漫画シナリオと実際の作品の違い(漫画シナリオ1話分丸ごと公開!)

 今回は、ボクの漫画シナリオを公開してみる。

 以下に記載したシナリオは、研究機関の広報用科学漫画のもので、題材は「エピジェネティクス」というもの。
 クローン研究に関連したもので、このエピソードは数年がかりで集中連載してきた「クローン特番」というシリーズの1つなんだ。

 なので、クローンに関する基本的なことは、これ以前のエピソードで読んでいるという前提になっているし、登場するキャラクターなどについても読者はよく知っている前提だ。
(クローン特番は特番的な集中連載だけど、それ以外に20話以上の連載もあるしね)

 そういう前提で書いたシナリオなんで、ここだけ読んでもイマイチわからないかもしれないけど、まぁ、シナリオ段階と実際の完成品の違いとかね、そういうのはわかるから参考にはなるかなと(笑)。

 

作品の基本情報

■タイトル:クローン特番/エピジェネティクス編

■ページ数:WEB公開時14ページ(表紙込みだと15ページ)
     :冊子再編集時9.5ページ(表紙込みだと10ページ)

■制作期間:1ヶ月

■登場人物:兄(中学生/ボケ担当)
      妹(小学校高学年/ツッコミ担当)
      弟(小学校低学年/合いの手担当)
      研究員(解説役/ツッコミも担当)

※漫画本編は「こちら」でお読みいただけます。

※その他のこのシリーズの漫画は以下でお読みいただけます。

レギュラーシリーズ
クローン特番

■ページ数に関して
 本作は全部で14ページとなっているけれど、実はこれの1ページは、普通の1ページの3分の2なのだ。
 各ページは2段に分けてあり、次のページの1段目が下にくっついて普通の1ページ分になる。
 これは、パソコンでWEB版を読むときに、いちいちスクロールしないと読めないのはイマイチなんで、こういう描き方を考えたの。

 だから、WEB版での3ページは冊子版では2ページになる。
 全14ページというのも、普通の漫画の状態で換算すると9ページ半。
 タイトルページ込みでぴったり10ページ。
 そういう構成なの。

 だから各ページごとの情報量はさほどではないように感じるだろうけれど、実際にはギリギリなんだ。
 事実上10ページ(タイトル込み)で、かなりの情報量を組み込まなきゃならないので、意外にスペースないんだよ。後で段ごとに切り分けて、冊子版用の普通のページ構成に組み替えられるようにしなきゃならないってのもあるから、そうなったときのことも計算して構成しなきゃならないし。

 なので、そういう前提だということをちょっとだけ意識して読んでみてね(笑)。

 

シナリオ/1ページ目

研:今回のクローン特番は「エピジェネティクス」!!

妹:えぴ?
弟:じぇねてぃくす?

兄:ちがう、ちがう。そうじゃなくて……

エピィイイイイッ……!
ジェネエエエエエッ……!!
ティイイイイクスッ!!

研:そんな言い方しないって!!

兄:あれ、必殺技じゃないの?
研:ぜんぜん関係ないっ!

研:エピっていうのは「何かの後に」とか「何かの上に」といった意味のギリシア語。
ジェネティクスは遺伝子学のこと。
エピジェネティクスは、その2つをくっつけた造語なんだ。

3人:ここはエビのエピ(上)
研:遊んでないで話聞いてよ!!

解説用の科学漫画なんだけど、まだイントロだから、ここでは読者の肩をほぐす感じで、詳しい情報とか解説は入れていない。ただ、ページ数に余裕もないので、冒頭から「エピジェネティクス」というキーワードは出して、それをネタに遊ばせている。で、そういうボケにツッコむ形でエピジェネティクスという言葉の意味だけは解説しているわけ。
基本的にボケとツッコミを利用して、面倒臭い解説を気軽な会話形式にしていくのがボクのやり方なの。
一方的に解説してるだけじゃ、よほど興味がある読者以外は逃げちゃうからね。
 

 

シナリオ/2ページ目

弟:だって……
妹:難しそうなんだもん……
兄:エビもそう言ってるし……
研:言ってません!

