小説版イバライガー/第6話:未来の二つの顔(後半)

2018年1月5日

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Bパート

「……R、あれも君の仲間か?」
 シンは、ようやく声を搾り出した。
 Rは答えない。
 ただ真っ直ぐに、黒いイバライガーを見つめている。

 長い対峙と沈黙を破ったのは、黒い戦士だった。

「見せてもらった……。お前たちの戦いぶりを。二人がかりで死に損ないのジャークさえ倒せないとはな……。失望したぞ、イバライガーR」

 言いながら、数歩、踏み出した。
 それだけで空気が重くなった。空間それ自体が質量を持って覆いかぶさってくるように感じた。
 黒いイバライガーの気が、空間を圧している。息が苦しい。

「……R、奴は……いったい何者だ?」
 もう一度、問い掛けた。

「……存在するはずがない者……だ……」
「なに?」
 思わず聞き返したが、Rは答えない。
 ただ、凄まじいまでの緊張だけが伝わってくる。

 存在しない?
 覚えていないということか。

 Rもガールも、メモリーを失っている。未来の記憶がない。
 そのせいで、仲間を認識できないのか。

 違う。
 Rは、この黒いイバライガーを存在するはずがないと確信している。

「……へんよ。『彼』はRだわ……」
 ガールがつぶやいた。

「どういうこと?」ワカナが聞き返す。

「……『彼』から感じる反応は、Rとまったく同じなのよ。同型のヒューマロイドっていうんじゃなくて、何もかもRそのものなの。見た目は違うけど、あれはRよ」

 そんなバカな。Rはここにいる。

 量産型? いや、それも違う。
 荒廃した未来世界に、そんな余力があるはずがない。
 イバライガー一体を起動させるだけでも、やっとだったと言う。Rやガールが目覚めたことでさえ、本来はあり得ないはずだ。
 まして現代に転移など、奇跡どころのレベルじゃない。

 それなのに第4のイバライガー?
 まさに存在しない者だった。

 


 黒いイバライガーが、再び言葉を発した。

「今頃気づいたか。だから言ったのだ、失望したとな。オレと同じ存在にも関わらず、あの情けない戦いぶり。揚げ句に人間共に囚われているだと? 貴様、使命まで忘れたのか?」
 近付いてくる。Rが構えた。

「お前は……誰だ?」
「オレは、お前だ。オレたちは、どちらがオリジナルでもない。共にオリジナルでありイミテーションだ。だが……オレはお前とは違う」

 近付いてくる。構えてもいない。それでもプレッシャーはどんどん大きくなる。
 耐えきれずにマーゴンが倒れた。

「そこをどけ、イバライガーR。貴様の後ろに隠れている男を渡せ」
 隊員の身体に緊張が走った。冷たい汗が噴き出している。

「どう……する気だ?」
 シンが、うめくように問い掛けた。

「お前がシンだな? そして隣りの女がワカナ……か。安心しろ、お前たちには手は出さん。オレの獲物は、その男だけだ」
 シンは、一瞬ほっとした自分を恥じた。

 隊員を見つめる。こいつはイバライガーが傷つく原因を作った男だ。
 そしてイバライガーが最後に救った命でもある。見捨てるわけにはいかない。
 こいつもまた、イバライガーの遺産なのだ。

「どうする気なんだ?」
 もう一度、言った。

「殺す。お前が考えている通りだ。そいつは『初代』を殺そうとした男だ。生かしておく理由はない」
 歩みは止まらない。躊躇もない。死の影が迫ってくる。

 その前に、Rとガールが立ちはだかった。
「ならば……私たちはお前を止めるっ! 例え同じイバライガーであろうとも!!」
「ええっ!『初代』の意思を受け継いだ者として、人間を傷つけることは許せないわっ!!」

 止まった。プレッシャーが薄れた。
 いや、凝縮した。

「……違う。奴の意思を受け継いだのは、オレのほうだ」
「なん……だと!?」

「奴は迷っていた。この時代の人間に絶望を感じていた」
 黒いイバライガーの両腕が、少しずつ上がっていく。

「貴様らは、お尋ね者なのだろう? 奴がどれほど人間を救おうとしても、人間共は忌み嫌い、恐れ、蔑んでいたのだろう? 奴は気づいていたのだ。貴様ら人間こそが、地球を穢す者だとな」

