小説版イバライガー/第11話:星守る犬(前半)
Aパート
遠くで声がする。
「こらぁああ! ちょっと待ってよぉ!!」
近付いてくる。
マーゴンは、マンガの続きに没頭している。ただしスナック菓子だけは無意識に素早く隠している。
「くぉらぁああ! 待たんかい、チビ共ぉおお!!」
もっと近付いてくる。
ワカナはアニメ映画から目を離す気配すら見せない。
画面では、ガンシップから飛び降りたユパ様がヘンテコな剣さばきでトルメキアの飛空挺を制圧しようとしているところだ。
「むわたんかぁああ~~~いいぃぃンぃンぃンぃン……」
声がドップラー効果で通りすぎていく。
シンは布団を頭からかぶって、何も聞えなかったことにして、さらに昼寝をし続けている。
カオリが怒鳴りながら駆け回るのは、このところ日課のようなもので、みんな慣れっこになっているのだ。
Rやガールでさえ、何も言わない。
犬である。
前回、イバライガーRが救った子犬を、そのまま基地で飼うことになったのだ。
ごく普通の人懐っこい子犬だが、一時はエモーション・ネガティブの影響で禍々しい姿に変貌していた。
ポジティブの力で浄化されたとはいえ、何かの影響が残っている可能性は十分にある。野放しにするわけにもいかず、ここに連れてきたのだ。
カオリは張り切っていた。
ジャークの謎に迫れるかもしれない。この子犬を調べることでイバライガーたちを手助けできるかもしれないのだ。
モニタを見つめて待っているだけじゃなくなる。私だってイバライガーチームの仲間。私の力でイバライガーたちを救うんだ。
そのためにも、カオリは何としても子犬の身体を詳しく調べたいのである。
だけど、子犬はすぐに逃げてしまう。
というよりも連れ出す者がいる。
ミニライガーたちだ。
特にミニライガーブラック。
あれ以来、ミニブラックは基地にいる。
「その子犬は、最初にオレ様が助けたんだからオレの子分だ! んで子分の家がここだってんなら、ここはオレ様の家ってことだ!!」
無茶苦茶なリクツだが、ミニブラックも放置できないのは同じ……というより、むしろ都合がいいわけで、シンもワカナも一瞬でOKして、いつの間にかミニブラックは基地の中で偉そうにしていて、ず~っと居座っているのである。
カオリは生活斑としての仕事も兼任しているから、ミニライガーたちの世話もするのだが、ミニブラックは全然言うことを聞かない。
そしてカオリを邪魔するように子犬を連れ出してしまうのである。それで連日の追いかけっこが始まるのだ。
子犬を抱いたミニブラックが角を曲がった。
「ふ、ようやく追いつめたわよ。その先は行き止まり! 所詮はお子様ねっ!」
追いかけて曲がる。
きゃうん? と子犬が見上げていて、あやうく踏みそうになった。
「ちょっとそこで待ってろよ、今、この壁をブチ抜いてやるからな」
「ブチ抜くな~~~~っ!!」
「ち、追いつきやがったか、妖怪食いすぎ女!!」
「誰が妖怪よ!? この黒チビ! 犬と遊ぶ時間はちゃんとあるでしょ! 今は検査してんだから邪魔しないでよ!」
さすがにうるさかったのか、ワカナが出てきた。
子犬をそっと抱き上げる。
「……大丈夫。こわくない」
「アニパロはいいから!!」
二人同時にツッコまれながら、ワカナは子犬をカオリに手渡した。
「仕方ないよ、ミニブラック。この子をカオリに任せてあげてよ。ジャークに取り憑かれていたんだから、この子のためにも、よぉく調べないと病気になっちゃうかもしれないし……ずっと飼うんなら、ゴハンもあげなきゃいけないし、トイレのしつけだってしなきゃ」
「……わかった。そういうのは下僕の仕事だしな。ねぎの世話はオマエらに任せるぜ」
「誰が下僕!?」
「ねぎ?」
「ああ、ソイツの名前だよ」
ムキ~ッと怒っているカオリを無視してミニブラックは答えた。
「なんで、ねぎ?」
「ったく、知らね~のかよ? 犬にネギは厳禁なんだ。食わせるとビョーキになっちゃうんだぞ。だから忘れないように『ねぎ』だ」
そ、そんな名付け方って……と思ったが、ここはミニブラックに話を合わせたほうがいい。
カオリはため息をつきながら、子犬を撫でた。