研:まぁ確かにエピジェネティクスは新しい学問だし、専門の研究者どころかギャグばっかり言ってる小中学生に語るなんて無茶ではあるんだけど……

兄:いまさら無茶と言われてもな~~
妹:このシリーズ、最初から小中学生には濃すぎるネタばっかりだし……
弟:むしろ、その濃さがウリだし……

研:けれどエピジェネティクスは、クローン研究を進めていく上でとても重要なことなんだ!!
これはどうしても語っておきたいんだ!!

兄:そこまで言うんじゃ聞いてやるか~~
妹:こっちもだいぶ慣れてきたしね~
弟:慣れてなくてもギャグだから心配いらないしね~~

妹:で、エピジェネティクスってどういうコトなの?

ここでもまだギャグばかりで解説はなし。対象読者は小・中学生。それも、こういうネタに興味があるとは言えない子たちなんだ。興味のある相手だったら漫画にしなくても読むからね。漫画にするってことは、漫画にしなきゃ読まない人向けと考えてもいいんだよね。
だから、そういう読者を引き込むためにも、焦っちゃいけないのだ。使えるページ数はギリギリだから少しでも早く解説を組み込んでしまいたいんだけど、そこをグッと我慢。
学校の勉強でも、全ての生徒が授業に前向きなわけじゃないんだから、エピジェネティクスなんて耳慣れない言葉に反応してくれるとは思えない。まずは読者を「なんとなく読んでもいいや」程度に感じさせることが大事だとボクは思ってるんだ。

 

シナリオ/3ページ目

研:実はエピジェネティクスについては、まだ定義もはっきりしていなくて研究者ごとに意味がビミョーに違ったりするんだけど……
……今回紹介したいのは「DNAの塩基配列の変化によらない遺伝子発現」という現象についてだね。

兄:DNAの塩基配列の……?
妹:変化によらない遺伝子発現……?
弟:???

3人:………………

3人:エビ~~
研:現実逃避すんな~~~!!

弟:だって……
妹:やっぱ難しそうなんだもん……
兄:小中学生には濃すぎるよ……
研:さっきは濃さがウリって言ってたじゃん!?

兄:それなら、もうちょっとピンと来るように説明してよ!

ようやく簡単な解説が出てきたけど、それもホンのちょっとで、すぐまたチャカしてしまう。おっかねくないよ、ギャグネタ程度のもんだよ、知らなくてもいいんだよ、それで当たり前なんだよ、知らないままでも楽しいよ、と、アピールしているのだ。キャラたちにも「難しい」「濃すぎる」とツッコミさせて、読者と同じ気持ちなことを伝える。
これだけ仕込みをやって、ようやく本番に行けるんだと思ってるの。早く解説が読みたい人には面倒臭い展開だろうけど、どっちかというと、むしろ聞く気がなかった人たちがターゲットだから、上手く情報を分散させて、知らず知らずのうちに読んでしまっていた、という状況に持ち込むしかないんだよね~~。

 

シナリオ/4ページ目

研:ええっと、じゃあ……

研:三毛猫のクローンは三毛猫にならない!!

3人:えっ!? どういうこと?

研:三毛猫の体細胞クローンをつくった例があるんだけど……
……生まれてきた猫は、ぜんぜん三毛猫じゃなかったんだ!
(親=三毛猫、子供=灰色)

弟:ど、どうなってんの??
兄:……クローンなんだから元の猫と同じになるはずなのに……
妹:設計図が同じなのに、見た目がこんなに違うって……

研:これは牛の場合でもそうなんだ。元の牛とクローン牛を比べると……

弟:(身体の)模様がぜんぜん違う!?
妹:鼻紋のパターンも違う!?
兄:別モノじゃねぇか!!

