小説版イバライガー/第40話:グランド・ゼロ(後半)
Bパート
スピーカーからシンの声が聞こえ始めたとき、ワカナは自分の部屋にいた。
『……ええっと……シンだ。みんなに状況を知らせる。ジャークがここに来る。全員、脱出してくれ。もう一度、ここに戻れるかどうかはわからない。俺たちはジャークの中枢に突っ込む。政府の退避命令に逆らうことになるから、またお尋ね者になっちまう。それでも俺たちは行く。詳しくは言えないが、いつもの命がけの無謀な作戦さ。でも、やるしかない。この基地にいる者ならわかるだろ? 逃げてもダメなんだ。ジャークを倒して空爆を止めないと全てが終わっちまう。だから行く。イバライガーたちもだ。死にに行くわけじゃない。逆だ。俺たち自身が生きるために、生きていける世界を守るために行くんだ』
シンの言葉を聴きながら、MCBグローブと銃、ヘッドレシーバーを装着した。ベッドサイドの写真が目に入る。シン、ナツミ、マーゴン、私。スキーのときの写真だ。持って行こうかと思ったが、そのままにした。
シン。私は戻ってくるよ。アンタもね。誰一人欠けることなく、もう一度……ううん、何度もでもみんなで会うんだ。あのときみたいにバカやって騒ぐんだ。そのために私は行く。
部屋を飛び出して、階段を駆け下りる。シンの声は、まだ続いている。
『あと……TDFの人たち。俺たちはお尋ね者に戻った。あんたらは俺たちを捕まえなきゃならないだろう。それは仕方ない。けど、今は捕まってやるわけにはいかないんだ。だから抵抗する。怪我をさせちまうかもしれない。すまねぇ。先に謝っておく。それと……そんな状態なのに済まないが、博士やカオリを頼む。あの人たちの知識や研究は重要だ。もしものときに世界を救ってくれるのは彼らだ。だから何がなんでも守ってやってくれ。安全な場所……なんてないかもしれないけど、とにかく、ここから遠ざけてやってくれ。頼む』
そっか。うん、それでいい。仲良くなれたと思ってたけど、TDFと私たちは立場が違う。また敵になっちゃうのは残念だけど、博士たちを守ってくれたら十分だよ。拘束でもなんでもいい。生き延びて。お願い。
玄関ホールに降りた。外にTDFの隊員たちが見える。こんなことになってごめん。でもきっとまた笑いあえる。その日のために、今はあんたたちを蹴散らしてでも行かせてもら……あれ? 敬礼してる。捕まえないの? あ、あの……行っちゃっていいの?
「どうした? 早く行けよ。じゃないと我々も追いかけられない。もっとも途中までになるはずだ。成り行きで触手と戦うことになったり市民を助けることになったりするだろうからな。仕方ないよな。たまたまそうなってしまうだけだからな」
「博士たちのことは心配するな。絶対に守る。お前らはお前らがやるべきことをやれ。なに、いざとなれば俺たちもお尋ね者になればいいだけだ。お前らを見ていて意外にそれも悪くないと思ったしな」
他の隊員たちは無言で装備をチェックしている。その脇を通り過ぎて、指揮車に向かう。目頭が熱くなってきた。エモーションってちょっと厄介だ。伝わってくる。リップサービスなんかじゃない本当の声が。
民間人を放り出して俺たちだけ逃げられるか。何のための特殊部隊だ。
爆撃? 知るか、そんなもん。
市街地にはミニライガーたちがいるんだってな。ヒューマロイドとはいえ子供が戦ってんだ。大人が引き下がれるかよ。
頑張れよ、信じてるからな。さぁ、行け。後ろは気にするな。
……ありがとう。きっと……きっと成し遂げてみせる。みんなもどうか無事で。
涙を拭って指揮車の後席に乗り込こもうとしたとき、肩を叩かれた。アケノが運転席を指差している。え、私が運転すんの? だってコレTDFの車じゃん。
