小説版イバライガー/第6話:未来の二つの顔(後半)
Bパート
「……R、あれも君の仲間か?」
シンは、ようやく声を搾り出した。
Rは答えない。
ただ真っ直ぐに、黒いイバライガーを見つめている。
長い対峙と沈黙を破ったのは、黒い戦士だった。
「見せてもらった……。お前たちの戦いぶりを。二人がかりで死に損ないのジャークさえ倒せないとはな……。失望したぞ、イバライガーR」
言いながら、数歩、踏み出した。
それだけで空気が重くなった。空間それ自体が質量を持って覆いかぶさってくるように感じた。
黒いイバライガーの気が、空間を圧している。息が苦しい。
「……R、奴は……いったい何者だ?」
もう一度、問い掛けた。
「……存在するはずがない者……だ……」
「なに?」
思わず聞き返したが、Rは答えない。
ただ、凄まじいまでの緊張だけが伝わってくる。
存在しない?
覚えていないということか。
Rもガールも、メモリーを失っている。未来の記憶がない。
そのせいで、仲間を認識できないのか。
違う。
Rは、この黒いイバライガーを存在するはずがないと確信している。
「……へんよ。『彼』はRだわ……」
ガールがつぶやいた。
「どういうこと?」ワカナが聞き返す。
「……『彼』から感じる反応は、Rとまったく同じなのよ。同型のヒューマロイドっていうんじゃなくて、何もかもRそのものなの。見た目は違うけど、あれはRよ」
そんなバカな。Rはここにいる。
量産型? いや、それも違う。
荒廃した未来世界に、そんな余力があるはずがない。
イバライガー一体を起動させるだけでも、やっとだったと言う。Rやガールが目覚めたことでさえ、本来はあり得ないはずだ。
まして現代に転移など、奇跡どころのレベルじゃない。
それなのに第4のイバライガー?
まさに存在しない者だった。
黒いイバライガーが、再び言葉を発した。
「今頃気づいたか。だから言ったのだ、失望したとな。オレと同じ存在にも関わらず、あの情けない戦いぶり。揚げ句に人間共に囚われているだと? 貴様、使命まで忘れたのか?」
近付いてくる。Rが構えた。
「お前は……誰だ?」
「オレは、お前だ。オレたちは、どちらがオリジナルでもない。共にオリジナルでありイミテーションだ。だが……オレはお前とは違う」
近付いてくる。構えてもいない。それでもプレッシャーはどんどん大きくなる。
耐えきれずにマーゴンが倒れた。
「そこをどけ、イバライガーR。貴様の後ろに隠れている男を渡せ」
隊員の身体に緊張が走った。冷たい汗が噴き出している。
「どう……する気だ?」
シンが、うめくように問い掛けた。
「お前がシンだな? そして隣りの女がワカナ……か。安心しろ、お前たちには手は出さん。オレの獲物は、その男だけだ」
シンは、一瞬ほっとした自分を恥じた。
隊員を見つめる。こいつはイバライガーが傷つく原因を作った男だ。
そしてイバライガーが最後に救った命でもある。見捨てるわけにはいかない。
こいつもまた、イバライガーの遺産なのだ。
「どうする気なんだ?」
もう一度、言った。
「殺す。お前が考えている通りだ。そいつは『初代』を殺そうとした男だ。生かしておく理由はない」
歩みは止まらない。躊躇もない。死の影が迫ってくる。
その前に、Rとガールが立ちはだかった。
「ならば……私たちはお前を止めるっ! 例え同じイバライガーであろうとも!!」
「ええっ!『初代』の意思を受け継いだ者として、人間を傷つけることは許せないわっ!!」
止まった。プレッシャーが薄れた。
いや、凝縮した。
「……違う。奴の意思を受け継いだのは、オレのほうだ」
「なん……だと!?」
「奴は迷っていた。この時代の人間に絶望を感じていた」
黒いイバライガーの両腕が、少しずつ上がっていく。
「貴様らは、お尋ね者なのだろう? 奴がどれほど人間を救おうとしても、人間共は忌み嫌い、恐れ、蔑んでいたのだろう? 奴は気づいていたのだ。貴様ら人間こそが、地球を穢す者だとな」
腕の動きとともに、気が収束していく。
濃密すぎる気。周囲の風景が歪んで見えるほどに。
「ジャークは人間の悪意が生み出す。つまり、貴様ら人間こそがジャークなのだ」
両腕を胸の辺りでクロスさせた。指先が、かぎ爪のように曲がった。
「その男だけではない。オレは地球を穢す者を……エモーション・ネガティブを生み出す者を全て消し去る。ジャークも、人間もだ。それこそが『初代』の意思だ!」
指先が両肩のショルダー・ジェネレータに触れる。
エネルギーが、チャージされていく。
「光を支えるのは、闇だ。この漆黒のボディはその意思だ。
我が名はブラック! イバライガーブラック!!