このへんから、解説が多くなり始める。やっと主人公たちも解説を聞く気になったからね。
ただ、エピジェネティクスの何から解説するかで食いついてくれた読者が離れちゃう危険もあるので、最初は一番わかりやすい事例を紹介して「こっち側」に引っ張り込むようにした。全然似てない三毛猫や、身体の模様や鼻紋のパターンが違うクローン牛など、具体例も実際に見せて説得力も持たせつつ、引き込んでいくのだ。
もっとも、あまりにもお勉強っぽい資料提示が多いと、やっぱり読者は逃げちゃうので、三毛猫はかわいいイラストにして、牛のほうは実際の写真を使ってマジメと遊びのバランスを調節している。お勉強なんだけど、勉強だと気づかせちゃうと漫画としては負けだからね。

 

シナリオ/5ページ目

研:いや、生物学的には同じなんだよ。クローンなんだから。

3人:同じじゃないって!似てないって!!
研:まぁそうなんだけど、それでも同じなんだよ~~

兄:じゃあ、なんでこんなに違うんだ?

研:それは「DNAのメチル化」と「ヒストン修飾」のせいだよ。

このセリフ、実際の作品では「それは「DNAのメチル化」のせいなんだ!!」に変更されている。この後のシーンにギャグを追加することになったから、バランス考えて演出を変えたんだ。
もう1つの「ヒストン修飾」を割愛したのは、この後しばらくヒストン修飾の話題は出てこないから。両方を解説していくとクドくなりすぎて、かえってわかりにくくなるので、DNAのメチル化というネタだけに絞ったんだよね。ヒストン修飾を端折ってもエピジェネティクスを語るための最低条件はクリアできそうだったし。
たくさん伝えれれば理解が深まるというものでもないんだ。むしろ情報を絞ってあげないと混乱して何も伝わらなくなることのほうが多いんで、監修の先生と相談してヒストン修飾はカットすることにしたんだ。

兄:……メチル化?
妹:ヒストン修飾?

研:ちょっと難しいんだけど、DNAのある部分にメチル基というものがくっつくかどうかで、その遺伝子が発現するかどうかが決まったりするんだ。
メチル化されると遺伝子の発現が抑制され、アセチル化されると逆に活性化する、というようなことが起こるの。

兄:すなわちメチるかメチらないか……
研:意味わかってないのにボケるな!!

兄:とにかく、メチると遺伝子が効かなくなって、メチらないと効くようになるってコトだろ?
研:そ、そうだけど誤解を招くような言い方はやめて!

最後の2コマは、元々のシナリオにはない。シナリオ段階ではその前の研究員のセリフで終わっていたんだけど、どうも真面目で解説的なセリフが続きすぎて、ノリが悪く感じていたんだよね。
それで「メチる、メチれば、メチるとき……」などのネタを後から思いついて、そういうギャグを追加したの。「DNAのメチル化」って、専門外の人や小・中学生には全然ピンと来ないネタだから、ここでも気持ちのクッションになるギャグを入れてあげないと読者の気持ちが切れちゃうと思ったんだ。

そんなわけで、ここらへんから元々のシナリオと本番のネームで変わっている部分が増えてくる。
シナリオを書く段階では気づかなかったことなどにネームにしてみて気づく、ということがけっこうあるからだ。
コマ割ではメリハリとかリズム感も考えるし、どのシーンでそのページを終えるかなども気にする。セリフで説明しちゃってたことを絵に置き換えたほうがよかったり、1つのセリフを2つに、あるいはキャラ同士の会話にしたほうがわかりやすかったり、というようなこともある。なので、シナリオ段階では明確にならなかった部分を調整しながらネーム化していくんだ。

 

シナリオ/6ページ目

兄:宿題が出なくなるように、ちょっと先生をメチって来て。
研:気に入って何度も使うなって!

