小説版イバライガー/36話:マイ・フェイバリット・シング(後半)

2019年5月1日

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Bパート

「そんな……ことが……!?」
「うん。賭けには違いないんだけど……あり得ないってわけでないと思うんだよね。他にもっといい方法があればそうするけど、シンやワカナは絶対警戒されてるから動かないほうがいいしさ。この作戦のほうが成功率高いと思うんだよね~~」

 アケノの作戦は、考えてもいなかったことで、ワカナは、毒気を抜かれたような気分になった。

 まさか、あの二人が? そぉなの? いや、だって……ずっと戦ってきたんだよ? 殺し合いだったんだよ。憎んでるならわかるけど……えええっ!?
 でも『そういう目だった』と、アケノは言った。

 シンも『もう1つの可能性』について、そうかもしれないと言った。
 前回の戦いのとき、感じたらしい。ほんの一瞬だけだったらしいけど、まるでイバライガーがもう一人いるかのような感じだったと。

 あの二人がアレで、シンの感覚が本当なら、確かに何とかなるのかもしれない。この世で一番強いかもしれない力。それがナツミを助けてくれるかも。
 なんかフクザツだけど、でも、いいことには違いない。本当なら、私もすごく嬉しい。
 希望が出てきた。賭けでもいい。今度こそ成功させてやる。

 けど……この作戦ってちょっと色々エゲツなくない? 後でソウマにもナツミにも恨まれちゃうんじゃ。
 ま、仕方ないか。他に思いつかないし。
 ていうか、コレみんな気づいてたの? 予想してなかったの私だけ? ちょっとシン! 私には話してくれてもいいんじゃないの!?

「さて、それじゃあ第一段階を始めるか。ブラック、頼む」
「ほ、本気出さないでよ。第一段階なんだからね? ちゃんと手加減してよね。わかってる?」
「そうはいかん。本気で殺す。そうでなければ第二段階は起こらない。てめぇらじゃ出来ないだろうから俺がやってやるというだけだ。引っ越しの挨拶がわりにな」

 うっわぁああ、すごい心配~~~っ!!
 でも確かに、Rにもガールにも初代にも無理だ。みんな優しすぎて失敗する。今はブラックを……いや『彼』を信じるしかない。
 頼むわよ。あなたの想いが本物なら……本当にそうなら、エモーションはきっと応えてくれる。
 私の想いも全部委ねる。だから……。
 ナツミにかっこいいトコ、見せてやってよね。

 


 イバライガーブラックは、ゆっくりと前に出た。イバガールのクロノ・スケイルが、ルメージョの波動とぶつかって瞬いている。
 この結界の向こうは、吹雪だ。Rはそこで戦っている。
 さて、あの男が本当に目覚めるかどうか。ダメなら、もう一度あの女を殺すことになる。

 貫いたブレイドの感触。伝わってきた痙攣。黒い霧となって消えていく姿。
 全て覚えている。最後のセリフは『シン……』だったな。
 俺は言った。

 もういい。休め。全てを忘れて眠れ。この地獄は、俺が、俺だけが覚えていてやる。

 今度も同じだ。もしものときは、確実に殺してやる。記憶ごと断ち斬ってやる。お前を、ただの女として死なせてやる。
 ただし、最後まで足掻け。てめぇで終わろうなどとは考えるな。

 今のお前は、あの時とは違う。ルメージョの中で抗い続けてきたのだろう。地獄の底で業火に焼かれながらも生き抜いていたのだろう。
 ならば、それを全うしてみせろ。最後まで戦って、なお届かなかったときには、俺がいる。俺は亡霊だ。絶対の死を与えてやれる。
 だから、一度だけ言ってやる。
 生きろ。

 


 私はいなくていい。いないほうがいい。
 そう思ってた。

 けど。

 見たかったな、二人の結婚式。
 出会いたかったな。私の隣りに立つはずの誰かと。

 最後に、私を殺してくれると言った人がいた。私を殺してくれるのは『あの人』だと思ってたけど『彼』も悪くない。
 私と同じ哀しい目の人だった。眠らなければよかった。あの人と、もう少し話をしておけばよかった。

 でも、もういい。終わらせて。私のことは忘れて。私も忘れる。
 あの人のことも、あの二人のことも。一緒に笑ったことも、泣いたことも、全部忘れる。

 さようなら。いままでずっと友達でいてくれてありがとう。

 


 ブラックが来たのか。
 まずい。奴なら本気でルメージョを殺す。ナツミがいようが関係なく。
 奴が冷徹なだけとは思わない。だが、非情になりきることができるのは間違いないのだ。
 ダメだ。その役目は俺のものだ。涙を託された俺がやらなきゃいけないことだ。

 なぜ俺はこんなところに籠っていた? 力がないだと? それなら行って一緒に死んでやればいいだけのことだ。自分のことなど考えるな。理屈はどうでもいい。今ここで行かなければ、どのみち俺は死んだのと同じだ。そうだろう、PIAS。

 あの光は消えていない。むしろ強くなっている。
 それが本物なのかどうかはわからない。それでも、この光に全てを賭ける。

 動けPIAS。
 お前の本当の力を……俺ではなく、彼女のために!!

