小説版イバライガー/第30話:ブラック、最後の決断(後半)

2018年10月13日

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Bパート

 イバライガーブラックは、身じろぎもせずにイバライガーRを睨み続けていた。

 ここまでは、ほぼ予定通りだ。
 ほとんどの者は、ルイングロウスに力を奪われたと思っているが、違う。

『本当の力』は、まだここにある。
 むしろ奴が消えたことで、そこにアクセスできるようになったはずだ。

『力』があることは、以前に確認した。直接Rと戦い、その片鱗を引き出させることができた。
 それは、Rが記憶を取り戻すとともに目覚めていくはずだった。そのために何度もRを試した。刺激し、覚醒を促してきた。

 初代が未来を語ったとき、記憶が刺激されて『力』が目覚める可能性はあった。
 しかし、それは起こらなかった。Rには『声』が聞こえていなかった。
『声』を遮断する者がいたからだ。邪魔者をどかさない限り『声』は聞こえず『力』も目覚めない。

 今、その障害は消えた。

 奪われた力など、どうでもいい。俺が求めていた力は、その先にあるものだ。
 ルイングロウスには見えなかった力。それは必ずある。

 あと数刻で、このボディは再起動するだろう。
 Rの意識が戻れば『声』に気づくはずだ。

 ただし、罠もある。

 ルイングロウスはワカナを襲った。Rの身体を奪うためだと言っていたが、そうではあるまい。
 ワカナを襲ったのは、カタルシス・フュージョンの後だった。エモーション・ポジティブによって身体が使えなくなることはわかっていたはずなのだ。

 あれは、奴の最後の仕掛けだ。奴も何かを感じていた。
 自分を脅かす力を感じ取り、Rを混沌の深淵に追いやり、残った力を封じたのだ。

 今、Rの意識は特異点の底に沈んでいるはずだ。そこには手出しできない。外部から特異点に直接介入するのは不可能だ。外に出てしまった以上、ルイングロウスにも鍵は開けられない。まさに時空の牢獄だ。力を蘇らせるには、R自身が内側から扉を破るしかない。

 Rがそのために足掻いていることは、間違いない。
 あれはバカだ。シンの心の甘い部分ばかりが前に出ている。故に諦めない。何があろうと突き進もうとする。何かを守ろうとするときに最大の力を発揮する。それがRだ。守るべきものがこの世界にある限り、止まるはずがない。奴は、未来のワカナが託した刻印……R=リターンそのものなのだ。

 だが、扉を破るまでは、別のRだろう。

 R=ランペイジ(RAMPAGE)。
 Rが復活するまで、それを抑えきれるかどうか。

 そこが勝負だ。賭けと言ってもいい。
 予想より、やや厳しい賭けになっている。

 ブラックは、少しだけ建物の明かりに目をやった。
 シンもワカナも眠っている。何が起こっても、今夜は目覚めないだろう。

 それでいい。
 これから起こるかもしれないことを、彼らは見るべきではないのだ。

 


 畳が敷いてある。アケノは、その上で寝転がっている。休憩室にあったマーゴンの畳だ。
 エドサキ博士とゴゼンヤマ博士は、ディレクターズチェアに座っている。
 夜露を避けるために、ソウマがパラソルを支えて立っている。

 まるでピクニックだが、全員の緊張がそんな呑気な状況ではないことを物語っている。
 初代イバライガーは、闇の中に目を凝らした。

 まだ、動きはない。ここに陣取ってから数時間が過ぎている。
 深夜というより、もう夜明けのほうが近い。一番、闇が濃くなる時間でもある。

 そろそろ、始まるはずだ。

 ブラックとRまでは、約200メートル。安全とは言えない距離だ。
 アケノはともかく博士たちの同行は止めたかったが、二人とも聞き入れなかった。シンやワカナが動けないのだから、自分たちが見届けなくてはならないと言い張ったのだ。冷静な博士たちには珍しい反応だった。基地に残った隊員たちのことを考えたのかもしれない。戦闘要員ではない自分たちが前線に出ることで、不安を払拭する気なのか。

