広告漫画家物語10:宿命のライバルとの再会

2018年2月22日

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営業って、どうやってやればいいんだろ?

 大勢の善意のおかげで絶望から立ち直れたボクは、再び仕事に取り組み始めた。

 当面は、みんなが回してくれた仕事があるので、まずソレに集中。
 作りながら、ソレらをやり終えた後のコトを考え続けた。

 これからは「自分の足で立つ」ことにしたわけだけど、そうなるために欠かせないのが「営業活動」というヤツだ。

 つまり、お客を見つける、つかまえるという部分。

 漫画であれ、デザイン物であれ、作る段階まで行けば、多少の自信はある。
 ナンダカンダ言っても、この時点までで20年以上の業歴がある。
 それなりの経験は積んでいるし、成功体験もある。

 人より抜きん出ているとは思わないけど、それなりにやっていける程度の自信はあるんだ。

 問題は、その前。
 お客とどうやって出会うか、という部分。

 ソコが苦手だから、誰かと組もうとすることが多くて、そのせいで足元を掬われてきたんだから、セールスという課題に自分で向きあわなきゃ根本的な解決にならないんだよね。

 だいたい、自分でセールスしてないと「仕事」は手に入っても「客」は手に入らないんだ。
 事業をやっていく上では、その場その場の「仕事」よりも「客」を押さえているほうがずっと強い。

「自分で立つ」ってコトは「自分で事業する」であって、そのためには仕事じゃなくて客を掴まなきゃならないと思った。

 営業の人に売ってもらってるだけじゃ、その営業の思惑の内側でしかやれない。

 けれどボクは必ずハミ出す。
 自分のやりたいモノを持っている限り、誰かの思惑の中にずっといることはできない。
 だから、ある段階になると崩れちゃうんだ。

 ボクが「ボクのやりたいこと」をやるには、ボクの思いを受け止めてくれる「ボクの客」がどうしても必要だ。

 けどねぇ。

 漫画家とかデザイナーとかっていうのは、ようするに職人で、営業のプロじゃないんだよねぇ。
 セールスの仕方なんか全然わからん。
 ホントにねぇ、営業の人たちって、どうやってお客との接点作ってんだろ?

 かつて、付き合いのあった営業の上手い人を思い出してみた。

 デザイナーになりたてで何もわからない頃に、ヤケクソで考えた漫画企画をけっこう売り込んでくれた凄腕の営業さん。
 女性で、これぞキャリアウーマンって感じで、お世話になったプランナーさんとも仲が良く、ボクは彼女に随伴して客先にプレゼンに赴くことも多かった。

 彼女は本当にスゴ腕だった。

 銀座界隈を一緒に歩いていると、彼女が立ち止まる。
 何気なくビルを見上げている。
 どこかの会社の看板。

「この会社、売り込めそうなニオイがする。ちょっと待ってて」

 そう言って中に入っていく。
 ボクはポカ~ンとして待っている。

 ニオイって何!?
 そんな唐突に知らない会社に入っていって、広告の注文取れたりするモンなの?
 ありえないでしょ。

 とか思っていると、彼女が出てくる。
 待ってたのは5~6分くらいだ。

「明日、企画出すことになった。今夜ヨロシクね」

 ええええええええぇぇえええっ! マジ!?

 仕方なく、徹夜でプレゼン版を作ってやる。まだ半信半疑だ。
 けど、彼女はしっかりモノにしちゃうのだ。化け物か。

 とても同じ真似はできない。
 だってニオイなんか、わかんないもん。

 もう一人、思い出してみる。

 ボクがそこそこデザイナーに慣れた頃にいた後輩。

 コイツは先のキレ者女性とは、まったく反対。
 ホントに学校通ったのかと聞きたくなるほどボケている。

 ボクがスキーで足の靭帯を傷めてギブスしてたときに「わ~、うるのサン、ジンタイ怪我したの?」と聞いてきた。

「……お前、ジンタイって何だかわかってんの?」
「そりゃ知ってるよぉ。人のカラダでしょ」
「そりゃ人体だよ! 人体以外のドコを怪我するってんだよ!? 怪我したのは靭帯!!」

