小説版イバライガー/第30話:ブラック、最後の決断(前半)

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OP(アバンオープニング)

 ワカナが、倒れた。
 イバライガーRの全身からは、黒い霧のようなものが立ち上っている。霧に包まれて、姿が霞む。
 その漆黒の中に、赤い目が光っていた。

 ぐぉおおおおおおおおおおおっ!!

 咆哮が響き渡る。間違いなく、Rの声だ。だが、決してRが出すはずのない声だ。
 闇の広がりとともに、姿が消えていく。

 かつてイバライガーRと呼ばれた者の姿が。

 

Aパート

 霧で霞んでいたが、拳は二度見えた。
 最初の拳が当たる直前、影が飛び込んでワカナを蹴り飛ばし、二撃目の拳はワカナの髪をかすめただけで外れた。
 着地した影は、素早くワカナに駆け寄り、抱き起こした。

 あの身長はミニライガーの誰かだろう。
 極度の疲労のせいか、視界がぼやける。誰でもいい、よくやった。

 影が、ワカナを抱いて駆け戻ってくる。声が響いた。

「全員、下がれ! 救護班、いや他の者も作戦ポイントに集結! イバライガーRを包囲しろ! ただし撃つな。囲むだけでいい!!」

 この声。アケノなのか? だが、さっきの動きはイバライガー並みだった。なんて女だ。

 アケノが抱えてきたワカナを見たイバガールが、息を飲んだ。
 腹部が真っ赤になっている。かわしきれなかったのか!?

「ワカナッ! ワカナァアッ!!」
 ガールが必死に呼びかけているが、ワカナはぐったりし、意識がない。シンは頭が真っ白になった。

 なんでワカナが? どうしてこうなった? 何がどうなってるんだ? まさか、死んだりしないよな? だってお前は俺が守るんだ。未来でもそうだったんだろ? 俺はお前を守ったんだろ? なのに、なんで倒れてんだ? そんなはずねぇだろ。ワカナ。ワカナ。俺に何があろうとお前は生きなきゃ。生きてくれなきゃ俺は……。

 近づこうとして、アケノに肩を掴まれた。
 邪魔するな! 振りほどこうとした瞬間、地面に叩きつけられていた。

「しっかりしろ!! お前には取り乱すような権利はない!! 誰が死のうと、お前自身が死のうと、お前が取り乱すことは許さん!! 目を開け! 今起こってることを見極めろ!!」

 振り返った。黒い霧。その中の赤い目。

 ちくしょう。R、てめぇえは……。てめぇはぁああああああああっ!!

 また、地面に押し付けられた。頭を押さえ込まれ、口に土が入ってくる。その苦味が、白熱した思考をかき消していく。
 耳元で、アケノが囁いた。

「だから、落ち着けって言ってるでしょ。いい? ワカナは重傷だけど死んでない。すぐに救護班も来る。アタシが引き抜いてきた奴だから、そこらの医者より腕もいい。安心しろとまでは言わないけど、たぶん助かる。アンタがパニくらずに、ちゃんと自分の仕事をしてくれれば、ね」

 ハッとした。押さえつけていた力が、消える。土を吐き出しながら、周囲を見回した。TDFの隊員たちが集まってきていた。救護班らしい数人が、こちらに駆けてくる。自分とさほど歳が変わらないような若い男と目が合った。うなずいている。力強い目だ。あの目ならワカナをた助けてくれそうな気がする。

 TDFはいくつかの班に分かれ、倒れているミニライガーたちを運び出している。
 あいつらには外傷はない。エネルギーを失っているだけだから、しばらくすれば回復するはずだ。

 シンの前を、応急用の酸素吸入器を持った隊員が駆けて行った。カオリとマーゴ……いやイモライガー。隊員がカオリの口に指をつっこんで、大量のスナック菓子を掻き出している。また飲み込むのを忘れたのか。でも、とにかく無事らしい。相変わらずの展開だが、おかげで気持ちが落ち着いてきた。

 唸り声のようなものが聞こえた。

 銃を構えた隊員たちが、遠巻きに黒い霧の塊を取り囲んでいる。唸り声は、その中からだった。
 霧は淀みのように集まって、周囲に拡散していかない。内部の様子はわからないが、動きは感じられない。
 なぜ動かない? いや、動けないのか?

