お客のOKは信用するな(1)広告漫画シナリオ編
お客が「OKです、これでやってください」と言っても、ボクはあんまり信用しない。
引き受けた以上、お客自身は信用するけど、言うことは鵜のみにしない。
だって、OKじゃないことが多いんだもん。
お客のOKってのは「OKじゃない部分もあるけど、だいたいはOK」ってことなのよ。
ものすごくアバウトでザックリなんだ。
しかも、そのOKじゃない部分ってのが、とてつもなく恐ろしい。
先方は些細な部分だから後で言えばいいだろ、くらいに考えてるんだけど、ソコを変更したらアッチもコッチも成り立たなくなってメチャクチャになりかねない部分だったりするんだ。
普通の広告ならそれで済むことでも、漫画にはストーリーがある。
キャラクターがいる。それを無視して、いつもの広告気分でOKって言ってるのよ。
だからボクは、お客のOKを信じない。
信じないのが誠意なんだ。
お客のシナリオ通りに描いたのに文句言われた!
こういうのって「シナリオ通りに描けたっていうだけでも大したモン」なんだよな〜。
その通りに描くのは不可能っていうようなシナリオも珍しくないんだから(笑)。
広告漫画を請け負う人には、依頼者側にシナリオを用意してもらっている人がけっこう多いらしい。
「シナリオはそちらでご用意ください」って書いてある同業者サイトも何度か見たこともある。
漫画家は広告屋じゃないから、広告としてのまとめ方なんか知らないよってコトなんだろうけど……ボクは客のシナリオで描くなんて恐ろしくて……ちょっと無理だなぁ。
ボクはシナリオを支給される場合でも、それは参考程度に留めて、必ず自分でシナリオを作り直している。
「シナリオはこっちで用意するから」と言われても、そんなの信じない。
当然「シナリオ分だけ安くして」的な要望も、お断りさせてもらっている。
だって、お客が出してくるシナリオ通りに描いてマトモなモノになる可能性、ゼロに近いんだもん。
そりゃ中にはマトモなシナリオ書ける方もいるんだろうけど、ボクはそういうモノに出会ったことはないんだよ。
この仕事30年やってるけど、一度もないよ。
まず、一番多いのが誰が誰だか、全くわからないモノ。
登場人物がドコのダレなのか、まったく説明がない。
これは、すっごく多い。
その上、誰が主役かもわからない。
コレが主人公って指示があっても、ソイツの出番が一番少なかったりして、わけがわからん。
しかも、キャラたちの会話が噛みあってない。
みんながバラバラに、言いたいコトを言ってるだけで、全く会話が成立してないの。
そんな具合だから、ストーリーもない。
仮にソレっぽいモノがあったとしても、序盤で振ったコトを中盤では忘れちゃっていて、全然関係ない展開になってオチもないままって感じのモノが大多数。
起承転結などは一切考えてない。
ようするに「あらすじ」がないんだよ。
シナリオじゃなくて、原作や原案を持ち込んでくるコトもある。
でも、自分の主張を書いてるだけのただの論文だったり、以前に作った広告(漫画ではないモノ)をペラっと出しただけだったり、信じがたいモノがゾロゾロ出てくるんだ。
そういうモノを出してきて「この通りに描いてくれ」って言われても……ドコをどう「この通り」にできるって言うんだ!?
