小説版イバライガー/第9話:ミッション・イン・ポッシブル(後半)
Bパート
外に出たとたんに、Rは『己の分身』の気配を感じ取っていた。
やはり、気づかれていた。そして、待っている。
ブラックもまた、分かっているのだろう。
自らの分身を砕かぬかぎり、我々を止められないことに。
受けて立つしかなかった。
戦いを避けようとすれば、ブラックはどこであろうと攻撃してくるかもしれないのだ。
シンたちどころか、一般市民すら巻き込みかねない。
ブラックの強さは知っている。
だが自分も、覚悟は決めた。止めるのだ。勝てなくてもいい。相打ちでいい。
郊外の工事現場に着地した。
周囲に人はいない。鳥や虫の気配すら。
巨大なプレッシャーが、寄せ付けないのだ。
もしも誰かが、この場所に向かっていたとしても、何もわからぬまま、それでも不吉な怖気を感じて引き返すに違いない。
わざと、気配を抑えていない。
邪魔者を廃して決着を付けようとしているのか。
Rは、無人のショベルカーやトラックの脇を抜けて、奥へと進んだ。
鉄骨の山が揺らいだ。
Rが、後ろに跳ぶ。同時に黒い斬撃が来た。
鉄骨が、山のまま斬り裂かれ、両側に崩れ落ちる。
衝撃波で管理小屋の窓ガラスが粉々になった。
着地したRが身構えた。
「ほぉ。かわしたか。前よりはマシになったようだな」
イバライガーブラックが歩み出てきた。
「ブラック、もうやめろ。私たちは人間を救うためのヒューマロイドだ。これ以上、邪魔をするな!!」
「それはオレのセリフだ。覚悟のないお前らでは、この世界を救えん」
「覚悟はある! 私たちは必ずジャークを倒す!」
「それが甘いと言っているのだ。ジャークを何体倒しても、その源である人間がいる限り、何の意味もない。ただの延命にすぎん。人間を救うには、害となる患部を取り除くしかあるまい。これは外科手術というだけのことだ。オレがやっているのは治療なのだ。何度も言わせるな」
「ダメだ! どんな理由があっても人を殺してはいけないんだっ!!」
「なぜいけない? 人間共が法でそう決めているからか? そんなものは建前にすぎん。人間の歴史は大量虐殺の歴史と言い換えてもいいほどだ。どの時代でも戦争は絶え間なく続いている。聖書とやらでさえ、虐殺と殺人で塗りつぶされている。殺人を正当化する理屈はいくらでもある」
「だが、それは正しくない! 戦争や殺人は悪しきものだ! 他者の命を奪うのは許されないっ!!」
叫ぶとともに飛び込んだ。左拳を叩き込む。避けられた。そのまま右のブレイドでなぎ払う。受けられ、互いに弾け飛ぶ。
だが前回とは何かが違う。押されていない。ブラックの動きが、どこか鈍い。
「本当に人間がそう考えているとは思えん。善悪などという概念は、立場や利害でいくらでも逆転する。事実、戦争を犯罪と規定している国はほとんどない。政治状況次第では、殺人は許容されるのだ。今は、ジャークとの戦争中だ。人間共の言う『超法規的手段』が認められる状況だろう?」
「違うっ!!」
連続の斬撃が来た。Rはその全てを受け止めたが、陽動だった。回し蹴り。ぎりぎりでかわした。身体をかすめた衝撃波だけで、後方のショベルカーが吹き飛んだ。
もう一撃。受け止めたが、体勢を崩された。左の斬撃が来る。かわしきれない。とっさに拳にパワーを集中した。斬られながら、これを撃ち込むしかない。
だが、斬撃は来なかった。
やはり、おかしい。今の隙を逃すほどブラックは甘くないはずだ。
「そもそも人間の法は、人間を守っていない。法を守って暮らしている者が小さくなり、マフィアやギャングが大きな顔をして歩き回る。善人が殺され、悪人がのうのうと生き延びる。そんな例はいくらでもある。人間のルールは歪んでいる。そんなものに縛られていては、世界を救うことなど出来はしない。だからこそオレたちは生まれた。人間自身では解決できないことを糺すためにな」
「違うっ!!」
飛び込む。撃ち込む。蹴りにつなぐ。
Rは必死だった。
ブラックの言うことは冷徹だが、事実でもある。人間の歴史は血塗られている。法が必ずしも人を守るものでもない。
だが、それでも認められない。どんな理屈を掲げても、殺すことが正しいはずがない。止めなくては。
「受け入れられんか。ならば見せろ。お前が眠らせている力を。お前はオレだが、違う。オレに『記憶』があるように、お前には別なものがあるはずだ。それを出せ」
「うぉおおおおっ!!」
叫びながら拳を固めた。だがブラックも拳を撃ち込んでくる。拳同士がぶつかる。
空間が白熱し、爆発した。周囲の全てが一気に吹き飛び、足元に巨大なクレーターが生まれる。
「私たちは人間を守るために生まれたんだ! どんな人間でもだ!!」
そうだ。身体の中の何かが応えた。不思議な力が沸き起こっている。
身体の奥底の何かが、ブラックに抗おうとしているように感じた。何かが目覚めようとしている。
「そうだ、それを待っていた。見せろ、その力を」
ブラックが言い放った瞬間、Rのサイド・スラスターが咆哮した。
叫んだ。叫んでいるのが、R自身の想いなのか、それとも別の何かなのか、わからなくなった。
想いそのものがRに流れ込んでいく。
「人間は……変われる! あきらめない! 変わってみせる!!
