小説版イバライガー/第5話:受け継がれる魂(前半)

2018年1月5日

(←第4話:後半へ)

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OP(アバンオープニング)

 思い出す。
 シンが、イバライガーRを起動させた日のことを。

「オレたちの……『子供』を頼む。新しい世界を……作るんだ。人々が……オレたちが、幸せに生きられる……世界を……」

 思い出す。
 ワカナが、イバガールに未来を託した日のことを。

「なぜですか、ワカナ。私を起動するだけでも数十年分の感情エネルギーが必要なはず。その2体を起動できる可能性は限りなくゼロに近い……」
「そうね…。でもひとりぼっちは寂しいわ……。私も…あなたも……」

 朽ち果てた研究室のフォトスタンド。

 かすれ、顔の区別もつきにくくなっているが、イバライガーには笑いあう3人の姿がはっきりと見える。

 シン、ワカナ、ナツミ。

 幸せだった時代の顔。イバライガーが一度も見ることのなかった顔。
 この顔を取り戻すために、自分は戦うのだ。

 イバライガーは、部屋の奥に設置されたカプセルを見つめた。

 自分にも、仲間がいる。
 シンとワカナの想いが宿ったヒューマロイド。自分の兄弟たち。

 だが、彼らが目覚めることはない。
 彼らを目覚めさせるエネルギーは、この世界にはもうない。

 それでも、彼らは待ち続けている。
 使命を果たすために。人類を救うために。

 その日が、永遠に失われたことを知らないまま。

Aパート

「うぉおおおおおおおおおお!!」

 生き残っているジャーク・ゴーストに、MCBグローブを叩き付けた。
 上空では、時空の裂け目が消滅しようとしている。

 ダマクラカスンとともに、イバライガーが消滅していく。
 その怒りと悲しみが、シンを暴走させていた。

 ジャークと戦うための唯一の力?
 人類の守護神?

 そんなことじゃない。
 兄だった。友だった。仲間だった。それを、よくも。

 拳を振り上げた。MCBは光らない。
 そうだ、オレは奴等が憎い。憎しみの拳にエモーション・ポジティブは反応しない。
 それでも憎まずにいられない。

「シン! それじゃダメ! MCBが作動しなければ、効果はほとんどないのよ! 憎しみで戦っちゃダメなのよ!!」

 ワカナの声が聞えても、シンは自分を抑えられなかった。

 殺してやる。殺し尽くしてやる。
 シンは拳をふるい続けた。
 だが、その拳をゴーストは平然と顔面で受け止めた。
 牙を剥き出した口元が歪む。嗤っているのだ。

「くそぉおおおおおおっ!!」

 渾身の力で打ち出す。グローブが輝いた。
 ゴーストがはじけ飛ぶ。
 ワカナの拳だ、と気づいたとき、それは平手となってシンの頬を打った。

「いい加減にして! イバライガーが何のために自分を犠牲にしてまで戦ってくれたのか分からないの!? 私たちに託したのよ! 未来も! 命も!!」

 ワカナは泣いていた。
 枯れるほど泣き腫らした顔に埃と煤がこびりつき、さらにそれを涙で洗っているかのように泣いて、ひどく汚れている。
 泣き続けながらシンをにらみつけている。

 背後で、わずかに動くものがあった。
 シンは無言で振り返った。

 あのTDF隊員が倒れている。ぐったりして、ほとんど意識はないようだった。
 シンは、ゆっくりと隊員に近付いていった。
 襟首を掴んで引き起こす。手が、震える。

「テメェ……! 何をしたか分かってるのか……!?」
 思わず拳を振り上げた。

「シン!!」
 拳は、隊員をかすめてコンクリートを叩いた。拳から血がにじむ。
 シンには、その痛みが必要だった。

「わかってる……。こんな奴でもイバライガーが自分を捨ててまで守った命だ……。それをオレが台無しにするわけにはいかねぇよな……」

 周囲に、まだゴーストやジャーク戦闘員が残っているかもしれない。
 生きている人間を放置しておくわけにはいかない。例え、許せない相手でも、だ。

 シンは、隊員の身体を担ぎ上げた。その手からナイフが落ちて、鈍い音が反響した。
 刃先が欠けたナイフ。こいつさえいなければ……。
 その思いを、シンは必死にこらえて歩き出した。

