小説版イバライガー/第12話:還るべき場所(後半)

2018年2月23日

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Bパート

 整備された地域から少し外れると、周囲はたちまち闇になる。

 街灯など、どこにもない川沿いだった。周囲は田んぼで、その先は、どの方向を向いても黒々とした森がどこまでも続いている。
 月明かりと遠くの街の灯のおかげで輪郭がうっすらとわかるが、自分たちの周囲は黒だけだ。

 真上を、まだ工事中の道路が通っている。
 これが開通すれば、道路を照らす灯がここにも届くようになるだろう。
 早く開通してくれ、とシンは思った。
 いや、どこかに出掛けたいというわけじゃない。ただ……。

「この辺でいいはずだよ~~~」
「そっか~~、サカナいるかな~~~」

 バカにされてしまった青年と、バカになりきったマーゴンが、間の抜けた会話をしている。
 シンも調子を合わせているが、誰かにウケるためならともかく、誰もいない夜の田んぼでバカ芸やっているというのは、とてつもなく空しい。
 もうジャークでもいいから、誰か出てきてくれと叫びたくなる。

「集まるのは、ここでいいのかぁ~~~?」
「いいんだ~~、たぶん~~~」

 た、たぶんだとぉ?
 思わず声に出しそうになったが、グッとこらえた。
 思考するな、バカだ、バカになりきるんだ。

 それでもジレてくる。
「ま、満月はもぉ『上のほう』じゃないのかぁ~~?」
「ちがう~~、アレはまだ『上っぽい』だけ~~」
「そう、上っぽい』だけ~~、シンってバカ~~~」

 お、おのれぇええええっ!!
 い、いや、落ち着け、落ち着くんだ。

 ワカナに任せなくてよかった。アイツなら、もう絶対にキレている。
 とにかく今は、このニーサンが『上のほう』だと思う時が来るまで、ここでワサワサとうごめいているしかない。

 月光から隠れるように、3人のバカは河岸で無意味にウロウロし続けていた。
 まるで『死霊の盆踊り』だ。こんな動画、シュールすぎて誰も視聴しないぞ。

 


 突然、オニイサンの動きが止まった。
「上のほうになった~~~~」

 さっきとドコが違うのか、全然わからない。
 ジャーク化した者にしかわからないナニカがあるのか?

「お~~、上のほ~だ~~」
 マーゴンも言ってる。ジャーク関係ないのか?

「みんな、来てる~~~」
「来てる~~~」

 何だと? バカになってたから接近の気配に気づかなかったのか。いや、気づいてないのオレだけ?
 もしかしてコイツらよりオレのほうがバカなのか? うわぁあああ、すっげぇ悔しい。

「でも、隠れてたらドコにいるかわからないぞ~~、どうすんだ~~?」
 冷静さを失いつつあるシンに代わって、マーゴンが問い掛けた。
 こういうときでもペースを乱さないのがマーゴンの強みだ。

「だいじょ~ぶ~~、秘密のサインがある~~~」
 オニイサンが、月光の下に出ていった。
 空に向かって腕を伸ばした。
 人さし指を立てる。

「脱走して帰るヤツ~~、この指とまるくじゃ~~~」

 どこが合言葉だよ!? とツッコみかけたとき、周囲がザワめいた。何かが動いている。
 目を凝らす。道路をキジが横切っていった。

 ホッとした、と思った瞬間、橋桁の壁に張り付くナニカが視界に入った。
 ずるずると降りてくる。べしゃっと地上に落ちる。そのまま這いずってくる。
 同時に、田んぼの中から、木立の中から、仮設トイレの中から、次々と影が現れた。

 生気のない表情。うめき声。ノタノタとした動き。
 まるでゾンビの群れだ。予想していなければ相当怖い。いや、予想していても怖い。

「くじゃ~~」
「くじゃ~~」

 あ、挨拶しているのか?
 マーゴンも普通に「くじゃ~~」している。

 全員がシンのほうに向き直った。近付いてくる。
 やめて。這いずるのやめて。

「く、く、くじゃ……」
 なんとか声を出した。大丈夫っぽい。

 集まってきたジャークは8名ほどだ。
「こ、これで全員なのか~~~?」
「わからない~~、でも今はこれだけ~~~」

 たった8人。行方不明者の数は、この数百倍だろう。
 本当はジャークに囚われている全員を助けたい。
 だが、大半の人間はジャークの支配下にある。嫌だと思いながらも支配に逆らえない者も多いだろう。
 戦いの中で取り返していくしかないのだ。

