小説イバライガー/第26話:燃えろ!イバライガーショー!!(前半)

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OP(アバンオープニング)

「……誰にも見つかってないくじゃ?」
「……大丈夫くじゃ~。根拠はないけど大丈夫くじゃ~~」
「それにしても、何で『くじゃ~』なんだくじゃ?」
「仕方ないくじゃ。こそこそしてると、ついくじゃ~になってしまうくじゃ~~」
「後遺症ってやつくじゃ~~」

「……何が『大丈夫くじゃ~』だ……」
 ソウマはアホらしくなって、ため息をついた。

 奴らが集まっている場所は、つくば駅そばのセンター広場だ。特撮番組のロケなどに利用されることが多いため、けっこう有名な場所なのだ。
 1つの広場だが、部分ごとにぺディストリアンプラザ、モニュメントプラザ、フォーラムの3つに区分されており、イベントや写真撮影などに借りる場合は、エリアごとに使用料も違うが、そんなことはどうでもいい。

 駅から近く、よく知られた場所ではあるが、人通りは多くない。隣接のつくばセンタービルは以前はレストラン街だったが、郊外型のショッピングモールが増えた今では、ほとんどのテナントが撤退してしまい、市民からも忘れ去られようとしている。中心街にぽっかりと空いた死角と言っていいかもしれない。

 とはいえ、広場には隠れる場所などない。特に広場の周囲を囲むぺディストリアンデッキから見下ろせば、どこにいようと丸見えだ。
 奴らは、そんな場所に集まっている。

「ここが現場なのか~~」
「そうだ。ここでコトを起こせば、みんなビックリするに違いないくじゃ~~」
「本当にやれるのか~~」
「やったもん勝ちだくじゃ~~。世界中にオレたちのことを思い知らせるくじゃ~~」

 アタマが痛くなってきた。

 こいつらが何を企もうが、大したことはできっこない。とにかくグダグダなのだ。取り押さえるのも簡単だ。
 だが、自分の任務は監視だ。手出しはするなと厳命されている。その気も起きない。こんな連中を相手にするほど、俺は落ちぶれていない。
 ソウマは、自分を奮い立たせようと拳を握ったが、スピーカーからひっきりなしに聞こえてくる「くじゃ~~」の声が脱力させた。

 くそ。やってられるか。
 バカバカしくなって、ヘッドホンを床に叩きつけた。
 それでも鍛えられたソウマの耳には「くじゃ~~」の声が聞こえ続けていた。

 くじゃ~~。くじゃ~~。くじゃ~~。

 

Aパート

 シンは、なんとなく視線を逸らし、巨大な牛の顔と目が合って、さらに戸惑った。
 基地のロビーフロアの奥。
 以前、農業関係の研究所だった頃は来訪者向けに研究概要を展示していたオープンスペースで、ちょっとした商談や打ち合わせができるテーブルや椅子が、パーティーションで仕切られて配置されている。そこに、牛の骨格標本が今も置きっ放しになっているのだ。
 牛は思っているよりも、ずっと大きい。この標本は特に大きい種類の牛のものらしく、骨格だけを見ていると、まるで恐竜だ。

「ちょっと~~。牛さんと話すのはアタシが帰ってからにしてよ~~」
「す、すまん。で……えっと……」
 シンは、もぞもぞと向き直った。隣のワカナが咳払いして、ペンをトントンと叩いた。落ち着きがないぞ、のサインだ。

 だってよぉ、どうもしっくり来ないんだよ。目の前にいるのがTDFの新隊長だなんて、信じられるか?

