小説版イバライガー/第35話:私の中のあなた(後半)
Bパート
雨に打たれていた。季節は……真冬らしい。普通なら凍えて身動きもできなくなるはずだけど、寒くはない。
私は何をしているんだろう? ここはどこなんだろう?
見覚えはあるけど、思い出せない。何があったか、わからない。自分が誰かもわからない。
でも1つだけ、わかっていることがある。
私は、生きていちゃいけない。
私は、悪いものだ。危険なものだ。誰とも関わってはいけない。人間だけじゃなく、全ての生き物と関わってはいけないのだ。
けれど、私は死ねない。何故かわからないけれど、死ねないことはわかる。ビルから飛び降りても、車に撥ねられても、吹雪に覆われても、たぶん私は死なない。この世のものでは私を殺せない。
どうすれば、いいんだろう。
どこへ行けば、いいんだろう。
会いたい人がいる。そばにいたい人がいる。でも、そこにだけは行けない。それが誰かわからないが、自分にとって大切な人に違いないのだ。だからこそ近づいてはいけない。遠く……少しでも遠く離れなければ。これ以上、悲しませたくない。私さえいなければ、彼も彼女も……。
彼? 彼女?
ダメだ、思い出しちゃダメだ。思い出せば、そばに行きたい気持ちを抑えられなくなる。
そして、その人たちを殺してしまう。
閑散とした駐車場のパーキングが見えた。
料金ゲートの小さな屋根の下に、猫がいる。動かずに、うずくまっている。
私だ。私と同じだ。
帰りたい場所には帰れない。どこにも行けない。どこにもいられない。ただ彷徨い、雨に打たれ続ける。
せめて、あの猫だけでも帰してやろう。軽く触れるだけでいい。それで猫は帰れる。命の終わりという最も確実な場所に帰してやれる。身体は分解され、分子や原子にわかれ、再び何かと結びついて別な姿を見せるだろう。命と想いも、大きなエネルギーの一部となり循環していく。
それが宇宙だ。終わりは始まり。始まるために、終わらなくてはならない。
終わらせることこそが、我らの使命。
我ら?
誰のことだろう。
私の中にいる誰か。誰かの中にいる私。一番近づきたくない者。それでも、ずっとそばにいた者。
我らは私。私は我ら。どちらでもいいのだ。どうせ私は、誰とも関われない。猫を終わらせるくらいしか、できない。
手を伸ばした。猫は動かない。終わりたくないのなら動いてもいいのに。もう届く。届けば終わる。
そう、終わっていいのね。羨ましい。
猫は動かなかったが、急に耳をピンと立てた。そのわずかな動きが、ほんの数センチまで近づいていた指先に触れそうで、慌てて手を引っ込めた。
そして、振り返った。
雨の中に、ぼんやりとした影が立っていた。
ああ。あなたもそうなのね。あなたも終われない。帰れない。
わかるわ。
果てしなく伸びる闇のトンネルは、どこまでも果てしなく伸びているかのように見える。
だが、完全な闇ではない。ところどころに小さな光点が明滅している。
それらは脈打ちながら、動き出す刻を待っている。
「ルメージョが、動き出したようだな……」
「アレはルメージョではあるまい。女のほうだ。奴はまだ息を潜めている」
「ふむ……それで、どうするつもりだ? 援軍を出して回収するか?」
「いや、成り行きに任せる。ルメージョは失敗した。あの女に引きずられすぎた。それはそれで役に立ったが、もう終わった」
「いいのか? 奴はまだ何かするつもりだろう。このまま終わるとは思えん」
「構わん。ルメージョも女も、我らの計画は知らぬ。むしろイバライガーどもの目を逸らすことになる」
「ふん。俺にとっては知られたほうが都合がいいのだがな。隠れて策を弄するのは性に合わん。この爪で奴らを引き裂いてこそジャークだ」