 ジャークたちは、小さな声でボソボソとうめいていた。

 帰りたい、戻りたい。
 母に、妻に、恋人に、子供に、友に、会いたい。
 帰らなきゃ、帰らなきゃ。

 いつまでも繰り返す。

 闇でうごめき、つぶやく者たち。
 恐ろしい光景のはずだが、シンは彼らの声に希望を感じた。

 この想いが、彼らを支えてきたのだ。
 まともな思考力さえ奪われて、しかしそれでも想いを捨てなかった。
 何が何でも『元の場所』に帰る。生き抜く。

 この想いこそが、人間の強さだ。

 シンは、つぶやく群れに近付いて、オニイサンの肩をたたいた。
「……必ずあんたらを、待っている人の元へ届けるからな……」

「……それは……あなたたち次第……ね……」

 男の声ではなかった。背筋が凍りつく。

 ゆらゆらとした動きが止まっている。うめき声も、消えている。
 闇の静寂の中で、人々がゆっくりと振り返った。

 


 R、ガールが飛び出すのと同時に、ワカナはアクセルを踏んだ。
 タイヤがスリップして白煙をあげる。かまわず強引に加速していく。

 マイクロバスだった。
 脱出した人々を乗せるために用意したのだ。

 交差点を突っ切った。信号のない深夜の田舎道。
 砂利に乗ったタイヤが横滑りして、路肩の『マムシ注意』の立て札にぶつかる。
 サイドミラーが砕けたが、知ったことではない。

 シンたちが目標と接触した。
 そして気配が変わった。

 やはり出てきた。

『ナツミ』の身体を乗っ取ったジャーク四天王。
 氷の女帝、ルメージョ。

 あの戦い以来、一度も接触していなかったが、その存在は感じていた。
 どこかで見ている。その視線をいつも感じていた。

 坂道を駆け降りた。ギャップで車体が跳ねる。もうシンたちが見えるはずだ。Rやガールはとっくに着いているだろう。
 ルメージョのことは考えても仕方ない。どんな罠があったとしても、私たちはここに来るしかなかった。

 それに……おそらく今夜は戦いにはならない。

 ルメージョが会いたがっている。
 ワカナは、何故かそう感じていた。

 


「下がれっ、シンッ!!」
 Rは、シンたちとジャークの間に急降下した。
 ほぼ同時にガールとミニブラックが、周囲を包囲するように降下する。

「やはり出てきたな、ルメージョ! この人たちは渡さないぞっ!!」
 構えた。だが、人々は無反応だ。

「さっきからそうなんだよ。コイツら固まったままで、全然動かないんだ」
 後ろから近付いたマーゴンが、耳元でささやいた。

「どういうこと?」
 警戒しながらガールが訊ねた。
「たぶん……待っているんだ。オレたちが揃うのを」
 シンが後ろを振り返りながら答えた。

 ヘッドライトが近付いてくる。
 ワカナだ。

 イバガールは不安を感じた。
 ルメージョは危険な相手だ。力づくではなく、心を壊しに来る。シンやワカナに一番近づけたくない相手だ。
 ルメージョが何を考えていようが、今すぐ先制すべきではないのか。
 私が動けば、Rは必ずタイミングを合わせてくれる。何もさせないまま、一気に圧倒してしまえば……。

 それでもガールは動かなかった。
 何故かはわからない。

 だが、どれほど危険でもワカナはルメージョと向き合わなきゃいけない気がする。
 ナツミさんを取り返すためというだけではなく、ワカナ自身のために、そうしなきゃいけないように感じる。

 車を降りたワカナが、近付いてくる。
 振り向かなくてもわかる。自分の運命と向きあう覚悟を決めた顔。
 肩に手が触れる。気持ちが流れ込んでくる。

 わかってる。
 あなたのことは私が守る。

 