それが……それがっ! 人間の持つ可能性……生きる力だあああああっ!!」
Rは全力で拳を振り抜いた。
シンとワカナは、街なかを避けて、移動していた。
ジャークが襲ってくる可能性はある。街なかでは、人々を巻き込んでしまう。
特に目的地があるわけではない。移動中のどこかで、ソウマと接触し、データを渡す。
二人とも、ただ散歩するように、しかし速足で歩いていた。周囲には、カップルでウォーキングしているように見えるはずだ。
遊歩道の途中に、小さな公園がある。
老人が犬を散歩させていた。その脇をすり抜けようとしたとき、老人が掴みかかってきた。
ジャーク。気づいていた。グローブで軽く打って気絶させる。
潜んでいたミニイエローが飛び降りてきて、素早く老人と犬を抱えて飛び去った。
ジャーク粒子……エモーション・ネガティブに冒された者は増え続けている。
シンたちやイバライガーは、その反応をキャッチできるが、微弱な粒子の影響を受けただけの下級戦闘員レベルの反応は、いまや地域全体に広がりつつあり、反応を捉えてもボンヤリとした霧のようで、間近になるまで特定しにくいのだ。
この先にも、反応はある。どこへ向かっても。
侵略は着実に進んでいる。やはり、今のままでは後手に回る。
ソウマの位置をチェックした。
自分たちとは無関係と思える方向に移動しつつ、それでも少しずつ近付いていた。
こちらは無作為に動き、ソウマのほうから接触させる予定だが、奴は予め決めたポイントで落ち合うように、こちらを誘っていると思えた。
そこにTDF部隊を配置しているはずだ。
ここまではソウマの独断とはいえ、ここに至っては上層部に報告していないわけがない。
個人でデータを入手したとしても意味はないのだ。
裏切り、というのではなく、ジャークやブラックの妨害を想定してのことだろうが、それでもTDFの全てを信用するわけにはいかなかった。
ソウマ個人がどう考えていようと、組織というものは、それとは別な判断をする。
移動を止めた。お前の思惑には乗らない。そっちから来い。
しばらく立ち止まっていると、ソウマの光点がこちらに向かって動き始めた。
同時に、周囲が緊張した。争闘の気配がある。
ジャークに冒された者たちが、こちらに集まってきているのだ。それをガールやミニライガーたちが迎え撃っている。
見えないが間違いなかった。市民も気づかないところで、闇の戦いが行われている。
「ブラックは現れないはずだ」
周囲を警戒しながら、シンがつぶやいた。
「そうね。Rが、近くにいない。それはブラックと対峙しているということだもんね。でも……」
ブラックは強すぎる。
いくら元々は同じ性能といっても、Rだけを行かせたのは無茶だったのではないだろうか。
「R自身が決めたことだ。信じるしかねぇよ」
シンがつぶやいた。
わかっている。それでも、止めるべきだった。
男同士っていうのは、こういうとき無茶でも止めなかったりすることがある。
今さら言っても仕方ないことだった。
ワカナは言葉を飲み込んだ。
押し切った。初めて、ブラックを上回った。
勝てるのか。だが、勝敗は関係ない。止めればいいのだ。
シンたちの作戦が終わるまで。
ブラックは、ゆっくりと立ち上がった。
押し切られたとはいえ、大きなダメージはないようだ。
「ふ、やはり前とは違うようだな。『声』にも応えられたらしい」
さっき沸き上がってきたものは何だったのか。ブラックは知っているのか。奴にも、あの『声』が聞えるのか。
「片腕でも対抗できてしまうかもしれんと思っていたが、どうやらキサマも力に目覚め始めているようだ。だが『本当の力』のことは知るまい」
「なんのことだ?」
「TDFにデータを渡したところで、お前やオレのような力は生み出せん。だからオレはここに来た。データを渡したければ好きにすればいい。オレにはどうでもいいことだ」
データに興味がない?
