描く前に全てが決まる(メール商談ライブ):05

2018年9月16日

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うるの送信メール/その6

うるのです。

> 一点ご相談なのですが
> 周囲から「もうちょっと人間味があって悩んでいる様子が欲しい。
> 例えば周囲に押されて決めるシーンなど」といった意見がありました
> (▽▽▽バージョンにあったので印象深いそうです)

はい、これは、ボクが以前に描いた×××××氏マンガでも、同じ意見があって、その時はそういうふうに描きました。
だから今回も、そこは気にしていたのです。
でも。

> 一方で、自分の意思でなくて周囲におされて出るような人物では
> 心もとないという意見もあります。

そうなんです。
以前に描いた×××××氏マンガのときは、全く場違いな業界にいた人物だったから、彼の背中を押す何かが必要でした。
それに、いい歳でもあったから、今更新しい世界に踏み込むには、誰かが強く押す部分も必要だっただろうと思いますし、そう描くほうが自然だとも思いました。

だけど、○○さんは、すでに「今の業界」にいる。しかも若い。
ならば、今の仕事を通じて感じていたこと、見てきたことが、その背骨になるべきではないのか。立つべき時には例え一人でも立つ。そういう人こそ、人々が求める人物なのではないか。
ボクはそう思ったんです。
若く情熱あるリーダー。そういう○○さんならではの武器を活かす描写にすべきではないかと。

すでに今の仕事をやっていながら、それなのに家族や周囲に言われて動くってことだと、それって自分が何をすべきか家族に言われなきゃ分からない人、あるいは分かっていても誰かに言われるまで逃げている人にも見えませんか?
何が問題か、何が必要か、ちゃんと見えてないといけないはずで、見えるなら行動を起こすべき。
いざというときに誰かに言われなきゃ立てないなら、最初からやらならなきゃいい、という批判も成り立つのではないかと。
(ボクはポジティブな描写を考えるとき、必ず頭の中で「一人ディベート」をして、ネガティブな反応をシミュレートします)

なので、すでに十分なキャリアがあるということを背景に考えると、誰かに背中を押されるより、自ら立つべきだと思うんですよ。
もしご家族を描くとしても、家族は、○○さんを信じて背中を支える、という位置づけでしょう。○○さんが立つとき、その背中に集まる人が大勢いる。その人たちはきっと、○○さんがいつか立つと信じてついてきた人のはずなんです。
立たせるんじゃなくて、立つことだけは自ら選ぶ。
そして立ったなら、周囲は支える。見守る。
子育てと同じような気がします。無理やり「たっち」させるんじゃなくて、自分で歩き出すまで信じて待つのが、本当の信頼じゃないかと。
 
> 先生は「かっこよく」ということを意識してくださっているので
> 後者かな、と思いますがいかがでしょう?私はどちらかと言えば後者であり
> 人間味の部分も先生のドラフト中には十分あるような印象を持ってはいます。

ええ、そうなんです。
家族や仲間に推されて立ち上がる、というドラマではダメだとは言いません。そういう部分もあっていいと思うし、実は、今回の劇中で描写していないだけで、そういうことだってあったはずだと思っています。

ただ、そういうシーンを全部盛り込んでいると、何ページあっても足りないんですよ。2時間ドラマなら描写して当然のシーンでも、5分間の帯番組では無理でしょう?
特にヒューマンなシーンというのは、心理描写をしっかりやらないと人の心を打たない。つまり、それなりの枚数をかけて、きちんと描くべきことなんです。2~3コマで説得されちゃったら、チャラすぎます。
でも、そんな描写ができるほどの時間も枚数も使えないんです。

だから、ボクは自ら立ち上がる部分にスポットを当てることにしたわけです。
見つめ続けてきたもの。耳を傾けてきたこと。
そういうモノがあって、○○さんは立つ。
リーダーになりたいんじゃなくて、改革をするために立つ。
それでいいんじゃないかと。

