小説版イバライガー/第8話:ジャーク・オブ・ザ・デッド(前半)
OP(アバンオープニング)
イバライガーブラックが、ルメージョに向かって歩き出した。
エモーション・ブレイドを展開する。
やる気なのか。
ブラックにとっては、人々もナツミも関係ないだろう。
あの刃は、ルメージョを……ナツミを切り裂く。
だが、その断末魔の悲鳴は周囲の人々に伝達されるはずだ。
人々も、耐えきれまい。ここにいる全員が死ぬ。
イバライガーたちも、ただでは済むまい。
数千人の死の感情が、物理的なエネルギーとして叩き付けられるのだ。
いかにイバライガーといえども。
いや、イバライガーだからこそ、その力の影響をモロに受けることになる。
ブラックがそれに気づいていないはずがない。
相打ちを狙っているのか。
だが、四天王とはいえ所詮はジャークの一体に過ぎない。
相打ちでは負けと同じだ。
「ふふふ、お前がイバライガーブラックかい? そっちの赤いのやオレンジよりは骨がありそうだけど……私はここにいる人間全てを好きなように操れるのよ?」
ルメージョが、指を鳴らした。女性が一人、痙攣して倒れる。
その悲鳴の波動がイバライガーたち全員に伝わる。ガールやRはもちろん、ブラックの動きも一瞬止まった。
「ほぉら、どんなに突っ張っていても無視はできないでしょう? どれほどの力を持っていようとも、お前たちがエモーション……感情エネルギーに影響されるヒューマロイドである以上、逃れることはできないわ」
ブラックは再び歩き出した。
ルメージョが、別な一人を指差す。崩れ落ちる。
しかしブラックの動きは揺らがない。
「!?」
「確かにオレたちは感情エネルギーから逃れることはできない。だが、耐えることはできる。特に、一度味わった痛みなら」
「なんだって!?」
「オレは、この痛みを覚えている。貴様を貫いた感触とともにな……!!」
Aパート
未来の記憶?
ブラックは未来でルメージョと戦っている?
おかしい。初代が起動するまで、イバライガーシリーズが稼働できたはずがない。
それどころか未来世界にブラックは存在しないはずだ。
なのに、ルメージョを知っている。
Rの封印された記憶なのか。一体、未来で何があったというのだ。
「シン。疑問は私も同じだ。だが、今はそれを考えている場合じゃないぞ」
Rの言う通りだった。まさに状況は最悪だ。
どういうつもりか分からないが、ブラックが止まるとは思えない。
彼らの戦いに巻き込まれれば、Rやガールは致命的なダメージを受ける。
この場を離れる。撤退する。ルメージョの風が届かない距離まで。
そうすればRたちは助かる。だが、それではルメージョに操られた人々は助からない。
どうする。どうすれば、この状況を逆転できる?
イバライガーRはセンサーを集中した。
気絶させても起き上がってくる。しかし当人の意識もある。
精神操作の類いではなく、直接的な何かで身体を操作されているはずだ。
見つけた。小さな反応。
全ての人間から発せられているネガティブの波動。
「……気づいたみたいね。そう、風に乗せてばらまいた種。ジャークの因子。それがある限り、例え私を倒しても人間たちは元に戻らないわよ」
「構わん」
ブラックが応えた。
「この連中は、ジャークに冒された弱い者たちだ。貴様の言う通り、身勝手な者たちだ。助けたとしても、世界を汚染することしかしない。お前と共に滅ぶというのなら、むしろ好都合だ」
「ブラック!?」
「世界を救う。それがオレたちの使命だ。何度も言わせるな」
「だが、そのために人間を犠牲にしていいはずがない! 私たちは人間を救うために生まれたんだ!!」
「そうだ。人間を救う。そのために不要な人間を排除する。ガンとなってしまった細胞は取り除く。それが治療だ」
「ちがう! 人間は……立ち直る。変われる。どんな人間にも可能性はあるんだ!!」
「ならば、その可能性とやらを見せてみろ。オレがルメージョを切り裂くまでにな」
「ふふふ……」
ルメージョが嗤った。虚無の微笑み。
「面白いわね。殺されるのも悪くないわ。みんなも一緒に死んでくれるんだし、寂しくないわ」
死の魅力に取り憑かれている。
ぞっとする。破滅願望なんてものじゃない。
シンが理解できないのは、ジャークの存在そのものだった。
イバライガー同様に、ジャークはエモーションを糧にしている。生き物が発する感情エネルギー。
だが、その供給源である人間たちを滅ぼしてしまってはジャークも生き残れないはずだ。
ネガティブな感情が必要だとしても、殺してしまっては意味がない。
ということは、ジャークは生存することを目的としていないのか?
