小説版イバライガー/第37話:おかえりなさい(後半)

2019年7月2日

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■Bパート

「はい、チェックメイト」
「ま、待て、ちょっと待て!!」
「え~~、何度やっても無駄だよ。ボクらはヒューマロイドだよ? 何億パターンでも一瞬で計算できちゃうんだからオジサンが勝つのは無理だってば」
「くうっ、大人気ない奴め~~」
「だってボク、子供タイプだもん」
 オジサンは悔しそうだけど、怒ってはいないみたいだ。周囲から、笑い声も上がっている。
 ミニイエローは、少しほっとした。

 チェスというゲームは、初めてだ。さっきTDFのオジサンに教わった。面白いのかどうかは、よくわからない。こないだミニグリーンは麻雀というゲームを教わって、お菓子をいっぱいもらってきた。勝つと何かもらえるルールらしい。オジサンたちは、お金をあげたりもらったりしていたらしい。ヤキトリというのになったオジサンからはネガティブっぽいエモーションが出てたって。
 そうなったら嫌だなぁと思っていたけど、このチェスというゲームではヤキトリはないようだ。悔しそうにしてるオジサンも、本気で悔しがってるわけじゃないのはエモーションでわかる。

『おい、ミニ。ゲームは構わないけど、油断はするなよ。今は初代もRたちも中に集まってる。外で警戒してるのはボクらだけなんだからな』
 ミニブルーだ。わかってるよ。そっちだってオジサンと寝転がってるくせに。

 ミニグリーンはオネーサンと話してるっぽい。TDFは男の人が多いけど、女の人もけっこういる。そもそも隊長がアケノさんだし。
 西側から、騒ぎが伝わってきた。ミニガールとミニRは東から北にかけてをカバーしてるから、あっちはミニブラとねぎだ。
 どうやら隊員の人たちと戦いごっこしてるようだ。訓練っていうより、ごっこ。本気で訓練したら怪我させちゃうからね。

 みんなテキトーにしてるけど、警戒態勢は解いてない。肉眼では見えないだろうけど、基地を中心に何千本ものNPLの糸が張り巡らされている。その何処に触れても全員が感知できるようになっている。いつもならエモーションフィールドを張り合って空間全体を包むけど、今回の対象はエモーションでは見つけられないらしいんだよね。面倒臭いなぁ。
 でも、あのナツミっていうお姉ちゃんを守るためだ。ルメージョだったときはおっかなかったけど、今は気持ちいいエモーションを感じる。使命でも命令でもなくて、守りたくなる感じだ。ミニブラは信用してないようだけど、この感じはわかってるよね。

 オジサンが、またチェスを並べ始めた。この人たちも、ノンビリしてるようで少しも油断してない。こういうの、プロっていうんだよね?
 ボクも頑張って守るぞ。そんでチェスも勝つぞ。

 


「ごちそうさま~~、そんじゃ10分後に休憩室で」
 アケノはタァンという音を立てて湯呑みを置くと、振り返らずに出ていった。用事があったというのではなく、ただお茶だけを飲んでいったのだ。

「珍しいな、あの隊長がソフトクリームではなくお茶を飲みに来るとは」
「私たちに釘を刺しにきたんでしょ。念には念を……ってことね」
「そうか……例の件か……」
 ゴゼンヤマ博士は、湯飲みを片付けながらつぶやいた。

 アケノとは、これまでに何度も話し合いをしてきた。イバライガーのこと、ジャークのこと、エモーションのこと。
 そしてシンとワカナのこと。

 推論、あるいは仮説に過ぎないとはいえ、自分とエドサキ博士、そしてアケノの間では、答えはほぼ出ている。
 ジャークとの戦いは、まもなく決着が付くだろう。勝利できるかどうかは不明だが、それはイバライガーたちを信じるしかない。今まで信じて裏切られたことはない。だからこれからも信じる。自分はそれで十分だった。例え負けたとしても、彼らが精一杯頑張った結果なら受け入れられる。エドサキ博士も似たような思いだろう。

 だが、アケノはそういうふうに割り切るわけにはいかない立場だ。
 絶対に勝たなくてはならない。負けることは許されない。そのためには何でもやる。
 アケノは横暴な指揮官ではない。イバライガーたちも含めて、個々のメンバーを尊重している。けれどそれは、そうしたほうが任務達成に有益だからであって、強制したほうが確実性が高いのなら躊躇なくそうしたはずだ。見た目は少女のようだが、彼女は誰よりも大人なのだ。

