小説版イバライガー/第35話:私の中のあなた(前半)

2019年4月30日

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OP(オープニング)

 冬の冷たい雨が、墓石を濡らしていた。
 コートには撥水処理が施されているが、それでも染み込んでくる。
 傘はない。元より自分たちは傘など持たない。濡れることなど、気にしない。泥にまみれることも、血を流すことも。
 それが仕事だ。俺も、仲間たちも、全てを飲み込んだ上で任務に付いた。
 それでも、虚しくなることがある。

 ソウマは、墓碑に目をやった。葬られた代々の名が刻まれている。一番新しいのは半年前のものだ。
 自分のロッカーの隣に書かれていた名前だ。
 シンたちには伝えていないが、仲間はずいぶんと減った。補充され続けているから隊としてはむしろ増えているが、以前からの仲間は、すでに半分以下だ。特に、ジャークへの対処法が確立されていなかった初期の戦いでは、多くの仲間が消えた。
 彼女も、その一人だった。
 生前は、それほど仲がよかったわけじゃない。同じ部隊の仲間というだけだ。気軽に立ち寄れる場所に墓があるのが彼女だけだから、ここに来る。死んでからのほうが、たくさん話している気がする。
 彼氏が出来そうだと言っていたよな。けど、葬式ではそれらしい奴は見かけなかったぞ。死んだら終わりか。
 わかってる。生きている者は死んだ者とは付き合えない。死んだ奴に引きずられていては、前に進めない。死者と折り合いをつける。それが供養ってもんだよな。いつまでもこだわっている俺が女々しいだけだ。

 でもな……俺はお前らを忘れられない。
 あのルイングロウスとの戦い。怒涛のように溢れかえるランペイジ。覚醒したイバライガーたち。
 俺は何も出来なかった。PIASを使ってなお、奴らの一体すら倒せなかった。
 もう、この戦いは俺たちの手の届かないものになっちまったんじゃないのか。いや、最初からそうだったんじゃないのか。
 そうだとしたら……お前らはなぜ死んだ? 俺はなぜ今も戦っているんだ?
 俺は、何をすればいいんだ?

 彼女の声は、聞こえない。当然だ。俺はシンでもイバライガーでもない。死んだ奴らは死んだままだ。
 ポケットから振動が伝わってきた。スマホの着信。また任務か。俺にできることがあるのか。それは意味のあることなのか。死んでいった仲間たちが納得できることなのか。

 雲は厚く、重たい。雨は、止まない。
 それでもソウマは、踵を返した。

「仕事が入った。また来る。それまでに答えが見つかる……とは思えないけどな……」
 思考を声に出してみたが、返ってきたのは雨音だけだった。

 

Aパート

 厚い雲が広がりつつあった。北のほうは、もう降っているだろう。この辺りも十数分もすれば、雨だ。そして当分は止まなくなる。
 だが、それまでには終わるはずだ。
 アケノはシン、ワカナと並んで、草原を見渡した。丘のように盛り上がったり窪んだりはしているが、野球場3つ分ほどの広さはある。草原といっても草が生えている部分は少ない。かつては畜産試験のための牧場だったが、接収してからは草地のメンテナンスはしていないのだ。
 あちこちに、かつてはなかった穴が空いている。倒木なども放置されている。
 その1つ1つがいつのものか、アケノは全部覚えていた。
 倒木は、ジャークの襲撃があったとき。あの穴は、カタルシス・フュージョンで初代とRが戦ったとき。その奥の抉れた地面は、ランペイジ化したRとブラックの戦いのときのものだ。
 その同じ場所で、イバライガーRとイバガールが対峙している。二人の後方には、それぞれミニライガーRとミニガールが付いている。
 新モードに覚醒して大幅にパワーアップした力をテストしているのだ。