 腕の動きとともに、気が収束していく。
 濃密すぎる気。周囲の風景が歪んで見えるほどに。

「ジャークは人間の悪意が生み出す。つまり、貴様ら人間こそがジャークなのだ」
 両腕を胸の辺りでクロスさせた。指先が、かぎ爪のように曲がった。

「その男だけではない。オレは地球を穢す者を……エモーション・ネガティブを生み出す者を全て消し去る。ジャークも、人間もだ。それこそが『初代』の意思だ!」
 指先が両肩のショルダー・ジェネレータに触れる。
 エネルギーが、チャージされていく。

「光を支えるのは、闇だ。この漆黒のボディはその意思だ。
 我が名はブラック! イバライガーブラック!!
 邪魔する者は、全て叩き潰すっ!!」

 


 放った。ショットアロー。しかも10本の指先全てから。
 あの光弾の雨の正体はこれだったのか。

 だが、今度は至近距離すぎる。エモーション・フィールドも通じない。
 かわしきれない。

「エターナル・ウインド・フレアッ……モード:バーストッ!!」
 ガールが叫ぶ。高熱・高質量のエネルギー流が周囲に広がり、シンたちをガードした。
 同時にRが跳んだ。「エモーション・ブレェエエイドォ!!」

 赤と黒。2つの流星が、上空で斬り結ぶ。
 ぶつかる度に、周辺の大気がプラズマ化して輝く。

「なぜだ! なぜ存在する!? ブラック!!」

「オレたちは、異なる2つの可能性だ。『初代』は人間を……特に、シンとワカナを救いたがっていた。だが、その一方で人間共に絶望も感じていた。その相反する想いが時空転移に干渉した結果、2つの可能性が共に、この時代に実体化した。それがオレたちだ」
「私たちの……可能性……だと!?」

 互いに弾け飛ぶ。着地。そのまま蹴って、再び奔る。戦いが加速していく。
 シンたちの左前方、駐車場の看板が吹き飛んだ。その直後に後方の、かつて警備員室だったであろうプレハブが吹き飛ぶ。

 人間の目で捉えられる限界を超えていた。
 ぶつかった瞬間だけ二人が見える。下手に動けば巻き込まれる。マーゴンや隊員を避難させることすらできない。

「……そういうことだったのね……」
 マーゴンをかばって伏せていたワカナが、顔を上げた。
「何が?」
「ブラックよ。彼は本当にRそのものなのよ。タイムジャンプは、一度物体を量子化して別の時空間で再構成する。そのプログラムになったのは『初代』なのよ。彼の想いが『この時空のRとガール』を作り上げたと言ってもいいの」

 わかってきた。

 ブラックの言うように『初代』に迷いがあったのだとすれば。

 量子的に重なり合った想い。
 そのどちらも選べなかったとしたら。
 そのせいで『2つの可能性』が共に顕現してしまったのだとしたら。

 自らの後継者としてのR。
 別の可能性としてのブラック。

 確かにジャークを生み出すのは人間の心だ。
 ネガティブな感情がジャークとなる。
 ジャークを倒し、世界を救うことは、その根源=人間を倒すことにつながるのかもしれない。

 イバライガー。
 世界を救うヒューマロイドたち。

 しかしそれは諸刃の剣なのかもしれない。
 彼らが人類最大の敵として立ちはだかったとき、我々はどうすればいいのか。

 人は誰しも光と影を合わせ持つ。
 ネガティブな感情だけを排除することはできないのだ。

 


 すぐ目の前のアスファルトが砕け散った。破片が降り注ぐ。ガールがほとんどをはね返したが、左腕が動いていない。
 細かい破片がいくつか、シンの頬を切った。
 その痛みが、思考の迷路に入り込みつつあったシンを呼び戻した。

「大丈夫? ごめんね、さっきのショットアローにやられちゃって」

 ガールの左肩に小さな穴が空いている。
 あのエターナル・ウインド・フレアを貫いて達したのか。
「平気よ、もう少しで修復できるわ」

 話しながらもガールは、全方位に注意を払い続けている。
 自らのことは省みずに、シンたちを守り抜くために。

 バカなことを考えるな。『初代』も、Rも、ガールも、本当に人類を守ろうとしてくれている。
 例え人類がジャークを生み出す元凶だとしても、オレたちは、それを乗り越えていける。
 信じるんだ。彼らを。いや、人間を。