「R……」
「いや、さっきのはイバライガーRじゃない。君が言ったはずだよね。『俺たちのイバライガーRはあんな化け物じゃない』って」

 そうだ。アレがRのはずがない。
 Rがワカナを傷つけることなど、あり得ない。

 作戦は……カタルシス・フュージョンは失敗だったのか。
 あれほどの力を注ぎ込んでも、ルイングロウスを抑えることはできなかったのか。

 横目で、ワカナの担架が運ばれていくのが見えた。他の者より少し遅れたが、応急処置をしていたようだ。駆け寄って顔を見たかったが、我慢した。ワカナを助けるためにも、今は俺がふんばらなきゃいけないんだ。ワカナはRを助けようとして倒れた。その想いを俺が引き受けなくてどうする。

 ずっとワカナの手を握っていたイバガールが、担架を見送ってから、そばに来た。
「……私もワカナもほとんどエモーションは残ってなかったけど、それでも出来るだけ止血はしたよ。だから大丈夫。ワカナは強いもん」

 エモーション・フィールドで傷口をふさいでいたらしい。ありがとう、ガール。

「ガールも基地に戻れよ。もう限界だろ? 歩けなければTDFの隊員たちに運んでもらって……」
「そうは……いかないわよ。確かに今は役立たずだけど……でもRをほっとけ……な……い……」

 ガールが膝をついた。もう立っていることもできないらしい。
 支えてやりたかったが、自分にも体力は残っていない。普通に話すだけでも息が切れる。気が遠くなる。眠い。

 ダメだ。倒れるな。意識をつなげ。呼びかけ続けろ。

 Rはいる。還ってくる。それを信じて、未来のワカナはR=リターンの刻印を託した。
 ここで終わるはずがない。ジャークになんかなるわけがねぇ。

 


「……無駄だ……お前たちの声は、もう届かない……」

 声が、聞こえた。
 間違いなくRの声で、しかし全くRを感じさせない声だった。

「お、お前は……!?」

 やはり、ジャークか。Rは……Rの意識は消えてしまったのか?
 いや、違う。そうなら奴が動かずにいる理由が説明できない。Rはまだいる。だから奴は動けない。

「……そうだ。イバライガーRは、まだここにいる。だが、もはや優劣は決した。ほんの数刻前までは抵抗し続けていたのだがな。奴は愚かにも身体の主導権争いを諦めた。女を救うために……たった2発の拳を止めるために、身体を捨てた。すでに奴はコロニアル・ランペイジの1つに過ぎん。意識はあっても何もできん」

 2発の拳。ワカナのことか。
 あれはてめぇが……。Rは、それを止めようとして……。

 ……てめぇ……そう仕向けたな。そのためにワカナを襲った。Rが自分よりもワカナを選ぶことを知っていて、罠にハメやがった。
 てめぇ……。てめぇええ!! よくもぉおおおおおおおおおおおっ!!

「ふふふ、その憎悪、心地よいぞ、人間。来るがいい。このボディを……イバライガーRを好きなだけ破壊するがいい……」

 野郎ぉおおっ。もう我慢ならねぇ。こんな奴のためにワカナが……Rが……っ!!
 立ち上がろうとしたが、腕を掴まれた。イバガール。

「……ダメ、シン。いるの。まだRはいるの。アイツの言ってることは嘘。諦めてなんかいない。まだよ。まだ戦ってるのよ。自分の身体を取り返すとかじゃない。私たちを……みんなを守るために戦ってるの! 私だってキレそうだけど……でも憎んじゃダメ。恨んじゃダメ。Rを信じるの。今はそれが一番大事なのよ!!」

