描く前に全てが決まる(メール商談ライブ):03

2018年9月13日

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お客様からのメール/その3

うるの先生

ありがとうございます。
どうぞよろしくお願いします。

人々が関心を持ちそうな素材としては

(中略:元のメールでは、いくつかの具体的資料が記載されていた)

……といったようなことでしょうか。

流れですが、なんとなく一人の代表というよりは複数の層の人々から、それぞれの問題意識で支持をしてもらえる構図のほうがいい気がします。
一人だと、まるでその人に影響を受けているような感じになってしまうことがやや懸念されます。

どうぞよろしくお願いします!

(以下、書名)

 

うるの送信メール/その3

うるのです。

> 流れですが、なんとなく一人の代表というよりは複数の層の人々から
> それぞれの問題意識で支持をしてもらえる構図のほうがいい気がします。
> 一人だと、まるでその人に影響を受けているような感じになってしまうことが
> やや懸念されます。

これは、良く分かります。
でも、心配ご無用、と申し上げておきます。

メインの目線は1人に絞るしかないんですよ。
十数ページで大勢に焦点を当てたら、それは焦点がないってことですから。
100ページ以下程度の短編の場合、主要な登場人物はせいぜい3~4人というところ。それ以上だと、人物を描けなくなるし、そもそも、誰が主役か分からなくなりますから。つまりドラマとして破綻してしまうんです。

でも大丈夫です。
焦点を当てる人物は、主役級の1人と○○様だけであっても、たった一人で孤立している人間じゃないんですから。
職場の仲間、友人・知人、立ち寄ったお店の人など、名前は出さなくても、そういう人々は登場するし、その人たちも意見を言います。
そういう想いが○○様に集まっていく。
その過程を主役を通じて見せていくことになるはず。
主役というのは、読者自身の分身なんですよ。

なお、○○様は誰かの影響を受けたりしません。
むしろ影響を与える側でしょう。
○○様に影響を受けた人々の気持ちが、応援する声となって戻ってくる。
そのみんなの想いを受け止めて前に進む帆船みたいなものだと思います。

だから、ご懸念のことは織り込み済みです。
大勢の人々が、それぞれの問題意識から○○様に集まっていく、そういう物語になることは間違いないですから。(こういうマンガの主役は、いわゆる狂言回しであって、読者が読みやすいように視点を定めるための存在ですしね)

ま、ボクにもボクなりのビジョンはあります。
それは、どこであっても同じ。
あらゆる人の立場に、共感できる人物。これが一番大事だと思います。

つまりそれは○○様を好きにさせること。
言い換えれば、感情のコントロールです。理屈だけでは人間は動かない。
行動させるには、感情を上手く誘導しなきゃならないんですよ。
普通の広報資料では、そういうことはできない。あれは理詰めだから。
理詰めでも主張を伝えることは出来るし、時に気持ちも伝わるかも。
でも、読者のほうが燃えたりはしない。自分にとって都合がいいかどうかを判断するだけなんですよ。マンガは、人間ドラマを通じて、読者自身に火をつけることを狙うんです。

マンガは読みやすい資料だけど、読みやすいのは絵だからじゃなくて、感情的(直感的)に分かりやすい人間ドラマだからなんです。
もちろん、文字が少なくて読みやすいとも言えます。ただ、それは言い換えれば情報が少ないということ。何十ページであっても、文章だけなら、A4で2~3枚くらいしか入りませんから。だからこそ本当に大事な情報だけに絞って、密度を高める。圧縮する。だから、読みやすいとか分かりやすいと言われるんです。

<追記>
マンガの力がよくわかる事例を2つ、挙げておきます。
お時間がありましたら、ぜひ一度お読みになってみてください。

1つは、手塚治虫の「アドルフに告ぐ」。
ナチスから現在の中東問題までの歴史を独自の解釈で描いた大作で、アドルフ・ヒトラー、ナチスに心酔する少年アドルフ、ユダヤ人の少年アドルフ、という3人のアドルフの数奇な運命を描いたもの。
ただし主人公は「峠草平(トーゲ・ソーヘイ)」という日本人記者で、狂言回し役の目を通じて、大勢の人間、様々な歴史を俯瞰していくというのがどういうことか、良く分かります。
最初の1枚目から、ラストの1枚まで、ドラマも伏線も完璧という、すさまじい作品で、ボクは若いときに読んで打ちのめされました。
(ボクは大ヒット作を持っているわけじゃないけれど、それでも他の作家に勝てないと思ったことは滅多にないです。例え手塚治虫先生でも。実力がどうあれ、そう思わなきゃ漫画家なんかやっていられませんから。でも、このマンガは別格。こういうモノを描かれたら尊敬するしかないですね。スケール、志の高さでも群を抜いてます)

