小説版イバライガー/第22話:天使の歌声(前半)
OP(アバンオープニング)
私は、もう動けない。だから、お願い。
私の中の私。みんなのそばに、いてあげて。私の代わりに。
違うわ。あなたは、あなた。私じゃない。
私の想いを持っていても、あなたは、あなた自身なの。
私は、あなたの代わりにはなれない。
私は、私? 私はあなたじゃない?
生きて。
私の分も。シンの分も。みんなの分も。
世界も、未来も、何も背負わなくていいの。
精一杯、生きられるだけ生きてくれれば、それだけでいい。
あなたがいるのに? 私はヒューマロイドなのに?
生きて。
私はあなたの中で、あなたの日々を見続ける。
何もしてあげられないけど、私たちは、いつも見守ってる。
連れていって。
あなたたちがつくる、自由な世界へ。新しい時代へ。
きっと、きっと、幸せになってね。
Aパート
イバガールのバックアップシステム!?
そんなバカな。
計画は凍結されていたはずだ。
そもそもガールは、今ここにいて、初代イバライガーもこっちだ。
イバライガーブラックが行ったコアを分割する方法も、ハイパーイバライガーの助けを借りるやり方もできないはずだ。
『つまんねぇリクツを気にしてる場合かよ!! このオレ様がやれるって言ってんだから言うこと聞けばいいんだよっ!!』
躊躇しているイバライガーRを、ミニライガーブラックがインカム越しに怒鳴りつけた。
『とにかく基地で待ってるからな! 全速力で帰ってこいよっ!?』
Rは、動かないイバガールを見つめた。
本当に助かるのか?
どう見ても致命傷だ。何も感じられない。例えマインド・コアが生きていたとしても、それは幽霊のようなものだ。
身体自体は、すでに死んでいる。ガールの心を、この身体に呼び戻せるとは思えない。
「行って、R!!」
ワカナが叫んだ。
「何がなんだかわからないけど、ガールを助ける方法があるのなら何でもやるわ!! ミニブラの言う通り、理屈なんか後回しよ!!」
「だが、まだカンナグールは動いている。私がここを離れるわけには……」
『それなら心配すんな。援軍がそっちに行ったはずだからな』
「援軍? まさかそれは……!?」
「R、上だ」
初代の声に振り返った。
黒い稲妻が、一直線に突っ込んでくる。そのままビルを貫いた。激突。爆炎。カンナグールが、一瞬止まった。
「……ほぉ、今の攻撃でかすり傷か。四天王級の耐久力というのは本当らしいな」
黒い炎の中に黒い影が立ち上がり、わずかに振り返った。
「イバライガーブラック!?」
「行け、イバライガーR。仕込みは終わっている。仕上げをしてこい」
「R、ガールを頼むぞ」
初代イバライガーが、マントを翻して歩み始めた。
「待ってください! あなたは……まだ傷が……完全じゃないはずです! むしろ、あなたがガールを連れていったほうが……いや、ミニライガーたちに頼んだほうが……」
「違う、R。ガールを救うには、お前が必要なのだ」
「わ、私が? なぜですっ!?」
初代は答えず、歩み続ける。カンナグール、いや、イバライガーブラックに向かって。
「ほぉ、気づいていたか」
「直接会うのは初めてだな、イバライガーブラック。だが、お前が何者かは知っている。ミニガールを生み出す方法も、Rが必要な理由も予想はつく。悪くないやり方だ」
「ならば下がっていろ。その身体……ほぼ修復されているようだが、完全ではあるまい。俺の戦いに巻き込まれれば死ぬぞ」
「それもわかっている。邪魔はしない。だが、時間稼ぎくらいはできる」
「いいだろう。貴様を利用させてもらう」
二人が並んだ。カンナグールが、突っ込んでくる。狙いは初代でもブラックでもない。その後ろにいるワカナだ。
だから躱さない。振り下ろされる拳を、二人が受け止めた。アスファルトを砕いて、足がめり込む。動きの止まった二人を巻き込むように、背中の触脚が伸びてくる。一瞬早く、ブラックの横蹴り。カンナグールがズレた。わずかに空間が空いた隙に、初代が展開したエモーション・ブレイドが触脚を切り落とす。傷口から吹き出した溶解液を、ブラックのエモーション・フィールドがはね返す。
見事なコンビネーションだ。初めて出会った二人とは思えない。互いの動きを読み合い、最善手を打っている。
だが、カンナグールは止まらない。失った触脚も再生し始めている。
「R! 何をぐずぐずしている!? 急げ!!」
初代が怒鳴った。確かに躊躇している時ではない。
「わ、わかりました! ワカナ、君も一緒に……」
「ダメだ。ワカナは置いていけ」
Rの言葉をブラックが遮った。
「何だって? 一番危険なのはワカナだろう!?」
「だからこそだ。ワカナがいなくなれば、コイツは目標を失って無秩序に暴走し始める。制御するには生贄が必要だ」
「ブラック! 貴様……!!」
「いいの、R。ブラックの言う通りよ。私がいたほうがいい。あなたがガールと一緒に帰ってくるまで、持ちこたえてみせるよ」
「ワ、ワカナ……!?」
「私のことより、ガールを頼むわ。必ず……必ず助けてよ!!」
「くっ!」
わけが、わからない。だが、今は行くしかない。
イバライガーRは、イバガールを抱きかかえると同時に、クロノ・スラスターを全開にした。
『ひょ、ひょはぁ! ひょほひふのほぉおおっ!?』
スピーカーから、カオリの声が聞こえた。
また冬眠前のリスの頬袋のようになっているのだろう。しかも半泣きだ。
