よく漫画でわかりやすくって言うけどアレって本当?

2018年1月9日

 漫画でわかりやすい○○、といった本をあちこちで見かけるんだけど、ボクは全然そう思っていないんだよね。

 アレは勘違い、誤解だって思う。

 でも一方で、確かに漫画のほうがわかりやすく感じるっていうのもあると思う。
 本当にわかりやすいんじゃなくて、そう感じる、抵抗感が少ないってコトなんだけど。

 この「漫画でわかりやすいマジック」のタネをちゃんと分析しておくと、広告漫画や解説漫画を請け負うときに何をどう構成すればいいのかが見えてくるんだよ。

漫画にしたら何でもわかりやすくなる?

 広告に限らず「漫画でわかりやすい」という表現は、色々なシーンで使われている。

 例えばボクが「高エネルギー加速器研究機構(以下KEK)」のWEBサイトで連載した科学漫画『カソクキッズ』も『マンガでわかる素粒子物理学』と改題されて出版されたことがある。

 だけどボク自身は、普通の、文章や図解による解説よりも漫画のほうがわかりやすいなどと思ったことは一度もないんだ。

 拙著に「マンガでわかる~」と名付けたのは出版社であって、ボクが描いた作品は、あくまでも「カソクキッズ」だし、ファンの皆さんが読んでくれていたのも「カソクキッズ」だ。

「マンガでわかる~」の書名を了承したのは、出版のプロがそういうタイトルのほうが売れると判断したのなら、そのお手並みを拝見しようと思ったから。
 自分が育てた「カソクキッズ」という作物を仕入れたお店が、独自のブランドネームにして売り出したって感じかな。

 でも売れなかったけどね。
 買ってくれたファンの皆さんからも「カソクキッズのままのほうがよかった」って声をたくさん聞いた。

 やっぱりなぁ。

 というわけで、自分で電子書籍にして出版したものは、ちゃんとオリジナルのタイトルでやっている。
 (よかったら是非買ってみて。面白いから。損はさせませんぜ)

 閑話休題。

 とにかくねぇ、漫画にしたら何でもわかりやすくなる、なんてことはないのよ。
 そんなコト、あり得ないよ。

 ボクは、広告漫画家であると共に広告クリエイターでもあるので、はっきり言わせてもらうけど、普通の、漫画ではない解説書や広告が、漫画よりわかりにくいなどということはないと断言できる。

 そもそも、わかりにくかったら解説書や広告として役に立たないし、広告に書いてあることなんて、そんなに難しいコトじゃない。
 わかりにくい広告もあるとは思うけど、それはその広告がダメということに過ぎない。
 それは漫画であっても同じことでしょ。

 つ~か、漫画の広告って、普通の広告より回りくどくて非効率的だと思うよ。

 広告情報だけ伝えりゃ済むのに、ストーリーだのキャラクターだの、本来は広告に必要ない要素が山ほど入ってくるんだから。
 同じ量の情報を与えるための方法としては、あまり効率のいいやり方とは思えないよ。

 実際、ボク自身も、カソクキッズを描くために素粒子物理学について勉強したときは、普通の解説書を中心に読んだ。
 当時のボクは素粒子物理学なんかチンプンカンプンだったから、できるだけ簡単に、わかりやすく解説してくれる本を選んで読んでいたんだけど、それは漫画じゃないんだ。後に「漫画でわかる量子力学」といった類いの本も読んだけど、わかりやすさでは「初心者向けに平易な文章で解説してくれる本」のほうが、ずっと上だったなぁ。

 そして、そういう本を読んで、ボクなりに工夫して描いたカソクキッズだけど、それでさえ、ちゃんとした解説書よりわかりやすいとは思っていない。
 本気で素粒子物理を学びたいと思うのなら、漫画なんか読んでないで、マトモな解説書を読むほうがいいに決まってると思う。

 だからボクは「漫画でわかりやすい」は、錯覚だと思っている。
 本当にわかりやすいのは、普通の本、普通の広告のほうだと思う。

漫画はわかりやすいのではなく「とっつきやすい」

 なんで普通の本や広告より、漫画のほうがわかりやすいと思われちゃうのか。

 それは、読む人のモチベーションが低いからだと思う。
 わかろうと思ってない人を相手にしているからだと思うんだ。

 ガチで学ぶ気はないけど、ラクにわかるなら聞いてやってもいい、読んでやってもいい。
 その程度の興味しか持ってないからだ。

 逆に言えば、そういう人たちを想定しているから「漫画でわかりやすい」という幻想が生まれるんだと思う。

 意欲の低い人たちにガチなモノを与えても、かえって引いてしまうもんね。「そこまで聞いてない」「めんどくせぇ」って言われちゃって、最初から読まない。無視されちゃう。

 広告なんか、その典型例だよね。
 広告のチラシを見て「うぉおお、広告だ、読まなきゃ!!」って盛り上がる人は滅多にいない。
 どんなにオトクなコトが書いてあったとしても、受け取った時点では、さほど興味はない。
 むしろ邪魔。
 暇ならチラッと見出しくらいは眺めてやってもいいけどね、という程度。