 同席しているのは4人だ。
 イバライガー側からはシンとワカナ。来訪者はソウマ。そして、もう一人。

「それで……元ジャークの人たちが集まっているっていうのは?」
 ワカナが本題に戻した。
「うん。報告によると密かに……っていうか、実際には全然潜めてないからダダ漏れなんだけど……とにかく連絡を取り合って集まり始めているんだって」
 隊長=アケノは、チョコ味のソフトクリームを舐めながら答えた。

 見た目は少女だ。
 よく見れば少女でないのはわかるのだが、身長が140センチ程度しかない上に口調まで子供っぽいせいか、極端に幼く見える。
 だが、油断はならない。彼女はTDFの隊長なのだ。

 カンナグールが暴れた土浦事件の直後に急遽着任したらしい。
 つまり、あれほどの戦いに介入するために選ばれた人材ということだ。見た目通りなはずがない。隣に座ったソウマも、妙に緊張して見える。
 隊長として認めているということか。ソウマは、単に上司というだけで大人しく従うようなタイプではない。

 アケノが、またアイスを舐めた。
 ダメだ。頭ではわかっていても、どうしても小学生にしか見えん。

「まさか……またジャーク化し始めちゃってるの?」
 ワカナが、メモを取りながら聞き返した。研究員だった頃から、こういう打ち合わせになるとワカナはノートにメモる癖があるのだ。
 今どきは大抵はノートPCかタブレットなのだが、ワカナは紙のノートが好きらしい。もっとも、それを読み返しているのは見たことがない。メモすることで頭に焼き付けている、という感じらしい。

「あ、そういうことじゃないと思うよ。なかなか『くじゃ~』な口癖が抜けない人が多いみたいだけど、それ以外は問題ないと判断したから自由にしたんだし」
「じゃあ、なんで……」

 これまでにジャークに汚染された人たちを大勢助けた。その一人一人はリハビリを経て、元の生活に戻っている。
 ただし、完全にジャークの影響を消せたかどうかははっきりしないため、TDFでは密かに監視していて、毎月、所定の施設で検査を受けることも義務付けている。その詳細な情報はこちらには報告されていなかったが、もしも重大な問題が生じていたら、イバライガーたちのセンサーが捉えたはずだ。

 助けた人たちが、無事に暮らしている。それは希望だった。
 ジャークを打ち消せる。大元である四天王たちを倒せれば、世界は元に戻る。
 そう思えるからこそ戦える。

 だが、もしもそうでなかったら。
 汚染された人は、そう簡単に元に戻らないのだとしたら。

 ワカナは不安そうだったが、アケノは笑った。
「ま、心配っちゃ心配なんだけど、ワカナさんが心配してるのとは、ちょっと違うと思うな。ね、ソウマ。実際に聞いてきたのアンタでしょ。説明してあげて。アタシ来たばかりだから詳しいことはイマイチだし」
「はっ!」
 やはり緊張している。こいつがビビるほどの実力があるということだ。

「……奴らは、お前たちを手伝うつもりらしい……」
「へ? オレたちを……手伝う……?」
「ああ。あいつらの会話は要領を得ない上に文脈もメチャクチャすぎて意味がわかりにくいが、断片的な単語をつないでいくと、どうやら、そういうことらしい」

 シンは、以前に助けた元ジャークのオニイサンを思い出した。あのときも、マトモに会話できたのはマーゴンだけだった。
 あいつらの監視をソウマがやってたのか。よく、ブチ切れなかったもんだ。オレでさえイラついたんだから、くそ真面目なソウマの性格じゃ、会話を聞いてるだけでも相当キツかっただろう。

「で、でも手伝うって、何をするつもりなの?」
「ショーだ」
「ショー?」
「お前らの存在を広めて、支援する人間を増やす。そのためにヒーローショーをやるつもりらしい。イバライガーショーだ」
「えええええっ!?」

「なんか、そういうことらしいの。ええっと……エモーション=感情エネルギーだっけ? あの人たち一時はジャークだったからね。イバライガーもジャークも、それぞれエモーションをエネルギーにしてること知ってるのよね。だから、応援する人が増えればイバライガーの助けになるだろうって思ったらしいよ」
 ソフトクリームを食べ終えて、最後のコーンを口に放り込んだアケノが大雑把に要約した。
「ちょ、ちょっと待ってよ。イバライガーショーって……そんなこと、やらせちゃっていいの!? ていうか、私の役、誰がやるの!?」
「いや、そこ気にしてる場合かよ!?」