 そして彼女は、自分の「共謀者」として私たちを選んだ。
 シンを、ワカナを、イバライガーたちを、最後まで戦わせる。その力の全てを使わせる。そうなるように仕向ける。
 そのために力を貸せと言われた。

 確かに、ジャークは倒さなければならない。これまでの戦いからも自分たちの研究からも、ジャークとの共存は不可能だと考えられる。善や悪といったことではなく、価値観も存在目的も根本から違いすぎるが故に、共通の妥協点がないからだ。
 それは全員が理解している。実際に戦っているシンたちやイバライガーのほうが、より直接的に理解しているとも言える。
 だからアケノが何かしなくても、彼らは戦う。どんな困難があろうと、自分がどうなろうと、決してあきらめない。それは今まで何度も見てきた。
 ただ1つのことを除いて。

「もったいないわよ、博士」
 伸びてきた手が、水道の蛇口をひねった。いかん、考え事に囚われて湯飲みを洗っていた最中だということを忘れていた。

「……今はアケノに従いましょう。最後まで彼女との約束を守れるかどうかはわからないけれど、アケノが案じているリスクは確かにあるわ。彼は純粋すぎるもの。みんなの中ではリーダー的な立場だけど、その本質は幼な子のよう。そんな彼が、強く、あきらめない心を持っている。だからこそ、もしものときにどう動くかわからない。そして彼が揺らげば、他の仲間にも影響する。それは感情が力となっているイバライガーたちにとって致命的かもしれない……」
「そう……だな……。アケノ隊長の懸念はもっともだと私も思う。だからこそ要請には応じた。しかしな……私はやはり彼のほうに共感してしまうんだよ。いや、私自身、それが現実となったときには彼と同じ行動を選択するかもしれん。そんな私に、あの隊長の思惑通りの行動ができると思うかね?」

 彼と初めて出会ったときのことは、今もはっきりと思い出せる。まさに奇跡の来訪だった。彼が時空の狭間に消えたときは、友人を失ったような絶望を感じた。彼が還ってきたときには踊り出したいほど嬉しかった。彼だけを特別扱いしたことはないつもりだが、自分にとって彼はやはり特別なのだ。
 彼のことは裏切れない。それが世界を救うために必要だとしても。

「そこまでは期待されてませんよ。私たちは今まで通りでいいんです。ただ、アケノの考えを知っていて、それを誰にも語らないというだけ。その先はなるようになる、としか言えないわ。未来はそういうものだから」

 エドサキ博士が微笑んだ。全く情けない。ここで一番の年長者だというのに、いつも励まされるのは私のほうだ。
 それでも少し気持ちが楽になった。まさしく、彼女の言う通りだ。思い悩んでも仕方がない。我々は今まで通りに彼らを支え続けるだけでいいのだ。
「ありがとう。では、そろそろ行こうか。年長者が遅れていくと、偉ぶってるようで居心地が悪くなるしな」
 またエドサキ博士が笑った。

 ん? 今のも笑うところなのか? どうもいかんな、私は。

 


 ナッちゃんが休憩室に戻ってきた。すでに全員が集まっているのを見て、少し恐縮したように頭を下げている。
 いいって。時間通りなんだ。俺たちは早めに来てグダグダやってただけだしな。

 ワカナが手招きしてナッちゃんを隣の席に座らせてから、こっちを睨んだ。わかってるよ、すぐに座るって。
 子供の頃から、じっと座って待つのが苦手なのだ。どうにも手持ち無沙汰で落ち着かない。特に大事な話のときはそうだ。それで何となく室内をウロチョロしていた。マーゴンかカオリがいればバカ話で間を持たせられるが、カオリは周辺モニタの監視任務があるし、マーゴンは歓迎会パート2の準備とか抜かして出てこない。ちっ。

 とにかく座った。ナッちゃんを真ん中に俺とワカナ。
 もっとも椅子は円形に並べられていて、どこが真ん中でもない配置になっている。並べたのはTDFのスタッフで、アケノの指示によるものだろう。話の中心はナッちゃんになるが、取り囲んで尋問のような雰囲気になるのを避けたらしい。

