小説版イバライガー/第20話:メモリーズ(前半)
OP(アバンオープニング)
シンの手を握った。ワカナと抱き合った。
マーゴンやカオリ、ミニライガーたち、博士たちとも語り合うことができた。
そしてイバライガーRとイバガール。
彼らのことはずっと見守ってきたが、直接話すのは初めてだ。
ようやく、動くことができた。
ハイパーイバライガーがNPLを制御してミニライガーRを生み出した際に、その影響で自分の機能不全もある程度、修復されたらしい。
ただし、完全に元に戻ったわけではない。
顔の傷はふさがったが、傷痕が残っている。
胸の傷も同じだ。失った片腕も、博士たちが修復してくれた義手のままだ。
致命的なのがクロノ・スラスターだった。時空制御システムが機能しない。
通常の使用は問題なさそうだが、時空突破などは二度と出来そうにない。
自己修復機能が不完全なのだ。
プログラムの一部が消失し、博士たちによって応急手当された時の状態をディフォルトと認識してしまっている。
それでも構わない。
見た目がどうあれ、時空制御以外の機能には問題はない。戦うことも、できる。
私は、還ってきた。
今度こそ、シンやワカナが生きていける世界を、守ってみせる。
Aパート
動けるようになるまでの間、私は治療カプセルの中で考え続けていた。
私の代謝機能を維持するために接続されたミニライガーたちから伝わってくるデータを整理し、今日までの全てを整理していた。
私がこの世界に出現したとき、最初に見たのがシン、そしてワカナだった。
状況は、わかっていた。
新たなエネルギーとして期待される感情エネルギー=エモーション。その存在を求めて、初の素粒子実験が行われた。
国内最大の巨大粒子加速器を用いて、人間には感知し得ない高エネルギー領域にアクセスし、理論上だけの存在だった素粒子を捉えようという実験だ。
実験は、あくまでもエモーション実在の証拠を見つけるためのもので、量子レベルのミクロな現象を観測するだけだ。
何かが起こるはずがない。
だが、研究者たちの予想を超えた事故が起こった。
感情にも素粒子にも、プラスとマイナスがある。エモーションも同じだ。
ポジティブとネガティブ、2つの属性を持つ。
そのエモーション・ネガティブが溢れ出し、しかも意思を持って職員たちに取り憑き始めたのだ。
ネガティブに侵食された者は凶暴化し、また多くのエモーション放射を浴びた者は怪物へと変貌した。
それがジャークの誕生だ。
実験のスタッフだったワカナ、ナツミ。そして見学者として招かれていたシンは逃げ惑ったが、ナツミは怪物に連れ去られ、シンたちは追い詰められた。
ワカナたちの上司であり、実験の中心人物だったティクス博士の身体が乗っ取られ、ジャークの中でも四天王と呼ばれる最強の怪物の1体=ダマクラカスンが出現した。
そしてシンとワカナも、ジャークの波動を受け、怪物化させられようとしていた。
私が時空転移したのは、そのときだった。
間に合った、と思った。
間に合わなかったとしても、彼らはジャークにはならない。それは知っていた。
だが、それこそが悲劇の始まりなのだ。それを食い止めたかった。
私は二人を救出した。
ジャークからではない。エモーションそれ自体の呪いから遠ざけたかったのだ。
その後、私は二人と共にジャークと戦った。
私は、未来から来た。私は人間ではない。
ヒューマロイドだ。
私を生み出したのは、シンとワカナだ。未来の彼らによって、私は造られた。
だが、その世界では、私は戦うことができなかった。
私が稼働出来るようになる前に、世界は終わってしまった。
ジャークによって汚染され、滅びを止めることが出来ない世界になってしまっていた。
だからこそ、私は時空を超えた。
イバライガーには時空制御システムがあるが、いつでも自由に時を移動できるわけではない。
というよりも本来は不可能だ。
過去に干渉すれば、原因と結果が入れ替わってしまう。因果律そのものが狂う。つじつまが合わなくなる。
そのような世界は成り立たない。物理法則に反してしまう。つまり、今の宇宙ではタイムトラベルは不可能なのだ。
ただし、今の宇宙では、だ。
宇宙とは時空のことだ。約138億年前、真空の相転移によって、極小の宇宙が生まれた。それは時空が生まれたということだ。
時間も空間も、この宇宙の属性であって宇宙誕生以前には時間や空間という概念はない。
そして時に、そうした「この宇宙ではない場所」が生まれることがある。
特異点だ。
例えばブラックホールの内側では、高密度、高重力によって通常の宇宙とは別の物理法則が働いている。
こちら側の世界とは『事象の地平』と呼ばれる境界で断絶しており、その地平の向こう側は「この宇宙とは別な何か」なのだ。
広さがない。上下もない。過去も未来もない。それは、過去と未来が同じ点に存在しているのと同じことだ。
粒子加速器での高エネルギー実験は「宇宙をつくる実験」などと揶揄されることがある。
加速器で、ほぼ光速にまで加速させた電子と陽電子、すなわち物質と反物質を衝突させることで空間の1点に凄まじい高エネルギー状態を作り出す。
それは宇宙誕生の瞬間を超ミクロなスケールで再現してみるのと同じであり、つまり極小の特異点を生み出すのだ。
その特異点を利用して、私は時を超えた。
実験が行われた瞬間。ジャークが生まれた瞬間。
その刹那の一瞬だけがタイムジャンプを可能にする唯一の点=未来が過去と重なる点だった。