 ……くっ……わかってる。わかってるよガール。ワカナだって同じことを言うだろう。
 でもよ……どうにもならねぇ。奴を許せねぇ。憎しみを……止められねぇ。

 また思考が白熱し、ガールの腕を振りほどこうとした途端、衝撃がきた。頭がじんじんする。

「……ったく、訓練が足りないなぁ。敵の言葉にいちいちアタフタすんじゃないって。イバガールの言う通り、あんなのぜぇ~~んぶ嘘に決まってんでしょ。乗せられてどうすんの?」

 腕組みしたアケノが、見下ろしている。何か言い返そうと思ったが、言う前に張り手が飛んでくるだろう。

「それに……どうやら本番はこれかららしいよ。真打ちが来たようだからね」

 アケノの視線が流れた。釣られて、後方を見た。

 丘。木立。空は濃い群青だ。陽が落ちようとしている。夕暮れと夜の境目。確か、逢魔時と言ったか。魔物が現れる時間だ。
 木立の向こうに、ひときわ濃い影が見えた。動いている。歩いてくる。

 魔物? 真打ち? この感じは……まさか!?

 


 初代イバライガーは振り返らず、近づいてくる気配だけを感じていた。

 ついに、来たか。

 だが何故、今になって現れた? お前ならRを救えたのではないのか?
 それを見過ごした。何故だ。

 イバライガーブラック。

 思考は届いているはずだが、予想通りブラックは答えない。まっすぐにRに向かっていく。黒い霧と黒い身体が重なり、存在自体が溶け合ってしまったかと錯覚するほどだが、闇の中から洩れるフェイスバイザーの赤い光が、ブラックの輪郭をかろうじて浮かび上がらせている。

「ふふふ……久しいな、その気配。以前に感じた。あの時の意識はお前のほうか。お前に取り憑いたほうが面白かったかもしれんな」
「そのほうが俺も面倒がなかったのだがな。だが、くだらん話はどうでもいい。さっさと出てこい。Rが消滅しようがしまいが関係ない。いずれにしても、貴様はそこにはとどまれまい」

 とどまれない? どういうことだ?
 Rの意識は感じない。あのボディは、すでにルイングロウスに乗っ取られているはずだ。

「まだ気付かないのか、初代。貴様もガールもエネルギーを使い果たして気を探ることもできなくなったか」

 ブラックのエキスポ・ダイナモが、強く光り、気が放たれた。輝きの光圧が、黒い霧を吹き飛ばす。
 霧が消えたのは一瞬だけだったが、それでもRの姿が見えた。同時に、凄まじい反応も感じた。これは……!?

「な、なにこれ……? ものすごいエモーション・ポジティブが……!?」

 イバガールが呻いた。確かにエモーション・ポジティブだ。Rの中を、嵐のような感情エネルギーが駆け巡っている。
 あれは……ソウマとアケノの……!!

「なるほどね~。ブラックが何の理由もなくPIAS-EXのノウハウを教えてくれたとは思ってなかったけど……こういう局面のためだったわけね?」
 アケノの呆れたようなつぶやきが聞こえ、ブラックは少しだけ振り返った。

「女、仕事をしてくれたようだな。ここまでは期待通りだ。よくやった」
「こっちは乗せられた気分で面白くないんだけど……ま、いいよ。仕込みはやれたみたいだしね」

 どうなってんだ? というシンの声が聞こえた。
 イバガールが説明している。

「エモーションは空間に満ちていて、私たちイバライガーたちはそれをエネルギーに変えているでしょ。でも、それはほんの一部だけ。どれだけの想いを送ってもらっても、そのほとんどはあっという間に減衰しちゃって、私たちに届くのはホンのちょっとでしかないの。けどPIASは、装着者本人の感情エネルギーを使ってる。それは、たった一人分でもトンデモないパワーなのよ。しかも新型はアケノとソウマがシンクロして増幅してるから、何十倍にもなってるわけ。それ全部を……」

