広告漫画家物語16:無茶な契約を断るために自ら地雷踏んだ
トラブった件をもう1つ、紹介しよう。
今回は、バッドエンドの事例を。
この記事は以前にツイッターでバズってネット記事にもなった『作画担当が拙著「広告まんが道の歩き方」を漫画化してくれたPart20』の漫画で紹介した事例の詳細だよ。
なので漫画版でざっくりと読みたい方は、上のリンクから読んでね(笑)。
(他にも「こけしこシリーズ」には、この「広告まんが道シリーズ」の記事を漫画化したものがたくさん掲載されてるよ)

起承転結:いつも通りの順調なスタート
例によってオーダーは、メールフォームからの問い合わせ。
3つの漫画パンフを作る。
4コマちょい程度の漫画&イラスト数点でワンセット。
それを3冊分描く。
特に問題はなさそうだった。
案件の内容も、それまでにいくつも手掛けたモノに近いから、慣れている。
予算的にも納得できる。納期はややキツめだったけど、この程度なら何とかなる。
そういうわけで引き受ける前提で、返信した。
オーダー内容に対する意見、ウチの仕事の進め方、納品されるデータ形式、納品後の作品の取扱いや著作権的なアレコレについて。
新規のお客には、いつも最初にそういうことを書いて知らせておくんだ。
それらを理解してもらった上で、正式に受注するようにしてるの。
了解の返信(ここ重要!)とともに資料が送られてきたので、着手した。
いつものように広告内容を検討し、シナリオを起こし、ネームにまとめる。
それを送って、ネームに了承を得たら作画に進む。
ステップバイステップ。
受注段階、キャラやタッチの確認、シナリオ・ネーム、そして作画以降。
各段階ごとに必ず確認してもらい、了承が出るまでは絶対に先のステップには進まない、というのがウチのルールなんだ。
そして作画段階に進んだら、後は完成まで丸ごと全部任せてもらう。
いちいち作画状態をチェックしてもらったりはしない。最初にキャラやタッチは確認してもらってるし、どの程度の仕上がりレベルになるのかは、これまでの作例を見てもらえばわかるからね。
過去の作例のどれにも該当しないような絵を作らなきゃならないのなら、もっと慎重に進めないと危ないと思うけど、そういうのは滅多にないし、そもそもタッチと作者は不可分だから。
いくつかタッチを使い分けることはできるけど、そのどれでもないのがご希望なら、それはウチじゃないプロダクションに依頼すべき。
ウチはウチの味で勝負してるんだから。
そういうスタンスだから、絵柄でモメることは滅多にない。
タッチの要望が出ることはあるけど、前述のような説明をすると納得してもらえることのほうが圧倒的に多いのよ。
それに、広告漫画のクライアントは、漫画ソレ自体にあんまりこだわり持ってないことが多いからねぇ。
あくまでも手段なので、他のタッチでも結果(広告としての反響)さえ出るなら何でもいいんだから。
どうしてもグダグダ言う人も稀にいるけど、その場合は降りちゃうな。
描けもしないタッチ引き受けると、手間がかかって直しも多くて、それでも満足はしてもらえなくて……なんてコトになりがちで、それじゃあ引き受けても採算合わなくて赤字になっちゃうから。
承:作業開始後に届いた契約書
そんなわけで、このときもタッチには問題はなかった。
了承されたままに描き、無事に1冊目の漫画が納品された。
2冊目と3冊目は同時進行で進めた。
それらのネームチェックも終わって、作画に入った直後くらいの頃。
わけのわからないメールが届いた。
業務委託の契約書にサインしてくれ、というのだ。
ワード書類の契約書が添付されていて、それを2部プリントアウトして署名・捺印した上で送り返してくれ、と。
え、今さら?
ここで、ちょっと触れておく。
ボクらのような仕事は、ほとんどが業務委託契約という形式で請け負うことになる。
だから毎回、着手する前に契約書を交わすのが正しい。
正しいんだけど、実際に契約書を交わすケースは少ないのよ。
そういうのにウルさい組織(お役所や公共機関など)や特に大きな案件といった場合くらいで、ほとんどの仕事では契約書は割愛しちゃうのが実情。
危なっかしいようだけど、でもねぇ、それでトラブルになることも滅多になかったのよ。
滅多にないってコトは、たまにはあるってコトで、実際、トラブった経験もあるんだけど、ものすごくレアケースなんで、契約書なくてもあんまり心配してないんだ。
個人的な気持ちの問題としてもね、書類やルールで縛るんじゃなくて、人間同士のつながりでやっていたいという思いがあるし。
だから先方から契約書の交付を求められない限り、ボクのほうから言い出すことはなかったの。
いや、本当は求めるべきなんだよ。
ボクが正しいわけじゃない。
でも先方だって、後でトラブって制作物が受け取れないなんてコトになったら困るはずでしょ。
ウチに手間をかけさせるためだけに、嘘の依頼してくるなんてヒマ奴はいないんだから。
なので、どうしても契約書を求めるような場合は、必ず着手前に言ってくれていたの。
だからそれでいいやって思ってたんだ。
本当はよくないけど、いいやって。
それが今回は後出し。
先方の社内規定では、契約書を交わして業者登録してもらうことが条件なのだそうだ。
それなのに担当者が契約のステップをうっかり忘れていたらしい。
いや、こういうことも珍しくはないんだ。
絶対必須のステップを忘れるってのはオカシイんだけど、後出しでも何とかなっちゃう例が多いんで、そうなりがちなんだよね。
ボクのほうも、内容に問題がないなら後出しでもサインはできるから。
ただ、悪質なケースだってある。
それなりに仕事が進んで、こっちが後に引けなくなるのを見計らって言い出すような例もあるんだ。
だから後出し契約書は、特に警戒はする。
まぁ疑っていても仕方がないので、契約書の文面を読んでみた。
唖然とした。
とてもサインできるようなシロモノじゃなかったのよ。
転:絶対にサインできない!!