 そんなヤツなのだ。敬語もロクに使えない。
 上司だろうが、お客だろうが、誰でもタメグチ。こりゃダメだと思ったもんだ。

 ところが、コイツが売るのだ。稼ぐのだ。

 タメグチでオッチョコチョイでドジだらけだけど、憎めない。
 上司にもお客にもよく叱られるけれど、ほっとけないせいで可愛がられる。

 当時最大の額面の仕事を取ったのはソイツだった。
 額面が大きすぎて、普段使っている伝票では桁が足りないような仕事だ。
 ボクは、あきれるべきか、感心すべきか、とまどったものだ。

 ……う~ん。これは完全にキャラ勝ちだよなぁ。
 やっぱり真似できない。ボク、靭帯の意味知ってるし(苦笑)。

自力でやるにしても、やっぱパートナーは必要

 とにかくスゴい奴らってのはフツーじゃない。
 ボクもフツーではない気がするけど、トンガってる部分が違う。

 仮にボクが努力して、彼らのような「営業トンガリ」を身に付けられたとしても、それをやったらボクの売りになっていた「制作トンガリ」がへこんじゃうに決まってる。

 それじゃ本末転倒。
 つ~か、そういうのやりたくない人たちが制作者、創作者だと思うしなぁ。

 でもまぁ、職人は職人なりの営業の仕方ってモンがあるだろう。
 それを研究して、工夫して、少しずつでもいいから「ボクの客」を増やしていくしかない。

 何年かかるか、わからない。何年経ってもダメかもしれない。
 それでも、そうするしかない。
 コツコツ積み上げないで、一気にラクに登ろうとして、その度に転がり落ちてきたんだから。
 同じ過ちを繰り返したくないなら、愚直にやるしかないんだ。

 とはいえ。

 積み上がるまでは、どうする?
 今回ボクを助けてくれた人たちに、おねだりし続ける?

 いやいや、そんなコトしたら、もう助けてくれるわけがない。
 ボクが自分の足で立てるようになると思ってくれたから助けてくれたんだから。
 寄りかかったりしたら幻滅して見放すに決まっている。
 それじゃボクに期待してくれた人々に申し訳が立たないじゃないか。
 信じていいけど、頼っちゃいけない。

 いずれにせよ、今は、自力営業だけでは生活を支えられない。
 将来的にも自力営業だけでやっていくのは無茶っぽい。

 一人の力だけでやっていけるなどと考えるのは思い上がりとしか思えない。

 自力でやるっていうのと誰も信用しないってのは違う。
 依存したり逃げ回ったりはしないにしても、パートナーも必須なんだ。

 ただし、今度こそ腰の据わった相手じゃないとダメだ。
 自分自身の志があって自立できている人。ぶっちゃけボクがいなくてもやっていける人。
 そういう人でないと、また前と同じになっちゃう。
 そういう人に認められて「オマエがいなくてもやっていけるけど、オマエがいたほうがもっといい」と思われなきゃならない。

 そんなことを考えながら、インターネットで色々な制作会社を調べ、取引できそうな会社にメールした。
 とりあえずは当面の仕事を確保しなきゃならないもんね。
 パートナー探しは気長にやるしかないもん。誰でもいいわけじゃないんだから。

 このときは100件くらいメールしたかな。
 一律の定型文じゃないよ。それぞれの会社の事業内容や今後の目標などを調べて、それに自分がどう役立つかといった具体例を1社ごとに書いては送り、書いては送り。とにかく自分はこんな経歴で、こんなコトができますと売り込んだの。

 返信があったのは3割くらい。
 実際に仕事につながったのは5~6社ってトコだったから、まずまずだったと思う。
 一方的な売り込みメールやDMでの反応率って、普通は小数点以下のパーセンテージだからね。

 そして、このとき接触を試みた中に、その後、今日までボクの最も重要なパートナーになる相手がいたんだ。

運命が呼び寄せた宿命の男!!

