お客のOKは信用するな(2)ネーム編
さすがにネームまで作ってくるお客には出会ったことがない。
っていうか、ネームというステップが必要だと分かっている客がいないってコトなんだけど。
「こんな雑な絵を描いてないで、さっさと本番描け」的なコトを言う人すら、いたからねぇ。
そんな感じだから、お客はネームが読めない。
読んでいても読めてない。
だからOKをもらっても信用できない。
だって読めてないんだから。
当然、本番の作画以降になってからアレコレ修正や変更が出る。
これは避けられない。
程度の問題はあるけど、ゼロにはならないと思うべき。
なので、そういうことがあっても対処できるようになるしかないんだ。
OKがOKじゃないことを前提にやってないと、広告漫画はやれないのよ。
客先の担当者って、よ~するに編集者みたいモン?
ぜんっぜん違うから!
フキダシ、コマ割といったコトバも知らないし、ネームと下絵、いや完成した作画の区別もつかないし、アニメと漫画も区別してないし、起承転結も知らないし、漫画の読み方も知らないし、ストーリーという概念すら理解してない。
いや、いくら何でもソレはないだろ、と思ってる方多いだろうけど、それは甘い。
ボクは本当にそういう人に何度も出会ってるんだから。
もちろんコレは特にヒドイ例であって、そういう人が多数派なわけじゃない。
ほとんどの方は、ずっとマシ。
いや、マシなんて言っちゃ失礼だけど。
けれど。
前述のアレコレを全部知らないってのは極端な例にしても、どれか1つか2つはわかってない人なら、ボクが取引させていただいた人のほとんどに当てはまる。中には濃い方も、さらにトンデモなく濃すぎる方もいらっしゃったけど、大半は知らない。何も、知らない。
そういう人たちに漫画編集者みたいな役割を期待するのは、無謀どころのハナシじゃない。
そもそも漫画、漫画家っていう立ち位置で話してたら、コミュニケーション自体が出来ないんじゃないかなぁ。
仮に「これがネームです」と言ったら、どうなるか。
「ねーむ? ワシの名前はヤマダ……」
「あ、いやいや、そうじゃなくて、えっと……絵コンテですよ」
「えこんて?」
「漫画の設計図みたいなラフスケッチですよ」
「すけっち?」
「そ、そこからわかんないの? 鉛筆でラフに描いてみたヤツですって!」
「裸婦の絵など、頼んだ覚えはないぞ?」
「そんなモン描いてないだろ!」
……最後の「裸婦」はネタだけど、その手前までは本当にそういう会話をしたことがあるのよ。
つ~か毎回やってるな。
とにかく、そういう感じでネームを見せて、コレでどうですかと聞く。
ボクの場合は、すんなりとOKが出ることが多い。
まぁ、そうなるようにアノ手コノ手使ってるんだけど。
けど、このOKは何も信用できない。
一応はOKという言葉を聞いたというだけのことで、ほとんど無意味に近いの。
だってお客は、ネームを見ただけで、読んでないから。
読んでも頭に何も残ってないから。
フツーの人はネームが読めない
どうやら漫画を読んだことがない、あるいは読んだ経験が著しく乏しい人っていうのは、ネームレベルのラフ絵だと何がなんだかわからないらしいんだよ。
出来上がった漫画ですらイマイチわからないレベルだから、ラフはラフなだけで、それが完成したときのイメージが何一つ思い浮かばないの。
下手するとキャラがキャラに見えてない。意味のない線の集まりにしか見えないらしい。
そんな状態で「うむ、これで進めてくれたまえ」なんて言われたって、そんなモンが信用できるわけがない。
実際、作画を進めて下絵、ペン入れと進んでから途中経過を見せると、アレコレ言い出す。
ここのセリフをアレに、こっちのセリフをソレに、と、いやもぉ、出てくるわ出てくるわ。
そんだけ変更したらフキダシの大きさも、キャラの位置も、全部変更しなきゃ直せないじゃん。
つまり描き直しじゃん。そういうコトにならないようにネーム見せたのに。
しかもOKって言ったじゃん。
などと反論してもムダ。
こっちの言い分が正当なものだと認められたとしても、ダメなモノはダメなのだ。
描き直さないでいいという答えだけは、絶対に出ない。
やり直すための追加予算も出ない。
言っとくけど、ネームの段階では文字が手書きで、しかも乱筆過ぎて読めなかったとか、そういうことではないよ。
ボクはネームからデジタル制作だから。
文字は全部パソコンで入力してる。
ネームの文字と完成データの文字は同じモノ。
ネームの上に下絵を描き、下絵の上にペン入れをして、ソレに着色して……というのが、全部レイヤー(階層)になってるの。
だから完成品のセリフも、ネームのときに入力したモノなんだ。
絵は、完成に近付くごとに変わっていくけど、文字はそのまんま。同じものなの。
それでも、かなり進んで修正や変更が厄介になる段階になってから、変更を言い出すんだよ。
そのくらい具体的になってないと、文字すら頭に入らない。
どんだけバカなんだ、とか思っちゃいけない。
ボクは科学研究者など、教養が高く、冷静で、論理的な人たちと仕事することが多いけど、そういう人でもそうなんだ。
文字校正はネームの段階でお願いしますって、毎回必ず言ってるの。
どうしてネームでチェックしてもらわなきゃならないのか、その理由も説明している。
そして納得してもらってる。
それでも絶対に、ネーム段階で文字チェックが終わることはないんだ。
これはもう100%そうだと言ってもいいくらい。
いや、うっかり誤字・脱字を見落としていたとかね、そういうのならわかる。