 シンも気づいたようだ。アケノとソウマ=PIASを交互に見ている。

 あのとき。PIASは、カタルシス・フュージョンの最終段階でRのエキスポ・ダイナモに直接パワーを送り込んだ。通常では考えられないほどのエモーション・ポジティブが注ぎ込まれたのだ。今のRの中は、ジャークにとっては最悪の環境になっているはずだ。

 ブラックは、そこまで読んでTDFと接触していたのか。
 ルイングロウスの計画を阻止するために、PIASを強化していたというのか。
 どこまで読んでる? この先に何がある?

「……そうか……イバライガーブラック。この状況はお前のしわざか。このボディをポジティブで汚染するとは……やってくれたな。だが、所詮は無駄なあがきだ。力はすでに我が物だ。それに……この身体が使えなくともスペアはある。むしろ、より都合のいいスペアが大量にな……」
「好きにしろ。貴様が何をしようと、どれだけの力を手に入れようと、叩き潰すだけだ」
「ふふふ……面白い……待っているぞ、ガラクタども!!」

 声が響き、闇が急激に膨張し始めた。

 霧どころではない。空も、大地も、見えない。視界の全てが黒に染まり、上下感覚すら消えていく。
 虚無だ。思考さえも吸い込む、完全な虚無。

「……お前たちは我をルイングロウスと呼んでいたな。増殖する破滅と。その通りだ。気に入った。名乗らせてもらおう」

 闇の中に、赤い目が浮かび上がった。
 光が迸る。禍々しい赤が、闇の中の火柱のように立ち上っていく。

「我が名はルイングロウス。かつてアザムクイドと呼ばれし者。最古にして新たなジャーク四天王!! 我は目覚めた! 破滅は果てしなく増殖し続けるだろう。もはや止められん!! お前たちの世界が終わるときが来たのだ!!」

 嗤い声が響き続ける。方向はわからない。この闇には、方向がない。

「はぁああっ!!」

 声を断ち切るように、裂帛の気合いが奔った。ブラック。刀を持っている。カンナグールと戦ったときに見せたアレか。空間自体を断ち割った? 時空突破と同じ効果を生み出せる刀なのか。

 斬り裂かれた闇の隙間から、別な闇が見えた。星が見える。紫の光が奔る度に、空間に次々と亀裂が入る。
 やがて闇の全てがモザイクとなって砕け散ったとき、夜空には見事な天の川が広がっていた。

 


 最後の一人が全員の撤収完了を告げ、走り去っていった。
 その後ろ姿を、アケノはなんとなく眺めていた。すでに完全に夜になっているが、建物からの明かりで状況はわかる。

 基地の前に停めた指揮車に、PIASが運び込まれているのが見えた。エネルギーが完全に尽きてしまうと、PIASは全く動けない。自分で脱着することもできない。ソウマは中でイラついていただろう。カタルシス・フュージョン作戦が終わってから今まで、デクノボウのように立っているしかなかったのだ。

 シンは担架で運んだようだ。闇が溢れるまでは意識を保っていたようだったが、そこが限界だったのだろう。
 初代イバライガーとイバガールに付き添わせた。初代は残って状況を見定めたかったようだが、一番疲弊しているのは彼らだ。もう少しエネルギーが回復するまでは、ここにいても何もできまい。まずは地下のNPLプールで傷を癒すことだ。先に引き上げたミニライガーたちも、そうしているはずだった。

 プールに浸るイバライガーたちを想像して、アケノは笑った。あれはプールというよりジャグジー、いや銭湯だよなぁ。入り口の番台や脱衣所も欲しいところだ。それとコーヒー牛乳にフルーツ牛乳。イバライガーは服を脱がないし、飲み物も飲まないから必要ないんだけど、あそこまでやったらトコトンこだわるべきだろ。そのために予算申請があったら通してやったのに。