「……マーゴンやミニライガーたちと合流して撤退する……」
 ワカナは応えない。

「おい、もうオレは大丈夫だ。怒るなよ」
 振り返った。
 ワカナはイヤ・レシーバーで本部と通信しているようだ。

 その表情が変わった。
 視線を追って、シンは空を見上げた。

 時空の歪みは、すでにほんの小さな点になっていた。
 周囲を覆っていた瘴気が渦を巻いて、虚空の一点に吸い込まれていく。
 まもなく、あの点は消滅する。永遠に消えてしまう。

 ……はずだった。

 だが。

 時空の歪みが脈打っている。シンには、そう感じられた。
 何かが起きている。

 


 悲しくても嬉しくても、カオリは食べることで、それに向き合う。
 だから泣きながらポテトチップを食べていた。マーゴンが置いていったものだ。
 涙が混じって、いつもよりしょっぱい。それでも食べ続ける。

「……カオリ」
 ゴゼンヤマ博士が、声をかけた。カオリの食べる勢いは止まらない。
 優しい声が、なおさらに悲しみを加速させる。
 だから、さらに食べまくる。

「カオリッ!!」
 強く呼びかけられて、やっと止まった。
 ポテトチップをくわえたまま、ぐしゃぐしゃな顔を上げた。

「ふぇええひ」
 はい、と答えたつもりだが、言葉になってない。

「……その反応は何だ?」
 博士がモニタを指さす。出動地点周辺のエネルギー値を表示するモニタリング画面だ。
 最新データは、イバライガーやミニライガーたちが自動的に転送してくる。

 カオリは、モニタを見ていなかった。
 イバライガーの反応が消える直前、耐えられなくなった。
 それ以来、見ていない。見たくない。

 けど博士が指さしている。見たくないけど見なきゃならない。
 モニタに向き合った。

 ああ、やっぱり、イバライガーの反応はない。
 時空の歪みも小さくなって、まもなく完全に消滅してしま……え?

 おかしい。

 グラフ状に表示されているエネルギー状態。
 急激に膨張した時空の歪みは、最高点に達した後、再び急速に減少している。
 だが、あるところから平衡状態を保っていて、今はむしろ……。

「へんです……。時空の歪みが消えてない……ていうか、増えてる……?」
「なんですって!?」

 エドサキ博士が叫んで、カオリの上にのし掛かるようにモニタに飛びついた。
 博士の見事なバストに、カオリの顔が押しつぶされる。
「ま、まるで、何かの力が干渉しているみたいで……むぎゅぅうう……」
 と、カオリが呻いた直後、エネルギーは急速に膨張した。
 しかも、これは……この波動は。

 ワカナからのコールランプに気づいた。
 応えようとして手を伸ばしたが、エドサキ博士がマイクをひったくった。
 カオリはさらに押しつぶされ、ポテトチップの袋が潰れてバリバリと音を立てた。
 博士はマイクに叫んでいる。

「シン、ワカナ! 今すぐそこから離れなさい!! 四天王……いえ、それ以上の力が……あの空間の中から溢れ出してくるわっ!!」

 


 イヤ・レシーバーからの声は、カオリの「ふにゃぁあ」という、おしくらまんじゅうの中心で搾り出したような悲鳴で途切れた。
 何を言ってるのかは、ポテチが潰れるようなノイズだらけで、ほとんど分からない。

 だが、ただごとじゃないことが起こっているのは分かる。

 今感じている、この悪寒。忌まわしさ。
 間違いなくエモーション・ネガティブの波動だ。それもケタ違いの。
 そんなバカな。ダマクラカスンを超えるジャークが……異空間にいるとでもいうの?

