小説版イバライガー/第39話:博士の異常な愛情(後半)

2019年9月11日

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Bパート

「オーバァアアアッ!! ブーストッ!!」
 シンが叫んだ。私は必死にシンの手を握っている。意識が、心が広がっていくのを感じた。ガールが、Rが、ブラックが、そしてシンが私の中にいる。私もみんなの中にいる。
 ガールとともに飛んだ。あれほど恐ろしかったランペイジもルイングロウスも、今はちっぽけな存在としか感じない。私たちは、もっと遥かに大きな何かとつながっている。私の中をイバライガーRが駆ける。私の腕がイバライガーブラックとなって斬り裂く。これがオーバーブースト。私とシンと、未来の私たちと、イバライガーたちが1つになった力。
 私が、シンを包んでいる。シンも、私を包んでいる。広がっている。混じり合う。みんなの心も見える。ミニライガーたち、初代、ソウマ、アケノ、マーゴン。俺たちの名を呼ぶ大勢の人たち。力はいくらでも湧いてくる。
 行こう、ガール。光の中へ。もっと、もっと。

 空の上。月に手が届きそう。地上が小さく見える。すぐにRが来る。シンが来る。ブラックが来いと応えた。
 うん、今行く。私とガールの、シンとRの力をあなたに。
 光の矢が放たれた。シンと私は1つの光になって、地上へと向かっていく。
 やれる。今の私たちなら、どんな相手にも負けない。暖かい。このまま光になるのも悪くない。

 そう思った時に、何かに手を引かれた。
 何? 誰かが私を呼び止めてる? シン……じゃない。私でもない。誰なの?
 光の矢から意識が離れた。私たちの意識は、Rとガールよりもずっと高い天空へと引き戻されていく。光が、まっすぐにルイングロウスに向かっていく。もう、あそこには私はいない。あれでよかったのか。もう少しで何かに届いた。そこに行ってはいけない気がした。まだ、その時ではない気もした。
 全てが光に包まれる直前、ガールが、ブラックが、Rが、同時に、一瞬だけ振り返ったように感じた。
 光の中の3人は、なぜか悲しそうな顔に見えた。

 


 ワカナの話を聞き終えたナッちゃんが、大きなため息をついた。初代は、身動きもせずに集中している。
 シンは、そんな二人の様子を見つめていた。
 語ったのは、ルイングロウスとの決戦のときの話だ。オーバーブーストを発動したときのこと。初代とナッちゃんは、それを聞きたがった。それも客観的なことではなく、オーバーブースト中の俺たちの印象、あるいは感覚についてを知りたがっていた。
 ワカナは、感じた通りのことを上手く話したと思う。俺も全く同じ印象だが、どうしても即物的な物言いになってしまいがちだ。
「なるほど……。何かに呼ばれて引き返した、という感じなのね。よかった。引き返してくれて。誰が、何がワカナたちを呼び止めたのかはわからないけど、そうでなかったら……」
「うん。あのときは恐怖も不安もなかったけど、今はちょっとゾッとする。なんていうか……三途の川っぽいっていうか……」
「それでも……またやるつもり、なのよね? 二人とも……」
 黙って、うなずいた。ワカナもだ。
 オーバーブーストのヤバさは、感じている。決定的な力だが、それだけリスクも大きい。
 だが、引けない。もうすぐ本当の決戦だ。俺たちにオーバーブーストを使わせること自体がジャークの罠だということは承知している。それでも、やるしかない。オーバーブーストなしで乗り切れるとは思えない。切り札を使わずに負けるわけにはいかない。敗れれば世界が終わってしまう。これまでの戦いが、みんなの頑張りが、大勢の想いが潰えてしまう。どれほど危険でも、俺たちは行く。そして勝つ。例え自分が帰れなくなるとしても。
「……わかったわ。実際そうするしかないのだし、私には止められない。でも闇雲にオーバーブーストを使っちゃダメ。あれは……オーバーブーストというのは……」
 ナッちゃんが、言い淀んだ。だが、何を言おうとしているか、俺たちは知っている。