 


「始まるぞ! みんな、用意はいいか!?」
『任せろ! こんなオイシイ展開見逃すわけがね~だろっ!!』

 ミニブラックの思念が応えた。ミニガールとともに北側にいる。西はミニライガー3人、東にはミニRとアケノ、私が南側。動きを感知すると同時にイバガールはクロノ・スケイルを解除し、全力で突っ込む。その瞬間に残った全員で新たな結界を展開する。ガールほどの結界は生み出せないが、クロノ・スケイルのエネルギーが消える前にエモーション・フィールドで包みこめば、同等の結界を維持することはできる。

 ソウマの感情エネルギーがネガティブからポジティブに切り替わるのを感じる以前から、初代イバライガーは確信していた。
 ルイングロウスとの決戦のとき。Rが暴走したとき。
 共にソウマと一緒に戦った。どちらのときも、彼のエモーションが最後の決め手になった。
 間違いない。ソウマはすでに目覚めている。
 まだ自覚と自信がないだけだ。それに気づけば、シン以上の使い手になるかもしれない。しかもソウマにはPIASがある。長期間をかけてエモーションに身体を慣らしてもいる。シンがイバライガー化したときとは違う。負担はずっと少ないはずだ。

 ガールの思念が伝わってきた。ウズウズしている。他の者も同じらしい。これから始まることを感じ取って全員がワクワクしているのだ。
 それは自分も同じだ。
 私の胸に、ナイフを突き立てた男だった。私が消滅するきっかけとなった男だった。
 だが、わだかまりはない。全ては仲間への思いがさせたことだ。ソウマには、素質がある。それはまもなく開花する。

 見せてやるぞ、ルメージョ。お前がザコと侮り続けた男が、どれほどの力を秘めていたのかを。
 人の想いの力の大きさを、最後に焼き付けて逝くがいい。

 


『何を企んでいるの、イバライガーR? 無駄よ、ナツミを殺さなきゃ攻撃はできない。でも我慢はあと少しよ。まもなくナツミは死ぬ。予想より持ちこたえたようだけど、そろそろ終わり。これは最初から決まっていたこと。ナツミを取り込んだ時点で勝負はついていたの』

 違う。ナツミさんは今も戦っているはずだ。自分を捨ててまで、お前と戦っている。
 そして、もう1つの奇跡が起ころうとしている。
 ルメージョの波動によって仲間たちとの通信は途絶えているが、感情エネルギーが伝えてくるものでわかる。誰も諦めていない。それどころか、先ほどからシンとワカナのエモーションが強くなっている。希望はあるのだ。みんな、それを待っているのだ。

『お前たちは生き延びたんじゃないわ。生かされていただけ。シンとワカナが十分に力をつけるまでね。私たちはそれを待っていたの。そしてそれも、もう終わり。あの二人は強くなった。イバライガーに新たな力を与えるほどに。合格よ。そろそろ収穫させてもらうわ。ダマクラカスンとアザムクイドが何か企んでいるようだけど、関係ない。あの二人は私の獲物よ』

 違う。確かにジャークの思惑はあっただろう。
 だが思惑通りだったのなら、お前が今ここで出現することはなかったはずだ。シンたちだけじゃない。カオリやマーゴン。ソウマ、アケノ、博士たち。そして私たちの生きる力と想いが、貴様らの予測を超えたのだ。

『ナツミのはらわたで、ワカナを飾ってあげるわ。両手両足を引きちぎって、シンへの花束にするわ。絶望以外の感情がなくなるまで、これ以上ない陵辱を見せつけてあげる。それでおしまい。バカね。ポジティブなんかさっさと捨ててこちらに来ていれば、ナツミと一緒にジャークとして生きられたのに』

 違う! そんなことはさせない。すでに奇跡は始まっている。私の役目は、それをルメージョに悟らせないことだ。気を放ち、ポジティブを充満させて後方で起こっていることを隠す。エネルギー消費が激しいが、構わない。恐らく、あと数十秒。それだけ時間を稼げば。

