小説版イバライガー/第36話:マイ・フェイバリット・シング(前半)

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OP(オープニング)

 ルメージョは、周囲を見回した。
 目の前にいるのはイバライガーRだけだ。他のヒューマロイドどもは、2キロほど先。イバガールを起点とした円周上に展開している。
 結界というわけか。脱出するには、イバガールが張り巡らせたクロノ・スケイルを突破しなくてはならない。不可能ではないが、こちらもかなりのエネルギーを失うことになる。その状態で、他のイバライガーどもの追撃を躱すことは不可能だ。
 それに、すでに最後の力を解放してしまっている。解放されて膨張した私自身は、もうあの女の中には戻れない。戻れたとしても身体の制御を再び掌握できるかどうかは読めない。時が経てば、周囲との干渉でエネルギーも失われていく。

 チェックメイトというわけか。
 やってくれたね、ナツミ。まさか、私の力を使うことまで覚えていたとは。

 イバライガーブラックの死を感知したときだった。ナツミの意識が急激に溢れた。辛うじて抑え込めたが、こちらの意識も引っ張られ、一時的な意識の混線が起こってしまった。あのときにナツミは、力を操る方法を身につけたのだろう。
 そして、ワカナとイバガールの覚醒。
 いかに強力であろうとも、ただの物理攻撃ならば凌げたはずだった。しかしフェアリーの攻撃と同時に、ガールとワカナの意識が飛び込んできた。それが私の意識を断線し、その隙を突いてナツミにコントロールの主導権を奪われた。
 倒され、コールド・カプセルに封じられたときは、コントロール回復のチャンスのはずだった。
 だが、できなかった。ナツミの意識も断線し、アクセスできなくなっていたのだ。ナツミの記憶は途絶え、感情だけの存在になっていた。状況は理解できていなかったはずだ。にも関わらず私を認識していて、道連れにして滅ぼうとしていた。
 ナツミの意識が眠るまで、私はコアに戻れなかった。いや、眠ってもナツミは抵抗し続けていた。
 エネルギーを暴走させるしかなかった。ナツミの意識が弱まった今なら、力づくで介入できる。この機会を逃したら、本当に滅ぶまで手出しできなくなるかもしれないのだ。

 エネルギーを解放した私は、やがて拡散し、消滅するだろう。
 滅ぶのは、構わない。それこそがジャークの目的だ。
 だが、無駄に消えるわけにはいかない。ナツミ。お前と同じだ。ポジティブの使徒どもを、一人でも多く道連れにしてやる。
 それに、まだチャンスはある。
 奴らの中心は、シンとワカナだ。身体も精神も脆弱な人間だ。あの二人を絶望に引き込めれば。エモーション・ポジティブが見放すほどの絶望を感じさせてやれば、こちら側に裏返ることさえあり得るのだ。

 まだ終わってはいない。
 人間どもよ、私の滅びを見るがいい。

 

Aパート

 時折、衝撃が来るが、わずかなものだ。
 クロノ・スケイルは、二重にしてある。イバライガーRとルメージョが戦っているすぐそばに展開したフィールドと、自分がいる1キロほど離れたフィールド。ほとんどの攻撃は内側のスケイルで相殺されているため、ここまでは波動の残滓しか伝わってこない。
 この程度なら倒せる、とイバガールは思った。
 今までのルメージョよりは、強い。それでもパワーアップを果たした自分とRなら、間違いなく勝てる。ワカナたちとのオーバーブーストを使わなくても、だ。
 けれど、ナツミさんがいる。ルメージョとなっているエネルギー領域のどこかに捕らわれていて、場所を特定できない。センサーも、ルメージョが発するエモーション・ネガティブによって打ち消されてしまい、中が見えない。
 強力な技は使えない。でも、時が経てば経つほど、ナツミさんは消耗していく。彼女自身がエネルギー源なのだ。
 自分で自分を喰らう。そうやってルメージョは力を使っている。
 けれど、その力は急激に弱まっていく。本体のエネルギーを直接晒している以上、大気中の粒子との干渉は避けられない。容れ物から出てしまえば、長くは持たない。
 でも、それを待ってはいられない。それはナツミさんの死を意味する。私たち……特にシンとワカナは大きな絶望を味わうだろう。感情エネルギーは想いの力。それが失われる。下手をすれば、ネガティブに取り込まれる危険さえある。
 自ら滅ぶことで、こちらを道連れにするつもりなんだ。そのために最後の力を使っている。ジャーク側の援軍が来ないのも、滅びること自体が目的になっているからだろう。
 どうしよう。どうすればいい? 私、ここにいていいのかな。
 でも、ここを離れるわけにもいかない。結界が破れたら、大変な被害になる。そうなったら負け。勝っても負け。
 いつもながら悪辣だよな~~!! あ~~~っ、あったま来るぅううううっ!!