キャラもない、あらすじもないってあり得ないだろ、
バカなのかって思いたくなるだろうけど、お客が考えてくるシナリオって本当にこんなのなんだよ。
そういうのを受け取って、そのまま漫画にしたらメチャクチャになっちゃうのはアタリマエだよねぇ。
お客のシナリオの先にある悲しい未来
でも、そのメチャクチャになっちゃったモノを見て、依頼者もようやく気付く。
コレじゃアカンと。
あ、他の項でチラっと触れたけど、ネーム段階じゃ気付いてくれないからね。
ネームを読む能力自体がないから、ネームでOKもらったとしても、そんなの何の根拠にもならないよ。
本当に出来上がって、ようやく読める。
そしてコレジャナイに気付く。
漫画家にしてみたら、たまったモンじゃないよねぇ。
だってシナリオ通りに、注文通りに描いてるんだから。
コレジャナイのは自分のせいじゃなくて、元々がそういうモノだったんだから。
けど、それでも文句言われるんだよ。
コレジャナイと気付いてたなら、直してくれるのがプロってモンでしょ。
もし、コレがダメだと気付けないで描いてたっていうなら、アンタはプロじゃない。
そうなら、それはそれでインチキじゃないか。プロだと名乗ってるから仕事を頼んだんだから。
プロなら直せ。コレジャナイをコレと思えるモノに仕上げろ。
そうじゃないと金なんか払えないぞ。
こういうコトになるんだよ。
まぁ、コッチはコッチで、シナリオ通りに描くって最初に言ってあって、そこで合意してるんだから、今さらグダグダ言うほうがオカシイって主張できるわけだけど、それにしたって仕上がったモノがダメなモノだってことは、認めざるを得ない。
不良品だとわかってて、作っちゃったようなモン。
となると、何もしない、一切直さないってわけにもいかないんだよ。
何とかして、ギリギリ使えるレベルには直さざるを得ない。
けど、元々がヒドすぎるから、直すなんていうレベルじゃ済まないコトが多いんだよね。
住宅で言えば基礎からダメなんだから。
元々のシナリオを捨てて、ゼロから描き直したほうが早い。
でも、さすがにソコまでは作業量的にも時間的にも無理だから、アッチコッチをちょこちょこイジってゴマかすしかなくて、所詮はゴマかしだからイイモノには決してならなくて、お客にもブーブー言われ続けて、最後は全員疲れ果てて、あきらめてしまう。
OKが出るんじゃなくて、あきらめる。
コレはダメだと思うけど、今さら後には引けないから、もうコレでOK出して、思ったほどダメじゃない結果が出ることを祈るしかない、世間はコレでも許してくれるかもしれないし……と、はかない希望を託すという感じになっちゃうんだよね。
実際、ダメだと思ったモノが意外にウケるってコトもある。
けど、それはものすごく低い確率で、普通はダメなモノはやっぱりダメなんだ。
そして依頼者に失望される。
ソッチのせいだろって言っても無駄。
代金はもらえるだろう(もらって当然でもある)けど、手切れ金だと思うべきだね。
その人からは、もう二度と仕事はこないと思う。
お客の言う通りにするっていうのは、そういう未来になりがちなんだよ。
ネームの前にシナリオを出す技
だからボクは、絶対にお客の言う通りにはしないんだ。
要望は聞くけど、それを自分なりに解釈し直して、自分の物語として描くの。
自分のアイデアで逆提案して、受け入れてもらえたら引き受ける。
ノーなら、他所の人に頼んでくれ、というつもりでやってる。
言う通りにやってもダメで、自分なりにやってもダメなら、引き受けようがないんだから。
言う通りにしたらOKなのかもしれないけど、ダメだったときのダメージが大きすぎるし、経験上OKにはならない可能性が高いことも知ってるので「ボクなりの提案でダメならダメ」と割り切ることにしてるんだ。
そういうスタンスを貫いていると、お客のほうで折れてくれることも多いし。
なお、最初に客に読んでもらうのはネームではなく、シナリオの状態のときもあるよ。
付き合いの浅い相手だと、まず最初にシナリオを出すことのほうが多いかな。
ネームのほうが具体的だと思うでしょ。
それが違うんだよ。
さっきも書いたけど、ネームの読み方なんか、客はわからないんだ。