「悪いね~、コイツが行くトコに部下たちは連れていけないし、ソウマはPIASになってるし、アタシも他にやることがあるし、シンの運転じゃ危なっかしいんだよね~~」
……仕方ない。諦めて運転席に乗り込んだ。うわ~、なんか見たことないスイッチとかいっぱいある。まぁ、走らせるだけなら何とかなるかな。
「よぉ、ワカナ、頑張ってこいよ~~」
声をかけられた。マーゴン……いやイモライガーが、段ボール箱を抱えて歩いている。ねぎを抱いたナツミと博士たちとカオリもだ。他にも研究室にあったPCや書類を抱えたTDFの隊員が続いている。脱出用の別なヴィークルに乗るのだろう。
カオリが振り返って、手を振った。また顔がリスみたいになってる。呼吸困難になっちゃうから、そのへんにしときなよ。大丈夫、帰ってくるよ。また一緒にポテチ食べよう。アニメも観よう。博士たちもね。この戦いが終わったら、今度こそちゃんと研究を手伝うから。ねぎとイモライガーはちゃんとみんなを守るんだぞ。
そしてナツミ。今までありがとう。たくさん励ましてもらった。優しくしてもらった。守ってもらった。私たちが戦えるのはナツミのおかげだよ。その気持ちは絶対無駄にしない。きっと成功させるから。
動き出したヴィークルを見送りながら、ワカナはみんなの無事を祈っ……あ、あれ?
ヴィークルが去った後に、ナツミとイモライガーが立っている。何? どういうこと? 乗らなかったの?
ニコニコしながらイモライガーが近づいてきて、段ボールから何かを取り出して手渡してきた。
えっと……なにこれ?
イバライガーの二頭身フィギュア? 割と可愛い。出来もいい。
でも……なんで今コレ?
「……これ何? っていうか、二人とも何やってんの? 乗り遅れたの?」
「いや、ボクらは行かないもん。ここに残って今からVRゲームをやるのだ。誰にも気兼ねせずに、じっくりとな、ふふふ」
「そうなの。今日のために二人で色々練習してきたのよ」
「な……何言ってんのよ!? ジャークが来てんだよ? 逃げなきゃやられちゃうでしょ!!」
「心配すんな。抜かりはないぞ。イバライガー専用風呂に溜めてあったNPLを勝手に使って地下室を固めてあるからな。あそこに閉じこもってりゃ当分は持つって」
「バカか? マジでバカなのか!? ナツミまでバカになっちゃったのか!?」
「そんなにウケるなよ~。普段はネタやっても笑ってくんないくせに」
「ごめんねワカナ。でもね、私もマーゴンも逃げるわけにはいかないのよ。言ったでしょ、二人のことは私が必ず守るって。そのために準備してきたシステムもある。ただソレは小型化まではできなくて、ここから動かせないの。だから残るわ、ここに」
「で、でも……爆撃もあるかもしれないんだよ!?」
「それはお前らが止めるんだろ。だから気にしてない。そっちこそ心配すんな。さっさとキメて帰ってこい。じゃないと留守中にお前らの部屋とか勝手にイジるからな」
「じゃあね、ワカナ。すぐにそばに行くわ。待っててね」
そう言って、二人は基地の中に戻っていった。できれば追いかけて力づくでも止めたい。でも無理だ。二人とは長い付き合い。マーゴンもナツミも、こういうときは意外に頑固なのだ。
部屋に残してきた写真を思い出した。そっか、一緒なんだね、私たちは。
みんなバカだ。バカ丸出しのマーゴンやシンも、頭いいはずのナツミも、もちろん私も、みんな本当にバカなんだ。腐れ縁のバカ4人で、世界の危機に立ち向かうってわけね。わかった。私たちを守ってね。私もみんなを守るから。
それにしても……システムって何だろう。ナツミのほうは想像がつく。たぶん、モラクルのことだ。でもイモライガーは……このフィギュアがなんか関係あるのかな?