「……いいわ、あんたは今日から『ねぎ』よ」
カオリたちを見送って振り返ると、シンがいた。
Rとガールもいる。
「ワカナ、ちょっと話がある」
「何よ、アンタ寝てたんじゃないの?」
「Rに起こされた。あの子犬のことで、な」
「何? なんかヤバイの?」
「いや、そうとも言えない」
Rが口を挟んだ。
「だがミニブラックには、まだ言わないほうがいいだろう。カオリにも」
「……じゃ、シンの部屋に行こう」
「なんだよ、オマエの部屋でいいだろ?」
「ダメ。絶対にダメ」
ムキになるワカナをかわして、イバガールがひょいと部屋を覗いた。
「あ~~、これは男子禁制だわ」
「……オマエ、また下着出しっぱなしなんだろ?」
「い~から、さっさと行け!」
「だがシンの部屋も似たようなモンだったぞ。いいのか?」
「よくないから、さっさと片づけて!」
「ジャーク反応がある?」
「ああ、わずかだが、子犬の体内から感じる」
「それじゃ……」
「いや、この程度の反応なら誰にでもあるんだ。だから心配はいらない。ただ……」
Rが言い淀んだ。
「……エモーションによって変質してしまっている部分がある感じなの」
「変質? 身体が?」
エモーションには生体を変質させる何かがあることは分かっていた。
あのジャーク四天王『ダマクラカスン』は、かつてはティクス博士だったのだ。
それが、元の性質など微塵もない怪物に変貌してしまった。
ポジティブとネガティブ。同じ力の光と影。
ネガティブにジャークを生み出す力があるのならば、ポジティブにもまた、同様の力があるのかもしれない。
子犬を救ったとき、イバライガーたちのエキスポ・ダイナモは激しく反応していた。
それはジャーク化することを食い止めたというより、エモーション・ネガティブの影響を打ち消すほどのポジティブの放射で『こちら側に変質させた』ということなのかもしれない。
「あの子犬は、どうなるんだ?」
シンの問いに応えるように、ガールがシンのノートPCを見た。
スリープが解除され、モニタに子犬の全身を輪切りにしたようなMRI画像が次々に表示される。
「スキャンした限り、生体的には何ら問題はないみたいなのよ。腫瘍みたいなモノもないみたいだし、今のところはまったくの健康体なの」
「だけどエモーションの反応はあるわけか」
「同じだけど、持っているエネルギー値がちがう、って感じかなぁ?」
ガールがつぶやいた。
「その違いが、感情エネルギー……エモーションの影響によるものってこと?」
「私たちは、子犬をジャーク化から救うことはできた。だが、あのときのエキスポ・ダイナモの反応がなんだったのかは分からない……」
「うん、私たちが、というより、感情エネルギーそのものが何かの意思を示して、あの力を発動させたって感じだったもんね」
Rがブラックと戦ったときにも、似たような反応があったようだった。
戦闘中のメモリーを検証したが、最終的にブラックとミニブラックのシンクロによる『オーバーブースト』に破れたとはいえ、一時は、あのブラックさえ圧倒していた。
ブラックも、Rの中に眠っている力に気づいている。
あの戦いは、それを無理やり引っ張り出そうとした、ということなのだろう。
「あれは……何かの意思だったと思う。私の中に、誰かがいる。その想いと一瞬シンクロした。そういう感じだ。感情エネルギーそのものの意思と言ってもいいかもしれない」
「意思を持つエネルギー……か……」
「科学的には相当飛躍した発想だけど、今までのデータからするとエモーションがそういうエネルギーだって可能性は否定できないわね……」
SFやアニメでは、よくある設定だ。
だが、生命もまたエネルギーの1つだ。というよりも万物はすべてエネルギーだと考えることができる。
有名なアインシュタインの数式『E=mc2』はエネルギーと物質が等価であることを示しているし、高エネルギー物理学の基本でもある『エネルギー保存則』もある。
エネルギーは在り方を変えるだけで増えたり減ったりしない。
この宇宙のすべては、宇宙誕生時に一点に凝縮されていた超エネルギーが膨張し、姿を変えたものだ。
