小説版イバライガー/第12話:還るべき場所(後半)
Bパート
整備された地域から少し外れると、周囲はたちまち闇になる。
街灯など、どこにもない川沿いだった。周囲は田んぼで、その先は、どの方向を向いても黒々とした森がどこまでも続いている。
月明かりと遠くの街の灯のおかげで輪郭がうっすらとわかるが、自分たちの周囲は黒だけだ。
真上を、まだ工事中の道路が通っている。
これが開通すれば、道路を照らす灯がここにも届くようになるだろう。
早く開通してくれ、とシンは思った。
いや、どこかに出掛けたいというわけじゃない。ただ……。
「この辺でいいはずだよ~~~」
「そっか~~、サカナいるかな~~~」
バカにされてしまった青年と、バカになりきったマーゴンが、間の抜けた会話をしている。
シンも調子を合わせているが、誰かにウケるためならともかく、誰もいない夜の田んぼでバカ芸やっているというのは、とてつもなく空しい。
もうジャークでもいいから、誰か出てきてくれと叫びたくなる。
「集まるのは、ここでいいのかぁ~~~?」
「いいんだ~~、たぶん~~~」
た、たぶんだとぉ?
思わず声に出しそうになったが、グッとこらえた。
思考するな、バカだ、バカになりきるんだ。
それでもジレてくる。
「ま、満月はもぉ『上のほう』じゃないのかぁ~~?」
「ちがう~~、アレはまだ『上っぽい』だけ~~」
「そう、上っぽい』だけ~~、シンってバカ~~~」
お、おのれぇええええっ!!
い、いや、落ち着け、落ち着くんだ。
ワカナに任せなくてよかった。アイツなら、もう絶対にキレている。
とにかく今は、このニーサンが『上のほう』だと思う時が来るまで、ここでワサワサとうごめいているしかない。
月光から隠れるように、3人のバカは河岸で無意味にウロウロし続けていた。
まるで『死霊の盆踊り』だ。こんな動画、シュールすぎて誰も視聴しないぞ。
突然、オニイサンの動きが止まった。
「上のほうになった~~~~」
さっきとドコが違うのか、全然わからない。
ジャーク化した者にしかわからないナニカがあるのか?
「お~~、上のほ~だ~~」
マーゴンも言ってる。ジャーク関係ないのか?
「みんな、来てる~~~」
「来てる~~~」
何だと? バカになってたから接近の気配に気づかなかったのか。いや、気づいてないのオレだけ?
もしかしてコイツらよりオレのほうがバカなのか? うわぁあああ、すっげぇ悔しい。
「でも、隠れてたらドコにいるかわからないぞ~~、どうすんだ~~?」
冷静さを失いつつあるシンに代わって、マーゴンが問い掛けた。
こういうときでもペースを乱さないのがマーゴンの強みだ。
「だいじょ~ぶ~~、秘密のサインがある~~~」
オニイサンが、月光の下に出ていった。
空に向かって腕を伸ばした。
人さし指を立てる。
「脱走して帰るヤツ~~、この指とまるくじゃ~~~」
どこが合言葉だよ!? とツッコみかけたとき、周囲がザワめいた。何かが動いている。
目を凝らす。道路をキジが横切っていった。
ホッとした、と思った瞬間、橋桁の壁に張り付くナニカが視界に入った。
ずるずると降りてくる。べしゃっと地上に落ちる。そのまま這いずってくる。
同時に、田んぼの中から、木立の中から、仮設トイレの中から、次々と影が現れた。
生気のない表情。うめき声。ノタノタとした動き。
まるでゾンビの群れだ。予想していなければ相当怖い。いや、予想していても怖い。
「くじゃ~~」
「くじゃ~~」
あ、挨拶しているのか?