 イバライガーの存在が公表されたとはいえ、あくまでもTDFの特殊スーツということになっているはずだ。
 エモーションのことなどは秘密のままだし、イバライガーやジャークの正体も伏せたままだ。
 いくらローカルなヒーローショーだとしても、機密情報を漏らしちゃっていいのか。

「いいの。というより、利用させてもらうつもり」
「利用する?」
「……未来の記憶、よ……」
 アケノの表情が変わった。ワカナも身を固くしている。自分もそうだろう。

 初代イバライガーが語った未来の情報は、TDFにも報告していた。
 自分たちだけで抱え込むには、あまりにも大きな問題であり過ぎたからだ。

 ジャークによる世界の崩壊。日本に降り注ぐ核ミサイル。その直撃さえ封じるほどの、真のイバライガーの力。最後に出現した人智を超えた巨大な幻影。この戦いの先に待っているかもしれない最後のビジョン。
 未来がジャークによって崩壊したことは以前からわかっていたが、初代が語った物語は、シンたちの想像を超えていた。

「報告を受けて、私たちは考えた。全てをそのまま信じるわけじゃないけど、実際にジャークが、そしてイバライガーが存在する以上、アンタたちの報告は無視できない。そして……」
 アケノは、一瞬ソウマを見た。ソウマは顔を伏せている。
「……今の私たちには、それに対応する力はない……。初代イバライガーが言った通りなら、その規模の戦いになったときには、イバライガーに頼らざるを得ない……」

 その通りだろう。
 イバライガーと同等もしくはそれ以上の力を秘めているはずのPIASも、未だに正常に動かない。もちろん、通常戦力ではどうにもならない。今の状態のままで、ジャークとの戦いがさらに激化していけば、TDFの戦力では何もできないはずだ。

「でも……そんなことにはならない。私たちが、きっと食い止めるよ! そのために初代は全てを明かしてくれたんだから!!」
「うん……そうだよね。アタシもそう願ってるよ。でも……覚悟はしなきゃならない。もしもの時を考えないわけにはいかない。キミたちがジャークに勝てたとしても、おそらくは大規模な破壊が伴うはず。もしかしたら日本中の人を避難させなきゃいけないほどの」

 話が見えてきた。そうなったときのために、少しずつ情報をリークしていこうというわけか。
 市民が指示に従うように、ある程度の危機感を持たせておく必要があるということだ。
「なるほど……。それでショーを容認しようってわけか……」

「そう。まぁ、ローカルすぎるショーだから情報発信力は弱いけど、今の段階ではちょうどいい。全てを知られてしまうとパニックを引き起こしちゃうからね。変な連中がバカなことを言ってる。それくらいがちょうどいいの」
 噂をばらまく。荒唐無稽すぎて誰も信じないレベルの都市伝説のようなものだ。そういうものを利用して、不安の種を仕込む。
 人々を救うためとはいえ、やってることはジャークと似たようなものだ。

「ま、本当に都市伝説で終わってくれるのが一番いいんだけどね。あの人たちがバカ呼ばわりされておしまい。それがベスト」
「かわいい顔して、辛辣だな~~」
「この世界を救うためなら、アタシは何でもやるよ。キレイゴトだけじゃ済まないのが現実ってもんでしょ」

 凄みのようなものを感じて、シンは一瞬硬直した。
 この女、やはり見た目通りじゃない。実年齢では自分たちより上のはずだ。相当の修羅場も経験しているのかもしれない。

 ソウマは、うつむいたままだ。
 悔しいのだろう。
 直接会うのは、久しぶりだ。ソウマがPIASごとジャークに侵食されかかったとき以来で、あの時は直接は話をしていない。
 後遺症のようなものはないようだが、自分たちが戦力として使い物にならないと知ってしまったことは、ソウマにとっては屈辱だろう。
 得体の知れない連中に運命を委ねざるを得ない。それは耐え難いことのはずだ。

「話は、わかった。で、オレたちは黙って見てればいいのか?」
「ふざけるな! こうなったらお前らも道連れだ!!」
 突然、ソウマが怒鳴って立ち上がった。道連れ? なんのことだ?