「すぐにそうなる。それまでは待て。ルイングロウス、そしてルメージョ。奴らとの戦いでイバライガーたちは十分な力を得るだろう。あの二人も、待ち望んだ贄として使えるレベルに達するはずだ。儀式の刻は間近だ。今は力を蓄えておけ」
「よかろう。人間どもは貴様に任せる。俺はイバライガーどもと戦えればいい。完全体となった、この身体でな……!!」
仕込みは、まもなく終わる。その後は、好きにさせてもらう。何もせずとも奴らは消えるだろうが、そうはいかん。
決着は、この手でつける。
ダマクラカスンは脈打つものの一部を掴み、食いちぎり、飲み込んだ。
悲鳴が流れ込んでくる。身体が膨れ上がり変貌していく。いいぞ、もうすぐだ。もうすぐ最終形態が完成する。また貴様らとの殺し合いを楽しめるのだ。
待っておれ、ヒューマロイドども。
郊外のラブホテルに入った。
何をするつもりもないが、男女が人目を引かずに潜んでいられる場所は、他にない。
ルームナンバーが書かれたパネルから最上階の部屋を選んでボタンを押し、受付で宿泊と告げると、初老の女は怪訝そうな顔を見せた。まだ夕方だから、この時間から宿泊を選ぶ客は滅多にいない。それでも客は客だ。妙な事情を抱えたカップルも珍しくはないのだろう。代金を払うと黙ってルームキーを差し出してきた。
エレベーターに乗って、ボタンを押す。最上階といっても3階までしかない。部屋数も全部で12室。1階に2室、2階と3階がそれぞれ5室ずつの小さなホテルだ。
女を促して部屋に入った。受付のパネル写真では広そうに見えたが、実際には狭い。中央に、その狭さに似合わない大きなベッドがあり、左の壁に安物のソファー、ガラステーブル、小型冷蔵庫。正面には滅多に開けないだろう小さな窓。右の壁にテレビが据え付けてあり、空調は出入り口の脇。その横にトイレ、洗面、バスルーム。
ソウマはそれらを素早くチェックしてから女をベッドに座らせ、自分もソファーに腰掛けようとしてから気づいて、部屋の灯りをつけた。暗がりに馴染んでしまっている。俺も、この女も。
暖房のスイッチを入れる時、少しだけ躊躇した。寒いままのほうが、この女には都合がいいのではないのか。
いや、違う。
俺は人間を助けたはずだ。この女の中に人ではないものが潜んでいるにしても、そんなものに配慮する必要はない。
女は、ずっと黙ったままだ。濡れた服も、そのままだ。
「たぶん、バスルームの前にローブがある。シャワーも使える。しばらく眠ってもいい。食べ物もコンビニで買ってきたものがある。心配するな。何もしない」
女=ナツミは答えないが、うなずいた。
俺は、何をしている?
TDF本部か、イバライガー基地に連れていくべきなのに、ホテルに連れ込んでしまった。
この女はジャークだ。それも恐ろしい四天王だ。敵なのだ。人類を脅かす悪魔だ。速やかに殺すべきだ。脱走はできたが、かつての力はなさそうだ。今なら俺でも殺せるはずだ。こんなところに匿う理由は何もない。
実際、ナツミを見つけた時には、とっさに銃を抜いていた。即座に殺そうと思っていた。
この女には、何度も苦しめられた。仲間を殺され、屈辱を受けた。シンやワカナにとっては友人らしいが、俺には憎しみしかない。そのはずだった。
だが。
『帰りたい。だから帰れない。どこにも行けない。どこにもいられない。あなたは私を殺せる? 殺す前に殺して。私が何かをする前に殺して』
彼女は、銃口に向かってそう言った。
その声を聞いた途端に、気づいてしまった。
この女は俺だ。俺と同じだ。
どうしていいのか、わからない。何もできない。力もない。頼っていたものの全てが幻想。
ジャークとイバライガー。ネガティブとポジティブの戦いに巻き込まれ、翻弄され、居場所も目的も見失い、ただ雨に打たれ続ける。