フィギュアをテキトーにいじっていたら、車のスピーカーから、またシンの声が聞こえた。声というよりドタバタした感じだから移動しながら喋ってるっぽい。自分の部屋かな。またテキトーに置きっぱなしにしたMCBグローブを探してるのかもしれない。
ったく。やっぱりバカだ、お前。
案の定ガサゴソというノイズが続いて、それから少し静かになった。演説は終わったかな。
いや、違う。すごいエモーション。
思わずホールを振り返った。マイクを握ったままのシンが歩いてくる。
息を吸い込む感じがあった。うん、いいよ。言ってやれ。
『……最後に……ジャーク。聞いてんだろ。望み通り行ってやるぞ、てめぇらのところにな。はらわたを食い破ってやる。てめぇらが舐めきっている人間の恐ろしさを教えてやる。調子に乗ってんじゃねぇ。本当の勝負はここからだ。これ以上、一人も殺させねえっ!!』
叫んだ後、ギョイィイインという音が響いて、思わず耳を塞いだ。このぉ……マイクを投げ捨てやがったな。
まぁいいや。宣戦布告も済ませたことだし、行くよ。
待ってて。ガール。R。ミニちゃんたち。本物のバカの力、見せてやるからね!!
「うぉおおおおおおおおおおっ!!」
ブレイドでゴースト数体をまとめて切り裂いた。数は多いが、ザコだ。仲間たちの援護もある。一匹も通すものか。
出動命令はまだ出てない。一刻を争う状況なのに、アケノ隊長たちはミーティングを続けているらしい。
それでも、ソウマに迷いはなかった。
政府の命令はシンたちを拘束しての撤退だ。さすがにイバライガーたちは対象外で、シンやワカナを人質に1体でも取り押さえることができれば僥倖、と考えているのだろう。
バカを言え。撤退などするものか。爆撃などさせるものか。
隊長も、仲間たちも、シンも、ワカナも、ナツミさんも、イバライガーたちも、この街を見捨てるわけがない。そんなことができる奴らじゃない。俺もだ。ジャークの企みなど、潰してやる。政府の間抜けどももタダじゃおかない。
ゴーストは増え続けている。ウイングを使うか。ブーメランで一気に薙ぎ払えば。だが、本番はまだだ。ここでエネルギーを使い切るわけにはいかない。
群れの後方に、気配を感じた。光だ。光が突っ込んでくる。
「ブレイブ……キィイイイイックッ!!」
ゴーストたちが一気に貫かれた。初代イバライガーか。戻ってきたのか。
「ソウマ、無事か? 他のみんなは?」
「心配ない。隊長やシンはブラックの部屋だ。やべぇ場所だが、一番安全な場所でもある。そろそろ話も終わった頃だろうさ」
「そうか。シンのエモーションがキャッチできなかったのはそのためか。作戦は聞いているか?」
「いや、知らん。だが、逃げるはずはない。それだけは間違いない」
「そうだ。詳細はここでは言えんが、シンたちは逃げない。私たちの役目は……」
レシーバーに反応があった。シンの声。マイクで全員に伝えているらしい。自分たちのこと、TDFへのメッセージ、最後にジャークへの宣戦布告か。ふん、あのバカにしてはマシな演説だ。褒めてやる……つもりは全くないがな。
「ソウマ、もうしばらく、ここを支えるぞ。全員の脱出を確認したらシンたちを追う。そのまま敵の中枢に飛び込むことになるはずだ」
そいつはいい。敵の中枢とはアザムクイドのことだろう。これまでの情報からすると、ジャークを操っていた総司令部のような奴らしい。ナツミさんを苦しめていたのも、そいつだ。借りを返してやる。たっぷりと利子をつけてな。
「どけ。邪魔だ」
後ろから、声がした。咄嗟に横に飛ぶ。基地の屋上から放たれた凄まじいエネルギーが、ゴーストたちを蒸発させていく。その中を闇より黒い影が飛んだ。イバライガーブラック。ついに動いたか。
基地から次々とヴィークルが出て行くのが見えた。3割ほどは東へと向かい、残りは北西。市街のほうだ。指揮車は7割の中央にいる。そこへゴーストたちが殺到しようとしている。脱出組には目も向けていない。やはりシンとワカナが狙いか。くそ、させるか。あそこにはナツミさんも乗っているはずだ。指一本触れさせ……。