 ところが、コレが漫画だと見てくれる人が増える。

 広告を見る気はないけど、ギャグや、ちょっとしたストーリーやキャラなら見てもいいやと思ってくれる。
 情報を得るためではなく、楽しみのために。

 最初から、わかるためになんか読んでない。
 わかる気もない。
 楽しませてくれて、結果的にナニカをわかっちゃったら、ソレはソレでいいというだけなんだ。

 つまり、漫画はわかりやすいのではなく「とっつきやすい」のだ。

 いくらわかりやすくても、ただの文章や広告では読まない人たちがいる。
 読まないから、伝わらない。

 一方、漫画だと読む。
 だから、わかる。伝わる。

 漫画では、ちゃんとした解説を読んだときほどには伝わらないことが多いと思うけど、ちょっとは伝わる。
 わかった気になる程度には満足できたりもする。

 これが「漫画でわかりやすい」の正体だと思うんだ。

 ということは、漫画で何かを伝えるというのは、飲みにくい薬をジュースで薄めているようなモノだ。
 錠剤のままでは飲み込んでくれないモノを、キャラやギャグやストーリーといったジュースの中に溶かしているんだ。

 当然、容積が増える。
 固めて飲み込めば1錠で済むのに、ジュースに溶かしたらコップ1杯分を飲まなきゃならない。
 それでも、そうしなきゃ飲まないんだから、仕方ない。

 コップ1杯の予算がなければ、必要量を飲ませることができない場合だってある。
 それでも、全然飲まなくてゼロよりはマシ。

 ボクは、漫画で伝えるというのは、そういうコトなんだと思っている。

 そして、そこから広告漫画をどのように構成すべきかも見えてくるんだ。

広告漫画は興味がない人向けのもの

 広告や広報に漫画を使うのは、そうしなければ読んでくれない人たちがいるからだ。

 ということは、広告的には「漫画にする=興味ない人を相手にする」ということになる。

 十分に興味があれば漫画にしなくても読んでもらえるんだから、漫画にするってことは必然的に扱っている分野・題材に興味がない人、あるいは関心が薄い人向けということだと思うんだ。

 広告する対象や広報する題材に強い関心を持っていないから、オブラートに包まないと読まない。
 だから漫画にする。

 でも、包んだからって、それだけで上手くいくというものでもない。
 元々大して興味を持ってないんだから、教えよう、伝えようとすればするほど、読者は引いてしまうんだよね。
 「あ、コレ面倒くさいヤツだ」って思ったら、もうそこまで。

 それでは、広告するという意図そのものが崩れてしまう。

 まぁ「漫画でわかりやすい」という誤解が世の中にはあるから、ソレっぽいタイトルをつけるだけでも一定の効果はあると思うんだけど、実際にわかりやすくなければ、すぐにメッキは剥げてしまう。あっという間に丸裸。「わかりやすいと思い込んでいるだけの裸の王様」になっちゃう。

 もちろん、そういう人ばかりじゃないよ。
 バリバリ説明しまくっても、逃げないで楽しんでくれる読者だっている。
 待ってました、と喜んでくれる人たちも。

 コレ、普通の漫画なら、まさにメインの読者だよね。
 とってもありがたいファンの皆さん。

 だけど、悲しいけどコレ、広告なのよね。

 そういう食いつきのいい皆さんっていうのは、つまりは元々興味があった人たちなんだよね。
 ということは、漫画にしなくても釣れる人たちなんだ。

 そういう読者だって大事で、作者としてはすっごく嬉しいんだけど、でも、その人たちにどれだけ支持されても、それじゃあ本来狙っていた「興味がなかった人」は釣れないのよ。