自分の車に乗せたときには、まだ本部に連行するつもりだった。
なのに、ここに来てしまった。
このまま隠れていられるわけもない。宿泊どころか、休憩時間も終わらないうちに見つかるだろう。
それでも時間が欲しかった。
たぶん、この女を救うことはできない。戦闘員程度の汚染ならともかく、ナツミはジャーク四天王……氷の女帝ルメージョなのだ。
人に戻れる可能性は限りなく低い。シンたちも、それは承知しているはずだ。
だからこそ……ほんのわずかでいい、彼女を休ませてやりたいと思った。戦いから遠ざけて、静かな時間を持たせたい。人に戻れなくても、人であった時間を味わわせたい。そうでなくては俺は……俺たちが救われない。
銃を抜いて、テーブルに置いた。MCB弾、それも改良型の強力なやつが装填されている。
異変を感じたら、即座に撃つ。それをわからせてやったほうが、たぶんナツミは安心するはずだ。
「……私、眠っていいのかしら。自分を休めるなんて……そんなことが許されるのかしら……」
声が、聞こえた。ルメージョではない。ナツミの声だ。
「構わん。俺が見ていてやる。殺せそうなら殺してやる。今のお前なら、たぶん殺せる。だから安心して眠れ」
「ありがとう。あなたを信じるわ。私、眠ってみる。あなたが見ていてくれるなら……そのままずっと目覚めずにいられるかもしれない……私を終わりにしてくれるかもしれない……こんな気持ち、久しぶり……ありがとう。本当に……」
ナツミが横になった。寝息は聞こえないが、眠っている。
ソウマは、戸惑っていた。今のは……今、横になる直前に一瞬だけ見せた表情は……。
微笑んでいた? 本気で俺を信じたのか。
そっと手を伸ばし、ナツミの目の端にわずかに浮かんだ煌めきを拭って、見つめた。
涙。氷に閉ざされた山から滴った、たった一滴の雪解け水。恐らくはジャークに囚われて以来、初めてのものだろう。
それを俺に託した。同じ哀しみを感じ取った相手に。
ソウマはしばらく指先を見つめた。涙はすでに消えている。それでも見つめ続けた。
再び腰を下ろしたときには、覚悟を決めていた。
自分がやっていることは間違い無く隊規違反、いや裏切りだ。
それでも、この女が目覚めるまで、俺は守る。ナツミをナツミとして死なせてやるために守る。
イバライガーたちの戦いには、俺はもう届かない。だから届くものを守る。
こんな俺にでも、できることはあるはずだ。
「ナツミが見つかったって本当!?」
「ああ。アケノから場所のマップも届いてる。Rたちは、すでに出動した」
「ここね? えっと……谷田部インターの先の……え? こ、ここって……その……いわゆる……ラブホテル??」
「ソウマと一緒らしい」
「ええええええええっ!? ちょ、ちょっと! どうなってんの!?」
「わからん。事情が全くわからん。ただジャーク反応はまだないらしいから、ルメージョじゃなくてナッちゃんのままなんだろう。つまりソウマがジャークに捕まったんじゃなくて……」
「ふ、二人でラブホテル……」
「とにかく俺たちも行くしかないよな。何かすげぇヤボな出動になりそうだけどさ……」
「ら、ら、らぶほてるにしゅつどう……」
ワカナは真っ赤になっている。シンは、MCBグローブをはめながら苦笑した。コイツ、こういうことには免疫ないんだよなぁ。
ゴゼンヤマ博士も困惑してコメントしにくいといった表情を浮かべている。
一方、エドサキ博士は冷静だ。
「照れてる場合じゃないでしょ。そこにいるのはナツミさんとソウマだけじゃない。間違いなくルメージョもいる。力を失ったように見えていても、本当のところはわからないし……というよりも今度ルメージョが出てきたら、それこそ最終決戦になるはず。向こうもなりふり構わず出てくるわよ?」