 その会社に連絡したのは、たまたまだった。

 地元のWEB専門の制作会社。
 そういう会社は馬に食わせるほどあるけど、これまでの経験で胡散臭い会社が多いことも知っていたから、ソッチ系にはあまり積極的に声をかける気がなかったの。

 そもそも、ほとんどの制作会社って、自社のWEBは雑すぎるんだよ。
 ただ「ある」ってだけで、ロクなことが書いてないから、経営者のビジョンとかわからないの。
 もしかして、ないんじゃないのかビジョン?

 けど、その会社のサイトには、自分の考えなどがしっかり書かれていて、しかも共感できることが多かったんだ。

 ある意味、ボクに似てる。

 それで、実際に取引するかどうかは別として、ちょっと会ってみたい、良さそうな会社ならツバつけておきたいって思ったの。

 メールを送ったら、翌日電話が掛かってきた。
 これからスグに会いたい、そちらに訪ねていってもいいかと。
 OKすると、本当にすぐに来た。
 そして会って驚いた。

 ソイツは、かつてのライバルだったんだ。

 ボクがビデオ制作会社のWEB部門で、市町村を相手に連戦連勝してた頃に、ソイツが率いる会社は最大の仮想敵だった。
 なぜなら、彼のいた会社は茨城県のキモ入りで立ち上げられた、いわばお上のお墨付きの会社だったんだ。

 だからドングリの背比べなら、絶対に持っていかれてしまう。
 ちょっとだけイイという程度でもダメだ。なんせ向こうは県が推奨してるようなモンだから。
 市町村の役場なんてのは、そういうのに弱い。右へ倣えで終わってしまう。

 だからボクは必死だった。
 何が何でも圧倒的で明確な差をつけなきゃならない。
 いくらアッチを選びたくても、これだけ差があったらコッチを選ばざるを得ないと、そう思われなきゃならなかったんだ。
 それも価格競争じゃなくて質で。

 ボクにそれほどの力があったのかというと、そんなコトはない。
 そりゃ企むのは大好きだし、そこそこ経験値もあるから、そこそこにはやれるんだけど、常に同業者を圧倒するほどにズバ抜けていたわけがない。

 ただ、当時はWEB黎明期で、本当の同業者……デザインや企画をしっかり学んでキャリアを積んだ人は既存の広告界に留まっていて、WEB制作なんてのは山師の仕事だったのよ。

 だから対抗馬になるのは広告プランナーじゃなくて、システム系の会社たち。

 でもねぇ、WEBのHTMLソースなんて、プログラムっていうほどのモンじゃない。
 ボクがそうだったように、ちょっと学べば誰でも書ける。しかも当時のHTMLはすごく単純なモノしかない。
 CSSがどうの、DBがどうのといった時代じゃないんだ。

 一般的な通信速度だって、ものすごく遅い。
 ようやくISDNが出てきて、実測で毎秒3~4k程度のデータを読み込めるようになったくらい。
 なんせトップ画面の総容量を80kくらいまでにしておかないと重すぎて誰も見ない、なんて言われてたんだから。

 そんな時代だから、システム会社なんか全然怖くなかった。
 仕様書通りに作れるってだけ。プログラムにいくら詳しくても、広報を企画したり提案したりする経験はないんだから。
 しかも発注側はWEBがどんなモノかもロクに知らないから、仕様書なんか出てくるわけもないんだから。