さっきまでは、大泣きだった。絶叫で館内放送のスピーカーがいくつか壊れたほどで、パニックを起こしていた。
だが今は、半泣きまでに戻っている。
姿は見えない。カオリも博士たちも、現場のモニタリングで今は手を離せないのだ。
それでも声は聞こえる。
泣きながら、食べながら「ひょふぁああ!」と怒鳴っている。
ワカナではないので、正確には何と言ってるのかわからないが、たぶん「こらぁ!」だ。最初の声は「こらぁ! どこへ行くのよぉ!?」だろう。
シンがそう推理した証拠が、廊下を全速力で走ってきた。そのままの勢いで、ミニブラックに飛びつく。
ねぎだ。ジャーク化しかけていた子犬で、主にカオリが世話しているが、最初にねぎを救ったのはミニブラックだ。
彼がこの世に生まれて、最初の友だち。名付け親もミニブラだ。
「お~~、ねぎ、久しぶりだなっ! 下僕どもはちゃんと世話してたか?」
「誰が下僕だっ!?」
マーゴンがツッコんだが、ミニブラは無視したまま地下へと降りていく。ねぎが続いた。
シンとマーゴンも、顔を見合わせたまま付いて行った。
ミニブラックが現れたのは、イバガールが致命傷を受ける直前だった。
市街地で、四天王級のジャークが暴れ始めてすぐに、シンたちも現場へ向かうつもりだった。
大慌てでワゴンに乗り込み、急発進しようとしたとき、目の前にミニライガーブラックが立ちはだかったのだ。
そのミニブラックは今、地下のNPLプールに飛び込み、ゆったりとくつろいでいる。
ねぎはミニブラから一瞬も離れようとせず、プールサイドからミニブラの顔を舐め続けている。
「へっへっへ、これこれ! やっぱ気分いいなぁ!!」
「い、いや、あのなぁ……」
シンは混乱していた。状況がワカラナイ。
「何ボケっとしてんだよ? Rのやつが戻ってくるまでにイロイロ準備しておかなきゃなんねぇだろ?」
「ま、待て! ちょっと待て!! 何がどうなってんのか教えてくれ!!」
「教えるまでもね~よ。ほら、見ろ」
プールの中で、ミニブラックの拳が輝いていた。そっと開く。
小さなかけら。
「そ、それは……?」
「ブラックから預かった。これが、ミニガールなんだってよ」
まさかミニガールのコア!? なぜブラックが持っている!? どうやって……どこで手にいれた?
「おっと、難しいことをオレ様に聞くなよ? とにかくコアはここにある。半分らしいけどな。残りはRが持ってるってさ」
半分? 残りをRが持っている?
未来の記憶か?
未来で、ブラックはガールのコア、もしくはそれに代わるものを手に入れていたのか? それが分身体であるRにもあるということか?
「それを……見せてくれ……」
シンは、ミニブラックの手の中の小さな輝きに、指先でそっと触れた。
何かを感じる。とても身近で、けれど少しだけ違う。
ワカナ?
この中にワカナがいる。自分の知らないワカナだ。
未来の……もう1つの世界のワカナ?
遠巻きにしていた警官隊に、さらに下がってもらった。
半径数百メートル。普段なら人々が集まっているはずの商店街が無人になった。
これでも危険かもしれない。
でも大丈夫。イバライガーはきっと勝つ。みんなを守ってくれる。
私たちはジャークを倒すんだ。倒して、元の世界を取り返す。コイツがどんなに強敵でも、全てのジャークを倒さなきゃならない私たちが、こんなところで負けるわけにはいかないんだ。
ワカナは走り出した。初代とブラックが戦っている左側。そこなら誰もいない。
戦いながらもカンナグールの顔は、ワカナをぴったりとトレースしている。
やっぱり私を狙っている。他の人たちと一緒にいないほうがいい。もしもの時に、みんなを巻き込んでしまう。
「心配するな。お前には決して近づかせん」
ブラックの声がした。
わかってる。私の何がそれほど重要なのかはわからないけど、ブラックも初代も、命を捨てても私を守ろうとするだろう。
でも、他の人は別。初代はともかくブラックは、私以外は気にしない可能性が高い。
誰の近くにもいないほうがいい。
……と思ったが、気付いたときにはミニライガーたちに囲まれていた。
左手前にミニグリーン、右がミニブルー。後ろにミニイエローが陣取り、トライアングルのエモーション・フィールドを形成する。
そして、すぐ隣にミニライガーR。
「手を、つないでください。いざってときに、そのほうが早いですから」
「ごめんね、ヤバいことになっちゃって」
「大丈夫です。それより……」
「ガールのこと? それこそ大丈夫よ。私は信じてる。きっと助かる」
「いえ、その……あの子猫のことです……イバガールが助けた……無事なことは感じるのですが……」
ワカナは思わず、くすっと笑った。こんな状況で、子猫を案じる。すごい力を持っているとはいえ、無垢なのだ。人の命も、動物の命も、同じなのだ。
「それも大丈夫よ。お巡りさんに預けてあるから。優しそうに抱っこしてたから、きっと猫好きな人だと思うよ」
「なら、よかった! ワカナは私たちが守ります。何があっても!!」
「いいえ、何もないわ。ブラックも、初代イバライガーも、決して負けない。そしてRとガールも必ず戻って来る。新しい仲間と一緒に」
本当は不安だった。怖くて仕方がない。
それでも、今の自分には信じることしかできない。
R。シン。ミニブラック。頼むわよ。
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