小説版イバライガー/第4話:砕け散る希望(後半)

2018年1月4日

第4話:前半へ)

Bパート

 イバライガーは、ビル街の上を駆け抜けた。
 目標地点まで、あと5キロほど。
 できるだけエネルギーを温存して目標に達しなければならない。
 それも可能なかぎり早く。シンたちが来る前に。

 カオリの言う通り、今回の任務は危険すぎる。
 シンもワカナも止まらないだろうが、巻き込みたくない。
 あの二人だけは、守らなくてはならない。

 なぜ、これほど彼らが愛おしいのか、わからない。
 これが人間の言う愛情なのだろうか。自分は人ではないのに。

 陽が落ちかけていた。
 太陽が、あの山の峰に達するまでに、ケリをつける。
 イバライガーは跳躍した。

 


 必死に銃を撃ちまくっていた。

 ソウマは、TDFが結成される前からのメンバーだった。
 だから他のメンバーよりは、事情を知っていた。

 何かの力に取り憑かれ、変貌してしまった連中がいる。
 そいつらを鎮圧するのが自分たちの仕事だ。
 数年前に、つくば市郊外のアパートを強襲し、異形の者……イバライガーと呼ばれるテロリストたちと最初に接触したのも、ソウマたちのチームだった。

 だが今、目の前にいるのは……あのときに見たモノとはまるで違っていた。

 怪物、としか言いようがない。それが何十体も迫ってくる。
 いくら撃ちまくっても、平然と近付いてくる。

 背中合わせだった男が、爪に引き倒された。
 その身体に、ヌルヌルした触手が巻き付き、引きずられていくのを視界の隅で捉えたが、助ける余裕はなかった。

 最近配属されたばかりの男。
 家族なんかいねぇよ。でも、犬がな、俺を待っててくれるんだ。可愛いんだぜ。俺の足音が分かるんだ。
 そう言ってスマホの待ち受け画像に設定された犬の写真を見せていた。
 犬種は分からないが、不細工な犬だ。親バカ丸出しの三十路男。
 ちくしょう。ふざけんな。

 怪物たちの包囲が狭まってくる。
 散らばっていた仲間が、だんだんと近付く事で、それを感じた。
 真っ暗に落ち窪んだ無表情な目が、迫ってくる。

 中には怪物に操られている人間も混じっていた。
 緑色に変色した皮膚。彼らは操られているだけだ。被害者なのだ。

 被害者?
 こいつらが?
 たった今、不細工な犬をひとりぼっちにしてしまった化け物どもが?

 彼氏ができるかも、と笑っていた眼鏡っ子の悲鳴が聞こえなくなった。
 いつも対抗心むき出しだった格闘バカの身体が、すぐ脇をかすめて壁に叩き付けられた。

 振り返った。ミミズのような触手が生えた顔が、目の前にあった。
 生ゴミの腐臭にも似た息がかかる。その触手の一本を握り、引き寄せ、そのまま顔面にフルトリガーで弾丸を叩き付けた。
 このクソやろう! 人間を舐めるな!

 一体が、倒れていた眼鏡っ子を無造作に踏み付け、うめき声が漏れた。まだ生きている。
 それに気付いて、足に力を込めている。眼鏡っ子に抗う力はすでになく、表情だけが激しく歪んでいる。
 てめぇえらぁ! ソウマの思考は白熱し、抑えられなくなった。

 ブーツから格闘戦用のブレードを抜く。
 そんなモノは効かない、という誰かの声が聞こえる。知るか。

 横に薙いだブレードが弾き飛ばされた。
 手ごたえはあったが、その傷口から牙が生え、皮膚に食らい付くように縫い付けていく。
 傷が完全に修復される前に、わずかに歪んだ。
 傷口で笑ってやがる。

 腕を掴まれた。かぎ爪がスーツを引き裂いた。
 昆虫の顎のようなモノがショルダーガードを噛み砕き、そのまま肩に食い込んでくる。
 ちくしょう。結局、殺せずに殺されるのか。意識が遠くなってきた。

 ふいに、怪物たちが空を見上げた。

 その瞬間、光が大地を貫いた。
 その光圧に押されるように、集まっていた怪物たちが、吹き飛ばされていく。
 屹立した光の柱の中心から、強く蒼い輝きが迸った。
 赤い影が、歩み出てくる。

 あの夜の、異形の者。

 


 ショッピングモールは、瘴気のような負の感情……エモーション・ネガティブに包まれていた。
 まるで黒い霧だ。

 その中心に向けて、イバライガーは、クロノ・スラスターを全開にして突っ込んだ。
 モールの天井を貫き、そのまま吹き抜けフロア1階の床に着地した。
 エモーションのパワーと着地の衝撃で、周囲が吹き飛ぶ。