それに、一応、ボクもそういう「人間味の部分」は意識しています。
カフェでみんなが不満を述べるシーン、あそこで人々に、○○さんにリーダーシップを求めるように描写することもできるんですよ。
そうすれば、家族の代わりの役どころに使える。
だけどね、やっぱり誰かに言われてハイハイとその気になるような薄っぺらな人物には描きたくなかったんです。
○○さんは、みんなの声を黙って聞き、その気持ちを受け止める。
そして何をすべきなのか、しっかり考える。軽率には動かない。
だけど動くべきだと決断したら、躊躇せずに動く。
そういうふうに感じるように描いて、そこに迷いや悩みを内包させる。
そうしたいと思っているんです。
(いや、そう感じるように描ける力量があるかどうかは断言できないんですが、そう描こうとは思っているんです)

それに今回ボクは「一般市民の目線」で描くように描写しています。
○○さんは人々の代弁者であり、これは立ち上がる人々の物語。
そうすることで、読者に当事者意識を持たせたいと思っているんです。
オレが、じゃなくて、立つのは本当は読者。
そう感じさせたいなぁと。
だから、あまり○○さんのパーソナルを描きすぎると、視点が定まらなくなり、ドラマとして破綻してしまうんですよ。16ページ程度の短いマンガですからね。
アレコレやると、あっという間に根本から崩れちゃう。
だから、ああいうふうにまとめたわけです。

以上、ボクなりの意見というか、マンガの狙いの解説です。
でも、作者とは言え、これは1つの意見ですから、やはり家族のシーンを入れたいという声が強く、○○さんも同感ならば、そういうふうに書き直します。周囲の協力者の方々が納得してくれないツールを作ってはダメだと思いますし。

ボクの意見で説得する気はないんです。
ただ「納得」してくれると嬉しいなぁ、と思います。
説得は、外部の力で動かされることだけど、納得は自ら同意していることであって、この2つは似て非なるもの。ボクは最後は納得でないとダメだと思っているので、我を張ったりはしません。そこはご安心を。

(以下、書名)

 

「うるの送信メール/その6」補足解説

 ここに書いたようなコトは、普通の漫画ならいちいち説明はしない。

 漫画を読んでどう感じるかは読者の問題。
 こちらの意図と違う感じ方をしたって構わないはずだもんね。

 漫画は作者と読者のキャッチボールだから、こちらの意図通りに感じてもらえるようにボールを投げるけれど、実際に感じるのは読者なんだ。
 コントロールが上手くいかないことだって少なくないし、ぶっちゃけ「やってみないと分からないこと」なんだよね。

 なので、これだけ説明しても、実際のモノを見たら違う印象を持たれる可能性だってある。
 だけど、それでも意図をしっかり言葉にして話してあげるのは大事なんだ。

 広報作品は依頼者と一緒に作るもので、作者の勝手にはできない。
 しかも、依頼者のほうが立場は上(お客様だからね)で、そのくせ素人。

 先がわからない、見えない。
 だから不安になる。ノイズに惑わされやすい。
 病気の患者みたいなモンなんだ。

 医者を信じられないと、ヘンテコなトンデモ医療に手を出しちゃったりしがちなのよ。
 また周囲にそういうコトを吹き込む人が必ずいるしね。

 ボクが腕のいい医者かどうかは、自分では何とも言えない。
 絶対に何とかしてやるとか、いい加減なことは言えない。

 それでも、本人が納得できる程度には知識も経験もある、本気で結果を出すために取り組んでくれていると感じてもらえれば、多くの場合は身を委ねてくれるんだ。

 広告漫画の仕事では、そういう気持ちになってもらうことが一番大事なの。
 作品を描くことよりも、そっちが大事。

 そのために、言葉を尽くす。
 励まし、宥め、時に諌めて、不安よりも信じる心を高め続けるんだ。

 一度言ったから大丈夫、じゃない。
 何度も、何度も言う。

 人の心は移ろいやすいんだ。
 一度信じても、数日経てば、また不安になるものなんだ。

 だから機会がある度に話してあげるんだ。
 直接関係ないことも話して「経験値高いんだな」と思わせ続けるの。

 治療そのものより、そういうことが患者を安心させて、前向きな気持ちを引き出すんだと思うの。また、そうでないと治療しても効果が出なかったりするしね。

 なお、そういうふうに考えて意見や提案をしていても、自分が正しいと思い込んじゃダメなんだよね。

 他のトコでも書いたけど、ボクが言うことは全部「その時点ではそう考えている」ということに過ぎない。自分の知らない新事実、新たな状況が出てくれば、意見なんか簡単にひっくり返る。未来は誰にも読めなくて、常に揺らいでいるんだから。