 つまり「広報」っていう場である限り、ボクが圧倒的に有利だったの。
 だから圧勝できたんだ。
 先のプランナーの女性もいたしね。

 ただ、それでも油断はできない。

 特に、ライバルの「彼」がいた会社は、県のお墨付きってだけではなく「企画」をしてくる会社でもあったんだよ。
 ただ作るだけじゃない。独自の提案を盛り込んでくる。

 それでも、当時の「彼」はまだまだ未熟だった。
 ボクと同様、その会社のWEBチームの責任者だったのだけど、「彼」自身も広報のキャリアが浅かったんだ。

 素質はあるけど、まだ弱い。
 だから、いつも鼻の差でボクが勝つ。

 お互いに裏方だから、互いの名前は知らない。
 もしかしたら、どこかのプレゼン会場で顔を合わせたこともあったかもしれないけれど、覚えてはいない。

 でも、互いにいつも意識してた。
 この戦場(プレゼン)にはヤツがいる。どこかにいる。

「出来るようになったな、ガンダム!」ってなモン。
 向こうから見たら「赤い彗星だ、逃げろぉお!」って感じだったかも。

 その後、ボクは市町村ホームページの戦場からは離れてしまったが、彼はそこにしばらく残っていた。
 そしてボクが去った後は、彼の黄金期が来る。

 だいぶやりあって、彼も力をつけていたからねぇ。
 もう軒並みかっさらう感じで勝ちまくっていたらしい。
 ボクが抜けた後の「コピー企画で十分なビデオ会社」なんか、あっという間に蹴散らされていたなぁ。

 そうして数年後。ついに直接巡り合う日が来たわけだ。
 共に独立して、ボクは落ちぶれて、彼は小さいながらもしっかりした自分の会社の社長として。

 気付いたのは向こうが先。
 ボクのメールを読んで「ヤツだ!」と気付いたらしい。

 それで飛んできたわけだ。
 なんせボクの力量を一番よく知っていたのは彼だろうから。
 かつてのシャアがクワトロと名乗って売り込んできた、といったところか(笑)。

かつての敵が味方として再登場する展開を実際に体験!

 こうしてボクらは、力を合わせることになった。

 彼は制作現場からは身を引いていて、主に営業中心でやっていた。
 制作ではボクみたいにはやれないと思ったらしい。
 向いてない。モノづくりは好きだけど、企画したり提案したり指導したりといったコトのほうが、もっと好きなタイプなんだよね。
 それで早々に軌道修正して成功していたわけだ。
 ボクみたいに不器用じゃないんだよ。

 でもボクには、願ったり叶ったりだった。
 彼が売る、ボクが作る。それでいい。それがいい。

 いや実際、彼はスゴイ。
 よくもまぁ、こんなに上手く売り込んでこれるものだとアキレてしまうくらいに。

 そして彼もボクを買ってくれている。

 かつての強敵が味方になって再登場ってのは、漫画やアニメじゃありがちだけど、実際に体験した人は少ないでしょ。

 いやぁ、本当に頼りになるよ。

 どれほどの力を持っているか、よ~くわかっている。
 しかも今でもライバル的な気持ちは残っている。
 仲間ではあっても負けてたまるか。

 そういう気持ちがあるから、それが互いの能力の限界以上を引っ張り出す。

「お前の力は、そんなもんじゃねぇえええっ!!」というヤツ。
 そうやって競い合って力を伸ばしていく。
 まさに強敵と書いて友と読むって状態になるのよ。

 彼と再会したのは偶然ではあるけれど、必然でもあったろう。

 彼のWEBサイトでなければ、ボクは連絡しなかったと思うし、彼にしても連絡してきたのがボクでなければ、よくある売り込みってだけで終わっていたはずだ。

 ボクらは出会うべくして出会った。
 ボクがどん底に落ち込んで、そこから立ち直ろうとしたとき、そこに彼がいた。
 最大の敵が最大の味方となって出現した。

 ほんとに漫画みたいだ。
 ボク、広告漫画なんか描いてないで、自分の人生をコミック化したほうが売れたんじゃないのか?(笑)

デキる奴のやり口を間近で見て学ぶ日々

 これを書いている現在、彼とのパートナーシップはまだ変わらず続いている。
 互いの顔も知らずに戦っていた頃からだと、約20年。再会して仲間になってからでも15年。
 彼が結婚したときに友人代表で祝辞を読んだのはボクだ。
 すでに単なる仕事仲間ではなくなっているんだ。

 とにかくボクは強力なパートナーを得た。

 それは営業力のある奴を得た、というだけじゃないんだ。
 そばで、彼の営業を見れる。ノウハウも学べる。
 これがトンデモなく大きいの。

 どういう相手に、どんな形で近付いて、どういうふうに接触して、どうやって自分の客に取り込んでいくか。

 いや、ボクだって多少は営業をやってはいたから、ある程度はわかっていたんだけど、他人のソレを、しかもデキる奴のソレを、ライブで、間近で見れるというのは大きかった。ボクが一番悩んでいた「客との接点の作り方」も、目からウロコな方法で突破していく。