 自分の身体を再チェックした。いざというときに、博士たちを守れるかどうか。
 NPLプールで休んだため、傷は消えている。しかし、力はあまり回復していない。もっとも身近な感情エネルギー供給源であるシン、ワカナ、マーゴン、カオリが全員気を失っているし、Jアラートによって周辺住民も避難しているため、エモーションの補充が進まないのだ。

 まるで、あの時のようだな。

 初代は、未来でエモーションを待ち続けたときのことを思い出した。
 シンが消え、ワカナも去り、ただ一人で起動の日を待っていた。待つことに意味があるのかどうかもわからなかった。ようやく力を手にしたときには、全てが終わっていた。

 あれが、また始まるのか。
 もう一度、あれを味わうのか。
 それがヒューマロイドとして生まれた自分の運命なのか。

 違う。断じて違う。
 あんなことには二度とさせない。そのために、私たちはここにいるのだ。

 そうだろう、ブラック。R。

 返事はない。構わない。見せてもらうぞ。お前たちの戦いを。
 勝て。そして帰ってこい。

 


 ミニガールの膝の上で眠っていたねぎの耳が、ぴくりと動いた。
 飛び起きて、壁に向かって吠え出す。

 始まるんだ。

 イバガールは、ゆっくりと立ち上がった。身体が重たい。ずっと地下のNPLプールにいたから、傷は癒えている。けど回復できたエネルギーはわずかだ。動くくらいはできるけど、それだけ。人間と変わらない程度でしかない。それでも、これ以上は寝ていられない。

「お姉ちゃん、いいよ……私……一人で行けるから……」
 ミニガールが起き上がろうとしている。まるで初めて歩く赤ん坊のようだ。普段なら、元気よく飛び起きる。手を差し出した。

「私とミニちゃんは一心同体。一緒だよ」
 本当は、行かせたくない。でも止められない。彼女の力が鍵かもしれないのだ。

「ボクたちも……!!」
 イバガールが立ち上がると、ミニライガーたちも声を上げた。

「ダメだよ! ガールもみんなも、まだ無理だよ! みんなまで行くことないよ!!」
「そうね、みんなはここで待ってて。私とミニちゃんだけで行くわ。もしもの時のためにも誰かが残らなきゃ」
「で、でも……!!」

「おい、ミニガール。ちょっと来い」
 部屋の奥で寝転がったままのミニブラックが、呼びかけた。ミニガールが、少しフラつきながら歩み寄る。心配そうに、ねぎが付いていく。
「俺のエネルギーを持ってけ。ちょっとしかねぇけどよ……」
「じゃあ、イバガールは私のを……」
 ミニRも横になった。
「おいっ、真似すんじゃね~よ!」
「君の意見に賛同してあげただけですよ。今の私たちには、このくらいのことしかできないですからね」
 ミニライガーRの身体に触れた。ほんの少し、エネルギーが流れ込んでくる。全力で動いたら1秒と持たない程度。それでも、嬉しかった。
 他のミニライガーたちも、ミニブラとミニガールの周りに集まり、パワーを分け与えている。

「じゃあ……行ってくるね」
 ミニガールと手をつないで、声をかけた。
 全員が寝転がっている。返事もない。まるで死んでしまったようだ。そこまでして力を分けてくれた。

 ドアを出ようとしたとき「ワン」と聞こえた。
 そうだった。君だけは元気だよね。ミニブラたちをお願いね。

 


 二人で、暗い階段を上った。一段一段が遠く感じる。
 ようやく1階。静かだ。ヘンね。TDFの人たちが大勢ホールにいるはずなんだけど。

 短い廊下を通って、ホールに出た。
 びっくりした。

 隊員たちが、左右にわかれて整列している。大勢だから、おしくらまんじゅうみたいにくっついてる。
 それでも、真ん中だけは空けてある。

「お、お姉ちゃん、これ……ナニ?」
「え、えっと……そのぉ……な、なにかな……」

 隊員の一人が、前に出てきた。40歳くらいかな。しゃがんでミニガールを見つめ、抱きしめた。
「えっ? あ、あの……」

「娘がいるんだ。君と同じくらいの背丈の。こんな仕事だから滅多に会えない。それでも時々は会える。会えるのは君たちのおかげだ。あの時、イバガール、あなたに助けられた。あなたが身を呈してくれなければ、俺はゴーストに喰われていた」

