小説版イバライガー/第32話:奇蹟の輝き(前半)

2018年11月9日

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OP

 パイプを循環する体液。脈動するジェネレータ。
 かつてのPIAS基地は、今や巨大な1つの生き物と化していた。

 その胎内では、今も『端末』が生み出され続けている。カプセル……というよりも、もはや内臓と呼んだほうがしっくりくる器官から、ぬらぬらとした塊が吐き出される。羊膜が弾け、どす黒く濁った影が立ち上がる。血のように赤い目。イバライガーを模したはずの姿は醜く歪み、オリジナルの面影はほとんどない。
 生まれ落ちた端末は外へ出て、そこで静止する。他の無数の端末とともに、殺戮の号令を待ち続けるのだ。

「ルメージョが敗れた。あのヒューマロイドどもに……」

「それがどうした? 気にすることはあるまい。我が身体の全てが動き出せば、それで全ては終わる」

「ルメージョを倒したのはイバガールだ。イバライガーシリーズの中では最弱だったはず。それが、ルメージョだけでなくお前のランペイジまで倒した。勝てるのか?」

「案ずるな。我が身体は、まもなく500体に達する。奴らの1体が強化されようと我が軍団には及ばぬ」

「ルイングロウス、お前は侮りすぎている。危険なのはヒューマロイドよりも人間だ。奴らは脆弱で揺らぎやすいが、時に恐るべき意志と力を示す。それがイバライガーどもと交われば、不測の事態が起こる可能性もある」

「あり得ぬ。シンやワカナという人間は並外れたエモーションを引き出せるようだが、その限界は見極めてある。ハイパーやオーバーブーストといった方法で一時的に限界を超える能力まで含めてな。故に万全を期しての500体なのだ。奴らが何度限界を超えようと、我を凌駕することはできぬ」

「ならば、やってみるがいい。勝敗がどうであれ、光と闇が撒き散らされるだろう。それは我らの計画を先に進めることになる……」

 気配が消えた。
 勝敗がどうであれ、だと。アザムクイドは何を案じているのだ。我が軍団はルメージョとは桁が違う。いや、アザムクイドやダマクラカスンを含めても、我に匹敵するジャークはいない。まして、人間の力などチリほどにも感じぬ。奴らとの勝敗は、特異点の力を掴んだ時点で決しているのだ。不測の事態など起こりようもない。

 人間か。確かに人間の感情は読みきれない。些細なことが異常な数値を示すことがある。だが、所詮は1つの個体に過ぎないのだ。ヒューマロイドと共鳴し、力が乗算されたとしても、そこまでだ。その先に達するには、さらに大きな共鳴が必要だが、そのような要素は、この時空には存在しない。

 これから始まることは、ただの儀式に過ぎない。
 人間どもが、真の絶望を受け入れるための儀式なのだ。

 

Aパート

 カプセルを閉じた。以前にイバライガーRを凍結収容していたカプセルだ。
 ミニブラックが叩き割った箇所は、カーボナイトで補修してある。
 あくまでも一時的なものだが、とりあえずは使えるだろう。

「……大丈夫かな? 死んじゃったりしない?」
「そのへんは心配ないよ。戦場では重傷を負う兵士が後を絶たないからね。その場で治療できないときの対処は研究されてるの。冷凍睡眠で代謝を止めて保存する。もっとも実際には冷凍ってほどじゃなくて、鼻から冷却剤を入れて人体が冬眠状態になる31.6度くらいまで体温を下げるって程度なんだけどね。まぁ当分は問題ないはずだよ」

 アケノの説明を聞きながら、ワカナはカプセルを覗き込んだ。中は見えないけれど、それでも見ずにはいられなかった。

 この中に、ナツミがいる。
 姿はまだルメージョだけど、間違いなくナツミだ。

 一緒に勉強し、同じ研究所に勤め、助け合ってきた。シンやマーゴンとつるんで、あちこちに遊びに行ったりもした。いつも一緒だった。
 けど、ジャークが生まれ、イバライガーと出会った日から、私たちは敵同士になってしまった。彼女の策には何度も苦しめられ、仲間たちも傷ついてきた。