「こいつらには自己修復機能があるのか……」
 隊員のつぶやきが聞えた。

「ああ、イバライガーたちは、ナノパーツで構成されている。それは体内で作り出すこともできる」

 シンの言葉に、隊員は意外そうな顔をした。
「なんだ?」
「いや、正直にシステムを解説してくれるとは思わなかった」

「お前らTDFは敵じゃねぇだろ。だからイバライガーもお前をかばったんだ。Rもガールも、お前を守って戦っている」
「そうか……」

「……名前を聞いていなかったな。オレはシン」
「ソウマ……だ。本当は民間人に名を明かしてはいかんのだがな。もっともお前たちは民間人には含まれまい」
「私はワカナよ。今度会ったら、ちょっとは手加減してよね」
「考えておく」

 話しながらも、全員の目は周囲に注がれている。

 赤と黒の流星が奔る。交錯する。ぶつかる。火花が散る。その場所がプラズマ化して爆発する。
 超高速の戦いが続く。

 だが、その爆発に微妙な変化が生じていた。
 爆発の中心点が、ズレてきている。

「……シン、マズイわよ。Rのほうが押されているわ。いつか均衡が破れる」
「ああ、ブラックは……戦い慣れてやがる。どういうことだ?」

 


 ブラックに向かって右手で斬り下げ、そのままアッパーのように左手を斬り上げる。
 かわされた。ダッキングしたブラックが、上体の上がったRの懐に入る。

「甘いな、R」

 肘打ちを打ち込まれた。耐えきれる。耐えて、撃ち返す。
 そう思った瞬間、凄まじい衝撃がきた。

 エモーション・ブレイドを展開せずに、そのままサイド・スライサーのブースターを全開にしたのだ。
 Rが吹き飛ぶ。

 倒れたRに、ブラックが近付いていく。
 傷つき、よろめきながら、Rが立ち上がる。

「無駄だ。今のお前では、オレに勝てん」
「……私とお前は同じ能力・性能のはずだ。少なくとも相打ちには……」
「違う。お前とオレは、決定的に違う部分がある」

 ブラックは、シンとワカナに視線を移した。
「オレは、未来の記憶を残している。未来のお前たちが何をしたか。どう生きたか。オレは覚えている。オレが何故イバライガーブラックとなったのかも……な」

 衝撃が突き抜けた。
 未来の記憶。それは『初代』も、ほとんど語らなかったことだ。

 自分たちと彼らの関係。そして世界に何が起こったのか。
 その詳細を語らないまま『初代』は去った。
 それをブラックは覚えているのか。彼の行動は、未来を知った者ゆえだというのか。

 シンとワカナは、何か重たいものを背負わされたような気分になった。

 自分たちは……何なのだ。

「オレは自分の使命を知っている。記憶を失ったお前とは違う。あのジャークが言ったように、紛い物は貴様のほうだ、イバライガーR!!」

「くっ!?」
 とどめを差しに来る。捨て身でかからなければ、対抗できない。
 Rとガールが身構えた。

 その瞬間、気が急速に消えた。

 ブラックはすでに背を向けて、歩き出していた。
「……これ以上やると、貴様らを破壊することになる。だが……次に会ったときには容赦はしない」

 振り返るはずもない背中だった。

 存在しないはずのヒューマロイド。
 それは、別の時空で選ばなかった未来そのもの。

 Rとブラック。
 突きつけられた、2つの可能性。

「R、ガール、シン、ワカナ……。世界を救いたいなら、甘い考えは捨てろ」

 その言葉を最後に、イバライガーブラックは砂塵の中に消えていった。

ED(エンディング)

 振り返らない背中。
 ワカナは、その背中に寂しげな気配を感じた。

 かつての初代がそうだった。
 知っているからこその孤独。拒絶。

 初代は振り返ってくれた。でも、ブラックは……。

 初代、そしてRとガールは、未来の自分たちが生み出した者だという。

 だがブラックは違う。
 彼は生まれるはずがなかった鬼子だ。
 未来世界にイバライガーブラックは存在しないはずだ。
 だが、覚えているという。

 未来のどこかで、私と彼は出会っているのだろうか。
 Rとブラック。そして自分たち。
 そこには、どんな関係があるのか。

 強じんな意思と、ほんの少しの寂しさを背負った孤高の戦士。
 ワカナは、その背中を、いつまでも忘れることができなかった。

 

次回予告

■第7話 氷の微笑  /ルメージョ登場
ついに現代に現れたイバライガーR、ガール、そしてブラック。一方ジャークはイバライガーたちに対抗するために、新たな四天王・氷の女帝「ルメージョ」を送り出してくるの!
ルメージョの罠がワカナとガールを追いつめるっ!
一体、ルメージョって何者なのぉお!?
さぁ、みんな! 次回もイバライガーを応援しよう!! せぇ~~の…………!!

(次回へつづく)

(第5~6話/作者コメンタリーへ)

 


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