技術は必要だけど売りにはしたくない

 最初にちょっと弁解。

 以下の内容は、過去記事の「見えない明日に、どう立ち向かうか」と重複する部分がけっこうある。
 文章自体は全く別に書き下ろしたものだけど、内容としては、かなりの部分が重複している。

 でも、シリーズで読んでくれている人ばかりじゃないと思うので、ここにも収録させてもらった。

 決して記事数の水増しのためじゃないよ。
 そんなコトのために、こんなに書くもんか。

スポンサーリンク

技術の発展でリストラされることも

 ボクが若い頃は、印刷物の文字は「写植」というモノで作っていた。

 文字を印画紙に焼き付けたモノで、それを切って貼り付けていくのだ。
 誰もがそうやって作っていたから、デザインや印刷会社には、写植屋さんが欠かせないパートナーだった。
 ボクも若い頃はデザインナイフ、カッティングシート、ピンセット、ミツワのペーパーセメント(Sコート)、ラバークリーナーが常時手放せなかったものだ(笑)。

 でもデジタル制作が世に出てきて、そこからわずか数年で写植屋さんのほとんどは世の中から消えた(製版屋さんというのも消えた)。ボクのデスクからも、上記の全部が消えた。

 これと同じように、ボクはいつか、漫画の技術の多くも自動化・素材化していくのではないかと思っている(危惧している)。

 最初に感じたのはゲームセンターで人気漫画キャラの格闘ゲームを見たときだ。
 多少カクカクしているものの、アニメとほとんど変わらないキャラたちが、プレイヤーの操作通りに動いている。

 これ、もうちょっと滑らかになれば、監督が自分でキャラを操作してアニメ作れちゃうんじゃないのか?
 3Dでキャラデータを組み上げちゃえば、原画マンも動画マンもいらなくなるんじゃ?
 そしてソレができるなら漫画だって同じ方法で描けちゃうのでは?

 3Dデータとしてキャラたちを作る。
 たぶん、色んな体型のデッサンモデルみたいなモデリングベースがあって、そこにオリジナルデザインのキャラたちをテクスチャとしてかぶせるような感じで。
 自分で3Dにデザインできなくてもやれるはずだ。
 実際、3Dプリンタなどでは、2Dの写真数枚から3D状態を割り出して立体物として出力するなんてことが実現しているんだし。

 そうやって作った1人1人に演技させて撮影。
 背景を合成して1コマができあがる。それをコマ割に合わせて配置していく。
 細かいトコまでは書かないけれど、そういうやり方で漫画を描くことだって可能なはずだ。

 そして、そのキャラの3Dデータそのものがフリー素材化したりするに違いないと思う。
『初音ミク』みたいなモノの漫画素材バージョン。
 自分好みの顔にして、髪型を設定して、衣装やアイテムも決めて……。

 舞台となる空間もデータ販売。
 学校の教室、体育館、街並み、荒野、なんでも自由。
 立ち位置やポーズやアングルを決めてカシャと静止画にする。
 フィルタを使って漫画的な画像に一発変換。

 そんなコトができる時代が、いつか来るだろうと思っているのだ。

 そして恐らく当初は、画面だけは凝ってるけどソフトの機能に頼っただけの質の悪いシロモノが山ほど生まれるだろう。
 プロから見たら「ふざけんな」なモノが。

 でも、きっと漫画にそれほど思い入れのない一般人は、ソレがダメだとは思わないだろう。
 目の肥えているファンは色々言うだろうけど、普通の人たちは、とりあえず画面が凝ってる(実はコケおどしだけど)ことで受け入れるような気がする。

 なぜならDTP時代になったときがそうだったから。

 それまで手作業で作ってきたデザイナーたちから見たら、デジタルソフトの使い方に長けているだけの連中が作った酷いモノが山のように出回った。
 ロゴがメタリックの3Dになってるだけ、とかね。
 デザインってそういうモンじゃね~よ、ナメてんのかと思ったりした。