そういうのだったら、どの段階であろうと、例え納品後だろうが支払い後だろうが、何年も経ってからだろうが、直すものは直す。
作者の責任としてね。
けど、そういうコトじゃないんだよなぁ。
全然論旨が変わっちゃうような変更が、ネーム段階どころか納品10分前に飛び込んできたりすることさえ、あったよ。
お客にはルールを守る能力がないと思うべき
ボクの経験上、広告や広報漫画のお客って、ストーリーはあんまり考慮しないんだよね。
前後のつながりなんか考えないで、とにかくソコを変えたいって言ってくる。
そのコマ、いや、そのフキダシ、いやいや、その文字列だけしか見てない。
だから言われた通りに直したら、前のセリフとつながらなくなったり、ストーリーそのものが変わっちゃったりすることもある。
変更内容によっては「そういうセリフだったらAじゃなくBのセリフだろ」ってコトもある。
そのセリフを盛り込むためには、かなり大幅な描き直しをしなきゃ無理ってコトも。
けど、そういうコトはお構いなし。
変えたいものは変えたい。変えなきゃ使い物にならない。
ソコまで言うなら、なんでもっと早く気付かないんだよって言いたいけど……気付かないんだよねぇ。
いや、気付けないんだよねぇ。
お客って、そういうモノなんだ。いくら言っても無理。
ルールを教えて納得させても、そのルールを守る能力がない。
ないから守りようがない。そういうモン。
ね、編集者どころじゃないでしょ。
しかも、そういう人たちが絶大な権限も持っている。
なんせ「お客様」だから。
漫画を作るどころか、読む能力すらゼロな人が、絶大な権力持って口出ししてくるわけ。
ものすごく恐ろしい。
無防備の漫画家なんて、一瞬で灰になっちゃうくらいに恐ろしい。
当然、身を守らなきゃならない。
守ってくれるナニカ、誰かを持たなきゃいけない。
そう、担当編集者というバリアは、どうしても必要なんだ。
でも、その役割をお客に委ねるわけにはいかない。
そんなの、殺してくれと刃物を渡すようなモンだよ。
だから自分が編集者になるしかないんだ。
漫画家である自分と、編集者である自分を同時にやるしかない。
自分が自分の編集者になるしかない
ボクの場合、お客と折衝するのは「編集者のボク」。
打ちあわせしたり、メールでやり取りしたりするのは、全部「編集者モード」。
そうして、打ちあわせしてきたコト、取り決めたコトなどを「漫画家のボク」に伝える。
すると、ボクはボクに文句言ったりする。
今さらそんなコト言うなよ、とか、なんでココを通して来なかったんだよ、とか。
それに対してボクが冷徹に答える。
そこで折れなきゃ先に進まないだろ。無茶を何とかしてこそ作家ってモンだ。
つべこべ言わずに何とかしろ。
もちろん、共闘もする。
「漫画家のボク」の想いを「編集者のボク」がアツく語ったりすることもある。
慣れてない新規の客先では、できるだけ「漫画家のボク」を抑えるようにしている。
漫画家モードのままで喋ったら、翻訳機なしで異星人同士が会話してるようなモンになっちゃうから。
何を言っても言われても、チンプンカンプン。会話にならないから。
そこまでじゃないだろうとは思わないでね。
しかも異星人なのは、漫画家(ボク)のほうだからね。
ウチにはスタッフがいて、彼らは単なるアシスタントじゃなく、それぞれが漫画家という形でやっていて、つまり漫画の仕事はいつも合作でやってるようなモノ。
そのスタッフとは日々色々な話をする。
スタッフたちや「漫画家のボク」が喋ってるときも「編集者のボク」はそれを聞いている。
そして思う。
この漫画家同士の会話をそのまま客先に持ち込んだら、誰も理解できないだろうなぁって。
スタッフも「漫画家のボク」も、普通に話してるつもり。
マニアックな会話じゃなくて、誰とでも話せるようなコトを言ってるつもり。
それでも、膨大な注釈を付けないと普通の人はわからないと思う。
通じるはずだと思うのは、同じ漫画家同士や漫画ファン、漫画関係者とばっかり接してるからだ。
漫画と関わりのない世界の人と、ガチで漫画談義なんかしないでしょ。
その、しないコトをしなきゃならないのが、広告漫画の世界なんだ。
エイリアンとコミュニケーションしなきゃならない世界。
漫画家が、フツーに日本語喋ってるつもりでも、相手には「しゃげ~~~っ」っていう奇声にしか聞こえてないかもしれない。
コーフンして主張しまくったりしたら、パワーローダーで踏みつぶされちゃうかもしれないぜ。
だから、編集者を作るんだ。
編集者モードに変身できるように自らを改造するか、体内に編集者を飼っておくか、本当に編集者と組むか。
一般社会では、漫画家はエイリアンなんだ。
いくら自分は人間だ、そっちがヘンなんだって思ってても、そうじゃない。
ホラー小説の巨匠H・P・ラブクラフトの小説「ピックマンの絵」を思い出しちゃうけど、まさにアレ。
どっちがオバケかは関係ない。お互いがお互いにとって異質。
だから、両方の世界をつなぐ通訳になる「編集者(広告漫画プロデューサー)」が必要なんだけど、そういう役回りをしてくれる人がいないから、自分でやるしかないんだよ。
あ、そうそう。
ホラーっぽい例えをしたついでに、怖い話をもう1つ。
先の後出し修正とかの厄介事ね。
アレって「編集者」がいる状態で、アレなんだからね。
いなかったら、あんなモンじゃ済まないと思う。
恐ろしすぎて、ボクは想像したくもないけどね……。
※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。