「ミニちゃん、行くよっ!!」
「うん、お姉ちゃん!!」
 イバガールが地を蹴った。ミニガールは動かず、意識を集中させているようだ。宙を舞うガールのマフラーが4枚の翅へと変形し始めた。
 フェアリーモードを発動したイバガールが、煌めきの中を一気に飛翔していく。
「私たちもやるぞ。頼むぞ、ミニR!!」
「はいっ!!」
 イバライガーRが身構え、全身が黄金の光に包まれた。新たな力=レディアンスの発動には問題ないようだ。ミニRはミニガールとは少し違って、Rの動きをトレースするように構えている。意識はRとのシンクロに集中しているはずだから、ボディをオートモードにしているのだろう。
「来い、ガール!!」
「へっへ~、今日は思いついた新技試しちゃうからね。びっくりしないでよ、Rっ!!」
 虚空の一点に静止していたイバガールが、Rめがけて突っ込んでいった。
「いっけぇえっ!! 光の翼ぁあああっ!!」
 ガール・フェアリーのクロノ・スラスターから迸った光が、巨大な翼のように広がった。そのまま空間ごとRを飲み込み、駆け抜ける。Rは、その全てを正面から受け止め、すれ違う瞬間に拳を放った。ガールはきりもみするようにギリギリで躱している。拳圧が数十メートル先に設置しておいた即席障壁を激しく振動させた。もう一撃当たれば粉々に吹き飛ぶだろう。

 着地したガールが、こちらに振り返った。
「どう? なかなかのもんでしょ?」
「うん、かっこいいよ。二人とも新モード発動までの時間がかなり短縮されてるし、これなら実戦でも大丈夫じゃない?」
 ワカナが拍手しながら駆け寄っていった。
 だが、シンは黙ったままだ。物足りないのだろう。チラチラとこちらを見ている。
 アケノは気付かないふりをして歩き出した。少し遅れてシンも付いてくる。横に並ぶのを待って声をかけた。
「ダメだからね? 気持ちはわかるけどダメなものはダメ」
「わかってるよ、十分にすげぇよ、あいつらは。けどさぁ……」
「……それ以上言うと拘束するよ?」
「よせ! ただでさえ、このところ検査だナンダで拘束気味だったんだから!!」
 Rたちが、近づいてきた。二人とも、すでに普段のモードに戻っている。シンはRたちに歩み寄って、肩を叩いている。
 笑顔を見せている。うなずいてもいる。けれど、満足はしていない。

 確かに、Rもガールも大きくパワーアップした。
 レディアンスやフェアリーの発動自体は単独でもできる。さらにミニガール、ミニRとのシンクロでパワーを上乗せすることもできるようになっている。以前のブラック&ミニブラックのオーバーブーストと同等以上の力は手に入れている。それだけでも、これまでレベルの戦いなら、楽に圧勝できるだろう。
 だが、それでも……前回の戦いで発動させた『真のオーバーブースト』とは比較にならない。
 あの力は、まさに究極だった。現在のシン、ワカナ。R、ガール、ブラック。そして彼らのメモリーの中に遺された未来のシン、ワカナの意識。決して重なるはずのない3つの同じ魂をシンクロさせた、奇跡としか言いようのない力。
 シンは、それをもう一度試したがっている。
 二人の身体には異常はない。むしろ以前より調子がいいらしい。だからこそ、やってみたいのだろう。
 けれど許可できない。

 異常がないはずがないのだ。見つかっていないだけで、問題はすでに起こってしまっているはずだ。次にあの力を引き出したら何が起こるかも、予想はつく。シンもワカナも、気づいているはずなのだ。
 あの二人には、前回の戦いを経て何か特別な覚悟のようなものが生まれている。見た目は変わらないが、今までの二人じゃない。
 それがアケノには、わかる。戦場で度々出会った、何かを吹っ切った者だけが放つ気配。わずかだが、今のシンとワカナにはそれがある。そうなった者たちが、その後どうなったかも知っている。
 だから、あの力は使わせたくない。シンは練習しておきたいのだろうが、そんなものは必要ない。その時が来れば、あの力は再び発動する。そのときには止められないし、止めるわけにもいかないはずだ。
 とにかく、今は今のままで十分だ。
 まぁRたちには、新しい力の応用をもう少し覚えてもらう必要はあるようだが。

「二人とも悪くないね~。特にイバガールの光の翼は、ナノ特異点を生み出すクロノ・スケイルと組み合わせると面白い技になるんじゃないかな~」
「なるほど。クロノ・スケイルを発動して光の翼を使えば、周囲の空間ごと断ち切る巨大な刃として使うこともできる、か。エネルギー消費が激しいだろうが、ルイングロウス戦のような広域攻撃が必要な時には有効だな」
「うわ~~、エゲツない~~。可憐な私が使うにはちょっと乱暴な気がするな~~」
「……か、可憐?」
 全員が同時につぶやいた。
「何よ、私フェアリーよ。妖精なのよ。可憐以外の何だっていうのよ!?」
「……うぷぷ……」
「笑うなぁあああああ!!」
「いや、私たちは笑ってないって」
「じゃあ、今のは……?」
 ミニガールがガールのスカートの裾を引っ張った。丘の上を指差している。一同が振り返った先には、ミニブラックが立っていた。
「へへへ、見せてもらったぜ、可憐をよぉ」
「うっさい! ていうか、そんなトコで何してんのよ?」
「引越しが終わったんでな。ちょいと散歩」
「引越し?」
「ああ。今日から俺様たちもここに住むからな」
 ミニブラックが、基地の屋上を指差した。平らなはずの屋上に、ドーム状の何かができていた。けっこう大きい。
「お、おい? まさかアレって……」