「……ようやく揃ったみたいね……」
 男の口から、女の声が聞えた。

「ええ、来たわよ」
 ワカナが答えた。

「何を企んでいても無駄。あんたの言う通り、こっちは全員勢ぞろいだしね」
「企んでなんか、いないわ。私はあなたたちと、最後にもう一度話をしたかっただけ」
「最後?」

「そう、あなたたちとお喋りするのはこれが最後。だから主な全員が集まるのを待っていたの。シン、ワカナ、R、ガール、そしてブラック……。ここにはいないけれど、ミニライガーブラックがいるなら、たぶん、どこかで聞いているはず……よね?」
 男……ルメージョの視線がミニブラックに向けられた。
「会うのは始めてよね、ブラックの坊や。可哀想に。生まれたばかりなのに、もう死んじゃうなんてね」
「なんだとおっ!?」
「もうすぐダマクラカスンが目覚めるわ。そうなれば、もう私だけのやり方はできない。あなた方は全員、引き裂かれて死ぬ」
「ふざけんな! オレ様が負けるわけね~だろ!!」
「元気のいい坊やね。さすがブラックの分身。でも……目覚めるのはダマクラカスンだけじゃない。『彼ら』に、あなたたちは勝てないわ」

 全員が緊張した。
 ジャークは、こちらの動きを全て見ていたはずだ。ブラックが得た、あの力も知っているはずだ。
『彼ら』とは、それをも上回るというのか。それほどの力を蓄えているというのか。

 人知を超えた力と力のぶつかりあい。それが自分たちが暮らしている場所で起こる。
 ワカナは、見知った景色が次々と吹き飛んでいく光景を思い浮かべ、背筋に冷たいものを感じた。

 それでも、折れるわけにはいかない。ワカナは声を搾り出した。
「……だから……何? 降伏しろって言うの!?」

「私はどうでもいいの。でも『私』が気にしているのよ。だから最後のチャンスを与えてあげる。肉の身体なんか忘れて、こちらに来なさい。善も悪も関係ない。もっと純粋になるのよ。そうすれば再会できる。いえ、1つになれる」

 戯れ言だ。
 イエスと答える者がいるわけもない。

 けれどワカナは、涙を止められなかった。

 ナツミがいた。
 ルメージョに取り込まれながらも、まだ生きてる。
 私たちのことも覚えているんだ。私の声も、きっと届いている。

「そう、確かに『ナツミ』はまだ私の中にいる。でも、もういなくなる。いくら泣いても『ナツミ』は戻ってこないわ」

 


 ワカナが顔をおおって、うずくまった。
 イバガールは一瞬、駆け寄ろうとしたが、すぐに踏みとどまった。

 ワカナの『想い』が伝わってくる。

 ナツミ。ナツミ。そこにいるんだね。心配かけてごめん。わがままでごめん。でも嬉しい。あなたがいてくれて。ありがとう、生きていてくれて。

「無駄よ、ワカナ。呼びかけても、もう遅い。これは儀式なの。私と『私』が完全に1つになるための儀式……」
 ワカナはうずくまったままだ。その背中にルメージョの声が降り注ぐ。

「ふふ、感じるわ。『私』が小さくなっていくのを。あきらめたのね。『私』はまもなく消える。耐えられなくなって溢れ出す。それを味わってあげる。あなたとナツミの絶望をね」

 ワカナは動かない。
 シンが寄り添った。だが何も言わない。ただ、そばにいるだけだ。

「シン、あなたも一緒に泣いてくれるの? そうよね、あなたを愛しているかもしれない女が消えていくんだもの。それを救うこともできない。『私』は失望しているでしょうね。弱い男。何も出来ない男」

「うるせぇな。少し黙ってろ」
「あら、気に障った?」
「いいや。てめぇが言ってることは何もかもデタラメだ。てめぇは人間を何もわかってねぇ」
「なんですって?」

「ナッちゃんは頭はいいが、器用じゃないんだよ。だからこそオレやワカナのことで悩んでたんだ。白黒ついたらスッパリと忘れるなんてことができないから、笑ってオレたちとつるんでたんだ。それに気づかなかったオレも相当バカだが、テメェほどじゃねぇ」

 シンの言葉とともに、ワカナが立ち上がった。
 うつむいたままだ。

 けれど。

 