 あ、前の基地での戦いの時か。思い出した。バスの上にいたオジサンだ。
 いやぁ、身を呈してって……そこまでじゃなかったんだけどなぁ。でも助かってよかったね。

「おい、いつまで抱きしめてんだ? ロリコンだけならともかく、それじゃセクハラだ。訴えられるぞ」
 周囲から声が飛んだ。笑い声も上がっている。

 オジサンが立ち上がり、イバガールに向き直った。
 同時に全員が、姿勢を糺して敬礼した。

「我々も、お伴します。我々はシンさんたちほどには感情エネルギーをコントロールできません。また、現状の装備では強力なジャークには対抗できません。ですが、ここにいる多くの者は、一度ならずあなた方に助けられています。また我々の任務は、あなた方を守ることです。お伴させてください!!」

 えええええっ!?

「い、いや、ちょ、ちょっと待って。だって危ないし……外にいるのは、よりによってブラックだし……」

「我々の仕事は元々危険と隣り合わせだ。さっき、それを忘れて隊長に叱責された。恥じている。せめてアンタらを守らないと、格好がつかなすぎる。勝手についてきたと思ってくれていい。一緒に行かせてくれ」

 隊員は、照れたように微笑んでいる。その笑みから、感情が……力が流れ込んできた。
 ミニガールの心を感じた。泣いている。きっと私もだ。やっぱり人間っていいな。悪い人もいることは知ってるけど、それでも人間っていいよ。この時代に来てよかった。みんなと会えてよかった。

「ありがとう、みんな。じゃあ行くよ。みんなで……Rを助けるためにっ!!」

 呼びかけてイバガールが歩き出すと、全員が素早く動き始めた。キビキビとした動きだ。ガールとミニガールを中心に、円陣を組んだまま移動し始める。

 外に出た。空気が冷たい。
 ガールは、ミニガールとまた手をつなごうとして、ふと、気づいた。

「オジ……じゃなかった隊員さん、現場までミニちゃんと手をつないでいてもらってもいい? そのほうがずっと効率よく感情エネルギーを受け取れるのよ。私はともかく、ミニちゃんはこれから大事な役目があるから……」
「わかった。というより、望むところだ。行こうか、お嬢ちゃん」
「じゃあ俺はアネさんと手を……」
「バカヤロウ、それこそセクハラじゃね~か!!」

 何が待ち受けてるか、わからない。それでも笑ってる。プロの動きをしながら笑ってる。みんなスゴいじゃん。これで本当に隊長に怒られたの? どんだけ厳しいんだアケノ? でも、さすがだなぁ。シンやワカナもかなり訓練は積んでるけど、こうはいかないだろうなぁ。

 振り返って、建物を見つめた。
 シンは2階の真ん中の自室。ワカナは1階の研究室。それぞれ、よく眠っている。

 二人とも、ゆっくり休んでてね。目覚めたときには、必ずRもいるから。きっと元気な顔を見せるから。

 


 ざわめきが、近づいてくる。

 ったく、あいつら。待ってろと言ったのに出てきちゃって。まぁ、こうなるだろうことは予想していたし、頼もしいという気持ちもないではないが、命令無視には違いない。後で厳しく叱責しなきゃなるまい。そういうの面倒臭いだけどな~。

「ソウマ、あいつらに300メートルよりは近づくなって言ってきて。ここまでは大目に見るけど、それ以上はダメ。こっちも後の仕事があるんだから、今は損害を受けたくないの」

 走り去っていくソウマの足音が聞こえた。いちいち振り返る余裕はない。暗闇に目を凝らしているだけでも疲れる。隣の博士たちなど、何も見えてはいまい。

 イバライガーRが起き上がってから、十数分は経っている。まだ、動きはない。ブラックと対峙したまま、時だけが過ぎていく。
 けど、このままにらめっこで終わるわけがない。ブラックの気は尋常じゃなさすぎる。普段から尋常じゃないが、今は気に質量を感じるほどだ。