「な、なりふりかまわず……」
「いちいち赤くなってんじゃないの! とにかくセックスの最中だろうがお構い無しに踏み込んでナツミさんを連れ戻して来なさい!!」
「せっく……!?」
ダメだ、こりゃ。
シンは諦めて、呆けているワカナの背中を押した。何にしてもナッちゃんを助けるにはワカナがいなくちゃダメだろうし、置いていってもじっとしていられるわけがない。赤かろうが青かろうが、現場にいたほうが落ち着くはずだ。
それに……ルメージョの本当の力は、まだわかっていない。俺たちのオーバーブーストが必要になるかもしれないのだ。
ブツブツ言ってるワカナと一緒に正面ゲートに出たとき、ぞっとする気配を感じた。
この感じは……ルメージョが目覚めた? まずい。出遅れた。
「シン!!」
マーゴン、いやイモライガーがワゴンを回してきた。カオリもすでに乗っているようだ。
「場所はわかってるよな?」
「うん、ラブホだよね!」
「いや……まぁ、そ~なんだけど……」
「ラブホ! ラブホ! ラブホに出動ぉおおお」
「ソレ言うな! はしゃぐなっ!!」
ようやくワカナが怒鳴った。うん、いつものノリに戻ってる。マーゴン、ナイスボケだ。
「みんな、油断するなよ。今日は雨だ。奴は冷気を操る。周囲の空間が丸ごと氷の刃になって襲ってくると思ったほうがいい。絶対に近づくな」
「そうはいかないわよ! 氷なんか私とガールで溶かしてやる! そんで部屋に乗り込んで……」
赤くなったワカナが、またフリーズした。
やっぱダメだ、ほっとくしかない。
ソウマは銃を構えていた。
ナツミを死なせてやるため……ではない。それどころじゃない。力を失っているなどと思ったのは甘かった。なんだ、これは。
女の身体が起き上がった。自力で起きたというより、見えない糸に操られているかのような動きだ。がくんと垂れ下がった首が、ゆっくりとこちらを向いた。赤い目が妖艶に光っている。くそ、ダメだ。今の武装ではどうにもならない。いや、何があったとしても同じだ。俺には何もできはしない。
「……お前……か……久しぶり、だねぇ……」
「き、貴様……ルメージョか!?」
「礼を言うよ。私にこのボディを取り戻させてくれたことにね……」
「なんだと!?」
「ナツミに奪われていたコントロールを取り戻せたってことさ。お前がナツミを眠らせたのだろう? 私がいくら干渉しても逆らい続けた女を、お前が手なずけてくれた……」
俺が……ルメージョを復活させてしまったというのか。脱走したのはルメージョではなく、ナツミだった? ナツミがようやく押さえ込んだルメージョを俺が目覚めさせた? 張り詰めていた彼女の心の糸を、俺が断ち切ってしまったのか。なんてことだ。ちくしょう。
「ふふふ、たいしたもんだねぇ、使えない人間かと思っていたけど謝るよ。後で、この女の身体を好きにさせてやってもいいんだよ。それが人間のオスの望みなんだろう?」
「貴様ぁあああああああっ!!」
「わははは! 心の底を見透かされて逆上したか!! けど、もう終わりさ!! 私も私が眠らせていたものを目覚めさせた!! もう今までのルメージョじゃあない!! ルイングロウスやランペイジを倒した程度で調子に乗ってもらっては困るのさ!! 本当のジャークの恐ろしさを、この私が見せてやるよぉおおおおっ!!」
ルメージョの叫びと同時に、何かが部屋に突っ込んできた。そのまま抱きかかえられ、外へと飛び出した。この姿……イバライガーX? シン? いや、それにしては身体のサイズが違う気がする。全身も赤一色だ。Xというより赤くなったイバライガーブラックに近い。まさか……!?
「大丈夫か、ソウマ?」
た、隊長!? Xを装備しているのはアケノ隊長なのか?