「ほらほら、コーフンしないのぉ」
 頭上からアケノの声がした。たった今まで目の前に座っていたはずなのに、一瞬で天井近くまで飛び上がっている。
 ふわりと降下してきたアケノはソウマの頭を掴み、そのまま押し込んだ。力づくで座らせている。
 軽く手を乗せているだけにしか見えないのに、ソウマは立ち上がれないらしい。

「ね、この子、血の気が多すぎるんだよね~。まぁ、ジャーク相手の場数は踏んでるしキミたちとも顔見知りだから連れてきたんだけど、彼だけに今回の任務を任せるのは危なくって……」
「任務?」
「うん、ショーはやらせるにしても、ほら、元ジャークの人たちってグダグダでしょ。好き勝手にやらせたらど~なるかわかんないでしょ。だから……」
 アケノがニヤリと笑い、ソウマが舌打ちした。

 そういうことか。この依頼は、断れそうにない。
 ワカナの顔をちらっと見た。受諾した顔だ。しかも、自分の担当じゃないと確信している顔だ。
 わかってるよ。お前じゃソウマと一緒だろうからな。
 シンは、ソウマに向き直った。

「……お前と俺で、ショーに参加することになりそ~だな……」

 


「えええっ、私たちのショー!? マジ!?」
 イバガールが飛び跳ねている。嬉しいらしい。うん、まぁ、私もちょっとだけ嬉しい気もするけど……。

「ショーの形式で情報をリークしていく、か……。そんなやり方が上手くいくかどうかはわからないが、確かに周辺住民に避難してもらうしかないことも十分にあり得るからな……」
「それでソウマとシンが、彼らの仲間になって一緒に練習することになったわけか……」
 Rと初代は、いつも通り、真面目だ。
 でもなぁ、元ジャークの人たちがやるんだよ? どんなトンデモないことになるか、予想もできないんだよ?

「いいな~~、私も行きたいな~~」
「ミニガール、本気ですか? 元ジャークですよ? 話を聞いてる限り、相当ムチャクチャなことになりそうなんですよ?」
 ミニガールとミニRが言い合っている。
 さすがはRとガールのバックアップ。オリジナルの二人とそっくりな反応だ。でも、分がいいのはミニガールのほうだな。他のミニライガーたちもミニガールと似たようなこと言ってるし。ま、ミニライガーシリーズは、子供のメンタリティに設定されてるから当然だと思うけど。ミニブラックがここにいたら、もう飛んでいってるだろうし。

「とにかく」
 ワカナはため息をついてから、話を続けた。
「そういうわけで、シンとマーゴンはしばらく元ジャークの人たちと合宿だから、そのつもりでね。彼らのことはTDFが見張ってるけど、みんなも目立たないように気を配ってあげて。それこそジャークが勘づいて何か仕掛けてくるかもしれないし」

「え、マーゴンも出演できるの? ずるいっ!!」
「仕方ないでしょ、あの人たちと普通に会話できるのマーゴンくらいなんだから」
「私だってできるよっ!」
「それ自慢になってないって!!」
「とにかく、みんな落ち着くんだ!」
 初代が一喝した。

「ワカナの言う通り、私たちはパトロールしながら彼らを見守るべきだ。重要なのは、TDFがそういう決断をしたということだ。私が話した未来の災厄。それと同じことが起こる可能性を彼らは危惧している。私もだ」
「大丈夫よ。ブラックとミニブラだけじゃなくて、今は私にもミニちゃんがいて、RにもミニRがいるじゃない。初代も復活したし、ジャークなんかに負けないって! 災厄なんか起こさせないって!」
「私もそのつもりだ。だが、ジャークもまた強化されている。未来では四天王だったカンナグールは、この世界ではただの破壊マシーンだった。今の奴らは、私が知っているジャークとは違う。我々が力をつければつけるほど、戦いの規模が大きくなっていくのかもしれないんだ」