「……イバライガーへの変身……だよね?」

 ワカナが、つぶやいた。
「……気づいてたの? 二人とも!?」
「うん、さっき話したオーバーブースト中の感覚は、まさに変身って感じだったもん。それに前例があるからね。最初のイバライガーは、変身した未来のシンだったことを私たちは知ってる。その後の運命もね。だから、わかってるんだ。オーバーブーストを使い続けていたらどうなるかも……」
 そうだ。オーバーブーストは事実上の変身だろう。未来の俺が変身したのと同じことが起こっている。身体が変異しなかったのは、俺たちが変身するよりも効率よくエモーションの力を使える存在……Rたちがいたからだろう。変身というよりも、イバライガーと同化しかけていた、と言うのが一番近いのかもしれない。
 未来の俺は変身を繰り返し、消耗し、ついにはプロトイバライガーに取り込まれ、Rとブラックを生み出した。今度も同じだろう。オーバーブーストを行えば行うほど、俺たちは人ではなくなっていく。そしていつかは、消える。未来の俺の意思がRの中に取り込まれたように、未来のワカナの心がガールの中にいるように、俺たちもそうなるのだろう。
 知っているんだ。何もかも。その上で、俺たちは答えを出した。それもまた、未来の俺たちと同じだ。
 戦う。それ以外ない。もう引き返せはしないのだ。

「すま……ない、シン、ワカナ……。私が……私が……もっと早く気づくべき……だった……」
 絞り出すような声が聞こえた。初代。
「……こうなることを案じていた……なのに……オーバーブーストの危険性を見落とした……私は……我々は……エモーションの真の狙いを見抜けなかった……」
「エモーションの狙い? どういうことだ?」

「シンとワカナは……鍵だ。エモーションという領域への扉を開く鍵だ。それを……破損しやすい人間の身体ではなく、強固なヒューマロイドのボディに取り込めば……肉体の限界を超えてエモーションを操れる。恐らく、それこそがイバライガーの最終形態だ。エモーション・ポジティブはそれを生み出そうとしているのだ……」
「そうね……初代の予想はたぶん当たってるわ。エモーション・ネガティブはジャークを生み出した。ポジティブも未来のシンをイバライガーに変異させた。でも、その方法ではポジティブが力をふるうには不完全なのよ。変異という現象はヒトをネガティブにさせてしまうから。だからイバライガーを依代にして、ポジティブにアクセスする鍵……シンとワカナを取り込もうとしている。あなたたちはそのためにエモーションに選ばれたのよ」

「い、いや……狙いだとか選ばれたとか……ちょっと待ってよ。それ変だよ。エモーションが超巨大な知性体かもしれないって仮説は聞いたけどさ、でもスケールが違いすぎて互いを認識したり意思疎通したりはできないとも言ってたじゃん!?」
「うん、だから明確な意思じゃないのよ。意思というよりも反応といったほうが正確かもしれない。細胞が自然と栄養を取り入れるみたいなものだと思う」
「じゃあアッチからみれば俺たちは、給食の献立表に書いてある栄養素みたいなもんか。ワカナは絶対、血や肉になるもの、だな」
「アホなこと言っとる場合か!!」

 うむ、確かにギャグを入れてる場合じゃない。
 けど、こんなトンデモね~話、ギャグでも入れなきゃやってられんだろ。
 自分たちのこととはいえ、話の規模が大きすぎて実感がない。言われていることを本当に理解できているかどうかも自信がない。知ったところで何をどうしていいかも思いつかない。どのみち俺たちには手が届かないレベルのことなのだ。

「同じことにジャークも気づいてるはずよ。ワカナたちはジャークにとっても鍵。二人を使って、ネガティブ側の扉を開きたい。だから鍵として使えるレベルになるまで待った。けれどポジティブに先を越されてしまえば、全ては水の泡。あっちもギリギリなのよ」
「じゃあ、さっさとオーバーブーストして、私たちとガールたちが1つになっちゃえば……」

「バカなことを言うな!!」
 初代イバライガーが怒鳴った。さっきの模擬戦闘どころか、実戦でも感じたことがないほどの凄まじい気が噴き出している。

「そんなことを……Rやガールが望むと思うか!? 他の仲間たちもだ。お前たちを犠牲にして幸せが掴めると思うか? 未来の二人は何と言った? 託されたものを忘れたのか!? 命を……あきらめるな!! 生きることを止めるな!! 我々の力はエモーションなんかじゃない! 何があっても生きようとする想いこそが、私が信じた人間の力のはずだ!!」

 イヤ・レシーバーが鳴った。ほぼ同時に、R、ガール、ミニライガーたちからコールが入っている。尋常じゃない反応を感知して、心配したのだろう。ワカナのレシーバーも鳴っているはずだが、しょんぼりとして出そうにない。というか俺に任せるつもりだな。

