小説版イバライガー/第4話:砕け散る希望(前半)

OP(アバンオープニング)
「……補足した。この先の路地で、仕掛ける」
男たちの背後を、付けていった。
角を曲がった。
続いて曲がる。狭い路地の先に、3人の男が立ち止まっている。
振り返った。マスクと帽子で顔はほとんど見えない。
だが、わずかな隙間から、緑色に変色しつつある肌が見える。
ジャークに侵された者……戦闘員だ。
ぎぃいいいいいいいいいいいっ!!
奇声を上げて襲いかかってきた。
掴み掛かる腕をかいくぐり、拳を強く握りしめた。
そうすることでグローブに仕込んだMCB=マインド・コア・バスターが作動する。
拳が光を放ったとき、シンはジャーク戦闘員の顔面に叩き込んでいた。
吹き飛んだジャークは動かなくなる。死んではいない。
残った2人の突進をかわして、後方へ飛ぶ。
着地する前にホルスターに手を伸ばす。グリップを握る。銃とグローブが接続される。エネルギーが伝わる。
撃つ。
弾丸自体も有線のMCBだ。
命中と同時にケーブルを伝ってエモーション・ポジティブのパワーを送り込む。
ケーブルを切断すれば連射もできる。シンは素早く3体目に狙いを定めた。
その背後に、影が飛び降りてきた。振り返った戦闘員の顔面を掴む。
その手のひらが一瞬光を放つと、戦闘員は痙攣して崩れ落ちた。
モラクル。
イバライガーをベースに、シンたちが作り上げた女性型試作ヒューロイドだった。
Aパート
全員が倒れている。
しゃがんで、肌を確認した。緑色は消えかけている。
人に戻れる、ということだ。
「他にジャークの反応はあるか?」
独り言のように、シンは呼びかけた。
「……イイエ、この周囲には、もう、いないようです」
モラクルが答えた。
戦闘員と戦う程度の力はあるが、イバライガーはもちろん、ミニライガーにも遠く及ばない。
故に索敵や通信のサポートなどに使っているが、それもフィールドテストのようなものだった。
モラクルは、自分の意志など持っていない。
人型の端末なのだ。それでも、イバライガーという「未来のデータ」がなければ、これほど早くヒューマロイド開発は進まなかっただろう。
「向こうの状況は?」
「終わっています。ジャーク・ゴーストが1体いたようですが、イバライガーが倒しています」
「ダマクラカスンはいなかった、……ということか」
倒れた男たちを見下ろす。
もう何体を倒しただろうか。
倒しても倒しても、どこかでジャークに憑かれる者が出る。
ゴーストも生み出され続ける。
元凶を倒さないかぎり、キリがない。
イバライガーの話によると、未来の世界には、四天王と呼ばれる四体のオリジナルたちが存在したという。
あのティクス博士の体を乗っ取ったジャーク=ダマクラカスンは、その一体だった。
奴らを処理できれば、ジャークの侵攻は止められる。
だが、ダマクラカスンの姿は一度も確認されていない。
イバライガーが現れた日から、数年が過ぎていた。
あの日から、世界は変わった。
多くの人々は気づいていないが、世界は確実に崩壊に向かっている。
それを食い止めなければならない。
それが知ってしまった者の責任だった。
すでに遠くなった日々を振り返るように、シンは空を見上げた。
空だけは、変わっていない。
あの夜から数年。
シンたちは、かつての研究仲間たちと合流し、地下に潜ってジャークたちとの戦いを続けていた。
イバライガーとともに。
あの日、マーゴンのアパートを襲撃してきた部隊は、今は『TDF(Terrible-being destroy forces)=特殊生物殲滅部隊』と呼ばれている。
あれ以来TDFは、シンたちとイバライガーを研究所爆破事件の主犯として追い続けていた。
ジャークの存在は極秘とされていたが、市民の多くは気づいていた。