 素粒子漫画『カソクキッズ』を描いていたときもね、研究者とか科学ファンとかの興味がある人からの評価が高いエピソードって、そうでない人たちには人気なかったんだよね。

 そういう状態では、広告・広報企画としてはダメなんだ。

 どんなに人気があっても、濃い人たちに支持されてるだけじゃ高くトンガっていくだけで裾野が広がらない。
 宇宙世紀の歴史に精通してる人しか楽しめないガンダムばっかりじゃ、事業としては問題なのよ。
 ニワカな人が気軽に参入してくれるようじゃないと、広報としては失敗になっちゃうんだ。

 そういうわけで、どうしても「興味ない人」を前提に、描かなきゃならない。
 しかも広告なんだから、わかってもらわなきゃならない。
 けれど、わからせようと丁寧にやればやるほど、客は逃げる。

 広告漫画には、そういうジレンマがあるんだ。
 読みたくない人向けに描く、なんてことフツーはやらないからねぇ……。

広告漫画はわかやすくなくていいと思う

 で、ボクは、あるときから「漫画でわかりやすい」を捨てた。

 どうせ漫画はわかりやすくない。
 ボク自身も『ヒカルの碁』や『アイシールド21』などを夢中で読んだけど、囲碁もアメフトも覚えなかったもん。
 劇中でルールとか説明されてるんだけど、全然覚えなかった。
 わかんないまま「初手天元ってスゲエんだな」とか「そうか、アイツを抜けば勝てるんだな」とか、その場その場で盛り上がってた。

 漫画を読むときって、そんなモンだと思うのよ。

 作者は、読者が全体を理解できるように色々配慮する。
 でも、大きなトコが理解できてなくても全然構わないことでもあるんだ。

 どうしてもわかっていてもらわなきゃ困る部分だけは、上手く劇中で処理して伝えるようにするけれど、それは全体の中のホンのピンポイント。鍵になる一点のみ。

 それ以上やったらクドくなる。流れが断ち切れてしまう。
 読者だって立ち止まらない。むりやり立ち止まらせようとしたら、もう読まなくなるだけ。

 わかりやすい広告漫画を描こうとすると、その「むりやり立ち止まらせる」をやってるようなコトになるんだよね。
 ま、読者も広告だってわかってるし、ページ数も短ければ、そういう強引なやり方自体をネタとして処理することもできるんだけど、その手の裏技だけでたくさんの広告漫画をやっていくのはキツイ。

 だから「わかりやすい」を捨てたんだ。

 いや、だからってわからなくていいってモンじゃないよ。
 それじゃ仕事にならない。

 なので「わかりやすくないけど、わかりたくなるように仕向けて、結果的にわかる状態に持っていく」という作戦に切り替えたんだ。

 つまり、解説のために割いていた力を減らして、その分だけ「興味を喚起する」ことに注ぐようにしたの。

 解説シーンは盛り込むけど、そこで理解してもらえなくていい。
 楽しませることのほうを優先する。コッチに引き込むことのほうに力を注ぐ。
 そうやって漫画で扱っている対象に興味を持たせる。

 そのほうがいいと判断したんだ。

 150ページもない学校の教科書を1年がかりでも思えられない子が、その5倍くらいブ厚くて複雑なゲームの攻略本は、あっという間に暗記しちゃったりする。
 興味を持つというのは、それくらい強力だ。

 興味を持たせることができれば、読者は勝手に学び始める。
 漫画に描いてないことまで、どんどん学んでいく。
 理解が深まれば、学ぶこと自体も楽しくなる。
 だから、さらに学ぶ。

 漫画で教えようとすると何百ページあっても足りないようなコトまで、自主的に学んでしまうんだ。

 漫画では教えていない。
 けれど、学ぶ力を引き出したのは漫画だ。
 キッカケを与えることさえできれば、十分以上の結果を出せるんだ。

 ボクはそう考えて、そういう広告漫画を提案するようになった。

 教えたがる依頼者たちに理解してもらうのは難しかったけれど、代表作カソクキッズが成功したことで、今では多くの人が耳を傾けてくれるようになった。
 具体的な成功事例があると売り込みやすいんだよね。

 カソクキッズでも、最初から監修者全員が納得してたわけじゃないと思う。
 それでも、ボクを信じて任せてくれた。
 結果が見えてくるまで、辛抱強く見守ってくれた。
 そのおかげで成果を出せた。
 運良くイイ人たちに恵まれたからやれたんだよね。

 成果が見えてきたのは、連載開始から1年目くらいからだ。

 KEKには出前授業というのがある。
 研究者が全国の小中学校に出向いて、出張講演をするんだ。

 その現場での子供たちの反応が、明らかに変わってきたんだ。

 それまでは、宇宙の誕生とか素粒子の謎といった話をしてもポカーンとする子ばかりで、あまり盛り上がらなかった。
 講演後に質問コーナーを設けても、手を挙げる子がいない。