 ナッちゃんと一緒に入ってきたソウマは、ドアのところに立ったままだ。自分はガード役であって会議の参加者じゃないと思ってるんだろうが、お前だって今はイバライガーの一人なんだぞ。席は空いてるんだからお前も座れよ。何なら、この場所を譲るぞ。

 イバライガーたちも、席についている。今回はR、ガール、初代の3人に出席してもらった。Rとガールは外のガードレベルが下がることを案じて固辞していたが、ナツミのそばにいたほうが守りやすいだろうと言って、強引に連れ込んだ。
 本当はイバライガーは、誰か一人が参加すれば十分なのだ。互いの情報はリアルタイムで共有できるし、いざとなれば他の仲間を通じて発言することもできる。この場にいなくても問題にならない。
 それでも出席すべきだと思った。彼らの能力は関係ない。人間もヒューマロイドもない。ここでは全員が平等なんだ。それをナッちゃんにわかってもらうためにも、Rたちに同席してもらいたかったのだ。

「そんじゃ……ぼちぼち始めていいよ。アタシは基本的に聞き役に徹する。検査のためにTDFでナツミさんを預かってた1週間の間に、それなりの話はもう聞いてるからね」
 なるほど。すでに上層部にまで報告書が上がっていて、何らかの動きも始まっているということか。
 もしかしたらRたちも聞いているのかもしれない。盗み聞きというわけじゃないだろうが、護衛のためにナッちゃんの周囲にいたのだ。ブラックが今ここにいないのも、わざわざ聞くまでもないということかもしれない。まぁいい。俺たちも、ある程度までは予想はついている。

「じゃあ……お願いね、ナツミ。何から聞いていいのかわからないから、とにかく何でも話して」
「そう……ね。私も全部を知っているわけじゃないけど、最初に伝えておかなきゃいけないことははっきりしてる」
 ナッちゃんは言葉を区切って、ワカナ越しにこっちを見た。そのまま一人ひとりを見回していく。

「皆さん……ジャークの最終作戦はすでに始まっています。ルイングロウス戦が始まったときに、彼らはもう次の動きに入っていました。ルメージョは彼らとは離れて単独で行動していたから、詳しいことはわかりません。でも間違いなく……次に彼らが大きく動いたときは、そのまま本当の決戦になるはずです」

 全員が緊張したのがわかった。恐れている、というわけではない。
 わかっていたことだ。この戦いが、すでに最終局面に入っていることは、ナツミに言われるまでもなく全員が感じていただろう。

「……何を仕掛けてくるのかは知らないけれど、準備はもう終わりかけていたはずです。止めるのはたぶん無理。だから動き出すのを待って、決戦に勝つしかないと思います。それは明日かもしれないし、一週間後かもしれない。どっちにしても遠くはありません。この戦いは、その日で全てが決まる……」

 全てが決まる日。それを聞いて、シンはむしろホッとした。
 俺とワカナが覚醒し、R、ガール、ブラックもパワーアップを果たし、ソウマが目覚め、ナツミが帰還した。手に入るはずの駒は揃っている。これ以上はもうないだろう。ジャーク側にどれだけの先があるのかは不明だが、今の戦力で勝てなければ、どのみち終わりだ。決戦は望むところなのだ。

「そう……いよいよ、なんだね……」
「……ああ。けど、急展開ってわけでもない。覚悟は出来てる。全力で戦うだけさ」
「そうね、それしかない。ずっとそうやって戦ってきたのも知ってる。……でも約束して。倒すことより守ること。生き延びること。それを必ず優先して」
「わかってるって。ナツミは絶対守るってば」
「違うわ。私じゃなくてワカナよ。それにシン。あなたたちを守り抜くことが一番大事なの。ジャークに勝つにはそれしかないわ」
「へ? な、なんで!?」
「ルメージョは、ずっとワカナたちにこだわっていたでしょ。殺せるチャンスは何度もあった。それなのに、あなたたちには手出ししなかった。私が内側から抵抗していたのもあるけれど、それだけじゃないのよ。シンとワカナ。エモーションに選ばれた二人。それを鍛え上げ、より強力なエモーションの使い手に育て上げる。それこそがルメージョの目的だったからよ」