 しゃあない。相手を特定せずに通話をオンにした。これで全員に聞こえる。
「大丈夫だ。ちょっと余計なことを言ってしまって、初代に叱られただけだ。詳しい話はあとで。心配させてすまなかったな」
 できるだけ冷静に答えて、通話を切った。一方的に喋っただけだが、その後コールは止まっている。初代からも情報が送られていたのだろう。

「すまん。つい激昂してしまった。本当に申し訳ない」
「そんな……悪いのは私よ。みんなの気持ちも考えずに軽口叩いて……ごめん……ごめんなさい……」
 ワカナが本気で言ったのではないことは、初代にもわかっていただろう。それでも、そんな言葉は聞きたくなかったのだ。

 彼はイバライガーチームのリーダーであり、強く、冷静だ。
 だが、それでも心は幼な子のようなものだ。

 未来の俺を模して造られた。彼のAIは、未来のワカナが命を注いで育てた。俺もワカナも初代を兄のように感じているが、それでも彼は俺たちの子供なのだ。思慕の想いが強い。心から慕い、それでも救えなかった両親を取り戻すために、彼は時を超えた。世界を救うというよりも、俺たちを救いに来たのだ。だからこそ今、こうして話し合っている。初代にとっては、ジャークを倒すこと以上に俺たちを守ることが重要なのだ。
 その気持ちは、ワカナもずっと感じていただろう。よくわかっていただろう。なのに、余計なことを言ってしまった。普段なら決して口にしないことを。
 覚悟を決めてるとはいえ、やはりプレッシャーに圧されていた。俺もだ。俺もさっき余計なギャグを口走った。問題の大きさに向き合えなくて、ギャグに逃げたのだ。ワカナをたしなめる気にはなれない。

 気まずい空気になりかけたとき、ワカナがきゃっと悲鳴を上げた。
 何ごとかと振り返ろうとしたら耳元に息を吹きかけられた。
 きゃっ。

「ふふふ……二人ともネガティブになっているようだねぇ。どうしたんだい? 今さらこの私……氷の女帝ルメージョに逢いたくなったのかい?」
「ナ、ナ、ナッちゃん!?」
「……なぁんてね。シンもワカナも落ち込まない。初代も、もう気にしないで。こういうときにボケたりツッコんだりして場を持ち直すのはマーゴンの役目だけど、今はいないんだから、キャラが違う私に無理させないでよね」
「ナツミ~~~、いきなり耳カプはやめてよぉ~~」
 そうか、ワカナは耳カプされたのか。あいつの弱点だ。さすがはナッちゃん。よくわかってるな~~。

「わかった、ナツミさん。確かに落ち込んでいるときではない。一番大事な話はこれからだ」
 え? これから? すでに山ほど大事な話をしたと思ってたんだけど……今までのは前フリ? この先、どんだけの話が控えてるってんだ?
 唖然としている俺とワカナを、初代とナッちゃんが見つめてきた。何かの覚悟を決めた目だ。

「……ここまでは、ただの状況確認よ。私たちが本当に伝えたかったのは、悲観でも絶望でもない。二人がこれからも戦うしかないことは、よくわかってる。オーバーブーストを封印するわけにもいかない。けどエモーションの思惑通りにはさせない。私たちがさせない。さっき初代イバライガーがワカナを叱ったけど、私も同じよ。ポジティブにもネガティブにも、二人は決して渡さない。私は、ジャーク四天王ルメージョだった者。必ずポジティブの思惑を砕いてやるわ。私はそのために帰ってきたのだから」

 


「大丈夫そうかね?」
 ゴゼンヤマ博士が、お茶を差し出しながら訊いてきた。
 質問というのではなく、大丈夫そうだとわかっているからこその言葉だ。

「ええ。先ほどの初代イバライガーの反応には少し驚きましたが、どうやら落ち着いたようですね。ナツミさん、上手くやってくれているみたい」
 マッピングモニタには、4人が光点として表示されている。周囲のイオン濃度やエモーション反応なども全て平常値だ。問題はない。

「じゃあ、私は仕事に戻るよ。モラクルの改造はほぼ終わったが、もう少し調整しておきたい。もう1つのモノの様子も確認してこよう」
「アレはマーゴンに預けてあるんですよね。使いこなせそうですか?」
「うむ、彼なりに練習しているようだ。さっきも廊下の奥でVRゴーグルを付けてクネクネとミョーな動きをしていた。まぁ本当にアレの練習なのか、新ネタギャグの練習なのかはわからんが……アレを託せるのはマーゴンしかおらんからな。信じるしかあるまい」

