小説版イバライガー/第29話:激突! R対初代!!(前半)

2018年9月28日

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OP

 意識を取り戻すと同時に、大量の情報が流れ込んできた。

 ジャークが、ここを襲ってきた? TDFの駐留? 新型のPIAS? さらにイバライガーXだと?
 外界とのアクセスを遮断している間に、思っていた以上のことが起こっていたようだ。

 起き上がろうとして、身体が動かないことに気づいた。
 ここは……かつて初代を治療するために使っていたカプセルの中か。
 液体窒素で内部をマイナス271度前後に凍結して、拘束されている。

 なるほど、状況はシンたちもわかっているらしい。

 この程度なら強引に外に出ることは可能だが、イバライガーRは動くつもりはなかった。
 これでいい。意識のない間に、このボディが何かをしてしまうことが心配だったが、どうやら何もせずに済んだようだ。

 倒れてから3日が過ぎていたが、時間の感覚はない。特異点の中には、時間や空間といった概念がないのだ。
 私は、そこにいた。そこで戦い続けていた。

 そして悟った。このままでは負ける。今の自分では勝てない。奴のほうが力が上だ。

 だが、負けられない。負けてはならない。私が敗れれば、世界が終わる。みんなの力を借りなければ。これ以上、一人で抱え込んでいるわけにはいかない。

 わかっている、イバライガーR。

 初代イバライガーの声が聞こえた。姿も浮かんでくる。他の仲間たちも見えた。
 すまない、みんな。だが、敢えて言う。

 みんなの力を、心を、私に託してくれ!!
 イバライガーの名を呼んでくれ!!

 

Aパート

 イバガールは、ロビーホール奥の談話スペースになっている場所が好きだった。

 ホール全体はやや薄暗いが、ここだけは外の明るい光が差し込んで開放感がある。
 農業研究所時代から置きっぱなしになっている牛の骨格標本も興味深い。

 でも今は、その光も入ってこない。

 前回に展開した防壁が上がったままになっていて、光を遮っている。ジャークの攻撃によって破損していて、今は収納することができないのだ。
 いつもなら見える木々の緑も、今は見えない。傷だらけの壁があるだけだ。
 修理されても、当分は緑を見ることはできないだろう。再襲撃の可能性は小さくない。TDFも駐留したままなのだ。

 初代イバライガーとミニライガーたちの合体形態「クロノ・ダイヴァー」によってダマクラカスンは消えたが、倒したとは言えないらしい。
 初代の話によると、異空間を中和された感じがあるという。

 クロノ・ダイヴァー形態で発動する「クロノ・チャージ」は、基本的にRのクロノ・ブレイクと同じ技だ。マイクロ・ブラックホールとも言える特異点を作り出し、その潮汐力で対象を素粒子レベルで分解・粉砕し、異空間に吹き飛ばす。理論上、決まれば、どんな相手でも完全消滅できるはずの、まさに必殺と呼ぶにふさわしい大技だ。

 でも、今のダマクラカスンは、もう一人の四天王アザムクイドと身体を共有している。アザムの本体は霧。最初から分解されているようなもの。しかも特異点からの脱出方法を知っている。特異点にとじ込められていた初代をRが救出したときに、その身体を利用して特異点から出現したのがアザムクイドだった。あの時のデータは、アイツも持っているはず。
 つまり、アザムクイドも時空突破を使える可能性がある。

 なら、まだ生きてるはず。さすがに無傷じゃないだろうけど、あのまま消滅したとは思えない。きっと、また来る。Rを狙って。

 振り返った。
 ここからでは、休憩室のドアは見えない。
 でも中の様子は見える。聞こえる。

 初代、博士たち、シンとワカナ。そしてRが、話し合っている。とても大事な話だ。
 今、何が起こっているか。それにどう対応すべきなのか。

 いつものように全員が同席することもできたが、ガールはミニたちを連れて席を外した。
 どうせ、どこにいても聞こえる。イバライガーは互いにリンクしているし、聴力も人間とは比較にならない。