ネームにしちゃうと、かえってわからないんだよ。
4コマ程度のモノならネームのほうがわかりやすいかもしれないけど、5~6ページくらいになったらもう、シナリオでないと全体のストーリーは理解してもらえないと思ったほうがいいね。
連載などや何度も漫画広告をやっているお客なら、ネームで読めるようになってくるから、ネームで見せることも多いけど、そういう相手でも何十ページもある大作をやるようなときは、まずシナリオでないとアブナイ。
例えば『カソクキッズ』という作品で、一度ものすごくラフなネームを出したコトがあるんだ。
色々別件で忙しくて時間がなくて。
コマ割は完璧。セリフも完璧。
でも、絵のほうは、キャラの立ち位置を示す「人型」を並べただけ。
それだけじゃニュアンスがわかりにくいコマには、どんなシーンなのかについての説明文を入れておいた。
8年くらい連載していて、関係者は作品世界にも、キャラにも、ネームを見ることにも十分に慣れているから大丈夫だろうと判断したの。
セリフ見るだけで「この喋り方はアイツだ、コッチはコイツだ」とわかるはず(一応セリフごとに名前も付記しておいた)だし、当然、どんな表情やポーズでソレを言っているかも想像付くはずだ、と。
それでOKもらって描いたんだけど、後で「あのネームは全然わからなかった。セリフも説明も書いてあるのに、ちっとも頭に入ってこなくて、あらすじすら理解できなかった」と言わて愕然とした。
8年もやってるから大丈夫なんだろうと信じてOKと言ってくれただけで、何も伝わってなかったんだ。
毎月ず~っと8年やっても、そんなモンなんだ。
『カソクキッズ』の監修者は、それなりに漫画も読む人がけっこういるんだけど、そういう人でもそんなモンなんだ。
ましてや、付き合いの短い相手、新規のお客だったら、なおさら。
ネームチェックは必ずやってもらうけど、それは「見た」というだけで「読んだ」「わかった」じゃないんだよ。
こっちは確認してもらうためにやってるんだけど、お客にしてみたら、形式的な儀式みたいなモンなのかもしれないな。
けど、作画スタートしちゃってから土台からひっくり返されるようなコトを言われても困るので、ネームチェックは大事。読めなくても、読んでもらわなきゃならない。
だから、まずシナリオを読ませることが多いんだ。
シナリオで完成イメージを想像してもらえることは、まずない。
けどネームでもそうなんだ。
そしてネームでは何も伝わらないこともあるけど、シナリオなら一応読めて、ストーリーくらいは理解してもらえるんだよ。
さらに、シナリオで一度読ませておけば、ネームも読んでもらえるようになるの。
シナリオが頭に入っていて、ようやくネームが読めるって感じ。
そうやって「お客の言う通りじゃないモノ」を描くんだ。
お客を信じないのがプロとしての誠意
お客の要望は可能なかぎり全部盛り込んでいるけど、ストーリーやキャラクターは、お客の想定とはまるで別なモノ。
でも広告・広報として、お客が期待したコトはクリアしているモノ。
できれば、そこにさらに付加価値を上乗せできているモノ。
そういうモノを描いてこそ、広告漫画。
そのためには、お客の言う通りにしたら、まず「負け」なんだよ。
ボクは、そう思っている。
言う通りにして、いい結果になったことがないから。
お客は、どこまでいっても広告は広告なんだ。
広告漫画でも、広告としての視点からしか見れない。
漫画の視点は持ってない。
そういう部分が必要だとはわかっていても、そこから見ることはできないんだ。
だから、客が作るシナリオは、広告の視点だけになっちゃう。
キャラやストーリーが置いてきぼりになっちゃう。
普通の広告には、そんなモンないからね。
いや、お客だって、それなりに一所懸命考えているんだよ。
イイモノができたと思って出してくるんだ。
けどね、プロで見事な作品を描いている先生だって、最初から見事なわけじゃないのよ。
経験を積んで見事なモノを描けるようになっていくんだ。
で、見事じゃなかった頃だって、自分では見事だと思ってるのよ。
何年も経ってから以前の自分の作品を見ると、絵を全部描き直したくなったりしない?
構成もやり直したくならない?
