たときには十数台いたヴィークルは、もうこれが最後だ。中心部へとつながる交差点を通り過ぎる度に、数台ずつ減っていった。離れていくヴィークルの助手席で隊員が敬礼している。ありがとう。ダマクラカスンとアザムクイドは、必ず私たちが止めてみせる。だから……お願い、みんなを、一人でも多くの人を助けて。
そう思った直後、ぞっとする感覚があった。この感じ……ジャーク。それも四天王級!? すぐそばにいる。狙われてる。気配の方向は……私たちじゃない。ヴィークル。ダメだ、引き返しても間に合わない。この車の屋根の上には初代とナツミとソウマがいるはずなのに、誰も動いた気配がない。みんな何してるの。あの人たちを助けなきゃ。
ハンドルを切ろうとしたら、シンが手を伸ばしてきた。振り払う。止めないで。嫌だよ。見捨てられない。目の前で人が殺されるのを見過ごすなんて私にはできない。
『ワカナ! 大丈夫!! 任せて!!』
声が、頭の中で響いた。正面から光が飛んでくる。ガール。間違いない。イバガールだ。
『時空旋風……エターナル・ウインドフレアァアアアアッ!!』
風とともに、イバガールが空を駆け抜けていく。ヴィークルを襲おうとしていた気配が吹き飛ばされた。ヴィークルのライトが遠ざかっていく。無事だ。よかった。でも、まだだ。他にも気配を感じる。やはり四天王クラスの反応。そんな……4体もいる。いくらガールでも、あんな化け物を4体も同時に相手にするなんて。
『時空鉄拳……ブレイブインパクト……バァアアニングッ!!』
後ろで大きな火柱が上がった。これはR? Rも来てくれたの!?
『止まるなシン、ワカナ。こいつらは私たちに任せろ。二人が戻ってくるまで……役目を果たすまで、誰も死なせはしないっ!!』
Aパート
敵の気配は、まだ濃厚だ。それでもワカナは、振り返らずにアクセルを踏んだ。
イバライガーRとイバガールが来てくれた。大丈夫だって、任せろって言ってくれた。それなら信じるだけだ。二人の言葉を嘘にしないために、私たちは行かなきゃ。一刻も早く研究所に。その中枢に。全てが始まった、あの場所に。
周囲では、すでに戦いが始まっている。爆炎も上がっている。瓦礫も降ってくる。でも止まらない。炎はナツミが防いでくれる。瓦礫は蛇行してかわす。かわしきれないものは、初代とソウマが弾いてくれている。
また手が伸びてきた。今度はアケノだ。後席から身を乗り出して無線機らしい機器を操作している。スピーカーからノイズ混じりの声が聞こえてきた。
『聞こえるかTDF。その道はダメだ。道路が陥没している。300メートル先の交差点を右折しろ。すぐにマンションがある。その駐車場に入れ。反対側の壁を壊してある。そのまま突っ切れ。それで元の街道に戻れる』
やや聞き取りにいが、それでも聞き覚えのある声だ。え~っと、誰だっけ……。
「ワカナ、返事してあげて。そのまま普通に喋ればOKだから」
アケノに促されて、戸惑いながら「了解、指示通りに右折します」と答えた。なんか焦っちゃって、少しドモったかも。
『おう、その声はイバライガーのとこの姉ちゃんだな。つくば消防本部レスキューだ。あの時は世話になったな。何をする気なのかは知らんが、後ろは気にするな。市民は我々が助ける。怪物のほうを頼む!』
思い出した。PIASの基地が襲われたときに、エモーション・テレパスで話した隊長さんだ。アケノはにやりと笑って、もう一度手を伸ばして回線を切り替えた。別な声が聞こえ始める。
『TDF、応答願います。こちらつくば警察署です。隊員の方を何人かこちらに回してください。以前の研究室から運び込んだものが地下にあります。セッティングは済ませておきます。完全ではありませんが、通常装備よりは有効なはずです。使ってください』
女の人。これも聞き覚えがある。PIAS開発施設にいた研究者。シンが助けた人だ。確かお子さんがいたはず。逃げてないの!?