 それでも私はナツミを助けたかった。みんなも、わかってくれた。
 倒すべきはルメージョ。ナツミじゃない。ナツミだって戦っていたんだ。ルメージョに身体を乗っ取られていながら、それでも私やシンを助けようとしてくれていたんだ。敵に操られていても、ずっと私たちの仲間だったんだ。

「さ、行こ。気持ちはわかるけど、今はゆっくりしてられないからさ」
 アケノに促されて、部屋を出た。向かいのドアが目に入った。

 研究室。
 こっちでは、イバライガーRとミニガールが眠っている。二人とも外傷はない。
 初代イバライガーが眠っていたときと同じように、博士たちがほとんど付きっきりで調べているけど、まだ目覚める兆候すらない。

「おい、あんまりドタバタするなよ~~」
 廊下を駆けてきたTDFの隊員に、アケノが注意した。隊員は、慌てて立ち止まり敬礼している。

「あんまり気にしなくていいよ。普段だってマーゴンとかミニライガーとか、けっこうドタバタなんだから」
「ま、そうだろうけどさ~。でも隊規が緩むのはマズイしね~」

 ……それ、いっつもソフトクリーム舐めてるアケノが言うのって特大のブーメランじゃないの? と思ったけど、黙ってることにした。この数日でかなり仲良くなったけど、TDFは戦闘部隊だもんなぁ。私たちにはわからない規律がいっぱいあるんだろうし。

 館内をTDFに解放すると決めたのは博士たちだった。まだ私が怪我して眠っていたときで、誰も反対しなかったらしい。実際、彼らは私たちを守ろうと一所懸命で、あるオジサンなどはミニガールを案じて、しょっちゅう研究室を覗いている。

 アケノと別れて、休憩室に戻った。ここにはTDFはいない。これもアケノが決めたことだ。アケノ自身も、特別なとき以外には立ち入らない。マーゴンによるとソフトクリームはどんどん消えていくらしいから、それは『特別なとき』なのだろう。

「どうでした? 無事に終わりました?」
 カオリが、ミネラルウォーターをくれた。いつもならお茶なのだけど、今は茶葉が切れているらしい。ゴゼンヤマ博士使いすぎって言い募っているのを見かけた。何があったのかは知らない。なんでそんなに飲んだのかな~?

「とりあえずは大丈夫みたい。いつまでも凍結しておくわけにはいかないけど、今は仕方ないからね……」

「けどさぁ……氷の女帝を凍結して意味あるのか?」
 マーゴンがツッコんだ。確かにそのへんはヤモヤするんだけど……でも、姿がルメージョなだけで本体はガールがやっつけたはずだし……。

「う~ん、私、本当にルメージョやっつけたのかなぁ? いや、やっつけたとは思うんだけど、本当にルメージョを倒せたのかどうか自信ないんだよね~。だって圧勝って感じだったじゃん。ず~っと戦ってきた強敵があっさりやられちゃうのって、どうも勝ったって実感がなくて……」
「あ~、わかるな~。そういうのあるよな~。シナリオ的に盛り上がらないよな~。伏線の回収が雑っていうか……」
「それに……寝たままのキャラがまた増えちゃってるでしょ? いいのかな~、メインキャラがこんなに寝てるシナリオって……」

 イバガールとマーゴンが、なぜか上を見ながらボヤいている。
 いや、いいから。運命の神様に文句言っても始まらないからほっといてやれって。

「大丈夫だ。ミニガールはともかく、Rは俺が起こしてくる」
 シンと初代イバライガーが、入ってきた。

「おかえり。ミニライガーたちは?」
「偵察に残してきた。ミニRとミニブラも」
「あの二人、一緒に出していいの?」
「同じ場所にいるわけじゃないから大丈夫だと思う。PIAS基地を中心に、3キロほどの円周上に5人を配置してある。ミニブラックが指示通りの場所に居続けてくれるかどうかはわからないが、少なくとも直接やりあったりはしないはずだ。いくら無謀でもランペイジの力はわかっている」