 イヤ・レシーバーからは雑音に混じって、時々声が聞える。

「……早……逃げ……!!」

 だめだ。もう遅い。
 レシーバーの声を遠く聞きながら、ワカナは虚空を睨んでいた。

 来る。

 虚空から大地へプラズマが迸った。
 そのエネルギー流に導かれて、瘴気の固まりが地上に堕ちる。
 激しい放電を伴った黒い竜巻が生じた。
 悪意が凝縮していく。

 この感覚は知っている。身構えた。
 吹き荒れる黒い暴風の中から、禍々しい姿が歩み出てきた。
 装甲状の皮膚はひび割れ、片目が潰れている。

 だが、間違いなくダマクラカスンだった。

 


 もうちょっとダイエットしておけばよかった。
 マーゴン=イモライガーは、必死にシンたちの元へ走っていた。

 イバライガーのことは、ミニライガーたちに知らされた。

 死んでない。死んでない。
 アイツはヒーローなんだ。死ぬわけがないんだ。負けるわけがないんだ。
 誰がなんと言おうと、イバライガーは帰ってくる。ボクはそれを知っている。

 不安そうに空を見上げる人々が目に入った。
 子供が泣きながら『イバライガァア……』と繰り返している。

 そうだ、アイツの名前を呼んでくれ。イバライガーの名を。
 そうすれば、きっと帰ってくる。

 マーゴンも叫んだ。叫びながら走る。

「イバライガァアアアアアアアアアア!!」

 その叫びに、人々の声が続く。

「イバライガァアアアアアアアアアア!!」

 


「こ、これは……!?」
 アラームが鳴り響く。
 基地のモニタリング・システムは、さらなる異変をキャッチしていた。

「今度は何が起こったというんだ!?」
「そ、それが……エモーション・ポジティブです! 突然、現れました!! さっきのネガティブの波動と同じく、特異点に流れ込んでいきます。でも……すごい。こんな反応……」
「まさか……イバライガーも復活するのか!? エドサキ博士?」
「わからない……。でも、もしかしたら……」

 エドサキ博士が、独自の素粒子理論を説明し始めた。
 カオリには何を言ってるのか、まったくわからない。それでも、その口調に希望を感じた。

 カオリはポテトチップを探した。
 今こそ食べなきゃ。食べて、落ち着かなきゃ。

 ポテトチップの袋は、博士のバストに潰されて床に落ちていた。中は粉々。
 それを口の中に流し込んだ。
 頬がふくらんで、リスのようになる。

 口いっぱいのポテチを噛み砕きながら、カオリはモニタに集中した。
 祈りを込めて、噛みしめる。心の中で叫ぶ。

 彼の名を。

 


 意識の底。
 どこにも行けない時空の狭間。
 永遠の暗黒。

 イバライガーは祈り続けていた。

 シン、ワカナ。二人が笑顔を失わないように。
 どうか世界が、彼らを見捨てないように。

 自分は、もう動けない。二人の元には帰れない。

 思い出す。

 カプセルの中の二人のことを。
 目覚めるはずのない二人。

 だが、それでもシンとワカナは、あの二人を遺したのだ。

 最後の希望を託された者たち。

 R。
 ガール。

 未来の、シンとワカナの心が宿ったヒューマロイド。

 人々が呼んでいる。お前たちの名を。
 人々が待っている。お前たちの姿を。

 目覚めろ。応えろ。
 今こそ、蘇るときだ。

 


 未来の、朽ち果てた研究室。

 反応するはずのないエネルギーゲージが、突然跳ね上がった。
 システムが稼働し始める。あのときのように、白い輝きが室内を覆っていく。

 夢、愛情、希望。平和を求める祈り。現代から届いた想い。
 この時代には存在しないはずの、巨大な感情エネルギーが降り注ぐ。

 カプセルが砕け散る。

 まばゆい輝きの中に歩み出た2つの影は、白い闇の中に溶けていった。

 

(後半へつづく→)

 


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