私は、記録に残っている実験の日時や場所を元に「特異点が発生する時空の1点」を特定し、そこへジャンプしたのだ。
そして、私の知らない歴史が動き出した。
私が転移出現した時点で、歴史は分岐した。
この世界を救おうと、元の歴史が修正されるわけではない。滅んだ世界、救えなかった人々はそのままだ。
私は二度と、あの時代には戻れない。
未来には特異点などない。世界が崩壊し、人類が絶えようとしている時代には、素粒子実験などを行う者は誰もいない。
行き先を厳密に特定できなければタイムジャンプはできない。片道切符なのだ。
この世界は、別の時空だ。元の世界とは別の可能性を持つ平行世界だ。
ジャークに滅ぼされなかった世界を生み出すために、私は来た。
可能性は無限にある。
なんらかの理由で実験が行われなかった世界。エモーションにアクセスしなかった世界。
私が何もしなくても、生き延びた歴史もあるだろう。
だが、認識できない歴史はゼロと同じだ。ただのフィクションだ。
フィクションを事実に変える。
千切れた鎖を、もう一度つなぐ。
私はそのために、この新たな世界で戦うのだ。
だが、私自身の可能性が途絶えることになった。
シン、ワカナ、そして私は、研究所崩壊事件の主犯として指名手配されていた。
シンの上司であった機械工学のゴゼンヤマ博士、その友人で宇宙物理学者のエドサキ博士が用意してくれた隠れ家に潜み、友人のマーゴン、元学生のカオリと共に、ジャークと戦い続けてきたが、それは逃亡と忍耐の日々だった。
ただし、捜査は厳しいものではなかった。
真相に薄々気づいている者もいたし、異形の怪物たちがいるとまでは考えなくても、危険なテロ集団がいるという程度には当局も把握していた。
幾度か捜査関係者や市民をジャークから救ったこともあり、そうした者たちから情報も得ていたはずだ。
そのため、いわば見て見ぬふりで泳がされていたという感じだったのだ。
それでも手配が解除されることはなく、協力を得られるわけでもない。
私たちは社会から隠れながら、ジャークを追った。
あの日からこのときまで、大規模なジャークの侵攻はなかったが、人々が行方不明になったり、怪物や妖怪を見たという報告は激増していた。
行方不明者の多くはジャークに取り憑かれ、戦闘員と化していた。彼らはジャークの手先だが、まだ人間だ。取り押さえて適切な治療を施せば、元に戻れる。
一方、怪物のほうは、そうはいかない。
四天王クラスのジャークは、我々がジャーク・ゴーストと呼ぶ怪物たちを生み出せる。
それらは四天王の力の一部であり、端末でもある。
ジャークの出現は素粒子実験によるものだが、これまでの歴史においても、何らかの影響でエモーション・ネガティブが発現することがあったのかも知れない。
伝承にある妖怪、幽霊、妖精などはジャークの顕現であったのかもしれない。
私たちは、そうした者たちと戦いながら、ジャークの中枢を探し続けた。
戦闘員やゴーストをいくら倒しても、その源であるジャーク、特に四天王ダマクラカスンを倒さなければ、状況は改善しないのだ。
ダマクラカスンの存在を察知したのは、政府機関が先だった。
故意に流された罠だった。
私たちは、ジャークの罠に陥った特殊部隊TDFを救出に向かった。
そして、致命的なダメージを受けた。
隊員の一人が、私をジャークと同質の敵だと思い込み、ナイフを突き立てた。
それ自体では傷つくことはなかったが、一瞬だけ気をとられた。その一瞬をダマクラカスンに突かれた。
顔面を切り裂かれ、クロノ・スラスターを抉られ、片腕をもぎ取られた。戦闘能力の大半を失った。
私は、私自身を捨てる決断をした。
周囲には傷付いた隊員たちがいる。シンやワカナもいる。他の仲間もいる。
このままではダマクラカスンとジャークの怪物たちによって、全員がやられてしまう。つなぐべき可能性が断たれてしまう。
それだけは防ぎたかった。
私はダマクラカスンを道連れにして、時空突破を試みた。
傷付いた身体では、十分な時空跳躍はできない。いや、たとえ正常に動作しても同じだ。行き着く先がない。
どこにもつながらない特異点。時間も空間もない時空の狭間に、永遠に封じられることになる。
それでも構わなかった。自分の可能性が途絶えても、それを受け継ぐ者はいる。シンとワカナの可能性は、つなぐことができる。
彼らは父だ。母だ。愛し、求め続け、しかし決して出会えないはずだった親だ。
それと出会えた。触れ合えた。十分に満たされたと思った。
けれど。
迷いがなかったわけではないかった。
この世界は、本当にシンとワカナを守ってくれるのか。
私にナイフを向けた人々が、彼らにナイフを向けることはないのか。
ジャークも、まだいる。
今回を生き延びたとしても、同じような、いや、これ以上の厳しい戦いに彼らは苛まれ続ける。
そのときに自分はいない。
私は祈った。私が見守り続けた者たちに、呼びかけた。
R。ガール。
想いを宿した者たち。
あの2体が生まれた日のことは、忘れない。
私には、まだボディがなかった。カプセルの中の、コアだけの存在だった。彼らの運命を見守ることしかできなかった。
私がようやく起動できたときには、全ては終わっていた。彼らは二度と目覚めることのない眠りについていた。
それでも祈った。
シン、ワカナ。R。ガール。
彼らの想いがつながるように。
新たな鎖をつないでいけるように。
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