『お姉ちゃん、落ち着いて!』
『落ち着くんだ、ガール!』
「落ち着いてよ、イバガール!』

 ミニガール、初代、ミニライガーたちに一斉にツッコまれた。実際には、声ではなくて思考だ。イバライガーたちは、通信で思考だけをやり取りしている。テレパシーのようなもので、互いの情報もリアルタイム共有している。距離が遠かったり、ジャークのエモーション・ネガティブが濃厚だったりすると途絶えることもあるが、今回は最前線のR以外とは隣りにいるかのように話すことができる。
「全員でツッコミしないでよぉ。わかってるよぉ。でもさぁ、相手はルメージョでワカナも最前線近くにいるんでしょ。ここはやっぱ私が行かないとサマにならないじゃん~~~」
『そう言うな。単独で広域をカバーできるのはガールだけだ。被害を食い止めることも重要な役目だぞ』
「だから、わかってるって。それに今のRなら一人でも負けることはないと思うしね。ただ……」
『ナツミさん……か……』
「うん。感じるんだ。ルメージョの波動に混じって、ナツミさんの想いを。早く止めて、終わらせて……って言ってる。もう自分の命のことは考えてない。たぶん、ルメージョと一緒に消えるつもりなのよ。そんなこと知っちゃったら……」
『なおさら絶対助けなきゃ!!』
 ミニライガーたちの思念が叫んだ。そうだよね、大勢を守るためだからって見捨てられないよね。ここで助けられなかったらヒーローでも何でもない。私もRも、守りたい人たちを守るために新しい力を手に入れたんだから。ジャークの狙い通りになんか、なってたまるか。

『……そうだな。だが状況はかなり厳しい。ルメージョを倒すのとナツミさん救出の両方を成し遂げるには、今までにない力が必要かもしれん』
「なにそれ?」
 初代イバライガーの思考が流れてきた。え、そうなの? マジ? そんな可能性が!?
 思わずイバガールは『その場所』に振り返った。ポジティブな反応は感じない。むしろネガティブな思考のほうが強い。
 けれど1つだけ、不思議な感覚がある。自分がよく知っている感覚。いつも感じているもの。ほんのわずかだけど、それを感じる。
 これが『今までにない力』なのかも。

 


 指揮車のカーゴには、窓がない。
 室内灯はあるが、今は点いていない。いくつかのメーターやモニタの灯りで、薄ぼんやりと周囲が見えるだけだ。
 防音も施されているため、喧騒も聞こえてこない。ただ、振動で戦いの気配は伝わってくる。
 イバライガーたちが来ている。戦っているはずだ。
 あの女を救うために。
 だが、お前たちは、あの顔を知らないだろう。あの涙を見ていないだろう。
 親友だったというシンやワカナでさえ、知らないはずの涙。それを俺は見てしまった。声を聞いてしまった。

「……あなたが見ていてくれるなら……そのままずっと目覚めずにいられるかもしれない……私を終わりにしてくれるかもしれない……こんな気持ち、久しぶり……ありがとう。本当に……」

 終わらせてやりたかった。
 彼女のために。俺のために。死んでいった仲間たちのために。
 なのに、できなかった。
 女の最後の願いすら、守れなかった。

 イバライガーたちが戦っている。
この時代にとっては部外者、イレギュラーだと思っていた奴らが戦っているのに、俺はこんなところで座っている。
 何もできずに。

 


 ホテルの周囲には、人家が少ない。裏側は小さめの森になっていて、最寄りの家までは直線距離で200メートル近くある。正面は造成地になっていて、これから分譲が進めばちょっとした街になっていくのだろうが、今は1軒も建っていない空き地が広がっている。
 その外れにTDF部隊が展開していて、その直前でイバガールのクロノ・スケイルがガードしている。こうした立地条件まで考えて、ソウマはこのホテルを選んだのかもしれない、とシンは思った。

 ホテルに連れ込んだということは、ソウマはルメージョではなく『ナツミ』と出会ったはずだ。
 つまりコールドカプセルを解除して脱走したのは『ナツミ』だったことになる。フェアリーとの戦いでダメージを受け、ルメージョが力を失った間に、ナッちゃんがルメージョの能力ごと身体のコントロールを取り戻していた、ということなのか。それが、ここで再び逆転した?
 それにさっき感じたアレ。
 シンは、部隊の端に停まっている指揮車に目をやった。
 アレはPIASのエキスポ・ダイナモの反応だった、と思う。ソウマはまだ装着していないはずだし、今までソウマがエキスポ・ダイナモを使えたことは一度もないはずだ。なのに反応があった。エキスポ・ダイナモがソウマを呼んでいる?
 なんだ? ソウマとナツミ。あの二人に何があった?
 っていうか……ラブホでナニって言ったら……やっぱ……ナニだよなぁ……。