 それでも、そうしたモノが世の中には数多く出回り、にわかデザイナーがメチャクチャ増えた。
 彼らの大半は、本来はプログラマとかオペレータであるはずの人たちだ。

 だけど、そうした連中も、徐々に学んでいく。
 いつかは、それほど明確な差はないようになっていく。

 厳密には違っていても、一般人はそこまで求めないハズだ。
 特に広告用では。

 そしてある時期になると「そういう制作者」であることを活かした作品が世に出る。
 旧来の漫画制作を置き換えただけじゃなくて、そうした方法でしか生まれ得ない作品だ。

 それがどんなモノか、今のボクには予想できないけれど、きっとそういう日が来ると思う。
 恐らくはボクが、まだ現役の間に。

 ウチは、決してズバ抜けて絵が上手いわけじゃない。
 あ、ちなみにボク自身は本当に下手な漫画家だけど、ウチの作画スタッフまで下手だと思ってるわけじゃないよ。むしろ上手い、バランスいいと思ってる。少なくとも広告漫画のフィールドでは有利(使いやすい)なタッチだと思ってるし。

 ただ、タッチの微妙な違いは別として、同じレベルの絵を描ける人はゴマンといる。
 だから画力は全然売りにできないと思っている。

 ウチは、漫画のデジタル制作技術に関しては、そこそこやれているほうに入ると思っている。
 もっと上の人もいるし、ボクももっと上のレベルでもやれるけれど、売値と買値のバランス……採算レベルで考えるなら、十分以上に効率のいい制作技術は有していると思っている。

 でも、それだっていつかは追いつかれる。

 ボクはどんどん老いて古くなる。
 一方、後から来る者は、先を行く者を参考にできるから、追いかけるほうが早い。

 こっちも勉強と工夫を続けることで追いつかれないように頑張ったとしても、いつかはハナの差といったレベルになり、一般人から見たらどっちでもいいレベルになるだろう。

 

オペレーションよりクリエイション

 だからボクは、できるだけ技術は売りにしないようにしている。

 ソコに頼っても、いつかナニカによって打ち消されてしまいかねないからだ。
 そういう日が来たときに、ソコに頼っていればいるほど売りがなくなる。
 写植屋さんがそうであったように。

 それに、大工さんなら釘が打てて当たり前だから、そこをアピールしても仕方ないといった感じもあるんだ。
 アッチの釘よりウチのほうがいいよと言ったとしても、実用レベルでアッチの釘でも問題ないなら、どうでもいいことだもんね。

 そういうわけでボクは、コンテンツの中身……企画力、発想力、提案力といった部分のほうを重視していて、お客にもそこを重視してもらえるようにアピールしている。
 勝負するポイントをコンピュータに置き換えにくい部分にズラしているのだ。

 ビデオからDVDへ、レコードからCDへ、写植からDTPへ。

 その都度ボクらは同じものを、より新しく、より便利なモノに置き換えてきた。
 でも置き換えられて捨てられる側になるのはゴメンだ。

 そして、そういうコトは10年も経たない期間で変わってしまう。
 携帯電話やインターネットだって、あっという間に普及したけど、最初の段階でそれを予想できた人はほとんどいなかった。

 今日と同じ明日なんか、ボクは信じていない。
 ある日突然、自分が無価値にされてしまうかもしれないんだ。

 だから技術は磨き続けるけれど、それを売りにはしたくないの。

 オペレーションではなく、クリエイションを売る。

 そうしていれば安泰ってわけじゃないけど、少なくともスグに自動化されちゃうことはないだろうし、仕事ってモノが人間から人間に発注されている間は、やっていけそうな気がしているんだ。

 

 かつては写真だって自分じゃ撮れなかった。というか、プロに頼むのが当たり前だった。
 でも今では、よほどの場合じゃない限りデジカメ撮影で何とかなっちゃう。

 昔は素材写真なんかも、貸しポジ屋さんに出向いて探したものだ。
 使用目的や借りたいポジによって使用料は違うけど、安いものでも1回の使用ごとに3万円くらいはかかった。
 それが今ではフリー素材集で、ワンパックに何千枚も入っていて使い放題で数千円レベル。無料のモノだって大量に出回っている。