人ならぬ者が、この世界にいる。
それと戦う者もいる。
密かにジャークから助けた人々を通じて、イバライガーの名も都市伝説のように、ささやかれ始めていた。
だがイバライガーを受け入れる者は、ほとんどいなかった。
テロリストとして指名手配されているのだ。信用されるわけがなかった。
それでも戦い続けるしかなかった。
ジャークに汚染される者は増え続けていた。
それと気づかないまま、静かな侵略は始まっているのだ。
ジャークは潜伏し続けている。
イバライガーが知っている歴史では、すでに侵略が顕著になっていていいはずだったが、戦闘員やゴーストを補足することはあっても、ジャーク本体……ダマクラカスンを始めとする四天王クラスは、一度として感知できなかった。
今日もだ。
空しい疲労を感じながら、シンはアジトに戻ってきた。
つくば駅ターミナルから徒歩3分。大通りに面した、ごく普通のビル。
その地下駐車場のさらに下が「基地」だった。
入り口は、マンホールに偽装してある。
そばの壁の、排ガスで煤けたようになっている場所を押すとマンホールが開き、10秒後には自動的に閉まる。
最初は1分に設定していたが、慣れてきたので今は10秒だけだ。
イバライガーやモラクルは、屋上からエレベータホールを使って出入りしている。
背面のスラスターや甲冑などが引っ掛かるため、ここでは狭すぎるのだ。
一般人が気づくことはまずないが、TDFには察知されている可能性が高かった。
気づいているが、イバライガーを警戒し、またジャーク対策のほうが優先されているため、あえて手出ししないのだろう。
この微妙なバランスが続いているうちに、ジャークを倒せるのか。
マンホールを下りながら、シンはつぶやいた。
狭く、汚水の臭いが漂う真っ暗な穴は、永遠に続いているように見えた。
モラクルが待機ベースに戻っていることを確認してから、シンは居住エリアのドアを開けた。
その目の前を、ミニライガーたちがドタバタと駆け抜けていく。
「こらぁあああ! 待ちなさぁあああいっ!」
ワカナが水着で追いかけていく。
基地の通路をびしょびしょにしながら、追いかけっこしている。
「……をい……ナニをしている?」
「あ、シン、おかえり~~~っ! 首尾は?」
「……ジャーク化した連中を数体、処理しただけだったよ……」
「ふ~ん、じゃ!」
「じゃ、じゃね~~~~~~~!! ナニやってんだよ!?」
「見てわかんないの? ミニライガーをお風呂に入れようとしてんのよ。この子たち、ほっといたら全然身体を洗わないんだから!」
言ってる間にも、周囲に水害を広げながらの鬼ごっこが続いている。
ああ、ミニイエローの足の裏にビリビリに破れたモラクルの改造計画書が……。
「お風呂なんかヤダよ~~っ! ニンゲンじゃないんだから平気だって!」
「アンタらが平気でも、こっちが平気じゃないのっ! お鍋やコップだって使ったら洗うでしょ!」
「誰がナベだ~~~~~っ!」
ああ、もう聞いていられない。
シンはぐったりして自分の部屋に向かった。
ドアを開ける。
マーゴンがいた。ポテトチップを食べている。シンの好物のコンソメ味だ。
「や、任務ごくろう!」
食べながら、無駄にキビキビと出ていく。
「それ、オレの……」
「ご苦労!!」
振り返って敬礼して、マーゴンは消えた。
「はぁ……」
ため息をつき、ホルスターを外し、壁にかけた。
ベッドに寝ころぶ。
グローブは付けたままだ。
身に付けていれば、自然とMCBはチャージされる。
MCB=マインド・コア・バスター。
ジャーク、つまりエモーション・ネガティブに憑かれた者は、その粒子が「マインド・コア」を形成し、本人を操っている。
コアを破壊すれば、人に戻れるが、それにはエモーション・ポジティブが必要だった。