「い~かげんにしろっ!!」
 ワカナにどつかれた。いや、だって……色々考えちゃうだろ。お前はあの反応を感じてね~から、わかんないんだよ!
 とか文句を言う暇もなく、クロノ・スケイルの結界ギリギリまで引っ張っていかれた。数メートル先で、対消滅の光が煌めいている。Rが戦っている戦闘領域までは約300メートルってところか。
 アケノが待っていた。専用のイバライガーXを装着していたはずだが、今は一部の武装を残して解除しているようだ。そっか、そういうことも出来たのか。ナノパーツだもんな。意思の力で好きなようにコントロールできるんだもんなぁ。俺もやればよかった。

「で……状況は?」
「見ての通り、膠着。Rは戦ってるけど、それも攻撃をかわしてるだけって感じ。手を出そうとするとソコにナツミさんが出てくるから、どうしようもないんだよね……」
「けど……もうヤバイよ。ルメージョ出現の報告を受けてから15分近く経ってる。シンもわかるでしょ。Rやガールとシンクロしたときのこと」
「ああ……あの時は5分ほどだったが……それでも凄まじい消耗だった。前にPIASを使ったときは1分ほどで意識を失っちまった……」
「それが15分。生きてるほうが不思議なレベルってことかぁ……もしかしたら……」
「その先は言わないで。ナツミは生きてる。絶対に生きてる!!」
 ワカナの剣幕に気圧された……というわけではないだろうが、アケノが横目でこっちを見た。
 わかってるよ。その可能性は考えてる。けど、俺も生きてると思うぜ。そもそもカプセルから脱出するなんてことが出来るはずがないんだ。あの中で意識を保つこともな。けどナッちゃんはそれをやった。普通の身体じゃない。ルメージョに操られていたことで変質しているのかもしれない。それはそれで厄介な問題かもしれないが、それを気にするのは目の前のコレにケリをつけてからでいい。
「まぁアタシも生きてるとは思うよ。死んじゃったら人質としてもエネルギー源としても役に立たなくなるし。ただ……このままなら、どのみち助からない。そして被害だけが広がる。それは容認できない。そのためには……」
「言わないで。覚悟はしてる。でも……言わないで……」
 ワカナが、肩を震わせた。わかってる。全部わかってる。それでも割り切れない。
 当然だ。ナッちゃんは仲間だ。しかも一番大事な役目を果たし続けてきた。ルメージョに囚われながらも抵抗を続け、俺たちを守ってくれていた。ルメージョに捕まったのがナッちゃんだったからこそ、俺たちは生き延びられたのかもしれない。
 それを見捨てるなどということは、俺たちにはできない。イバライガーたちも同じはず……。

 ん? 待てよ?
 アケノはそういうことが読めないタイプじゃないはずだ。俺たちが甘いとしても、その甘さを最大限利用して作戦を考えるはずだ。そうでないなら自分でケリをつけようとするだろう。ここに俺たちを呼んだりしない。土壇場で決断できないかもしれない者に託すような真似をするとは思えない。この女、何か企んでるな。

「ふ、気づいたようだな……」

 すぐ背後から声がした。お前なぁ、いつもながら心臓に悪いぞ。ギリギリまで気配を絶って近づきやがって。一応は仲間になったんじゃねぇのかよ?

「イバライガーブラック!?」
 ワカナが動揺した。以前にブラックはルメージョを殺そうとしている。しかも未来では、本当に殺している。警戒するのは当然だな。

「大丈夫だ、ワカナ。ブラックは何もしねぇよ。そうだろ?」
「いや、やる」
「をいっ!?」
「本気で殺らなければ何も起こらん。そういう作戦だろうからな」
 ブラックがアケノを指差した。やっぱ企んでたな。
「女、そろそろいいだろう。この甘ちゃんどもにもわかるように説明してやれ。お前らが言っていた通り、もう時間がない。早くしないと台無しになるぞ」
 アケノは苦笑して、頭を掻いている。
「どういうこと? ブラック、アケノ。はっきり言ってよ。私だって覚悟してきたって言ったでしょ。隠さないで教えてよ!?」
「いや、その覚悟いらないから」
「へ?」
「ナツミさんはずっとルメージョと同化していた。今回の行動から見ても、その力を多少なりともコントロールできるほどになっている。また、今までの接触で彼女は独自の意識を保ちつつ、ルメージョの思考もある程度読み取っていた可能性が高い。つまり彼女は、ジャークの重要な情報源になり得る。これほどの重要人物を死なせるわけがないでしょ。たとえ大勢の犠牲を出すことになろうとも、彼女は手に入れる必要がある……ということ」