マーゴンも普通に「くじゃ~~」している。
全員がシンのほうに向き直った。近付いてくる。
やめて。這いずるのやめて。
「く、く、くじゃ……」
なんとか声を出した。大丈夫っぽい。
集まってきたジャークは8名ほどだ。
「こ、これで全員なのか~~~?」
「わからない~~、でも今はこれだけ~~~」
たった8人。行方不明者の数は、この数百倍だろう。
本当はジャークに囚われている全員を助けたい。
だが、大半の人間はジャークの支配下にある。嫌だと思いながらも支配に逆らえない者も多いだろう。
戦いの中で取り返していくしかないのだ。
ジャークたちは、小さな声でボソボソとうめいていた。
帰りたい、戻りたい。
母に、妻に、恋人に、子供に、友に、会いたい。
帰らなきゃ、帰らなきゃ。
いつまでも繰り返す。
闇でうごめき、つぶやく者たち。
恐ろしい光景のはずだが、シンは彼らの声に希望を感じた。
この想いが、彼らを支えてきたのだ。
まともな思考力さえ奪われて、しかしそれでも想いを捨てなかった。
何が何でも『元の場所』に帰る。生き抜く。
この想いこそが、人間の強さだ。
シンは、つぶやく群れに近付いて、オニイサンの肩をたたいた。
「……必ずあんたらを、待っている人の元へ届けるからな……」
「……それは……あなたたち次第……ね……」
男の声ではなかった。背筋が凍りつく。
ゆらゆらとした動きが止まっている。うめき声も、消えている。
闇の静寂の中で、人々がゆっくりと振り返った。
R、ガールが飛び出すのと同時に、ワカナはアクセルを踏んだ。
タイヤがスリップして白煙をあげる。かまわず強引に加速していく。
マイクロバスだった。
脱出した人々を乗せるために用意したのだ。
交差点を突っ切った。信号のない深夜の田舎道。
砂利に乗ったタイヤが横滑りして、路肩の『マムシ注意』の立て札にぶつかる。
サイドミラーが砕けたが、知ったことではない。
シンたちが目標と接触した。
そして気配が変わった。
やはり出てきた。
『ナツミ』の身体を乗っ取ったジャーク四天王。
氷の女帝、ルメージョ。
あの戦い以来、一度も接触していなかったが、その存在は感じていた。
どこかで見ている。その視線をいつも感じていた。
坂道を駆け降りた。ギャップで車体が跳ねる。もうシンたちが見えるはずだ。Rやガールはとっくに着いているだろう。
ルメージョのことは考えても仕方ない。どんな罠があったとしても、私たちはここに来るしかなかった。
それに……おそらく今夜は戦いにはならない。
ルメージョが会いたがっている。
ワカナは、何故かそう感じていた。
「下がれっ、シンッ!!」
Rは、シンたちとジャークの間に急降下した。
ほぼ同時にガールとミニブラックが、周囲を包囲するように降下する。
「やはり出てきたな、ルメージョ! この人たちは渡さないぞっ!!」
構えた。だが、人々は無反応だ。
「さっきからそうなんだよ。コイツら固まったままで、全然動かないんだ」
後ろから近付いたマーゴンが、耳元でささやいた。
「どういうこと?」
警戒しながらガールが訊ねた。
「たぶん……待っているんだ。オレたちが揃うのを」
シンが後ろを振り返りながら答えた。
ヘッドライトが近付いてくる。
ワカナだ。
イバガールは不安を感じた。
ルメージョは危険な相手だ。力づくではなく、心を壊しに来る。シンやワカナに一番近づけたくない相手だ。
ルメージョが何を考えていようが、今すぐ先制すべきではないのか。
私が動けば、Rは必ずタイミングを合わせてくれる。何もさせないまま、一気に圧倒してしまえば……。
それでもガールは動かなかった。
何故かはわからない。
だが、どれほど危険でもワカナはルメージョと向き合わなきゃいけない気がする。
ナツミさんを取り返すためというだけではなく、ワカナ自身のために、そうしなきゃいけないように感じる。
車を降りたワカナが、近付いてくる。
振り向かなくてもわかる。自分の運命と向きあう覚悟を決めた顔。
肩に手が触れる。気持ちが流れ込んでくる。
わかってる。