 基地に駆け戻っていく全員を、アケノは黙って見送った。
 最初から気づいていた。まぁコッチは気にしても仕方ない。テストのほうもRやガールの能力確認というよりも、シンが余計なことをしないか見張っていただけだ。
 ここから先は、別な問題のほうに集中すべきだろう。もうすぐシンたちも気づく。それまでに問題が終息するとは思えないが、すでにソウマたちに命令は出している。騒ぎになるまでに多少の情報が得られるかもしれない。

 


 表札が出ていた。
 いや、立て札……っていうか警告文っていうか……。
「『勝手に近づいたらぶっ殺す、イバライガーブラック』だぁあ……?」
「い、いつの間に……!?」
「こ、この外壁……壊れたNPL防壁を流用しているのか……」
「ある程度、補修されてるわね。防音、防温、防弾……基地自体よりよほど頑丈よ、これ……」
 カオリ、ゴゼンヤマ博士、エドサキ博士の声を聞きながら、マーゴンは唖然としてドームを見上げた。
 昨夜、いや今朝まではなかったはずだ。訓練に出ていたシンたちからの連絡がなかったら、気づかなかった。避難していた人たちは帰宅が許されていなくなっているけど、TDFは今も常駐してる。その警戒を破って、わずかな間にこんなのを作っちゃったってのかぁ!?
 中は3DK、いや3LDKはありそうだ。
「マーゴン、ノックしてみたまえ」
「ヤダよ! あの表札見たでしょ! 博士がやってよ!」
「いや、ここはマーゴンさんでしょ」
「ええ、曲がりなりにもイモライガー……ライガーを名乗ってるんだから当然ね」
「お、お前らなぁああ……ボクに死ねってのかよ!?」

「朝っぱらからうるせぇぞ!!」
 こ、この声は……。マーゴンは恐る恐る見上げた。
 ドームの上に、漆黒の姿が立っている。金槌のようなものを持っている。屋根はまだ完成していなかったらしい。
「うわぁああ、そんなトコにいたぁあああああっ!!」

 ひらりと舞い降りてきたイバライガーブラックが、金槌をマーゴンの鼻面に突きつけた。
「てめぇら、何にしに来た? 表札が見えなかったのか?」
「あ、いや、その……ボクは何も……ちょこっと通りかかっただけで……雨も降りそうだし、もう行きます、じゃっ!!」
 こんなヤバいトコにいつまでもいられるか。ジャークのほうがまだマシだよ。
 ……と振り返って駆け出そうとしたトコで、何かにぶつかってひっくり返った。わぁああ、やられた~! もうオシマイ!! いよいよ最後です、さようなら皆さん、さよぉならぁああ。
「ほら、ちゃんと自分で立ってよ」
 へ? この声はイバガール? ん、初代もRもいるぞ。シンとワカナも。なんだよ、お前ら遅いよ。本物のイバライガーなんだから、もっと早く来いよぉおお。
「ちっ、ゾロゾロ集まってきやがって。もう一度言う。てめぇら、何にしに来やがった?」
「いや、何しにも何も、ここ俺たちの基地だし……」
「ていうか……何でこんなのを作っちゃったの?」
 シンとワカナが気軽にツッコミ返した。お前ら、度胸あるな~~。
「ふん。俺が求めていた『力』は復活した。未来のことも含めて、謎の多くはてめぇらにもわかったはずだ。なら、この先はあえて別行動を取る必要はねぇ。だからここに拠点を作ったというだけだ。いちいち気にするんじゃねぇ」
 いや、気になるって!!
「でもさ、わざわざ自分の部屋を作らなくても……避難してた人たちももういないから部屋は十分に余ってるんだし……」
「ああ。ブラックがこの基地に住みたいというなら、こっちに異存はない。好きな部屋を選んでくれていい」
 今度はガールとRが前に出てきた。こら、ボクから離れるな! ていうか異存あるって! あのおっかないブラックがここにず~っといるとか冗談じゃないって! 特に屋上は、ボクがサボるのに必要な場所なんだよ。止めろ、何としても止めろ!!
「おい、勘違いするなよ? てめぇらと馴れ合うつもりはねぇ。ジャークを倒すために都合がいいから来ただけだ。俺はてめぇらを利用させてもらうが、てめぇらが俺を利用することはあり得ねぇ。覚えとけ!」
 うわぁああ、すげぇジャイアニズム……。
「……わかったよ、それじゃあ、それでいいや」
 いいのかよシン!? つ~か、こんな重大なコト簡単にOKすんなよ!!
「そうだな、ブラックがここに常駐するというのは悪くない。Rたちがパワーアップしたとはいえ、ジャークを倒せたわけじゃない。奴らはさらに強大な何かを仕掛けてくるはずだ。対抗するにはブラックの力が必要だろう。それに……特異点の中でRやシンとは話し合ったんだろう? それなら互いの事情も今はわかっている。今後は衝突する危険も少ないはずだ」
 あああ……初代イバライガーが上手くまとめちゃったよ。ダメだ、こりゃあもぉ確定事項だ……新しいサボり場所探さなきゃ……ブラックにも見つからない場所を……って、そんなの無理に決まってんだろ! ちくしょ~~~~っ!!