 それにしても皮肉だ。今、イバライガーたちは全員が疲弊している。
 シンたちもしばらくは眠ったままだろうし、ワカナは重傷だ。

 つまり、簡単に接収できる。にもかかわらず、今はそういうわけにはいかない。
 あの怪物たちに立ち向かえる可能性があるのは、彼らだけなのだ。

 振り返った。真っ暗……ではない。紫の小さな光が見える。
 イバライガーブラックのエキスポ・ダイナモだ。
 かつて牧場だった草原に腰を降ろし、一点を見つめて動かない。見つめられる者も、動かない。

「さて……アタシもしばらくは基地に戻ってるよ。確認しておかなきゃいけないことがあるし……何かが始まるまでには、まだ時間あるんでしょ?」
「立ち会う必要はないぞ。ここからは俺とRの問題だ」
「そうもいかないよ。大体は予想してるけど……アンタがやろうとしていることが成功するかどうかで、今後の戦略は大きく変わっちゃうからね」
「心配するな。少なくとも俺かR、どちらかは必ず残る。どちらかが残れば、成功と同じだ」
「本当に……やれるの? 一人で?」
「俺を誰だと思っている?」
「わかってるって。じゃ、頼んだよ」

 アケノは、一度だけブラックの視線の先を見てから歩き出した。

 イバライガーR。

 傷だらけの身体が、泥の中に横たわっている。
 死んでいるとしか思えない。

 それでも、ブラックはここで何かを待っている。初代やガールも、それを確信したからこそ基地へ戻った。
 これから起こることに備えているのだ。

 ルイングロウスは消え、Rの中にあったという力も奪われた。
 作戦は全て裏目に出てしまった。

 それでも、まだ終わっていない。

 いや、ブラックが現れたタイミングから考えると、この状況こそを狙っていたと考えるべきか。

 おそらく、作戦の失敗は前提だったのだ。巨大な力を手放してまで、ルイングロウスを追い出したかったということか。そうまでしてイバライガーRの身体を確保したかった。感傷や友情などではあるまい。Rの身体には、まだ秘密があるはずだ。ブラックしか気づいていない秘密が。

 気になるが、今は先にやることがある。問題が起こっているのはここだけじゃない。いや『向こう』のほうが遥かに厄介な状況になっているはずだ。

 こりゃあ騙されたな。トンデモないことを引き受けてしまった。今の給料じゃ全然割に合わない。
 終わったら割増と長期休暇だ。文句は言わせない。残りの一生を有給にしてもらっても足りないのは確実なのだから。

 


 ようやくPIASを脱いで、指揮車から飛び出した。
 かなりの疲労を感じるが、動けないほどじゃない。動けなかったのはPIASで俺じゃない。動けなかったとしても、じっとしていられる状況じゃない。

 館内に駆け込もうとしたときに、戻ってくる隊長が見えた。最後まで残っていたのか。
 いや、最後じゃない。まだイバライガーブラックとイバライガーRが、あそこにいるはずだ。まだ何かが起こるということだ。

 だが、今はそんなことに構ってはいられない。

 隊長=アケノはゆっくり歩いている。歩哨に立っていた隊員が出迎えて、ソフトクリームを渡している。そんな場合か。
 もどかしくて、ソウマは怒鳴った。

「隊長っ、スペアです! 奴が言ってた!! あれはたぶん……!!」
「スト~~ップッ! アンタの言いたいことはわかってるから。そんで当たりだから。いちいち言わなくていいから」
「だったら……行かせてくださいっ! このままじゃ……!!」
「何言ってんの。バッカじゃないの? アンタ疲れてボロボロじゃん。アタシもそこそこに疲れてる。イバライガーたちもエネルギーを失っていて、すぐには動けない。そんなザマで出かけて何ができんの? それに……もう手遅れだよ。行っても間に合わない」