思わず声に出すと、スピーカーから穏やかな声が返ってきた。
『……ワカナさんですね。やっぱり、あなたたちが出動してくれたんですね。どうぞ、私のことは心配しないでください。家族は千葉の実家に避難しています。それに、私がいる地下は署員の大半にも知らされていない部屋です。NPLで防御もされています。だから……お願いします。みんなを救ってください。私も戦います。家族のためにも』
通信が途切れると、シンがチャンネルをガチャガチャと変え始めた。大半はノイズだけど、時々は声が拾える。くじゃ~という声が聞こえた気がする。他にも頑張れとか信じてるとか……。
「どうやら……戦ってるのは俺たちだけじゃないらしいな。無謀と言えば無謀だけど……俺らも人のことは言えねぇな……」
「まぁ、これまでもトンデモない事件がけっこうあったからね~。このへんの人たちは異常事態に慣れちゃってるトコもあるかもね~~」
シンとアケノはノンキな会話をしている。わざと、そういう言い方をしてるのはわかっている。特にシンはバレバレで、エモーションを探るまでもない。私ほど無謀じゃないけど、クールに割り切れる性格でもないもんね。
駐車場を突き抜けた。レスキューの人が隣のレストランに向けて誘導灯を振っている。迷わず飛び込む。また誘導灯。壊された塀と生垣を抜けて飛び出す。目の前は交差点。普段なら夜でも交通量が多い場所だけど、今は走っている車はいない。ハンドルを右に切って、大通りに入った。サイドミラーに映る誘導灯がどんどん遠ざかっていく。
あの人たちは知らない。ここが爆撃されることを知らない。今回の戦いがこれまでとは桁違いなことを知らない。けど……知っていても幾人かは残っただろう。病気で動けない人だっている。炎や倒壊に阻まれて避難できない人もいる。そういう人たちを支えながら、最後まで残る人もいる。
……やらせるもんか。やらせるもんか。やらせるもんかぁああああっ!!
前方右。路面が爆発したように吹き上がった。触手だ。知るか。どうせ対向車線だ。けど、枝分かれしている。こっちの車線にもはみ出して来る。かわしてやる。突き抜けてやる。止まってたまるか。
初代イバライガーとPIASが飛び出していった。触手が両断され、道が開ける。肉片をモラクルが弾き飛ばす。走り抜けた。切断面から吹き出した青紫の粘液のようなものがフロントガラスに降りかかる。邪魔だっつ~の! どけぇえええ!! エモーションを叩きつけた。粘液が蒸発していく。
「おい、熱くなりすぎだぞ。ワイパー動かせば済むだろ?」
「うっさい! 頭に来てんだからヌルヌルを吹っ飛ばすくらいはやらせてよ!!」
「まぁ、ストレス解消くらいはいいけどぉ、そろそろ研究所も近いから無茶はやめてね~。あんまり振り回されると服を脱ぎにくいし」
服を脱ぐ? アケノ何言ってんの?
……と思ったら、シンが後ろを向いたまま固まっている。視線につられた。ちらっ。
うわぁあああ、本当に脱いでる!? ちょ、ちょっと!! 何やってんのよ!? つ~かシン! 見るなぁあああああ!!
「迎えが来たからね。アタシはあっちに移る。指揮車はよろしく~~」
な、な、何!? 迎え? アッチ? なんのこと……と聞く暇もなく、全裸になったアケノが後席のドアを開けた。風が舞い込む。わかんない、何だか全然わかんない。とりあえず、まだチラチラ見ているシンをどついた。
「み、見たいわけじゃないって! 仕方ないだろ。いきなり脈絡もなく裸になったらフツー気になるだろ!」
外に飛び出したアケノはボンネットの上に立った。前が見づらい、というより見せちゃいけないものが丸見え~~~~っ!!
慌ててシンの首を捻って自分も横を向いたとき、バックミラーに近づいてくる光が映っているのに気づいた。あれは……クロノ・ダイヴァー。初代が呼んだの? 迎えってアレ!?
クロノ・ダイヴァーはあっという間に追いつき、指揮車の前に出た。初代が飛び移る。それを追うように白い裸体が闇に向かって跳躍し、叫んだ。
「来い、イバライガーX!!」
アケノの思念に応えて、カーゴからNPLが吹き出した。粒子がアケノの全身を覆っていく。あ、そういうことぉ!? た、確かにNPLと身体との接触面が多いほうがエモーションを伝達しやすいとは思うけど……。
空中で真紅のイバライガーXとなったアケノは、そのままクロノ・ダイヴァーのサイドカーに飛び乗った。ソウマも、アケノの後ろに飛び移って潜り込んでいる。
『行くぞ、シン、ワカナ。露払いはこっちでやる。ナツミは指揮車のガードに専念しろ。突入後は私から離れるな』
スピーカーからX化したアケノの声が聞こえた。口調も「アタシ」から「私」に変わっている。う、うん、いよいよ本気ってわけね。それはわかった。でも。
「いきなり脱ぐなよ! ヒューマロイドと女性だけじゃね~んだぞ!!」
シンがもっともなツッコミを返した。でも顔はニヤついてる。てめぇ、後でセッキョーだからな!!