 それがカソクキッズを読んでいる子が増えてくると、ガンガン質問が飛び出してくるようになったそうだ。
 しかも、まだ漫画に描いてないことまで。

 漫画がキッカケになって、興味を持って、自主的に学びたくなったんだね。

 きっとそうなると思ってやっていたことだけど、実際に読者がボクが狙った通りに学び始めているとわかったときには嬉しかったなぁ。

 ボク自身も、KEKの一般公開イベントで、そうした子たちに出会って驚かされる。
 ボクよりずっと詳しい。
 小学3年生くらいで、大学院生かと思うような疑問をぶつけてくる。
 自分なりの研究テーマを見出している子までいる。

 一緒にいた親御さんにも感謝された。
 お子さんは、それまで理科が苦手だったらしい。
 それがカソクキッズを与えてからは、楽しんで勉強するようになり、今では通知表も「5」だそうだ。
 本気で博士を目指しているという。

 教科書を漫画化しただけのような作品を描いていたら、こういう成果は出せなかっただろう。
 いつか世界をあっと言わせる研究者が出てきて「この道に進んだキッカケはカソクキッズです」なんてことがあるかもしれないよね。
 ワクワクしちゃうよ。

 こういう体験をしたから、ボクは「わかりやすくなくていい漫画」を提案することが多いんだ。

 漫画の仕事は、わからせることじゃなく、ゼロをイチにすることだと思う。
 それはイチをニにすることより、ずっと大きいと思う。

 イチにできれば、それはいつかニに、サンに、やがてはジュウにもニジュウにもなっていく。

 ボクは広告漫画、広報漫画はそれでいいと思うんだ。

 


※追記1
 この考え方は、企業や商品の広告宣伝でも同じだ。
 広告の場合は、漫画と解説記事をセットで考える。例えば、見開きの片方が漫画、もう片方が解説といった感じ。
 ボクは広告業者でもあるので、解説部分までセットで請け負うことも少なくないけど、漫画以外は広告会社に任せることも多い。
 どっちの場合でも、漫画では興味を引き出すことに集中する。解説を読んでやってもいい気持ちにさせること。楽しませて引き込むこと。それに全力を傾ける。それさえ出来れば、広告としての成功率はずっと高くなるんだ。

 


※追記2
 わかりやすいを目指さないっていうのには、漫画家としても嬉しい大きなメリットがあるんだ。
 いかにもな広告漫画じゃなくて、普通の漫画に近くしやすいんだよ。
 なんせ、教えることより楽しませることのほうが優先なんだから。
 だから、気持ち良くノッて描きやすいの。
 それで自然と作品の質も上がり、読者にウケることができて、広告効果も上がりやすくなる。そういう感じなんだよね。

「わかりやすい」を捨てることで、結果的にわかるように仕向ける。
 それに「広告漫画は広告か漫画か?」の項で書いたように、ボクはほとんどの漫画を広告漫画と見なすこともできると思っている。
 ボクの地元……というほどじゃないけど、同じ茨城県の大洗町は「ガールズ&パンツァー」の舞台となったことで、大きな経済効果を上げた。
 こうした事例は、他にもある。

 広告のつもりでやっていたら、そういう展開にはならなかっただろう。
 広告じゃないことが、広告の何百倍もの広報効果を上げているんだ。

 こうした事例がさらに増えて広まっていけば、さらに多くの広告主が「広告じゃない広告」の魅力に気付いてくれるだろう。

 広告主の予算でやる以上、広告主のメリットを忘れてはならないと思うけれど、そういう配慮さえできていれば、漫画家やアニメーターやイラストレーターが本領を発揮して楽しみながらやれる広告企画はアリだと思うんだ。
 そのほうが、コンテンツの力を引き出せて、得るモノも大きくなるんだから。
 そういう動きを広めていくためにも、ボクは「わかりやすい漫画じゃないモノ」を目指したい。
 そして、わかりやすくしないことで結果を出し続けたい。

 そういう認識が広まれば、広告が漫画家を支援できるようになると思うし、漫画家も、広告に貢献できる。
 それも、自分の作品をちゃんと描くというだけで、そうなる可能性があると思うんだ。
 そうなれば、漫画家たちに素晴らしい作品を生み出すチャンスを提供できるかもしれない。

 それがボクがやっている広告漫画なんだ。

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。