それでは、こちらの予想を利用して、この状況に持ち込んだというのか。
自分との直接対決という舞台を作り上げるためだったのか。
「お前とオレとイバガールは『特別なイバライガー』だ。開発者すら想定していなかった『データにはない力』を持っている」
ブラックの気配が変わった。
「お前は、ようやく『声』の力に気づき始めたようだが、それはほんの入口でしかない。真の力は、その遥か先にある」
おかしい。ブラックと同質の気配が、他にもあるように感じる。
ブラックが分裂したかのようだ。
「オレもまだ、真の力は取り戻していない。だが、それに近いモノは造り出せた」
真の力? 造り出した? 何を言っている?
気配はどんどん強くなる。いる。間違いなく、この場所に、もう一人のブラックがいる。
だが、そんなことがあるのか。
その疑問に答えるように、ブラックの背後から、もう1つの影が現れた。
「ミ、ミニライガー!?」
だが、外見はブラックそっくりだ。
バカな。初代はともかく、自分もガールもミニライガーを連れていなかった。ブラックも同じはずだ。
外見だけのイミテーションか。それなら自らのナノパーツを増殖させれば造り出せる。
ブラックの左腕が動いていなかったのは、それだろう。片腕をミニライガーの素材としたのだ。
その後、腕は再生したが、まだ機能は回復していないということだ。
だが、コアは無理だ。コアだけはナノパーツではない。
この時代の技術で造れるものでもない。
イバライガーの力は、自ら意志を持っていることにある。意志のないモノには、エモーションは反応しない。
同じ姿をしていても、魂のない、うつろな人形では無意味なのだ。
それなのに、なぜ自分のイミテーションなどを作る?
「コイツがイバライガーRかよ? 怪我したブラックと同程度ってことは、けっこう強ぇえな。オレ様といい勝負できそうだぜ」
黒いミニライガーが喋った。
あの口調。態度。まさか、自分の意思があるというのか!?
コアがあるということか。なぜだ?
ブラックが動き出した。考えている時間はない。
「2対1ということか……。だが、それでも!!」
「違う。お前と戦うのはオレだ。そして、こいつはオレの『力』の1つだ。今、それを見せてやろう」
黒いミニライガーが、一歩下がる。ブラックは踏み出す。
二人の気が融合したように感じた。
「オレは、ミニライガーブラック。ブラック専用のバックアップシステムだけど、それだけじゃねぇぜ。他のミニライガーとは、ちょいと違うからな!」
「シン! Rのところに行くわ! 後はお願い!!」
突然、ガールから緊急コールが飛び込んできた。
今回の作戦はガールも納得していたはずだ。
それを投げ出すほどの何かが起こったということだった。
「どうしたの? 何があったの!?」
ワカナが呼びかけている。だが、声は返ってこない。
ミニライガーが集まってきた。
「この辺りのジャークは、もういないよ。ソウマの反応も、すぐそばまで来てる。だからボクらもRのところに行ってもいい?」
「何があったんだ!?」
「よくわからない。でも……ブラックが二人いるみたいだって……」
「ど、どういうこと!?」
「だから、わからないんだってば!」
ブラックの気が爆発的に増幅した。
信じられない出力だ。我々のデータには、こんなパワーはない。これほどの力が出せるはずがない。だが。
「人間の可能性。R、お前はそう言ったな。その通りだ。データには現れない力。意思の力。それこそが本当の力だ。それを自在に使えるようになったとき、オレたちは真の力を取り戻す」
ようやくRにもわかってきた。
ブラックは、自らのコアの一部を分け与えたのだろう。とてつもなく無謀な行為のはずだ。
1つ間違えば、自分自身も二度と起動できなくなる。その危険な賭けをやった。
そして『もう一人の自分』を生み出したのだ。
それとシンクロする。力は増幅しあって巨大なものとなる。
周囲の感情エネルギーではなく、ダイレクトに流れ込む意思をエネルギーとしているのだ。
同質の存在同士だからこそ、できることだった。
ブラックが踏み出した。それだけで後ずさりしたくなる。
Rは必死に耐えた。
最大の力で対抗するしかない。それで届くかどうかはわからない。それでも、全力を出し尽くす以外に手はない。