『ふっ、ウブな童貞じゃあるまいし、つまらんことを気にしているときではなかろう。まぁパートナーがワカナでは経験は浅そうだが』
「う、うるさぁあああい!! そ~ゆ~話してるときじゃないでしょ~~~~~っ!!」
真っ赤になって怒鳴りながら、アクセルを踏み込んだ。クロノ・ダイヴァーは素早く避けて、並走状態になる。クスクスと笑い声が聞こえた。くそぉ、チビたちにまで笑われた。
『心配ないわよワカナ。経験はこれから積めばいいんだから』
今度はナツミ。もぉいいって~~、勘弁してよぉお。今って最後の決戦直前でしょ。全然そういう感じじゃ……なくも……ない……。
正面の空に光が走っている。雷じゃない。ブラックが、巨大化したダマクラカスンと戦っているんだ。
あそこが研究所。とうとう見えた。
ガール、R、ブラック、ミニちゃんたち。みんな、頑張って。持ちこたえて。
私たちが、みんなの力を呼び覚ますまで。
イバライガーRは敵の攻撃をギリギリでかわし、爆発の中にわざと飛び込んだ。自分の姿を一瞬だけ隠すことができればいい。あのときの感覚を思い出せ。私にもできるはずだ。
炎の中で気を抑え、別な気配を全身にまとって飛び出した。左前方にイバガールが見えた。こちらの気配を感じ取って、素早く迎撃体勢を取っている。大丈夫、私だ。狙いはわかるか。頼むぞ。
ガールは身を翻し、ビルの壁を蹴って跳躍した。直後、光の束がビルを貫く。上昇するガールを荷電粒子ビームが追っていく。ガールはクロノスラスターでベクトルを変えて回避した。ビームに切り裂かれたビルが崩れ落ちていく。人は巻き込まれていない。イバガールは、命の気配がない場所だけを選んで戦っている。
その荷電粒子の流れに沿って跳んだ。この先にゴーストがいる。今なら、直撃できるはずだ。
見つけた。拳を固めて突っ込む。ゴーストは気づいていない。思った通りだ、奴らは私を捕捉できない。このまま一撃で決め――。
目標直前の空間に、異常を感じた。陽炎のように大気が歪んでいる。咄嗟に両腕のサイドスラスターを全開にして、急制動をかける。周囲の建物が溶けている。マイクロウェーブか。強力な高周波で空間を加熱している。発信源は右。狙ったゴーストは、すでにいない。
通りに着地した。戻ってきたイバガールとともに身構える。二人ともダメージはない。だが、予想以上に手強い。
「惜しかったね、R」
「ああ。けれど姿までは隠せない。光学的に捉えられてしまえばそれまでだ」
「わかってる。でも私もドキッとしたからね。上手くやれば隙を突くことはできると思うよ」
以前から考えていた方法だった。アザムクイドは、時空の狭間に囚われた初代イバライガーを救出するために特異点に飛び込んだ私のボディを利用して、この世界に出現した。もう1体のジャーク四天王ルイングロウスも、私の身体に潜んでいた。
だからこそ私は、ジャークの世界を知っている。擬態できる。奴らが私にそうしたように。
本当は、この能力を使って研究所に潜入するつもりだった。研究所全体がアザムクイドと同化しているのなら、その一部になりきればいいのだ。それが出来れば奴の防御機構を無力化して接近できる。つまり……暗殺できる。
しかし、できなかった。暗殺が嫌だというわけじゃない。擬態できる時間が短すぎるのだ。訓練すればもっと長くできるとは思うが、奴らの中枢に到達するにはまだ足りない。
『……ふふふ……やるではないか、イバライガーR。エモーションを隠す技を我から学んだというわけか。見事なものだったぞ。事実、お前が十分に近づいてくるまで察知できなかった。だが……お前がその力を得ているだろうことは予測できた』
アザムクイドの声だ。正面からだったが、気配は全方位から感じる。包囲されている。構わない。望むところだ。
「べぇ~っだ。こっちだってアンタらの狙いは読んでんのよ。ダマクラカスンはブラックが止めてるし、ここには私とRがいる。アンタらだってワカナたちに戦力を集中できないでしょ!!」
ガールが言い返した。応じることにあまり意味はないと思うが、ガールはしっかり言い返す。そうやって自分のテンションをコントロールしているらしい。会話で敵から情報を引き出せることもあるから悪くはないが、ガールはソコはあまり気にしていない。まぁ、そのへんは自分がサポートすればいいことなのだが。