 なんだと? もう手遅れ? なんで、そんなに落ち着いてんだ?
 舐めるな。ソフトクリームを舐めるな。

「とりあえず、モニタを見よっか」
 アケノは、館内に入っていった。ロビーホールは、隊員たちでごった返している。外でまだ何かが起こると予想されたため全員を館内に入れたのだが、救護班などの一部を除いてホール以外への立ち入りは禁じられたため、ぎゅうぎゅう詰めになっているのだ。

 館内は広く、2階もある。他の部屋に分散させれば十分に収容できるはずだが、アケノがそれを許さなかったのだという。

 今はイバライガーたちが鍵だ。彼らの力の源はエモーション。ポジティブな感情だ。それを乱す行為は絶対にするな。彼らにストレスを与えるな。
 珍しく強い口調で、そう厳命したらしい。

 アケノは、その隊員たちをすり抜けてロビーホールの奥へと進んでいく。ソウマも仲間たちにぶつかりながら付いて行ったが、まるで通勤時間のターミナル駅だ。この状態ではソフトクリームなど、あっという間に誰かにくっついてしまいそうだが、アケノはなんでもないように舐めながら、すでに向こう側に抜けている。魔女か、あの女。

 なんとか人垣を抜けると、牛の顔があった。ホールの端にあったやつだ。
 目の前にお茶が差し出された。確か、この男はゴゼンヤマという工学博士だ。人物データは持っているが、直接話したことはない。黙ったまま軽く会釈してお茶を受け取ると、ゴゼンヤマは嬉しそうに微笑んだ。近くの他の者にもお茶を配っている。なんだ? まるで初めてお茶を淹れてはしゃいでいる幼児のようだ。本当に工学博士なのか?

 牛の奥で、アケノがモニタに見入っていた。機器を操作している女は、確かエドサキという物理学者だ。かつてはゴゼンヤマとともに手配書に載っていた。かなりの資産家で、逃亡中のシンたちのパトロンだったはずだ。

「アンタがソウマね。シンから聞いてるわ。意外にウマが合う喧嘩友達らしいわね」

 何を言ってる? 奴と友達? 冗談じゃない。
 ムッとしたことに気付いたのか、エドサキが笑った。

「まぁいいわ。とにかく礼を言うわ。アンタたちがPIASで介入してくれなかったら、みんな、どうなっていたかわからない。感謝してるわ。ゴゼンヤマ博士もね」
 振り返ると、またゴゼンヤマがニッと笑って、お茶をくれた。い、いや、もうお茶は……。

「……ワカナは……彼女の容態は……どうなんです?」
「ふ、この状況で最初にそれを聞いてくれるなんて、やっぱり友達ね。今も奥の部屋で手術中よ。でも大丈夫。傷は深いけど止血が早かったし、連れてきてくれた救護班が並みじゃないみたいだからね。あれ、大学病院にもちょっといないレベルじゃない?」
「でしょ、だから心配いらないって。イバライガーたちも地下のNPLプールに浸って休息中のはずだし、シン君やマーゴン君たちは、それぞれの自室に放り込んでおいたから、ゆっくり眠れば回復すると思うし……外のことは今はブラックに任せるしかないしね」

「了解しました。で、状況は……?」
「最悪」

 


 アケノが、ソフトクリームのコーンをかじりながらモニタを指差した。
 PIAS基地に残っている仲間が送ってきた映像だ。

 黒い霧が、建物を覆っている。
 やはりそうか。

 奴が言っていたスペア。イバライガーの代わりになるもの。
 PIAS以外に考えられない。

 最初は、また自分が狙われるのかと思ったが、奴は手出しをせずに消えた。その途端に気づいたのだ。
 以前、PIASごとジャークに取り憑かれかけた。あのときと同じだ。基地だ。量産が始まっている。それを奪う気だ。