『その動き……その気配……。そう、私に見せたくない何かがあるのね。それは困るわ。こちらは見せたいのよ。ナツミが蹂躙されながら惨めに死んでいく様をシンとワカナにたっぷりと見てもらわなきゃ。いいわ。もう少し遊ぼうと思っていたけど、終わりにしてあげる』

 マズイ。ルメージョは残ったパワーを一気に解放する気だ。気のバリアが相殺される。いや、それほどのパワーを一度に使ったら、いくらなんでもナツミさんは持たない。こちらも、全エネルギーを集中させて突っ込むしかない。

 覚悟を決めた瞬間、黒い刃が背後の結界を斬り裂いた。
 対消滅の輝きの中から、ブラックが歩み出てくる。その後方で、急激にパワーが膨れ上がった。想像以上だ。
 これが……ソウマの心の光か!?

 


「うぉおおおおおおおおおおおっ!!」

 指揮車を貫いて飛び出した。
 月光が見えた。雨が止んでいる。そんなことにも気づいていなかったのか。

 ルメージョが見えた。行くぞ。冷気? 低温脆性? 知ったことか。俺は行く。自分がどうなろうが関係ない! あの涙を最後になどさせるものか!!
 蒼い光が、奔った。エキスポ・ダイナモ? やはり輝いている。今まで一度も機能しなかったのに。

 ようやく目覚めたか。待たせやがって。

 シン? これはシンの思念か?

 そうだ。こうやって思念で話すのは、てめぇがアザムクイドに捕まったとき以来だよな。どうだ、イバライガーになった気分は?

 俺が……イバライガーだと!?

 そうだ。前にイバガールが言ってたよ。エキスポ・ダイナモは怒りや憎しみでは輝かない、ってな。今までのお前はジャークを倒すためだけに戦っていた。仲間の恨みを晴らすために戦ってきた。でもよ、それじゃあダメなんだよ。
 俺もそうだったんだ。俺が……元の歴史での俺がイバライガーになったのも、ワカナを助けるためだった。俺が特別だったからじゃない。倒すのではなく、守る。救う。その想いにエモーション・ポジティブは応えるんだ。

 ……ふん、納得はできんな。極限状態でそういうふうに考えられる時点で貴様は十分に特別だよ。
 だが、わかった。確かに今の俺の望みは1つだけだ。ナツミを助けたい。力を貸せ、シン、エモーション。俺の全てをくれてやる!

 当然でしょ! 今の言葉、忘れないでよ!! ナツミを泣かせたらぶん殴る!!

 ワカナか。すまん、もう泣かせた。だからこそ俺はここにいる。あの涙が、俺を……。

 もぉいい! 今はそういうの後回し!! とにかくやるよ。Rが暴走したときのこと、覚えてるよね?

 ……!! カタルシス・フュージョンか!?

 そう。アレをもう一度やるの。今度こそ助ける。成功させる。できるはずよ。
 今のアンタはソウマじゃない。
 イバライガーよ! かつてのシンと同じ……イバライガーPIASなんだから!!

 


 ルメージョの全身が震え、無数の触手が飛び出した。Rとブラックが迎撃しているが、数が多すぎる。跳躍して突っ込む。今の俺はイバライガーだ。こんなもので止まるものか。触手が迫ってきた。スラスターだ。隊長の動きを思い出せ。

『イバライガーPIASだと? あのザコが!? ふざけるな! このルメージョを舐めるな!! そんな出来損ないに何ができるってのよぉおおおおお!!』

 ルメージョの咆哮。周囲の空気が一瞬で凍りつく。直撃は躱したが、少し食らった。また触手が来る。
 ブレイドで対抗……ダメだ、出力が落ちる。このままでは捕まる。

「そうは……させなぁあああああい!!」
 追い風。イバガールのウインドフレアか。ルメージョの触手を左右に押さえ込んでいる。これなら。
 だが、近づけば近づくほどネガティブの反発が強くなる。本当に届くのか。疑うな、俺は行かなくてはならないのだ。

 不意に、金色の光に包まれた。Rレディアンスが前にいる。全身から溢れる輝きが、ネガティブを押し返す。
「私が導く! 付いてこいソウマ!!」
 スリップストリームというわけか。それにイバライガーRは、初代救出の際に特異点の中に飛び込んでいる。今回と似た状況を経験済みだ。
「時空……雷撃拳!!」
 ブラックの一撃で、前方の空間に巨大な真空が生まれた。道が見えた。届く。
「時空突破……っ!! クロノ……ブレェエエイクッ!!」
 ルメージョの直前で両腕を突き出したRが、空間を歪める。その真ん中に飛び込んだ。ここなら奴の冷気を受けない。特異点が閉じるまでは刹那だ。その間にナツミを見つけられるか。