ならば、何を。
「あんたたちとは生命の概念そのものが違うのよ」
シンの思考を察知したのか、ルメージョが応えた。
「肉の身体なんてものに縛られていないの。滅びこそがジャークの望むもの。滅ぶことが生きること。それが『ジャーク』なのよ」
生きるために滅ぶだと?
一体ジャークとは何なのだ。
だがルメージョは答えず、その視線はブラックに向けられた。
淫らな動きで手招きする。
「さぁ、いらっしゃい、イバライガーブラック。私の元へ。貴方が欲しいわ。その刃で私を貫いて」
「ああ、遠慮なく、そうさせてもらう」
「けど……簡単には、この身体に触れられないわよ。私にも刃はあるの。あんたを切り裂く爪と牙がね」
ルメージョが手を振る。
竜巻が凝縮し、氷嵐が獣の姿を成していく。
ルメージョの分身体……ジャーク・ゴースト。氷の獣たち。
「人間を操るだけが私の力じゃないのよ。行きなさい、氷のゴーストたち。ブラックの喉笛を食いちぎりなさい!!」
ブラックとルメージョの戦いが始まった。
どちらが勝っても、救われない。
デッドエンドに追い込まれたようなものだった。
「私のせいよ! 私があのとき何もしなければ……!!」
ワカナが泣き叫んだ。
あのとき? 何のことだ?
「私がシンを……! ナツミから取り上げなければ……! 私が……!!」
「!」
そうか。そういうことか。
ワカナは泣き崩れている。
「……R、ガール。1分くれ。1分だけ、人々を近づけないでくれ」
Rとガールは無言でうなずき、二人をガードする体制を取った。
むろん、攻撃も反撃もできない。だが、どんなに押されても下がらない鉄壁の壁だ。
シンはワカナの隣りに座り込んだ。
「なぁ、ワカナ。オレってそんなにモテるのか? ナッちゃんのことは、お前の勘違いじゃないのか?」
「ちがう。ナツミは間違いなくシンを……それを私が……」
「お前じゃなくてオレだ」
ワカナがびくっと反応した。泣きじゃくっていた声が止まった。
「ナッちゃんまで……とは、オレには思えないけど、どっちにしてもお前を選んだのはオレだ。どうやって切り出すか迷ってるうちに、お前に先を越されちまったけど、とにかく選んだのはオレだ。お前だけで決めたみたいな言い方すんな」
「…………」
「それにナッちゃんとの付き合いはオレのほうが長いんだぜ? もし、お前の思う通りだったとしても、それを根に持ってこんな真似をするようなキャラじゃねーよ」
「……でも……」
「でもじゃねぇ! 奴はナッちゃんじゃなくてジャーク四天王のルメージョなんだよ! オレたちは奴をぶっ潰して、ここにいる全員を助けて、ナッちゃんを取り返すんだよ! そんで今まで以上にバカップルを見せつけてやるんだよ!!」
シンはむきになって怒鳴った。オレは何を言ってるんだ?
こういう話は苦手だ。だけど、これはどうしようもないことだ。
誰かを傷つけるのを恐れていては、誰も幸せになれない。
傷ついた者も、傷つけた者も、その傷を糧に前に進むしかない。
生きるってのは、そういうことのはずだ。
ナツミだってそれは分かっていたはずだ。ワカナの幸せを願っていたはずだ。
ルメージョは、ナツミの中の小さな傷口を広げて利用しているに過ぎない。
だから許せない。だからオレは、オレたちは……。
「……誰がバカップルよ? バカは、あんただけでしょ……」
ワカナはうつむいたままで、でも少し笑った。
ようやく顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔。
「それにしても……今までカップルとか言ったことないくせに、こんなときに言い出すなんて……」
「ブワハハハハハッ!! スゲ~~顔! 写メ撮っていい!?」
グーパンチ。遠慮なしの。
「ったく! バカ! マジバカ!! 空気読め! アホ!! カス!!」
人々を抑え込むにも、そろそろ限界だったが、どうやら立ち直ったようだ。
Rは苦笑していた。
イバライガーたちには表情はない。だが、笑う感情はある。
Rは何となく照れ臭かった。シンの言葉を、まるで自分のように感じた。
ガールも、そんな感じらしい。
そして力が沸いてくる。
この二人を守りたいと、身体中が叫んでいる。
不思議だ。
こんな窮地なのに、心が温かくなる。
ブラック。お前にもわかるはずだ。
これが人間の力だ。暴力ではない、心の力。
見せられるかもしれない。人の可能性を。それが生み出す奇跡を。
「待たせたな、R、ガール。すまない」
ぶん殴られた鼻を押さえながら、シンが立ち上がった。
「ごめんね、みんな」
そのシンの頭をひっぱたきながら、ワカナが続いた。
「い~の、い~の。でも、いつか私が失恋して落ち込んだときは、ワカナ先輩なんだからフォローしてね」
また苦笑。シンもワカナもガールも、予想通りの受け答えだ。
なんなのだろうか。
なぜ、こうもシンたちのことが分かる?
