小説版イバライガー/第8話:ジャーク・オブ・ザ・デッド(前半)

2018年1月9日

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OP(アバンオープニング)

 イバライガーブラックが、ルメージョに向かって歩き出した。
 エモーション・ブレイドを展開する。

 やる気なのか。

 ブラックにとっては、人々もナツミも関係ないだろう。
 あの刃は、ルメージョを……ナツミを切り裂く。
 だが、その断末魔の悲鳴は周囲の人々に伝達されるはずだ。
 人々も、耐えきれまい。ここにいる全員が死ぬ。

 イバライガーたちも、ただでは済むまい。
 数千人の死の感情が、物理的なエネルギーとして叩き付けられるのだ。
 いかにイバライガーといえども。
 いや、イバライガーだからこそ、その力の影響をモロに受けることになる。

 ブラックがそれに気づいていないはずがない。

 相打ちを狙っているのか。
 だが、四天王とはいえ所詮はジャークの一体に過ぎない。
 相打ちでは負けと同じだ。
 
「ふふふ、お前がイバライガーブラックかい? そっちの赤いのやオレンジよりは骨がありそうだけど……私はここにいる人間全てを好きなように操れるのよ?」

 ルメージョが、指を鳴らした。女性が一人、痙攣して倒れる。
 その悲鳴の波動がイバライガーたち全員に伝わる。ガールやRはもちろん、ブラックの動きも一瞬止まった。

「ほぉら、どんなに突っ張っていても無視はできないでしょう? どれほどの力を持っていようとも、お前たちがエモーション……感情エネルギーに影響されるヒューマロイドである以上、逃れることはできないわ」

 ブラックは再び歩き出した。
 ルメージョが、別な一人を指差す。崩れ落ちる。
 しかしブラックの動きは揺らがない。

「!?」

「確かにオレたちは感情エネルギーから逃れることはできない。だが、耐えることはできる。特に、一度味わった痛みなら」
「なんだって!?」

「オレは、この痛みを覚えている。貴様を貫いた感触とともにな……!!」

Aパート

 未来の記憶?
 ブラックは未来でルメージョと戦っている?

 おかしい。初代が起動するまで、イバライガーシリーズが稼働できたはずがない。
 それどころか未来世界にブラックは存在しないはずだ。

 なのに、ルメージョを知っている。

 Rの封印された記憶なのか。一体、未来で何があったというのだ。

「シン。疑問は私も同じだ。だが、今はそれを考えている場合じゃないぞ」

 Rの言う通りだった。まさに状況は最悪だ。

 どういうつもりか分からないが、ブラックが止まるとは思えない。
 彼らの戦いに巻き込まれれば、Rやガールは致命的なダメージを受ける。

 この場を離れる。撤退する。ルメージョの風が届かない距離まで。
 そうすればRたちは助かる。だが、それではルメージョに操られた人々は助からない。

 どうする。どうすれば、この状況を逆転できる?

 


 イバライガーRはセンサーを集中した。
 気絶させても起き上がってくる。しかし当人の意識もある。
 精神操作の類いではなく、直接的な何かで身体を操作されているはずだ。

 見つけた。小さな反応。
 全ての人間から発せられているネガティブの波動。

「……気づいたみたいね。そう、風に乗せてばらまいた種。ジャークの因子。それがある限り、例え私を倒しても人間たちは元に戻らないわよ」

「構わん」
 ブラックが応えた。

「この連中は、ジャークに冒された弱い者たちだ。貴様の言う通り、身勝手な者たちだ。助けたとしても、世界を汚染することしかしない。お前と共に滅ぶというのなら、むしろ好都合だ」

「ブラック!?」
「世界を救う。それがオレたちの使命だ。何度も言わせるな」
「だが、そのために人間を犠牲にしていいはずがない! 私たちは人間を救うために生まれたんだ!!」
「そうだ。人間を救う。そのために不要な人間を排除する。ガンとなってしまった細胞は取り除く。それが治療だ」
「ちがう! 人間は……立ち直る。変われる。どんな人間にも可能性はあるんだ!!」
「ならば、その可能性とやらを見せてみろ。オレがルメージョを切り裂くまでにな」

「ふふふ……」
 ルメージョが嗤った。虚無の微笑み。

「面白いわね。殺されるのも悪くないわ。みんなも一緒に死んでくれるんだし、寂しくないわ」

 


 死の魅力に取り憑かれている。
 ぞっとする。破滅願望なんてものじゃない。

 シンが理解できないのは、ジャークの存在そのものだった。

 イバライガー同様に、ジャークはエモーションを糧にしている。生き物が発する感情エネルギー。
 だが、その供給源である人間たちを滅ぼしてしまってはジャークも生き残れないはずだ。
 ネガティブな感情が必要だとしても、殺してしまっては意味がない。