 初代が生真面目に状況説明をしてくれたので、ワカナは大体の配置を頭の中に描くことができた。PIAS基地には前の基地が崩壊した時にしばらく逗留したことがあるし、地元だから周辺の土地勘もあるのだ。

「ただ……予想よりも量産が進んでいる。まだ数日かかると思っていたが、すでに500体は目前だ。今日中にもルイングロウスは動き出すかもしれん」
「へ? そんなコトまでわかるの? 潜入は無理なんじゃなかったの?」
「潜入するまでもね~よ。だって丸見えだから。あいつ、最初に基地ぶっ壊してそのまんまだから」
 シンが呆れたような口調で答えた。

 丸見えのまんま? 隠すまでもないってこと? コッチを完璧にナメてるってわけ? くっそ~~。

「とにかく猶予はあまりない。シン、頼むぞ」
 初代が、シンを見た。
「ああ、やってみる。ワカナ、頼むぞ」

 シンがキリッとした目で、こっちを見た。
 頼む……って、なんのこと?

「おいおい、Rの起こし方を教えてくれよ。ガールのときに『アッチ側』に行ったんだろ? やり方知ってるんだろ?」
「そんなの自分でもわかんないよ。気がついたらアッチ側で女子会してたんだから」
「……お前って、昔から要領いいくせに教えるの下手だよなぁ……」
「うるさい! そっちは男同士なんだから3人で飲み会でもしてこい!」

「いや、4人だよ」
 イバガールが、口を挟んだ。

「Rの中には、たぶんブラックもいるはず。会ったら伝えて。ミニちゃんは大丈夫だって」
「え? 目覚めたのか!?」
「ううん、まだだけど、でも原因はわかったみたい」

 ガールが、研究室の方に振り返った。初代も、同じだ。イバライガーたちは、いつでもあらゆるネットワークをチェックできる。
 博士たちが何かを見つけたの?

「どうやらミニガールはオーバーフローを起こしているらしい。自分の容量を大幅に上回るデータを抱え込んでしまって、その負荷で動けなくなっている……」

 はっとした。容量以上のデータ? それって……

「たぶん、ブラックのコア……。ブラックが消えるとき、そばにいたのはミニちゃんだった。きっと咄嗟にブラックをバックアップしようとしたんだと思うの。ブラックの身体はミニブラックがいれば復元できるけど、コアは無理。ミニちゃんはそれを守ろうとしたんだと思うの」

 なんて無茶なことを……。それなら動けないのは当然だ。
 でも……そうなら、本来のバックアップのミニブラックとミニガールが力を合わせれば、本当にブラックを生き返らせることができるかもしれない。

「とにかく、俺はRのところに行くよ。やってみるしかねぇからな」

 そう言って、シンが部屋を出ていった。大丈夫かな~。シンって、どうも理屈っぽいトコがあるからな~。

 


 休憩室を出て、研究室に向かった。
 ワカナがやったように、イバライガーRの心に呼びかける。いや、Rじゃない。Rの中の『俺自身』に呼びかけるのだ。

 ドアを開けて、研究室内に入った。エドサキ博士とゴゼンヤマ博士がいる。奥にRとミニガールのカプセルが並んでいる。
 何も言わなくてもゴゼンヤマ博士が、Rのカプセルを手前に押し出してきた。

「頼んだよ、シン。Rは君を待っているはずだ」
「上手く言えないけど、心で心に呼びかけるのよ。考えるんじゃなくて、気持ちを伝えること。どうやらそれが大事らしいわ」
 そう言って、博士たちは室外に出て行った。