この6ページ冒頭の1コマも元のシナリオにはなく、に後から追加したもの。これ、WEB公開の漫画なので、1ページ読むごとにクリックしてページをめくらなきゃならず、そのときに、ちょっとだけ気持ちに一息入っちゃうんだよね。
そういう「ほんのわずかな気持ちの途切れ」ってけっこう怖いことなので、念のために前のページとつなぐギャグを入れてあるんだ。後、ネームを切りながら、このページをどのシーンで終えるかを考えたときに、ちょっとバランスが悪かったので、冒頭に1コマ追加して調節したってトコもあるんだけど(苦笑)。

妹:えっと……つまり、そのメチル化ってのが起こると遺伝子が効かなくなるってこと?

この妹のセリフも本番では「とにかく、そのメチル化ってのが起こるかどうかで特定の遺伝情報が出たり出なかったりするってことね?」に変更されている。これは自分で直したんだったか、監修の博士からツッコミがあったんだか憶えてないんだけど、今読み返してみると、元のセリフの「遺伝子が効かなくなる」は、確かにちょっと違うニュアンスなんだよね。

研:そうなんだ。DNA=生命の設計図には受け継いだ全部の情報が入ってるけど、それが実際に機能するかどうかはDNAのメチル化で決まるんだ。

妹:じゃ、さっきの三毛猫のクローンは、三毛猫の毛並みになる部分の設計図がメチル化されてしまったから……
兄:元の猫と同じ設計図なのに見た目は全然ちがうってことになったわけか……

妹:でも、なんでクローンのほうはメチルになっちゃったの?
研:それは……

研:……わからないんだ。
3人:え~~~??

研:メチル化が起こる要因はわかってないんだよ。
っていうか、そもそもDNAについてはわかっていないことも多いんだよ。

 

シナリオ/7ページ目

研:例えばヒトのDNAの場合、ATとGCの塩基ペアは約30億対。60キロの体重のヒトだったら60兆個くらいの体細胞があって、そのほとんどの中に同じDNAがあるんだ。

研:つまり目の細胞でも手の細胞でも、身体全部の膨大な設計図を持っているんだ。
なのに、どうして目は目のままで、手は手のままでいられるのか。

兄:そりゃ、目は目の部分の設計図を使ってるからだろ?

研:でも元々はたった1個の受精卵だよ。1つの細胞だよ。目も手もないんだよ? それなのにどうして目は目になるの? 誰がそれを判断してるの?

兄:うっ、そ、それは……
DNAが判断して……でもDNAは設計図で脳みそとかないんだから……え~っと、え~っと……

(ちゅど~~~ん!!)

研:ほら、わからないでしょ。

このページはシナリオとの違いはほとんどない(作画段階で漫画的な演出を加味した程度)。ここで話題にしているDNAの働きについてはKEKの『カソクキッズ』連載時にも話題になったことだったから、そのときのことも思い出して構成したんだよね。DNAには全ての設計図が含まれているけれど、その膨大な情報の中から目の部分、手の部分といった情報をどうやって選び出しているのかは、まだはっきりしていないらしいんだ。カソクキッズで扱ったときには、そういう部分が謎なんだということで終わっちゃったんだけど、この話では、その謎の一端が見えてくる。ボクにとってはカソクキッズで立ち止まったままになっていたことへのアンサーエピソードみたいで、とても興味深かったんだ。

 

シナリオ/8ページ目

弟:考えてみたらフシギだよね……
妹:とにかく、そういう仕組みがあるって思うしかないよね~~

研:うん、そうなんだ。
たった1個の受精卵が細胞分裂していく中で、神経とか筋肉とか皮膚とか骨といった身体のそれぞれを作っていく。そうなるようにDNAの発現を制御している仕組みがあるはずなんだ。

研:それが「エピジェネティクス」なんだよ。

このセリフも本番では「それが「エピジェネティクス」なんだよ!」と、強い言い回しに変更されていて、この後に「そ、そうだったのか……!」と、ちょい緊迫した兄のカットを追加している。
これもネーム化しながら、ようやくエピジェネティクスが何かを語るシーンになったのに、インパクトが弱いなぁと思い、それで強い言い回しの演出に変更し、その後のギャグとのメリハリのために一拍置くカットを追加して、リズムを調整したんだ。

兄:オレがオレであり続けられるのはエビのおかげだったのか~~~!!
妹:今大事なトコなんだから余計なこと言わないでよ!!
研:エビは何の関係もないから!!