 モニタで見る限り、霧はまだ内部に侵入していないようだ。前回は換気口から侵入されたが、今はそこもNPLで封じてある。霧が侵入しようとしても対消滅するはずだ。

 カメラが、別方向に向いた。何かが動いている。人影に見えた。基地の敷地内だから一般人ではないだろう。そもそも数日前にJアラートが発令されているのだ。周辺にも人はほとんど残っていないはずだ。
 ギクシャクとした動きで、影が前に出てきた。同時にモニタが消えた。

 やられた? 今、一瞬見えたのはPIAS?
 なぜ動いている? 乗っ取られたのか。バカな。侵入できないはずなのに。

「EX……だな。遠隔シンクロできる機能が仇になったらしいな……」

 背後でゴゼンヤマがつぶやいた。もうお茶は持っていない。シンクロだと? 外部からのシンクロで動かしているのか?

 別のモニタがONになった。さっきより遠い位置からの映像らしい。
 信じがたいものが映っていた。

 数十メートルはある巨大な怪物。まるで怪獣映画だ。しかも見覚えがある。
 あれは……ルイングロウスに侵されたときのイバライガーRの……!?

 その表面が蠢いている。霧か。黒い霧が集まって、あの姿になっているのか。
 それなら、ただのコケおどしだ。実体があるわけじゃない。

 怪物が、腕を振り下ろした。建物が吹き飛んでいく。そんなバカな!!

「……エネルギーと質量は等価ってことね……。あれほどのエネルギー量なら、実体でなくても実体と同じ、というわけか……」
 今度は、エドサキがつぶやいた。
「あのジャーク……ルイングロウスから見れば、実体などというもののほうが幻想なのかもね……」

 アケノが応えた。3人とも冷静な声だ。パニくってるのは俺だけか。アケノはともかく、残りの2人はなんで落ち着いていられるのか。これが研究者という連中なのか。だが、こんな光景を見て落ち着いているほうがオカシイ。

 崩れた建物の奥に、数体のPIASが見えた。未完成のやつだ。いや、さっきの奴も含めて完成しているスーツは、まだないはずだ。量産計画はスタートしているが、実際に量産が始まるのはまだ先のはずだ。

 建物全体に、霧の怪物が覆いかぶさった。そのまま内部に染み込んでいく。
 基地が、唸りを上げた。未完成だったスーツが変貌し始めている。やはり暴走したRに酷似した姿だ。システムも動き出している。
 まさか、アレを量産するつもりなのか!?

「あそこに……何体分の資材があるの?」
「……約500体ってトコかな……。すぐに完成しそうな段階だったのは20体ほどだけど、ラインをフル稼動させられるなら10日もあれば……」

 エドサキとアケノの会話に、気が遠くなった。
 500体だと? Rだけでも全員でぶつかって倒しきれなかった。それが500体?

 すでに変貌した数体が、外に出てきた。
 ソウマは、その動きが統制されていることに気づいた。いや、統制というレベルじゃない。まるで1つの生き物のようだ。

「そうか……コロニアル・ランペイジ……群体というわけか……」
「生み出される500体。その全部で1つのジャーク。ルイングロウスは、そういう四天王になったってことね……」
「せめて女王蜂のようなコアになる個体があればと思うけど……たぶん、そういうものじゃないっぽいね。どれもが分身であり本体でもある。こりゃ本気で厄介すぎるわ……」

 博士たちとアケノは淡々と話しているが、周囲には動揺が広がりつつあった。

 当然だ。四天王級のジャークは、イバライガーたちでさえ過去に1体も倒せていない。ましてTDFでは、かすり傷すら負わせたことはない。
 それが一気に500体。絶望的にも程がある。

 せめて量産を止められないのか。アケノは手遅れだと言ったが、何か方法はないのか。
 このままでは戦力差が拡がるだけだ。本当にチェックメイトになってしまう。

「た、隊長……どうすればいいんですか? 我々は……どうなるんです!?」
 誰かの声が聞こえた。誰かの声だったかは分からない。自分の声だったかもしれないと、ソウマは思った。