邪魔する者は、全て叩き潰すっ!!」
放った。ショットアロー。しかも10本の指先全てから。
あの光弾の雨の正体はこれだったのか。
だが、今度は至近距離すぎる。エモーション・フィールドも通じない。
かわしきれない。
「エターナル・ウインド・フレアッ……モード:バーストッ!!」
ガールが叫ぶ。高熱・高質量のエネルギー流が周囲に広がり、シンたちをガードした。
同時にRが跳んだ。「エモーション・ブレェエエイドォ!!」
赤と黒。2つの流星が、上空で斬り結ぶ。
ぶつかる度に、周辺の大気がプラズマ化して輝く。
「なぜだ! なぜ存在する!? ブラック!!」
「オレたちは、異なる2つの可能性だ。『初代』は人間を……特に、シンとワカナを救いたがっていた。だが、その一方で人間共に絶望も感じていた。その相反する想いが時空転移に干渉した結果、2つの可能性が共に、この時代に実体化した。それがオレたちだ」
「私たちの……可能性……だと!?」
互いに弾け飛ぶ。着地。そのまま蹴って、再び奔る。戦いが加速していく。
シンたちの左前方、駐車場の看板が吹き飛んだ。その直後に後方の、かつて警備員室だったであろうプレハブが吹き飛ぶ。
人間の目で捉えられる限界を超えていた。
ぶつかった瞬間だけ二人が見える。下手に動けば巻き込まれる。マーゴンや隊員を避難させることすらできない。
「……そういうことだったのね……」
マーゴンをかばって伏せていたワカナが、顔を上げた。
「何が?」
「ブラックよ。彼は本当にRそのものなのよ。タイムジャンプは、一度物体を量子化して別の時空間で再構成する。そのプログラムになったのは『初代』なのよ。彼の想いが『この時空のRとガール』を作り上げたと言ってもいいの」
わかってきた。
ブラックの言うように『初代』に迷いがあったのだとすれば。
量子的に重なり合った想い。
そのどちらも選べなかったとしたら。
そのせいで『2つの可能性』が共に顕現してしまったのだとしたら。
自らの後継者としてのR。
別の可能性としてのブラック。
確かにジャークを生み出すのは人間の心だ。
ネガティブな感情がジャークとなる。
ジャークを倒し、世界を救うことは、その根源=人間を倒すことにつながるのかもしれない。
イバライガー。
世界を救うヒューマロイドたち。
しかしそれは諸刃の剣なのかもしれない。
彼らが人類最大の敵として立ちはだかったとき、我々はどうすればいいのか。
人は誰しも光と影を合わせ持つ。
ネガティブな感情だけを排除することはできないのだ。
すぐ目の前のアスファルトが砕け散った。破片が降り注ぐ。ガールがほとんどをはね返したが、左腕が動いていない。
細かい破片がいくつか、シンの頬を切った。
その痛みが、思考の迷路に入り込みつつあったシンを呼び戻した。
「大丈夫? ごめんね、さっきのショットアローにやられちゃって」
ガールの左肩に小さな穴が空いている。
あのエターナル・ウインド・フレアを貫いて達したのか。
「平気よ、もう少しで修復できるわ」
話しながらもガールは、全方位に注意を払い続けている。
自らのことは省みずに、シンたちを守り抜くために。
バカなことを考えるな。『初代』も、Rも、ガールも、本当に人類を守ろうとしてくれている。
例え人類がジャークを生み出す元凶だとしても、オレたちは、それを乗り越えていける。
信じるんだ。彼らを。いや、人間を。
「こいつらには自己修復機能があるのか……」
隊員のつぶやきが聞えた。
「ああ、イバライガーたちは、ナノパーツで構成されている。それは体内で作り出すこともできる」
シンの言葉に、隊員は意外そうな顔をした。
「なんだ?」
「いや、正直にシステムを解説してくれるとは思わなかった」
「お前らTDFは敵じゃねぇだろ。だからイバライガーもお前をかばったんだ。Rもガールも、お前を守って戦っている」
「そうか……」
「……名前を聞いていなかったな。オレはシン」
「ソウマ……だ。本当は民間人に名を明かしてはいかんのだがな。もっともお前たちは民間人には含まれまい」