 クレーターとなった着地点から、イバライガーはゆっくりと立ち上がった。

 周囲を見回す。
 瘴気と埃が立ちこめる中で、TDF隊員たちが倒れていた。
 ギリギリまで、ゴーストたちを食い止めようと戦ったことがわかる。

 両肘のサイド・スライサー内部のサブ・ブースターから『エモーション・ブレイド』を展開した。
 両腕に沿って伸びた光の刃。一閃。周囲のゴーストをまとめて斬り倒す。
 そのまま前方の群れに向けて疾走した。

 跳ぶ。足先にエネルギーを集中させ、ブースト加速しつつ『ブレイブ・キック』で突っ込む。
 再び大地が爆発する。ゴースト数体が一瞬で蒸発した。
 振り返る。後方からの群れ。ゴーストと戦闘員が入り交じっている。

 指先から『ショットアロー』を放ち、先頭のゴーストの足を止める。
 拳にエネルギーをシフト。輝くと同時に叩き込む。そのまま振り抜く。突き抜けた拳が大地を叩く。イバライガーを中心に蒼い衝撃波が広がる。
 そのパワーに瘴気と共に戦闘員たちが吹き飛ばされる。

 吹き飛んだ瘴気は渦を巻いて、一点に集中した。
 闇が、濃くなる。その中から、さらに邪悪な思念が溢れてくるのを感じた。

 闇そのものが凝縮し、実体化していく。

 イバライガーは、邪悪の中心に向けて、拳を固めた。

 


 現場に到着したものの、シンは近づけないでいた。

 あまりにも、エモーション・ネガティブが濃すぎる。TDFとの戦いで、負の感情が増大してしまっている。
 それも奴等の狙いだったのか。このままでは、まもなく周辺にあふれ出す。汚染が始まる。

「くそっ! どうすりゃいいんだ!?」

 シンは拳を握りしめ、グローブに蓄えたパワーを拡散させた。
 シンの周囲で、粒子が煌めく。エモーション・ポジティブとネガティブがぶつかり合い、対消滅しているのだ。
 そうすることで、ジャーク汚染から身を守る。

「シン!」
 ワカナがバイクで飛び込んできた。

「マーゴンが、ミニちゃんたちをこの周囲に展開させたわ! あの子たちのエネルギーで、この瘴気を封じ込めるっ!!」
「けど、それじゃ、いざってときにイバライガーにパワーを補給ができなくなるぞ!?」
 言いながら、それでも他に手がないことはわかっていた。今は、人々をジャークから守るほうが先だ。

 モール全体を囲むように、3本の光の柱が上がる。
 光のトライアングルの中に瘴気が押し込められ、薄らいでいく。少しずつ視界が開けてきた。

 怖気を感じる光景だった。

 何十体ものゴースト。
 ジャークに取り込まれたうつろな目の人々。
 倒れたTDF隊員たち。

 その中に、蒼い光が見えた。イバライガー。戦っている。

 イバライガーの正面に、瘴気が渦を巻いていた。
 闇が凝縮していく。
 その中心から、忘れられない姿が現れた。

 やはりいた。

 ティクス博士の身体を乗っ取ったモノ。
 ジャーク四天王・ダマクラカスン。

 


「ふふふ、ひさしぶりだな……ヒューマロイド」
 ダマクラカスンは、ゆっくりとイバライガーに近付いていった。

 倒れたTDF隊員を見下ろし、踏みつける。
「こいつらなど、我らの敵ではない。邪魔なのはキサマだけだ。我らの大敵エモーション・ポジティブを使うヒューマロイド……。しばらく遊ばせてやったが、これ以上は目障りだ。消えてもらうぞ」

 その言葉と共に、ゴーストたちが一斉に躍りかかった。
 イバライガーの姿が、ゴーストに包まれ、一瞬見えなくなる。
 ゴーストたちが、次々と吹き飛ばされる。

 戦っている。たった一人で。
 早く、あそこに行かなくては。

「私に任せて! モラクルッ、やるわよ!!」
 ワカナのグローブが光を放った。そのまま瘴気の中に突っ込む。ポジティブがネガティブを中和する。闇のカーテンを引き裂く。
 切り裂いた空間をモラクルが押し広げ、支える。
 光の道ができた。
「今よ、シン! 行って!!」

「おおおおおおおっ!!」
 シンは叫んだ。グローブをかざして、飛び込む。

 ワカナも続いて突入した。
 戦闘員だけでなく、ゴーストもいる。怖い。

 でも。

 ミニライガーたちは、この瘴気を食い止めるので精一杯のはずだ。
 イバライガーに感情エネルギーを補給するには、人数が多いほうがいい。
 イバライガーの後方に、起き上がろうとする隊員が見えた。

 まだ無事な者もいる。間に合え!