描いた当時は全力でイイモノ描いたつもりでも、後で見返すとうぁああってなる。
そういうモンでしょ。
ましてやデビュー前の中二な頃の作品なんて、人に見せるくらいなら殺してくれって思うくらい。
そのときのレベルで全力出しきっても、後になればそうなっちゃう。
ボクもそうだったよ。
いつだってオレすげぇ!オレ天才!って思いながら描いていた。
持ち込みして色々言われても、オレのすごさがわからんとは、このボンクラ編集者め!とか思ってた。
でも今、当時の作品を見たら自分をぶん殴りたくなる。
我ながら大したもんだなどとは思わない。1コマだって思わない。
お客は、そういう頃のボクなんだ。
だからイタタなモノを出してくる。
未熟だった頃の自分を見せつけられるような気恥ずかしいモノを、オレすげぇだろって出してくるの。
キツイわ。
これが広告代理店が用意したモノだと、別な意味でイタイことが多い。
どこかのライターとかに書かせているから、文章自体はお客が書くモノよりマシなことが多いけど、それだけだ。
漫画を作った経験がない上に読んだ経験すら乏しかったりするから、漫画のシナリオになってない。
仕事としか思ってないから、気持ちもこもってない。
お客自身が書いたシナリオだとね、ダメには違いないんだけど、気持ちだけは感じられたりするのよ。
でも代理店だと、それもダメ。
しかも漫画をアマく見ている。
漫画に期待して漫画広告を作るのに、漫画をアマく見てる人は、すごく多いんだ。
写真の代わりに漫画絵をハメ込んで、キャプションをフキダシに入れて、言いたいことだけ言ってればいいと思っちゃう。
そういうモノを漫画っぽく並べれば漫画になると思っちゃう。
そんなわけね~だろ、と思うのは漫画を読んでいる人たちだから。
映画や小説にも負けない、しっかりしたストーリーがあることを、ちゃんと知ってるから。
漫画を読まない人には、漫画なんてモノはロクなストーリーもなく、テキトーに絵を並べてるだけだと思い込んでる人が、まだまだいくらでもいるんだよ。
そういう人が、漫画をナメたまま、そのくせ過剰な期待をして、広告漫画を依頼してくる。
そういう人が多数派とは言わないけど、少なからずいるのも確かなんだ。
そして、最初は調子よくて、後でモメやすいのも、そういう人なんだ。
だからボクは、お客はそういうモンだと思って接している。
接しながら、どのくらいトンデモないかを量っていく。
多くの場合は「この程度でよかった」な人なんだけど、いきなりヤバイ人に当たることだってあるんだから。
素人の世界に飛び込むのって、怖いんだ。
だから、お客の言うことなんか信じちゃダメなの。
むしろ信じないのが「プロとしての誠意」なんだと思うんだよね。
お客に書かせないように仕向けている
そうは言っても、相手は「お客様」だ。
ヒドいシナリオ渡されたからって、ヒドいですとは言いにくい。
相手はヒドいと思わないからこそ、そういうのを手渡してくるんだから、自信持ってるってコトだもんね。ダメ出しするしかないけど、気分を害するだろうなぁとも思っちゃう。
なのでボクは、できるだけお客がシナリオを自分で書こうとしないように仕向けている。
ボクの営業用ホームページには
「シナリオをご用意いただける場合でも、そのままは使いません。必ずこちらで見直し、必要な修正や調整をした上再提案させていただいています。このため、シナリオを支給いただける場合でも、シナリオ作成費はかかります」
といったコトが書いてある。
メールなどでのお問い合わせへの返信にも、同じことを必ず書く。
そっちでシナリオ書こうが書くまいが、どの道シナリオ代はかかるよ。
だったら、もったいないから最初からコッチに任せたほうがいいんじゃね?
そう言っているのだ。
一番最初にコレを言っておくと、大抵は勝手にシナリオ作って押し付けてこなくなる。
プロットとか、大雑把なシナリオは用意してくることが多いけど、まぁ、あらすじっていう程度。
少なくとも漫画のシナリオではなくて「あくまでも原案なのでシナリオ化はそっちに任せます」になることが多いの。
ダメなモノを描いてしまうと、お客のためにも読者のためにもならない。
でも、お客に嫌な思いをさせるべきじゃないのも当然のこと。
だから、できるだけ嫌な思いをさせず、むしろ楽にさせてあげるために、ボクはそうしているんだ。
……ただし、すでにシナリオ書き上げちゃっていて、それはオーダーが来るような場合だとどうにもならないんだけどね。
先日もそういうのがあって、案の定トンデモないのがメールで送られてきて、このままじゃ漫画にならないので直させてと返信したら、それっきり音沙汰なくなっちゃった(笑)。
でも仕方ない。
アレをそのまま漫画にして世間にバラまくなんて、ボクには恐ろしすぎるもん。
※このブログに掲載されているほとんどのことは子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。