 なら、ここにいるほうがいい。
 落ち着かない気持ちでじっとしてると、話の邪魔をしちゃいそうだし。

 Rは、カプセルの中に封印されたまま、博士たちの質問に答えている。
 カプセルの中は超低温に冷却され、凍結されていて動けない。Rの中にいる危険なモノがもしも動き出したら大変なことになるため、やむを得ない措置だとは思うけど、やっぱり仲間を閉じ込めることには抵抗があるのだ。
 それはたぶん、シンやワカナも、いや全員が同じはずだ。

 それでも、そうするしかなかった。Rもきっと、それを望んでいる。自分だってそうだ。意識がない間に、自分の身体が誰かを傷つけてしまうなんて絶対に嫌だ。そんなことになるくらいなら、破壊されたほうがマシだ。

 ただ、そうとわかっていても、閉じ込められたRを見ているのは辛かった。
 だから立ち会わない。

 とはいえ、屋外に出ようとは思わなかった。
 出ても、壁なのだ。TDFも大勢いて、いつものように伸び伸びできるわけでもない。
 それに、やっぱり近くにいたかった。何もできなくても、そばにいたい。

 その気持ちは、ミニライガーたちも同じなようだ。
 ミニRも、ミニガールも、ミニブラでさえ、談話スペースに座って動かない。
 ただ時々、子犬のようにピクッとする。私もだ。

 え? そんなことになってんの!?
 ちょ、ちょっと!! どういうことよ!?

 思わず飛び込んでいきそうになる。
 でも、まだだ。まだ我慢。まだ話は佳境になってない。本当に大事なことはこれからだ。じれったいけど、今は我慢。

 そう思ったとき、また全員がピクっとした。

 コロニアル・ランペイジ? ルイングロウス?
 ナニソレ!?

 


「ころにある……らんぺいじ……?」

「……なんのことだ、ワカナ?」
「私に聞かないでよ!」
「だって特異点とか素粒子とかは、お前の専門だろ!?」
「私はまだ研究生だったのよ? 博士論文もまだ書いてないアシスタントなの!」
「それ、いばるトコか?」
「……う・る・さ・い・!!」

 エドサキ博士が、ものすごい形相でニラんだ。
 やべぇ。ヒソヒソ声のつもりだったが、いつの間にかボリュームが上がっていたらしい。

 イバライガーRと向き合っているのは、エドサキ&ゴゼンヤマの両博士だ。
 初代イバライガーも立ち会っているが、部屋に入ったときから壁に寄りかかったままだ。会話には加わらず、聞き役に徹するつもりらしい。

 俺とワカナも、基本的には黙ったままだ。
 というより、話が専門的すぎて会話に入っていけず、博士たちの後ろで3人のやり取りを聞いているしかないのだ。

『……とにかく、私の中……というより、私とつながっている特異点の中は、そういう状態なんです。ジャークに侵された人々の怨念が、制御不能な群体のように渦巻いている。むろん、中といっても特異点には広さや時間の概念はありませんから、あくまでもイメージに過ぎないのですが……』

 カプセルの中から、Rが答えた。
 話し相手は博士たちだが、今のセリフは俺のためだろう。俺にもわかるように、イメージ優先で補足してくれた。

 けど……すまない、R。やっぱりピンとこない。漠然としたものは思い浮かぶが、たぶんそれも違うはずだ。量子的な世界は、何をイメージしても違うのだとワカナに言われたことがある。
 それでもRの気持ちは、嬉しかった。
 拘束されて動けなくなっても文句さえ言わず、それどころか気遣ってくれているのだ。

「ふむ、制御不能な群体……か。それで暴走する群体=コロニアル・ランペイジ(Colonial Rampage)、というわけか……」
「それが、表に出てこようとしている?」
『いえ、ランペイジ自体は、ただの混沌です。意思や指向性などはない。でも、その奥に潜んでいる悪意があります。私はそれを『ルイングロウス』と名付けました……』
「……なるほど、ルイングロウス、ね。……そういうジャークなのか……」

「るいん……ぐろうす……?」
「……なんのことだ、ワカにゅわぁあっ!?」
 さっきと同じ会話をしそうになった瞬間に、飛んできた精密ドライバーがシンの顔をかすめて、壁に突き立った。
「す……すんません!! で、でもルイングロウスって……?」