未来で、我々は出会っている。
思い出せないが、そのメモリーが、こうした気持ちを呼び起こすのか。
わからない。
だが、この二人を守って戦い抜くことに迷いはない。
使命ではない。これは自分自身の意思だ。
「さぁて、ワカナが立ち直ったのはいいが……状況は全然変わらねぇな……」
人々を救い、ブラックを止め、ルメージョを倒し、ナツミを取り返す。
どれ一つにも、光明は見えない。
「そうでもないわ、さっき人間たちと押しあってる間に、ガールちゃん、いいこと思い付いちゃったから」
全員が、ちょっと緊張した。
ガールがこういう言い方をするときは、大抵無茶なことなのだ。
だが今は、無茶をしないでどうにかできる状況ではないのも確かだった。
「シン、ちょっと交代して。1分はいらないから、この人たちを近づけないでね」
言って、ガールは後ろに下がった。
「おいおいっ!?」
慌ててシンがガードに入る。人垣を押す。支える。重い。1分も持つわけがない。
うめくシンを無視して、ガールはワカナに歩み寄った。
「ワカナ、私を信じてね」
ガールの手がワカナの手を包んだ。
暖かく、優しい光。
MCBグローブに力が流れ込んでくる。尋常なパワーじゃない。
グローブはガールのエネルギーを得て、強く輝き出した。
エネルギーを急激に失ったガールが、膝をついた。
「ガール!?」
「……大丈夫。エターナル・ウインド・フレア一回分の力は、残してあるから」
「ガール、一体何をするつもりだ?」
Rが問い掛けたが、ガールは答えず、ワカナの手を握りしめた。
「……ルメージョの意識を突破して、ナツミさんに力を届けることが出来るのは、きっとワカナだけだわ。だから……この力を……あなたに託す……」
「でも、ルメージョを倒したら、この人たちは……ガールたちは……!!」
「安心して。ワカナはナツミさんを救うことだけ考えて。この人たちも、私たちも、決して死なないわ」
ガールが立ち上がった。
「シン、ワカナをエスコートしてあげて。物理的な攻撃では『ルメージョ』と一緒に『ナツミ』も死んでしまう。唯一の方法は、エモーション・ポジティブそのものを撃ち込んで『ルメージョ』だけにダメージを与えること。だから、シンはワカナのために道を作ってあげて」
「わ、わかった。だけどお前たちは……」
「Rは、人々に取り憑いたジャーク因子を取り除いて。極小の因子を、周囲を傷つけずにピンポイントで破壊するのは、Rにしかできないわ」
「だが、その一点がどこにあるか見つけるのは至難だぞ?」
ガールが人々のほうに振り返った。
「……私が、見つけるわ。言ったでしょ、エターナル・ウインド・フレア一回分の力を、残してあるって」
ガールが構えた。
「エネルギーを炎に変換せずに、エターナル・ウインド・フレアを放つ。エネルギー流で、この空間を覆い尽くす。私の風で全員の感覚にアクセスして、発信源を見つけ出す!!」
「無茶だ!!」
全員が同時に言った。
やはりトンデモないことを考えていた。
その方法では、この人たちの痛みの感覚もガールに集中することになる。
1つ1つは耐えられても何千人分もの痛みだ。
ガールの身体が持つはずがない。
「だ、だめだ! エネルギーの大半を失った身体でそんなコトをしたら……!!」
「や、やめて、ガール!!」
だが、ガールは止まらなかった。
「他の方法を探している余裕はないのよ! ブラックにルメージョを倒させるわけにはいかないの!! 大丈夫、ミニライガーたちもいる。彼らにフォローしてもらえば、しばらくは耐えられるはず……いえ、耐えきってみせる!!」
イバガールのエキスポ・ダイナモが輝いた。
もう止められない。発動する。
「エターナルッ……ウインド……フレアアアアッ!!
行って、R! シン! ワカナッ!!」
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