エネルギーが物質に、生命に、空間に、時間になった。生命も物質も『エネルギーがそのような形を取っているだけ』とも言えるのだ。
「意思を持つエネルギーと聞くとSF的だけど、むしろ私たちのほうを『肉の身体を持ったエネルギー』だと解釈することもできるのよ」
「生命の定義だって曖昧だもんね~」
「ああ。人類とは全く違う知性が存在する可能性は、十分にある」
「……………………」
「寝るな!」
マジメな顔をしたままボ~ッとヨダレをたらしていたシンを、ワカナがどついた。
「寝てね~よ。ちょっとアッチの世界に行ってただけで……」
「寝てるだろ、ソレ!」
「仕方ね~だろ、オレの専攻はロボット工学なんだから」
「……ったく。とにかく、広大な宇宙においては、生命や物質はホンの一部に過ぎないのよ。未発見の暗黒物質まで含めても、宇宙全体の30%弱でしかないの。私たちのほうがレアケースかもしれないのよ」
そこはシンにも理解できた。
イバライガーたちはヒューマロイドであって人間ではない。
だが生きている。少なくともシンはそう思っているし、ワカナも、他のみんなも同じだろう。
生命の在り方が違うだけ。そう考えれば、宇宙規模ではもっと違う在り方があってもおかしくない。
マクロなスケールで考えれば、宇宙そのものが人間の脳のようにシナプスを形成し、伝達しあい、思考しているかもしれない。
「その『違う何か』の1つがエモーション……感情エネルギーなのかもな」
「それで結局、あの子犬『ねぎちゃん』はどうするの?」
「検査を重ねていくしかないだろ。当面は今のままでいいんじゃないか?」
「そうね。特に問題は出てないんだしね」
「私たちも、注意して見守るようにしよう」
Rはあまり子犬に近付いていないが、それでも特別な感情を抱いているようだった。
あの子を救うことができたことで、R自身も救われたのだ。
シンたちにとっても、意義は大きい。
ジャーク粒子の研究材料というのもあるが、それ以上にミニブラックと和解できたことが大きかった。
彼が目の届くところにいる、ブラックと切り離しておけるというのは、とても大きなことだった。
ミニブラックは自分の意思でここに来た。拘束しているわけではない。彼は自由に行動できる。
そもそも拘束しようとすれば、あの恐るべき力で向かってくる。1対1ならともかく、ブラックを呼ばれてシンクロされたら、今の段階では対抗できないのだ。
だがミニブラックは基地にすっかり馴染んでいて、ブラックも奪回するような動きは見せていない。
とりあえず自由にさせて様子を見るということなのだろう。
ミニブラックは自我を持っている。そして生まれたばかりなのだ。
ブラックの影響のせいか、かなりのワンパクではあるが、その心は真っ白だ。
インプットされたデータではなく、自ら体験し、心に刻んでいくことで、未来は変わっていくはずだ。
だからこそシンたちは、ありのままのミニブラックを受け入れ、仲間として付きあうことを決めた。
全員で見守り、ミニライガー同士の交流もさせて、彼自身の心を育てていく。
そうすることで、いつかミニブラックを通じてブラックとも理解しあえるかもしれない。
彼は未来への希望でもあるのだ。
「そんで、その希望の星は、今何してんの?」
「さっき、カオリ……というよりも『ねぎちゃん』にくっついて、ラボに行ったと思ったけど?」
遠くで声がした。
「わぁあああ! 行くな~~~!!」
近付いてくる。
「くぉらぁああ! ダメ~~~!!」
もっと近付いてくる。
「やめてぇえええ~~~ええぇンぇンぇンぇン……」
声がドップラー効果で通りすぎていった。
「……また、何かしたみたいね」
「いつものことだから、ほっとこ……」
言いかけたとき、Rとガールが立ち上がった。
「いや、これはっ!?」
「ヤバッ、あの子たち今回は本気だわ!!」
ただならぬ反応に、シンたちは慌てて廊下に飛びだした。
同時に轟音が響き渡る。
壁に大穴が開いていて、カオリが気絶している。
「……あのバカ、本気で脱走しやがった……」
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