 シンは自分が考えていたことが、確信に変わったのを悟った。
 やはりそうか。ワカナは驚いたふうをしていたが、本当は気づいていたはずだ。他のみんなも。
 そうだろうと思っていた。これまでのジャークのやり方は、どう考えても不自然だ。イバライガーやTDFに対しては容赦なかったが、俺たちへの対応は明らかにおかしかった。ルイングロウスが出現したとき、他の四天王も動いていれば、あの時点で終わっていた。なのにダマクラカスンもアザムクイドも動かなかった。ルメージョが出てきたのは、ナッちゃんの意思に引っ張られたせいだろう。

「私たちを殺してしまうのが一番効率のいい方法のはずなのに、そうしなかった……何かの意図があって生かされていた……けど、次は私たちを狙ってくる、ということ? なんで?」
「たぶん……オーバーブースト……だろ」

 低い声でつぶやいたつもりだが、全員の視線がこちらに集まったのがわかった。
「そうなんだろ、ナッちゃん。俺たちが覚醒して、真のオーバーブーストが使えるようになった。ジャークは、それを待っていたんだ。俺たちがジャークが求めるレベルにまで達するのを待って、刈り取る。最初からジャークはそのつもりだったはずだ」
 ナッちゃんは答えない。当たっているということだ。
「なるほど、火種というわけね」
 代わりにエドサキ博士が答えた。
「初代イバライガーが語った未来の話は覚えてるでしょ。アザムクイドとシン=イバライガーの最後の戦い。巨大なエネルギー同士のぶつかり合い。ジャークはそれを再現しようとしているのよ。シンとワカナにフルパワーでオーバーブーストさせる。そこに同等のネガティブをぶつければ対消滅が起こる。莫大なエネルギーを生むわ。恐らくは、この島国を丸ごと消し飛ばすほどの。あなたたちは、そのための火種なのよ」
「そんな……じゃあ、ジャークは……日本を丸ごと吹き飛ばすつもりなの!?」
「たぶん、違うわ」
 エドサキ博士は、ナッちゃんを見つめた。ナッちゃんも見つめ返している。

「博士のおっしゃる通りです。ジャークの狙いは日本が消滅するほどのエネルギーのほう。その力で喚び出すつもりなんです。真のジャーク……ダーク・リディーマーを」

 


「ダーク……リディーマー……?」
 ワカナは息を呑んだ。日本消滅? 真のジャーク? 私たちがその火種? 何なの? 何が起こるの!?

「……それがどんなものかは、私にもわかりません。けどルメージョは……ダーク・リディーマーと呼んでいました……」
「リディーマー……確か救世主、だったわね……」
「ふむ……ジャークの神とでも考えればいいのかね?」
「神というより、本体というほうが妥当だと思うわ。ジャークは元々はエネルギー体。個体となっているのは仮の姿……というよりも、本来は個という概念がないのかもしれない。四天王と呼ばれている者たちはダーク・リディーマーの分身体、あるいは端末と考えるほうが自然なはずよ」
 博士たちが、議論を始めている。ちょっと待って。まだ混乱してて整理がつかない。

「なんてこった。あの化け物たちはただのアバターだったってことかよ……」
 シンが呆れたようにボヤいた。いや、そう簡単に納得すんなよ。トンデモない話なんだぞ。

 博士たちの会話を聞くのはやめて、いったん整理しよう。
 ジャークの本質がエネルギー体だっていうのは、わかってる。というより、ジャークに限らず、物質の本質はエネルギーなのだ。
 学生の頃に、ナツミに見せてもらった動画を思い出した。

 それは、海辺に寝転ぶ一人の女性の映像から始まる。数秒ごとにカメラは10倍の距離に遠ざかる。女性はどんどん小さくなり、すぐに見えなくなり、やがては地球、太陽系、銀河、銀河団と、遥か彼方へと遠のいていく。
 そして再び女性へ。今度はどんどんスームアップしていく。皮膚、細胞、分子、原子。その先の、光の波長より小さく光学的には見えないはずの領域にまで飛び込み、原子核、それを構成する陽子と中性子、さらにクォーク=素粒子へと。
 マクロの果てとミクロの果て。その両方の光景は、驚くほど似ていた。そして、どちらもエネルギーだけの領域と言っていい。
 暗黒の真空を飛び交うわずかな光。人間のスケールでは物質として認識されるものも、素粒子などの量子的スケールではスカスカの空間に浮いたエネルギーの粒でしかない。すなわち、我々の身体もまたエネルギーの集まりなのだ。物質だのエネルギーだのといった分類は、我々のスケールだけの認識なのだ。