 意識を集中した。感じる。R、ガール、ブラック。シン、ワカナ、隊長、初代、ミニライガー。それにTDFの仲間たち。全ての想いが見える。これがエモーションの世界か。想いが道をつくる。見えてきた。雨に濡れた髪。猫に触れようとしていた指先。無防備に横たわった背中。哀しい涙。
 そして、一度だけ見せた微笑み。
 見つけた。待っていろ。いや、待たなくてもいい。俺は行く。嫌われようが何だろうが、お前を連れ戻す。それ以外はどうでもいい。
 吠えろ、エキスポ・ダイナモ。俺の全部を使うときだ。

 


 RとPIASがルメージョの中に飛び込んだ……と思った時には突き抜けていた。
 二人が着地する。Rは再び地を蹴って飛び、PIASだけが佇んでいる。その腕に抱かれている影を見て、ワカナは尻餅をついた。
 ゆっくりと歩いてくる。ネガティブな感じはない。大丈夫だ。
 シンはワカナの頭をポンと叩いて、走り出した。後は任せる。俺は後片付けをしてくるよ。

『おのれぇええええええ! ニンゲェエエエエエエンッ!!』
 ルメージョは狂ったように暴れている。

 だが、もう終わりだよ。エネルギー源だったナッちゃんを失った。残っている力もすぐに途絶える。
 結局お前は、人間を理解できていなかった。ずっとナッちゃんと一緒だったのに、見下すことしかしなかった。お前らジャークから見れば取るに足らない小さな力。ただの電気信号でしかないはずの意識。そんな不確かで曖昧なものが、時にとてつもない奇跡を起こす。
 それが人間なんだ。

 すぐ後ろに、大勢が集まり始めていた。初代、ミニライガーたち。アケノ、TDFの隊員たち。マーゴンとカオリもいる。ルメージョまでの距離は100メートルもない。すでに、その程度の距離にさえも影響を及ぼすことができなくなっているのだ。
 Rとブラックが、飛び込んでいった。頭部と腹部。同時に掌底を叩き込む。エモーション・ポジティブが流し込まれる。全身が崩れ始めた。ルメージョの気配が、消えていく。すでに人型ではなくなったエネルギー流の中から、手を伸ばすように、一筋の触手が伸びた。

『シ……ィイン……ワカ……ナァアアア……お……まえたち……は……わた……し……のぉお……』
 イバガールが、触手の端に触れた。

「ダメよ、ルメージョ。人はね、奪うものじゃない。受け入れるものなのよ。それがわからないあなたは、永遠に誰とも交われない。この世界で実体を得たにも関わらず、あなたは虚無のままだった。もう還りなさい。ここはジャークの世界じゃない」

 静かな風が、広がっていく。
 かつてルメージョだったものは、風花となって夜空に消えていった。

 

ED(エンディング)

 ずうっと感じ続けていた何かが、消えた。
 終わったんだ。もう、目覚めなくていいんだ。

 でも、誰かが呼んでいる。もう、いいのに。このまま終わっても、私はかまわないのに。
 呼び声は止まらない。どんどん強くなる。私を掴んで離さない。

 目を覚ましていいの?
 また災いを起こしてしまうかもしれないのに。

 声がさらに強くなってきた。この声に、答えたい。話をしたい。
 いいの? 本当に答えていいの?

 光が、射し込んできた。目を開けてしまった? 何かが、顔に当たっている。雨? 違う、これは涙だ。
 まだ、よく見えない。手を伸ばして、触れた。顔だ。濡れている。嗚咽が聞こえる。
 泣かないで。私は大丈夫。ずっと見ていたよ。感じていたよ。

 抱きしめられた。おぐぁふぇひぃい。言葉にならない声。でも、何と言ってるかはわかる。長い付き合いだもんね。
 泣き声が大きくなる。ああ、これだ。この日を夢見ていた。

 また、おぐぁふぇひぃが聞こえた。胸元を濡らす頭を撫でながら、私は答えた。
 ただいま、ワカナ。

 

次回予告

■第37話:おかえりなさい
新たなイバライガーとなったPIASの力でナツミの救出に成功したシンたち。回復したナツミによって語られるジャークの秘密。エモーションとは、ポジティブとは、ネガティブとは。宇宙と生命の歴史にも関わるエモーションの謎が、ついに明かされるときが来た!!

(小説イバライガー第35~36話/筆者コメンタリー)

(次回へつづく→)

 


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