そう思った時、基地からナツミの気配を感じた。まさか……あそこに残っているのか!? どういうことだ。いや、待て。気温が急激に下がっている。周囲の大気が煌めき出している。氷か。空気中の水分が氷結していく。これは、まさか。
基地から、何かが飛んできた。氷嵐が、部隊全体を包み込む。近づこうとしたゴーストは、切り刻まれ消滅していく。
この技はルメージョ!? いや、そんなはずはない。だが、あの姿は……。
空中で翻ったしなやかな肢体が、カーゴの上に降り立った。
違う。やはりルメージョじゃない。よく似ているが、ボディカラーは白だ。あれはモラクルと呼ばれてたヒューマロイドか。けど、気配はナツミさんのものだ。シンクロ? 遠隔操縦ではなく、本当に一体化している? 自分の意識を身体と分離して、モラクルにインストールしているのか。それじゃ本人は……無防備状態で基地に!? なんて無茶なことを。
急いで引き返そうとしたが、モラクルの氷嵐に遮られた。
「ソウマ、心配しないで。私は私の意思で基地に残ったの。戦うために。生まれ変わったライトニング・モラクルとともに」
「ナツミさん……なのか? さっきの技は……ルメージョはまだ君の身体の中に……?」
「ええ。ほんのわずかな残留思念はまだあるわ。でも大丈夫。人は誰だって光と闇を持っているのよ。だからこそ、この力が使える。どちらが正しいということじゃない。闇の安らぎも大切なものなの。ルメージョも私の一部。これからも一緒に生きていくわ」
そうか。白いルメージョ。ライトニング・モラクル。闇の力を操る光の戦士。
それがナツミさんの新しい力の形か。
「でも……そのボディとシンクロしている以上、実際の身体は無防備なんだろう? いくら何でもそれは……」
「ううん、それも心配ないわ。イモライガーも一緒だから、いざとなれば守ってくれると思うし」
イモライガーだと? あのバカが無防備で意識のないナツミさんと一緒にいるというのか。てめぇ、ナツミさんの身体に少しでも触れたら、ジャークの前に潰すぞ。本気で気を放ったが反応はない。くそ、マジでジャークの次にぶん殴ってやるからな。覚えとけ。
気持ちを切り替えて、初代イバライガーとともにヴィークルの屋根に降り立った。ゴーストはモラクルの氷嵐を突破できないようだ。
しかし油断はできない。イバライガーRやイバガールが対峙しているダマクラカスンは、以前とは比べものにならない化け物だ。もう1体のジャーク四天王アザムクイドも同様に強化されているだろう。この程度のガードなら容易く突破できるはずだ。
つまり、奴らはまだ本気を出していないのだ。シンとワカナを取り込むために、わざと攻撃を緩めて招き寄せている。そしてシンや隊長はそれを逆手に取って、何かをしようとしている。
たぶん、かなりヤバイことだ。そして初代やナツミさんは、それが何か知っている。
本当は止めたいはずだ。この二人なら、自分の命を捨ててでもシンとワカナを守ろうとするはずだ。それでも行動を共にしている。そうするしかないからだ。叫び出したいほどの気持ちを押し殺して、初代とナツミさんは今ここにいる。
シン。お前らが厳しいことになるのはわかっている。だが、それを見なけりゃならない者も、同じくらいキツいんだ。
だから俺も命を賭ける。お前のためじゃない。世界のためでもない。一人の女の覚悟を支えるためだ。その一人を救えれば、世界も、俺も、お前らも救えるはずだ。そのために俺は戦う。それが、あのときの涙に誓った俺自身の覚悟だ。
ナツミさん。あんたのことは俺が守る。ジャークも倒す。空爆もさせない。
行くぞ、エキスポ・ダイナモ。俺の想いを受け止めろ。
『ふふふ……動いたな、人間ども。これで役者が揃った。そろそろリハーサルは終わりにしよう』
ダマクラカスンのキモい思念を感じたと同時に、瘴気からの気配が変わった。
押してくる圧力が弱まった?