 なら、ダーク・リディーマーというのは……。

「気がついたみたいね」
 ナツミがこっちを見ている。懐かしい目だ。学生の頃に、毎日見た目だ。一緒に素粒子研究の道に進んだけど、私をそこに連れてってくれたのはナツミだった。ややこしい専門書よりナツミの解説のほうが、ずっとわかりやすかった。
「そう、全てはスケールなの。私たちの科学はスケールごとに分かれてる。大きいほうは宇宙物理学、天文学、惑星学、地学など。私たちと同じスケールが医学とかで、もっと小さくなると分子工学やナノテク、そして原子物理学、素粒子物理学、量子力学……」
 ナツミは、学生だった頃と同じ口調で話している。うん、わかる。わかるよ。でも……。
「……逆にスケールを大きくしても同じ。我々には広大な宇宙に見えているものだって、さらに巨大な何かから見れば原子の中と同じようなものになってしまうかもしれないでしょ」
「宇宙より大きいって……いやいやいや……」
「あくまでも例え話よ。実際にそんなものがあるかどうかは誰にもわからないし、今後もわかりようがないわ。でも、そういう存在を仮定してみると……」

「それがエモーションの秘密?」
 シンだ。いや、全員が私たちの会話に耳を傾けている。うひゃ~、恥ずかしい。だって宇宙より大きいナニカとか話してるんだよ。科学的根拠なんか示しようがないんだよ。そんな話を、よりによって物理の大先輩のエドサキ博士の前で喋るなんて……。こんなアホトークしてたら単位もらえないぞ。

「やはり、そういうことなのね」
 エドサキ博士の声がして、ギクリとした。うわぁあ、そうですよね、バカですいません、冗談なんです、真に受けないで~~~。

 ん? やはり? えええっ!?

「人間には宇宙を飛び交うエネルギーにしか思えないものも、実は超巨大意識体の神経伝達。巨大すぎて脳のシナプス1つが信号をやり取りするだけで何十年もかかるから、時間の感覚も我々とは著しく違う。というより、互いを意識体として認識することすらできないから、コミュニケーションも不可能。そういうスケールの存在と我々をつなぐもの。それがエモーション。私の仮説とほぼ同じね……」
 う、受け入れてる!? そうなの? でもエドサキ博士とナツミがマジならマジなのか?
 マズい、いくらスケールの話でも大きすぎてわけがわかんない。

「そうか、それで感情……か……」
 シンがハッとしたように答えた。え? 何? 何のこと? くそぉ、こういう時って専門分野じゃないほうが自然に反応できたりするんだよなぁ。

「論理的な思考じゃなくて、嬉しいとか悲しいといった感情だけなら、わずかに共有できるってことですね」
「共有っていうよりも、反応というべきね。生き物の感情に反応して励起する力。恐らくはそれがエモーション。我々がエモーションと呼んでいるエネルギーには、本当は力はないのよ。超巨大意識体との媒介に過ぎないのだと思うわ。つまり超巨大意識体とチャネリングして、その力をほんの少しだけ借りている状態……いや、逆なのかもしれない。私たちを通じて超巨大意識体が力を振るっていると考えたほうが……」

 エモーションには力はない? チャネリング??

「素粒子論的にも、そのほうが自然な解釈ですね。エモーションは力を伝える粒子。つまり光子やWおよびZボソン、グルーオンといったゲージ粒子に類すると考えていい。けれど物理的な力そのものは電磁相互作用によるものだから、粒子そのものが力なわけじゃないから……」
「そうね。標準理論でエモーションを解釈するわけにはいかないけれど、いずれにしてもエモーションそれ自体が力と考えるのは矛盾があるわ。そもそも超巨大意識体があると仮定すれば、それは我々には知覚できないエネルギーとして、今も周囲にある……すなわちヒッグス場などと同じような……」

 ゲージ粒子??? 標準理論???? ヒッグス場?????

「ということは……イバライガーたちがエモーションで戦っているというよりも、超巨大意識体がイバライガーたちで戦ってると考えることもできる?」
「あくまでも相対的な見方で、あっち側から見ればそうなるってだけだけどね」

 ………………………………。

 だ~~~~~~っ!! ちょっと待てぇえええええい!!