 カプセルを見つめて、手を添えた。呼びかける。気持ちを集中して。
 集中。集中。しゅうちゅう……ちゅうぅう……。

「だぁあああっ!! 集中なんかできるかぁあああっ!!」

 振り返った。全員がドアからこっちをじぃ~~っと見ている。
 お、お前らなぁああ……。

「そう大勢で見てたらやりづらいだろ! 二人きりにしてくれよ!!」
「え~~? 男子二人きりぃい? BLってやつ?」
「やるなぁ、シン」
「恥ずかしいっす! そういう二次創作は作者に隠れてやるもんですよ?」
「やかましい! 余計なモーソーしてないで出ていけって!!」

 ドアを閉めた。ったく、あいつらは。

 静かになった部屋で、もう一度カプセルを見つめた。
 二人きり、か。

 でも……実際のとこ、ナニをどうすりゃいいんだ? どうやったらRの心にアクセスできる? 気持ちを伝えるって、何の気持ちを伝えりゃいいんだ?

 シンは途方に暮れて、ため息をついた。

 


「相変わらずクソマジメにやってやがんなぁ?」
 背後から、声がした。近づく前から気配には気づいている。面倒な奴が来た、とミニライガーRは思った。

「……こんなとこで何をしているんです、ミニライガーブラック? あなたの持ち場はここじゃありませんよ?」
「じっとしてんのは退屈だからよ。時々、周囲を見回ってんだよ。他のミニライガーのトコも行った。お前が最後だ」
「じゃあ、さっさと持ち場に帰ってください。もう、いつルイングロウスが動き出すかわからない。遊んでる時じゃないでしょう?」
「やっぱ、てめ~は面倒くせぇなぁ。もうちょっと肩の力を抜けよ」
「面倒くさいのはそっちです。やる気がないなら、邪魔しないでください」

 話しながらも意識は監視に集中している。ミニブラックも同じらしい。ふざけてはいるが、油断はしていないようだ。

 そして気づいている。
 気配が変わったことに。

「……いつ動き出すかわからない、と言ったのは撤回します。始まりますよ、もうすぐ……」
「だよな。だから、ここに来たんだ。どうする? 逃げ出すつもりか?」
「……何をするつもりなんです?」
「わかってるよな。シンがRを起こしに行った。もしかしたらブラックも助けられるかもしれねぇ。イバガールみてぇにスゲぇパワーアップするかどうかは知らねぇけど、何にしてもあいつらが還ってくるまで時間を稼がなきゃならね~だろ?」

 それを……私とミニブラでやろうと?
 けど倒すのは無理だ。これ以上、近づくだけでも危ない。こちらの場所にわざと気づかせて、すぐに逃げる。それを繰り返す。そうやって気を散らすという程度のことしかできない。本当に気が散るかどうかはわからない。あまり効果はなさそうだとしか思えない。

 それでも、ミニRはやってみようという気になった。ミニブラックに挑まれた。そんな気分になったのだ。

 自分はイバライガーRのバックアップだ。だからいつも、ジャークを倒すことよりRを支援することを優先している。主役になろうと思ったことは一度もない。それは自分の役目じゃないと思っている。ミニライガーたちも同じで、やはり初代イバライガーのサポートに徹している。

 だけど、ミニブラックは違う。自分と同じようにイバライガーブラックのバックアップのはずなのに、自由気ままに行動している。時にはブラックの指示にさえ従わない。使命も役目も全く気にしていないとしか思えない。

 そういう姿を見る度に、わけのわからない気持ちになる。ムカつく、というのとは少し違う。悔しいというほうが近いかもしれないが、それもはっきりしない。とにかく、心がざわめくのだ。負けるものかと思ってしまう。

 ミニブラックが、立ち上がった。
 自分が話に乗ろうが乗るまいが勝手にやる、ということなのだろう。

 いいよ。やってやる。
 ミニRも立ち上がった。これだけ相手との差があると作戦も何もない。逃げ回るだけ。
 これは鬼ごっこだ。
 命がけだけど、鬼ごっこそのものだ。

 とんでもない怪物たちを相手にするというのに、なぜかミニRはワクワクしてきた。ミニブラに乗せられたのかもしれない、と思ったが、それでもいいと思った。
 イバライガーRが来るまで、本気で遊ぶ。それでいいんだ。