ブレイブ・インパクトを最大出力で放つ。
パワーの全てを拳に集めた。時間がかかる。ブラックは待つつもりのようだ。
「そうだ。それを撃ち込め。遠慮はいらん。この力がどの程度のものか、オレも試したい」
それはRも同じだった。
どれほどのものなのか、見極めてやる。
「ジャークの全てを倒すには、奴等を決定的に上回る力が必要だ。四天王クラスでも一撃で倒せるほどの力が。オレは必ず、その力を手に入れる」
Rの拳が振動する。限界を超えたエネルギーが、自分自身すら破壊しかねないほどに。
ブラックもまた、拳を構えた。
「行くぞ、イバライガーブラック!!」
背中のクロノ・スラスターが拡張する。拳を引き絞る。
パワーが臨界を超え、拳が白熱化した。周囲の大気がプラズマとなって燃え上がる。
「時空鉄拳! ブレイブ・インパクト・バァアアニング!!」
「時空雷撃拳! オーバーブーストッ!!」
轟音とともに、噴火でも起こったかのような巨大な爆煙が立ち昇った。
数キロは離れている。それでも見えた。人々も悲鳴を上げつつ、魅入られたように火柱を見上げている。
シンとワカナは、息を飲んだ。
方向と距離から、おおよその場所はわかる。原因は1つしか考えられない。
だが……まさかアレが……Rとブラックによるものなのか。
「どうなっている!?」
ソウマが怒鳴りながら、駆けつけてきた。
「わからねぇよ。いくらイバライガーでも、あれほどの破壊力はないはずだ。それなのに……」
「だが、あれはお前らが引き起こしたのだろう?」
「わからねぇよ……」
シンは繰り返した。ワカナは立ち尽くしている。
「データを……もらおう。あれがイバライガーのしわざなら、もうお前らだけに預けてはおけん。あの力は、大きすぎる」
ソウマの言うことはわかった。手に負えない。触れてはいけない何かのように思える。
Rの生死を案じるべきなのに、恐怖が先に立っている。指先が震える。
ようやく懐からUSBメモリを取り出した。
目は、爆煙に向けたままだ。
それをソウマはひったくった。そのまま、何も言わずに歩き出す。
声が、聞こえた。
「もう、お前らには任せておけん。動くな。これからはオレたちがやる」
そうかもしれない。だが、引き返すこともできない。
風に煽られて、黒煙が広がっていく。
シンには、自分たちの運命が覆い尽くされていくように思えた。
冷たい汗が、背中を濡らしていた。
ED(エンディング)
煙は上がり続けているが、熱はかなり収まっていた。それでも人間は近づけまい。
周囲は炎と黒煙の闇だ。ガールはセンサーを集中して、Rを探った。
クレーター状の地面の底に倒れているようだ。動かない。
抱き起こした。
右腕が砕けている以外に外傷はないようだ。
だがエネルギーは使い果たしている。
自分自身を維持することさえ不可能なほどで、ガールが駆けつけるのがもう少し遅ければ、システムそのものが崩壊していたかもしれない。
風が煙を流していく。
巨大な爆心地があらわになっていく。
Rがいた場所だけが、何かの力に遮られたようで、そこだけ地面が残っている。
だが周囲は、数百メートルにわたって地表が全て削られてしまっていた。
時折、稲妻のようなプラズマが奔る。
これが、イバライガーの……私たちの戦いなのか。
Rを抱きかかえながら、イバガールは、その場を動くことができなかった。
次回予告
■第10話 犬とわたしの10の約束/ねぎ(犬)登場
ジャークが憑依するには「マイナス感情=悪意」が必要で、他者に対する悪意を持つ者っていうと……残念ながら、それは人間で、だからジャーク怪人には人間体しかいなかったんだけど……とうとう人間以外のジャークが!!
自動車にはねられて親を殺された子犬。人間を恨む子犬にジャークが取り憑いちゃったの。子犬を守ろうとするミニライガーたち、抹殺しようとするTDF。迷うR。悪意を持つ生物=人間を救うことは本当に正しいの?
さぁ、みんな! 次回もイバライガーを応援しよう!! せぇ~~の…………!!
※このブログで公開している『小説版イバライガー』シリーズは電子書籍でも販売しています。スマホでもタブレットでも、ブログ版よりずっと読みやすいですので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです(笑)。