 我慢できなくなって、ワカナは立ち上がった。冷蔵庫に歩いていって、冷凍室からアケノのソフトクリームを出し、その場でかぶりついた。脳が働きすぎで茹だってる。糖分よこせ。

「ワカナ、大丈夫?」
 イバガールが声をかけてくれた。
「あんま大丈夫じゃない~~。ていうか、この話ホントーなの? ぶっ飛びすぎじゃない?」
「う~ん、ホントーかどうかは知らないけど……でも私にはピンとくるかな~。戦ってる時に何かスゴいものとつながってる感じってのは確かにあるし」
 マジか。ガールがそう言うんじゃ信じるしかないか。でも現実離れしすぎてて、こっちはピンとこないよぉお。

 腕を掴まれた。引っ張られて、ソフトクリームをパクリとやられた。ナツミだ。
「美味しい~。久しぶり~~。ルメージョだったから冷たいものには事欠かない状態だったけど、甘いものはなかったからね」
「ナツミ……」
「いいの。こうして食べられたんだし。ギリギリだけど決戦の前に戻ってくることもできた。ルメージョだったときの知識を役立てることもできる。結果的にはよかったのよ」
「決戦かぁ。確かに大詰めって感じはあるよね……」
「まぁそれもまた、私たちの側から見れば、だけどね」
「また、そ~ゆ~面倒くさいことを……」

 再び腕が別な手に引っ張られた。振り返るまでもなく今度は誰かわかっている。そうそう何度も食わせるか。お前は自分で取りに行け。
 シンは舌打ちしながら、それでも冷蔵庫を開けようとはせずに、壁に寄りかかった。

「……ナッちゃん、前に言ってたよな……。いや、言ったのはルメージョなんだけど……とにかく俺と戦ったときにルメージョは言った。この戦いは、巨大なエモーション同士の戦いの末端に過ぎない、って。宇宙規模の永劫の戦いの中の、ほんのちっぽけな局地戦なんだって。あのときからずっと考えていた。ジャークとは何か、エモーションとは何か。ようやくわかった気がするよ。この戦いは最初からポジティブとネガティブ、2つの超巨大意識体の戦いなんだな。俺たちはそれに巻き込まれただけなんだ……」
「ええ。エドサキ博士の仮説は、私がルメージョの中で知ったことと、ほぼ同じよ。我々には知覚できないはずの超巨大意識体の存在。ジャークはそれを認識した者たちなのよ。こちら側のスケールに顕現しつつ、価値観はあちら側。だから個の存続にはこだわらない。そして宇宙規模で思考すれば破壊は再生……進化のために必須の正義の行為になるのよ。生成と消滅。それを繰り返すのが宇宙の真理だから……」
「待ってよ! 超巨大意識体として進化するために、破壊を進める? それが正義? そんなのメチャクチャじゃん!?」
「時間や空間の認識が全く別な存在から見れば、それが正しく健康的な行為になることもあるということよ。だからこそ我々とジャークは相容れない。決して理解し合うことはできない。共有できるものがない。生きるためには戦うしかないのよ」
「人間が地球や宇宙のスケールから見ればウイルスやガン細胞みたいなもの、ってのはSFでよく出てくるネタだもんなぁ……」
「でもウイルスだって、あっちのスケールから見れば当たり前の生命活動をしてるだけなのよね。人間を病気にさせたとしても、彼らは悪いことをしているわけじゃない。彼らの生存を全うしているだけだからね」

 シンとナツミの会話が噛み合ってて、自分は噛み合わない。こういうことは以前からけっこうあった。お似合いかもしれないと、いつも思ったものだ。
 それでも私とシンは付き合うことになって、ナツミは……。
「ほらほら、またつまんないこと考えてるでしょ? 今さら気にしない。そのほうがお互いに楽なんだから」
「……ナツミ、強くなったよね。私よりずっと……昔からそうだったけど……」
「言ったでしょ、ワカナの本音は全部聞かせてもらったって。だからいいのよ、もう十分なの」
 またしても頰が熱くなった。でも、すっきりしてるのは確かだ。恥ずかしいけど、隠し事してるよりはずっといい。痛みはもうない。

「さてと……この先の難しい話は博士たちとナッちゃんに任せるしかねぇな。俺たちは俺たちの仕事をしようぜ」
 シンに背中を叩かれた。その意見には賛成だけど……私まで『俺たち』のほうに入ってるわけ? 私だってナツミと一緒に研究してたんだぞ。一応はソッチが専門なんだぞ。