 エドサキ博士は振り返らずに、もう一本のドライバーを握った。黙ってろ、ということだ。いや、でも。
 見かねたゴゼンヤマ博士が、助け舟を出してくれた。

「RuinGrowth。『増殖する破滅』……とでも訳すればいいかな。恐らくコロニアル・ランペイジを取り込んで、自己を増殖させていくジャークという感じなのだろう……」
「そ、それがRの中にいる第4の……最後の四天王の名前……?」
「決めつけないで。四天王かどうかは、まだわからない。四天王級もしくはそれ以上の力を持ってることは間違いないだろうけど」
「そうだな……3番目という可能性も考えられる……」

 ゴゼンヤマ博士が、わけのわからないことを言った。
 3番目? どういうことだ? 3番目のアザムクイドはすでに出現している。また口を挟みそうになり、エドサキ博士がピクッと動いた。ヤバイ。
 だが、ドライバーは飛んでこなかった。代わりに、つぶやきが聞こえる。

「なるほど、3番目……。あり得るわね……。初代イバライガーの話では、未来で最後に出現した四天王はアザムクイドだった。それが他のエネルギーと一緒に特異点に取り込まれたのだとすれば、ルイングロウス=アザムクイド。第4の四天王ではなく3体目が二人いると考えることもできる、か……」

 3人目が二人だと?
 まるでRとブラックじゃないか。アレと似たようなことがジャークにも起こったということか?

「……アザムクイドはRに取り憑いて時空の狭間から出てきた。当初、我々はポジティブに擬態していたと考えたが、あれは擬態というより、元々Rの中にあった気配=Rとリンクした特異点に溶け込んでいた、と考えるほうが自然……ということは……二人のアザムクイドは、あのときすでに接触していて……いや、おかしい。そうなら霧状のアザムクイドがRから分離したときに、ルイングロウスも一緒に出てこれたはず。なのに……」

 エドサキ博士は、もう誰にも話しかけていない。自問自答しながら、思考が先へ先へと進んでいく。

 博士が推論するまでもなくRはわかっているはずだが、カプセルからは何の反応もない。壁際の初代イバライガーも、黙ったままだ。
 このまま、博士自身に悟らせようとしている。何も言わないということは、ここまでの推論は当たっているということか?
 静かな室内に、博士のつぶやきだけが聞こえ続けた。

「……ルイングロウスは、アザムクイドが特異点の中に残してきた分身、あるいは端末とも考えられる……。それをわざと残してきた? それとも出てこれなかった? なぜ? エネルギーが大きすぎるから? 巨大なエネルギーも外に出れば急激に減衰する。巨大であればあるほど失われる量も多い。なら……その損失を避けるためには……ルイングロウスがコロニアル・ランペイジと化している力の全てを自らのものとするには……」

 一瞬ハッとした顔をして、博士のつぶやきが止まった。
 答えに近づいている。シンは空気が急に重くなったように感じた。

「そうか……。認識、ね……」

 博士が、カプセルを見つめた。沈黙。否定していない、ということだ。ワカナとゴゼンヤマ博士が頭を振りながら、ため息をついた。
 なんだ? 認識ってどういうことだ? わかってないのは俺だけかよ!?

「……量子論……よ」

 ワカナの声。俺だけわかってないことを察したらしい。

「前に何度か説明したでしょ。存在とは認識することなの。そこに『ソレ』があると認識することで波動が収束し『ソレ』になる。誰も気づいてなければ『ソレ』は存在しない。量子的にはそういうことになるの。わかる?」

 ……わからん。人間原理ってやつか?
 量子とか特異点とかってヤツは、どうにもピンと来ない。あるのにないとか、ないのにあるとか何がなんだかチンプンカンプンだ。

「……Rに異変が起こったのは、未来の話を聞いて自分の中に特異点が……ルイングロウスがいることに気づいたからよ。認識したことでジャークの存在が収束して、Rに干渉できるようになった。アザムクイドは最初からそうなるように仕向けていた。つまりジャークの狙いは、Rの中から出てくることじゃなくて……」

 ワカナは、そこまでで口を濁した。
 その顔を見てシンは、ようやく気づいた。

 イバライガーブラックとの接触。ミニガールの誕生。初代が語った未来の歴史。
 様々な出来事によって戻り始めた、Rやガールの記憶。
 それを試すような最近のジャークの動き。Rの異変と、エドサキ博士の推論。
 全部をつないだときに、見えてくるもの。
 ワカナが、本人の前で口にできなかったこと。