 そうなのかもしれない。
 未来で戦っていたのは、実質シンだけだ。イバライガーの力を得たシンが一人で、ジャークを食い止めていた。

 でも、未来のシンが、Rや初代、あるいはブラックに匹敵する力を持っていたとしても、この世界でのこれまでの戦いを一人で乗り切れたとは思えない。
 ダマクラカスン、ルメージョ、カンナグール、たくさんのゴーストたち。
 私や博士たちのバックアップがあったにせよ、シン一人の戦力だったら、今の世界はとっくにジャークに蹂躙されていたはずだ。
 初代が来て、Rやガールが来て、ブラックが出現して、ミニライガーたちが生まれて、ようやくジャークと渡り合ってこられたのだ。
 つまり今の世界はすでに、未来よりずっと激しい戦いになっているはずだ。それがさらにスケールアップしていったら……。

「……本当に、私たちで止められるのかな……」

 声に出してしまった。
 私、みんなに甘えてる。不安なのはみんなだって一緒だ。それなのに、励ましの声が欲しくて声に出しちゃった。
 私たちがイバライガーたちの生みの親なら、むしろ私が励ましてあげなきゃいけないのに。
 しっかりしろワカナ。そんなことじゃ本当に止められなくなっちゃうぞ。信じなきゃ。自分のことも、みんなのことも。

「止めるさ。止めてみせる」

 やはり、聞こえた。ただ、ちょっと戸惑った。
 励ましというより、決意のような声だったこともあるが、それがRの声だったからだ。
 こういうとき、すかざず「心配ないって! 私たちが必ず守ってみせる!」と割って入るのはガールだと思っていたから、意外な声に、ワカナは思わず振り返った。

 イバライガーRは、自分の手を見つめて、それから顔を上げた。
「私は……未来のことを知ったとはいえ、それは知識として知ったというだけだ。私自身の記憶は今も曖昧だ。ガールもそうだろう?」
「う、うん……。なんか霧の中にいるみたいで、時々フラッシュバックする……って感じかなぁ……」
「そうだ。でも……自分の中に別の意思も感じる。以前から感じていたものが、少しずつハッキリしてきているんだ。その意思が伝えてくる。私が……いや、私のボディが体験したことを。悲惨な歴史、悲しい記憶。それを感じるからこそ、私はさらに強くなる。あんなこと、二度と起こさせない。もう誰も死なせない。そのために私は……」

 Rは、自分に言い聞かせているようだった。実際、こういう時のRはシンに似ている。
 ガールの中にいる未来の私。Rの中にいる未来のシン。
 その二人が、私たちに呼びかけているのだろうか。

 でも、何かが違う気もする。
 シンと私がRやガールに望んだことは、本当に戦うことだったのか。ジャークに勝つことだったのか。
 滅んでいく世界で生きた私は、その復讐を望んだのだろうか。

「ワカナ……」

 ガールの声だ。
「Rの中にいるのはシンだから私とは違うのかもしれないけど……未来のワカナは、私に戦えとは一言も言ってないと思うの。何度か夢の中みたいな感じでワカナの声を聞いたけど、そういう言葉は聞いたことがないもん。彼女はね、いつも『生きて』『幸せになって』と言うの」
「ガール……」
「だからね、私はそうするの。私が生きるために、幸せになるために戦う。そのために、この世界を守る。勝つためでも倒すためでもなく、みんなで笑っていられる日を創るために、私は戦うのよ。ね、R。あんたもそれでいいんだと思うよ。倒すために戦うのはブラックだけで十分。Rには似合わないよ」
 Rが、きょとんとしている。
「ふ……」
 初代が苦笑した。私も、ちょっと笑っちゃったかもしれない。

 ガールの言う通りだ。幸せに生きるために頑張る。それでいいんだ。
 結果が同じだとしても、誰かをやっつけることと自分が幸せになることは全然別のこと。
 だったら幸せを追いかけてるほうがずっといい。