 ゴゼンヤマ博士が研究室の奥に消えてから、エドサキはマッピングモニタの隣にある小さなボックスに目を移した。緑のランプが光っている。初代の反応があったときには彼のエネルギーに乱されて点滅していたが、今は受信状態は良好なようだ。
 ナツミたちの会話の全ては、ここに転送され記録されている。同じデータはアケノの元にも送られている。ナツミがシンたちに打ち明けると言ったときに、アケノが条件として持たせたデータ転送システムなのだ。他の者には言っていないが、シンたちはともかくイバライガーたちは、私たちが監視していることに気づいているだろう。

 イヤホンを外した。ここまでの会話は聞かせてもらったが、この先は自分がよく知っていることばかりになるだろう。
 会話の記録は続けている。後でいつでも確認できる。これ以上は盗み聞きのような真似をしたくない。

 シンとワカナの異常には、早くから気づいていた。なのに告知できなかった。アケノと共謀して黙っていた。必死に対処方法は探っていたが、ナツミが戻ってくるまで何の方策も見つからなかった。二人と会っても、何を言っていいかわからない。どうしてもギクシャクした感じになる。特に生真面目なゴゼンヤマ博士はそうだったろう。自然と避けるようになった。

 それをシンたちは、自分自身に問題があると思ったようだ。彼らも、自身の問題に気づいて隠していた。私たちがそうであるように、感づいている可能性がある私たちに対してどう接していいか、戸惑いがあったのだろう。我々も、シンも、ワカナも、科学者だ。もっと合理的に、論理的に割り切るべきだが、それができなくなっている。私たちは親しく過ごしすぎた。家族。親子。そういう感じになりすぎてしまった。

 情けないことだ。今も、二人への対応をナツミに任せてしまっている。ゴゼンヤマ博士は、それを恥じている。だからこそ作業に打ち込んでいる。
 私も同じだ。私たちでは、彼らの心を支えられない。戦いの場で守ることもできない。
 考えるだけだ。データを調べ続け、考え続ける。彼らのためにも、その先の全てのためにも。

 あの二人が、すでにイバライガーに変身している、少なくともそう考えるのと同じ状態になっているだろうことは、予測通りだ。
 ルイングロウス戦の後の精密検査で、二人の身体には何の異常も見つからなかった。ワカナは腹部の傷さえ消えていた。そんなはずはない。異常がないことが異常すぎる。我々はエモーションに欺かれている。エモーションはオーバーブーストによるリスクを隠蔽しようとしている。シンとワカナを、これからも戦わせるために。

 エモーション・ポジティブが、シンたちとイバライガーの完全融合を目指しているのは、たぶん間違いない。
 依代であるイバライガーに、鍵であるシンたちを取り込む。巨大なエモーション・ポジティブ本体から莫大なエネルギーを引き出せる『究極のイバライガー』が誕生するだろう。間違いなく勝てる。ネガティブの使徒=ジャークを遥かに凌駕する力を生み出せるはずだ。

 だが……そうだとしたら……エモーションは時空さえ超えて、計画を練っていたことになる。

 シンたちのオーバーブーストは、本来はあり得ないことだ。未来の……もう1つの歴史のシンとワカナ、Rやガール、この世界のシンとワカナ。同じ時空だけでは集めることが不可能な素材が集まらなければ、あの力は生まれなかった。それが仕組まれたものだというのか。そんなことがあり得るのか。エモーションとはなんなのだ? この宇宙を構築している物理法則の枠外にいるとでもいうのか。自分が学んできた物理では、エモーションの真の姿には届かないのか。

 お茶を啜った。少し冷めている。
 イバライガーに出会って何年も経つが、わからないことは多い。何かがわかるごとに謎のほうが増えていく。科学とはそういうものなのだ。仮説を立て、実験で確認し、一歩ずつ進んでいくしかない。その実験が、いちいちジャークとの実戦になってしまうというのが問題だが、それが前提なのだから仕方がない。
 いずれにしても、シンとワカナは絶対に守らなくてはならない。エモーションの謎を解き明かすためには、彼らが必要だ。二人を失いたくないというのもあるが、それだけではない。

 エモーションによる変異。それ自体はジャークやシンが初めてではあるまい。今回ほどの規模ではないし滅多には起こらないだろうが、これまでも幾度もあったはずだ。エモーション=感情エネルギーはどこにでもある。偶然条件が整って、エモーションに憑依されることはあり得る。伝説上の怪物たちも、そういうものだったのかもしれない。ポジティブとネガティブの戦いは、この宇宙に生命が……感情が生まれたときから続いているのだ。