 ミニブラックと、目が合った。同じように思っているらしいことが伝わってくる。
 遊びじゃ向こうが有利かな。でも……負けないぞ。

 


「大規模なジャーク反応を感知しました! ルイングロウスが起動したものと思われます!!」
 指揮車からの通信が入った。とうとう来たか。

「全員、予定通りに頼むよ。脱出後は速やかに所定のポイントに向かってね」
「し、しかし……我々だけが脱出というのは……」
「いいから。あの化け物には、こっちの戦力じゃ何もできない。今は無駄死にしないことを優先しなよ。後は祈ってて。前にエドサキ博士が言った『希望』ってのが間に合うことをさ」

 それだけを言って、アケノは通信を切った。残るのは自分とソウマだけだ。
 それと、この基地に元々いた連中。

 彼らは、イバライガーRの復活を信じている。実際、それができなければ終わりだ。イバガールはかなりのパワーアップを果たしたが、一人で500体全てを相手にできるとは思えない。ガールと同じ奇跡が、もっと必要なのだ。

 本当は、奇跡に頼るという時点で負けている。まともな戦争なら降伏するのが正しい段階なのだ。
 ただ、この戦いはまともじゃない。降伏しても攻撃は止まらない。だから負けを認めることができない。負けていても、勝たなくてはならない。無茶な話だ。

 ため息をついて、基地に戻った。玄関ホールを出てくるイバガールとワカナが見えた。
 やはり、行くつもりか。

 ガールはちょっと困ってる感じだが、ワカナは落ち着いて見える。緊張した感じはなく、むしろ、ちょっと買い物にお出かけという雰囲気に見える。
 大したもんだ。緊張や不安がエモーション・ポジティブを弱めるという理屈はわかっていても、なかなかそうはいかないものだ。それを自然にやっている。イバライガーたちと長く一緒に暮らした結果なのか、天然なのか。たぶん両方だろうな。自分もそうだし。

「ねぇ、アケノも何か言ってやってよ。ワカナまで行かなくていいと思わない? 今回は戦闘員やゴーストレベルの奴はいないんだよ? 全部ヤバい奴なんだよ?」
「だからこそ私が必要でしょ。ガールはまだ新しい力に慣れてないんだから、出来るだけ近くでサポートしないと危ないじゃん」

 イバガールの危惧は当然だが、ここはワカナに出てもらうしかないのだ。
 ガールの新形態フェアリーモードは、いわばワカナとガールのオーバーブーストのようなものだ。エネルギー効率的には近ければ近いほどいい。PIASのシンクロも、離れすぎると出力が落ちる。つまり、危険な敵であればあるほど、ワカナやシンは前線に出なくてはならないのだ。ガールもそれはわかっている。わかっていても言いたくなるということだろう。

「イバガール、ワカナのことは我々が守るよ。ガールに意識を集中しながら、近づきすぎず離れすぎずを保つためのガード役も用意してあるし」

 玄関ホール前に装甲車が入ってきた。
 陸自と空自で使われている軽装甲機動車で、ライト・アーマー・ヴィークル=LAV(ラヴ)とよばれている車両だ。一応は装甲車で避弾経始(装甲を傾けることで砲弾などの運動エネルギーの方向を逸らしダメージを軽減する構造)を考えた設計になっているが、あくまでも軽装甲車なので防御力は低い。ただ、今の相手はジャークだ。重装甲のものを用意したところで大した違いはない。それに今回は、イバガールを追いかけて動き回らなくてはならない。重装甲車では鈍重すぎるのだ。

 運転席からソウマが降りてきた。PIASを中途半端に装着している。

「さすがにフル装備のPIASで運転するのは無理なんだけど、残りのパーツは後席と荷室に放り込んであるから、いざとなれば盾になるくらいのことはできるはずだよ。本人もそれは覚悟してるしね」
「ごめんね、ソウマ。つき合わせちゃって。他の隊員は避難させたんでしょ? それなのに……」
「それはこっちのセリフだ。民間人を前線に出して俺たちが撤退しているんだからな。俺と隊長くらいは残らないと格好がつかなすぎる」

「大丈夫だ。ワカナは、私たちが必ず守る」

 初代イバライガーが現れた。
 それも5人。全員が同じ動き。イバライガーX?