 


 ソウマは、落ちていたブレードを握った。ぬるりと血の感触がある。
 仲間の血だ。憎しみが沸き上がった。

 あのときの異形の者。
 イバライガー、と呼ばれるもの。
 この時代の者ではないとまで噂されていた。

 この惨劇の元凶は奴ではないのか?
 奴さえ現れなければ、こんなことは起きなかった。

 


「ダマクラカスン! 貴様はここで倒す!」
 ゴーストたちをなぎ払いながら、イバライガーは突進した。

 まだエネルギーはある。
 その力の全てを奴に叩き込めば、この時代を、シンとワカナを救える。

 背後に誰かが近付いてきた。
 ジャークではない。人間だ。
 とっさに振り返った。
 その胸にブレードが突き出された。

 


 やった、と思ったが、ブレードは装甲に当たっただけだった。
 イバライガーに抱き止められている。

 ちくしょう。仲間の敵は討てなかった。
 もう立つ力もない。崩れ落ちる。みんな、すまん。

 イバライガーの背後に、何かが見えた。
 爪。振り降ろされてくる。
 それが、目の前に突き出てくる前に、ソウマは意識を失った。

 


「うわぁああああああ!!」

 シンは絶叫しながらゴーストに拳を叩き込み、そのまま飛び越えた。
 イバライガーが、よろめきながら立ち上がる。

 フェイスマスクが砕けている。
 右腕はサイド・スライサーの間接部でちぎれかかっている。
 クロノ・スラスターも半分が吹き飛び、ライブ・プロテクターの右胸が引き裂かれて、背中まで達する裂け目ができていた。

「……シン……来る……な……」
「ダマクラカスン! 貴様ぁあああ……っ!!」

「ふふふ、あきらめろ。機械人形ごときがジャークに刃向かうなど、無駄なことだ」
「黙れぇえええええっ!! ワカナッ! イバライガーをっ!!」

 まだ間に合う。今すぐ基地に連れ帰れば。

 ワカナがイバライガーに駆け寄った。支える。
 そうだ、あのときもそうやって支えていた。そしてイバライガーの奇跡の力を呼び起こしたのだ。
 今度も、必ず。

「無駄だ、というのがわからんのか? 見ろ」

 振り返った。
 闇のカーテンを抑えていたモラクルが、崩れそうになっていた。
 黒い瘴気がモラクルのボディを砕いていく。

「そ、そんな……っ!!」

「ここからは逃げられん。我らに盾突く者は、一匹残らず、処分する」

 ダマクラカスンの言葉とともに、繰り糸を断たれたマリオネットのように、モラクルが崩れ落ちる。
 そして周囲は闇に閉ざされた。

 


 エモーションのわずかな輝きだけ。それも消えかけている。

 何も見えない。だが、どこかにダマクラカスンが潜んでいる。
 最後のとどめをさすために。

 シンとワカナはイバライガーを支えていた。

「ダメだ……シン、ワカナ……。ここから……離れるんだ……」
「黙ってろ! 今はオレたちのほうが戦える!」
「無理だ……。MCBグローブでは……ダマクラカスンに対抗できん……」

 イバライガーは、シンたちを突き飛ばした。
 その反動で膝をつく。もう身体を支えていられないのだ。

「離れる……んだ……ヤツは……必ず止める……!!」
「な、なに言ってるのよ!?」
「まだ……エネルギーは……残っている……。時空突破を……試みる……」

 


 基地は騒然となっていた。

 モラクルの反応が消えた。
 ミニライガーたちのエネルギーも、ほぼゼロだ。
 そして、シン、ワカナ、イバライガーは捕捉できない。

 なんとか状況を回復させようと、全員が必死になっていた。

「そんな……そんなことって! こんなのっ!!」
 イバライガーたちをモニタリングしていたカオリが叫んだ。

「どうした! 何があったんだ!?」
「重力が……いえ、時空が……時空が、歪んでいきますっ!!」
「なんだと!?」

「……時空突破。イバライガーが最後の賭けに出たのね……」
 エドサキ博士が、寂しそうにつぶやいた。

「イバライガーは、タイムジャンプしようというのか!? 単独で!?」

「いいえ、違うわ。タイムジャンプには転移先となる『時空の特異点』が必要なのよ。過去と未来が重なり合った点がね。でも、私たちはそんな『点』は知らない……。つまり跳んでも彼はどこにも行き着かない。彼自身が特異点となってしまう……」
「そ、それでは……!!」

「ええ……。消滅するわ。恐らくジャークとともに……。それが彼の決断……」

 全員の目が、モニタリング画面に集中した。
 我々の世界……時空連続体に現れた、小さな歪みが示していた。

 最後のエネルギーで時空の特異点を作り、ジャークもろとも消滅する。
 イバライガーは、それを狙っている。

「いやぁあああああああああっ!!」
 カオリの絶叫は、ひときわ大きくなった警報にかき消された。

 