 ワカナはきょとんとしている。
 ああ、そうか。そうだよな。TDF……というより政府なら、そう考えるわな。

 ジャークは全く異質で、説得も折り合いもつけられない。もう1つの歴史では人類を滅ぼしてさえいる。となれば、手段は選べない。ジャークを倒すためなら何でもやる。その重要な鍵の一人であるナツミを手に入れるためなら、この辺り全部を吹き飛ばすのも止むを得ないってわけだ。
 ワカナと顔を見合わせた。確かに俺たちの覚悟はズレてたらしい。

 けど……これはこれで別の覚悟が必要だ。
 ナッちゃんを助けるのは大歓迎だが、被害を厭わないというわけにはいかない。俺たちもイバライガーも、その前提じゃ動けない。
 なら、俺たちが協力したくなる作戦を考えてるはずだ。
 聞かせてもらおうか。ナツミを助けて、被害も抑えて、ルメージョをやっつける秘策ってやつを。
 まぁ、ワカナはともかく俺は薄々感づいてるけどさ。

 


 ルメージョが、腕を振り回す。周囲の雨は瞬時に氷獣に変異し、群れとなって向かってくる。それを躱し、打ち砕き、再び距離を詰める。
 攻撃は激しいが、戦い続けるのは難しくない。
 それでも、イバライガーRは焦っていた。

 どうすればいい?
 ナツミさんの気配が薄らいでいる。もう猶予はない。

 レディアンスの力で防御すれば、低温脆性を軽減できる。奴の中に飛び込むことはできる。だが、ルメージョのエネルギー流の中では、エモーション探知ができない。手間取れば、見つけ出すより早くナツミさんは殺される。長くても数秒。無理だ。彼女自身の誘導でもない限りは。
 シンかワカナなら、ナツミさんの感情を辿れるだろう。生身ではあの中には入れないが、XやPIASを装着していれば私がカバーできる。
 だが、それこそがルメージョの狙いだろう。あの二人なら、無理をしてでも飛び込んでくる。それを待ち受け、ナツミさんの惨たらしい姿を見せつけ、絶望に引きずり込む。ダメだ。あの二人を戦わせてはいけない。

 他の誰かが必要だ。ナツミさんの心と共鳴できる誰かが。
 彼女との絆があり、ルメージョが見落としている者。あの中に飛び込む覚悟のある者。

 いる……はずだ。
 本人がそれに気づいているかどうかは、わからない。
 だが、やれるはずだ。私がここに到着したとき『彼』とすれ違った。あの時に感じた『彼』の想いはナツミさんのことだけだった。なぜ、そうだったのかは知らない。それでも、あの想いが本物であれば……『彼』はきっと目覚める。
 イバライガーRはそれを信じた。『彼』は必ず来る。そのときに最後の、そして一度だけのチャンスが訪れる。
 ナツミさん、それまで耐えてくれ。

 誰かが、私に呼びかけている気がする。

 でも、もういいの。誰も巻き込みたくない。静かに終わりたい。私が心配していたことは、もうなくなったの。
 あの人が死んだときには、全てが終わったと思った。あの人を守れなかった全てを恨んだ。
 けど、あの人は、死んでいなかった。さらに雄々しくなって帰ってきた。
 そして、あの二人。強くなった。私がいなくても大丈夫。導いてくれる人、見守ってくれる人、守るべきもの。全部揃ってる。

 だから、もういいの。
 呼び戻さないで。
 私はいなくていい。いないほうがいい。

 闇の中では、時間の感覚が曖昧になる。
 ほんの数分なのか。それとも1時間以上、経っているのか。
 戦いは、まだ終わっていないのか。
 何をやっている? これ以上、彼女を苦しませるな。終わらせろ。お前たちになら出来るはずだろう。
 イバライガーRが貫くのか。イバガールが消滅させるのか。ブラックが斬り裂くのか。

 あいつらに、そんなことをさせていいのか。
 彼女をそんな目に遭わせていいのか。
 あの涙を見た俺が、それを見過ごしていいのか。

 だが、何ができる? 俺ごときに何が。

 ……なんだ、これは?
 この光はなんだ。

 PIASのカプセルから、光が漏れている?
 まだ起動していないはずだぞ。どうなっている?
 いや、まさか……この光は……。

 

(後半へつづく)

 


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