 諦めて立ち去ろうとしたら、また進路を塞がれた。ワカナだ。なんかモジモジしてる。あの顔は……マズイ、これはマズイ。
「ねぇ、ブラック……あのさ……その……ちょっと部屋の中、覗いていい?」
 ほら言ったぁあああ! 余計なコト言ったぁああああ!! お前らドイツもコイツも看板見てないのかよ!? ちょっとそこに座れ!!
「……まぁ、いいだろう。だがワカナだけだ。他の奴が近づけば……容赦はしねぇ!」
 え? いいの? ワカナだけ? なにそれ!?
 ドアが自動で開いた。ブラックやミニブラックの意思で動くドアなのか? どんだけハイテクなんだよ!?
 数分後、部屋から出てきたワカナはフニャ~っとした顔をしてる。
「ど、どうだった?」
「すごいよぉ……どっから持ってきたか知らないけどフカフカのソファーとかあって超ゴージャス……」
「ま、まさか盗んだんじゃ……」
「心配するな。営業が再開されればTDFに請求書が届くはずだ」
「おいっ!?」
 くっそ~~、その手があったかぁああああ!! しまったぁあああ!!
「俺はひとっ風呂浴びてくる。てめぇら、俺の家に指一本でも触れたらタダでは済まんぞ」
 どこから出したのか手ぬぐいを引っ掛けて、ようやくブラックが立ち去った。地下のNPLプールに行くつもりらしい。もう完全に自分の家って感じに振舞っているじゃね~か。まぁ、今までも黙って勝手に使っていたらしいし、今はもうどうでもいいや。

「それじゃあ我々も仕事に戻るか……」
「そうね、相手がブラックじゃ、好きにさせとくしかないでしょ」
 エドサキ・ゴゼンヤマ両博士が歩き出し、全員が後に続く。やれやれと歩き出したマーゴンは、ワカナが少し微笑んでいることに気づいた。
「どうした? そんなにすごかったの、あの中?」
「いやまぁ本当にいい部屋だったんだけど……それより……ブラック、口調が変わったよね。今まではちょっと近寄り難いトコがあったけど、今は……言葉は乱暴だけど、親しみやすくなったというか……」
「ああ。あれが本来のブラックなのさ。俺は一度『Rの中』で会っているが……ようやく心を開いたってことなんだろう。本人は絶対に認めないだろうけどな」
 親しみやすくなった? 心を開いた? あれで? 大丈夫か、お前ら?
『おい、シン!!』
 突然、全館を揺るがすような怒声が響いた。ほらぁ! やっぱヤバいじゃんか!!
「うわっ、いきなり館内マイクに侵入すんなよ!?」
『うるせぇ! てめぇら、クリスマスだなんだと腑抜けていやがったな? 奴がいねぇことに気づかなかったのか!?』
 奴……? いない? いないって誰? ミニライガーたちはいなかったけど庭で遊んでるし……TDFのことじゃないよな。あっちはあっち。同じ場所にいても他所の人でしょ。なら、全員いるじゃん……。
 と思ったときには、自分以外のみんなが駆け出していた。何? どこへ!? いないって誰ぇええええ!?