「バ、バカヤロウ! お前が消えてどうするんだ! オレたちが直してやる! オマエはオレたちが作ったんだろ!?」
「……今のシンでは無理だ。それに……そんな時間もない……」
「うるせぇ! だったらオレが行く! 奴等を倒せるのはオマエだけだ! オレが死んでもオマエさえ生き残れば……!!」
 言い終わらないうちに、イバライガーがシンの襟首を掴んだ。

「二度と……そんなことは言うな!」
 その口調は、いつものイバライガーではなかった。

 怒りと悲しみが入り混じった言葉。
 シンは身動きできなかった。

 イバライガーはシンを放すと、ワカナを見つめた。
 そっと、頬にふれる。涙を、ぬぐう。
 そして、立ち上がった。その背中は、闇の中に、溶け込んでいくように見えた。

 


「イバライガー! ダメよ! あなたは……ここで倒れちゃいけないのよ! 私たちと一緒に未来を掴むの! そのためにこの時代に来たんじゃない!! 絶対ダメェエエエエ!!」

 ワカナの叫びに、闇が答えた。
「すまない……シン……。すまない、ワカナ……。だが、あなたたちこそが、希望なのだ。あなたたちを救うことが私の願いなのだ。……あの笑顔を取り戻すために……私は……」

 笑顔? 何のこと?
 私がこんなに泣いているのに。それでも戻ってきてくれないの?
 いつもそばにいてくれるんじゃなかったの?

 闇の中で、声が聞こえた。

「ほぉ、砕け散ってスクラップになったかと思っていたが……まだ動けたのか、イバライガー?」
「……ダマクラカスン……。お前は私とともに消えてもらう……」
「なに?」

 光の洪水。
 エキスポ・ダイナモの光が、闇を照らし出した。
 蒼い輝きが、これまでにない激しさでイバライガーの全身を覆っていく。
 見える。イバライガーが。ダマクラカスンが。

「キ、キサマ、まさか……!?」
「そうだ、お前は私とともに、あの虚空へと還るのだ!!」
 イバライガーは、そのままダマクラカスンに突っ込んだ。

「やめろぉおおおおお!!」

 爪がイバライガーの顔面を引き裂いたが、それでも止めることはできなかった。
 蒼い光がさらに大きくなったとき、イバライガーはダマクラカスンを押さえ込んだまま、全力で地を蹴った。

 


 地上が遠のいていく。
 シンとワカナが見上げていた。

 これで二人は助かる。ジャークはまだいるが、あの二人なら、きっと生き抜いてくれる。
 このダマクラカスンさえいなければ、だ。

 最後の瞬間、朽ち果てた研究室にあった写真がフラッシュバックした。
 笑顔の三人。シン、ワカナ、そしてナツミ。

「おとうさん……おかあさん……、どうか……幸せに……」

ED(エンディング)

 特異点が開いた。時空の裂け目。
 シンとワカナは、ダマクラカスンとともに消えていくイバライガーを見上げていた。

 一緒に戦ってきた。友であり、兄でもあった。
 それが消えていく。

「イバ……ライガァアア……」

 突然、二人の背後から、声が聞こえた。
 人々の声だった。その声は、だんだんと大きくなる。

「イバライガァアアアアアアアアア!!」

 やっと気づいてくれた。彼こそが希望だと。
 だが、もう遅い。

「イバライガァアアアアアアアアア!!」

 いつしか絶叫となった声、声。イバライガーを求める叫び。
 シンは、それを遠く聞いていた。

 ちくしょう、みんな、もう遅いんだ。
 彼がその声に応える日は、二度と来ないんだ。

 ワカナが顔を伏せた。泣き叫んでいる。
 その肩を抱きながら、シンも叫んでいた。

 止まらない涙。届かない想い。
 わかっていても、叫ばずにはいられなかった。

 

次回予告

■第5話:受け継がれる魂  /イバライガーR、イバガール登場
わぁああん! イバライガーが消滅しちゃったよぉお!! でも、謎のエネルギー干渉のせいでダマクラカスンが地上に舞い戻ってきちゃう。傷ついたダマクラカスンは逆上して、全てのものを破壊していく。そんな!
でもシンたちは……人々はあきらめない! イバライガーの意思を受け継いで立ち上がったシンとワカナ。二人の想いが時空を超える! そして、ついに……ついに、あの二人を呼び覚ますっ!!
さぁ、みんな! 次回もイバライガーを応援しよう!! せぇ~~の…………!!

(次回へつづく→)

(第3~4話/作者コメンタリーへ)

 


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