 Rの声が、聞こえた。

『……そうだ、シン。奴らの狙いは、新たな四天王を目覚めさせることじゃない。私を……私そのものを……4人目の四天王にするつもりなんだ』

 


 ワカナは黙り込んでいた。他の者も、一言も喋らない。
 全員、考えて続けているのだ。

 思っていた通りの、絶望的な状況。
 でも、絶望的なだけで絶望はしていない。シンも、私も、博士も。

 Rも。

 最初から、全部わかっていたこと。
 シンは驚いたふうだったけど、本当は気づいていたはず。
 原因や経緯を把握しないと対策が打てないから検証しただけで、衝撃の事実でもなんでもない。
 さぁ。本番はこれからだよ。

 イバライガーRがジャークになるなんてことは、絶対にない。Rは、自分自身を破壊してでも止めようとするに決まってる。
 それは、させない。
 考えろ私。考えろ、考えろ、考えろ。

 本来なら、ジャークがイバライガーに取り憑くなんて、あり得ない。ネガティブとポジティブは相反する力。接触すれば対消滅してしまう。
 でも今回は、最初から内側に仕込まれていたようなもの。R自身からは遮断された特異点の中に潜んで機を伺っていた。しかもエネルギーは、ルイングロウスのほうが桁違いに大きい。吹き出してきたら、Rは飲み込まれてしまう。四天王級のジャークの力と、イバライガーの力を併せ持つ怪物が誕生する。まさに最強最悪の敵だ。

 それがわかってるからこそ、Rはそれだけは阻止しようとする。自分が生き延びることなんか考えないに違いない。

 ダメだ、それは絶対にダメだ。これからもRの力が必要だからじゃない。私が嫌だからだ。友達を死なせるなんて絶対に嫌だ。本当にジャークに取り込まれてしまったナツミのことだって諦めていない。助ける方法は絶対にある。

「……やはり、それしかないか……」

 声が、静寂を破った。
 今までずうっと黙っていた初代イバライガーの声。

『……はい、お願いします』

 Rが、応えた。何? 何のこと?

「よぉおおっしっ!! 作戦は決まったあっ!!やるわよぉおおおっ!!

 突然、ドアが開いた。
 イバガール。ミニガール。ミニR。ミニブラ。ミニライガーたち。さらにマーゴンとカオリ。
 一気になだれ込んできた。ドアに一番近い場所に座っていたシンが、吹っ飛ばされた。

「うわっ、な、なんだお前ら!?」
「さ、作戦が決まったって……ガール、どういうこと!?」

「それは後で説明するから、みんな、ちょっと下がっててくれる? ミニブラ、いいわよ。やっちゃって」
「そんじゃあ行くぜっ! おおおりゃああああっ!!」

 ミニブラックの自称スーパーオレ様パンチが、Rのカプセルを叩き割った。凍結していた液体窒素が流れ出し、白い霧が吹き出した。
 だが、冷気はカプセルの周囲で止まって広がらない。ミニガールが風で壁を作っているようだ。

 カプセルの中から、ゆっくりと影が起き上がった。白い霧に霞んでよく見えない。
 でも声は聞こえた。

「……ありがとう、ミニブラ。だが、ガールの指示はカプセルを開けることで壊すことじゃなかったはずだぞ?」
「ちゃんと開いたんだから、どっちでもいいだろ、そんなもん」
「よくないです! 備品をなんだと思ってるんですか!?」

 窓を開けながらミニRがツッコんだ。
 ミニブラとミニRが言い争いをしている間に、風が、液体窒素と冷気を窓から外へと押し出していく。

 イバライガーRが、立っていた。
 数日ぶりに見る姿。何も変わってはいない。いつものRだ。

「大丈夫か、R!?」
 シンが駆け寄った。Rは、うなずいている。なんともないようだ。
 けど。

「ガール、どうして……?」
「ごめんね~~。ワカナや博士たちが話してる間に、こっちもRや初代とネットワークで会話してたのよ。そんで作戦を決めたの」

 え、そうだったの? それで初代は全然喋らなかったの? ずっと作戦のことを考えてたの?

「さ、作戦を決めた? 何をするつもりなんだ!?」
「決まってるでしょ、Rの中のジャークを追い出してやっつけるのよ!! その名もカタルシス・フュージョン作戦っ!!」

 カ、カタルシス・フュージョン?? ナニソレ?