 自分のドグマにしがみついちゃダメなんだ。
 自信を持って発言し、なおかつ自説を信じ込んではいない。

 脳内で常に一人ディベートしながらやっていくようなモンだね(笑)。

今、読み返してて、ふと思ったんだけど、先のメールのラストのほう「納得は自ら同意していることであって、この2つは似て非なるもの」っていう言い回し、なんとなく「アカギ」っぽいよなぁ。ちょっと影響受けてたのかなぁ(笑)

 

お客様からのメール/その7

うるの先生

ありがとうございます。
先生のお考えはよくわかりました。

そもそも、ご指摘のように家族に推されているとかどうとかではなく、私自身が全て決断していますので(もちろん家族の理解は得ていますが)、事実と違う話は書かないほうがいいとも思いますし。

引続きよろしくお願い致します!

(以下、書名)

 

「お客様からのメール/その7」補足解説

 よし「納得」させることができたぞ。

 言うだけ言っておく。
 最後は折れるしかないような状況でも、簡単には折れない。

 すぐに応じてしまうようだと、それだけ隙のある物語だったと思われちゃうから。

 ボクだって依頼者のためになるモノを目指しているし、もちろん読者にも共感してもらえないとダメだとわかっている。
 だから、そうなるように工夫して物語を作っている。
 それなりの矜持もないと、自分の作品や自分の考えなんか人様に見せられないよ。

 だからこそ、簡単には折れない。

 自分の考えに固執しないようには気をつけている(ボクがどう思おうとボクが正しいわけではないと思うから)けれど、ボク自身が「納得」しないままで創作物を作るなんてのは無理だもん。

 

うるの送信メール/その7

うるのです。

> うるの先生
> ありがとうございます。
> 先生のお考えはよくわかりました。

まさに釈迦に説法そのもののコトを書いてしまったようで、恐縮ですが、作者の考えをできるだけ伝えておくのは大事だと思うので、ダラダラと。いや、失礼しました。

> そもそも、ご指摘のように家族に推されているとかどうとか
> ではなく、私自身が全て決断していますので
> (もちろん家族の理解は得ていますが)
> 事実と違う話は書かないほうがいいとも思いますし。

そうですね。こういうモノは、将来的にも残ってしまうので、何年経っても「奥さんに言われて市長になったんだろ」と言われたりするのは、ちょっと・・・だと思います。将来ウィキペディアに、そういうふうに経歴書かれちゃったりしても、文句言えなくなりますしね(笑)。

> 引続きよろしくお願い致します!

はい、今はネームという設計図段階に進んでいます。
ここでデキが決まるという、一番大事な段階です。

マンガのコマ割は、読者の目線の動き、ページのはじまりと終わり、めくった後の心理的な印象など、色々なことを考慮して考えます。
ここは抑えて、ここで印象的な表情をいれて、そして次のページのコマでこういう印象を持たせる・・・みたいに。
連載マンガだと、収まらなければ「次週につづく」にしてしまえるのだけど、今回のような読み切りだとページ数が決まっていて、その中でメリハリを出しつつ、うまく収めなきゃならない。
収めるだけじゃダメで、どこを大きく、どこを小さくと、紙面というスペースの効率的な使い方を考えなきゃならないし、当然、物語として整合性がなくてはならない。
顔を大きく見せたくても、その場所には大きなスペースを取れない、といったこともあるわけです。
ま、そういうのはプロとして工夫できて当然なのですが、とにかく、大事な段階を一所懸命作っているところです。
ご期待ください。

(以下、書名)

 

「うるの送信メール/その7」補足解説

 う~む、偉そうなことを言っとるなぁ(笑)。

 でも、こういうのもシズル感の1つなのよね。

 漫画って、漫画だというだけでナメられがちなのよ。
 子供が読むもんだろ、テキトーだろ、みたいに。漫画を依頼してくる人たちですら、どこかでそういう意識を持っていたりするんだ。

 だから、色々考えてるんだなぁ、頭使ってんだなぁと思わせるウンチクをね、チラチラと感じさせるように工夫してるの。
 本当はノリで描いていてもね、一定の理論武装もしておかないと「外野の声」を封じられないのよ。

(「描く前に全てが決まる編/06」へ→)

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。

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