正の感情エネルギーで負の力を相殺するのだ。
だがエモーションは、大気中では急激に拡散して周囲に放射されてしまう。
エネルギーの大半が、周囲に消失してしまうのだ。このため直接、対象の体内に流し込むしかない。
イバライガーが通常の兵器ではなく、格闘戦用のヒューマロイドとして造られたのは、恐らくそのためだろう。
そのイバライガーからの技術供与によって造り出されたのが、この『MCBグローブ』だ。
イバライガーほどの出力はないが、自分自身の感情エネルギーを蓄積し、放つことができる。銃と接続すれば、有線ケーブルを通じてパワーを送り込む『MCB弾』を撃つこともできる。
ただし、感情エネルギーを大幅に消費すると、とてつもない疲労が伴うため、常時身に付けて、日常的にチャージしているのだ。
ワカナも同様で、水着になってもグローブは外していなかった。
「ふっ」
さっきのワカナやマーゴンを思い出して、シンは苦笑した。
ああしたバカ騒ぎも必要なのだ。
楽しむ。笑う。
それは、正の感情エネルギーを生み出しやすい。
こんな状況だからこそ、無理してでも笑わなくてはならない。
戦うために。
オレもバカ騒ぎに加わってみるか。
起き上がろうとしたときに、ドアが開いた。
ずぶ濡れのミニライガーたちが突っ込んできた。
「フロヤダ~~~~~~~っ!!」
「ナベじゃな~~~~~~い!!」
「シン遊ぼ~~~~~~~っ!!」
「うわぁああああああああっ!!」
あっという間にベッドから落とされ、身体を次々と踏まれて、今はミニたちがベッドで飛び跳ねている。
「シン、シーツ濡れてるよ? おねしょした?」
「うがぁああ! テメ~らぁあああっ!!」
バスタオルを持ったワカナが入ってきた。
「ありゃあ、仕方ないなぁ。もういいや、そのシーツで拭いちゃって。あとで洗濯しとくから」
「おい! 他に言うことないんか?」
「ある。教授たちが呼んでる……」
ワカナの声のトーンが変わった。
「もしかしてあの件、か? 動いたのか?」
「……そうらしいね。とにかく行ってみて。私は、この子たちともう少し遊んでチャージしておくから」
「今度はヤバそう……ってことか……」
シンはホルスターを掴むと、自室の喧騒をかき分けて、通路に出た。
マーゴンがいる。ポテトチップを一枚だけくれた。
黙って受け取り、食べながら歩き出した。
ん? のり塩味?
思わず振り返ったが、もうマーゴンはいない。
通路の向こうから「ご苦労!」の声だけが聞こえた。
コントロール室は、薄暗い。
映画に出てくる、いかにもな部屋ではなく、様々なコンピュータとモニタがたくさん並んでいるだけの殺風景な部屋。
そこに機械工学のゴゼンヤマ博士、物理担当のエドサキ教授、オペレーティング担当のカオリ、そしてイバライガーがいた。
ゴゼンヤマ博士はシンの元々の上司だ。
彼と合流できたことは大きかった。
イバライガーはナノパーツを自己修復できるが、それでもメンテナンスは必要だし、未来の技術はシンにはまだ荷が重かったのだ。
機械工学の権威であるゴゼンヤマ博士がいなければ、モラクルも、MCBグローブも開発できなかっただろう。
「例の件ですか?」
シンは、単刀直入に訊ねた。
「ええ、TDFが動いたわ」
エドサキ教授が答えた。
彼女は物理学者で、エモーションの研究を受け継いでいる。
ティクス博士とも親しかったが、あの事件のときは海外に出張していたために、難を逃れた。
資産家でもある。彼女の支援がなければ、この地下基地はなかった。
「……先ほど私のセンサーでも、これまでにないエモーション・ネガティブの反応を捉えた。ジャークがついに動いたことは間違いないようだ」
博士の言葉を、イバライガーが補足した。
数日前に、モラクルがTDFをハッキングしてキャッチした情報だった。
