小説版イバライガー/第3話:未来への挑戦(前半)
OP(アバンオープニング)
フェイス・バイザーに光が流れた。
「ブレイブ・インパクト!!」
拳をかざす。
背中のクロノ・スラスターがスライドし、ブースターがせり出す。
腕のサイド・スライサーからも蒼い光が唸りを上げる。
そのパワーを押さえ込みつつ、拳を絞るように引く。
高まり続ける唸りと振動が限界点に達したとき、イバライガーは大地を蹴った。
爆発したかのような衝撃を残して、光の奔流となって突っ込んでいく。
振り上げた拳が突き出されると同時に、サイドスライサーからのバックファイアが拳を一気に超加速させる。
解放されたエネルギーの全てが拳に集約され白熱した。
叩き込む。そのまま貫いていた。
シンとワカナに見えたのは、そこからだった。
イバライガーは、ジャークを貫いた姿勢のままで静止した。
インパクトの衝撃と急制動によって、背中から真っ直ぐに伸びていたエネルギーの奔流が歪み、まるで光の翼のように見える。
一瞬の静寂。
次の瞬間、怪物の体内から蒼い輝きが溢れた。
その光圧に引き裂かれるように消滅していくジャーク。
二人は、呆然と見つめていた。
初めて見たイバライガーの力。人知を超えた戦い。
言葉が出ない。恐怖でも安堵でもなく、二人は圧倒されていた。
これが……これがイバライガーの力なのか。
オレたちの、想いの力なのか。
未来で、自分たちが作り上げるはずの機体。
今の時代にはないはずの力。
エモーションの輝きは、やがて蛍のように空を舞い、虚空へと消えていった。
Aパート
「もう、大丈夫です」
通常モードに戻ったイバライガーの声に、二人は我に返った。
「な、なぜジャークがここにいたんだ?」
「今のはジャーク本体ではありません。奴等が生みだす分身体(ゴースト)……です」
「分身体?」
「ええ、先ほどのダマクラカスンなど、四天王クラスのジャークは、自らの分身体……ジャーク・ゴースト(怪人)を生み出せます」
「四天王? あいつが?」
「それじゃ、研究所にいた他の化け物たちは……」
「はい、大半がゴーストです。エモーション・ネガティブに取り憑かれたとしても、よほど多量の放射を受けないかぎり、怪物化することはありません。多くの人は、戦闘員として使役されるだけです」
「そ、それなら……」
呆然としていたワカナが口を開いた。
そうだ。ナツミも無事かもしれない。
エモーション・ネガティブに憑かれていたとしても、まだ救い出せる。
自分たちがイバライガーに救われたように。
二人は、夜空を照らす遠い炎を見上げた。
「お二人の気持ちはわかっています。でも、今戻るのは危険すぎます。そして、シンの研究室に向かうのも……」
「え?」
「ゴーストが現れたということは、ジャークはあなた方のデータを持っていて、すでに先回りしているのでしょう。恐らくシンの研究室は見張られている……」
二人は戦慄した。
あの怪物たちが待ち受けているというのか。ならば、研究室の仲間は?
「……大丈夫です、シン」
心情を察したようにイバライガーが応えた。
「シンの研究所が襲われたという記録はありません。私が出現したことで、わずかに歴史は変わり始めているはずですが、今はまだ、元の歴史と大差ないはずです」
未来の記憶。
今はそれを信じて、身を隠すしかなさそうだった。
「でも……ジャークが私たちのパーソナル・データを入手してるなら、シンや私のアパートも危ないってことよね? けどイバライガーと一緒じゃ他の場所にも行けないし……お金もないし……」
一瞬、二人は途方に暮れたが、すぐにイバライガーに向き直った。
「元の歴史でも、私たちは逃げ延びたのよね?」
「オレたちは、どこに逃げたんだ?」
階段を上がってくる音が聞こえたが、きっと空耳だ。
今は夜中だし、このアパートは空室だらけで他の住人はいないし、ここは市内とは名ばかりの場所で、周囲にいるのはタヌキとかキジとかハクビシンとか。まさかノロイ並みの巨大ハクビシンが階段を登ってきたとは思えない。
というわけで小林マーゴンは、再び携帯ゲーム機に夢中になることにした。
あとちょっとでレベルが上がるし、狙っていたアイテムもゲットできそうだ。
セーブポイントでセーブして再び駆け出したとき、ドアをノックされた。
「うそぉ! 巨大ハクビシン来た!?」
思わず声に出し、あわてて武器……手鍋を振りかざしたが、中に入っていた食べかけのラーメンが散らばり、汁を浴びた美少女フィギュアがしょっぱくエロくなって大ショックを受けたりして、もうワケガワカラナイ。
「マーゴン、オレだ!」
「私もいるよ!」
ドアの向こうの巨大ハクビシンが、シンとワカナの声で喋った。
ああ、もっとワケガワカラ……わからなくね~よ! シンたちが来ただけじゃね~か!