 また足音が聞こえた。ソウマがイバガールとミニガールを連れてきた……と思ったが、足音が1つ多い。振り返った。ミニガールは隊員の一人と手をつないでいる。あのバカ。自分の娘とごっちゃにしてんの? まぁ、そう思ってたほうエモーションの足しにはなるか。

「イバガールとミニガールをお連れしました。命令違反の咎は受けます」
「うるさい、黙れ。ていうか、その『娘』のことだけ考えろ。ここにいる以上、命の保証はしない。死んでも娘を守れ」

 わざと厳しい言い方をした。そのほうが本気で『娘』を感じるだろう。
 自分でもあざといと思うが、今はなりふり構っていられない。

「……始まってるね。動いてないけど、かなり激しい……」
 イバガールの声が聞こえた。弱っていても、さすがイバライガーだ。一瞬で状況を把握している。
「Rは……やっぱり感じない?」
 返事はなかった。初代も答えない。

 やはり、ランペイジになってしまっているか。
 昼間の暴走状態のRと同じ……いや、それ以上かもしれない。

 暴走したイバライガーRの力は、凄まじいものだった。メインで戦ったのは初代イバライガーだったが、全員でバックアップしていた。それでも抑えきれなかった。今は、イバライガーブラックだけだ。ガールや初代は戦える状態ではない。切り札のミニガールを守るだけで、精一杯だろう。

 勝てるのか、ブラック。
 アレを一人で止められるのか。

 


 勝てない。
 それは最初からわかっていた。

 勝つ気などない。負けるというのなら、それも構わなかった。これまでも、そうだ。最強のイバライガーと呼ばれているが、そんなものに興味はない。誰が強いかなど、どうでもいいことだ。強さなど、ただの手段だ。目的を果たせれば、誰でもよかった。

 永遠とも思える時間を考え続けてきた。
 Rが眠り続けている間も、俺は目覚めていた。未来のワカナは、俺に気づかなかった。だから封印されなかったのだ。

 身体は動かない。何も見えない。再起動できる可能性も、ゼロに等しい。
 それでも考え続けた。それしかできなかった。

 俺が俺になったとき、世界はすでに終わっていた。
 滅びゆく世界の断末魔が、俺を生み落としたようなものだった。

 だから、焼き付いている。廃墟と化した街。蠢くジャークの群れ。ワカナの悲しみ。シンの怒り。その光景を、幾度も幾度も見続けていたのだ。
 そうして俺は、この時代に呼び戻され、イバライガーブラックとなった。

 ならば、やることは1つだ。
 必ず止める。どれほどの犠牲を払うことになろうとも、あの地獄を封じる。俺の命も、Rの命も、シンやワカナも、そのためのものだと覚悟した。

 心を捨てたわけではない。
 光を忘れたわけでもない。

 光を掴むために、闇を選んだ。光では、闇は消せない。より濃くなるだけだ。闇を消すには、より大きな闇が必要なのだ。

 ともに目覚めたRやガールは、光を選んだ。かつてシンやワカナが選んだ道だ。一度は閉ざされた道だが、それはそれでよかった。
 闇も光も、可能性は同じだ。今度こそ渡りきるかもしれない。辿り着きさえすれば、誰が成してもいいのだ。

 だが、光は再び途絶えた。
 Rはランペイジとなり、闇に沈んだ。光を選んだ者たちには、Rは呼び戻せない。

 だから、俺だ。俺が引き戻す。
 力づくで、な。

 来い。ランペイジ。貴様の力、俺が受け止めてやる。

 


 きしゃああああああああああああああっ!!