「ね~~、難しい話、まだやってるの?」
 ミニガールが、イバガールのスカートを引っ張った。退屈になったらしい。
 他のミニライガーたちも、暇そうにしている。ミニブルーとミニグリーンは超高速じゃんけんをしているし、ミニイエローは寝転がっている。
 真面目に話を聞いているのはミニRだけだ。

「こらイエロー、行儀が悪いですよ!」
「だって、つまんないんだもん~~。さっさとパトロールに行こうよ~~」
「大人は色々考えなきゃならないんですよ」
「ミニRは物分りがよすぎるのよ。私よりちょっと早く生まれただけなんだから、もう少し子供っぽくていいと思うな~」
「あ、そうか! ミニガールたちのほうが後から生まれたんだから、ボクたちのほうがお兄さんなんだ!」
「うん、人間の世界なら、そういうことになるよね」
「じゃあ、弟の言うことなんか聞かなくていいや~~」
「そういう問題じゃありません!」

 騒がしくなってきた。
 けど、それでいいのだ。このノリのまま、やれることをやる。それが私たちだ。

「それじゃパトロールに行こっか!」
 ガールが立ち上がり、ミニガールの手を握った。
「シンたち、どんなことやってるのか楽しみだよね~~」
「ボクたちも一緒に行っていい?」
「構わないが、近づきすぎるんじゃないぞ? それとパトロールもちゃんとするんだぞ?」
「わかってるって。じゃあね~~」

 ガールとミニライガーたちが出て行く。
 気持ちがほぐれたせいか、ワカナはちょっとムズムズした。

 私も様子を見に行きたかったなぁ。だって、すごく気になるもん。
 あの元ジャークさんたちが私たちのことをショーにするなんて、ものすごく気になる。
 まさか私の役もあるのかなぁ。変なキャラにされちゃうの、ヤダなぁ。
 くじゃ~とか、言わないで欲しいんだけどな~~。

 


「くじゃ~~~」
「そこは、くじゃ~~じゃない!!」
「だって台本に書いてあるぞ~~」
「そんなわけがあるか! 見せてみろっ!!」
「これ~~」
 台本をひったくった。手書きだ。

 待て。なんで手書きなんだ?
 台本はTDFで精査した上で用意したはずだ。今どき手書きのはずがない。
 そもそも自分が持っているのは、ちゃんとプリントされたものだ。

 とにかく、読んでみる。

 いばらいが~でる~~、くじゃ~~、じゃ~くでる~~、くじゃ~~。
 たいへんだ~~、くじゃ~~。ぴんちだ~~。
 みんなのアレをナニしてくれ~~。
 いばらいが~~~~~~~~~~~~~~~~
 やっつけるくじゃ~~。やっつけられたくじゃ~~~。
 おぼえておれ~~。おぼえるのはにがてくじゃ~~。
 おわり~~~。

 ……ソウマは無言でステージの端に行き、座り込んだ。
 力が抜けていく。気力の全てが失せていく。
 なぜだ、なぜ、こうなっている?

「落ち着けよ、ソウマ。この人たちはこういう感じなんだって。その人なんかマシなほうだぞ」
 隣にやってきたシンが、目の前にペラっとした1枚の紙を差し出した。
 ペラには「だいほんくじゃ~~」としか書かれていない。

「これ、あっちで前半の練習をしてた人が持ってた台本。な、すげぇだろ?」
「……すげぇだろ、だと? ……貴様、この状況をどうするつもりだ?」
「どうするもこうするも、彼らが慣れるまでしばらく様子を見るしかねぇだろ」

 言ってる間にも、無意味に地面を泳いでた奴が、シンの股の間をくぐり抜けていった。
 他にも、掴んで投げる真似をしたり、パンチを4回、キックを4回繰り返したり、手を回して胸の前でハートの形をつくってみる奴など、マトモな奴が一人もいない。

 どういうことだ?
 今もジャークそのまんま……いや、それ以下だ。
 ショーがどうしたというレベルじゃない。
 こいつら、本当に『元』ジャークなのか?
 社会に戻したということはリハビリは終わっているはずだ。多少の影響が残っていたとしても、これほど酷いはずがない。

「恐らく、ショーのせいだろうな。ショーの台本を読んだことで、ジャーク化していたときの感覚がフラッシュバックしてしまったんだと思う。つまりPTSDみたいなもんだな」

 PTSDだと?
 こんな間抜けなPTSDがあっていいのか?