遠隔操作ではないようだ。つまり本当にXを着ているらしい。そういうふうにナノパーツを調整し、事実上の変身を可能にしたということか。
周囲を見回した。ホテルはすでにTDFが包囲している。やはり、とっくに気づかれていたか。当たり前だ。隊長を欺くなど出来るはずがない。
「すぐにシンたちも来る。お前は下がれ」
「す、すみません……俺は……」
「いや、泳がせたのは私の判断だ。我々で包囲して捕らえるより、お前がナツミを抑えられれば、そのほうがいいからな。無傷で回収し、ジャークに関する情報を得る。そのために放置しただけのことだ。被害……お前が死ぬ可能性すら覚悟の上で、な……」
少し、うつむいていた。マスクに隠れて隊長の顔は見えない。非情な作戦だったことを気にしているのか。構わない。俺たちは、そういう覚悟のもとで戦っている。俺の勝手な行動が利用できるというのなら、むしろ本望だ。だが……。
「こうなってしまっては、私たちは見ているしかあるまい。この急造のイバライガーXでは太刀打ちできん。むろんPIASでもな。シンたちに任せるしかない。本当は、それもさせたくはなかったが……」
話していられたのは、そこまでだった。イバライガーX=アケノとソウマは同時に跳んだ。立っていた場所……いや空間が一瞬で凍りつく。ホテルも、背後の林も真っ白になっている。冷気なんてものじゃない。液体窒素をバラまいたかのようだ。
ホテルの最上階が丸ごと吹き飛んだ。凍結した木々が、チリのようになって崩れていく。巨大な甲殻類の爪のようなものが外壁を貫いて飛び出し、周囲に突き刺さっている。
「あれは……ルメージョの甲冑……!?」
間違いない。何度も戦った相手だ。サイズこそ違うが、あの爪はルメージョの甲冑の一部だ。
爪の内側……本体があるはずの部分に、淡い粒子状のものが渦巻いている。それが伸びた。腕だ。巨大な腕が、伸びてくる。
「掴まれ!!」
言われる前に、イバライガーXにしがみついていた。一気に跳ぶ。眼下で無数の筋がのたうっている。あれはルメージョの髪……と思った途端に像がブレた。クロノスラスターを吹かした? いや、今度はサイドスラスターか? 空中で姿勢を変えながら、結界のように広がった髪の毛状のエネルギー流を躱している。周囲の全てが歪む。雨も雹に変化してぶつかってくる。掴まっているだけで精一杯だ。
ようやく着地したとき、ソウマは立っていることが出来なかった。パンチドランカーになったかのように、頭がフラフラする。
「見ろ、どうやらアレがルメージョの正体らしい……」
震える足を支えて、なんとか立ち上がった。まだ景色がボヤけている。ぼんやりとした中に、さらにぼんやりとした何かが見える。
焦点が合ってきたとき、ソウマは息を飲んだ。
ホテルがあった場所に、巨大な女が立っていた。周囲で渦巻く雪と雹で全身は見えないが、100メートルはありそうだ。身体が透けて見える。半透明……というよりも実体が希薄なエネルギー体なのか?
「そういうことか……」
アケノの声が聞こえたが、振り返る余裕はない。なんなのだ、これは。ナツミはどうなった?
「ジャークの本質はエネルギー体のほうだ。だが実体がないままでは、こちらの世界で力を振るうには不利だ。だからルイングロウスは量産型PIASを乗っ取り、アザムクイドはダマクラカスンと身体を共有している。ルメージョも同様にナツミの身体に潜んでいると考えていたが、そうではなかったらしい。見ろ。各部の甲冑から稲妻のように光が走っている。恐らくは神経伝達のようなものだろう。甲冑があのエネルギーボディを支えている。つまりナツミではなく、甲冑のほうが本体だったんだ」
甲冑が本体? それじゃナツミは、まだどこかにいるのか? 生きているのか?