 いやぁ、本当に勉強になったね。

 もっともボクは営業専属じゃないから、彼のやり方をそっくりそのまま真似るというわけにはいかなくて、だから未だに仕事量そのものを大きく増やすというのは出来ないでいるんだけど、それでも「接点ができた相手」を取り逃すことは滅多になくなったし、足元を見られて泣き寝入りなんてのも、ほとんどなくなった。

 危ない客を危ないままにしておかない方法、危ない客に危ないことをさせない振るまい方というのかな、そういうのは彼の営業から学んだことが多いんだ。

 あとね、身体でぶつかるっていうか、身体を張るっていうか、そういう営業アピールとかも覚えたな。

 彼は売るためならホントに何でもやるって感じなの。
 ボクだって、奇抜な営業方法とかプロモーションを思いつくことは少なくないけど、ほとんどはバカ話。
 ただのジョーダンってだけで終わっちゃう。

 でも彼はソレを本当にやっちゃうのよ。

 例えば、この再会から2年後、ボクらが協同で、とあるWEB制作サービスを立ち上げたとき。

 二人で名付けたサービス名がね、なんとなくメキシカンな響きだったのね。
 それでボクが「いっそのコト、チョビひげ付けて、メキシカン・ハットかぶって、マラカスも持って営業に行ったら印象に残りそうだよね」って言ったら、翌日「二人分のメキシカン・ハットをヤフオクで入手した。100円ショップでチョビひげとマラカスも買った。これを使おう」って持ってきて、本当に二人で「う~~!マンボ!!」って感じで客先に出向いたんだから(そして、ちゃんと受注した)。

 いやボクもイタズラとか、おバカなコトは好きなんだけどさ。
 若い頃は白昼の路上でゲリラ麻雀したり、トイレットペーパーを長く伸ばして、町を「忍者の修業~~!」って言いながら駆け回ったり、アホなこといっぱいやってたんだけどね。

 でも、そういう悪ノリを商売に利用するってのは……ネタとして考えはしても実際にはやらないのが普通なんだけど……彼は「ウケそうだ」と思うと、躊躇なくやれちゃうんだよな。

 他にも二人で「WEB構築無料相談会」なんかも定期開催したりした。
 これもフツーの相談会じゃない。

 知り合いの喫茶店を借り切って会場にして、24時間眠らずにぶっとおしでやるの。
 お揃いのイベントTシャツまで作った。

 一応ね「夜のお仕事の人もいるから真夜中でも対応」って謳っていたんだけど、そんなのタダの口実。
 フツーじゃないことをやって目立つ。それが本音。

 ボクは「またまたウケ狙いのバカ企画っぽいな~。でもソコが面白いからいいや」って思ってたんだけど、これが本当に営業につながっちゃうから世の中わからない。
 本当に明け方の午前4時に訪ねてきた客がいて、そのお客はその後、ボクらコンビの代表的な成功事例と呼べるほどの成果につながっていったんだ。

 まぁ、それ以外にはね、相談客はパラパラとしか来ないんだよ。
 事前に地元の商工会議所とかね、そういうトコに頼み込んでビラを置いたり張り紙してもらったりはしたんだけど、それでも来ない。
 来るとしてもマトモな時間にしか来ない。そりゃそうだ、真夜中に何人も来るわけが……と思ってたら。

 来るんだ、予定外の来客が。
 夜中に強い同業者たちが、様子を見に来るの。

「お~、入れよ」と、深夜はいつの間にか業者同士の集いに。仲間や知人を連れてくる人もけっこういて、このときに知りあったコネクションは、その後に色々役立った。

 それに、パラパラとしか客は来ないものの、来た客の成約率はすごく高かった。6割くらいが実際に何らかの仕事につながる。アレコレ悩んでドタバタしてもお客に出会えなかったのに、たった24時間で3~4件もの新規受注。いや、スゲ~なって本当に思ったよ。