「シンを真似てみた。奴らが連携して動くなら、こちらも同じ方法で対処するまでだ。NPLにも限りがあるから500体というわけにはいかないがな」

 5人が同時に喋っている。ハモってる。めっちゃハモってる。このまんまゴスペラーズとかクールファイブみたいなヴォーカルグループでやっていけるんじゃ? 動きも完璧に同じだからダンスも組み込んで……うわ、5人同時に睨まれた。妄想がバレたか。

「うるさくて済まんな。だが4体のXを個別に制御するのは大変なのだ。本番までは我慢してくれ」
「いやいや、それはそれでスゴイよ。色んな意味で。けど数を増やしたって、戦力がアップするとは思えないけどなぁ。意識が分散して、かえって厄介なだけじゃないの?」
「そうだ。だからイバライガーXをそのまま使うというよりも、その身体を構成しているNPLがメインだ。今回はミニライガーたちだけでは足りない可能性が高い」

 なるほど。イバライガーXは動くNPL……つまり兵站部隊として使うわけか。
 本来それはミニライガーの役目だが、エネルギーは補充できても肉体的な欠損まで回復させるのは難しい。ミニライガー自身の身体を材料にしてイバライガーたちを補修することもできるはずだが、それも彼らの質量分までだ。しかも、それをやればミニライガーそのものが消滅してしまう。
 今回の戦いは間違いなく過去最大だが、ここで終わりでもない。勝ち抜き、さらに大きな戦いに挑まなくてはならない。そのためにも、ここで戦力を失ってしまうわけにはいかない。先を考える余裕はないが、だからといって考えなくていいわけでもないのだ。

「了解。じゃ、揃ったみたいだし、行こっか」

 イバガールが前に出た。5人の初代が後に続く。
「ガール、当面は戦うことより時間を稼ぐことに専念するんだぞ。出来るだけエネルギーも温存しつつだ。それ自体、かなり厳しいが、Rたちが来るまでは耐えるしかない」
「わかってる。もうミニRとミニブラがそれをやってるっぽいし、あの子たちと一緒に持ちこたえてみせるよ!」

 うなずいて、ガールと初代たちが地を蹴った。
 あっという間に飛び去っていく。

 アケノは、ワカナと並んで見送った。
 不安はある。強敵というだけではなく、不測の事態が起こる可能性が少なくないのだ。

 PIAS基地は、ここから市街地を挟んで15キロほどの場所だ。奴らは、まっすぐにこちらに向かってきている。つまり市街地を通過する。
 そこにはまだ、逃げ遅れた人々がいるはずだ。ペットなども取り残されている。

 イバライガーたちは、それを救おうとするはずだ。

 本来は見捨てるべきだ。人的被害もやむを得ないと割り切るべきなのだ。
 だが、イバライガーはそうしないだろう。事実、以前イバガールは、たった一匹の子猫を救うために致命傷を負っている。人を救うというのは彼らの本能のようなものだと思うしかない。命令しても止められない。例えシンやワカナであってもだ。

 だからこそ、これまでの偵察の際に出来るだけ見つけて避難させてきた。偵察だけでもかなり危険だったが、それでも無理をして救出活動を続行させてきた。
 人命救助というよりも、イバライガーたちを戦いに専念させるために必要なことだからだ。
 偵察名目の救出活動はイバライガーたちも行っていたから、ほとんどは助けただろう。イバライガーは、エモーションを感知する。地下に隠れていようが、彼らは見つけ出す。