え、シン?
それはそれで大事件だった。
今日の夕方、ワカナが勤めている研究所で大爆発が起きたのだ。
シンもワカナもナツミも、その場所にいたはずで、マーゴンは何度も電話したが三人ともつながらなかった。
三人を案じて右往左往しているうちに夜が更けて、いつの間にかラーメン作ってゲームして現実を取り戻そうとしていたのだった。
「シン! 無事だったのか! 心配してたんだぞ~~っ!」
「ああ、オレたちは無事なんだけど、実は連れがいて……」
ドア越しの声に応えるよりも早くマーゴンはドアに飛びつき、しかしラーメンをすすりながらドアを開けた。
そこに築30年のアパートにはまったく似合わない、見慣れないモノがいた。
「私は、時空戦士イバライガー!!」
「……はぁ?」
「君は、シンの友人のマーゴン君だね? 小学生のときに学校で紙がないのにウンチして困っているところに、当時既に購入できるはずのないレアモノ「超常合身奇術メカ・チャンポンガー」のポケットティッシュを差し出されて以来、友だちだと言う……」
「なんで、そんなコト知ってんだよ!?」
散らばったラーメンの汁をやっと拭き終えて、3人は夏でも出しっぱなしのコタツを囲んで座った。
イバライガーは、ドアのそばで周囲を警戒している。
「……で、研究所の人がジャークっていうオバケになっちゃってヤバイところに、このイバライガーが未来から来て、そんで巨大ハクビシンをやっつけたんだけど行くところがなくてオレん家に来た、と……?」
「ま、まぁ、そんなトコ」
「そうか、そんなトコか……。ってドンナトコだよ!!」
「私だってわかんないわよ!」
ワカナはこたつに突っ伏したまま、マーゴンのツッコミに応じていた。
いつものバカトークで、自分を取り戻そうとしているのだ。
シンは、こたつに寝転がった。
疲れきっている。
ジャークの出現、研究所の爆発、イバライガーの時空転移、怪物の襲撃……。
わずか数時間で、これまでの世界の全てが消えてしまった。
それでも、今は見慣れたマーゴンのアパートで、こたつに座っている。
それは、ようやくたどり着いた日常であり、かけがえのないものだった。
だがこれも、つかの間の日常に過ぎない。
今までの暮らしには、もう戻れない。
ドア脇に立ち続ける紅のヒューマロイド。
その後ろ姿が、それを物語っていた。
「イバライガー……身体は……大丈夫なのか?」
うつぶせに寝転がったまま、シンはイバライガーの背中に声をかけた。
イバライガーは振り返らない。
「ええ。さすがシンとワカナです。たった一回のチャージで、あれほどのエモーション・ポジティブが集まるとは……」
「そうなの? 確かにあのとき、かなりの力を使った感じだったけど……」
ワカナが少しだけ顔を上げた。それ以上動かすのは無理、という感じだ。
「心配はありません。感情エネルギーは、生体エネルギーの一種ですから、十分な休息を取れば、二人とも自然に回復するはずです……」
そこで言葉を区切り、イバライガーは一瞬振り返り、また目線を反らした。
無表情なはずの横顔。
だがワカナは何かを感じた。
「……先ほどはやむを得ませんでしたが、エモーションの力は使いすぎると危険なこともあります。もう、あなた方はエモーションに関わらないほうがいい……」
寂しげな声だった。
「……そういうわけにも、いかねぇだろ?」
寝転がっていたシンが身体を起こした。
身体は疲れている。
だが、気力だけは戻りつつあった。
ワカナも、身を起こしていた。
関わらないなんてことは、できない。自分たちはあの場所にいた。実験の関係者だ。忘れることが出来るはずもない。失ったものを取り返さなければ、自分たちは前に進めない。
「ナツミは……無事だと思う?」
ワカナは、今まで怖くて口に出来なかった言葉を、ようやく搾り出した。
差し出された手を、つかめなかった。
学生の頃から一緒だった。
物理好きの女子なんて、ほとんどいない中、二人で科学誌や専門書を読みあった。
そして同じ研究所のインターンになって、シンと出会って。
ナツミもシンが好きなんじゃないかと思ったけど、勇気を出して相談したら賛成してくれた。