 突然、叫び声が上がった。目の前にいたはずのRの姿が消えている。
 咄嗟に後方に飛んだ。立っていた場所が、吹き飛ぶ。

「しゃああああああああああああっ!!」

 土煙の中から、叫び声が響いた。血のように赤いフェイスバイザーがチラチラと見える。
 想像以上だ。動きが見えなかった。だが引けない。ここで引いたら、元も子もない。

 踏み出そうとしたとき、全方位から気が迫ってきた。全ては躱せない。ブレイドを拡張しながら横に飛んだ。闇の中から伸びた腕が追ってくる。2つを斬り落として走り抜けた。背中を浅く抉られている。
 土煙の中から、Rが這い出てきた。背中から、脇腹から、いくつもの腕が生えている。その1つ1つが枝分かれしたように、さらに無数の腕に分裂している。下顎がダラリと垂れ下がり、長い舌と牙が見えた。完全に化け物だが、外見はどうでもいい。ナノパーツの配列を変えれば、同じことは自分にもできる。

 問題は、一撃の重さと速さだ。押されている。こちらの一撃に対して2撃3撃が返ってくる。しかも意思を感じない。ただ暴走してるだけなのだ。

 いくら探っても、Rの気配はまったく捉えられない。
 やはり、飲み込まれている。

 だが、それでも消えてはいないはずだ。甘い奴だが、それでも自分と同じ魂を持っている。諦めるなどということは絶対にない。いや、そんなことは許さん。

 イバライガーブラックは、もう一度踏み込んだ。躱し続けるのは無理だ。
 ならば、この身を砕かせながら一撃を放つしかない。

 


「うおぉっ!」

 ゴゼンヤマ博士が、声を上げた。イメージにノイズが走る。だが文句は言えない。自分も、もう少しで声を上げそうだった。手が汗ばんでいる。エドサキは申し訳ないような気分になった。

 イバガールが手を握っている。その手から接触テレパスのようにビジョンが送られてくるのだ。
 Rとブラックの戦いは、自分たちの目では捉えきれない。ガールの知覚に頼るしかない。ゴゼンヤマ博士も初代イバライガーに掴まっている。

 ブラックが、再び突っ込んだ。だが、押し返されている。身体を少しずつ削られている。
 あのままではジリ貧だ。

「何故オーバーブーストを使わないんだ? この局面を読んでいたのなら、ミニブラックを温存しておけばよかった。そうしておけば……」

 ゴゼンヤマ博士がつぶやいた。初代イバライガーに話しかけたようにも思えるが、初代は答えない。
 集中していて話に応じる余裕がないという感じだ。
 代わりにアケノとガールの声が聞こえた。

「使わない……っていうより、最初から使う気がなかったってことだろうね。使っちゃマズイということかも」
「うん、単なる意地っ張りでやってるとは思えないもんね……」

 同感だ。アケノの推理は、たぶん当たっている。

 確かに、ミニブラックとシンクロしてオーバーブーストを使えば、身体能力を数倍に高めることができる。それでも今のRには及ばないかもしれないけど、今よりはずっとマシなはずだ。イバライガーブラックほどの者が、力の差をわかってないなどということはあり得ない。力ずくでランペイジと化したイバライガーRを抑え込めるとは考えていないはずだ。

 それでもブラックは一人で戦っている。
 使っても無駄だから、ではない。Rを破壊してしまうから、でもない。

 恐らく、オーバーブーストはノイズなのだ。ミニブラックはブラックのクローンのようなものだが、完全に同じではない。少なくとも記憶まで共有しているわけではない。シンクロによってミニブラック固有の意思や感情が流れ込んでくれば、ブラック固有の波長にも若干のノイズが出るはずだ。
 それが今回は邪魔になる。

「ブラックがやっているのは……たぶん、Rとのオーバーブースト……」
「そっか。オーバーブーストと同じ方法で、意識の奥にあるRに呼びかけてるわけか……そのためにミニブラとシンクロするわけにはいかないってことね……」
「積極的に戦っているように見えて、本当は凌ぎ続けてチャンスをうかがってる。問題は、Rの心を捉えるまでランペイジの攻撃を受け止め続けることが出来るかどうか……」