いや、違う。瘴気が一点に凝縮しようとしているんだ。
何か、仕掛けてくる。
イバガールは周囲を探った。大丈夫、まだ結界は持つ。Rのダメージも、さほどじゃない。
ワカナとシンも、こっちに向かっている。瘴気のせいで二人のエモーションはほとんどキャッチできないけれど、時々感じる意識はいつもの二人だ。迷ってない。諦めていない。自分たちが狙われていることは、よく知っているはず。それでも、何かをやる気だ。
それさえわかれば私は十分。とにかく信じる。信じて、二人の邪魔をさせないように頑張るだけだ。
でも……このとんでもないネガティブは、ちょっとヤバイかも。何が起こるかも大体わかってきたけど、想像通りならマジでヤバイ。
と思っている間もなく、想像以上のことが起こり始めていた。
集まった瘴気が実体化し始めている。散らばっていた細胞がつながり、次々と青黒く濁った肉片を生み出し、それらがさらに集まって人型の塊を形成していく。ついにアイツの本体が出てくるってわけね。望むところ……って……ちょっと待って。
大きすぎない!?
何、あの爪。ミニブラの身長くらいある。赤く光ってるのは目? あり得ないくらいデカイ。位置的にもサイズ的にも光るアドバルーンって感じ。全体は瘴気でよく見えないけど、集まっていくパーツから計算すると全身は……50、いや60メートル以上? 何それ。これじゃジャークじゃなくて怪獣じゃん!?
次の瞬間、さらに驚かされた。巨大な塊の背中から、4枚の薄い膜が広がったのだ。これも大きい。全体では100メートルくらいある。まさか……あれって……翅!?
「……なるほど、毒蛾か。以前から虫っぽいとは思っていたが……今までの姿は幼虫だったというわけか」
突然、すぐ後ろから声が聞こえてギクっとした。
ブラック!? ちょっとアンタねぇ、いつもいつも気配を消して出てくるの、やめてよ!
「ブラック、来てくれたのか。シンたちは……」
近づいてこようとしたRを、ブラックが気だけで止めた。
「下がれ、R。ガールもだ。こいつは俺が相手をする。お前らは街へ行け。市街地のミニたちもそのままでいい」
「いきなり出てきて何でアンタが仕切ってんのよ!?」
「シンに一任された。ワカナやアケノも同意だ。文句があるなら、あいつらに言え」
こ、このぉお……今までゴージャスルームでサボってたくせにぃいいいい。
「しかしブラック……奴の身体はもうすぐ完成する。かつてない怪物だ。いくらお前でも一人では……」
「関係ねぇ。所詮は虫ケラだ。それに……見ろ」
市街周辺の瘴気が薄くなっていることに気づいた。けど、ジャークの気配は異常なまでに大きくなっている。ここと同じってこと? 瘴気を凝縮して強力なゴーストを生み出そうとしている?
「アレはミニたちでは手に負えねぇ。放っておけば人間は皆殺しだ。シンたちも、それは見過ごせまい。だが、それでは作戦に支障が出る。てめぇらが何とかしろ」
「……わかった。ガール、行こう」
「あ~、ったくもぉ……本当に勝手なんだから。じゃあ行くけどぉ、そっちこそ格好つけすぎてドジ踏まないでよね!?」
返事はない。まぁ期待してないけどさ……と思ったら、何かを投げてきた。
へ? イバライガーのフィギュア? 大きさは8センチほどで二頭身のSDタイプ。材質はNPL。自律稼働はできないようだけど、擬似コアのようなものも組み込まれているようだ。つまり構造はほとんどイバライガーXと同じ。可愛いけど……なにコレ?
「ナツミからの預かりモンだ。持っておけ。男には役に立たんだろうが……お前なら多少は使えるかもしれん」
使える? 男には役に立たない? どういうアイテムなの? ヤバイもんじゃないでしょうね? でもまぁ、ナツミがくれたのならいっか。ベルトのバックルに引っ掛けておけば邪魔にはならないし。
Rが、一度だけブラックを振り返ってから走り出した。瘴気に覆われた巨体は、まだ動かない。ふ~ん、そういうことか。アンタもブラックとやり合ってみたいってわけね。しゃあない、任せたわよブラック。
でも……死んだら絶対に許さないよ。アンタも、私も、Rも、未来のシンとワカナの想いを受け継いでる。私たちは二人の気持ちに応えて戦ってきたけど、決して戦うために送り込まれたわけじゃない。二人は私たちを生かすために、この時代に導いてくれたんだ。私たちは新しい世界を見届けなきゃいけない。それが本当の使命なんだ。それをジャークなんかに邪魔されたんじゃ格好がつかないよ。
私たちは負けない。死ねない。ちゃんと生き切ったと思える日まで、生き続けてみせるんだ。
飛翔した。Rを追う前に、一度だけ瘴気の塊に突っ込んだ。
うりゃああああああっ!!