「どうもしないよ。今までと同じ。戦うだけ」
「戦う!? アレとですか? 何を言ってるんです!? 勝ち目なんかあるわけないじゃないですか!!」

 別の声が叫んだ。皆が騒ぎ出す。ダメだ。これはパニックになる。
 全員、最初から不安を抱えていた。それに火が点いてしまった。もう止めようがない。

 そう思ったとき、アケノが立ち上がった。ゆっくりと喧騒の中へと歩き出す。その一歩ごとに人垣が割れていく。
 ソウマからは背中しか見えないが、アケノの顔を見た者は、声を失って硬直している。アケノは、騒いでいた一人の前で立ち止まった。

「勝ち目がない、だと? 今までに勝ち目があったことがあるのか? いや、まともにジャークと戦えたことがあるのか? 状況は何も変わっていないだろう? 今さら騒いでどうなるというんだ?」

 声は、静かだった。それでも聞こえる。
 喋っている者は、もう一人もいない。

「ジャークは異生物だ。人間の悪意を捕食し、滅びを目指している。共存の可能性などない。降伏もできん。逃げることもできん。負ければ、全ての人間が死に絶える。勝ち目のあるなしなど関係ない。怯えて殺されるのを待つか、最後まで抗うか。それだけのことだ」

 そこまで言って、振り返った。全員を黙らせた顔を想像して、ソウマは緊張した。
 だが、アケノは苦笑して、頭を掻いていた。

「……とまぁ、カッコイイこと言ったけどさぁ……ぶっちゃけアタシにも、どうしていいか分かんないんだよね~。今の戦力……っていうより、どう戦力を増やしてもどうにもなんないレベルになっちゃってる感じだしねぇ。戦うしかないけど戦ったら何もできずに皆殺し確実。だから、みんなしばらくはダラダラしててていいよ。無駄死にとか特攻玉砕とかはアタシの趣味じゃないし」

 静まり返ったホールにヒールの音が響き、エドサキ博士がアケノの隣に並んだ。
「隊長さんが言った通りよ。私たちにも、今は有効な対抗策は何も見出せない。でも、希望はあるわよ」

 言葉を区切って、博士は外を見た。
 やはり、それか。この状況で口にする希望。

 イバライガーブラック。
 イバライガーR。

「私たちはね、ずっとイバライガーと行動を共にしてきた。でもね、何もしてないのよ。見てただけ。博士号なんか何の役にも立たないのよ。だから、今度も同じ。私は見続ける。彼らが絶望を乗り越えて、私たちの理解を超えた奇跡を起こすのを見続ける。論理的じゃないけれど、私はそれを信じている。あなたたちも、そうすることを勧めるわ」

 納得できる言葉ではない。
 確かにブラックは、最強のイバライガーだ。今回のことも読んでいたと思える。
 しかし、相手は500体なのだ。勝てるとは思えない。

 それでもソウマは、緊張していた空気が少し軽くなったように感じていた。
 俺も信じてしまっているのか。あいつらなら何とかしてくれると、心のどこかで信じている。すがっている。
 ちっ。悔しさと安堵がないまぜになったような気分になり、ソウマは舌打ちした。

「熱かったかね? でも、まだまだお茶はあるよ」

 またしても、お茶を渡された。気づくと、ほとんどの隊員が2つ以上の紙コップを手にしている。
 それでもゴゼンヤマ博士は、ボソボソとつぶやきながら急須を傾け続けていた。

 大丈夫。還ってくる。還ってくる。還ってくる。

 わかってる。もう、いい。信じるさ、俺もな。隊長が言った通り、黙って殺されるわけにはいかないのだ。
 ソウマは、呪文のように繰り返される言葉から遠ざかろうと、人混みの中に踏み込んだ。

 

(後半へつづく)

 


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