 取り残されたマーゴンは、ポカンとして空を見上げた。分厚い雲の切れ間に残っていた小さな空が消えていく。すぐに雨が降り始めるだろう。
 それを待ってみたくなった。受け止めてやる。雨くらい、なんだってんだ。
 頰に、最初の一滴が落ちてきた。ざまみろ、そんなもん効かない……と思った直後、マーゴンは慌てて階段に駆け込んだ。あっという間に激しくなった雨音が追いかけてくる。
 振り返った。ブラックのドームハウスが雨に煙っている。その光景を頼もしいと感じていることに気づいた。
 守ってくれている。そんなふうに見えたのだ。
 階段の途中で、マーゴンはもう一度振り返った。
 屋根、大丈夫かなぁ?

 


 カプセルは、閉じたままだ。中には、ナツミの姿も見える。
 それでも消えていた。ナツミに見えるのは氷で作ったダミーだ。
「そんな!? 昨夜まではいたはずだよ! 私、毎日寝る前に見てたんだから!! ダミーだったら気づいたはずだもん!!」
「けど、今はいない……それだけは確かだ……」
 ワカナは、必死に周囲を探った。どこかに気配を残していないか。感情エネルギーの残滓があるのではないのか。
 何も感じない。恐らくは、以前の基地を襲撃したときのように気配を消していたのだろう。
 だが、どれほど気配を殺そうが、TDFの隊員たちも、基地の警備システムも、イバライガーたちにさえ気づかれずに脱出するなど不可能なはずだ。そもそも、密封されたコールドカプセルから自力で抜け出すなんて人間には……いや、目覚めることさえ無理なはず……。
「やっぱ、まだナッちゃんじゃねぇ……ルメージョが目覚めてるってことか……」
「カオリくん、とにかくTDFに知らせてくれ。ジャーク反応を完全に消して人間体でいるのならTDFや警察で捜索してもらうしかない」
「私も……!!」
 ワカナは駆け出していくカオリを追って走り出そうとしたが、エドサキ博士に腕を掴まれた。
「ダメよ。ルメージョが動き出した以上、何が起こるかわからない。非常時に対応するためにも、今は全員待機。イバライガーもね」
「でもナツミは……!!」
「わかってる。だからこそワカナはダメ。あんた彼女相手だと冷静じゃなくなるからね。前回はその想いがプラスに働いたけれど、あんな危ない賭けを何度もやらせるわけにはいかないわ。仲間を信じて待ちなさい。それが今のあんたがやるべきことよ」
 くっ。わかってる。エドサキ博士の言う通りだ。じっとしていられないけど、我慢しなきゃならない。今、私が慌てても何にもならない。

 助けられたと思ってた。助けたと思おうとしてた。
 でも、本当はまだ助けていない。カプセルに押し込んだだけだ。ナツミをひとりぼっちで氷の中に閉じ込めておいて、笑ったり食べたりしてた。
 もちろん、それがいけないことだったわけじゃない。でも後ろめたさはある。どうしようもないことだけど、それでも。
「見つかるさ。必ず、な」
 シンが肩を叩いた。わかってる。
 そう、必ず見つかる。ルメージョが、このままじっとしているはずがないから。
 ルメージョは、ガールとの戦いでほとんどのエネルギーを失ったはずだけど、それでもカプセルから脱出するくらいの力を取り戻している。たぶん、ナツミ自身のネガティブ感情を吸収して。悪夢を見せて、心を操って、ナツミの絶望を吸い上げていたはずだ。
 そして、その身体を使って、まだ何かを企んでいる。

「あ~~っ、もぉっ!! せっかく助けられたと思ったのにぃいいいっ!!」
「な、なんだ、お前? もうちょっと深刻に落ち込むと思ったのにミョーにサバサバしてないか?」
「十分に落ち込んでるよ。でも……私自身の気持ちには前回で決着つけてるからね。ルメージョがどう足掻こうが、何度でも助ける。そして必ず連れ戻す。それだけよ」
 ワカナは黙って、椅子に腰掛けた。今ここにアケノがいないということは、たぶんTDFはすでに気づいていて動き出しているんだ。すぐに何かの動きがあるはず。そのときのために、今は、力を溜める。
 ガールと目が合った。うん、わかってる。
 許さない、ルメージョ。今度こそ決着をつける。

(後半へつづく)

 


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