「コイツのことらしいぜ?」
 ミニブラックが、ねぎを抱き上げた。へ? 犬?

「何ポカ~ンとしてんだよ。お前らも覚えてるだろ、ねぎがジャークから元の姿に戻った時のことをよ。アレと同じことをRにやるんだってさ」

 ハッとした。

 あのとき。子犬がジャーク化したとき、Rたちはネガティブを浄化して裏返すことに成功した。その後ねぎは、もう一度ジャーク形態に変異したことがあったけど、それはミニブラたちを守るためだった。ジャークの力を持ちながら、優しい心を保ち続けることができた。

 そうか。やれる。エモーションは浄化できるんだ。
 ルイングロウスはねぎのときよりずっと手強いだろうけど、こっちだってあの頃より仲間も増えてる。私たちのエモーションだって、今はずっと強くなってる。

「ちっ、人が悪いぜ、イバライガー。ずっと黙り込んでるのは策を考えてるからだろうとは思ってたけどさ」
「悪かったな、シン。だが、この作戦は危険も大きいんだ。私にとっても、Rにとっても」

 初代も危険? どういうこと?
 詳しく聞こうとしたとき、マーゴンとカオリの声に遮られた。

「ねぇねぇ、それにしても何でカタルシス・フュージョン作戦って名前なの?」
「はいはい、ソレ私も気になってました!」
「ねぎと同じようなことは、未来の戦いでも起こっていたんだ。未来のシンもネガティブの力を浄化して取り込んだことがあった。その現象に博士たちが名付けたのが、カタルシス・フュージョンだ」
「こっちの博士たちは、名付けなかったぞ?」
「未来の博士のほうがネーミングセンスあるってことじゃないですか?」
「……ほぉ。いい度胸ね……」
 エドサキ博士の目が光ったときには、マーゴンとカオリは部屋を逃げ出していた。

 それでも二人は、ドアからチラチラと顔を出して、様子を伺っている。
 顔を出す度にヘンな顔をして、どう見ても空気読まずに悪ふざけしてるとしか思えないけど、あれでも真剣なはずだ。
 重大な状況だとわかっているからこそ、あの二人はバカに徹して……うぷぷ……もぉ! 気が散るから出てくか入ってくるか、はっきりさせてよ!!

「とにかく……量子とかはよくわからね~けど、みんなでRにエモーションを送って応援すりゃいいってことだな?」

 シンが、ものすごく大雑把に作戦要旨をまとめている。
 割と細かい性格してるくせに、苦手分野には雑だよなぁ。まぁ、間違ってはいないからいいけど。

「……そういうことだ、シン。カタルシス・フュージョンは、エモーションの共鳴現象だ。未来ではシンとワカナの共鳴によって起こったが……こちらではR、ガール、ミニライガーたち、そしてミニブラックだったのだな?」

 未来で私とシンもやってた?
 気になるけど、それは後でいい。とにかく根拠はあるってことだ。

「うん、あのとき、みんながねぎを助けたいと思った。可哀想だって思った。そしたらエキスポ・ダイナモが光って……」
「そんで、お化けになってたねぎが元に戻ったんだよな!」
「今度も上手くいくよ、きっと!!」

 いつものノリが戻ってきた。

 やっぱりだ。誰も絶望なんかしていない。落ち込んだりピンチになったりすると、それで頭がいっぱいになっちゃって落ち着いて考えられなくなったりするけど、どんなときも希望はある。ほんのちょっと視点を変えるだけで、それに気づけることもある。そして私たちには、気づかせてくれる仲間がいる。
 負けるもんか。ここまではジャークの手のひらに乗せられてたっぽいけど、ここから先の脚本は書き換えてやるから。

「みんな、ありがとう。世話をかけることになって済まない。だが私は、奴らに負けられない。負けるわけにはいかないんだ。だから……みんなの力を貸してくれ!!」

「あったり前でしょ! ジャークをやっつけるのはイバライガーの使命なんだから! 私がRの中に入ってソイツをぶっ飛ばしてやるわよ!!」
「いやガール、それは無理だ」
「わかってるって。真面目にツッコまないでよ!!」