もう1つは、岩明均さんという漫画家が描いた「雪の峠」。
(講談社マンガ文庫「雪の峠・剣の舞」として既刊)
時代劇で、関ヶ原で西軍に加担したせいで常陸(茨城)から出羽(秋田)に転封されてしまった佐竹家のその後を描いた作品です。
佐竹のお家騒動を通じて、徳川の世になって以降の時代にどう対応すべきかを論じる政治的主張の物語になっていますが、何より出羽の国が、どういう意図で作られていくのかを描いた「まちづくり」の物語であり、最終的に、現在の秋田県が生まれるまでの歴史を描き切っています。
決して、地域のために描かれたわけではありませんが、読了後、秋田県に好感や興味を持つようになるのは請け合いだし、秋田の県民なら、地元に誇りを持つでしょう。実際、秋田の知人に贈ったら、自分で100冊購入して、JC(青年会議所)や商工会の人たちに配ったようですし。ああいうモノこそ、本当の地域マンガです。
(後半に収録されている「剣の舞」も面白いですよ)

他にも、素晴らしい作品はたくさんあります。
ボクは、広告マンガだろうが、そういう先例に少しでも近付こう(できれば追い越そう)と思って描きます。
ボクらは作家ですから。発注先が出版社だろうが一般企業だろうが、いいものを描くことに変わりはないんです。
いくらお金をもらっても、志のないマンガなんか描きたくないですしね。

(以下、書名)

 

「うるの送信メール/その3」補足解説

 このメールでも、具体的な部分を削らせてもらっているが、それでも長い。
 特に後半では手塚先生の「アドルフに告ぐ」や、岩明先生の「雪の峠」を紹介していたりして、ぶっちゃけ余計なことをたくさん書いている。

 でも、そういうのもけっこう効くのよ。

 業者じゃないぞ、本当に漫画が好きで漫画を描いているんだぞ、それに誇りを持っていて、プロ意識もあるんだぞという「シズル感」になるからね。

 そういうことを依頼者に感じさせるのは大事なんだ。

※なお、こりゃ勝てないわと打ちのめされた漫画なんか他にも山ほどある。ここでは手塚先生だけを特別扱いしているけど、実際にはそんなもんじゃない。ただ全部書いてたら10万文字あっても足りないからねぇ。
それと……他の著名な先生方にも負けるとは思ってないというのは本音だよ。もちろん判定するのは読者だし、自分がそんなに優れていると思ってるわけでもない。けど、勝てないと思ってたら最初から漫画家なんかにならないし、例え未熟でも勝つ気で挑んでこそ自分を漫画の世界に誘ってくれた先生方への礼儀だとも思うのよ。漫画って画力だけでもストーリーだけでもないしね。
(なお、そういうふうに思っていても面と向かって「お前には負けん!」などとは言わないよ。口が裂けても。心の中で思うことと実際に口にしていいことは別。それも礼儀だからね)

 

お客様からのメール/その4

うるの先生

お返事ありがとうございます。
了解しました。それではどうぞその形でお願いします。

あと、要素としてなのですが、××××が○○○○○○で×××だというようなことを入れて頂けますでしょうか。
××の○○○、××の○○○などの例を入れて。

ご検討よろしくお願いします!
ご紹介頂いた漫画、どこかで読んで見ます!

 

「お客様からのメール/その4」補足解説

 要望はあるけれど、基本的な部分ではボクの考え方を受け入れてくれたようだ。

 この要望自体も、漫画に組み込むより付帯記事のほうにまとめたほうが効果的だと思ったのだけど、この「××の○○○などの例」くらいなら、ストーリーや構成に大きな影響を与えずに、セリフの中でサラっと触れさせることはできるから、応じてあげちゃったほうが話が早い。
 それに何でもかんでも突っぱねていると、味方だったはずの人までカチンと来ちゃうから、妥協できるトコなら妥協してあげたほうがいいんだよね。

 とにかく、イエスはもらった。
 この手ごたえが欲しかったんだ。

 こういう「根っこの部分」で賛同を得ておけば、後は作品そのものの勝負だ。
 ようやく本当の戦いを始められる。

 でも、戦いを始める前にどれだけの仕込みをしてあるかで勝負は決まるので、まだ戦い始めていないのに、ここまでで勝負の半分は終わってるんだ。

 次の勝負はシナリオとネーム。
 そこで共感を得られれば、勝負の8割は決まる。

 

(「描く前に全てが決まる編/04」へ→)

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。

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