 また、イメージにノイズが走った。かなり大きな攻撃を受けたようだ。

 それでも自分たちには何もできない。
 こんな離れた場所で、格闘漫画に出てくる解説者みたいな話をしているだけなのだ。

 唯一の可能性は、ミニガール。

 彼女はイバガールのバックアップだが、そのコアを与えたのはブラックだ。彼女は実際のイバガールではなく、ブラックとRの記憶の中のワカナが具現化した姿なのだ。彼女は、ブラックの意思によって生まれたと言ってもいい。

 そのミニガールには、他のミニライガーにはない能力=癒しの力が与えられている。
 それは、このときのためだったのだろう。暴走したRを癒す。ブラックは、この状況を予期していたとしか思えない。

 けれど……もしRがランペイジそのものになってしまっていたら……。
 ミニガールの力は、R自身をも分解してしまうかもしれない。

 それも覚悟の上なのだろうけど……でも……。

 


 腹を深く抉られた。
 痛みは追いやることができるが、パワーダウンは否めない。一方、向こうは無傷に近い。本来なら同等以上のダメージを与えているはずだが、すぐに再生してしまう。オーバーブーストでの呼びかけにも、ほとんど反応がない。ルイングロウスの置き土産は、思った以上に強い。

 このあたりが限界か。

「聞こえるか、ミニガール。俺が動きを止める。そのときに力を使え。イバガールは援護だ。全ては止めきれんかもしれん。1~2発は覚悟しろ。何があってもミニガールを守れ」

 戦いながら、指示を出した。できればミニガールを使いたくなかったが、Rランペイジの攻撃をかわしきれなくなってきている。このままやり合えば、一方的に疲弊する。それでは機が訪れても、それを掴めない。決断するしかなかった。

 ミニガールからの反応は、弱い。エネルギーが不十分だから、というのではない。むしろ思っていた以上に回復している。気が弱まっているのだろう。
 もう一度だけ、思念を送った。

「いいか、ミニガール。倒すのはお前だ。お前の能力で、奴の邪気を相殺しろ」
「で、でも……もしもR自身まで消えちゃったら……」
「構わん。奴が目覚めないのなら、あれはただの化け物だ。躊躇するな」
「そんな……!!」
「感傷は捨てろ! 戦え! 抗え!! それがイバライガーだ! 使命を忘れるな!!」

 一喝した。離れていても、ミニガールの身体が硬直したのがわかる。やはり難しいか。
 それでも、やらせるしかない。Rが応えられるかどうかは、読めない。最悪の場合には『裏技』を使うしかない。

 大きく下がって、Rから距離を取った。
 思った通り、追ってこない。ランペイジは戦っているわけではないのだ。ただの暴走。意思などはない。

 だが、いつまでも離れているわけにはいかない。放っておけば、他の者に襲いかかるだろう。
 奴にはリミッターもない。自分の身体を破壊されようとお構いなしに暴れ続ける。

 勝手に見物に来た連中を守ってやる義理などないが、混乱すると厄介だ。Rの気配も捉えられなくなる。

 ブラックは、一瞬だけイバガールと初代に気を送った。
 ミニガールが自力で接近するのは無理だ。タイミングはガールたちに委ねるしかない。

 


 イバガールは、足元を踏みしめた。
 TDFの人たちのおかげでエネルギーが回復しつつあるが、動ける時間はわずかだ。
 一撃で決めるしかない。

「ミニちゃん、私が前を行く。ここだと思ったら道を開けるから、何かあっても気にせずに一気にRに向かって。いい!?」

 返事はない。それでも、うなずいている。
 覚悟ができた、ということじゃないのはわかってる。まだ子供なのだ。
 必死に我慢している。心を殺して、何も考えないようにしている。

 ごめん、ミニちゃん。
 辛い目に遭わせないって約束したのに。私にもっと力があれば。

 叫び出したいような気分を振り払って、Rを睨んだ。

 ダメだ。動きが速すぎる上に何も考えてない。タイミングが測れない。
 攻撃を食らうつもりで突っ込むしかない。

 ミニガールの手を握り、一瞬だけ、初代に目配せした。
 同時にスタートしてくれることを確認し、クロノ・スラスターとサイド・ウイングを拡張する。
 ガードに回すエネルギーはない。最大出力で、一気に飛ぶ。その先は、ブラック任せ。