 ということは、ジャークは生存することを目的としていないのか?
 ならば、何を。

「あんたたちとは生命の概念そのものが違うのよ」
 シンの思考を察知したのか、ルメージョが応えた。

「肉の身体なんてものに縛られていないの。滅びこそがジャークの望むもの。滅ぶことが生きること。それが『ジャーク』なのよ」

 生きるために滅ぶだと?
 一体ジャークとは何なのだ。

 だがルメージョは答えず、その視線はブラックに向けられた。
 淫らな動きで手招きする。

「さぁ、いらっしゃい、イバライガーブラック。私の元へ。貴方が欲しいわ。その刃で私を貫いて」
「ああ、遠慮なく、そうさせてもらう」
「けど……簡単には、この身体に触れられないわよ。私にも刃はあるの。あんたを切り裂く爪と牙がね」

 ルメージョが手を振る。
 竜巻が凝縮し、氷嵐が獣の姿を成していく。

 ルメージョの分身体……ジャーク・ゴースト。氷の獣たち。

「人間を操るだけが私の力じゃないのよ。行きなさい、氷のゴーストたち。ブラックの喉笛を食いちぎりなさい!!」

 


 ブラックとルメージョの戦いが始まった。
 どちらが勝っても、救われない。
 デッドエンドに追い込まれたようなものだった。

「私のせいよ! 私があのとき何もしなければ……!!」
 ワカナが泣き叫んだ。

 あのとき? 何のことだ?
「私がシンを……! ナツミから取り上げなければ……! 私が……!!」
「!」

 そうか。そういうことか。
 ワカナは泣き崩れている。

「……R、ガール。1分くれ。1分だけ、人々を近づけないでくれ」

 Rとガールは無言でうなずき、二人をガードする体制を取った。
 むろん、攻撃も反撃もできない。だが、どんなに押されても下がらない鉄壁の壁だ。

 シンはワカナの隣りに座り込んだ。
「なぁ、ワカナ。オレってそんなにモテるのか? ナッちゃんのことは、お前の勘違いじゃないのか?」
「ちがう。ナツミは間違いなくシンを……それを私が……」

「お前じゃなくてオレだ」
 ワカナがびくっと反応した。泣きじゃくっていた声が止まった。

「ナッちゃんまで……とは、オレには思えないけど、どっちにしてもお前を選んだのはオレだ。どうやって切り出すか迷ってるうちに、お前に先を越されちまったけど、とにかく選んだのはオレだ。お前だけで決めたみたいな言い方すんな」
「…………」
「それにナッちゃんとの付き合いはオレのほうが長いんだぜ? もし、お前の思う通りだったとしても、それを根に持ってこんな真似をするようなキャラじゃねーよ」
「……でも……」
「でもじゃねぇ! 奴はナッちゃんじゃなくてジャーク四天王のルメージョなんだよ! オレたちは奴をぶっ潰して、ここにいる全員を助けて、ナッちゃんを取り返すんだよ! そんで今まで以上にバカップルを見せつけてやるんだよ!!」

 シンはむきになって怒鳴った。オレは何を言ってるんだ?
 こういう話は苦手だ。だけど、これはどうしようもないことだ。

 誰かを傷つけるのを恐れていては、誰も幸せになれない。
 傷ついた者も、傷つけた者も、その傷を糧に前に進むしかない。
 生きるってのは、そういうことのはずだ。

 ナツミだってそれは分かっていたはずだ。ワカナの幸せを願っていたはずだ。
 ルメージョは、ナツミの中の小さな傷口を広げて利用しているに過ぎない。
 だから許せない。だからオレは、オレたちは……。

「……誰がバカップルよ? バカは、あんただけでしょ……」
 ワカナはうつむいたままで、でも少し笑った。
 ようやく顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔。
「それにしても……今までカップルとか言ったことないくせに、こんなときに言い出すなんて……」
「ブワハハハハハッ!! スゲ~~顔! 写メ撮っていい!?」
 グーパンチ。遠慮なしの。
「ったく! バカ! マジバカ!! 空気読め! アホ!! カス!!」

 


 人々を抑え込むにも、そろそろ限界だったが、どうやら立ち直ったようだ。

 Rは苦笑していた。
 イバライガーたちには表情はない。だが、笑う感情はある。

 Rは何となく照れ臭かった。シンの言葉を、まるで自分のように感じた。
 ガールも、そんな感じらしい。

 そして力が沸いてくる。
 この二人を守りたいと、身体中が叫んでいる。

 不思議だ。
 こんな窮地なのに、心が温かくなる。

 ブラック。お前にもわかるはずだ。
 これが人間の力だ。暴力ではない、心の力。
 見せられるかもしれない。人の可能性を。それが生み出す奇跡を。

「待たせたな、R、ガール。すまない」
 ぶん殴られた鼻を押さえながら、シンが立ち上がった。
「ごめんね、みんな」
 そのシンの頭をひっぱたきながら、ワカナが続いた。

「い~の、い~の。でも、いつか私が失恋して落ち込んだときは、ワカナ先輩なんだからフォローしてね」
 また苦笑。シンもワカナもガールも、予想通りの受け答えだ。

 なんなのだろうか。
 なぜ、こうもシンたちのことが分かる?