 故にエモーションとの関わりは続く。ジャークを倒せたとしてもだ。ポジティブもネガティブも、エモーション自体は今後も存在し続ける。何かの要因で同じことが起こる可能性は常にある。今回を乗り切れば終わりではない。

 ジャークの脅威を取り除き、シンとワカナも生き延びさせる。そのために、やるべきことに打ち込んできた。成果のいくつかは形になっている。
 だが足りない。あの二人の運命は、過酷だ。自分が知っている知識だけではエモーションに抗えない。

 ワカナは、オーバーブースト中に何かに引っ張られたと言っていた。何かが二人を止めた。オーバーブーストの先に行くのを封じた。
 それは何だ? シンやワカナの深層心理というのではなさそうだ。イバライガーたちでもないように思える。エモーションが躊躇したはずもない。これまでに見えていない要素がある。何だ? 誰だ? どこにいる? それこそが二人を救う鍵のはずだ。我々はそれを見つけられるのか。

 緑のランプは、今も光り続けている。この後、何度も何度も聞き直すことになるだろう。何でもない言葉のどこかに答えがあるかもしれないのだ。
 その答え……とまでは言わない。せめてヒントが見えるまで時間があることを、エドサキは祈った。

 


 ナツミは、シンと並んで走っていた。ワカナは、少し先を走っている。
 一通りの話が終わった後、ワカナがジョギングしようと言い出したのだ。カオリちゃんが用意してくれているステーキを美味しく食べるために走ろうと。
 初代イバライガーは再びパトロールに戻ったが、シンと私は苦笑してワカナに従った。初代に叱られたときには落ち込んでいたけれど、今はいつもの元気な顔に戻っている。気持ちの切り替えが早いのがワカナの長所。昔から変わらない。あの明るさがワカナの力なのだ。

 何度も転びそうになる。この場所は、もともとは畜産関係の研究を行う機関で、この敷地は牧草地だったという。今は雑草が生い茂っていて足元が見えにくい。ワカナたちが体力維持のために毎日走っているコースはけもの道のようになっているが、地面はデコボコで躓きやすいのだ。何とか転ばずにいられるのは、シンがカバーしてくれているからだ。

 ずっと先のほうで、ワカナが柔軟体操しながら手を振っている。本当はとっくに見えなくなっているはずだ。あれでもペースを抑えてくれているのだろう。

 なぜ先に行ったのかは、聞かなくてもわかる。私にシンを貸してくれたのだ。
 余計な気を使わなくてもいいのに。
 大丈夫。私は私自身の意思で、シンをあなたに委ねたのよ。

 確かに私は、今でもシンが好き。私はルメージョに囚われるずっと前から、シンに囚われている。でも、私の「好き」は、彼を独占することではないの。
 私は彼が幸せになっていくのを見たい。自分のものにしたいのではなく、推しが幸せになるのを見守りたい。
 だからこそ私の親友に委ねた。私が見たいストーリーを紡いでくれるはずの人に。
 この戦いを乗り切り、あなたたちの笑顔を見る。幸せになった二人を見届ける。そうなって初めて、私は私の道を見出せる。
 守る。この二人の未来は私が守る。走るのが遅くても、息が切れてもあきらめない。

 方法はある。私はネガティブを操れる。ポジティブを相殺できる。二人がオーバーブーストを発動することになったとき、その影響を抑えることができるはずだ。それを二人に伝えるために、初代イバライガーとの実戦テストを見てもらった。ブレイブ・インパクトさえ押さえ込めることを実証して見せたのだ。
 もちろん長くは持たない。あれほどの攻撃を防げるのは1度だけだろう。自分にはワカナほどの運動神経もない。前線に出れば、あっという間にやられてしまい、みんなの足を引っ張ることになる。
 それでも私は、シンとワカナの近くにいなくてはならない。
 そのためにモラクルを取り戻した。ゴゼンヤマ博士は、改造に打ち込んでくれている。エドサキ博士も協力してくれている。ルメージョの能力を損なわずに私が戦場に立つには、あの機体が必要なのだ。
 他にも、取り組んでいることはある。マーゴンにも新たな力を託した。それを自分のものにするために、今も必死で練習を積んでいるはずだ。