 だが、それでも、まだいるはずだ。

 見つからなければいい、と思う。これまで発見できなかったのだ。そのまま見つからないままのほうがありがたい。残酷なようだが、今、イバライガーの足を引っ張って欲しくない。世界の危機なのだ。猫一匹とは引き換えにできない。

 イバライガーブラックがいれば。
 あの男ならば、猫だろうが人だろうが、そんなものに気を取られることはあり得ない。いや、待て。猫はダメかもしれん。意外にそういうのに弱いかも。それにブラックは制御不能だ。存在そのものが不測の事態みたいなものなのだ。

 まったく……どいつもこいつもイレギュラー。
 なんとも厄介なヒューマロイドたちだ。

 ラヴの助手席に乗り込もうとしていたワカナが、不審そうな目でこっちを見ているのに気づいた。
 苦笑してしまっていたか。

「なんでもない。ソウマ、ワカナを頼むよ。近づきすぎず、でもイバガールが見える位置を確保し続けること。色々アバウトだけど、ま、テキトーに踏ん張って」

 ソウマがうなずき、ワカナが手を振った。ラヴがゆっくりと動き出す。ソウマにしては慎重な運転だ。ワカナに配慮してるのか。
 わかってないなぁ。その女はお前より過激だぞ。ちんたら走ってるとハンドル奪われるぞ。

「ちょっと待ったぁああああああああ!!」

 赤い全身タイツが飛び出してきて「しゃき~~ん」とか言いながらラヴの前に立ちはだかった。急停車した窓から、ワカナが顔を出す。
 ……ああ、またイレギュラーかい。本当にこいつらは……。

「どうしたの、マーゴン……じゃなかったイモライガー?」
「どうしたもこうしたもあるか! ボクたちを置いて行くなよ!!」
「ボク……たち?」

 よれよれのプロテクターの隙間から、犬が顔を出した。縁にぎゅっと噛み付いて、くっついている。
 え~っと……確か『ねぎ』だったっけ? 以前にジャークに取り憑かれていた子犬で、飼い主はミニブラック。

「お前や犬がなんの役に立つ? 時間がないときに邪魔するな。さっさとそこをどけ」
 ソウマが降りてきて、文句を言っている。

「ナメんなよ! ボクはこれまでの戦いを全て見てきた男だぞ。主に見てただけだけど、けっこう活躍してるんだぞ! この大事な戦いにボクがいないなんてあり得ない!!」
「ま、まぁ確かにイモライガーにも随分助けてもらったけど……でも、なんでねぎも一緒なの?」
「コイツ、どうしても離れないんだよ。だから一緒に行くしかないだろ。今回はマジで総力戦だからな。コイツも仲間ってことで」
「ふざけるな。どかないのならば痛い目に遭ってもらう」
 ソウマが拳を握った。

「いいよ、連れてってやれよ。イモライガーの言う通り、確かに総力戦だしね。愛犬がいればミニブラやミニライガーは奮い立つかもしれないし」

 ソウマがぶすっとして運転席に戻った。イモライガーは後席でジタバタしている。PIASの装備が意外にかさばるため、後席にはほとんどスペースがないのだ。ねぎは、ワカナが抱いている。

 ギャーギャー騒ぎながら、ようやく最後の第一陣が出動していった。決戦に向かうとは、とても思えない。

 後は、シンがRを起こすのを待つしかない。
 自分が率いる第二陣が間に合うかどうかは読めない。

 BLとか言ってたな。こっちもノンキなものだ。

 また、笑いがこみ上げてきた。
 それでいい。お前らはイレギュラーズだ。命令通りに動く部隊とは違う。なら自分もそれを楽しむだけだ。これは遊びだ。世界の運命を懸けた遊び。面白いじゃないか。

 とはいえ……なるべく早く頼むよ、シン。
 この際、BLだろうがショタだろうが男の娘だろうが許す。部下たちは脱出させたから、風紀が乱れても文句は言わん。
 とにかく、慌てずに急いでくれよ。

 せめて冷凍庫のソフトクリームがなくなる前に。

 


(後半へつづく)

 


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