「私はワカナよ。今度会ったら、ちょっとは手加減してよね」
「考えておく」
話しながらも、全員の目は周囲に注がれている。
赤と黒の流星が奔る。交錯する。ぶつかる。火花が散る。その場所がプラズマ化して爆発する。
超高速の戦いが続く。
だが、その爆発に微妙な変化が生じていた。
爆発の中心点が、ズレてきている。
「……シン、マズイわよ。Rのほうが押されているわ。いつか均衡が破れる」
「ああ、ブラックは……戦い慣れてやがる。どういうことだ?」
ブラックに向かって右手で斬り下げ、そのままアッパーのように左手を斬り上げる。
かわされた。ダッキングしたブラックが、上体の上がったRの懐に入る。
「甘いな、R」
肘打ちを打ち込まれた。耐えきれる。耐えて、撃ち返す。
そう思った瞬間、凄まじい衝撃がきた。
エモーション・ブレイドを展開せずに、そのままサイド・スライサーのブースターを全開にしたのだ。
Rが吹き飛ぶ。
倒れたRに、ブラックが近付いていく。
傷つき、よろめきながら、Rが立ち上がる。
「無駄だ。今のお前では、オレに勝てん」
「……私とお前は同じ能力・性能のはずだ。少なくとも相打ちには……」
「違う。お前とオレは、決定的に違う部分がある」
ブラックは、シンとワカナに視線を移した。
「オレは、未来の記憶を残している。未来のお前たちが何をしたか。どう生きたか。オレは覚えている。オレが何故イバライガーブラックとなったのかも……な」
衝撃が突き抜けた。
未来の記憶。それは『初代』も、ほとんど語らなかったことだ。
自分たちと彼らの関係。そして世界に何が起こったのか。
その詳細を語らないまま『初代』は去った。
それをブラックは覚えているのか。彼の行動は、未来を知った者ゆえだというのか。
シンとワカナは、何か重たいものを背負わされたような気分になった。
自分たちは……何なのだ。
「オレは自分の使命を知っている。記憶を失ったお前とは違う。あのジャークが言ったように、紛い物は貴様のほうだ、イバライガーR!!」
「くっ!?」
とどめを差しに来る。捨て身でかからなければ、対抗できない。
Rとガールが身構えた。
その瞬間、気が急速に消えた。
ブラックはすでに背を向けて、歩き出していた。
「……これ以上やると、貴様らを破壊することになる。だが……次に会ったときには容赦はしない」
振り返るはずもない背中だった。
存在しないはずのヒューマロイド。
それは、別の時空で選ばなかった未来そのもの。
Rとブラック。
突きつけられた、2つの可能性。
「R、ガール、シン、ワカナ……。世界を救いたいなら、甘い考えは捨てろ」
その言葉を最後に、イバライガーブラックは砂塵の中に消えていった。
ED(エンディング)
振り返らない背中。
ワカナは、その背中に寂しげな気配を感じた。
かつての初代がそうだった。
知っているからこその孤独。拒絶。
初代は振り返ってくれた。でも、ブラックは……。
初代、そしてRとガールは、未来の自分たちが生み出した者だという。
だがブラックは違う。
彼は生まれるはずがなかった鬼子だ。
未来世界にイバライガーブラックは存在しないはずだ。
だが、覚えているという。
未来のどこかで、私と彼は出会っているのだろうか。
Rとブラック。そして自分たち。
そこには、どんな関係があるのか。
強じんな意思と、ほんの少しの寂しさを背負った孤高の戦士。
ワカナは、その背中を、いつまでも忘れることができなかった。
次回予告
■第7話 氷の微笑 /ルメージョ登場
ついに現代に現れたイバライガーR、ガール、そしてブラック。一方ジャークはイバライガーたちに対抗するために、新たな四天王・氷の女帝「ルメージョ」を送り出してくるの!
ルメージョの罠がワカナとガールを追いつめるっ!
一体、ルメージョって何者なのぉお!?
さぁ、みんな! 次回もイバライガーを応援しよう!! せぇ~~の…………!!
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