 その全てを話した。
 シンは黙ってうなずいた。ワカナは心配していたが、強く反対はしなかった。

 決してあきらめない。生きることを手放さない。初代イバライガーが言った通り、それだけがジャークに勝つ力なのだ。シンもワカナも、いや、他の仲間も、これまでにイバライガーに関わった全ての人が、そのことをわかっている。私たちは、その想いを支える。彼らの勝利と生還を信じて、何度でも、何度でも、彼らの名を呼び続ける。

 負けるものか。二人のためにも、世界のためにも、私のためにも。

 ゲートへと続く舗装路が見えてきた。ようやく3分の2周くらいを走ったという感じだ。足踏みしながら待っていたワカナが笑っている。ごめんね、待たせちゃって。普段ならとっくに2周目でしょ。ここから玄関ホールまでは800メートルくらい。私はそこでリタイヤだな。

 そう思って足を踏み出そうとしたとき、ワカナが立ち止まった。視線を追ってゲートを見た。門は閉じているが、鉄柵の向こうに誰かいるようだ。農作業に使うような軽トラックが見えた。一般人? 老人らしい。門は開けずに警備のTDF隊員が応じている。ジャーク、という言葉が聞こえた。

「どうしたの? その人は?」
 全員で近づいた。老人におかしな感じはない。ただ、何か切迫している。
「あ、あんたたちがイバライガーの中の人かね?」
「え? いや、その……中の人ってわけじゃ……似たようなもんかもだけど……」

「何でもいい。またアレが起こるぞ。俺はずっと大穂に住んできた。あの辺りの空気はわかる。去年の暮れ頃から時々おかしかった。ほんの少しの違和感で、それも一瞬だけだったから気にしていなかったが、今日は違った。ゾッとするようなものを感じた。あの感じは、あのときと同じだ。つくばの駅近くの空に大きな黒い奴が出たときと同じだ。ウチの者はもう避難させたが、まだ残っている人が大勢いる。信じてくれない。早く何とかしてくれ」

 緊張が走った。この人……エモーションを感じ取っている?
 一般人の中にもそういう例があることはわかっていた。いわゆる勘のいい人や、気配りが優れている人だ。この老人も恐らくそうだ。それに大穂。全ての始まりになった、私たちの素粒子研究所がある場所。偶然とは思えない。

 ワカナが基地に向かって全速で走り出した。シンが、イバライガーたちに叫んでいる。

 始まった。終わりが始まった。
 ステーキは……もう食べられない。

 

■ED(エンディング)

 ミニライガーたちに緊急警戒を指示して、イバライガーRは現場に駆けつけた。
 まさか、あそこのはずがない。最も可能性が高い場所として、何度もチェックしてきたのだ。TDFも入念に調べているはずだ。見落とすなどあり得ない。
 現地には、すでにイバガールと初代イバライガーがいた。やはりジャーク反応はない。間違いではないのか。

『来たか、ヒューマロイドども。待っていたぞ』

 いきなり思念を叩きつけられた。これは……ジャーク四天王ダマクラカスン!?
 では、本当にここに潜んでいたというのか。

『お互いに準備は万端なはずだ。雌雄を決する時が来た。くくく……楽しみだ。やっとお前たちを引き裂くことができるのだからなぁ!!』

 唸りが聞こえた。これは粒子加速器? だが、機器は撤去されたはずだ。動くはずがない。
 周囲の灯りが消えていく。それがどんどん広がっていく。停電? まさか電力を奪っているのか? どうやって?

 背後で、爆煙が上がった。その中から巨大な触手が立ち上っている。同じものが市外のあちこちに出現しようとしている。
 地下ケーブル? ジャークは地底に自分たちの触手を伸ばしていたのか? 私たちに感知できないほど深くを、密かに慎重に侵食していたのか。そうなら……この街全てがジャークの身体のようなものだ。

 くっ。これ以上はさせんぞ。
 イバライガーRは拳を握りしめた。レディアンス発動。
「初代、ガール!! 最初から全開で行く。奴らを食い止めるんだ!!」

 

次回予告

■第40話:グランド・ゼロ  /ダマクラカスン最終モード発動
すべての始まりの場所であり、今は廃墟となっていた素粒子研究所の粒子加速器が突如、唸りを上げ始めた。円周3キロ、直径1キロに及ぶ加速器が、アザムクイドによって巨大な魔法陣と化したのだ。このままでは世界を滅ぼす悪魔が降臨する。その企みを食い止めようと出撃したイバライガーたちの前に、四天王ダマクラカスンが立ちはだかる。魔法陣の力を借りて最終形態へと変異したダマクラカスンとイバライガーたちの最終決戦がついに始まる……!!

(次回へつづく→)

 


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