郊外の、閉鎖されたショッピングセンター。
そこにジャークが潜伏している、というものだったが、シンは信用していなかった。
ガセネタか、こちらのハックに気づいてわざと流された偽情報だろうと判断していたのだ。
「それじゃ、今度こそビンゴってことか」
「いや、これは罠だ」
イバライガーはモニターを見つめたまま、答えた。
「そうね。活動を始めるにあたって、まず邪魔なTDFや私たちをおびき寄せて始末する、というところでしょうね……」
エドサキ博士が、つぶやいた。
「それにTDFは乗せられた、ということか……」
彼らはジャークの本当の力を知らない。
恐らくは暴徒鎮圧程度の認識だろう。
だが、これが四天王クラスの罠ならば、TDFは全滅する。
イバライガーが顔を上げた。
「……行くのか?」
「TDFは味方ではないが、ジャークでもない……。人間なのだ。そして人間を守るのが私の使命なのだ、シン」
シンは苦笑した。
分かり切ったことを聞いた。
「わかった、行こうぜ。TDFを助けに、な」
「待つんだ、シン。今回は危険すぎるぞ!」
「そうです、罠だってわかってるんだから、行っちゃダメですよぉ!」
ゴゼンヤマ博士に続いて、カオリが口を挟んだ。
カオリは、大学生だ。半年ほど前に、ジャーク・ゴーストに襲われているところを助けた。
助けた直後は取り乱していたが、元々明るい性格らしく、今では出動中のイバライガーたちのモニタリングなど、オペレーティングを補佐している。
欠点は大食いなことくらい。
「情報が本当なら……ゴーストだって大勢いるはずなんですよ? その上、四天王ですよ!? いくらイバライガーでも、一人で倒すなんて無理ですよ!」
「一人には、させないよ」
シンはイバライガーを見つめた。
彼は無言だった。
シンの出動を認めた、ということだ。
話さなくてもわかる。この数年、共に戦ってきた相棒なのだ。
博士たちを振り返る。全員、不安そうだ。
シンは、カオリに語りかけた。
「大丈夫だよ、カオリちゃん。ヤツらが潜伏していたおかげで、オレたちも力を蓄えることができた。ジャークが出てきたっていうなら、チャンスかもしれないんだ」
「でも……」
「カオリちゃん、無理無理。そいつら、止めて止まるような性格じゃないって」
ドアの前に、ワカナとマーゴンが立っていた。
マーゴンは、イバライガーに似ているが微妙にダメなスーツを着ている。
「マーゴン、その恰好は……」
「カッコイイだろ? 今日からボクのことはイモライガーと呼んでくれたまえ!」
「い、いや、あのな……」
「とにかく止まんないのよ。私たちもね」
言いながら、ワカナはグローブを握りしめた。
「さ、行くわよ? マーゴンはミニちゃんたちと行って。私とシンはモラクルと。イバライガーは先攻。それでいいよね?」
「なんでオマエが仕切ってんだよ!」
「ジャークが出てきた……。それならナツミの消息もわかるかもしれないんだよ?
ワカナさんが黙ってると思う? 今日のために訓練もしてきたんだから、ここは引けないわよ!」
……ったく。
だが、ワカナの言う通りだ。
引けない。このチャンスは逃せない。
「わかった……。行こう!」
イバライガーが歩き出した。
その背中を追う。
このヒューマロイドは兄のようだった。
未来の出来事とはいえ、自分が作ったはずなのに、兄。
おかしな気分だが、イバライガーは兄そのものだった。
ときに暴走しがちなシンやワカナを、冷静に諭し、導き、守ってくれた。
彼がいたから、希望を失わずに済んだのだ。
イバライガーとともに戦う。
彼がいる限り、オレたちは負けない。
必ずジャークを倒し、未来を取り戻す。
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うるの拓也