『あの者たちは、我らが招いたゲストだ。もとより邪魔する気はない。邪魔なのはお前たちだ。オーバーブーストの力は、我に集中させなくてはならぬ。それを阻害する可能性は全て排除する。お前たちも、ポジティブの使徒に同行する者たちも』
思った通りだ。やはりシンとワカナから私たちを引き離そうとしている。この大規模な攻撃はそのためだけに行われている。私たちが人々を見捨てられないことを利用して、シンたちを孤立させるつもりなのだ。
ガールの言う通り、ジャークの作戦は読めている。それでも奴らのシナリオ通りに動くしかない。
恐らく、アザムクイドの計画は成功してしまうだろう。私たちも、シンたちも、奴が勝利を確信するまで傀儡のように操られる。
だが、それでいい。
研究所に向かったシンとワカナが何をする気なのかは聞かされていない。
けれど、考えられることは、たった1つだ。
アザムクイド、お前はそれに気づけない。お前の作戦は万全だ。私たちは打ち破れない。しかし、1つだけ見落としていることがある。人とともに暮らし、人の優しさも醜さも受け入れた者にしか気づけないことを見落としている。
だから、お前が勝利する瞬間まで、私たちは戦う。人々を守り続ける。こちらのターンはそれからなのだ。
気配が近づいてきた。4体とも、ほぼ等距離。反応は全て同一。つまり4体で1体と考えたほうがいい。コンビネーションがいいのは、そのためか。
左前方から最初の1体が姿を見せた。全身は銀色、左腕はパワーアームのようになっている。その中央にあるのはビーム射出孔だろう。先ほどのビーム攻撃はコイツか。似た外見の奴が、右後方からも現れた。こちらのボディカラーは金色で、片腕はドリルだ。さらに正面と左後方。しなやかな肉食獣のような格闘タイプと女性型……いや、どことなく女子高生風の2体。ジャーク最後の四銃士というところか。
『我が本体は研究所と一体化しているため、お前たちをもてなすことが出来ぬ。故に、その4体を用意した。その者たちは我が分身。ゴーストやランペイジなどとは桁が違う。十分に楽しんでもらえるはずだ。全てが消え失せる時まで』
「あ~~~っ、もおっ!! その厨二トーク、いい加減にしてよね! グダグダ言わなくたって、私もRもとことん構ってあげるわよ! そんで、しっかり聞かせてもらうわ。自信たっぷりなアンタの口調がオタオタするトコをねっ!!」
ガールが跳躍した。ドリルと女子高生が、後を追う。パワーアームの照準はこっちだ。肉食獣も突っ込んでくる。蹴りを肘で受け止めた。そのまま駒のように回りながら連続蹴りを叩き込んでくる。後方には……躱せない。パワーアームが狙っている。逆に踏み込み、蹴りをカウンターで迎え撃つ。その瞬間、肉食獣が消えた。超加速。そうか、こいつらの能力は加速器だ。
パワーアームがリニアック、ドリルは高周波システム。肉食獣が超電導で、女子高生は電磁石。アザムクイドが潜んでいる素粒子研究所にある巨大粒子加速器を構成する主要装置を擬人化させたようなものだ。まさに分身そのものか。手強いはずだ。
だが、負けない。負けられない。
ワカナに約束した。二人が戻ってくるまで、ここを守り抜くと。誰も死なせないと。
そこには、私たち自身も含まれる。戦い抜いてやる。生き抜いてやる。
私たちの本当の戦いは、その先にあるのだから。
初代イバライガーは、クロノ・ダイヴァーで前に出た。指揮車を追い越すときに、モラクルが空を……いや、その先の巨大なソレを凝視しているのが見えた。確認してはいないが、サイドカーのアケノとソウマ、それに車内のシンたちも同じだろう。
これが実体化した今のダマクラカスンか。間違いなく60メートルはある。広がった4枚の翅は100メートル以上だ。周囲で時折プラズマが奔っている。イバライガーブラックが戦っているのだ。そして……押されている。
自分がここを離れたときには、戦闘エリアは研究所の東端にある臨時駐車場周辺だった。今は、そのときよりも数百メートル市街地寄りに移動している。見た目の大きさがそのまま強さを表すわけではないが、質量はエネルギーと等価だ。いかにブラックといえども、あれを相殺するのは無理なのだろう。むしろ、数百メートルで踏みとどまっていることが奇跡だ。