「来た」
 Rがつぶやいた。
「ええ、けど、まさかこんなに……。これがワカナの……人間の力なのね?」

 ガールは自分の身体を見つめた。
 信じられない。全身に、いや、この空間に凄まじいほどの感情エネルギーが溢れ始めている。

「へへ! 来たぜ来たぜ! 『ねぎ』のときと同じだ! こいつはたまんねぇな!」
 ミニブラックがはしゃいだ。
 無理もない。今なら誰にも負ける気がしない。

 


「な、何? このパワーは!?」
 ルメージョの声に、動揺が走った。

 シンとワカナは、並んで立っているだけだ。

 だが、二人を中心にエモーションが、渦を巻いているのが感じられる。
 周囲と共鳴して、爆発的に高まっていく。一方、ルメージョの波動は弱まりつつある。

 ワカナが顔を上げた。もう泣いてはいない。
 表情は、ここに来たときと同じ……いや、さっきよりもずっと強い意思に満ちあふれている。

「……私は絶望なんかしない。ナツミも……。ナツミは今も戦ってる。それがよくわかった。だったら泣いてなんかいられないわ。アンタが……ジャークが何をしようと、私は絶対引かない! 必ずナツミを取り返すっ!!」

 ワカナが叫んだ。
 その瞬間、操られていた人々がガクガクと震えだした。

「そぉおおだぁあああああ!! オレは帰るんだぁあああああ!!」
「もう、いやだ~~~っ! ジャークなんか、やめてやるぅうう!!」

 固まっていた人々が口々に叫び出した。

「な、何? 戦闘員が私のコントロールに逆らうなんて……そんなバカな!?」

「バカはテメ~だ、ルメージョ」
 シンが、ワカナの手を握った。

「オレは感じるぜ。もう一人の温もりをな。ナッちゃんはいる。今、ここに。エモーションの流れが、それをオレたちに伝えている。それならっ!!」

 二人の『想い』が煌めき、ルメージョの波動を打ち消していく。
 その光に、ルメージョ自身が反応した。

 身体の中から、わずかながらエモーション・ポジティブが生まれようとしている。戦闘員たちの制御が乱れたのは、このせいか。
 バカな。『ナツミ』は消えかけていたはずだ。もうあきらめていたはずだ。

 二人をかばうように、3人のイバライガーが前に出た。
 R、ガール、ミニブラック。
 3つのエキスポ・ダイナモの輝きが、周囲を照らす。

「……ルメージョ、お前はミスを犯した。ナツミさんが今も存在していることを、お前と戦っていることを確信させてしまった。シンたちに火をつけてしまったんだ!」

「そう、儀式は失敗よ、ルメージョ。ナツミさんの想いも、私たちに届いている。小さくても消えない光はあるのよ。その『想いの力』がどれほどのものか、必ずアンタに思い知らせてあげるわっ!!」
「何だかわからね~が、そういうコトらしいぜ。ジャークのオバちゃん!」
「オ、オバちゃんですってぇええ!?」
「うるせぇ! 来るなら来やがれ!! 全員オレ様がブッ飛ばしてやるぜっ!!」

 ミニブラックの叫びと共に、3人のエキスポ・ダイナモから、パワーが解放される。
 光が、周囲を包んでいく。

 広がる輝きの中で、シンは叫んだ。
「ルメージョ! オレたちの想いの光が、いつか必ず貴様らを……ジャークを打ち消すっ!! そしてナツミを取り戻す!!」

 

ED(エンディング)

 その夜、人々は巨大な光のフィールドを目撃した。

 最近増え始めていた夢遊病のようにさまよう者たちが、その光を浴びて倒れるのを見た者もいた。
 倒れた者たちの表情は、安らかだった。

 

次回予告

■第13話 裏切りの報酬/PIAS登場
イバライガーたちからフィードバックされた技術で生みだされたTDF専用の量産型コンバットスーツ。その名は「PIAS(ピアス=パーソナル・イバライガー・アーマード・スーツ)」。PIASを手に入れたTDFは、早速、その実戦テストを始めるの。イバライガーの技術がどう使われるのか、目が離せないシンとイバライガーRは密かにTDFを見張るんだけど……
さぁ、みんな! 次回もイバライガーを応援しよう!! せぇ~~の…………!!

(次回へつづく→)

(第11〜12話/作者コメンタリーへ)

 


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