 相変わらず、Rは生真面目というか天然というか。でもRだ。ワカナは嬉しくなった。

「……とにかく特異点の中の存在に、外部からアクセスするのは無理だ。ガールが言ったように、引っ張り出すしかない。私とRで、ルイングロウスをおびき出す。意識を失った時もそうだったが、奴が望む状況を作れば出てくるはずだ。その時が唯一のチャンスだろう。みんな、頼むぞ」
 初代が、ミニライガーたちに喝を入れた。みんなが力強くうなずいている。

「出てきちまえば、全員でタコ殴りにできるもんなっ!!」
「でも出てくるのってエネルギーなんでしょ? 殴れないんじゃない?」
「ミニブラックは、もう少し考えてから発言するように心がけるべきですね」
「うるせぇ!! じゃあテメーはわかってんのかよ!?」

 重苦しかった空気が、いつも通りになっている。
 不安がなくなったわけじゃない。カタルシス・フュージョンについて詳しいことはまだ聞いてないけど、黙っていた初代が喋り始めたときの感じからすると、かなり危険な作戦らしい。たぶん賭けのようなものなのだろう。

 ワカナは、もう一度Rを見つめた。
 ガールにツッコまれ続けている。仲裁に入ったシンまでまとめてツッコまれている。

 思わず微笑みが漏れた。これでいい。
 下を向くより、上を見ているべきなんだ。
 希望に気づける視点。そのアングルを見失わないためにも。

 


「わかった。作戦開始は16時ね。かなりリスクの高い賭けだとは思うけど……何の手も打たずにほっとくわけにもいかないからね。了承するよ」
「頼む。それと……」
「ストップ。それ以上は言わなくていいよ。アンタが自分で伝えに来た。それだけで何を考えているのかは、想像がつくから」
「嫌なことをさせることになるかもしれない。そのときは、済まん」

 頭を下げて立ち去っていくイバライガーRを、アケノは黙って見送った。
 少し前までは、液体窒素を充填したカプセル内で封印されていたはずだが、動きに乱れはなかった。

 凍結の指示を出したのは自分だ。結局は何も起こらなかったが、状況から考えてRが暴走状態になる可能性は十分にあった。彼らも、Rを拘束することを考えただろうが、実際にはできなかっただろう。シンもワカナも、他の者も甘すぎる。それは彼らの強さの元でもあるが、だからといって今は放置できない。それでTDFからの命令として通達したのだ。R自身も、それを望んでいたはずだ。

 その認識に誤りがなかったことを、アケノは確信した。
 ヒューマロイドだから、表情は変わらない。でも、口調や態度でわかった。
 あれは、戦場で何度も見た顔だ。中東で、南米で、あの顔を見た。自分も同じ顔をしたことがある。今も生きているのは、運が良かっただけだ。

 自分が助からないことを悟った上で、なお前に進もうと決めた者の顔。
 あれは、そういう顔だった。

 聞かされた作戦内容は、無謀というしかないものだ。死の扉を何度もくぐり抜けなければ達成できないだろう。
 つまり、失敗は前提なのだ。だからRは、一人で私の元へきた。他の者には話せないことだから、来た。

 いざとなったときには、殺してくれ。
 彼は、それを頼みに来たのだ。

 むろん、そのつもりだ。「そのとき」が来たら躊躇はしない。
 今回の作戦が失敗すれば、イバライガーRは危険すぎる存在になる。生かしておくわけにはいかないのだ。

 TDFの装備でイバライガーを破壊するのは難しいが、やれる。
 R自身が協力するはずだからだ。自らの防御力をギリギリまで削って、身体を差し出すだろう。それならPIASでやれる。

 歩哨に、ソウマを呼んでくるように指示した。
 これから起こるかもしれないことは、自分とRだけが知っていればいいことだが、PIASは必要だ。自分で装着できない以上、パイロットには話しておくしかない。

 駆けてくるソウマの姿が見えた。
 イバライガーに勝つ、倒すというのはアイツの望みのはずだが、これは喜ぶまい。

 それは、アケノも同じだった。

 いつかはイバライガーたちを制圧するつもりだが、今は違う。
 奴は生きることを諦めてはいない。死を覚悟しつつ、決して生を手放さない。

 ああいう顔をした男は、死なせたくない。

 


(後半へつづく)

 


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