 未来で、我々は出会っている。
 思い出せないが、そのメモリーが、こうした気持ちを呼び起こすのか。

 わからない。
 だが、この二人を守って戦い抜くことに迷いはない。
 使命ではない。これは自分自身の意思だ。

 


「さぁて、ワカナが立ち直ったのはいいが……状況は全然変わらねぇな……」

 人々を救い、ブラックを止め、ルメージョを倒し、ナツミを取り返す。
 どれ一つにも、光明は見えない。

「そうでもないわ、さっき人間たちと押しあってる間に、ガールちゃん、いいこと思い付いちゃったから」

 全員が、ちょっと緊張した。
 ガールがこういう言い方をするときは、大抵無茶なことなのだ。
 だが今は、無茶をしないでどうにかできる状況ではないのも確かだった。

「シン、ちょっと交代して。1分はいらないから、この人たちを近づけないでね」
 言って、ガールは後ろに下がった。
「おいおいっ!?」

 慌ててシンがガードに入る。人垣を押す。支える。重い。1分も持つわけがない。
 うめくシンを無視して、ガールはワカナに歩み寄った。

「ワカナ、私を信じてね」

 ガールの手がワカナの手を包んだ。
 暖かく、優しい光。

 MCBグローブに力が流れ込んでくる。尋常なパワーじゃない。
 グローブはガールのエネルギーを得て、強く輝き出した。

 エネルギーを急激に失ったガールが、膝をついた。
「ガール!?」
「……大丈夫。エターナル・ウインド・フレア一回分の力は、残してあるから」
「ガール、一体何をするつもりだ?」
 Rが問い掛けたが、ガールは答えず、ワカナの手を握りしめた。

「……ルメージョの意識を突破して、ナツミさんに力を届けることが出来るのは、きっとワカナだけだわ。だから……この力を……あなたに託す……」
「でも、ルメージョを倒したら、この人たちは……ガールたちは……!!」
「安心して。ワカナはナツミさんを救うことだけ考えて。この人たちも、私たちも、決して死なないわ」

 ガールが立ち上がった。

「シン、ワカナをエスコートしてあげて。物理的な攻撃では『ルメージョ』と一緒に『ナツミ』も死んでしまう。唯一の方法は、エモーション・ポジティブそのものを撃ち込んで『ルメージョ』だけにダメージを与えること。だから、シンはワカナのために道を作ってあげて」
「わ、わかった。だけどお前たちは……」
「Rは、人々に取り憑いたジャーク因子を取り除いて。極小の因子を、周囲を傷つけずにピンポイントで破壊するのは、Rにしかできないわ」
「だが、その一点がどこにあるか見つけるのは至難だぞ?」
 ガールが人々のほうに振り返った。

「……私が、見つけるわ。言ったでしょ、エターナル・ウインド・フレア一回分の力を、残してあるって」
 ガールが構えた。

「エネルギーを炎に変換せずに、エターナル・ウインド・フレアを放つ。エネルギー流で、この空間を覆い尽くす。私の風で全員の感覚にアクセスして、発信源を見つけ出す!!」

「無茶だ!!」
 全員が同時に言った。

 やはりトンデモないことを考えていた。
 その方法では、この人たちの痛みの感覚もガールに集中することになる。
 1つ1つは耐えられても何千人分もの痛みだ。
 ガールの身体が持つはずがない。

「だ、だめだ! エネルギーの大半を失った身体でそんなコトをしたら……!!」
「や、やめて、ガール!!」

 だが、ガールは止まらなかった。
「他の方法を探している余裕はないのよ! ブラックにルメージョを倒させるわけにはいかないの!! 大丈夫、ミニライガーたちもいる。彼らにフォローしてもらえば、しばらくは耐えられるはず……いえ、耐えきってみせる!!」

 イバガールのエキスポ・ダイナモが輝いた。
 もう止められない。発動する。

「エターナルッ……ウインド……フレアアアアッ!!
 行って、R! シン! ワカナッ!!」

(後半へつづく→)

 


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