『ふふふ……いるよ。ここにね……』
巨大なルメージョが口を開けた。その中に全裸のナツミが浮かんでいた。動かない。意識がないようだ。その身体を何枚もの舌が覆っている。舐めている。恍惚と苦悶が入り混じったナツミを十分に見せつけてから、ルメージョは呑み込んだ。
『どぉ? 見たかったんでしょ、こういうのを。もっともっと見せてあげる。この子にも前に約束したからねぇ。嬲り尽くし、究極の快楽と絶望を味わってから殺してあげるとねぇええええええ……』
くっ。このクズめ。ナツミを……嬲るだと。雨に打たれ、それでも誰も巻き込まずに一人で死に場所を探していた。そんな女を……そんな女の最後の時間を……これ以上辱めるというのか。許せねぇ、ジャーク。てめぇらは本物の悪魔だ。
「……ナツミを助けたいか?」
アケノの声が聞こえた。静かで、抑揚はあまりない声だった。それでも、無意識に前に踏み出そうとしていた身体が止まった。
「……もう一度、聞く。ナツミを助けたいか?」
答えられない。助けたいと言ったところで、俺にはその力はない。この状況はルイングロウスのときと同じだ。俺には手が出せない戦いだ。ジャークとの戦いは、もう俺には……俺たちには届かない領域になってしまっている……。
「まぁ、いい。しばらくは指揮車で休んでいろ。本番が始まる。戦えない者は邪魔だ」
「クロノォオオオオッ……スケェエエエエイルッ!!」
イバガールの光の翼が広がる。そのまま光の輪となって、ルメージョを中心とした半径1キロほどの空間を封じた。TDFと地元警察がエリア内の住民を避難させているはずだ。ガールの結界の内側で食い止められれば、被害は最小限に抑えられる。
イバライガーRは、拳を固めて一気に間合いを詰めた。長引かせるわけにはいかない。巨大化したとはいえ、存在は希薄だ。ナツミの内部に凝縮されていたものが薄まって膨張したようなものだ。貫ける。今の私達なら、消滅させられるはずだ。
腕が、振り下ろされる。躱す。周囲が一瞬で凍りつき、砕け、ダイヤモンドダストのように散らばる。輝く破片の中を疾る。狙いは左肩。あそこにブレイブ・インパクトを叩き込む。
確実に当たる。そう確信した瞬間、Rは急制動をかけた。ナツミ。狙ったポイントに、ナツミの顔が浮かび上がっている。無数の髪の毛が伸びてきた。エモーション・ブレイドで斬り裂き、後方へ飛んだ。
人質、ということか。あの希薄なエネルギーボディのどこかにナツミがいる。ルメージョはそれを自由に動かし、こちらが狙った場所に盾として配置できるということか。
奴の隙をついて内部に飛び込み、まずナツミを救出すべきだ。だが……膨大な熱エネルギーに変換したブレイブ・インパクトならともかく、それ以外の部分が直接ルメージョに触れるのは危険すぎる。
物質の温度が下がると、分子や原子の熱運動が抑えられ、結合力は高まる。しかし、それによって応力を吸収することができなくなり、外力に弱くなる。低温脆性という現象で、ルメージョとなっているエネルギー領域自体が、そういう状態になっている。ナツミの身体は何らかのフィールドでガードしているようだが、それ以外は接触した瞬間に凍結され砕かれる。ランペイジ化し暴走したときの自分が使ったというクライオ・インパクト。通常攻撃の全てがそれと同じということだ。
予想よりも手ごわい。だが、時間はない。
奴のエネルギーの供給源は、ナツミだ。彼女から直接エモーション・ネガティブを取り込んでいる。エモーション……感情エネルギーは生命力と同じようなものだ。これほどの力を使い続ければ、ナツミは死ぬ。
『どうしたの、イバライガーR? ずいぶんと強くなったと聞いたわよ? もう1つのRを手に入れたのでしょ。見たいわ。使ってみなさいよ。それとも……私にその気にさせてもらいたいのかしら? この舌と……この口でぇえええ!!』
ルメージョの全身に無数の口が浮き出し、舌が伸びてきた。冷気の波動がよだれのように撒き散らされる。全方位攻撃。躱しきれない。