だが、その激しい戦いも数秒で森の向こうに消えた。伝わってくるのは、激しい音と光だけだ。モラクルはまだ後ろを見ているようだが、気にするなとは言えなかった。氷嵐は今も指揮車を守っている。それで十分だ。
すでに研究所の敷地に並走している。正面ゲートまでは残り300メートルほど。一度だけ、指揮車を振り返った。
運転席のワカナ、助手席にシン。屋根の上にモラクル=ナツミ。
3人ともここに来るのは、あの日以来のはずだ。全てが始まり、ナツミを失い、私たちが出会った場所。
そして今日、全てが終わる。終わらせる。
「行けるか、初代!?」
「心配するなソウマ。ただし、できるだけ身を屈めていろ。クロノ・ダイヴァーのエモーション・フィールドからは絶対に出るなよ!!」
減速せずドリフトしてゲートに突っ込み、そのまま突き破った。いきなり瘴気が濃くなる。視界はほとんど利かない。そのほうがいい。この風景はシンやワカナに見せたくない。できればナツミにもだが、ライトニング・モラクルとなっている今は、嫌でも見えてしまっているだろう。
朽ちた建物を這い回る蔓のような触手。かつて芝生に覆われていた場所も、不気味な粘液に覆われている。そこから瘴気と邪気が吹き上がり、ジャークの犠牲になった人々の苦悶と怨嗟が渦を巻きながら、ゴーストへと変貌していく。まさに魔界そのものだ。
クロノ・ダイヴァーは、その中を突き進んでいく。周囲で煌めいている光は、ポジティブとネガテイブの対消滅だ。蒼い軌跡が蠢く暗黒を貫くとともに、大勢の悲鳴のようなノイズが響く。前輪のプロテクターに、いくつかの傷が走った。ただの瘴気じゃない。半実体化している。クロノ・ダイヴァーの本体であるミニライガーたちと自分のエモーション・フィールド、それにライトニング・モラクルの氷嵐によって守られているが、ほんの数センチ先……フィールドの外側は地獄の嵐が吹き荒れているのだ。
研究本館の手前で直角に曲がった。さらにもう一度右折し、加速器の円周上を辿るルートに乗る。目標の測定器棟まで、数百メートル。何も見えない。だが初代イバライガーは、速度、時間、身体に感じるGなどを地図データと照合し、現在位置を正確に測っていた。
「着くぞ。タイミングを読み違えるな!」
「わかった。隊長、行きます!!」
「了解だ。任せる」
20R、30R……あと0.7秒で右側に施設が見えてくる位置。ゲートまで直線になるのは、さらにその0.4秒後。
ここだと思った瞬間、初代は飛び降りると同時にフィールドを解除した。クロノ・ダイヴァーが逆噴射で急制動しつつ、サイドカーを切り離す。そのままスピンして向きを変え、後続の指揮車にエモーションを叩きつけた。一瞬だけ瘴気が途切れる。ワカナがフルアクセルで突っ込んでくる。
本体から離脱したサイドカーに乗ったままのアケノが、イバライガーXのフィールドを前面に集中させ、瘴気と障害物を跳ね飛ばしていく。ソウマもPIASのクロノ・スラスターを全開して一気に加速させ、測定器棟の入り口を突き破って飛び込んだ。
間髪置かずに指揮車が続く。ワカナはブレーキを踏む気はないようだ。初代イバライガーは飛び出してきたソウマとともに車を押さえ、衝撃を受け止めた。シンとワカナが車から飛び出して身構える。ダイヴァーモードを解除し元の姿に戻ったミニライガーたちが、素早く二人の周囲を固めている。
ついに、ここまで来た。屋内には瘴気がない。外からも流れ込んでこない。崩壊した入り口の数メートル手前で止まっている。
「どういうこと? ここはアザムクイドの中枢のはずでしょ。一番瘴気が濃いはずなのに……なんで?」
「……俺たちがいるから……だろうな。濃厚な瘴気の中では人間は持たない。俺たちはエモーションフィールドで防御できるけど、フィールドを使えば力を消耗する。アザムはそれをさせたくないのさ。エモーションを温存させて、全てを取り込みたいんだろうよ」
シンの言葉に応えるように、突然明かりが灯った。
「へぇ、ここに来るまでシビアな真似をさせた割にはサービスいいじゃないか」