「あの、マーゴンとかいう奴はどうした? なぜ、いない? あいつらをコントロールするために連れてきたんじゃなかったのか?」
「センター広場まで散歩に行ってる。元ジャークを何人か連れてな」
「散歩だと?」
「落ち着けって。言っただろ。ここに残ってるのは、これでもマシな連中なのさ。少なくとも、これがショーの練習だってことはわかっている。けど、他の奴は練習を始められる段階じゃないんだ。練習を始めた瞬間に、ジャークだった過去に引き戻されちまう。今回の話は、麻薬患者やアルコール依存症だった人に、その麻薬を与えるようなもんなのさ」

「……そんなことじゃ、どうにもならないんじゃないのか? 隊長に進言して中止させるべきだろう?」
「いや、むしろ俺は彼らを手伝いたくなった。ジャークに捕まり、恐ろしい体験をさせられた。普通なら二度と関わりたくない。思い出したくもない。なのに彼らは、それに立ち向かおうとしている。ジャークの恐ろしさを身を以って知っているからこそ、ほおっておけなかったんだ。彼らが人に戻れたのは、守りたいものがあったからだ。それを守り抜くために、もう一度ジャークと向き合う覚悟をした。バカみたいに『くじゃ~』を言ってるけど、スゴい人たちだと思うぜ」

「相変わらず甘いな……だが、このザマじゃ、いつまでかかるかわからんぞ。ジャークも動き出すかもしれん。お前にはジャークと戦う使命があるだろう」
「わかってる。いざとなれば、俺は出動するしかない。でも、マーゴンがいるからな。なんとかなるさ」
「俺には、奴も元ジャークに負けず劣らずに見えるがな……」
「だからいいのさ。あいつはいつもフザケてばかりだけど、ギャグキャラってのは空気を読む能力に長けているってことでもあるんだぜ。周囲の状況を読めてないとギャグをやってもウケね~からな。つまり今のマーゴンは、ネタをやるための仕込みをやってるはずさ」
「それが散歩か?」
「……ああ。たぶんあいつは、ショーを成功させることなんか考えてない。ジャークの恐ろしさは、あいつもよく知ってる。せっかくジャークから逃げ延びたのに戻ってくるなんて無茶だ。それでも彼らは、このショーをやろうと言い出した。止めても止まらない。なら、自滅しないようにサポートするしかない。彼らの覚悟を受け止めて、破綻しないように支えてやる。だから散歩に連れ出す。事情をよく知っている俺たちと関わることから始めて、少しずつ気持ちを慣らしていくしかないとわかってるんだ。理屈じゃなく、皮膚感覚でな」
「……わかった。好きにしろ。俺も、まともに練習できるようになるまでは好きにさせてもらう。こいつらと一緒にいると、こっちがPTSDになりそうだからな」

 ソウマは立ち上がり、楽屋へと続くドアに向かった。
 立ち止まり、振り返る。

 シンが残った連中に話しかけている。ショーの打ち合わせなどではなく、妹は元気かとか、どうでもいいような話だ。
 そうした話題には普通に受け答えできるらしい。そういう会話をすることで、少しずつマトモに戻そうとしているのだろう。
 一緒になって意味不明の体操をするシンを、しばらく眺めた。

 前回も、奴に助けられた。
 意識が戻ったのは病院の一室で、その後しばらくは検査が続いた。身体は何ともなかったが、一度はジャークと融合しかけたのだ。
 その検査が終わり、現場に復帰した直後に『未来の歴史』を知らされた。

 あいつが、オリジナルのイバライガーだったのか。
 もう1つの歴史で、自らイバライガーに変身し、たった一人でジャークと戦い続けた男。最後は修羅となり、戦場に散った男。
 そして今も、イバライガーRやブラックの人格ベースとなって、世界を救おうとしている男。