「くっ! ダブルR……レディアンス発動っ!!」
黄金の輝きが全身を包む。その力でルメージョの波動を相殺した。それでも多少のダメージはある。ミニRはシンたちをガードしながら、こちらに向かっている。シンクロはしているが、まだ遠い。十分な出力が得られない。
『ふぅん、それがレディアンス。そして周囲を取り巻いているのがイバガールのフェアリー。でも、まだ見た目だけ。本領発揮じゃないようね。間に合うかしら? 出し惜しみしてると死んじゃうわよ。あなたたちも、ナツミもね……』
「そうはさせない! 私たちは必ずお前を倒す!! そしてナツミさんを取り戻すっ!!」
『面白いわ!! やってみせなさい、イバライガーR!! 滅ぶことこそがジャークの望み!! それを叶えてちょうだい!! ただし……私の真の力……このルメージョ・エビルを止められるというのならねぇええええ!!』
ED(エンディング)
ようやく現地に着いた。ワゴンをガードしながら一緒に出動した初代やミニライガーたちは、すでにそれぞれの持ち場に散っているはずだ。
「マーゴンとカオリは、安全な距離まで下がって待機していてくれ」
「待てよ、シン。ナッちゃんを助けるんだろ。だったらボクも一緒に連れてけよ! ボクら4人はいつもつるんでたんだしさ」
「気持ちはわかるけど……でも今回は私たちに任せてよ。大丈夫。後でいくらでも昔みたいにバカ騒ぎできるって」
まだ何か言いたそうだったが、マーゴン=イモライガーは黙って、ワゴンのアクセルを踏んだ。走り去るとき、後席の窓からプクッと膨れた丸っこいものがハミ出して見えた。カオリのほっぺただ。やはり不安で口いっぱいに何かを頬張っているのだろう。
「……やっぱマーゴンもカオリも、気づいてるよな……」
「うん……」
何がなんでもナツミを助ける。そのつもりだ。けど、助けられない場合もある。
これまでだって、救えなかった人は何人もいた。ナツミが俺たちのダチだからって、犠牲を増やしてまで特別扱いはできない。
そんなことは全員がわかっている。口に出せないだけだ。そして、もしもそうなったときにマーゴンやカオリに見られたくない。俺たちと同じくらいナツミと親しかったマーゴンや両親を救えなかったカオリの前で、そのシーンになるのは絶対に避けたかった。二人のためじゃない。自分たちが耐えきれなくなるからだ。それを察して、マーゴンは引いてくれた。すまん。
「さ、行こう。悪いことを考えるのはなし。私たちがポジティブじゃないと、出来ることも出来なくなっちゃうしね」
ワカナが歩き出した。付いていく。100メートルほど先にTDFが展開していて、そこからさらに300メートルほどのところで、巨大な女の姿をしたエネルギー体が暴れている。
だがシンは、別なものが気になった。
前回の戦いのときに、一瞬だけ感じた気配。気のせいかと思っていたが、それと同じものをさっきも感じた。ワカナには、わからなかっただろう。
PIASを装着したことがないから。
でも俺は知っている。1度だけPIASで戦ったことがある。あのときの感覚。それをさっき感じたのだ。
まさか……いや、しかし。けどラブホだしなぁ。感情がアレになるナニカが起こっても不思議じゃないかもしれないし……いやいや。
「シン、何やってんの!? 早くっ!!」
怒鳴られた。確かにヘンな妄想してる場合じゃない。
でも。
もしもそうなら、それが奇跡の一手になるかもしれない。
次回予告
■第36話:マイ・フェイバリット・シング /イバライガーPIAS登場
ナツミを人質に、最後の戦いを仕掛けるルメージョエビル。攻撃すればナツミが死ぬ。ためらうシン、ワカナに呼びかけるナツミ。私を殺して。幸せになって。そんな彼女の悲しみに触れたソウマは、心から彼女を救いたいと願う。その想いが、ついにPIASのエキスポ・ダイナモを発動させる。本当の力に目覚めたPIASは奇跡を起こせるのか!?
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