 調子に乗ってボクらは年に2回のペースで続けたんだけど、やっぱ眠いし、歳を取って身体が持たなくなるし……で、8回目でやめちゃった。
 その頃には、バカ企画やってる裏で彼が仕込んでいた他の営業企画が実り始めていたから。

 とにかく、バカっぽいことからガチなことまで、色々教わったと思う。
 向こうには教えているつもりはなかったと思うけど。

 互角のライバル。
 得意なジャンルが営業と制作に分かれているけど、相手の力を認め合っているから、お互いに学びあっていたという感じだったんだろう。

 ボクは制作者だからね、実際の制作作業ができない営業専属の人とは違ったアプローチや駆け引きもできる。
 そういうところをね、彼もまた盗んでいたと思うんだ。

それでもボクと彼には決定的な違いがある

 再会してから15年。
 彼は今もボクの最大のパートナーであり続けている。

 今の彼は、単なる制作業を超えて、企業の経営レベルまで立ち入って助言するコンサルタントという立場にもなってきていて、相変わらずの行動力でバリバリとやっている。会社も大きくなって、今や全国区。いや大したもんだよ。

 そして一方のボクは、挫けないでやってこれたというだけで、それほど大きくはなっていない。

 でも文句はないのよ。
 わかっていて、そうしてきたんだから。

 彼はビジネスに純粋なんだ。
 制作者同士として出会って、幾度もやり合ってきたけど、彼はビジネスで、ボクはワークスなんだよね。

 ビジネスに徹していれば、利益が出る方向に柔軟に変化していける。
 そうするのが正しい。お客の望む方向、お客がいる方向(潜在的需要も含む)に進んでいく。

 でもボクは、まず第一に「自分のやりたいコト」があるんだよね。

 世間の需要がどうだろうが「ココ」と決めた場所があって、ココでないならやりたくない。
 実際にはココでないこともたくさんやってるけど、それもココを守るためなんだ。

 だから、お客がボクに何を期待してくれようと、その方面の才能があったとしても「ココ」から離れることはできない。
「ココ」にいたままでやれる範囲までしかやれないんだ。

 目的のために手段は選ばん!とか言うけど、ボクはむしろ、その逆なんだよな。
 手段のほうが優先。
 漫画っていう手段が捨てられないから、目的のほうがアッチコッチになる。

 目的優先のフツーの人から見れば「なんでずっと足踏みしてんだよ。どんどん先に行けよ」っていう風に見えるんだろうなぁ。

 でも、ソッチには行きたくないんだよ。
 ボクはココがいいんだよ。
 ココにいるために今の仕事やってんだよ。

 だからココでいいんだ。ココでできることをやるんだ。

 ドン底体験をして、そういうことがハッキリとわかったから、ドンドン先に行く人を羨ましがったり妬んだりもしなくなって、開き直れたって感じ。

 ボクはず~っと、その開き直りができなかったんだ。

 割と早い段階から結婚=家族を意識していたから、家族を養う、みじめな思いをさせたくないっていう「現実」とも折りあわなきゃならず、だからこそボクは「ココ」を見失いがちだったと思うんだ。いや、誰でもそうなんだと思うけどね。

 家族のためにもなるんだから、ソッチもアリだ。
 諦めたり我慢したりじゃないぞ。それはそれでアリだから現実的な道に行くんだ。

 ……と思って、何かをやる。
 でも理屈で自分を説得させたつもりでも、身体が拒絶していたんだろうな。
 自分でも気付かないウチにチグハグになってたんだろう。

 だから失敗する。先に進みたい人になったつもりで、実は進んでない。
 ていうか、ココはココなりに進むんだけど、進むベクトルが決定的に違うから、周囲と合わなくなる。

 フツーの人は「彼」がそうであるように、稼ぐことが目的なんだよな。
 稼ぐために働いている。

 ボクみたいな人種は、そうじゃない。
 そりゃ稼がないわけにはいかないのだけど、稼ぐことだけに忠実にはなれない。
 忠誠を誓っているのは「自分が選んだ道=やりたいこと」のほうなんだ。

