小説版イバライガー/第7話:氷の微笑(後半)

2018年1月8日

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Bパート

 黒い粒子はナツミの身体を覆い、甲冑のようになった。

 近づいてくる。
 だが、ワカナは動けなかった。

 四天王?
 ルメージョ?

 その名前は知っている。以前にイバライガーが言っていた。
 未来世界を崩壊させた四体の原初のジャーク。
 その一人が、ルメージョという名だったらしい。

 ナツミが、ソレになった?
 そんなことが!?

 ワカナの思考は、混濁していた。どうしていいか、わからない。

 だって、あれはナツミだもの。ジャークじゃない。お化けじゃない。ちゃんとナツミの姿をしているもの。
 何かの間違いだ。嘘だ。ナツミが世界を滅ぼすわけがないよ。私やシンを忘れるはずない。

「ブレェエイブッ……キィイックッ!!」

 声が、ワカナの思考を断ち切った。

 声と共に、赤い流星が黒い風を切り裂いて着地した。
 その足元からエモーション・ポジティブの蒼い波動が広がり、ネガティブの波動を押し返す。
 輝きの中から、イバライガーRが立ち上がった。

「そこまでだ、ジャーク! これ以上はさせないぞ!!」
「そうよ、ナツミさんの身体を返しなさいっ!!」
 オレンジの肢体が宙を舞って、ワカナの隣りに降り立った。

「イバライガーR! イバガール!!!」
「下がるんだ、ワカナ! それにTDFの者たちも!!」
「で、でも……!?」

 ワカナは迷った。イバライガーに頼ってしまいたい。
 でも、それもナツミを見捨てると同じなんじゃ……。
 せっかく会えたのに、またナツミを置いていってしまうなんて……。

「待て。オレたちは下がるわけにはいかん」
 ソウマの声。気づくとTDFの銃口の半分は、Rとガールに向けられている。
「その怪物と貴様ら。共に取り押さえるのがオレたちの仕事だ」

「やめるんだ。そんなモノが通用しないことは、知っているはずだ」
「………………」

「私たちは彼女を取り押さえて、被害を食い止めたい。力を……貸してくれないか?」
「………………」
 TDFは構えを解かない。ソウマは迷っているようだ。
 ガールが怒鳴った。
「もぉ! じれったいわね! 邪魔だから下がってって言ってんの!! 後でいくらでも構ってあげるから、今はどっかに行ってよ!!」
「……ちっ、やむを得んな。だが、お前たちを信用したわけじゃない。おかしな動きをすれば……」
「うっさい! 早く下がれってば!!」
「わかった……さぁ、行くぞ、ワカナ」
「でも……」

「私たちは最後までナツミさんをあきらめはしない。だが、今のヤツはジャーク四天王だ。手加減して戦える相手じゃない……!!」
「彼女のことは私たちに任せて! きっと取り戻すから!!」
 イバガールはワカナを抱きしめた。ガールの想いが流れ込んでくる。

 本気だ。ガールは本気でナツミを助けようとしてる。

 そうだ。いつだってイバライガーは本気なんだ。
 それは初代の頃から変わらない。

 優しさと強さを持ち、人間のためなら命すら投げ出すヒューマロイドたち。

 そうだ、私には仲間がいる。
 痛みを和らげてくれる仲間がいる。

 私の役目はみんなを信じることだ。
 信じる力が私の武器なんだ。

「勝手なことをして……ごめんね」
「いいのよ。私たちだって同じ気持ちだもん」

 


 ギリギリまでワカナを見守ろうと言ったのは、ガールだった。

 ナツミさんという人のことは分からない。でもワカナやシンにとって大切な人だっていうのはわかる。いいえ、感じるの。
 それに……私たちのメモリーが、彼女を救えって言ってる。何も思い出せないけど、心の中に呼びかけてくるの。

 それはRも同じだった。
 事情はわからないが『ナツミ』を救いたいという欲求のようなモノがある。
 それが自分たちの足を止めた。
 ワカナが彼女を呼び戻してくれることを祈った。