あなたのことは私が守る。
「……ようやく揃ったみたいね……」
男の口から、女の声が聞えた。
「ええ、来たわよ」
ワカナが答えた。
「何を企んでいても無駄。あんたの言う通り、こっちは全員勢ぞろいだしね」
「企んでなんか、いないわ。私はあなたたちと、最後にもう一度話をしたかっただけ」
「最後?」
「そう、あなたたちとお喋りするのはこれが最後。だから主な全員が集まるのを待っていたの。シン、ワカナ、R、ガール、そしてブラック……。ここにはいないけれど、ミニライガーブラックがいるなら、たぶん、どこかで聞いているはず……よね?」
男……ルメージョの視線がミニブラックに向けられた。
「会うのは始めてよね、ブラックの坊や。可哀想に。生まれたばかりなのに、もう死んじゃうなんてね」
「なんだとおっ!?」
「もうすぐダマクラカスンが目覚めるわ。そうなれば、もう私だけのやり方はできない。あなた方は全員、引き裂かれて死ぬ」
「ふざけんな! オレ様が負けるわけね~だろ!!」
「元気のいい坊やね。さすがブラックの分身。でも……目覚めるのはダマクラカスンだけじゃない。『彼ら』に、あなたたちは勝てないわ」
全員が緊張した。
ジャークは、こちらの動きを全て見ていたはずだ。ブラックが得た、あの力も知っているはずだ。
『彼ら』とは、それをも上回るというのか。それほどの力を蓄えているというのか。
人知を超えた力と力のぶつかりあい。それが自分たちが暮らしている場所で起こる。
ワカナは、見知った景色が次々と吹き飛んでいく光景を思い浮かべ、背筋に冷たいものを感じた。
それでも、折れるわけにはいかない。ワカナは声を搾り出した。
「……だから……何? 降伏しろって言うの!?」
「私はどうでもいいの。でも『私』が気にしているのよ。だから最後のチャンスを与えてあげる。肉の身体なんか忘れて、こちらに来なさい。善も悪も関係ない。もっと純粋になるのよ。そうすれば再会できる。いえ、1つになれる」
戯れ言だ。
イエスと答える者がいるわけもない。
けれどワカナは、涙を止められなかった。
ナツミがいた。
ルメージョに取り込まれながらも、まだ生きてる。
私たちのことも覚えているんだ。私の声も、きっと届いている。
「そう、確かに『ナツミ』はまだ私の中にいる。でも、もういなくなる。いくら泣いても『ナツミ』は戻ってこないわ」
ワカナが顔をおおって、うずくまった。
イバガールは一瞬、駆け寄ろうとしたが、すぐに踏みとどまった。
ワカナの『想い』が伝わってくる。
ナツミ。ナツミ。そこにいるんだね。心配かけてごめん。わがままでごめん。でも嬉しい。あなたがいてくれて。ありがとう、生きていてくれて。
「無駄よ、ワカナ。呼びかけても、もう遅い。これは儀式なの。私と『私』が完全に1つになるための儀式……」
ワカナはうずくまったままだ。その背中にルメージョの声が降り注ぐ。
「ふふ、感じるわ。『私』が小さくなっていくのを。あきらめたのね。『私』はまもなく消える。耐えられなくなって溢れ出す。それを味わってあげる。あなたとナツミの絶望をね」
ワカナは動かない。
シンが寄り添った。だが何も言わない。ただ、そばにいるだけだ。
「シン、あなたも一緒に泣いてくれるの? そうよね、あなたを愛しているかもしれない女が消えていくんだもの。それを救うこともできない。『私』は失望しているでしょうね。弱い男。何も出来ない男」
「うるせぇな。少し黙ってろ」
「あら、気に障った?」
「いいや。てめぇが言ってることは何もかもデタラメだ。てめぇは人間を何もわかってねぇ」
「なんですって?」
「ナッちゃんは頭はいいが、器用じゃないんだよ。だからこそオレやワカナのことで悩んでたんだ。白黒ついたらスッパリと忘れるなんてことができないから、笑ってオレたちとつるんでたんだ。それに気づかなかったオレも相当バカだが、テメェほどじゃねぇ」
シンの言葉とともに、ワカナが立ち上がった。
うつむいたままだ。
けれど。
「来た」
Rがつぶやいた。