 だからフツーの人と同じようにバリバリやっているようであっても、実はズレている。

 フツーの人は、それなりに稼いで、それなりの場所を手に入れたら、そこを守ろうとする。
 食っていくのに困らない、そこそこ豊かな領地を手に入れたなら、もう戦争なんかしたくない、という感じなんだよね。

 ところがボクは、戦争そのものが好きなんだ。

 それなりの領地を掴むのは、そこを拠点にして、よりデカい戦争を仕掛けるため。
 常に戦争状態を望むようなもの。どこまで領地を広げても、きっと飢えは収まらない。
 敵を断ち割りたい、血を浴びたい、もっと戦わせろ、はぁはぁ。

 あ、いや、本当の戦争はキライだよ。
 ボクなんか最初に死んじゃうに決まってるもん。あくまでも比喩だからね。
 ボクは漫画だけじゃなくてデザイン物を作るのも好きだけど、いずれにしても「コンテンツを作り続けていたい奴」なんだよな。

 ウチのスタッフと、もしもの話をしたことがある。

「一生困らないン十億円をあげるから、もう二度と絵を描くな。落書きやラフスケッチやデザインも禁止。もしも一度でも約束を破ったら倍額返済」

 といった話を持ちかけられたら、これを受けることができるか、と。

 答えはスタッフもボクも「無理」だった。

 どうしても考えてしまう、描いてしまうに違いないから。

 それはボクらにとって空気みたいなモンなんだ。
 それができないと息苦しくなって耐えられなくなる。
 どんなにお金があっても、どうにもならなくなるに決まっている。
 一生どころか1年だって耐えられない気がする。

 そういうところがフツーの人とは決定的に違うんだと思うのよ。

フツーじゃないことを受け入れる生き方

 コンテンツを観るだけ、楽しむだけじゃ我慢できない。
 つ~か、それじゃ蛇の生殺しみたいなモンで、かえってキツイ。
 観て楽しむのは大好きだけど、同時に自分でもやりたい。
 やらずにいられない。

 それがボクらだ。

 だからフツーの人と同じ歩調には決してならない。
 フツーの人の側が
「奴等はそういう生き物なんだ。マトモじゃない。だけど時々は、そのマトモじゃない部分が役に立つから、奴が生息しやすい環境を与えて保護してやろう」
 とでも思ってくれない限り、無理なのよ。

 そして、そんな都合のいい展開はないんだ。
 フツーに稼ぎたいならオマエがフツーになれ。
 そう言われるのは当然。

 でも……フツーになっちゃったら、自分の稼げる部分もなくなっちゃうのよ。
 トンガっている部分で食ってきたんだから、ソコを削ってフツーになったらフツー以下にしかならないのよ。
 都合のいい環境で養ってもらうしかなくなるのよ。
 しかも役立たずになった上で。

 もっと、あり得ないじゃん。

 だからボクは、フツーじゃないときにしか使えないキャラなんだ。

 フツーの会社がフツーにやっていても、時にフツーじゃないナニカに出くわすことがある。
 フツーじゃやれないコトをやるしかないときがある。

 そういうときがボクの出番。
 フツーの中でフツーじゃない奴が生きていくというのは、そういうことなんだ。
 そういうことだと気付くのに20年近くかかって、迷惑かけたりドタバタしたりしてきたの。

 だからフツーに成長する人を羨んでも意味がないわけ。

 むしろ、フツーな場所でフツーじゃない奴が生き延びていられたことを喜ぶべきなんだと思うの。
 そして、フツーにスゴい奴と出会えて、フツーなコトも学べたおかげで、フツーを偽装して忍び寄って、フツーじゃない局面が来たときに本性を現すっていう「ボクなりの営業術」も覚えた。

 そして、その中から、後々の希望につながるような、ボクがずっと「そういう仕事をしてみたい」と思い続けてきたモノも生まれてきたんだ。

(「広告漫画家物語11」につづく→)

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。

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