 だが、ついにジャークが本性を現した。
 戦うしかない。

 Rとガールはナツミ……ルメージョに向き直った。
「R! 一気に行くわよ!!」
「わかった、ガール!!」

 人間の女性の姿。だが、その内側から感じるネガティブ・ポテンシャルは恐るべきものだ。
 ガールの言う通り、全力で一気にねじ伏せなければ、こちらが危ない。

「あら、本気なのね? 確かにほとんど人間の部分を残している私のボディは、あんたたちとの戦いには不利よねぇ。……だけど……人間の部分が多いからこそ、人間の弱さもよ~く分かるのよ?」
「なんだと!?」

 突然、全方位からジャークの反応が沸き起こった。
 数百、いや、それ以上か。

 人間たちだった。戦闘員ではない。人間のままだ。
 だが、ジャークの反応がある。

 操られている。

「どんな人間だってポジティブだけではなく、ネガティブな部分を持っているわよね。私の風は、人の心も凍らせるのよ。私の風に触れた者は、私のしもべになるの。さぁ、行きなさい、私の人形たち!!」

 一斉に掴みかかってきた。だが、所詮は人間だ。何人いようとイバライガーを取り押さえるほどの力はない。
 Rは人々の手を振りほどき、軽い当て身で気絶させようとした。

 そのとたん、激しい感情エネルギーがRたちを襲った。

「くっ!?」
「こ、これは……まさか!?」

 倒れる人間の痛み。苦しみ。その悲鳴がRたちに叩き込まれる。

 感覚がある?
 この人間たちは自分の意識があるのか!?

 


「ふふふ……ようやく気づいたみたいね。そう、人間たちの感覚は残してあるわ。何倍にも増幅してね。その感覚を私の風が捉え、エモーションとして、お前たちに伝えているの。痛みと恐怖が溢れれば溢れるほど、私の風は強くなり、お前たちはダメージを受ける。ふふふ……」

 振り返った。子供が混じっている。泣いている。恐れている。助けを求めている。それなのに向かってくる。恐怖で心が壊れそうになっている。
 その恐怖がネガティブの力を増幅し、ポジティブの力を打ち消していく。

 マズイ。このままではエネルギーを失う。
 だが、人間を攻撃することはできない。

「こんなことで、お前たちを倒せるとは思ってないわ。でも、お前たちも何もできない。人間の心を持ったヒューマロイドって、なんて不便なのかしら。いっそ人間であれば非情になって同じ人間を殺すこともできるし、感情エネルギーにさいなまれることもないのにねぇ」
「くっ! ルメージョ! 許せないっ!!」

 イバガールが跳んだ。
「あんたさえ倒せば、この人たちは元に戻るはずよっ!!」
 拳を叩き込む。ルメージョは、それを受け止めた。

「すごい威力ね。さすがはダマクラカスンを倒しただけのことはある。ジャーク波動を集中させていなければ、この手が砕け散っていたかもね。もう一度受けるのは、この身体じゃ無理かしら?」
「それなら、これで終わりよっ!!」

 ガールが振りかぶった。渾身の一撃。

 だが、子供たちの悲鳴がガールの拳を止めた。
 悲鳴がネガティブ・エネルギーとなって、ガールに叩き込まれてくる。

「くっ……こ、これは……一体……!?」

 子供たちは、泣きながらうずくまっている。

「あなたの拳を、その子たちが受け止めたのよ。私が受けた感覚を子供たちに代わってもらったの。私に手出しすればするほど、人間たちは痛みを感じる。そして、それでも止まらない……ふふふ……」

「あ、悪魔……!!」
「いいえ、私たちはジャークよ。ネガティブな感情は、私たちのエネルギー。美味しいゴハンをいただいてるだけなのよ」

 


「ソウマっ! この人たちをTDFで取り押さえてっ!! このままじゃRやガールがっ!!」

 ワカナが叫んだ。だが、ソウマたちは動かない。
「どうしたの!? 早くっ!!」

「無駄よ、ワカナ」
 目の前のOL風の女性が喋った。

 ナツミ……いや、ルメージョ。

「あなたは、そのMCBグローブで私の波動を相殺していたようだけど、その連中は違うわ。普通の人間よりは精神も訓練されているようだけど、私にはその者たちの本当の心がちゃんと見えるわ……」