「ええ、けど、まさかこんなに……。これがワカナの……人間の力なのね?」
ガールは自分の身体を見つめた。
信じられない。全身に、いや、この空間に凄まじいほどの感情エネルギーが溢れ始めている。
「へへ! 来たぜ来たぜ! 『ねぎ』のときと同じだ! こいつはたまんねぇな!」
ミニブラックがはしゃいだ。
無理もない。今なら誰にも負ける気がしない。
「な、何? このパワーは!?」
ルメージョの声に、動揺が走った。
シンとワカナは、並んで立っているだけだ。
だが、二人を中心にエモーションが、渦を巻いているのが感じられる。
周囲と共鳴して、爆発的に高まっていく。一方、ルメージョの波動は弱まりつつある。
ワカナが顔を上げた。もう泣いてはいない。
表情は、ここに来たときと同じ……いや、さっきよりもずっと強い意思に満ちあふれている。
「……私は絶望なんかしない。ナツミも……。ナツミは今も戦ってる。それがよくわかった。だったら泣いてなんかいられないわ。アンタが……ジャークが何をしようと、私は絶対引かない! 必ずナツミを取り返すっ!!」
ワカナが叫んだ。
その瞬間、操られていた人々がガクガクと震えだした。
「そぉおおだぁあああああ!! オレは帰るんだぁあああああ!!」
「もう、いやだ~~~っ! ジャークなんか、やめてやるぅうう!!」
固まっていた人々が口々に叫び出した。
「な、何? 戦闘員が私のコントロールに逆らうなんて……そんなバカな!?」
「バカはテメ~だ、ルメージョ」
シンが、ワカナの手を握った。
「オレは感じるぜ。もう一人の温もりをな。ナッちゃんはいる。今、ここに。エモーションの流れが、それをオレたちに伝えている。それならっ!!」
二人の『想い』が煌めき、ルメージョの波動を打ち消していく。
その光に、ルメージョ自身が反応した。
身体の中から、わずかながらエモーション・ポジティブが生まれようとしている。戦闘員たちの制御が乱れたのは、このせいか。
バカな。『ナツミ』は消えかけていたはずだ。もうあきらめていたはずだ。
二人をかばうように、3人のイバライガーが前に出た。
R、ガール、ミニブラック。
3つのエキスポ・ダイナモの輝きが、周囲を照らす。
「……ルメージョ、お前はミスを犯した。ナツミさんが今も存在していることを、お前と戦っていることを確信させてしまった。シンたちに火をつけてしまったんだ!」
「そう、儀式は失敗よ、ルメージョ。ナツミさんの想いも、私たちに届いている。小さくても消えない光はあるのよ。その『想いの力』がどれほどのものか、必ずアンタに思い知らせてあげるわっ!!」
「何だかわからね~が、そういうコトらしいぜ。ジャークのオバちゃん!」
「オ、オバちゃんですってぇええ!?」
「うるせぇ! 来るなら来やがれ!! 全員オレ様がブッ飛ばしてやるぜっ!!」
ミニブラックの叫びと共に、3人のエキスポ・ダイナモから、パワーが解放される。
光が、周囲を包んでいく。
広がる輝きの中で、シンは叫んだ。
「ルメージョ! オレたちの想いの光が、いつか必ず貴様らを……ジャークを打ち消すっ!! そしてナツミを取り戻す!!」
ED(エンディング)
その夜、人々は巨大な光のフィールドを目撃した。
最近増え始めていた夢遊病のようにさまよう者たちが、その光を浴びて倒れるのを見た者もいた。
倒れた者たちの表情は、安らかだった。
次回予告
■第13話 裏切りの報酬/PIAS登場
イバライガーたちからフィードバックされた技術で生みだされたTDF専用の量産型コンバットスーツ。その名は「PIAS(ピアス=パーソナル・イバライガー・アーマード・スーツ)」。PIASを手に入れたTDFは、早速、その実戦テストを始めるの。イバライガーの技術がどう使われるのか、目が離せないシンとイバライガーRは密かにTDFを見張るんだけど……
さぁ、みんな! 次回もイバライガーを応援しよう!! せぇ~~の…………!!
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