それからは3人でいるのが楽しかった。
笑いあいながら、ずっと手をつないでいられると思っていた。
その手を、つかめなかった。
だめだ。このままじゃ、たぶん自分もシンも前に進めない。
自分の時間は、あの一瞬で止まったままになっちゃう。
あの手を、もう一度掴まなきゃ。
失ったまま、負けたままではいられない。
ワカナはイバライガーの背中を見つめた。
わかるよね。私の気持ちは、感情エネルギーで通じているんでしょ。
「……ナツミさんのことは……私に任せてください」
ハッとした。
彼は知っているんだ。ナツミがどうなったか。
「……恐らく彼女は生きているでしょう。そして、その後どうなるかも私は知っています。けれど、それは元の歴史でのことです。私が出現した時点で、歴史は変わり始めている……」
生きているなら、希望はあるということだ。
いつまでも、うつむいてはいられない。
シンとワカナは立ち上がった。
「ジャークを、あのままにはしておけない。潜伏中だっていうなら、見つけ出して倒す。そのためなら……オレたちは何度でも……イバライガー、オマエの名を呼ぶ!」
「うん、ナツミを助け出す! 何が何でも!」
「分かりました……。でも今は、身体を休めることです。マーゴン、すまないが、しばらく二人を匿ってやってくれ」
「そ、それはいいけど、六畳一間に4人暮らしはキツイよぉ? しかも一人はヒューマロイドなんだろ? どんな一つ屋根の下だよ!?」
「いや、ここに残るのはキミたち3人だけだ。私はもう一度、研究所に戻らなくてはならない」
「なんだって?」
「研究所には、私のオプションが残されているのです。それは、これからの戦いに必要な力です……」
イバライガーがドアを開けた。
「ちょ、ちょっと! 戻るなら私たちも……!」
「だめです!!」
イバライガーは振り返らずに、しかし強い口調で、追いかけようとしたワカナを制した。
「……研究所にゴーストが潜んでいる可能性は高い。あなた方は、いないほうがいいのです……」
足手まとい、ということだ。
ワカナは唇を噛んだ。
「……もしもナツミさんを見つけたときは……必ず連れ戻します!」
イバライガーは振り返らないまま、暗闇へ踏み出した。
人外の者が待ち受ける闇。
その足が止まった。
「……待っていてくれる人がいる、というのは、とても素晴らしい。こんな感覚はひさしぶりです……」
はっとした。
未来の自分たちは、彼のそばにいてやれなかったのか。
ならば、このヒューマロイドは、どれほどの孤独を抱えているのだろう。
機械の身体であったとしても、人と同じ心を持っているのだ。
やはり彼を一人にしてはいけないのではないか。
ワカナは迷った。
イバライガーは、闇に歩み去っていく。
「待てよ」
気づくと、隣りにシンが立っていた。マーゴンも、すぐそばにいる。
振り返らない背中に、シンが呼びかけた。
「お前の言う通り、オレたちはここで待ってるさ。こんな状況じゃ、お前がオレたちのリーダーみたいなもんだからな。けどな……」
シンは、ワカナとマーゴンの肩に腕を回した。
「……その敬語はやめてくれよ。オレ、オマエで行こうぜ。仲間なんだろ」
はっとしたようにイバライガーは振り返った。
シンとワカナが、照れ臭そうに微笑んでいる。
ああ、これが見たかった光景だったのだ。
どれほど切望しても決して取り戻せないはずのモノが、今、そこにある。
守らなくてはならない。あの顔を、曇らせてはならない。もう二度と失ってはならない。
イバライガーの回路を、これまでに経験したことのない何かが巡っていた。
彼はそれが何なのか分からなかった。
それを表現する機能がないからだ。
それは、人間ならば、涙で表現される感情だった。
もう一度、二人を見る。その姿を焼き付ける。
とまどいはない。使命に迷いもない。
「……わかった、シン、ワカナ。私は……私は、必ず戻る……!」
イバライガーは決然と応え、虚空に消えていった。
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