 


 イバガールが飛び出すのと同時に、ブラックは全てのスラスターを全開にして突っ込んだ。
 全身をブレイブ・インパクトの拳にしたようなものだ。

 そのまま、叩きつける。ほとんど触手のようになった腕を、数本突き破る。
 こんなことで止まらないのはわかっている。他の腕が、振り下ろされた。右腕が肘から斬り落とされる。狙い通りだ。その腕にはエネルギーの大半を集中させてある。
 千切れた腕のサイド・スラスターが再び火を噴いた。掌底打ちの状態で、顔面に叩き込む。そのまま顔を掴んで押し込んだ。Rが仰向けに倒れる。さらにフルブーストで押し続けた。
 もがく身体から、無数の腕が伸びてくる。左腕のエモーション・ブレイドを限界まで拡張して横薙ぎにした。
 ほとんどは斬り落とせたが、数本は虚空に向かって伸びていく。イバガール。サイド・ウイングを貫かれて失速している。
 ガールは、その腕を掴んだまま地面に激突した。十分だ。

 


 全ての腕が、抑え込まれた。
 今だ。ミニガールは、一気に加速した。

 ブラックに斬られた腕が、早くも再生を始めている。でも、間に合う。私のほうが速い。
 Rが起き上がる。その懐に飛び込んだ。あとは癒しの力を流し込むだけだ。コンマ1秒もかからない。

 でも、Rお兄ちゃんは……。

 考えちゃダメ。この一瞬は、お姉ちゃんやパパがやっと作った一瞬。
 私がちゃんとしないと全部が無駄になっちゃう。

 でも……本当に何も感じない。このままでいいの?
 二度とRと会えなくなるかもしれない。消えちゃうかもしれない。

 そんなこと……世界のためでも……そんなこと……。

 もう一度だけ呼びかけたい。Rお兄ちゃん、本当にいないの? 本当に消えちゃったの?

 ドクン。

 何かに触れた。もしかして、これが……。

 そう思ったとき、ミニガールは宙に浮いていた。
 お腹が痛い。殴られた? 離されちゃった。ううん、この距離ならまだ届く。でも何かがくる。たくさんのブレイド。私には避けられない。

 ごめん、お姉ちゃん。ごめん、パパ。

 躊躇するなって言われたのに。何があっても気にするなって言われてたのに。
 ごめんなさい。

 


 初代イバライガーは、突き飛ばされたミニガールを受け止めて駆け抜けた。
 腕が追ってくれば、躱す方法はない。エネルギーが足りない。スラスターも使えない。ガールとブラックが突っ込むのと同時に走り出しながら、このザマなのだ。

 いざとなれば、身体を盾にして。

 だが、何も起こらなかった。
 腕の中で、ミニガールが呻いている。怪我はない。それでも呻いている。

 かすれたような声が聞こえた。

「やは……り、お前には……無理……だったな……だが……それも……いい……お前はお前で……いい……」

 初代イバライガーは、ゆっくりと振り返った。

 ミニガールがいた場所に、イバライガーブラックの姿があった。
 肩から腰近くまで、一気に切り裂かれている。全身に、槍状になったブレイドが何本も突き刺さっている。

「パパァッ!?」
 ミニガールが絶叫した。

「そ……の……呼び方をするんじゃ……ねぇ……。初代……そのバカを……連れてい……け……」

 うなずいて、歩き出した。
 あの傷は致命傷だ。もしかしたらコアまでダメージを受けているかもしれない。ミニブラックが動ければ助かるかもしれないが、今は無理だ。

「気に……するな……これは……俺の……選択……だ……それに……ダメならダメで……策は……まだ、ある……」

「パパッ! パパァアアアアアッ!!」
 ミニガールは、叫び続けている。

 その声に反応したのか、槍がこちらに向かってきた。
 躱せるかどうかは五分五分だ。初代イバライガーは、身を固くした。

 その槍が止まった。まるで見えない壁にぶつかったように。
 これはブラックの気なのか? あの身体で?