この会社、元々がシステム開発会社で、それが広告もやるようになって、代理店的な部門ができたという経緯らしい。
でも契約書はシステム開発請負のために作られたモノで、ボクらの仕事的にはトンチンカンなことしか書いてないんだ。
例えば、仕事に使った機材やソフトの全てを渡せ、などと書いてある。
バカ言ってんじゃない。
ウチのパソコンはウチのだよ。
権利の全部も譲渡せよと書いてある。
いや、だから著作権とか版権については最初のメールに書いただろ。
それを了承したから仕事引き受けたんだろ。
他にもヘンなコトだらけ。
到底サインなんかできない。
即、進行中の作画を止めた。
これはヤバイ。
この件が解決するまでは、指一本動かすべきじゃない。
というわけで断りのメールを送った。
どこがどうダメなのかも伝えた。
どうしてもサインが必要なら、こっちが受け入れられる契約書を作成してくれと。
すると「そこを何とか」と懇願してきた。
この契約書に問題があるのはわかってます。わかっていますが、社内ルールでサインもらわなきゃならないんですよ。ただの儀式みたいなモンなんです。実際には契約書通りじゃなくても構わないんです。
いや、そうなら契約書自体いらないじゃん。
アンタが何を言おうと、書面でサインしちゃったら、ソレをボクが了承したっていう証拠になっちゃうだろ。
無理無理、このままじゃ絶対無理。
そう言って突っぱねた。
それでも懇願してくる。
サインしてくれないと社内の稟議通らないんです、それじゃ支払いとかできないんですよ。
契約書は改定させますから。後で改定させるから今はこのままサインしてください。
だ・か・ら!
このままじゃ絶対無理だって言ってんだろ。
恐らくはね、本当に儀式程度のモノで、契約書の内容なんか誰も見てないんだろうとは思うんだ。
内容があまりにもダメダメで、あの条件で仕事を引き受けられる制作者なんかいるとは思えないもん。
なので、他の業者たちは軽い気持ちでサインしてたんだろう。
こんなモン無意味だけど、どうせ儀式だろうから、と。
そういうのがまかり通ったから、今まで改定せずに放置されていたんだろう。
みんなそうしたんだから、と甘えているんだ。
けど他がどうあれ、ボクはサインできない。
こんなムチャクチャなモンにサインするなんて、絶対にできない。
恐ろしすぎる。何がどうなろうがお断りだ。
それでも担当者は泣きつくだけ。
それならサインは後回しにして、作業進めてください。締切が近いんです。
知らないよ。無茶言ってるのはソッチだ。
作業を再開して欲しいのなら、マトモな契約書持ってこい。
オマエがテキトーにデッチ上げたヤツとかじゃないぞ。
社判が押してあって代表責任者の署名があるヤツだぞ。
そんなの末端の自分には無理なんですよ。とにかく今の契約書でOKしてもらって、作業を進めてもらうしかないんです。
ボクはブチ切れた。
わかった。この件は正式にお断りする。
サインしなきゃ代金払えないというならカネもいらない。
すでに描いて納品してしまった分は、手切れ金だと思って忘れることにする。
残りの分は描かない。さようなら。
こうして、この仕事はバッドエンドで終わってしまった。
担当は最後まで泣きついていたけど、耳は貸さなかった。
どうなろうが知るか。
スタッフには謝罪した。
せっかく描いてくれたのにノーギャラになってしまった。
でもボクは理不尽を受け入れられなかったんだ。
そう言って謝罪した。
スタッフはわかってくれたよ。
結:契約ということに、もっと気をつけなきゃなぁ……
そういうわけで長いこと仕事していると、こういうヤツに当たっちゃうこともある。
レアケースだけど、数年に一回くらいは、こんなのも出てくる。
けど、今もボクは契約書を交わさずに仕事することが少なくない。
ほとんどの顧客が長い付き合いで気心が知れている、というのもあるからなんだけど。
その代わり、新規の相手の時には、最初に送るメールに「契約書等が必要な場合は、必ず着手前にお申し出ください」という一文を入れるようになった。
ボクはお客を悪い人、狡い人だと思いたくない。
そういう人のためには頑張れないから。
そして実際、ほとんどのお客はちゃんとしているんだから。
ただ、今のままでいいかどうかは考え中だ。
ただの儀式だとしても、契約書を用意してお互いにサインしたほうが、自分もお客も安心できるのは確かだもんね。
契約書、作ろうかなぁ。
※付記
契約書がないのは、お客の多くがそんなコトが必要だと気付いてないから。
額面が大きくなると気づくんだけど、10万円以下くらいの案件だと、お互いに契約書ってほどでもないだろと思っちゃうんだよね。
しかも中小零細企業だと、そういう書面を作成したこともないから、仮にあったほうがいいと思ったとしても自分では文書を作れない。
弁理士や弁護士に頼むと、それだけで結構なお金がかかっちゃうし。
だから、全てのお客に対応しようと思ったら、自分で自分なりの契約書を作っておいて、お客側で用意できないときはソレで対応するようにしておく必要があるなと。
考えてみりゃ何かを契約するときって、売る側が「こちらにサインお願いします」って書類出してくるもんなぁ。お客は買う側なんだから、大半が契約書なしになっちゃうのはアタリマエだよなぁ。
ボクが何とかしなきゃいけないんだよな~。
※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。









うるの拓也