 

 漫画のトーンだって、今ではフォトショップなどのソフトで作りだせる。
 アミ点の感じを再現することだってできるし、そもそも印刷技術も向上しているから、アミ点でなければならない時代は、実際には遠く過ぎ去っている。
 長年の慣習と、アミ点ならではの持ち味ってのがあるから今でもトーンが使われているけれど、それだって今後どうなるかはわからない(実際、ウチではアミ点で漫画描いていないし)。

 

 コンピュータは日進月歩で発達していく。
 二十数年前、ボクが初めてDTPをやったときに使っていたPCは、ハードディスク容量が40メガ、メモリは4メガしかないマシンだった。
 これにモノクロA4専用のプリンタ、最大150dpiの解像度しかないスキャナのセットで約120万円もしたのだ。
 それが今じゃハードディスクがテラクラスで当たり前とか言ってる。

 容量と処理速度が向上するのはいいこととばかりは言えない。
 それだけ質の高いモノを作らなきゃならないんだから。

 処理が速ければ作業自体はストレスじゃないかもしれないんだけど、考える部分や作品全体を管理する部分の負担は増大する。
 世間は質の高いグラフィックに慣れちゃっているから、そちらのパフォーマンスは落とせない。
 結果として考える部分が弱くなって、ビジュアルはスゴイけど中身はないとか、そんなのばっかりを作りがちになるかもしれない。

 これも怖い。
 自分がそうなっちゃうのが怖い。

 

 他にも、海外の進出というのもある。
 ウチにはときどき、中国やフィリピンあたりの漫画制作会社から売り込みメールが来る。

 昔は安かろう悪かろうで相手にするまでもなかったのだけど、最近はかなり上手い。
 商売として利用するのなら十分どころではないレベルだ。
 タッチも、いくらでも指定できる。萌えでも燃えでも自由自在だし、背景だってしっかり描き込まれている。
 それでいてページ数千円だったりするのだ。

 アニメみたいに最初にキャラデザイン表をしっかり作り、毎回のネームと作画に必要な資料写真などを預ければ、後は自動的に漫画が量産できてしまう。
 オソロシイ時代になったものである。

 

 最近は小説を書くAIなんてものが生まれてきているから、創作性の高い仕事だって自動化されちゃう可能性はある。
 やがては量子コンピュータが実用化されて、コンピュータも「閃く」ことができるようになるかもしれない。

 でも仕事ってのは、打ちあわせなどでの人間関係も含めてのモノだから、さすがにソコまで全部がAI任せになるというのは、まだSFの領域だろうと思っている。
 少なくともボクが生きている間くらいは、コンピュータにアドバンテージを奪われることはないんじゃないかなって。

 いや、それも希望的観測かもしれないけど……。

 

 ボクは1995年からWEB制作の仕事をしているから、国内のWEB業者としては、かなりの古参の一人だと思う。
 当時はWEBサイトを持つ企業は少なかったけれど、一方でWEBを作れる者もほとんどいない時代だったから、ボクも有名企業のサイト立ち上げを山ほど担当している。

 その後、我こそはWEB時代の主役だとばかりに、大勢がこの業界に進出してきたが、彼らの元々の出身業界は2つに分かれていた。
 WEB=コンテンツと考える広告デザイン業界と、WEB=システムと考えるプログラム業界だ。

 本来は全く交わらなかった業種が、互いに自分たちこそ本物と主張しあっていたんだ。
 これがお互いを吸収しあって溶け合っていくまでに10年近い歳月がかかったものだ(まだ完全に溶け合ってはいないと思う)。

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。

うるの拓也の電子書籍シリーズ各巻好評発売中!(詳しくはプロモサイトで!!)