 ちょっとムッとした私から離れて、シンは窓際に立った。振り返って全員を見回す。
「みんな、聞いた通りだ。決戦。ダーク・リディーマー。エモーションの正体。超巨大意識体。トンデモね~話ばかりでイマイチ何をどう考えていいのかわからない。けど、わかってることもある。俺たちがウイルスだろうが何だろうが知ったことじゃない。宇宙がどうしたこうしたも関係ねぇ。俺たちは生きる。他のみんなもだ。それが未来から託されたことだ。そのために戦う。あと少しだ。力を、貸してくれ!!」

 全員が黙って立ち上がった。
 Rとガールがシンに歩み寄って、確認するように振り返る。
 みんなが思いっきり、うなずく。

「時空……4の字固め!!」
「エターナル……ウインド折檻!!」
「ぐわぁああああっ! な、なにをするぅううううっ!?」
「何が『力を貸してくれ』よ! さっきナツミさんに無茶するなって言われたばかりでしょ!!」
「そうだシン!! 君たちは自重しろっ!!」
「い、いや……わかってる……わかってる……けど……」
「その『けど』をやめるんだ! さもないと……!!」
「わかった! わかったから……!!」
「ブレイク……アウトッ!!」
「くっそぉお、撤退だ! 覚えていろよ、イバライガーどもめぇええ!!」

 突然始まった寸劇を、ナツミは笑いながら見ている。ふざけているが、ただのおふざけじゃないことはわかっているだろう。
 私たちは火種らしい。Rの言う通り、無茶はできない。
 けど、ジャークに勝つには力を振り絞るしかない。力を最大限引き出すには、私たちも戦いに出るしかない。

 厳しい戦いになることは、みんなわかってる。
 それでも、きっと乗り切ってみせるよ。このアホらしい悪ふざけを、心の底から笑える日を取り戻してみせるよ。

 

■ED(エンディング)

 マスターたちを見つけた。警護しているのは私のデータにはないイバライガーたちだ。
 かなりの結界が施されているが、かつての私にはなかった機能を使えば接近は不可能ではない。
 ダメだ。それは許されない。このボディに装備されたものを使わせてはならない。
 しかし止められない。何度試しても、ボディは私のコマンドを受け付けない。それに……。

 私は帰りたい。マスターたちは、すぐそばにいるのだ。彼らならば、私を元に戻してくれるかもしれない。

 ボディが走り出した。目標まで約1キロ。この速さなら数秒で駆け抜ける。
 そう計算したとき、ボディがいきなり跳躍した。直前までいた場所にエネルギー反応。何かを撃ち込まれた。

「ほぉ。大した隠形だ。この俺が1キロ圏内に近づくまで感知できなかった。見つけられないRたちがボンクラかと思ったが、そうでもなかったか」

 空中に、黒い影が浮いている。いや、張り巡らしたケーブルのようなものの上に立っている。また知らないイバライガー。
「お前のデータは俺も持っているが……かなりの改造を受けているな。動かしているのはルメージョの残留思念か。往生際の悪い女だな」
 ボディが身構えた。戦うのか。いや、無理だ。この黒いイバライガーには勝てない。
 再び走り出した。後方へ向かって。能力の全てを逃走に使っている。無駄だ。逃げ切れるとは思えない。

 それでも、黒いイバライガーは追ってこなかった。見逃したのか。アレはマスターたちの仲間ではないのか?
 わからない。とにかく今夜は、このボディは動かないだろう。システムエラーの信号が伝わってくる。
 あの一瞬で、左腕を失っていた。

 マスターたちが、遠ざかる。
 まだ、帰れない。

 

次回予告

■第38話:家族の肖像  /ダークモラクル登場、キズナモード発動
かつて製造された試作ヒューマロイド・モラクルはジャークによって回収され、暗殺兵器ダークモラクルへと生まれ変わっていた。イバライガーたちのセンサーをかいくぐるステルス機能を持ち、忍者のように忍び寄るダークモラクルを捕らえるため、ナツミは自ら囮となる。その護衛についたミニライガーブラックとミニライガーRは、毎度のことながら喧嘩ばかり。だが、自分たちを本当の人間の子供と同じに扱うナツミの姿に、反発していたミニブラとミニRの心が1つになる。彼女を守りたい。その思いがシンクロしたとき、新たな力が……!!

 

(次回へつづく→)


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