シナリオには書いていないけれど、本番ではここに「エピジェネティクスとは?」という、短いまとめコラムを挿入している。
ここまでのストーリーで紹介したことを、文章で反芻させて整理するためのコラムだ。
こういうコラムなどを差し挟む手法は『カソクキッズ』以前からやっていたことで、広告用漫画では割と常套手段。
なので、このあたりでコラムを入れていったんまとめる、というのはシナリオ段階で想定していたことであって、後から考えたわけじゃないのだけど、実際にどこに入れるか、どの程度の文字量を入れられるかはネームを切ってみないと判断しきれなかったため、シナリオ段階ではコラムまでは執筆してないんだ。
監修者にネームチェックを受ける段階でも空白のままで「ここにまとめコラムが入ります」と注意書きを入れただけ。コラムは基本的に文字だけなんで、修正が入っても対処しやすい。だから後回しにすることが多いの。自分の理解も深まらないと書けないし。
このときは直しはなかった。ボクが書いたそのまんまで通った。漫画家だから漫画を褒められると嬉しいのだけど、こういうコラムが一発OKのときもけっこう嬉しい。本来は監修者など本物の研究者の領分だからね。そういう部分でOKをもらえると「我ながらやるじゃんか!」と思えて嬉しくなるのよ(笑)。

 

シナリオ/9ページ目

研:元々の遺伝学(ジェネティクス)は、DNAの塩基配列=設計図を調べることが中心なんだけど、エピジェネティクスでは、メチル化やヒストン修飾といった化学的な変化を調べるんだ。
つまり「設計図が同じでもメチル化するかどうかで変わることがある」ということなんだよ。

このシーンには「ヒストン修飾」の解説文が付属している。
5ページのセリフから削除した「ヒストン修飾」がようやくここでチラっと出てくるのだ。本編で扱うのはやめたヒストン修飾だけど、全然触れなくていいわけでもないと思えたので、軽く解説だけは組み込んでおいた、ってトコだね。
なお、コラムなどもそうだけど、こうした補足解説的な部分は読み飛ばされても大丈夫なように構成している。漫画なんだから細かいトコまでいちいち読むとは限らない、というか、面倒臭いトコまでは読まない人のほうが多いと思うのよ。
最初は読み飛ばす。そんで読み終えてから興味が湧いてきた人は、もう一度最初から、今度はコラム込みで読む。そういう読み方が多いだろうと想定してやっていて、これは『カソクキッズ』のときに本当にそういう読まれ方をしていることが確認されている。興味の度合いに応じて二度読み、三度読みさせて、さらに興味をかき立て、漫画じゃ物足りないレベルにまで引き込むという狙いでやってることなの。科学啓蒙という意味では、漫画は呼び水なんだ。漫画読んで終わっちゃうのではなく、そこから先に進んでもらってこそ成功だとボクは思ってる。広告漫画では、そこまで引っ張れないと失敗だからね。

妹:あ、それが最初のほうで言ってた「DNAの塩基配列の変化によらない遺伝子発現」っていうことなのね?

弟:どういうこと?
妹:設計図が同じでもメチル化するかどうかで変わることがある、ってことだと思う。

このシーンでは妹のセリフの最初に「……たぶん」を追加。頭のいい子なんだけど、子供だからね。自信があって言ってるわけじゃないというニュアンスを入れとかないとマズイと思ったの。

兄:ほら、大量生産された同じプラモを同じ設計図で作っても、作った奴によって全然仕上がりがちがうだろ?
弟:ああ、そういえば……

弟:おにいちゃんが作ると絶対設計図通りに出来上がらないんだよね……
兄:全部メチルのせいだったんだな~~

研:それは単に下手くそなだけでしょ!
妹:ていうか、おにいちゃん設計図ちゃんと見てないじゃん!