「電気が点いたくらいで、なぁにがサービスよ。大体ここは元々私たちの場所じゃない。勝手に使ってたんだから、たっぷり家賃と違約金を払わせてや……」
ワカナの言葉が途切れた。屋外……瘴気の中に、まだ佇んでいる者がいる。ライトニング・モラクル。虚空を見つめて動かない。
「ナ、ナツミ……どうしたの!? ダメージを受けた? まさか基地に残ってる身体に何かあったんじゃ……」
「……ううん、私は大丈夫。でも……」
ナツミがつぶやいた直後、夜空に凄まじいエネルギー流が迸った。とてつもなく大出力のビームだ。あの位置。まさかブラックが。
初代イバライガーは気を探った。ダメだ、瘴気に遮られてわからない。だがナツミなら……ルメージョからネガティブを操る力を受け継いだナツミであれば、この状況でも感知できるのかもしれない。
彼女の様子からすると、恐らくブラックはまだ健在だ。だが、相当に危険な状態のはずだ。Rやガールも同様だろう。
援軍に行くべきか。だが、それではあまりにもジャークの狙い通りだ。奴らの攻撃は、我々を倒すためではない。全員をシンとワカナから遠ざけるためなのだ。それがわかっているからこそ、ここを離れるわけにはいかない。それに……援軍に駆けつけたところで、勝てるというものでもない。すでに戦力差は決定的だ。シンたちの作戦が成功しない限り、逆転の可能性はゼロに等しい。
仲間を見捨てたくはない。しかし、今は……。
外へ駆け出そうとしたワカナの腕を掴んだ。この段階でワカナたちに危害を加える気はないはずだとわかっていても、瘴気の中に飛び出すのは危険だ。モラクルは……ナツミは、私が連れ戻す。
屋外に踏み出した。1メートル進んだだけで、半実体化した瘴気がまとわりつき始める。
モラクルは動かない。急がなければならないことは、彼女もよくわかっているはずだ。それでも動かない。私の接近にも気づいていない。
近づいていく。モラクルを包む氷嵐がぶつかってきた。ナツミが感じ取っているものが、少しだけ伝わってきた。やはりブラックが危険な状態のようだ。
ナツミにとって、イバライガーブラックは特別な存在だ。彼女が愛したシンの一面。その部分をもっとも色濃く受け継いでいるのが、ブラックだからだ。ルメージョも、そんなナツミの心に引っ張られた。ナツミにとってブラックは、シンやワカナと同じか、それ以上に大切な存在なのだ。
手を伸ばした。氷嵐が激しくなる。ナツミの心そのもののように。彼女の想いが伝わってくる。
だが……それでも……我々は行くしかない。愛する者を見殺しにしてでも……。
モラクルに触れる直前で、手を止めた。
違う。私自身もナツミと同じだ。私は、世界よりもシンとワカナを守りたい。あの二人を守るために世界も守る。それが私だ。そう思っている自分が、ナツミを止められるわけがない。彼女がいるべき場所はここじゃない。我々の力はエモーション=感情なのだ。彼女は彼女自身のエモーションに正直であるべきだ。
「初代……」
シンの声が聞こえた。
「時間がない。モラクルを……ナッちゃんを連れてきてくれ」
シン。君もナツミを連れ戻すべきだと思っているのか。確かにそれが正しい選択だが……しかし……。
迷いながら、それでもモラクルの手を握った。ハッとしたようにモラクルが振り返るとともに、氷嵐が止んだ。そのまま手を引いて戻る。モラクルは、抵抗することもなく付いてくる。本当にこれでいいのか。ナツミの心は、まだあそこに立ち続けているのではないのか。心を、想いを裏切ってしまえばエモーションの力など失われてしまうのではないのか。
戻ってきたモラクルの手を、ワカナが握った。シンも私の手を握ってくる。
なんだ? 何をするつもりなんだ?
「ソウマとアケノもこっちに来てくれ。話がある。時間はかからない」
「ダメだ、シン。ここで重要な話をすることができないのはわかっているだろう?」
拒否するソウマの手をアケノが握って、近づいてきた。全員が集まり、互いの手がつながる。エモーションがリンクしていく。意識に、視界とは別な風景が広がり始めた。白い世界。まさか……これは……。
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