 TDF隊員たちは、悲痛な目で震えている。

「この連中はね、ワカナたちに……イバライガーに嫉妬してるのよ。自分たちが勝てなかったジャークを倒せる力にね。その心の隙に私は入り込んだ。そいつらは、すでに私のもの……」

 ソウマがブレードを抜いた。ワカナに迫ってくる。
 人々も押し寄せてくる。

 弱った足で蹴り付ける老人。
 幼い手でひっかく子供。

 力ならば、何百人集まろうが、イバライガーを抑え込むことなど、できるはずもない。
 無力だからこそ、Rもガールも動けない。

「あーはっはっは!! 未来の超技術? ジャークを倒す者?
 子供やジジイにすら抵抗できないデク人形がバカ言ってんじゃないよっ!!
 友情も愛情も信じられるものかっ! 己の欲望のために親友すら見捨てる。それが人間! そぉよねぇ、ワカナァアアア!!」

 ワカナは、全身から力が抜けていくのを感じた。

 私のせいだ。私のせいでナツミがジャークになってしまった。
 私がルメージョを生み出してしまった。
 あの夜から、こうなることは決まっていた。
 雪の蛍を見たときから、決まっていたこと。
 わかってくれる、許してくれると思っていたのは私のわがまま。

 絶望が溢れた。
 それを感じ取ったのか、ルメージョが舌なめずりした。

「美味しい……。でも……こんなものじゃ、まだまだ物足りないのよね……」
 表情が歪んだ。サディストの目だった。

「あんたたちの……人間の本性を……この私が見せてやるよ!」

ED(エンディング)

 ワカナが見えた。人々に取り囲まれている。
 TDFも混じっている。

 ソウマがワカナに掴みかかろうとしている。手にブレードが見えた。
 動きは鈍い。飛び込む。そのまま殴り倒す。周囲に群がる人の群れもはじき飛ばす。

「ワカナ、大丈夫か!!」
「シン!!」

 ソウマがうめきながら起き上がってきた。
「てめぇ、毎度毎度邪魔しやがって!!」
「ダメよ、シン! この人たちは……」
「わかってる。状況はRたちがモニタリングしてたからな。だが、この連中をこのまま暴れさせておくわけにもいかねぇだろ!!」
「だ、だけど、攻撃したらRやガールが苦しむことになるのよ!?」
「耐えてもらうっ!! たとえ死ぬほどの痛みであってもな」
「そんな……!!」
「これは、そういう戦いなんだ。耐えて戦って、ジャークを……ルメージョを倒す。それがどんな結果になるとしても……!!」

「……その通りだ。さすがはシン、割り切ることもできるようだな」

 声と共に、背後の一点に巨大な気配が出現した。
 この声……気配……まさか!?

 人垣がはじき飛ばされた。
 その悲鳴がネガティブな感情エネルギーとなって叩き込まれているはずだが、何事もなかったかのように、漆黒のイバライガーは歩を進めた。
 遮る者は、全てなぎ倒して。

「イバライガーブラック!!」

 紛れもなく、あの黒いイバライガーだった。
 Rと同質の存在。別の可能性の顕現。

「R、ガール。言ったはずだぞ。世界を救いたいなら甘えは捨てろ、とな」
 ブラックのバイザーが、冷たく光った。

「どけ。使命を遂行する」

 

次回予告

■第8話 ジャーク・オブ・ザ・デッド
人間の心の弱さにつけ込んだジャーク四天王ルメージョ。その卑劣な攻撃に苦戦するイバライガーたちの元に出現したブラックは、周囲への被害を無視してジャークを倒し始めちゃう。一方、ルメージョを元の姿=ナツミに戻したいワカナの想いを汲んだガールは、決死の作戦を思いついちゃう。ワカナの心はナツミに届くの? お願い、想いを届けてぇええ!!
さぁ、みんな! 次回もイバライガーを応援しよう!! せぇ~~の…………!!

(次回へつづく)

(第7~8話/作者コメンタリーへ)

 


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