 

シナリオ/10ページ目

研:とにかくエピジェネティクスの場合は、DNA自体は同じでもメチル化やアセチル化でスイッチのオン/オフみたいに遺伝子の発現を切り替えているんだ。
そして、それは生育環境などの影響を受けやすいと言われているんだ。

妹:ということは、生物学的に同じなはずの体細胞クローンを作っても……
兄:環境がちがえば全然ちがう成長のしかたをしちゃうかもしれないってことか……
弟:同じだけど同じにならない……

研:そうなんだ。だからこそクローン研究ではエピジェネティクスをしっかり調べることが重要なんだ。
この仕組みがわからないままだと、クローンで増やしても同じにならなくなっちゃうからね。

最後の研究員のセリフの「この仕組みがわからないままだと~」以降は、本番ではカット。
ここにもまとめコラムを入れる予定になっていて、ネーム化してみたらセリフを削らないとスペースが足りないと気づいちゃったんだ。いや、ネーム段階じゃないな。その後に実際にコラムを書いてみたら、想定よりちょっと文字量多くなっちゃったので、セリフを一部カットしてスペースを作り、セリフで語っていたことをコラムのほうに組み込んだという感じ。

 

シナリオ/11ページ目

妹:でもさ「DNAの塩基配列の変化によらない」なんだから、メチル化で異常が起こったとしても、次の世代には遺伝しないでしょ。

兄:ああ、その個体だけで済んで、次世代の時にはリセットされるはずだもんな。

研:……うん、そのはず……なんだけど……
3人:??

研:……エピジェネティクスな変化が遺伝することもあるっていう報告もあって……
3人:ええええっ!?

研:例えば、メチル化すると毛色が変化することが知られているマウスが妊娠しているときに、高メチル化が起こる物質を過剰に与えてみたら、子供どころか孫まで毛色が変わったとか……

このページから、次の話題に変わるんだけど、元のネームの段階では、前のページに入るはずのコラムを後回しにして執筆していたから、実際にコラムが入ると流れが変わるんだよね。コラムで区切られて、さっきまでの流れが一度、断ち切られ、そこからの再開ということになるんだ。
でもシナリオ段階では、コラムを考えずにそのままの流れで考えていたから、色々調整が必要になったわけ。
それで冒頭に「……というわけでエピジェネティクスのことも考えなきゃいけないことはわかったけど……」というセリフを追加して、続く妹のセリフも、それに応える形に変えている。上記の、シナリオ段階のセリフは、その前のページの研究員のセリフについてコメントしている状態だからね。
そして、それを受けての兄のセリフもちょっと詳しくして、ここまでの内容を総括させるようにした。いったん流れが途切れているから、こうした「まとめセリフ」を配置して読者の理解をフォローしてあげるようにしているんだ。これ漫画だからね。斜め読みでもいいんだ。作劇のほうで、そういう読み方でも混乱しない工夫をしておかなきゃいかんのだ。

 

シナリオ/12ページ目

研:戦争で十分な栄養が摂れなかった時期に妊娠した女性から生まれた子孫は、少ない栄養でも効率よくエネルギーにできる性質で生まれてきて、そのせいで十分な栄養を摂れる時代では太りやすくなってしまう、とか……
そういう報告もあるんだよ……

兄:い、遺伝するってことは環境のせいとかじゃなくて……!?
妹:DNA自体がそういうセッティングになっちゃってるってこと!?
弟:それって大変なことなの?