 そんなふうには全く見えない。
 だが、限界を超えたところで踏ん張れる力があることは、前回の戦いで思い知らされた。

 あのとき。

 ジャークに取り込まれそうになったときに、声が聞こえた。
 心地よいまどろみを邪魔するノイズのようで、うるさく不愉快に感じていた。
 それでも、声は止まらなかった。

『そこにいるのか、ソウマ!? 応えろ! てめぇ、このままジャークになるつもりかよ!? ふざけんじゃねぇぞ! 出てきやがれ!!』

 ほおっておけ。オレは眠る。もう何も関係ない。どうでもいい。
 目覚めたところで、何ができる? 無意味だ。お前たちが好きにすればいい。俺はもう関わりたくない。
 元々、人間が関われるような事件ではなかったのだ。俺はもう終わりだ。このまま眠らせろ。

 そう答えた。声ではないが、伝わったはずだ。
 なのに、声はいつまでも続いた。

『冗談じゃねぇ。絶対に死なせねぇ。てめぇを助けて、ジャークを倒して、元の世界を取り戻すまでは、オレたちはどこにも帰れない。オレも、ワカナも、お前も、イバライガーたちも、今のままじゃ帰る場所なんかねぇんだ!だから止まれない。こんなことで終わらせねぇえ!!』

 死なせないだと? 終わらせないだと? お前らに何がわかる?
 そもそも死にそうなのは、お前たちのほうだ。少しばかりエモーションが使えたところで所詮は人間だろう。
 無駄だ。俺のことは忘れろ。いや、殺せ。さっさと殺せ。
 そうしないとオレがお前らを殺すぞ。

『やってみろ、そのザマで何ができる!? てめぇは、あのときのオレと同じだ。ジャークが、そしてイバライガーがこの世界に現れた時のオレたちと同じだ。オレは取り憑かれ、身体の自由を奪われ、それでも必死に抵抗した。てめぇも諦めるな。オレが助ける。絶対に元に戻してやる!!』

 シンのしつこさに俺はイラつき、怒りが沸き起こった。

 調子に乗りやがって。ふざけるな。
 俺がどれだけの修羅場をくぐり抜けてきたか、お前は知らないだろう。どれほどの覚悟で戦っているか、知らないだろう。
 それを教えてやる。俺はプロだ。お前のようなアマチュアとは違う。
 目覚めたら、まずてめぇを殴る。ジャークも殴る。イバライガーも殴る。これまでの借りを全部返してやる。

 そう思ったときに、何かが見えた。

 シンが、イバライガーに見えたのだ。
 呼びかけているのは間違いなくシンだが、姿はイバライガーだった。
 そのときに気づいたのだ。

 奴が……奴こそがイバライガーそのものだと。

 シンたちから『未来の歴史』を知らされたとき、ほとんどの関係者は衝撃を受けたようだが、俺は、ああ、そうかと思っただけだった。

 あのときに、知ったのだ。
 いや、もっと前に。
 シンが装着したPIASのエキスポ・ダイナモが光っているのを見たときに、俺は気づいていたのだ。
 細かい事情まではわからない。それでもシンはイバライガーなのだ。

 俺ではない。世界を救うのは、奴の使命だ。俺はどこまでも脇役なのだ。
 俺はイバライガーにはなれない。俺のエキスポ・ダイナモは輝かない。

 ソウマは、もう一度シンを見た。
 世界を救う男は、元ジャークの連中とともに鼻くそをほじりあっている。
 どんな世界を救うつもりだ、と思ったが、ソウマはそのままステージから降りた。

 楽屋裏の廊下に出る。誰もいない。薄暗い通路が続いているだけだ。
 俺には、ここがお似合いだ。
 ステージの上など、俺の場所じゃない。
 いや、どこにも俺の場所などないのかもしれない。

 ジャークを倒すまで帰る場所はないとシンは言ったが、俺には最初から場所などないのだ。

 

(後半へつづく)

 


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