風で切り裂く。赤い目はこちらを睨んだだけだ。ふん、そうやって余裕ぶってりゃいいわよ。必ずやっつけてやる。今日こそジャーク最後の日なんだから。
突き抜けて、そのまま翔んだ。背後で大きな音が響いた。
たぶん足音だ。大気も、大地も震えている。
でも振り返らない。ブラックが引き受けた以上、ここは心配ない。
イバガールは気持ちを切り替えて、市街地の夜空を睨んだ。確かにヤバイものが出現しようとしている。巨大ではないけれど、ほとんど四天王級の化け物……しかも1体じゃない。基地を出たワカナたちも、こちらに近づいてきている。
させない。ワカナやシンには、指一本触れさせない。
イバガールは全速で、もっとも大きなジャーク反応に向かって突っ込んでいった。
■ED(エンディング)
地響きとともに瘴気が二つに割れ、見慣れた姿が現れた。
ジャーク四天王ダマクラカスン。イバライガーブラックは、その全身を見つめた。
大きさと翅以外の外見は、以前とさほど変わらない。頭部の両端が伸びて触覚のような長い角になっているのと、背中に以前はなかった突起がいくつもあることくらいだ。厄介そうなのは、大きさよりも周囲にチラつく黒い粒子。恐らくは鱗粉。こちらの動きを阻害する何らかの機能が組み込まれているはずだ。まさに毒蛾か。
『ふふふ……ようやく出てきたな、イバライガーブラック。待っていたぞ。ルイングロウスを圧倒した、あの力……確かガイストだったな。あれを見たときから貴様と戦ってみたかった。見せてみろ、あの力を。俺に通じるかどうか……試してみてはどうだ?』
「そうだな。てめぇが図体だけのコケ脅しでなければ見ることができるだろうよ。命と引き換えにな」
そう答えたが、出し惜しみする気はなかった。この質量を止めるには、最初から全力で行くしかない。
左腕にエネルギーを集中し、右手で光を引き抜いた。
体内のナノパーツをコントロールして作り出す量子剣=シュレディンガーソード。イバライガーRのクロノ・ブレイク、イバガールのクロノ・スケイル同様、初代イバライガーから託された時空突破のデータをベースに生み出したものだ。Rほどの威力はなく、ガールほどの広域攻撃もできない。だが実体化させてあるため、必殺級の技を連続して使用できる。
気を集中し、意識の奥深くにあるスイッチに触れた。自分の中に潜む亡霊が目覚める。死を超えた力。モード・ガイスト。
『そうだ。それでいい。楽しみだ、ブラック。終わりのときは近い。その最後の瞬間まで、存分に互いの力をぶつけ合おうではないか!!』
ダマクラカスンが咆哮した。歓喜の声だ。
そうだな。本当に全力で戦えるのは、これが最後かもしれん。
突進してくる巨体に向かって地を蹴ったとき、ブラックは自分が笑っていることに気づいた。
次回予告
■第41話:世界が燃え尽きる日
巨大化したダマクラカスンの圧倒的パワーに単身立ち向かうイバライガーブラック。市街に出現したアザムクイド分身体と戦うイバライガーRとイバガール。そして研究所を目指すシンとワカナ。政府による空爆のタイムリミットが迫る中、それぞれの戦いが激化していく。シンの覚悟とワカナの祈りがナツミにある選択を示すとき、絶望の中から最初の希望が飛翔する……!!
※このブログで公開している『小説版イバライガー』シリーズは電子書籍でも販売しています。スマホでもタブレットでも、ブログ版よりずっと読みやすいですので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです(笑)。