研:うん、もしもこれらの報告にある事例が単なる偶然ではなく、後天的な要因で後代にまで影響するレベルでDNAの発現が変化するとしたら、クローン研究は根本から考え直さなきゃならないかもしれないんだ。
どれだけ同じクローンを作っても、ちょっとした環境の違いやストレスなどによって変わってしまうのなら、同じにならないってことだからね……

このページはあちこち大きく変わっている。
ここで語っている「後天的な要因で後代にまで影響するレベルでDNAの発現が変化する」というのは、まだ本当かどうかわからないことなんだ。そんなはずないってのがこれまでの遺伝学で、でも、こういう報告が上がってきているので無視もできないという感じなんだ。つまり今の段階では、まだセンセーショナルには扱えない。ネタとして披露はするけど、読者がそういうもんだと思い込んでしまうのは避けなきゃならない。
そのへんのニュアンスをどう表現するかが大事な部分で、シナリオ段階ではまだ練りこまれていなかった。
それをネーム化しながら練りこんでいって、最終的に本番で描いたような構成にしたんだ。

 

シナリオ/13ページ目

妹:今までたくさんのクローン研究を教わってきて……
弟:ずいぶん進んでいるみたいだけど……
兄:それでもなお、わからないことだらけなんだな……

兄:生命って……すげぇな……

研:うん。本当にすごいよ。研究すればするほど、生命のすごさがわかるんだ。
これだけ科学が発達しても、人間の生み出したものじゃ生命というシステムには到底及ばない。

ラスト2ページになって、このあたりからは全体のまとめ、締めくくりに入っていく。
先のページから続き、冒頭で「後天的な要因が、後代にまで影響するかどうかはまだわからない」ということを改めて追加し、その上で締めくくりに入っていくようにした。
また、ページの最後にも研究員のセリフを追加し、こうした研究の意義、研究者の思いなどを明確にした。
科学情報を伝えるだけじゃなく、そういう人間味の部分が伝わらないと人は共感してくれないからね。

 

シナリオ/14ページ目(ラスト)

研:クローン研究は経済的・社会的な意義も大きいけど、生命=自然のすごさを知る研究でもあるんだよ。
妹:うん、本当にそうだよね~~

兄:オレにもオレだけのエピジェネティクスが発現してるのかもな~~。
例えば素早くヘンな顔になれるとか……

弟:受け継ぎたくない~~!
妹:メチル化してしまえ~~~!!

(END)

最後のページには全体をまとめるコラムが入る予定だったので、漫画は半分だけ。
なので、締めのセリフとオチのギャグ程度しか入らない。
それは最初からわかってることなんで、シナリオ段階からそういうふうに描いていて、実際、ほぼその通りのネームになってはいる。ここでは変更したのは、ほんのちょっとだけだ。でも、そこまでの平均的な情報ボリュームに対してバランスが悪いとか、色んなことが見えてくることもあるので、シナリオがどうであれ、ネームとしてまとめるまでは何も確定していないのと一緒なんだよね。
(実際にはネームも初校イッパツというわけではなくて、数回手直ししている。ただ、このときは最初のネーム化作業で確定できたことが多く、その後の修正は本番の作画のときに直せばいいという程度で済んだ)

 

 

 ……というわけで、広報用科学漫画のシナリオを丸ごと披露してみた。

 監修してくれた研究者さん(劇中に登場する研究員とは何の関係もない)には絶賛していただいたけれど、完璧と自慢できるかどうかは全く別の問題。
 それなりに自信もあるし、笑って楽しんでいただきながら知識も得られるはずと思って描いてはいるけれど、こういうのって後出しでいいならいくらでもツッコミできちゃうしね。あそこをああしておけば……とか。

 でも作品は公開されたものが最終版だと思っているので、これはこれでいいのだ。
 文句はなにもない。後悔もないし、不満もない。

 ああすれば、こうすれば、というのは、完成するまでのことだ。
 それも主にネームまで。

 シナリオで基本的な構成をまとめて、それをネームにする段階で調整して、そこで納得すれば、あとは予定通りに描くだけ。
 出来上がってからグダグダはしない。
 そう思ってないと、作品を描いて世に出すなんて出来ないしね(笑)。

 


このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。

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