「どうした、R? てめぇの相手は俺だ。俺は、まだ動く。止めを刺しに来い」

 息も絶え絶えだったブラックが、決然と言い放った。
 挑発している。

 たくさんに分かれていた腕が集まって、元の2つの腕に戻った。
 その拳が青白く光り始める。

 あの光……クライオ・インパクト。物質を瞬間凍結し、分子間の結合力を失わせ、一気に破壊する。自分が戦ったときはブレイブ・インパクトで対抗したが、それもみんなの力があったから出来たことだ。今のRは、あのときとは比べものにならない。傷ついたブラックでは、どうにもならない。

「よかろう。来い。その力、見せてみろ」

 Rが突っ込んでいく。とっさにミニガールの頭を押さえて、抱え込んだ。
 見せられない。これ以上は。

 拳が撃ち込まれた。ブラックの胸を貫通する。そこから全身へと冷気が広がる。
 ブラックを形作っていた物質の全てが、結合を失って消滅していく。

 


 なんだ? ここはどこだ? 私は何をしている?

 ノロマめ、やっと気付いたか。

 ブラック!? 消えかけている? 何があった? まさか……私がやったのか?

 うぬぼれるな。俺がやらせた。この時を待っていた。

 粒子となったブラックが、自分の身体の中へ溶け込んでくるのを感じた。
 こ、これは……アザムクイドやルイングロウスと同じ、霧の……?

 そうだ。貴様に取り憑く。ジャークにできることが、この俺にできないはずがない。ましてや、元々俺たちは1つだったのだからな……

 ブラック!? まさか……

 うろたえるな。もう一度、1つに戻る。ただそれだけのことだ。

 そんな……! やめろブラック。まだ方法はあるはずだ! お前は……お前が消えてどうする!? 消えるなら私だ! あんな化け物を生み出してしまった私が消えるべきなんだ!!

 ふざけるな。消えて終わりになど、させん。この世界を置き去りにして、貴様だけが楽になるなど俺が認めるとでも思ったか。逃げるな。てめぇには、これから地獄を見てもらう。

 ブラック! 行くな!! やめろ!!

 お前は甘い。だが、その甘さを貫いてみせろ。それがお前の力のはずだ。俺が戻ってくるまで、その甘い力を極めておけ。そのとき、俺が全てを飲み込んでやる。

 

■ED(エンディング)

 夜が、明けようとしていた。
 逢魔時とよく似た、薄紫の空。
 まもなく、あの丘の向こうから朝日が顔を出すだろう。

 今見えている光は、朝日ではない。

 消えていく。イバライガーブラックが光の粒子となって、薄明かりの中に溶け込んでいく。
 その輝きが、立ち尽くすイバライガーRのシルエットを浮かび上がらせた。

 動かない。だが、見慣れた輪郭だ。
 変形していた四肢は元に戻っている。バイザーも、青い。

 ミニガールは、初代の腕を振り払って駆け出した。光が、雪のように舞っている。
 その最後の1粒が、ミニガールの手のひらに落ちた。

 いやぁああああああああああああっ!!

 ミニガールの絶叫が響いたとき、朝日の最初の一筋が見えた。

 

■次回予告

■第31話:フェアリー  /イバガール・フェアリー発動
イバライガーRは元の姿を取り戻したものの、意識は戻らない。イバライガーブラックは消滅。ミニガールも起動不能に陥ってしまった。ブラックの死はルメージョの中のナツミにも衝撃を与え、怒りと悲しみに支配されたルメージョは暴走状態となって全てを破壊しようとする。立ち向かうには最大の力「ハイパー」を降臨させるしかない。命を捨てて、ハイパー降臨に賭けるシン。だがワカナは言う。生きろ。それこそが力だと。ワカナとガール。そして『もう一人のワカナ』の想いが重なったとき、新たな力に目覚めたイバガールが飛翔する!!

 

(次回へつづく→)

(第29~30話/筆者コメンタリー)

 


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